ー第23面 キャンプ座間正面ゲート
ー第23面 キャンプ座間 正面ゲート
エドガーのトランクをアメリカに運んで、一週間後に山際は成田空港に戻ってきた。コピーではなくオリジナルが反逆罪の立証に必要だった。ウェブスター ハウゼン上院議員は逮捕された。マイケル ハウゼン5世はロシアへの亡命を希望して自宅にたてこもり、事態をややこしくしていた。日本国内では事件は終わったが、ここからが勝負だと山際は当たりを入れる先を幾つか思い浮かべていた。
空港の外に出てタクシーを拾おうとしている山際のそばに、白いカローラが近づいてきた。中からー山際ーと呼ぶ声がする。見ると白根刑事部長が中に見えた。
「とりあえず乗れ。話はそれからだ。」
「…似合いませんね〜。白いカローラ。」
山際は言いながら、自分でドアを開けて乗り込んだ。
「どうしちゃったんです?。よくわかりましたね?。成田に居る事。」
「任務だ。調べてわからん事は我々にはない。」
「はぁ〜。任務だから乗せてくれたんですね。」
「当たり前だ。記者なんぞ乗せたらロクな事がない。」
「で?。どちらまで?。」
「まぁ聞け。今から5時間後に神奈川のキャンプ座間正面ゲートから、能登島秀彦が解放される。インタビューはナシだ。写真を撮れ。カメラは持ってるな?。」
「待って下さい。何故それを私に?。」
スクープだ。と言う言葉を飲み込むと、山際は頭に血が登ってゆくのを感じた。
「借りだ。」
意外な言葉が出た。
「白根さんが私に借りですか?。」
「勘違いするな。警官は記者なんぞに借りなど感じん。お前らは居るだけで邪魔だ。…だが人としてお前に借りを返す。」
「人として?。」
「そうだ。お前がロシア特務の証拠を持ってなければ、よくて6名。最悪なら15名の命が失われていた。その中に俺の命もある。いいか。警官としてでなく、人として借りを返す。」
「わかりました。ならば私も人として、これを頂きます。」
「なんだと?。スクープ屋が。」
「同じですよ。記者として受け取ったら、警視庁の都合が悪い記事が書けなくなるじゃないですか。」
山際が笑いながら言う顔を見て、白根も笑った。
「この野郎。おしいな。山際。警官になってりゃ俺の部を任せられるのにな…。」
「白根さんも記者になってりゃ、もっと世の中を良くする事ができたものを…。」
2人はそこで爆笑し始めた。車は東名高速に入っている。
「…しかし山際。引退したら一杯やろうや。」
「引退ですか?。お互い引退するのは死んだ時ですから、地獄で煮え湯で乾杯ですね。きっと美味いですよ。」
「コイツ。本当にそうなるぞ。」
2人はこんな調子で神奈川まで走っていった。
白根は時間ちょうどにキャンプ座間正面ゲートを望む良いアングルで狙える場所に車をつけた。
「米軍の許可は取ってある。セキュリティーは来ない。一応俺は護衛だ。」
「誰が迎えに?。」
ゲート前に一台の黒い公用車が停車している。
「平警視総監とその護衛2人。椎名美花という女性…能登島秀彦の恋人だ。」
「全員入れていいんですか?。」
「ゲートと全員を入れろ。車も入れていい。ナンバーは写ってたら掲載する時に消せ。全員了解している。…これは能登島の意向でもある。お前に感謝していると伝えてくれと言ったそうだ。本当はアメリカ大使館での引き渡しだったが断った。いつ状況が変わるか分からん。もらえる時に即座にもらうとアメリカ大使に首相が言ったそうだ。」
「そんなに微妙な話なんですか…。」
「能登島がCIAを訴える事もできる。訴えればまた騒動になる。そのリスクをアメリカが負う事で誠意を見せた。能登島もそれで沈黙を守るそうだ。」
ー気に入らない。ー
山際は頭の中で吐き捨てた。しかし自分と恋人の安全を保つにはそれしかあるまいとも思った。
「来ましたね。」
正面ゲートにアロハシャツにジーンズの男がひとりで出てきた。公用車のドアが開いて、まず護衛が出てきた。護衛が開いたドアから平警視総監、続いて白い服の女性が出てきた。
能登島は立ち止まって山際の方を見た。そして全員が山際の方を見た。
山際はイラクでも震えた事のない手が震えるのを感じた。強い意志で震えを止めるとニコンのシャッターを切った。
白い服の女性が能登島にゆっくり歩み寄ると、顔をまじまじと見た。そしてゆっくり手を首に回すと能登島の胸に顔を埋めた。
続けてフィルムがなくなるまで、山際はシャッターを押し続けた。
声が流れてきた。
「すまない。何もできなくて。抵抗したけど向こうはプロだった。」
「そんな事ない。ゲームは最後まで頑張ったよ。負けなかったよ。私達アメリカに勝ったんだよ。」
「違うよ。勝ったのはフェアだ。アメリカじゃなくアンフェアに勝ったんだ。いつも負け負けのフェアがアンフェアに勝った。みんなで頑張ったからフェアを勝たせる事ができたんだ。アメリカにはアメリカのフェアがある。日本には日本のフェアがある。俺達みたいな一般市民のフェアもある。それぞれがそれぞれのフェアに配慮すればこんな事にならないのに…。そうすれば戦争だってなくなる気がするよ。」
「そうだね。きっとそうなるよ。」
2人は平警視総監に促されて公用車の中に消えた。
山際はフィルムのなくなったニコンのシャッターをまだ押し続けていた。
「フフ…。山際、お前でもそんな風になるんだな。」
白根は見せた事のない優しい顔で言った。山際はハッと気ずいてニコンを下ろした。
「白根さんもそんな優しい顔が出来るんですね。」
「人だからな。お前も俺も。警官や記者である前に。」
「だったら世の中を良くするのは人かもしれませんね。警官や記者や政治家や兵隊や社長や重役じゃなく。」
「おもしろい事言うな。じゃあ肩書きなんて辞めちまうか?。困るぞ。仕事が出来なくなる。」
「ちゃんと休めばいいんでしょう。休みに人に戻って考える。だから日曜日があるんでしょ。」
「お互い休みなんてあるか山際?。」
「ないですね。でも休みを作りますよ。白根さんは無理でしょうけど。」
「働きながら休むさ。」
「それは御自由に。」
白根はいつもの顔に戻った。
「送ってゆく。どこがいい。」
「新幹線の横浜駅に。」
「帰るのか?。」
「まさか。東京に戻って、このネガを持ち込みますよ。」
「全国紙の一面スクープか?。」
「全国紙?。そんなもんじゃないですよ。これは明日の世界中の新聞の一面を飾りますよ。」
「驚いたな…。そんなに凄いのか。これからは山際さんと呼ぶか…。」
「山際でいいですよ。これは事件関係者全員の力で得たスクープです。私は何もしてません。」
白根は右手をハンドルから離した。
そして、その手を頭に持ってゆき、敬礼した。
それは、白根の最大の賛辞だった…山際はその姿を目に焼きつけた。
ー最終面 山際家の作業小屋につづく
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