目鳥瞳良の遊園地陰謀論
「絶対に嫌よ!? そんな所へは死んでも行くもんですか」
「なっ!? …俺と遊園地行くのがそんなに嫌かよ」
目鳥瞳良の激しい拒否に、彼女の同級生である朝生哲平は目を丸くした。
部活帰りの帰路の途中での事だった。
目鳥は例によって、澄んだ美しい目をズズズっと朝生に向けた。
「あなたと行くのも嫌だし、遊園地も嫌」
目鳥は黒縁眼鏡を「クイ」と上げて、つれない台詞を事も無げに云い放つ。
流石の朝生もこれには怒った。
「お、お前が明日暇だとか云うから誘ってやったというのに、この自意識過剰女は…!!」
「チッチッチ、ちょっとニュアンスが違うわ。私は「自意識中心女」、ここ重要だから覚えといてね」
眼鏡に信号機の赤い光を反射させた目黒はそう云って口を尖らせた。
朝生は、彼女の白い頬がほんのりと赤みを帯びて見えるのは信号機のランプのせいだと思った。
夜空の向こうで救急車のサイレンが鳴っていた。
「ああもうどっちだっていいさ。勝手にしろよ」
「言われなくても勝手にしてるわ。」
「だーァ! いちいち突っかかってくんなよな。だから友達いねーんだろ」
「余計なお世話です。私の人生に干渉しないでください」
「うっせ!! じゃあ話しかけんなッ」
「あんたが話してほしそうな顔をしているから話してあげてるのよ? 光栄に思いなさい」
「…。」
「そうやって幼馴染の女子をシカトして苛め、性的快感を得るのがあなたの常とう手段と言う訳ね」
「……。」
「嗚呼、おぞましいわッ! こんな男の脳内で私は何度も穢され、堕とされ…! ブルマを着せてランドセルを背負わされ、亀甲縛りにされた挙句に散々―」
「俺にそんな趣味があるかッ!!」
朝生は声を大にして言った。声を大にして言いたかった。
目鳥は耳を塞ぐ。
「性癖を暴露されたかって、いきなり大声出さないで頂戴。鼓膜が破けるわ」
「…。」
むっつり押し黙る朝生。
信号が青に変わった。
「……私、明日暇なのよね」
「…だから何だよ」
「ハァ、ホントあなたって朴念仁ね。そんなんだから一生童貞なのよ」
「一生って何で分かる!? お前は未来人かッ!」
「そうよ。マシーンに支配された世界からあなたを殺す為に送り込まれた、未来のネコ型ロボット」
「何か色々混ざってんな」
「ぶっ殺すけナリよ」
「キテレツ大百科かッ!?」
「そんなことはどうでもいいの。それより明日、私が「暇」というあらゆる可能性を秘めた時間帯を予定に入れているという事態に、あなたは何とも思わないのかしら」
目鳥は長い黒髪を靡かせて朝生に振り返った。
朝生はズボンに突っ込んでいた左手を外へ出し、汗で湿った手の平を乾燥させようとした。
「じゃあ映画でも行くか? 『晴れときどき恋。―私に愛を教えてくれたのは、先生でした―でも私の余命はあと一年―春』とかいうケータイ小説が映画化したみたいだし。女子ってそういうの好きだろ」
朝生は携帯のニュース画面に流れる映画の記事を読みながら言った。
目鳥はため息をついてから、目をキッと朝生に向けた。
「絶対に嫌」
朝生はがっくり頭を垂れた。
「遊園地も映画も駄目って。普通喜びそうなもんだが…」
目鳥は腕組みして、背筋をピンと伸ばした。
こうすると、目鳥と朝生の身長はほとんど同じか、もしくは目鳥の方が大きく見えた。
「あなたの慎ましい脳味噌で考えても見なさい。『楽しい』とか『哀しい』って思うのは誰?」
「そりゃあ、そう思った人だろう」
「大正解ッ!?」
「そんなに褒めるなよ…、うれしくなるだろう」
「…あなたってやっぱり単純ね」
「なんだその蔑んだ目は」
目鳥は何か言いたげに形の良い唇をもごもごさせていたが、結局何も言わなかった。
「とにかく私が言いたいのは、そこに感動の自主性が有るか無いか。それだけ」
「…と言うと?」
「遊園地は楽しめる遊具が揃ってるわよね。ジェットコースターにメリーゴーランド、お化け屋敷に観覧車。みんな一つの遊び方が決められた、完璧な遊具。でもそれじゃあ遊園地で遊ぶ、って言うのはちょっとニュアンスが違うと思わない? 本当は遊園地によって、遊ば『されている』が適当だと思うの」
「……。」
「入園者は遊び方の個性を奪われ、いろんな機械や乗り物に乗って均等に遊ばされる。遊ばされている人々の姿は他の入園者の心理を麻痺させ、ここが楽しい場所であると思いこまされる。こうして入園者は『遊園地』という意志を持った怪物の体の一部になっていくのよ」
「…どんだけだよ。別に遊ばされてたって本人が面白けりゃいいじゃないか」
「私は受動的人間にはなりたくないの。映画や小説だって、まるで悲しませる為に書いたってやつがあるじゃない。イジメとか死とかを作品の中にちりばめて。言ってしまえばあれも感情の押し売りよ。千差万別の感情を一つにまとめてしまおうという、エゴイスティックな自己主張。あんなもので心が動かされるなんて人間の低さが窺い知れるわ。共感なんて、徳の低い人がすることよ」
「酷い言いようだな…。」
「私は勝手に生きているの、どう思おうと勝手」
するとその時、朝生は何かを思いついたように意地悪そうな微笑みを浮かべた。
「じゃあ、『恋』はどうなんだ。お前の嫌いな『共感』を相手にされないと成就しない感情だぞ」
「こ、恋なんて私がすると思ってるのッ!? 共感を求める様な感情をあなたに抱く訳ないじゃない!」
「別に俺に恋を、なんて言って無いん―」
「わーわーわーッ!!」
目鳥はぎゃあぎゃあ騒いでから、ハッと何か思いついたように言った。
「いいことを思いついたわ。あなたを私に恋させてやる、そうすればあなたも恋が一方通行だと思い知ることが出来るわね。くっくっく、恋愛と意地の狭間で苦しむと良いわ」
「お生憎様、俺は眼鏡ッ子の趣味は無いんだよ」
すると目鳥は、肩を揺すって不敵な笑みを漏らした。
歩行者用の信号が赤から青に変わった。
「そんなことはとっくに知っているわ」
目鳥は眼鏡を外し、前髪を左右に分けた。
透き通るような白い頬は、ほんのり赤く染まっている。
「明日暇だから、あなたと遊園地に行ってあげる。遊具で遊ぶのじゃないわよ。あなたと遊んだげるの」
お分かりいただけただろうか…