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歴史的假名遣ひは、必ずしも正確を期してをりません。
ルビ入り縦書きでお読みになられると、雰囲気が出るかも。
櫻の頃
作:ame*


「死ぬのなら、櫻の頃が()ゐねえ」
 宮原君がポツリと云った。

 三月の半ばとも()れば随分と暖かい日だったので、居間の障子(しやうじ)を開け放って外の微風(そよかぜ)を招くのが心地(ここち)良ゐ。縁側からずっと先の空き地の向かうには何本かの櫻の木が(なら)んで立って居り、その見頃には中々の絶景なのだが、()だ、其の時期には(わず)かに至らないやうだった。

 宮原君の言葉と、美和子さんが茶碗や急須(きゅうす)を乘せた盆を手に勝手から戻って來たのと丁度(ちやうど)同時だった。
「死ぬだとか何だとか、唐突に奇矯(ききやう)な事を仰有(おつしや)ひますことね」
 美和子さんは、たゞ物静かに半ば微笑を浮かべるやうな調子でさう云ったのであって、(とが)めるとか(たしな)めるといふ感じは微塵(みぢん)も無かったのだが、小生には美和子さんが心中穩やかならざるのを努めて表に出さぬやう押さへてゐるのではと思ふ(ところ)が有った。

 宮原君は肺病(はひびやう)(わづら)ってをり、(しか)も病魔は彼の臓腑(ざうふ)可也(かなり)侵攻して居るらしひ。今日(けふ)は春先で陽氣の良い為だらうか、彼が咳込むのを()だ見ては居なかったが、其のやうな(わけ)で、美和子さんは彼の口から死(など)と云ふ言葉が出ると胸中穩やかで無くなる事は想像に(かた)く無ひのだった。
 正式な結婚は()だで、美和子さんは宮原君より二つ年上であるが、()く世間で云ふ「金の草鞋(わらぢ)を履ゐても探せ」のやうに食事の支度から家の諸々の事から病身の彼の面倒(めんだう)まで誠に甲斐甲斐(かひがひ)しく()くして()れてゐる。
 實家(じつくわ)は京都の由緒有る古寺ださうで、實を明かせば、二人の生活費も、(いや)、宮原君の小説の出版費用さへ何と其の實家(じつくわ)から出て居るのであった。(つま)り、(すで)に其の素行に()勘當(かんだう)の身で親の援助を願ふべくも無ゐ宮原君が毎日滋養(じやう)を付ける食事から、文士としての體裁(てひさひ)を整へる事までも、(すべから)く彼女の實家(じつくわ)のお世話に成って居るのである。
 ()(なが)ら宮原君はインテリゲンチア()って耶蘇(やそ)教に氣觸(かぶ)れ、聖書を持ち歩ひたり、事ある毎に其處(そこ)からの言葉を引用(いんやう)したりする随分と能天氣な性分(しやうぶん)なのだった。

 小説家を名乘り(なが)らも人間の心理に(はなは)だ疎い宮原君は、そんな美和子さんの胸中を(おもむばか)る事も無ひらしく、茶を一口啜り、煎餅を慌しく噛み(くだ)ひて喉に送込むと、小生の方に顔を向て先程の話題に戻った。

「だって、秋に死ぬのは何だか物寂しひし、冬となったら餘計(よけひ)心細さうだ。かと云って、夏の暑苦しひ中で死ぬるのは気分も格好(かくかう)も良いものでは無いだらう。第一屍骸が()ぐ腐るから(はた)の者が迷惑ぢゃなひか」

 其れまでは、其の場に居りながら、外の春めく様を眺めるなどして心此處(ここ)に有らずといった(てひ)の美和子さんだったが、我々の会話は(しっか)りと聽ひてゐたらしく、彼女は宮原君に流し目然とした視線を送った後、(いささ)か皮肉な調子(てふし)で云った。
「貴方のやうな無頼派でも、他人様の迷惑など考えはる事がお有りですのね」
 美和子さんの言葉と表情の中に、小生は(かす)かな(けん)()ったやうに思ったのだが、(わず)かな物とは云へ其のやうな彼女を見たのは後にも先にも此の時だけである。とは云うものヽ、其処(そこ)は勿論、美和子さんの事であるから、決して(たしな)みを()くやうな風情(ふぜい)では無ひ。
 其んな彼女の事は何處(どこ)吹く風で、宮原君は舞台で口上(かうじやう)を述べる役者のやうに、視線を何處(いづこ)か遥か遠方に向けながら話を續けた。
「其れに、生き(のこ)った者達は毎年春に成れば、櫻が咲ひたり散ったりするのを見て、僕の事を想ひ出す事だらうしね」
 櫻の木の下には屍體(したひ)が埋ってゐる等と云ふ話が小生の口元まで出て來たのだが、実際其れをするのは思ひ留まった。余りに凡庸なのと何だか美和子さんに苦しひ思ひをさせるやうな氣がしたからであった。

 宮原君が亡くなったのは、其れから二週間ほど経った日の事である。
 報せを聽ひた小生が宮原君の家に駈付けると、表の木戸の(ところ)で、ちゃうど入代はるやうに出て來た黒っぽい背広の二人組と擦違った。片方の男は鳥打帽(ハンチング)を被っていたが、相方に「今頃は良く有るんだよ。木の芽時だからねえ」と云ってゐるのが聽こへた。其の二人はどうやら刑事のやうであった。敷地から外の道に出ると、鳥打帽(ハンチング)は煙草を取り出して相方にも(すす)め、マッチを摺って火を点けて()ってゐた。相方は恐縮した様子を示してゐたが、だうやら鳥打帽(ハンチング)の方が階級が上らしひ。
 一仕事終へた後の清々しさからであらうか。二人は煙を大きく吸込むと、是れぞ正しく春の色と云ふ感じのやヽ鈍い空に向かって放心するやうに吐出すのだった。

 宮原君の死因は自殺だった。耶蘇(やそ)教では自殺は大罪なのだが自ら命を絶つ信者は意外と多いさうだ。生活が困窮してゐた(わけ)では無ひし病苦に堪へ兼ねてでも無ひらしく、世間一般が、だうにか納得するやうな理由を付けるとしたら、世を(はかな)んでと云ふのが適當(てきたう)であらうか。
 遺書には「世界は(はなは)だ不可解哉」とあったが、是れは彼が常日頃、和歌の枕詞や耶蘇(やそ)のアアメン、法華の御題目の如く、事有る毎に唱へてゐた言葉で有る。

 二人が住んでいた家は其の後、無人のまヽのやうだ。昨今、近邊(きむぺん)では首吊りの家と呼ばれるやうに成ったから、餘程(よほど)酔狂(すゐきゃう)な者以外は店子(たなこ)にならう(など)とは思はないだらう。大家さんは元は某纖維會社(せんゐぐわいしや)の事務員をしてゐて、定年後は親が(のこ)して()れた数件の小さな家から上がる家賃で老妻と暮らしているさうだが、収入の可成(かなり)の部分が()たれているであらうから、宮原君も罪な事をした(わけ)で、大家の老夫婦は同情(どうじゃう)(あま)り有る。

 美和子さんはその後、或る小説家と結婚した。相手がやはり文士なのは、彼女の宿業(すくぐわう)なのだらうか。だが、其の小説家は()れっ子だから實入(みい)りも多いやうである。世の常として夫君が活動寫真(かつだうしやしん)の女優やカフェーの女給などと浮名を流す事は多々在るが、美和子さんは二人の子供もまうけて一應(いちわう)幸福な家庭生活を營んでゐるやうだ。

 あれから幾年目かの櫻の季節となり、小生は花瓣(はなびら)の舞ふ中で、ふと、宮原君の事を想ひ出したりもする。彼が出版屋の口車に乘せられ費用自分持ちで作った本の一冊は小生の部屋の書棚に()だ有るが、其の他の千部程は何處(どこ)(をさ)まってゐるのだらうか。ま、殆どは獻本(けんぽん)だった筈である。
 宮原君の名前や作品が文學史に(のこ)るであらう氣配(けはひ)は、今の(ところ)、無ひ。



     櫻の頃 「了」














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