ある廃屋に少年がいた。東京駅丸ビルから少し外れた信販会社が連なる日溜まり。?六本木ヒルズの父親?丸ビルのせいで直射日光は逆光し、少年がいる雑居ビルへ社会の影を浴びせ付ける。
時はまさに午前十時。頭の作業員が三十分ぐらい遅刻。罵声とともに数名の作業員は手を動かす。
ギーギーガーガー。ドリルは気絶しそうな音を叫びながら全快。昔のホラー映画でたびたび登場した電動のこぎりから火の粉が飛ぶ。はしか菌が飛び散って多大な感染者を出すように、飛沫。頭骸骨よりやや小さいハンマーを握っていた少年はなんのそのと、天井を打ち抜く。
やがて少年は歓喜の号令を宣言し休憩を告げた。ある派遣先から雑工としてアルバイトに入っていたわたしはくたくただった。砂ほこりが汗でべとつく。
「派遣会社よ、約束が違うぞ!」わたしは構わず水色と白色が輝くコンビニエンスストアへと向かった。添加物で汚染された菓子パン二つを、手提げ袋に入れてもらい、どうにか現場へと生還する。
少年は、隣にいた同僚(もっとも言葉を交わしたことさえないが)へ尋ねた。
「あんさんたち、バイトやりながら何やってんの」
「俺はウケレレのプロ奏者を目指しているよッ」名無しの同僚は応えた。
「会社も儲かってしょうがないやねぇ。パソコンとファックスさえあれば一人一万三千として手取り五千円。何人ぐらい登録してんのかなァ」
話から外れるのを怖れて、すかさずわたしは口を挟む。
「一万人はいますよ」
「俺学生っス」わたしはスミソン製の旧式二連発銃のように、どもりながら言った。
身長百八十。体重九十五キログラムの巨体を子どものように振り子運動させはじめなざら少年は笑った。時計を見ると、すでに一時は過ぎている。
「実はねェ俺、必ず月末にフィリピンへ海外旅行するんだ。かみさん置いて。フィリピンでさあ女と遊ぶの。この前もホテル近くのバーで一緒に飲んでいたら、マフィヤが実弾使ってドンパチ始めちゃって。またか……もちろんカウンターの下へ二人そろって屈伸運動したさ。でも、かみさんが携帯つながらない地域へ出張することなんかあるんかいな、などと感ずいてきたみたい。なんか言い方法ないかなァ。兄さんたち良いアイデアある?」同僚が応えようと唇を動かそうとした瞬間、号令が鳴った。
分かったぞ。あの少年はきっと二つの世界を行き来する旅人だ。月末は金持ちの色男をエンジョイする。そして日本では土方をやる。少年は月末に映画の主人公になれるのだ。
それは温泉地へ行った叔母さん連中がフロントで「ホントウに源泉?」と尋ねたあと湯船に浸かる。そして「やっぱり本物の温泉は違うわねェ」とお釈迦様の顔になる。だがそこはただの沸騰させた水道水であった。
そんな実情とは雲泥の差だろう。少年は海の遥か向こうで、紛れもなくお金持ちのジェントルマンになれる。
わたしは食べ切った菓子パンの袋をしっかりと鞄へ入れ「お疲れさまでした!」と帰った。
「俺Dっていうんだ。いい話が聴けたね。また次の現場でもよろしくな」
わたしは同僚に向かって手を振っていた。
しかし筋肉けいれんを起こしていた手には、しごく痛い代償だった。
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