8 4年ぶりのキス
「お前らが悪いんだからな」
恨みがましい顔で何度も言われると、いくら友達でもウンザリする。
「はいはい」
健は適当に返しながら、眉を吊り上げ自分を睨み付けている友人の前に、コーヒーが波々と注がれたマグカップを置いた。
オイルと機械のにおいが漂う、車両整備工場の事務所。
そろそろ帰ろうかと、帰り支度を始めていた健の所へ、あれだけ「暴走するな!」と注意をしておいたのにまったく聞いていない、秋光が勤めるコンビニの軽トラが、激突するのではないかという勢いで突っ込んできた!
「お前な!いい加減にしろよ!!」車はもっと大事に乗れ、っつーのっ!!そんな気持ちで怒鳴ったが、軽トラから降りてきた秋光は、逆に叫んだ。
「お前らのせいだかんな!!!」
「んで?今日も食事に行くって?」
健は赤茶の髪を掻き上げながら、自分のコーヒーに口を付けた。目の前の秋光はまだムスッとしている。
健が秋光の前に置いたマグカップを指差して「ほれ飲め」のポーズをするので、とりあえず秋光はコーヒーに口を付けたが、一口飲んだ瞬間、血相を変えて立ち上がった!
「てっ・・・てめっっ!!健っっ!!砂糖入れたな!!」
彼は甘いものが苦手だ。
「カリカリした時は、甘い物で血糖値を上げるのがいいッスよ。ウチの綾も、仕事でストレスが溜まると吐くほどケーキバカ食いするッス」
「保母さんとオレを一緒にすんな!」
そうは言いつつも、そのかすかに甘いコーヒーに後ろ髪を引かれ、秋光はもう一度カップに口を付けた。
・ ・・意外に、美味いじゃん・・・。
チラッと、その細工を施した友人を見上げると、「美味いだろ?」という顔をしてニヤニヤしている。むかつくが、自分のためを思って甘いコーヒーを作ってくれたのだ。
秋光はちょっと照れ笑いをしながら、マグカップのコーヒーを飲み干した。
「まっ、食事に行くくらいで、何かした訳じゃないんだから、そんなにカリカリしなくてもいいだろ?」
「『何かした』後じゃ、マズイだろってのっ!!」
一度落ち着きかけたのに、秋光はまた興奮してきた。
「お前らが止めるから!『オネーサンに手出しするなよ』って言うから!俺はずっと、何一つ自分の気持ちも伝えずに、この4年間、真理さんを見てきたんだ!それを・・・、何でまだ2週間くらいしか経ってないようなヒョコッと現れた男に、先を越されなきゃなんねーんだよっっ!!」
「・・・まぁ、こういう事は、時間じゃないし。・・・オレだって、綾に一目惚れして告ったのは2日後だったし・・・」
「自分はそこまで手の早いことしておいて、よくオレにあれこれ言えたもんだよな・・・」
「オレとお前の場合は違うッスよ。・・・じゃぁ、お前、「あの時」の真理さんに、「好きだ」なんて言えたッスか?」
秋光は空になったマグカップを見詰める。
黒いマグカップ。
その黒が、4年前の真理の姿を思い起こさせた。
黒い喪服を、彼女は「彼」の四十九日が過ぎても脱ごうとはしなかった。
黒い綺麗な髪と大きな瞳。そこにいつも涙を溜めて。
「彼」の写真の前で、いつも泣いていた。
そんな彼女が心配で、秋光は毎日様子を見に行った。
彼女は「彼の友達だから」毎日お線香を上げに来てくれるんだ。としか思っては居なかったが・・・。
それは、違う。
───この頃から、秋光は、真理に恋をした。
大切な友人の恋人。
死んでしまった友人の、大切な人。
その頃の秋光に、告白する事を躊躇わせていた物は、真理の中に宿っていた「彼」の子供だった。
6月生まれだったはずのその子───真臣は、真理の心労が重なったせいか、4月の「彼」の誕生日に日に産まれた。
本来なら、その日に18歳になるはずだった「彼」。
生きていれば、その日に「婚姻届」を出し、真理と夫婦になるはずだった。
───お前、オネーサンに手出しするなよ。
秋光の気持ちに気付いた健や達也に、必死に止められた。
───オネーサンは「あいつ」の大事な人なんだからな。
だから黙っていた。ずっとずっと、自分の気持ちを抑えて。
なのに・・・。
「なぁ、健・・・」
秋光は空のマグカップを眺めながら、ボソッと呟くように言った。
「あの医者が『何か』したら・・・、オレ、もう我慢しねーからな・・・」
こういう時に、目を開けていてはいけない。
それは知っている。
こういう時は目を閉じるものだ。・・・でも・・・。
頭で解かってはいても、真理の目は、ただでさえ大きいのに、更に大きく見開かれたままになってしまった。
原因は、おそらく、今、尊が行っている行動にある。
唇が、重なっているのだ・・・。
重なっているだけならまだしも、自分の口腔内に舌が入り込み、優しく撫でるように刺激している。
昨日と同じ、レストランの遊歩道。同じく、食事を終えての散歩中。
しかし、昨日と違ったのは・・・。
「真理ちゃん」
「はい?」
いきなり自分の名を呼び立ち止まった尊を見て、どうしたのか、と真理も足を止め彼を見上げた。
「キスしていい?」
「・・・は?」
何を訊かれたのかと、自分自身、認識する間もなく、尊は真理の肩を抱き寄せると、身を屈めて唇を合わせたのだ。
驚いた真理は、目を閉じる事も出来ない・・・。
真理が驚いて目を開けたままな事に気付いた尊は、クスッと笑いながら一度唇を離し、彼女の目の上に片手を当てる。
「・・・目、閉じて・・・」
まぶたを下ろさせ、彼の手が離れた時、唇は再び重なっていた。
今度は誘い出すように、唇を吸い舌を絡める。
ちょっと激しいキスに、真理の体温は上がった。
こんなキスをされるのは、正直、4年ぶり。それを思うと何故か真理は怖くなって、両手で尊の肩を抵抗するようにちょっと強めに押す。しかし尊は、肩を抱いていた腕で更に抱き締めるように真理を引き寄せ、唇を重ね続けた。
どうしよう・・・。私・・・。
どうしよう・・・。
顔の向きを変え、ほんの少し唇が離れた瞬間、真理は薄目を開けて尊の背後を見た。
昨日「好き」と言われた時、尊の背後に見えていた、霞がかった月。
───その月が、今日は見えない。
何故か真理はホッとする。
しかし、何か「隠し事」をしているような気がして、何とも言えない罪悪感が彼女の心を苛んだ。
「どうして・・・私なんですか・・・」
やっと唇が離れた時、真理が出した声は震えていた。
突然自分を襲った出来事に、真理自身動揺を隠せない。
本当なら、泣いてしまいそうだ。
しかし、「いい歳してキスくらいで泣いて」と思われるのが嫌で、真理はその涙をグッと堪えた。
「どうして・・・私なんか」
頬を染めて、困ったように尊を見上げる真理。そんな真理の顔を見ると、反対に尊も困ってしまう。
「好きだ、って理由だけじゃ。ダメかな?」
「だって・・・」
「真理ちゃんが昨日言ったような、『子持ち』だ、とか『未婚の母』とかっていうのは、好きになっちゃいけない理由にはなっていないだろ?」
「・・・」
尊の真剣な目を見ているのが、何となく怖い。
真理は尊から視線を逸らした。
「好きな気持ちを、俺は我慢する気はないよ」
真っ暗な夜空。
今日は月が出ていない。
真理はチラッと空を見上げ、もう一度それを確認した。
こんにちは。玉紀 直です。
えー・・・秋光が怒ってます。
さっさと告白しとけばよかった。という気持ち。
友達がそれを止めていたせいだ。という気持ち。
でも、大切な友人の大切な人だから。という気持ち。
・・・彼も、色々悩んで可哀想でしたが・・・。
言ってましたね。「何か、したら我慢しない」・・・その「何か」しちゃいました。
尊も、「好きな、気持ちを我慢しない」
我慢しない星が、ふたつ。
キスをされてしまった真理。
月が出ているかを異様に気にしていました。
4年ぶりに受ける行為に、心と体は動揺します。
これが、「それ」に当てはまるかは、ちょっと解からないのですが、次回は一応、玉紀が「性的表現」が入る際に使わせて頂いている「閲覧注意」の予告をさせて頂きます。
玉紀もあまり書いたことの無い行為が入った「閲覧注意」なので、「あ、私こういうの嫌い!」と思われる物でしたら、すぐにスルーして下さいね!
次回は5月30日更新。
では、次回!
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