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7   戸惑う太陽
「俺、真理ちゃんが好きなんだ」

 ・・・冗談だよね・・・。
 ぱくっ。
「真理」
 ・・・だって、私に、そんな事言うなんて。
 ぱくっ。
「真理っ」
 ・・・からかわれたんだよ。うん。きっとそうだよ。
 ぱくっ。
「まりっ!」
 いきなり大きく自分を呼ぶ声。真理はハッとして顔を上げた。
「何ボーっとしているの?そんなにつまんだら、まーちゃんの御弁当の分、なくなるよ」
「あ・・・」
 母に言われて目の前を見る。真臣のお弁当用に作った玉子焼きが、6切れ中もう2切れしかない。
「あはっ、ボーっとしてたもんだから。つい・・・」
 真理が誤魔化すように笑うと、今まで洗面所に居た真臣が、キッチンでお弁当を詰めている真理のところへ走ってきた。
「ママー。ぼくも、あじみー」
 まだパジャマ姿。前髪と顔が濡れたままだ。どうやら顔を洗っている途中だったらしい。
「はい、どうぞ」
 菜箸でつまんだ玉子焼きを口元に持って行ってやると、真臣は大きく口を開けてパクッと食いついた。
 玉子焼きをほっぺいっぱいに頬張ってモグモグと動かしながら、ゴクッと飲み込み、にこーぉっと笑う。
「おいしい?」
 真理もそんな真臣の顔を見ながら、にこーぉっと笑う。
「おいしい!玉子あまーい」
 お砂糖多めの甘い玉子焼きが、真臣は大好きだ。

 ・・・「あの人」も、甘い卵焼きが好きだった・・・。

 そんな事を考えながら、真臣の頭をクリクリッと撫でてポンポンッと背中を叩く。
「ほら。お顔ちゃんと拭いておいで。その後お着替えだよ」
「はーい」
 真臣が走って洗面所へ消えて行くと、真理は肩で息をついて再びお弁当を詰め始めた。
「ねぇ、真理」
 そんな真理に真澄が話しかける。
「昨夜、何かあったの?」
 お弁当を詰める手が、ピクッと止まった。
「・・・なっ、なにか・・・?何か、って、何が?」
 慌てた口調になってしまった。真澄がジーッと自分を見ているので、真理はさっと顔を逸らした。
「食事して帰ってきただけよ。私、お酒駄目だから、飲みに行く代わりにちょっとお散歩したけど。・・・それだけっ」
 ・・・それだけ、じゃ、なかったけど・・・。
「昨夜帰ってきた時、何か慌てて2階に駆け上がって行っちゃったでしょ?しばらく降りてこなかったし。どうしたのかなー、って思ったのよ」
「真臣が心配だったのよ。ちゃんと寝てるかな?って。それだけ」
 本当は違う。

「冗談ですよね」
「冗談じゃないよ」
「じゃぁ、からかっているんですよね」
「からかってなんか居ないよ」
「私、子供が居るんですよ」
「それで?」
 昨夜、そんな会話を繰り広げた。「好きだ」と言われても、どうも信じる事が出来ない。
 目をぱちくりさせて戸惑っている真理を見て、尊はクスッと笑い、
「真臣君のことが気になるだろうから、帰ろうか?」
 と言って、真理の肩を抱いて歩き出した。
 男性に肩を抱かれるなど、普段はない経験。真理はドキッとしたが、その手を振り払う勇気もなく、そのまま駐車場まで歩いた。
 家へ帰って来てから、慌てて2階へ駆け上がった。
 本来、真理の部屋である部屋の隣。真臣が寝ている部屋へそっと入り、机の椅子を引きそっと座って大きな息を吐く。
 「冗談」だの「からかってる」だの自分で言いながら、真理は胸がドキドキして止まらなかった。
 小さな電球だけが点いた部屋の中。肩越しに振り返ると、真臣が眠っている姿が見える。
「ごめんね・・・真臣・・・。ママ、ドキドキしちゃった・・・」
 自分が凄く悪い事をしているような気がして、真理はすぐに目を逸らす。
 机の上に敷かれた透明のデスクマット。その下に挟まれた写真。
 黒髪の「彼」が、こちらを見て笑っている。
「ごめんね・・・」
 真理は哀しそうに呟いて、マットの上から「彼」の顔を指でなぞった。


「真理ちゃん!おはよう!!」
 いきなり元気いっぱいの声に、「ちゃん」付け呼び。真理はあまりの驚きに、身を竦め目をぱちくりさせた。
 病院に入った途端、すでに来ていたらしい尊が、笑顔で白衣片手に走ってくる。
「おっ・・・おはようございますっっ。園居センセイッ」
「アウトッッ!!」
 いきなりそう言って指を指される。なっ、何?!人を指差しちゃいけないでしょっ!!
 真理が少々びくびくしていると、尊はクスッと笑って両手を腰に当てた。
「園居先生、はやめるって、昨日話しただろ?約束は守ろうよ」
 約束?・・・したっけ?
 思い出そうと頑張るが、どうも思い出せない。昨夜は「好きだ」と言われた印象が強すぎて、他のことが飛んでしまっている。
「あのさ、真理ちゃん」
 考え込む真理を、尊が覗き込んだ。
「俺は、本気だから」
「尊先生?」
「真理ちゃんを好きだ、っていうのは、冗談でもからかっている訳でもない。本気で好きなんだ。・・・出来れば、付き合いたいと思ってる」
 真理は驚いて尊を見上げた。
「私は、子供が居るんですよ・・・・それにっ」
「だから、何?」
「・・・・・」
「子供が居たら、好きになっちゃいけないのかい?」
 真理は言葉が続かない。どう言ったら良いのか、解からない。
「返事は急がないから。どうせ毎日、病院で会えるし」
「あの・・・私・・・」
「でも、俺がこんなこと言ったからって、避けたりするのはやめてくれよ。悲しいから」
 冗談めかして言ってから、まだ対処に困る真理を見下ろしてニコッとする。
「だからさ、真理ちゃんの事もっと知りたいし、今夜も食事に付き合ってくれる?」
「え・・・?あっ、あのっ、今日は駄目ですっ。・・・二日も続けて、なんて・・・。私、真臣放っておく事になっちゃうし・・・。母にも・・・」
「奥さんと院長の許可なら、もらったよ」
「は?」
 真理はドキドキしながら眉をひそめる。自分の意見は何も通らないまま、話が進んで行っている様な気がする。
「さっき奥さんに会ったから、今夜も誘っていいですか?って訊いたら、『どーぞ、どーぞ』って。院長にも『よろしく頼むよ』って言われちゃって。・・・だから、いいよね?真理ちゃん」
 ・・・「どーぞ、どーぞ、って・・・?
 お父さん!お母さんっっ!!


「どうしたの?お姉さん」
 ボーっとしながらレジの前に立つ真理を見て、秋光が声を掛ける。
「いっつも変だけど、これ、本気?」
 少々怒った顔で、レジに置かれた商品を指差す。・・・コーヒー牛乳、1パック。
「お弁当でも作ったの?」
「ううん。これ、お昼」
「・・・本気で怒るよ。オレ」
「食欲ないんだもん・・・」
 何となく、本当に元気がない。見て悟った秋光は、キュッと寄せていた眉を元に戻して、ちょっと伏せ気味の真理の顔を覗き込んだ。
「どうしたのさ?『太陽さん』らしくないよ・・・。仕事で何かあったの?」
「ううん・・・」
「真臣に『ママ嫌い』とか言われた?」
「ううん・・・。『好き』って言われた」
「じゃぁ、べつに良いじゃん」
「尊先生に・・・『好き』って、言われた・・・」
「・・・・・は?」
 秋光は再び眉を寄せ、真理を見た。
 心なしか赤い顔をして、困ったように視線を泳がせている。
 尊先生・・・って、あの新しい先生だろ・・・?
 「好き」って?お姉さんを・・・?


 コンビニの裏口。パートに「ちょっと一服してくる」と言って出てきた秋光は、煙草を吸う訳でもなく、突然険しい顔で壁をガンッと殴りつけた!
 硬い壁を殴ったりすれば、もちろん手は痛いし赤くなってしまうだろう。彼とて、例外ではない。

「冗談じゃねーぞ・・・。おい・・・」

 痛みで赤くなった手を握り締め、秋光は悔しそうに呟いた。




 こんにちは。玉紀 直です。
 好きだと言われて戸惑う真理に、容赦なく続く尊の行動。
 しかし、両親が何となく積極的なのは何故?
 結局今夜も食事に行くことになってしまいました。

 真理は何気なく言ったつもりですが、「何気なく」聞けなかったのは、秋光です。
 真理の事が好きな彼。気が気ではありません。

 尊の行動はエスカレートします。
 次回は、ついに・・・。

 次回は5月24日更新。

 では、次回!
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