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68  謝罪の雨


「すみません! 本当に申し訳ありません!!」
 井関恭吾の母親は、半狂乱に近い状態になりながら泣き叫んでいた。

「ご主人をあんな目に遭わせて、・・・おまけに坊ちゃんまで! 本当にすみません! ごめんなさい!!」
 喪服が汚れてしまう事など、多分何も考えては居なかっただろう。
 地べたにうつ伏してしまうのではないかという位、ベッタリと地面に体をつけ、頭を下げて・・・。
「ごめんなさい!!」
 これ以上頭を下げる事など不可能なくらいの土下座を、真理の前で見せたのだ。

 井関恭吾の葬式は、家族葬だった。
 本当に家族だけで、内々に行われたのだ。
 今泉には止められたが、お焼香だけでもしたいと、真理は弁護士の今泉を立会人に、通夜の席へ顔を出した。
 その時、尊も、正孝の代理として一緒に焼香へ訪れた。
 尊に代理を頼んだのには訳がある。一人息子の正臣を殺されている正孝は、不慮の事故に痛ましさと気の毒さを感じてはいても、やはりやりきれない思いがあったのだ。

「死んで当然なんです! あんな子! 人を殺して、罪の償いもしないまま、また、子供さんを襲うなんて! あんな恐ろしい子・・・死んで当たり前なんです!!」
 地べたに這いつくばって、死んだ息子を罵倒する母親。その横で同じく地べたに座り込み、首をうな垂れ、苦しさに肩を震わせる父親。
 真理の姿を見た瞬間、母親は猛然と謝罪の言葉を口に出したのだ。

「バチが当たったんですよ! 気がふれて、罪の償いが出来ない身だったから、・・・バチがあたったんです!!」
 真理が井関の両親に会うのは二度目だ。
 一度目は。正臣の通夜の席で・・・。
 あの時も、同じ様に母親は土下座をして頭を下げていた。
 ただ悲しみにふれていた真理は、その時は何も言えなかった覚えがある。
 両親とも、あの頃より小さくなってしまったのでは無いだろうか?
 特に母親は、四年前はふっくらとした女性だったのに、すっかりやせてしまってまるで病人のようだ。

「すみませんでした! 本当にすみませんでした!! あんな恐ろしい子を産んでしまって・・・すみませんでした!!」
 母親が泣きながら叫ぶ言葉は、真理の心に深く深く突き刺さる。

 そんな訳は無い。
 自分の子供を、死んで当たり前、などと本気で言う母親がいるだろうか。
 「あんな子を産んでしまって」などと、言いたい母親がいるだろうか・・・。

 真理は昔の井関を思い出す。
 学校で教師をしていた頃の井関は明るく気さくで、沢山の生徒に好かれていた。
 彼はきっと、両親に大切に育てられたに違いないのだ。
 昔の彼の、大らかで優しい性格が、それを物語っているのでは無いか?

 そんな息子が、人を殺した。
 両親は、どんな思いだっただろう。
 気がふれ、病院に入り、一生元にはもどらないという宣告を受けて。
 両親は、どんなに辛かっただろう・・・。

 そしてまた、殺した人間の子供を襲った。

「死んで当たり前なんです! こんなことまでしてっ! もし生きていたなら、私が殺してやります!」
 母親は、自分が何を言っているのか自覚出来てはいなかったのかもしれない。

 正臣を殺された、真理。
 しかし、真理だけが辛かったのでは無い。

 正臣を殺した井関。
 その両親だって、苦しんだのだ。

 
 私は・・・ここへ来てはいけなかった・・・。
 雨なのか涙なのか解からない位、真理の顔はぐちゃぐちゃに濡れていた。
 ただただ涙は止まらず、眩暈がしそうになって立っているのも辛く、倒れそうになった時、隣にいる尊に支えられた。

「ごめんなさぃぃぃ・・・っっ・・」

 ただひたすら、謝罪の「言葉」を口にする母親。

 この母に子供を罵倒させ、辛い思いをさせているのは、私だ・・・。
 愛しんで育てたであろう子供を、悪く言わなければならない辛さ。
 もしも真理なら、真臣を悪く言わなければならないなど辛すぎる。

 真理の瞳からは、涙が流れつづけた。

 小雨が降りしきる中で、この雨と同じくらい止む事を知らない、辛く苦しい謝罪の言葉が真理を苛む。


 雨は止まない・・・。

 そして、雨がやんでも・・・。
 
 真理の心の雨は・・・降り続ける・・・。





 こんにちは。玉紀 直です。
 辛い話ではありますが、何かの事件を子供が起こしてきた時、その両親はとても辛い思いをするのだと思います。
 加害者の親は、同時に「被害者」でもあるのかもしれません・・・。
 もちろん、ケースバイケースですよ。誤解しないで下さいね。

 真理ちゃんの心の雨は、降り続けます。
 ただひたすら、「自分」を責めて。

 そんな彼女に、手を差し伸べられるのは・・・?

 次回は2月16日更新予定。

 では、次回!
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