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5   ワガママな天使
「あれ?真臣君?」
 その日、朝出勤してきた尊は、病院の待合室の壁側の長椅子に、ぺたんと猫座りをして携帯ゲーム機で遊んでいる真臣を見つけた。
 今日は平日。普通ならば幼稚園があるはずなのだが、特に幼稚園の制服を着ている訳でもない。
「おはよう。どうしたの?お休みしたのかい?」
 白衣を羽織って真臣の前に屈みこむが、真臣は返事もせずにずっとタッチペンを片手に携帯ゲーム機の画面に夢中になっている。
 尊が「しょうがないな」という諦め顔でフッと肩で息をつくと、今の会話(?)を聞いていたらしい真理が、中待合室から飛び出してきた。
「真臣!ダメでしょ!先生にちゃんと朝のご挨拶は?!」
 すると真臣は、やっと目の前にいる尊の顔を見て、
「おはようございますっ」
 と、型どおりの挨拶をして、またゲーム機の画面に目を落とした。
「もぅ・・・」
 真理が困ったように真臣を見て、それから立ち上がった尊に目を向ける。
「ごめんなさい。園居先生。真臣が失礼して・・・」
「いや、いいよ。大丈夫。気にしないで」
 子供のこんな反応を気にしていては、小児科医などはやっていられない。
 尊はまったく気にしていないが、真理は気になって仕方がない。
「今日、幼稚園の開園記念日で、休みなんです。一人で家にも置いておけなくて・・・。診察時間は、院長室か休憩室に入れておいて邪魔にならないようにしますから・・・」
「それじゃ、しょうがないよ。そんなに気にしないでよ。真理さん」
 尊は気にさせないように明るく言うが、職場に子供を連れ込んでしまっていることに引け目を感じているのか、真理はずっと申し訳なさそうな顔をしている。
「じゃぁ、ママ、お仕事に戻るからね。事務のお姉さん達が来たら、ちゃんと言う事利くんだよ」
 言い聞かせるように真理が真臣に話しかけるが、真臣は顔も上げずに「うん」と返事をしただけだった。
 とりあえず真臣をその場に残し、二人で中待合室のほうへ入った時、尊が考えるように真理に話しかけた。
「ねぇ、真理さん」
「はい?」
「あの携帯ゲーム機。真理さんが買ってあげたの?」
「え?ええ。色々なキャラクター物のソフトとかが沢山あって、3歳くらいの時から欲しがっていたから・・・。4月に、入園祝いって言って・・・」
「・・・あまり、感心しないな」
 少々厳しい口調で、真理の顔を見る。
「いくら欲しがっても、まだああいう物を持たせても良い歳ではないと思うんだ。携帯ゲームやテレビゲーム、メディア系に小さな頃から慣れてしまうと、まず人とのコミュニケーションが苦手な子になってしまうし、人の話しを聞けない子が増える」
 真理はちょっと驚いたように尊を見る。
「まぁ、親にしてみれば、小さな子供がうるさくしないで、大人しくゲームをしたりテレビを観ていてくれれば助かる・・・っていうのはあると思うんだけど・・・」
 ついそこまで言ってしまい、尊はハッとした。真理がどこか辛そうな顔で、困ったように下を向いてしまったからだ。
「あっ、でもっ、皆が皆そうだ、っていう訳じゃなくてねっっ!あくまでも児童心理学枠内の見解でっっ・・・!」
「いっ、いいえ・・・いいんですっ!その通りですからっ!」
 慌ててフォローを入れるが、真理はそのフォローを否定する。
「本当に・・・その通りですから・・・」
 真理は恥ずかしくなってしまった。正直、子供に対してこんな注意を受けたのは初めてだし、尊が言っている事も当たっている。
 仕事で疲れている時や、自分の事をしたい時など、真臣がゲームなどをして大人しくしていてくれると、自分にまとわりつかなくて非常に都合がいい。
 ゲーム機を与える時も、こんな小さな子供に出来るんだろうか?まだ早いのでは?と、自分自身思った。しかし、父や母は、真臣可愛さに「そんなに心配しなくてもいい」と気軽に言うし、与えたら与えたで「パパ達」は一緒にやり方を教えながら遊んでくれたり、小さな子でもプレイできるキャラ系のソフトをくれたりして、変な話、徹底的に真臣を甘やかす。
 周りには真臣を可愛がる人間しかいなくて、たまに真理が困ってしまうくらいワガママに育ってしまった。
 さっき尊に話しかけられた時、ゲームに夢中できちんと挨拶も返事も出来なかったのが、何よりの証拠かもしれない。
「ごめんなさい・・・。父親がいない分、しっかりと叱れる人が居なくて・・・。私が叱っても、反対にお母さんとかに『そんなに言わなくてもいいでしょ』なんて怒られたり・・・」
 院長夫妻も、たった一人の孫が可愛いのだろう。
 だから真理が真臣を叱ると、反対に真理が「キツすぎる」と親に言われてしまう。
 真理としては、若くして母親になり、おまけに父親がいない。その分、子供をしっかりと躾ようと頑張っているのだろう。しかし、周りが真臣を甘やかし干渉しすぎて、それも上手くはいっていない。
 ・・・真理さん・・・。頑張っているのにな・・・。
 尊は少々、真理が気の毒になった。


 そしてそれは、午後の診療が始まる2時近くに起こった。
 予約の診療患者や、もうすでに順番待ちをしている患者のカルテなどを真理がそろえていると、その第2診察室のドアが開き、こっそりと真臣が顔を出したのだ。
「あれ?真臣君。どうしたの?」
 それに気付いた尊が、机の上のパソコンから目を離し、クルッと椅子ごと真臣のほうを向く。
 が、真臣はそんな尊には目もくれず、その横でカルテ類をそろえていた真理の元へと走りより、グイッとスカートを引っ張った。
「ママー。あきたー。かえろー」
 すると真理が、困った顔はするものの、優しく笑って真臣の前へ屈む。
「ママね、これからもう一回お仕事なの。解るでしょ?」
「でも、ぼく、もうあきた。おうちにかえろーよー。ママー」
「おじいちゃんのお部屋でDVDでも観る?このあいだ秋パパがくれた新しいソフトはやらないの?」
 何とか真臣の気を他に逸らそうとするが、焦っている時の大人の気持ちに、子供は敏感だ。「自分は何か騙されるのかもしれない」という気持ちが、真臣を更にごねさせた。
「やだっ!テレビもゲームもしない!ママといるっ!!」
「真臣・・・でもね・・・」
「やだ!やだぁ!ママぁ、公園いこー!いっしょにアソボー!」
 小さな体を揺れ動かし、首をぶんぶんと振って泣き声で反抗する。
 すっかり困ってしまった真理を見るに見かねて、尊は椅子に座ったまま腕を伸ばし、真臣を抱き上げると自分の膝の上に乗せた。
「そうだよなー。一日中こんな所にいたら、飽きるなー。センセーも遊びに行きたいよ」
 真理が驚いて尊を見る。・・・何を言うつもりなんだろう・・・。
「でもさ、ママは今、お仕事中なんだ。解るだろ?今日は終わるまで大人しく待ってる、って約束で来たんじゃないのかな?」
 真臣が黙る。何となくソワソワと横目で真理を見出した。
「真臣君。お約束守れるかな?4歳の男の子なんだから、守れるよね?」
 決して怒っている訳ではない。あくまでも優しい口調ではある。それでも、自分は何か注意をされているというのが子供心にも解かるのだろう。
 真臣は泣き顔で真理を振り向き、甘えた声で両手を前に出した。
「ママー。ねんねー。ねんねするー」
 真理が尊の膝から真臣を抱き上げると、真臣がメソメソしながらグッと真理にしがみつく。頭頂部と体が温かい。「眠い」というのは「本当」らしい。
「先生、ごめんなさい。私、院長室に真臣を寝かせてきますから・・・」
「うん。いいよ。慌てなくていいから。ゆっくり抱っこしていてあげなよ」
「本当にすみません。・・・行っている間、美鈴さんに入っていてもらいますから」
 そう言って真臣を抱いたまま診察室を出て行く。ほどなくして美鈴が入ってきた。
「しばらく交代しまーす。若い子じゃなくて申し訳ありませーん」
 一言多い・・・。
 「そんな事ないよー」と愛想笑いをしながらも、尊はちょっと真臣を泣かせてしまった事を後悔していた。

 可愛い一人息子を泣かされて、真理に悪い印象を与えたのではないか、と思ったのだ。


 退屈していたところに「注意されてしまう」という、普段なかなか無い経験。それがショックだったのか、真臣は真理が院長室に抱っこしてつれてくる前に眠ってしまった。
 ソファの上に真臣を寝かせ、タオルケットを掛けてやる。その傍らに屈み込み、寝顔を眺めながら黒くて細い髪を撫でた。
「眠った顔は・・・天使みたいなのに・・・」
 可愛らしい無邪気な寝顔。子供の寝顔は天使のようだ。親なら誰もがそう思う。
 時々手におえないくらいワガママで。でも、凄い甘えん坊で。
 園居先生みたいに、ちゃんと注意してたしなめてくれる人が居れば、ワガママになんてならなかったのかしら・・・。

 ───大丈夫だ。生意気言ったら、俺がシメてやる。

 まだ真臣がお腹にいた頃。手に負えないような暴れん坊になったらどうしよう、と不安がった真理に、「彼」が言った。
「・・・あなたが・・・生きていてくれれば・・・」
 真理の大きな瞳が、悲しそうに細まる。目の前で眠る真臣の寝顔に、「彼」の寝顔が重なった。

 不安じゃない訳が無いのだ。───自分一人で子供を育てていく事。
 悲しくない訳が無いのだ。───父親に一度も息子を抱いてもらえなかった事。

 辛くない訳がないのだ・・・。
 愛する人が、今ここにいない事・・・。

「・・・どうして・・・死んじゃったの・・・」

 ワガママで甘えん坊。
 でも、何よりも愛しい。愛した人の忘れ形見。
 そんな天使の寝顔を見ながら、真理は、ちょっとだけ泣いた・・・。




 こんにちは。玉紀 直です。
 長いことお休みを頂きました。すみません。
(お詫び(?)に今回はちょっと長めでした)
 かなり甘やかされて育っている真臣君。
 そりゃぁ、ワガママにもなろうってものです。
 それじゃなくてもこのくらいの年齢の男の子は生意気ざかりですから!

 少々自分の子育てに不安を隠しきれない真理。
 「父親が生きていれば」そんな弱気な思いが、時々彼女の心をいっぱいにして、そして今はいない「彼」を思い出させてしまいます。

 そんな真理に、次回はやっと尊が動いてくれます!
 やっと「恋愛モード」に突入するか??!(笑)

 次回は5月15日更新。

 では、次回!
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