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58  尊の怒り


「やめろよ。困ってんだろ?」
 長い沈黙だった。
 冷たく張り詰めた空気が部屋の中に漂い、何の音も聞こえない。
 もしも「空気の音」という物があるのなら、その音だけが「シーンッ」という音となって耳の中に響いていただろうか。
 そんな中で、口火を切ったのは秋光だった。

「何言ってんだよ。・・・『何してた?』って、分かんないようなガキじゃねぇだろ?」
「秋光君・・・」
 秋光の、この場の状況を全て肯定する言葉に真理が慌てた声を出す。
 しかし、秋光の言う事ももっともだ。
 この状況で、二人が仲良くゲームをして遊んでいたようには見えないだろう。

「わざとらしいんだよ・・・」
 ちょっと鼻でフンッと笑った秋光。
 この状況でその態度は、著しく尊の男としてのプライドを傷付けた。

「尊さん!!」

 真理が慌てて叫ぶ。
 尊がいきなり、秋光の胸倉を掴みあげたのだ!

 すぐにでも殴り付けるのではないかと思った真理は、反射的に目を閉じて肩を竦める!
 しかし、何か起こった気配はなく、彼女はゆっくりと目を開けた。
 秋光の胸倉を掴み上げ、憎々しげに彼を睨み付ける尊。
 尊の目を睨み返し、手に持っていた煙草をベッドの上に置いてあったコーヒーの空き缶の上で潰す秋光。

「なんだぁ?やろうってぇのか・・・?」
 胸倉を掴んだ尊の手を上から押さえると、秋光は尊から目を逸らさず睨み付けたまま、勢い良くベッドから立ち上がった!
「上等だ!センセイがオレに喧嘩ふっかけようなんざ、見上げた度胸だ!なぁ?!!」

 身長に十五センチほどの差はあるが、確かにこういう事に関しては秋光の方が上だろう。
 どう考えても、真面目に医療畑一筋でやって来た尊には分が悪い。
 体を使った喧嘩になれば、この手の事は学生時代に慣らした秋光の方が有利だ。

「やめて!秋光君!!」
 真理もそう思ったのだろう。慌てて秋光に掴み掛かる尊の腕に手を掛け、二人の間に入った。
「やめてっ・・・暴力なんて・・。そんなの駄目だよ!」
 胸倉を掴みあげるという、挑発行為に出た尊と、それに受けて立とうとした秋光。
 一体どちらに言ったらいいのか分からず、取り敢えず真理は怯えた顔で二人を交互に見る。間に真理が入り二人の視線が集まると、真理はまず尊と目を合わせた。
「・・・ちゃんと、説明するから・・・。この手を離して?お願い・・・尊さん」
 秋光の胸倉を掴んでいる尊の手の上に、真理が手を乗せ尊を見詰めると、尊は一瞬戸惑ったが投げ捨てるようにその手を離した。
 秋光から顔を逸らし、悔しそうに唇を結ぶ尊の横顔を見て、締め付けられるような胸の痛みを覚えながら、真理は秋光へと目を向けた。

「秋光君・・・今日は、帰って。私、尊さんにちゃんと説明するから・・・」
「でも、真理さん・・・」
「大丈夫よ。ちゃんと話すわ。・・・どちらにしろ、ここで殴り合いも怒鳴り合いもしないで・・・。下に、お父さんもお母さんも居るから・・・」
 確かに今ここで騒ぎを起こすのはマズイ、と秋光も気付いたのだろう。いささか納得のいかない顔ではあったが、「分かったよ」と言って頷いた。

 床に脱ぎ捨ててあったジャンバーを拾い上げ、煙草の灰を落とした空き缶を手に持つ。それから、心配そうに自分を見ている真理に目を向けた。
「真理さん・・・」
 帰れと言われても、心配だ。
 これから二人が、どんな話をするのか。気になって堪らないのだ。
「大丈夫よ」
 そんな秋光の腕に、真理はそっと手を触れ、ニコッと笑って見せた。
「あとで電話するから。・・・ねっ?」
 納得いかないまま秋光は頷き、そして一切振り向かない尊の後ろ姿を睨み付けて、ドアを閉めた。



 秋光が部屋を出た瞬間、尊は部屋の窓を全開にして開けた!
 冷たい夜風が一気に吹き込んできて、さっきまで火照りを隠せなかった真理の体を包み冷やす。
「息が詰まる・・・」
 開け放たれた窓の縁に手を掛け、外を見ながら尊が呟く。しばらくすると、家を出て歩き去る秋光の姿が見えた。
 その後姿を見ながら、尊はグッと眉を寄せる。

 あいつ・・・。真理ちゃんを・・・?

「部屋に入った瞬間から・・・。君とアイツのニオイで、息が詰まった・・・」
「・・・尊さん・・・、あの・・・」
 真理が話しかけようとすると、尊はそのまま振り返り、首を傾げた。
「何をしていたの?真理ちゃん」
「・・・・・」
「こんなニオイが、部屋中に篭るような事、って、何?」
「あの・・・」
「言ってくれなきゃ、解からないだろう?アイツに言ってたじゃないか?『ちゃんと話す』って」
 言わなくたって分かる事だ。しかし尊は、それをハッキリさせるために真理の口から言わせようとした。
 自分が間違った事をしていたのだ。素直に訊かれた事には答えよう。そう思った真理は、尊から目を逸らし言い辛そうに答える。
「あの・・・、セックス、した・・・」
「誰と?」
「・・・秋光、くん・・・」
「アイツは、君の『友達』なんじゃなかったのかい?」
「・・・・・」
「『大事な友達だ』そう俺に言ったよね?」
「・・・それは・・・」
「『友達』と、こんなコトするの?!」
 急に怒った声を出し、速足で真理へ近付くと、尊は乱れたままのベッドの上へ真理を投げるように押し倒した!

「たっ・・け・・・!」
「ここで何をしていた?!アイツは、君に何をしたんだ?!」
 尊の両腕を掴み起き上がろうとするが、もちろん尊の腕はそれを許さない。
「『友達』だって、言っていただろう?!『友達』と寝るのか?!君は!!」
「ちがう・・・。違う!」
「俺が居るのに・・・!どうして、こんなコト・・・!」
「ごめんなさい!ごめんなさい、尊さん!」
 いつもと違う、本当に怒った様子の尊の迫力に押されて、真理は小さく何度も首を振る。説明などする余地は無い。自分を押さえつけ苛立ちをぶつけるように揺する尊の腕を掴んで、真理は涙が浮かんできた。

「真理!」
 必死で首を小さく振る真理の首元、Vネックの中で月の指輪が首の横へ滑る。
 それを見た瞬間、尊の中で、言いようのない憎しみにも似た感情が大きく膨れ上がった。


 ───忘れてはくれない。死んだ恋人・・・。
 そして、今度は、その友人・・・。

「!」
 尊は、吐いてしまいそうなショックに、思わずグッと息を詰める!
 いきなり首に掛かるペンダントをグッと掴むと、力いっぱい引きちぎった!

「たける、さっ・・ん!!」

 千切れたチェーンごと指輪はそのまま放り投げられ、開け放たれたままの窓から入り込む月の光に反射して、小さくキラリと光った。

「やめて!」

 それは、月が流した涙にも見えた・・・・・。




 こんにちは。玉紀 直です。
 年末更新が出来ず、長い事お休みになってしまい申し訳ありませんでした。
 また、新年一発目から、平和じゃない話ですみません・・・。

 恋人の浮気現場を発見したのですから、怒らない男は居ませんよね。(女もですが)
 考えようによっては、尊さんの怒りももっともです。
 でも、これでは話し合いにはなりません・・・。

 次回は、ちょっと「イタイ」です。
 「あっ、無理!」と思われたらスルーでお願いしますね。

 次回は1月9日更新予定。

 では、今年も宜しくお願いします!

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