3 もうひとつの星
「おにぎり一個、ゆで卵、チョコ、お茶。・・・って、何?!この昼ごはん!!」
レジカウンターの中にいた青年は、ちょっと怒った顔で、目の前に立つ真理を見る。
「完全な栄養不足じゃん!」
「卵は『完全栄養食品』だもん」
と、子供の朝御飯に卵かけご飯をひとつ与えて手抜きをする母親のような事を真理が言うと、青年はカウンターの下から野菜サラダのカップを1個取り出し、おにぎりの横に置いた。
「はいっ、ビタミン追加っ」
「あー!お客さんにそういう事していいの?コンビニの店長がっ!」
「店長だから良いの!大体昨日だって、サンドイッチにヨーグルトにストレートティー。って!ダイエット中?おねーさんっ!」
「秋光君ヤラシー!いちいち人が買った物、覚えてるー!」
「心配してんの!看護師さんは忙しいんだから、栄養採んなきゃダメだよっ!」
すると真理は、むっとした顔で手に持っていた小銭入れをグイッと、青年、工藤秋光の前へ突きつける。
「サラダ買えるだけ、お金持ってきてないもんっ」
「チョコやめなさい」
「やだっ。今日、幼稚園に真臣迎えに行って帰ってくる時、一緒に食べるのっ」
「真臣と?」
その名を聞いて秋光は少々考え込み、「仕方ない」と言うように息を吐く。
「じゃぁ、サラダサービスするから。食べなさい」
「じゃぁ、食べる」
真理がニコッと笑う。秋光はその笑顔にちょっと見惚れてから、おもむろに商品を袋へ入れ始めた。
「ホント。お姉さんのお陰で、ウチのコンビニ潰れるよ」
「あら?だって、秋光君が勝手に入れるんじゃない。バナナとか牛乳とか」
「お姉さんの無茶苦茶な食生活を心配してんの!たまに、プリンとジュースだけ。みたいな訳の分かんない時もあるだろ。・・・ったくぅ。小遣い制のサラリーマンのお父さん方のお昼じゃあるまいし。実家住まいだから、お金節約してる訳でもないだろ」
「そう怒らないの。ほら、お詫び。新しいお客さん、連れてきてあげたから」
そう言いながら真理は、今までの自分たちのやり取りを、後ろでお茶とお弁当を片手にズーッと聞いていた尊を指差した。
「ウチの病院の新しい先生なの。園居先生。いっつも家を出た所のコンビニでお弁当買ってくるっていうから、うちの近くにもありますよって、連れて来たんだからね。感謝してよ」
「どうぞごひいきにー。お酒も置いてますから、仕事帰りもどうぞー」
秋光が商売っ気を出して笑うと、尊が「よろしく」と笑いながら、お弁当をカウンターに置いた。
10年ほど前までは「工藤商店」という普通の小売店だった。時代の波に乗ってコンビニになりはしたが、昔からの客層は変わらず、近い事もあり立花小児科の看護師や患者などもよく利用する。
彼、工藤秋光は、ここの息子。生まれた時から住んでいるので、病院の事もよく知っている。
真理よりひとつ下の21歳。実は高校の後輩だ。高校卒業後、実家のコンビニで働き、親がもう1店舗少し離れた場所にコンビニを出店した事もあり、彼がここの店長を務めている。
165センチほどの小柄な青年。商売熱心な働き者の店長で、パートやバイトからも信頼されているが、ちょっと明るめに染めた茶髪が、なんとなく「昔の名残」を思わせる。
「そういえば、『皆』は元気?」
尊の会計をする秋光に真理が訊くと、秋光はちょっと考える。
「多分ね。俺も10日くらい連絡とってないんだよな。・・・達は、何かもう1店舗任されることになったらしいから忙しいんじゃないかな?腱は、ほら、嫁さんが御懐妊だから。仕事終わったら直帰だよ」
「そうかー。んー・・・真臣がね、最近皆に会ってなくて寂しいって言ってたの」
「真臣が?じゃぁ、連絡しておくよ」
真理の息子、真臣の名前が出てきて、秋光が慌てる。
何か、ご近所さんで仲間内の話し、って感じだけど、楽しそうだな・・・。などと思いながら、尊はずっと二人を眺めていた。
「随分店長と仲が良いんだね」
病院を戻る道を真理と歩きながら、尊は何気なく訊いた。
病院からコンビニまでは5分も歩かない。真理もお昼は毎日通うらしい。
病院と自宅は隣同士だ。真理もお昼は家に帰ればいいのでは?とも思うが、急患が来たらすぐに出られるようにと、病院の休憩室でお昼をとることにしている。
「実は高校の後輩なの。家も近いし」
「もしかして、幼馴染ってヤツ?」
「・・・私の、じゃないけどね」
ちょっと沈む、真理の声。尊は首を傾げる。ご近所で小さい頃からあの場所に住んでいるのなら、幼馴染ではないのだろうか?
そんな尊の疑問を察したかのように、真理は言葉を付け足す。
「真臣の、『父親』の幼馴染かな・・・」
尊はドキッとした。実際真理に子供が居ると知ってから、父親の存在が気になって仕方がない。
どんな男なんだろう?仕事は何をしているんだろう?真理さんの名前が「立花」のままって事は、一人娘だから婿養子なんだろうか?
真理さんが22歳。真臣君が4歳。・・・と、すると、高校の時か、卒業して19歳になる前に産んだ事になる。
・・・と、すると、高校生の時に妊娠したって事だよな。高校生の真理さんを妊娠させた、って事で・・・。
何となく嫉妬しそうな自分に、少々困る。
いくら若くて可愛いっていったて、人妻で子持ちだぞ・・・。
───好きになったって、しょうがないだろう・・・。
そう考えると、妙に切ない。
自分が、思う以上に真理の事を好きになってしまっている事に、情けなさを感じる。
そんな事を考え、大きな溜息が出そうになった時、病院の目の前で真理がピタッと立ち止まった。
「園居先生」
「はい?」
「・・・あの、一緒に働いているので、いつかは分かると思うんですけど、・・・だから、今のうちに言うんですけど・・・」
「は・・・はい?」
何だ?そんなに凄い事か?
尊がごくりと生唾を飲み込む。真理の大きな瞳で見詰められて、何を言われるのかと覚悟する反面、尊はドキドキして堪らなかった。
人妻で子持ちでも、やっぱ・・・可愛いものは可愛い・・・。
・・・俺、どうしよう。
そんな彼に告げられたのは、彼の気持ちを更に揺るがす一言。
「私、子供が居るけど、結婚してる訳じゃないんです」
え?
「真臣の父親。あの子が産まれる前に・・・死んだんです・・・」
「そういえば最近、真臣に会ってなかったなぁ・・・」
秋光はそう呟いて、缶ビールの口を開けた。
もちろんまだ仕事中。パートは休憩に上がらせたので、店内には彼一人。昼の忙しい時間も過ぎて、店内には客も居ない。
彼がアルコールを覚えたのは中学の時。彼にとっては勤務中に1本や2本飲んだって、酔うほどの物ではない。
中学の時、先輩にいい気になって飲まされて、足腰立たなくなったっけな。
昔の事を思い出し、秋光はカウンターに寄りかかりながら、クスッと一人笑いを漏らす。
あの時、そうだ「あいつ」が、おぶって家まで連れてきてくれた。
彼の心の中に、今はもう居ない「友人」が蘇る。
ブロンズ系の金髪。左側にグレーのメッシュ。どこか排他的で怖いもの知らず。度胸がよくて腕も立った。
オレはいつも、「あいつ」の横にくっついてたっけ・・・。
「お前、いつまでたってもちっちぇーなーぁ。牛乳飲めよ」180センチもあった「彼」は、かろうじて160センチを超えた秋光の頭の上に手を置いてよくからかった。
小中高と一緒だった。一緒にバカやって暴れてた・・・。
大切な、「友人」。
その「友人」を変えたのは、真理だった。
───お前、オネーさんに手出しすんなよ。
「友人」がいなくなってからこの4年。彼はいつも「仲間」にそう言われ続けて来た。
「・・・解ってるよ」
秋光は、ちょっと諦めたように呟く。
「あいつ」が、どんなに凄い奴だったか、知ってる。
どんなにお姉さんを好きだったかも知ってる。
どんなに二人が、愛し合っていたのかも知ってる。
だからオレが、「あいつ」の代わりになんてなれるはずがないんだ・・・。
秋光は、あっという間に飲んでしまったビールの缶を、パキッといわせながら潰した。
でも、オレは、ずっと
真理さんが、好きなんだ・・・。
───太陽の傍に・・・
星が、もうひとつ・・・。───
こんにちは。玉紀 直です。
ええっ!秋光かいっ?!
・・・と、前作を読んだ事がある方が叫んだかどうかはわかりませんが・・・。
真理のことがずっと好きだった秋光。
彼は、真理の「過去」を知っている男性です。
彼の想いは、「友人」に遠慮したまま終わってしまうのでしょうか?
真理の事を「子持ちで人妻」と思い込んでいた尊。
実は「未婚の母」で、相手の男は死んででしまっていると聞いて・・・。
次回の更新は5月2日。
ちょっと怪しげな方々が登場します。
では、次回。
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