2 ショックな事実
「はいー、泣いてるお顔、パシャって撮っちゃうぞぉ」
デジカメを覗きながら立花真理がそう言うと、画面の中でずっと泣き顔を見せていた男の子は、驚いた表情を作り、パッと泣き止んだ。
泣きやんだ隙に先輩ナースの、柳田美鈴が男の子の腕に素早く注射針をプチッと刺す。
「はい、終り」
子供の注射はほんの一瞬。しかし子供にとっては、その一瞬が何より怖い。
それが予防接種であろうと、病気治療の為のものであろうと何だろうと、注射は注射。怖いものは怖い。
立花小児科では、注射を怖がって泣く子供に、カメラを向けて気を逸らすという「騙し手」を良く使う。もちろんそういう事にうるさい親も居るので、予め親の許可は取る。
数年前からこの病院で行われている「名物」で、100%成功する訳ではないが、それでもカメラを向けられて、条件反射的に笑ってしまう子供、みっともなく泣き叫ぶ顔を撮られてたまるかと泣くのをやめる子供、など、さまざまだ。
「よく頑張ったね。はい、シール」
注射の後にもらえる「ご褒美シール」。これも、子供達の楽しみだ。
美鈴に新幹線のキャラクターが付いたシールをもらってニコニコしている男の子に、真理が屈んで今撮った画像を見せる。
「ほらー。泣いてないよー。偉かったね。お写真欲しい?」
さっき泣いていた顔などどこへやら。男の子がにっこり笑って頷くと、真理は男の子の頭を撫でながら、この立花小児科のもうひとつの「名物」である笑顔を向ける。
「じゃぁ、帰りにお写真にしたやつ、あげるからね」
そう言ってから、母親に「お会計の時に一緒に渡しますね」と伝える。もちろん完全サービス。プリント代を取ったりはしない。
注射が立て込んで処置室が忙しい時などは、そのまま事務に回してプリントしてもらうのだが、ちょうど今の子で、注射も本日の患者も終わり。真理は「プリントしてきまーす」と美鈴に言って処置室を出た。
その光景を、ずっと感心するように見ていたのは、勤務して3日目の園居尊だった。
「いいアイデアだよね。誰の発案なの?」
そう言いながら、道具を片付ける美鈴に歩み寄る。美鈴は首を傾げて考え込む仕草をした。
「さぁ・・・?私が入ったのは5年前だったけど、その時はもうやっていましたよ」
「へー。じゃぁ、院長かな?やっぱり」
「院長の身内・・・。って、聞いた事がありますけど・・・」
そう言いながら、さっき真理が出て行った、事務室へ繋がるドアのほうへチラッと目を向ける。
あっ、真理さんのアイデアなのかな?そうだよな、何か機転の利きそうな人だし。
何となく真理の事を考えると、顔がほころぶ。
尊は真理を、最初に会った時も明るくて可愛いな、とは思ったが、実際職場でも彼女はとても明るく、子供達にも優しい。
病気の子供でも元気になってしまいそうな明るい笑顔で誰からも好かれ、「太陽みたいな看護師さん」と子供達に懐かれている。
真理の笑顔は、「立花小児科」の名物だ。
やっぱ、あの院長の娘さんだもんなぁ。感じも良いし、子供にも好かれるし。
すっかり、真理を見る時の自分の目が好意的なものになってしまっている事に、尊自身も気付いている。
実際この3日間、新しい職場、という事を除いても、病院に来るのが楽しみでしょうがない。
ここに来れば、真理に会えるから。
・・・本当に俺、一目惚れしたのかな・・・。
真理の笑顔を思い出して口元をにやけさせていると、美鈴にジーッと不思議そうに見られ、ハッとしてちょっと表情を整える。
「え・・・と、柳田さんは、5年もここに居るの?」
「ええ・・・。あっ、スイマセンネー。真理ちゃんみたいに若くなくてっ」
何か悟ったような、少々嫌味の混じる口調。尊は苦笑いをして片手を振った。
「何言ってんの。25歳なんてまだまだ若いよ。柳田さん、綺麗だから、結婚もしないで5年も看護師として勤めているなんて偉いなーって思ってさ」
すると美鈴は、両手を腰に当て、更に責めるように尊を見上げた。
「私、ここに来る前、違うところに1年間いたんで、26なんですー。すいませんねー。結婚もしてなくてー」
「いやっ・・・あのっ・・・その」
尊は焦る。20代の中間地点。25歳を過ぎた頃といえば、まだ若いながらもボチボチ「結婚」の文字を周囲から意識させられる年齢だ。特に女性は。
とっ、歳の話なんてするんじゃなかった!
「あーあ、私も結婚しないで子供だけでも産んどくんだった。そうしたら親だってうるさくなかったのにっ」
「何言ってんの!駄目だよ、未婚の母なんて!子供が可哀想だよ!」
尊が思わずそう言うと、美鈴は「え?」と眉を寄せる。
「だって、あの子だって・・・」
そう言いかけた瞬間、
「みすずちゃーん」
どこからか可愛い子供の声。
尊が声のしたほうへ目を向ける。中待合室から続く処置室のドアの前に、小さな男の子が一人立っている。
歳は4〜5歳といったところか。黒目が大きく、瞳が可愛らしい男の子だ。
美鈴の事を名前で呼びかけていた。喘息か何かでよく通ってくる常連組なのかもしれない。
尊はそう思って、男の子の前に屈み込むと、子供用の笑顔で話しかけた。
「ぼくは、今来たの?おかあさんは?」
さっきの注射の子で今日の患者は終わりかと思っていたのだが、終了ギリギリで入ったのだろうか?すると男の子は、尊の顔をジーッと見て、
「おじさん、だれ?」
と、子供らしく(?)あからさまに嫌そうな声で訊いてくる。
おじさんと言われては少々へこむが、所詮子供の言う事。気にしてもいられない。
尊は自分が着ている白衣をつまんで、めげずにニコッとした。
「この病院の新しいお医者さんだよ。宜しくね」
「ふーん。おじいちゃんが言ってた人だ」
おじいちゃん?院長の事かな?本当に子供達に「おじいちゃん」って呼ばれているんだろうか?
すると男の子は、尊を無視して美鈴の傍へ駆け寄り、彼女の薄ピンクのナース服のスカートを引っ張った。
「みすずちゃーん。ママはぁ?」
「ママなら、もうすぐ戻ってくるよ。待ってる?」
訳が解らないまま、尊がその光景を見ていると、
「真臣?!」
という声がして、事務室から戻ってきた真理が、男の子の傍へ駆け寄った。
「どうしたの?おじいちゃんのお部屋で待ってなさい、って言ったでしょ?」
「ぼく、もうあきたー。ねー。かえろーぉ」
「もう少し待ってて。もうすぐ終わるから。ねっ?」
「やぁだぁー。かえろー。ねぇー」
男の子が真理の腕を引っ張る。真理が困った顔で男の子を抱き上げた。
「あの・・・真理さん?その子・・・」
真理さんに「帰ろう」ってごねるって事は、親戚の子か何かかな。
何気なく訊いた言葉に返ってきたのは、尊の思考が止まってしまうほどショックな物だった。
真理は困ったように照れ笑いをしながら、
「私の息子です」
・ ・・え?
「たちばな まさおみ。ですっ!」
男の子、真理の一人息子、真臣は、真理に似た可愛らしい笑顔で、しっかりと自己紹介をした。
・・・むすこ・・・?
え?
こっ・・・子持ちぃぃ??!!!
こんにちは。玉紀 直です。
何となく真理の事が気になって、病院へ来るのが楽しくなっていた尊。
しかし、いきなりの事実に大ショック!
そう、彼女には子供がいるのです。
「子持ち」と思って諦めるか?
それとも・・・?
次回はもう一人、
真理に淡い想いを寄せる青年が登場します。
読んでくれている大半の方は、この青年を知っていると思いますよ・・・。
次回は4月28日更新!
では、次回!
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