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28  予期せぬ訪問者
「ただいまぁ」
 真臣は元気良く助手席から飛び降りると、病院の裏口から出てきた真理に、飛びつくように抱きついた。
「おかえり真臣。ごめんね、ママ、お迎えに行けなくて」
 真理が真臣を抱き上げながらそう言うと、真臣が悪気なく笑う。
「いいよ。ママじゃなくても。たけちゃんがきてくれたし。車にのれたし。秋パパにもらったチョコ、ぜんぶ食べてもおこられなかったし」
「チョコ?全部食べたの?!おうちに帰ったらご飯なのに!ご飯食べられなくなっちゃうでしょ?!」
「たけちゃん、いいよ、って言ったモン」
 少々お説教モードに入った母から顔を逸らし、エンジンを停め運転席から出てくる尊に、笑顔を向け手を振った。
 尊は車から出て二人の傍へと歩み寄る。
 彼としては、きっと真理が申し訳なさそうな可愛い笑顔で「お迎え有難う。ごめんね。頼んじゃって」と言ってくれるだろうと思っていたのだが、可愛い笑顔どころか、彼女は何か恨みがましそうな目で、ジーッと自分を見ている。

「何?真理ちゃん」
 何か、まずい事したっけ?
「何でもないです・・・」
 考えてみると「全部食べさせないでね」とは言っていなかった。

 しょうがない。と考え直し、真理はやっと笑顔を見せる。
「おかえりなさい。ごめんなさい。お迎え、行ってもらって」
「いや。いいよ。真臣君と話が出来て楽しかったし」
 別に睨まれるような悪い事をした覚えもないのだが、笑顔を見せてくれた真理に、尊は少々ホッとする。すると真臣が、楽しそうに真理に告げ口をした。

「あのねー、ママ、たけちゃんね、ぼくに、ママのことおよめさんにしてもいい?ってきくんだよー」

「・・・え?」
 突然な内容を含む告げ口に真理は驚くが、もっと驚いたのは尊だ。
 口止めしとくの忘れてた!!
 しかし、時すでに遅し。小さな子供の口は止まらない。
「だからぼくね、ダメって言ったんだ。だってママは、お月さまのおよめさん、なんだもんね」
「真臣・・・」

 赤くなって困る真理に、この後何を言ったらいいものか・・・。と戸惑う尊。
 対処に迷う大人達を救ったのは、迷う原因を作った真臣だった。
「ママ。ぼく、秋パパにありがとうしたい!」
「ん?チョコのお礼?」
「うんっ」
「お電話する?それとも夕ご飯の後に秋パパに会いに行く?」
「あいにいくー。秋パパにあいたい」
 電話をする。と尊には言っていた真臣。しかし真理に「会いに」と言われて気が変わったらしい。嬉しそうな笑顔で両手を上げた。
「あれ?電話する、って言ってなかったかい?」
 尊が真臣の額を指でツンッと突っつくと、真臣は反抗するようにプッとふくれた顔をする。
「いいのっ。秋パパにあいにいくのっ」
「はいはい」
 本当に秋光君に慣れているんだな。そう思い、尊は苦笑いを漏らす。
 真臣は真理の腕から下りると「おしっこいってくる」と言って裏口から病院の中へ入って行った。


「尊さん・・・あの・・・」
 一応、さっきの告げ口の話に触れておいたほうがいいだろうか・・・。そう思った真理は口を開きかけるが、尊はその話には触れなかった。
「明日さ。二人で食事にでも行こうか?」
「明日?」
「うん。本当は、今日って言いたいけど、昨日真臣君が熱を出していたって言ってたから、今日は様子を見ていたいだろうし。秋光君のところにも行かなきゃならないんだろ?」
「ぅん・・・まぁ・・・」
 尊さんに秋光君の事を言われると、何となく後ろめたいのは何故だろう。
 真理がおかしな気まずさを感じていると、尊はいきなり真理のナース服の首元から指を入れてきた。
「えっ?たけるさんっ?」
 何するの??!と真理が慌てると、尊は指に真理のペンダントを引っ掛けて服の上に出す。
 指輪の部分を指で挟んで身を屈め、その指輪の内側を覗き込んだ。
「うん。O,K」
「何が?」
 尊がフフンと笑って指輪から手を離す。そして屈んだまま真理に顔を近付けた。
「食事の後にさ、俺の部屋、おいでよ」
「え?」
「駄目?」
 明らかに「誘われている」。別に「駄目」という理由もない。尊の部屋も数回だが行った事はある。

 真理は少々赤くなりつつ上目使いに尊を見た。
「じゃぁ、明日は私がご飯作ろうか?」
「え?真理ちゃんが?」
「いっつも食事に連れて言ってもらうのも何だし。・・・どうせ尊さんのお部屋に行くなら、私、お夕飯作るよ。・・・仕事終わってからだから、時間がかかるような物は作れないけど。いい?」
「いい!いい!楽しみだなぁ。嬉しいよ、真理ちゃん!」
 すぐ目の前にある真理の大きな目が閉じる暇もない素早さで、尊は真理の唇にキスをすると、上機嫌で身を起こす。しかしその後で、ある不安が頭をよぎった。
「でも真理ちゃん。料理できるの?」
「失礼ねー!私、小さな頃から台所に立っていたから、得意なのよっ!」
「ごめんごめん」
 ムキになる真理に笑いながら謝る。
 個人病院の一人娘。台所などに立った事は無いのでは。と思ってしまったのだ。
 真理はにこっと笑うと、人差し指を顔の横に立てて、得意げに言った。
「尊さんの宿題ね。何が食べたいか、明日の朝までに考えてきておいてっ。私、お昼にでも買い物に行って来るから」
「O,K」
 尊はもう一度、真理の唇にキスをする。

 服の上に出たままのペンダントを見て、頭の中でもう一度確認をする。
 指輪の内側に刻まれていた数字。大抵の指輪にはついている、指輪の号数表示。
 この指輪は、9号だった。

 尊はキスをしながら真理の左手を握り、無意識のうちに薬指を親指でなぞっていた。



 5階建ての1LDKマンション。そこの2階に尊の部屋はある。
 大学を卒業してから、大学病院に近いから、という理由もあってここに移った。
 部屋の大きさ的にも、住んでいるのは学生や会社員などの独身者。
 オートロックなど、女性が欲しがりそうなセキュリティは一切ない。そのせいか、入居者はすべて男性だ。
 居心地はいいし快適なので気に入ってはいるが、尊は最近、引っ越そうかと本気で考えていた。
 もう少し立花小児科に近いところがいい。という理由もあるが、彼にはもうひとつ引っ越したい理由があったのだ。

 階段を上がって、一番最初の部屋が尊の部屋。
 角部屋であることも、ここが気に入っている理由のひとつだった。
 しかし、その部屋のドアの前に誰かが立っている気配がする。尊は階段を上がりきったところで足を止めた。

 尊の部屋の前で、彼を待つように立っていた人影。
 その人物は尊に気付き、向かい合うように体を向ける。


 カラーリングを入れたこげ茶の髪。その柔らかそうな髪をひとつにまとめ、頭の後ろで大きなバレッタを使い留めている。
 身長は160センチ程度なのを、尊は知っている。
 真理と同じ様に大きな目が、どこか寂しそうに尊を見詰めていた。

「お久し振り・・・」
 彼女が尊に声を掛ける。
 立ち竦んだまま自分の傍によってこない尊に、彼女は数歩近付いた。
「元気だった・・・?」
 彼女は瞳と同じくらい寂しそうな声で、尊に問い掛ける。
 尊は何も答えない。二人は向き合ったまま互いを見詰めていた。

「どうしたんだ・・・?今更・・・」
 やっと自分に声を掛けてくれた尊に彼女はまた数歩近付き、尊の目の前に立つと、すがる様に彼を見詰めた。
「・・・土曜日に、近くのケーキ屋さんで、尊君がシュークリームを買っているのを見かけたの・・・」
 立花家へ行く時に、手土産に持っていった物だ。シュークリームを買った洋菓子店は大学病院の近くにある。
 土曜日だが、大学病院の小児科医である彼女は、その日は当番医として勤務していた。お昼に私用で外へ出た際、通りかかった洋菓子店の前で中に居る尊を見かけたのだ。
「びっくりしたわ。尊君が一人でケーキ屋さんに入る姿なんて初めて見たもの」
 尊は無言で彼女の横を通り過ぎ、キーケースから部屋の鍵を取り出しながら、少々彼らしからぬ冷たい声を出した。
「何の用だ?俺に用なんて、今更無いだろう?」
 鍵を開けドアノブに掛けられたその手を、彼女は上から握る。
「どうして病院辞めたの?・・・私に何も言わないで・・・」
「言う必要は無いだろう?」
「・・・私が・・・同じ小児科に居るから?だから辞めたの?」
「大学病院より個人病院で子供達を診たい、って。俺が大学時代から言っていたのは君も知ってるだろう?───別に・・・君のせいじゃない」
 上から握られた手を振りほどき、尊はドアを開けた。しかし彼女は、言葉からも態度からも、自分を引き離そうとしている事が分かる尊の胸にしがみついた!

「尊君に会いたかった・・・!尊君が辞めてから・・・ずっと会いたかったの!」

「・・・若菜?」





こんにちは。玉紀 直です。
 真臣君のポイントは稼いだし、こっそり(?)指輪のサイズは調べたし、真理ちゃんは手料理なんぞ作ってくれるって言うし・・・。
 最高潮にご機嫌だったはずの尊さん・・・。
 ですが・・・。

 部屋の前で待っていたこの女性。
 皆さんの予想通り「噂の彼女」です。
 この二人には何があったのでしょうか?

 次回は尊さんと彼女、若菜さんの関係が明らかになります。
 彼女は、別れた恋人か何かなのでしょうか?何となく、彼女は尊さんが好きっぽいですが。
 尊さんと真理ちゃんの関係に、影響は出る?

 次回は8月30日更新予定。

 では、次回!!

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