1 星がひとつ・・・
「じゃぁ、週明けからお願いしますね」
その言葉と共に笑顔が向けられた瞬間、彼、園居 尊は、必要以上に大きな声を張り上げ、驚くほどに張り切って返事をした。
「はいっ!よろしくお願いしますっ!!」
椅子から転げ落ちてしまうのではないかというような体勢にまで頭を下げる。本当に前のめりになってしまい、椅子から落ちそうになった。
逆に今、彼を面接していたこの小児科の院長、立花正孝の方が焦ってしまう。
「だ、大丈夫かい?園居君」
「は・・・はい、すみません」
頭を押さえ、照れ笑いをしながら椅子に座り直す。
心配そうに見ている院長の横で、彼の妻の真澄がクスクスと笑っていた。
病院の看護師用の制服を着ている。どうやら夫の病院でナースとして一緒に働いているらしい。
医者の夫と一緒に、ナースとして妻が同じ職場で働いているのって、何かいいなぁ・・・。自分の理想にちょっと近い院長夫婦。尊は何となく嬉しくなる。
個人病院の立花小児科医院。
尊が通された院長室は、シーンとしていて壁にかけられた時計の音だけが部屋中に響き渡っていた。
実際、もう病院の診療時間も終わっている。病院中がシーンとしているといっても過言ではないのだ。
「でも、本当にいいのかな?君みたいに優秀な人に、ウチの病院なんかに来てもらって」
正孝は、手に持っていた履歴書や職歴書、紹介状などをテーブルの上へ置き、少々申し訳なさそうに尊を見た。
「今まで君が居た、大学病院の小児科と違って、ウチは小さな個人病院だ。今までのように最新医療に取り組めるわけじゃない。君のように『これから』がある青年を、ウチなどに置いておいていいものか・・・」
すると尊は、また椅子から滑り落ちてしまいそうなくらいグッと身を乗り出して、力強く、文字通りの「力説」を始めた。
「俺、いえ、自分は、小児科の医者になろうって決めた時から、地域に密着した、子供に親しまれる医者を目指していました。けれど、大学病院のような大きな所ではそれは不可能なんです。・・・立花院長の評判は存じています。とても子供に親しまれる優しい先生だ、って。ですから、院長の学友である教授に、院長の病院でもう一人医師を欲しがっていると聞いた時、是非自分を推薦してください、と頼み込んだんです!」
そこまで言ってから尊は、少々照れるように頭を掻いた。
「まぁ、自分のような若輩者が、どれだけ院長のお役に立てるか・・・解りませんが・・・」
尊があまりにも頑張って力説するので、真澄はクスクス笑いながら、苦笑いをする正孝の肩に触れた。
「一生懸命な方で良かったじゃない?ねぇ、あなた」
「ああ。そうだな。正直、私一人じゃ辛い時もあってね。よろしくお願いするよ」
正孝にそう言われて、照れつつも尊が大きく頷いた時、
「お父さん、まだ終わらないの?!」
ノックも無しに、いきなり院長室のドアが開き、一人の女性が飛び込んできた。
しかし彼女は、椅子に尊が座っているのを見付けると、慌てて口を手で押さえる。
「あっ・・・ごめんなさい。・・・お客様だったの?」
150センチくらいしかないであろう小柄な女性。年のころは20〜22歳くらいだろうか。肩の上で切りそろえられた綺麗な黒髪が、慌てる彼女の顔の横でサラサラと揺れている。
「真理っ。ノックぐらいしなさいっ」
真澄が咎めるように声を上げるが、正孝は「いいから」と手で妻を制した。
「真理。ちょっとこっちへおいで」
申し訳なさそうに肩をすくめる彼女、真理を手招きして自分の横に立たせると、正孝は、突然の来訪者に目を丸くしている尊の方を向いた。
「園居君。ウチの一人娘の真理だ。今22歳でね。ウチの病院で働いている」
「あっ、はじめましてっ!」
いきなり紹介されて驚いたが、尊は慌てて立ち上がり真理に向かって頭を下げた。
「園居尊です!これから、こちらでお世話になります」
「え・・・?これから、って・・・?」
真理が不思議そうに正孝の顔を見る。
「新しい『先生』だよ。もう一人、医師を増やしたいと言っていただろう」
正孝の目の前に置かれていた履歴書を取り上げて、真理はしげしげとそれを眺めた。
「園居尊さん。27歳。・・・えーっ、大学病院にいらっしゃったんですかー?凄いですね」
真理は顔を上げてニコッと笑う。尊はそれを見て、ドキッとした。
「入った大学の系列病院だったし、小児科希望が自分だけだったんで、それで残れたんですよ。・・・そんなに、凄くはないです・・・」
「そんな事無いです。凄いですよー。頭良いんだー。私、高卒で看護学校に行っただけだから、尊敬します」
お世辞ではなく素直な口調。無邪気に笑う笑顔が、眩しいくらいに可愛らしい。
「いい人が来てくれて、良かったね。お父さん」
真理のそう言われて、正孝がちょっと寂しそうに笑う。
「・・・そうだな、いつまでも私一人じゃ、やっていけないしな・・・」
尊はさっき、正孝が真理の事を「一人娘」と言った事を思い出し、跡継ぎになるような子供が居ないんじゃ大変だよな、と感じた。
院長夫妻は優しそうで感じがいい。おまけに娘は明るくて可愛らしい。
大学病院では、毎日の忙しさと複雑な人間関係に追われ、自分のやりたい、医者としての仕事が出来ていない気がしていた。
ここなら、本当にやりたい仕事が出来るかもしれない・・・。
尊は何となくわくわくした気持ちと、何故かドキドキしている気持ちを胸に、もう一度頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
すると、真理が尊の前まで歩み寄ってきて、同じくぺこりと頭を下げた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
わざわざ自分の前まで来て頭を下げた真理に驚いて、頭を上げると、真理も頭を上げ、自分よりはるかに背が高い尊を見上げた。
「園居先生は、背が高いんですね」
「あ、はい・・・180くらいあるんですよ。3兄弟の3番目なんですけどね。兄貴達よりでっかくなっちゃって・・・」
大きくくりっとした真理の目が、一瞬寂しそうに細まった。「え?」っと思ったのも束の間、すぐに真理はまた眩しいくらいの笑顔を作り、からかうように人差し指を立てる。
「病院に来る、若いお母さん方にもてますよー。きっと。・・・今まで『おじいちゃん先生』だったから。こんなに若くてかっこいい先生が来たらー」
「おいおい真理。『おじいちゃん』はないだろう」
真理の言葉に正孝が反論すると、肩を竦めて真理は笑う。
「あら。だって、本当に『おじいちゃん』でしょっ」
院長、50歳前後くらいだろうから、まだ「おじいちゃん」でもないと思うけど・・・。
そんな事を考えながら、尊の目はずっと、真理を追っていた。
眩しい笑顔。
暗い雰囲気も全て吹き飛ばしてくれそうな・・・。
明るい笑顔を浮かべる真理。
そんな真理から、尊はずっと、目が離せなかった・・・。
星がひとつ
太陽に、魅せられる・・・。─────
こんにちは。玉紀 直です。
小児科医として立花小児科へやってきた尊。
一人娘の真理が、気になり始めます。
会ったその瞬間から。
もしかして一目惚れでしょうか?
出会った二人。
さぁ、二人はこれからどうなっていくのでしょう?
次回は、早くも尊が真理の事で悩み始めます。
だって、彼女には・・・。
次回の更新は4月25日。
では、次回!
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