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18  真理の「彼」
「たけちゃん、おいでっ。パパに会わせてあげる」
「え?真臣君・・・」
 子供の言葉には、悪気がないものが多い。
 しかし、悪気がない分、時々大人が本気で困ってしまうような事を平気で言う。
 今もそうだ。
 真臣が言っている「パパ」というのは、どう考えても秋光達のような、自分を可愛がってくれている「パパ」の事では無い。

 「自分のパパ」に会わせてあげる。と言っているのだ。

 真臣の父親は、結婚前に死んでしまったと聞いている。と、いう事は、真理とは正式な夫婦にはなっていない。
 子供が産まれているくらいなのだから、きっと相手側の家から分骨でもしてもらって、それで小さな仏壇にでも位牌を収めているのだろうか・・・。尊はそんな事を思いつつも、どうしたものかと考えていた。
「いこっ。あっちのおへやにパパいるから」
 自分が食べていたパイシューをテーブルに置いて、新しい物を胸で抱えるように持つと、真臣は真理に似た可愛らしい笑顔で尊の腕をグイッと引っ張る。
 尊はチラッと、正面に座る正孝の顔を見た。
 いくら「行こう」と言われたからといっても、真臣の父親。恋人が結婚するはずだった相手だ。その仏前に自分が勝手に手を合わせるような事をして良いものか・・・。
 すると、遠慮気味に戸惑う尊に、正孝は静かに声を掛けた。
「廊下を出て、向かい側の和室だよ。そこに『いる』から。・・・手を合わせてきてやってくれるかい?」
「・・・はい・・・」
 正孝の口調はとても優しく、それでいて悲しそうで「娘の夫になるはずだった男」の事を口にしているというよりは、まるで自分の子供に対する物のように思える。
 よっぽど、家族ぐるみで仲が良かったんだな・・・。
 尊がそう思っていると、真臣が更に腕を引く。
「はやくー。たけちゃんー」
「よしっ、じゃぁ、連れてってくれるかい?」
「こっち、こっちっ」
 まるで遊び場にでも連れて行くように、真臣は尊の腕を引き、楽しげにリビングを出た。
 その後ろ姿を見送って、正孝は諦めるように呟く。
「園居君が、真理とそういう事になっているなら・・・。いつかは気付く事なのかもしれないな・・・」



 リビングの向かい側の和室は、タンスなどの他に、真臣のおもちゃなどを入れて片付けておくケースなどがあった。きっと、この部屋でよく遊んでいるのだろう。
 真臣は部屋へ入ると尊から手を離し、部屋の奥に置かれた仏壇の前へと走っていった。
「はい。パパ。おいしいよぉ」
 仏壇の前に、ペーパーシートごとパイシューを置くと、くるっと尊を振り返る。
「ぼくのパパだよ」
 にこっと笑う真臣の真横に見える、仏壇に飾られた写真。
 同じく優しげに、にこっと笑った少年の写真。

・ ・・彼が・・・。真理ちゃんの・・・。

 尊はゆっくりと仏壇に近付くと、その写真の少年を見詰めたまま、仏前の座布団の上に腰を下ろした。

「パパね。あまいおかし、好きだったんだって。だからぼくね、オヤツたべるとき、ここでパパといっしょにたべるの」
 そう言いながら笑う真臣の表情は、確かに写真の少年に良く似ている。彼が真臣の父親なのは間違いがないようだ。

 仏壇は、決して小さな物ではなかった。
 「大型」というほどのものでは無いが、人一人用にしておくには充分すぎるほどの「中型」といおうか・・・。
 きれいに掃除がされ、一本も枯れていない生仏花が飾られ、お水はもちろん、毎朝替えられているかのように汁椀と茶碗までもが上がっている。

 毎朝真理が彼の写真を見ながらその作業をしているのかと思い、尊は何とも言えない気持ちに襲われた。

 彼が亡くなってから。
 きっと一日も休む事無く・・・。
 彼の写真に話しかけながら。
 毎日お花をあげ。水を替えて。

 真理ちゃん・・・。

 尊は、自分の心が少々動揺しかかっている事に気付いた。
 優しげに笑う少年を見る自分の目が、故人を見る目というよりも、恋敵を見るような目に変わってしまっている。
 何をやっているんだ俺は・・・。亡くなった人に失礼だろう・・・。
 そうは思うものの、気持ちは落ち着かない。

 少年の写真を見ながら、微笑む真理の姿が思い浮かぶ。
 お水やお茶碗を上げながら、笑いかけ話しかける。
 そんな真理が、想像できる。
 「毎日」真理の一日は、「彼」から始まっている。

 真理ちゃんの心の中には、「彼」がいる・・・?
 今でも、昔から変わらず。ずっと・・・。

 じゃぁ、俺は?
 俺は本当に、真理ちゃんの心の中に入ることが出来ているんだろうか。
 尊は体中の血が引くように、手先が冷たくなっていくのを感じた。
 真理に夢中で、交際をO,Kしてもらったことで浮かれ上がって、今まで気にも留めなかった事実。
 真理と居るとき、自分は良く真理に「好きだ」と言うが、その同じ言葉を真理がくれた事はあっただろうか。

 真理が自分に「好きだ」と言ってくれた事は、あっただろうか・・・。

 尊は写真の少年から目が離せなくなっていた。
 見てばかりいるから、こんな事を考えてしまう。しかし、目を逸らそうと思ってもなかなか目を逸らせない。
 こんな事を考えては駄目だ・・・。
 高校生の時に愛し合って、子供まで出来て、産む決心までした相手。おまけに結婚までする予定だったんだ。
 なかなか忘れられないのは、当たり前じゃないか。
 その相手が亡くなって寂しい分、俺が支えてやらなきゃ。
 何とかそう思い直し、落ち着こうと大きく息を吐く。そして、改めて写真の少年を見た。

 あれ?何か・・・。

 落ち着いて見ているうちに、尊はある事に気付いた。
 「彼」の写真は、確かに真臣に似ている。しかし・・・。

・ ・・この笑顔・・・。誰かに・・・。

 優しく笑顔を作る、黒髪の少年。
 その目元と表情が、尊が良く知っている人物に良く似ているのだ。

 ───立花院長・・・?



「いらっしゃいませー!」
 客商売の条件反射。
 コンビニのドアが開いた気配がした瞬間、ドアを振り向きながら言葉が出る。
 それがたとえ、アルバイトと話が盛り上がっている最中でもだ。
「あれぇ?お姉さん」
 ドアの前で立っている真理の姿を見て、秋光は客に向ける以上の笑顔を作った。
「出かけてたの?真臣は?」
 真理が普段着ではないワンピースを着ているのを見て、出かけていたのだろうと察したが、真理は一人。真臣は居ない。
 それどころか、真理はうつむき加減でその場に立ち竦み、元気のない顔をしている。
「・・・お姉さん?」
 ただ事ではないと思った秋光は、カウンターから出ると真理の前に立った。
「どうしたの?何かあったの?」
 そう問い掛けた時、真理は秋光の胸にしがみついて泣き出した。
「・・・お姉さん・・?」





 こんにちは。玉紀 直です。
 「彼」の仏前にやってきた尊さんですが、真理ちゃんがまだ「彼」への想いで溢れている事に気付きます。
 悪い事を考えないように頑張りますが・・・。
 もうひとつ、「何か」に気付きかけてしまいます。
 この後、彼が知る事は・・・?

 そして、お見舞い帰り。
 いきなり秋光君に泣きつく真理ちゃん。

 尊さんの心に、真理ちゃんの心に、すれ違いにも似た「何か」が芽生え始めます。

 次回は7月14日更新予定。

 では、次回!

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