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会津遊一 ホラー短編集

誰よりも優しい私達

作者:会津遊一
私は仕事の関係で、引っ越す羽目はめになった。
なんでもGHQからの申請により、職員を整理しなければならないんだとか。
しがない薬剤師を簡単に飛ばしたぐらいで満足するなんて、彼等は帝銀事件から何も学んでないのだろう。
等と、私がビーカーを相手に鬱積うっせき吐露とろしていた所、背後から他の職員に声をかけられた。
 「道楽者は何処に行っても同じだよ。暖簾のれんを軒下に似でも並べときな」
そう揶揄やゆされては、苦笑いを浮かべるしかなかった。
私は元々、1人で研究するぐらいが好きなのだ。
どうやら自分でも意識していない内に、嬉々(きき)として荷物をまとめていた様である。


冷えたろうとニスの臭いが充満した列車に揺られること一昼夜いっちゅうや
私が辿り着いた土地は、家と廃屋が交互に列を作っている様な、ち果てた農村だった。
土返しの時期でもないのに、屋根から下ろしたわらが道ばたに積み上げられている。
通例つうれいならこの後、焼いて肥料にでもするのだろう。
だが、踏みつけると泡が吹き出すほど水浸みずびたしになっていた。
用水路の土嚢どのうも乾燥した土を乗せているだけだし、田も草木が生え放題である。
土公神に見つかったらえらい事になるな、私は暢気にそう考えていた。


私が新しい家に届いた荷を解いていると、誰かに声をかけられた。
 「お前さん、街の人かい」
見れば、庭先から正装をしている男が此方を覗き込んでいた。
彼のお上りさんが伊豆の踊子でも相手にしていそうな服装に、私はつい吹き出してしまう。
 「おいおい、白い表六玉ひょうろくだまが何を笑ってやがるんだよ」
男は、汚く口にするものの、本気で怒ってはいないようだった。
堅い笑みを浮かべている。
そして狐の内臓を取り出し乾燥させた肉を、私に膝元に投げ渡してきた。
話を聞けば、なんでもご近所のよしみで引越祝いを持ってきてくれたのだとか。
だが本来なら持って行くのは私の方ですよ、と言ったのだが、男はそれをかたくなに断った。
 「なーに、私ら仲間じゃないですか。そういう野暮やぼは無しにしましょうや、先生」


就寝前、蚊帳かやを吊す糸を天井に通していると、縁側えんがわから忍び寄る人の気配がした。
どなたですかー、と私はたずねる。
すると、白く化粧した女が勝手に上がり込んできたのである。
その、薄着をまとっただけのあだっぽい姿に、私はつい見惚みほれてしまう。
 「ああ、噂通りのいい男だ。こりゃ、天神様てんじんさまに差し出すわけにはいかないね」
と、彼女は言うと襖を閉めて、私を布団に押し倒してき。
咄嗟とっさのことに反応できず、そのまま倒れ込んでしまった。
彼女の首元からはすせんじたお香の匂いが漂う。
私は、ゴクリと唾を飲み干した。
薄い布地の上からでも、身体が火照ほてっているのが伝わってくる。
下腹部を私の足に押しつけ、又の間に誘い込むように腰を揺らしている。
もしかして、村を訪れた人を夜這よばいして出迎える、古い習わしでも残っているのだろうか。
私が驚いていると、風鈴が鳴るような声で女は囁いた。
 「そう堅くなるでないよ、先生。私達は同じ村の仲間じゃないか。何なら祭りの日まで、ずっと側に居てあげても良いんだよ?」
そう言われ、私は自然と彼女を抱きしめた。
恥ずかしながら近頃は、川辺に立っている紫頭巾むらさきずきんの売り女ぐらいしか相手にしていなかったのだ。
朝方、私と女は泥酔でいすいする様に深い眠りについた。


翌る日、村長の男がすすで洗った大根を持って訪ねてきてくれた。
 「先生、引っ越したばかりで、何かと入用だろう」
私はそれを苦笑いで受け取った。
この所、昼は誰かがやってきて、必ず食料や酒を置いていく。
そして夜になると毎回違う女人が、するりと布団の中に戻り込んでくるのだ。
私も男なので、初めの内は足を向けて眠れないと感じていた。
だが、こうまで持てもてはやされると少し意味が変わる。
私は村長に差し入れありがとうございます、と頭を下げた。
だが同時に、得体の知れない薄気味悪うすきみわるさを抱くようになっていたのだ。
帰宅する村長が引き戸に手をかけた時、白内障はくないしょうになっている黄色い瞳が此方を見た。
 「そういや、そろそろ神祭の時期ですよって。何か処分したいモノがありましたら、どうぞお気軽に」


数日後。
祭りには顔を出す程度で、私は直ぐに帰るつもりだった。
この所、近隣の挨拶が忙しくて、満足に研究もしていなかったというのもある。
だが、初日に一夜を共にした女が旦那を連れて歩いている姿を見掛けてしまったので、私は何気なしに足を止めていた。
向こうも気が付いたらしいが、顔を見ても会釈する程度。
別段、此方から話しかるとか、そういうのも無い。
ここは下世話げせわな事を考える場所ではなかった。
落ち着いて辺りを見渡せば、布団の中で顔を合わした女性が沢山いる。
だが、私が鈍いだけで、皆それぞれに落ち着く家庭があり、睦まじそうな家族と今日は祭りに参加しているのだった。

唐突とうとつに、その中の1人が酒を勧めてきた。
私は慌ててコップを差し出す。
注がれている最中、まるで閻魔様えんまさまの膝元で酌をして貰っているかのような居心地いごこちの悪さが常に付きまとっていた。


やがて、祭りが始まった。
真っ暗い闇の中、畑の廻りに植えられた松明たいまつが轟々(ごうごう)と輝いてる。
ドンと、鼓膜が振るえるほど大きな音で太鼓が叩かれた。
その音は矢継やつぎ早に増していき、最後は村全体を飲み込んでいく。
道端で吠えていた野良犬の鳴き声すらも聞こえなくなっていた。
暗いので全てを見通すことは出来ないが、相当な人数が参加しているようだった。
普段は閑散かんさんとしているのに、村の何処に隠れていたというのだろうか。
その内、祭り囃子ばやしと掛け声に合わせ、全員が田の土を返し、冷えた肥を撒き始めていた。


最初、私は彼等を冷ややかに眺めていた。
道祖神どうそじんに朝晩と供え物をする人が多い土地柄とちがらでは、よくある田園でんえんの祭りにしか見えなかったからだ。
どうせ神社産業をありがたがっている連中と、同じ事でもするのだろうと高を括っていた。
だが、白い筒状の棒が、黄土色の大地から顔を出しているのに気が付いた時、私は掴んでいたコップを落としてしまった。
ガラスが激しく砕け散るも、誰も気にもとめない。
いや、聞こえてすらいない。
村人達は狂犬病にかかった犬のように涎を垂れ流し、荒い呼吸で田圃を耕していた。


私は軍隊にいた時、警官上がりの仲間から聞いた話を思い出していた。
戦後、農村で人が消えてしまった時、手始めに探すのは肥溜こえだめだったらしい。
酔っ払いや子供が落ちて死ぬ事も屡々だったが、死体の隠し場所に最適だったのだとか。
警察にも、肥溜めの中を捜す専用の棒が置かれていた。
例え死体が沈められていたとしても、腹部を突き刺した時の衝撃で気泡が出る。
もしくは、油の抜けた人体はスポンジのように軽くなっているので、脆くなった欠片が浮かび上がってくるか。
兎に角、同種族が腐った臭は強烈で、人によって一生魘うなされ続けるとも言われていた。
人間の体から出た糞尿は、それを隠すのに最も適しているとの事だった。


道理どうりで農村なのに田圃が手入れされていないはずである。
目の前の光景は、村人達が祭りを楽しんでいる姿ではない。
集団で死体や物証を畑に埋めている姿なのだ。
よく見れば、肥料と一緒に血だらけの衣服や刃物を投げ入れている奴もいる。
彼等は、その習慣を祭りと揶揄やゆしたのだ。
先程まで楽しそうにしていた家族達の姿が、今は餌に群がる餓鬼にしか見えなかった。
恐怖にられた私は、逃げ出すようにその場を後にしたのだった。



本来なら、この時点で警察に通報するべきだろう。
それが市民の義務であり、戦後に作り上げられた正しい人としてのお手本だ。
だが、私はそうしなかった。
それどころか今も怯えながら、あの村に住み続けている。
 「先生、何気むずかしい顔をしているんだい?」
蛍火ほたるびのように白い肌の女が、団扇うちわで私をあおぎつつ顔をのぞき込んでいた。
しっとりと生暖かい吐息といきが胸元を擽るのが心地よい。
私は、何でもないですよと答え、再び彼女の膝に顔を埋めたのだった。


普段は道楽者どうらくものを気取っていても、独り寝の夜は寂しいものだ。
一度でも、日々変わる女達の味を知ってしまえば、尚更そう感じる事だろう。
その上、働かずとも誰かが食べ物を用意してくれるのだ。
こんな生活を手放すのは、お釈迦様でも文句を言ってくるに違いない。
代わりと言ってはなんだが、死体の腐臭が無くなる薬をせんじてやった。
それを村長に手渡すと、無言で頷いていた。


もしかしたらこの村は、自分のような人間が集まって出来ているのではないか。
艶美えんびな女の太股を撫でながら、私はそう思ったのだった。

 
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