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星屑を喰らう者 The Asteroid Eater 

作者: 山極由磨

GMT(グリニッジ標準時)10月26日19:00


 人間の背中を押すのは何時も欲望と相場は決まっている。それが二十三世紀だって答えはまったく同じだ。

 事実、人間たちは暮らしの場や資源を確保する為に、太陽から四十八天文単位(七十二億キロ)離れた彗星や小惑星の巣「エッジワース・カイパーベルト」までやって来た。  

 そんな、世界の果てでモノに成りそうな星屑をかき集める連中は、常に命の危険に曝される事で身に付く狡猾さと荒々しさ、放埒さから半ば侮蔑半ば恐れ時々憧れを込めて「星喰い」と呼ばれ、太陽系を六百年かけて公転する小惑星「スセリ」をくり抜いてコロニーを作って住み、でかい大儲けを夢見て日々星屑を追っかけ回していた。

 スセリの居住区、商業エリアにある「キム・スペース・マインニングCo.ltd.」と表示された事務所ブースで、額を寄せ合ってトンチャン(ホルモン焼き)を食っている連中も、もそんな星喰いだ。

 そもそも、ここは空気が水よりも貴重な資源である閉鎖空間。盛大に七輪に炭火を起こし、もうもうと煙を上げて色取り取りのホルモンを並べて焼くなど、正にテロに等しい行為なのだが、それを平然とやって退ける胆の太さがその物が、星喰いという人種を端的に表していた。

「ラバよ、そんな怪しい話どっから仕入れたんだ?」

 胡散臭そうに相棒を睨むのは、一際輝くハゲ頭。マッコリの入ったドンブリを呷ると巨大な体躯を包むフライトジャケットの馬革がギッと鳴る。

「この前コマした「ARTC(小惑星資源取引管理委員会)」の管制課の姉ちゃんや、世に言う寝物語。堅いはなしやろ?なぁ、キムやん、いっちょ喰うてこましたろやないかぁ、儲けのショボい氷拾いや炭拾いにも、もう飽いたやろ?」

 尻上がりのイントネーションで答えたのは、キムに比べれば一回り小柄だが中々の偉丈夫。右の電子義眼をギラリと光らせ、プリプリと油を輝かせるミノサンド(牛の胃の一部)を口に運ぶ。ジワッと口に広がるタレと脂の旨みに残った左目を細める。

 ちなみに「喰う」とは小惑星を占有する、つまり自分のモノにすることを意味する彼らスラング。「氷拾い」や「炭拾い」も彗星やC型小惑星(炭素系小惑星)の収集を指す隠語だ。

「その面でよくモテるな」

 雑巾みたいなセンマイ(牛の腸の一部)を丹念に焼きながら、ボソリと突っ込んだ長髪は、皆からタマと呼ばれている美丈夫。涼やかな目元を細めながらラバを煙越しに睨む。

「ほっといてくれ、残念なイケメンが」と切り返すラバを見やりながら、キムはその話にツッコミをぶち込む。

「そもそも、「ブラックウイドゥ」を見たって話自体がいい加減じゃねぇか、アルベド(星固有の光の反射率)0.000一、可視光はおろか電波も放射線も吸収する暗黒小惑星が見えたって、文章的にオカシイ」

 黒い未亡人の仇名を頂戴したその小惑星は、星喰いなら誰でも知っているが誰も見たことがない文字通り幻。噂では大量の白金系のレアメタルを含有した上玉のブツとの事だが真相は闇。

 キムのツッコミに、派手なスカジャンを照明でテカらせ身を乗り出し反論するラバ。

「そやから、日面通過したところをARTCの巡視船が見た言うてるやないか、お日さん背にしたら流石の後家さんも丸見えやっちゅう事や、おまけにその軌道が「SMGC(宇宙鉱蔵集団公司)」のシマで、計算したら公転周期が六百三十年やど、六百三十言うたらSMGCの創設者の誕生日、六月三十日に重なるやろ?そやったら幻やった理由も説明が付く」

 太陽系最大の同業者の名を出した後、顔面をキムいに近づけ、勿体つけ口調でラバは言う。

「つまりや、アレはSMGCが表に出したない資産、つまり裏ブツいう事や、どっかで食うて来たブツを六百三十年の軌道に乗っけて、さも下らんブツやいうて隠しとるんや」

「だから占有宣言もしてないんだ。黒いのはステルス素材を塗ってんのかなぁ?」

 器用に箸を使い、何枚もツラミをさらいつつフクスケは言う。紅毛碧眼の欧米人丸出しなのだが、ぷっとり太った体型と大きな顔が、船外活動(EVA)用の下着を作るメーカーの商標にソックリ。よってその仇名が着いた。

 ドンブリを床に置き、自分の後ろに居るお姫様座りの少女に向かってキムは言う。

「琴子、ラバの言うこと、間違いないか?」

 五色の色紐を編み込んだ輝かんばかりの黒髪、まるで人形の様な美貌。鮮やかな牡丹柄のショート丈の振袖。パニエで膨らませるだけ膨らませたスカート。傍らには、様々な焼き菓子の詰まったバスケット。スフレ、マカロン、フィナンシェ。

 その内、サクラ色のマカロンを一つ取り、小さな口で齧り、透き通る声で答える。

「間違ないよ。私がARTCのネットワークに侵入して見てきた巡視船の航行記録から出した値だもん。巡視船がそれを見たのは百四十四時間前、その船の位置から考えられる次の日面通過をキャッチできる日、つまりチャンスは今から百六十八時間後よ」

「冗談じゃないわよ!そんなの泥棒じゃ無い!!」

 突然金切り声を挙げたのは、解りやすい目鼻立ちにコッテリと化粧した中年男。フォークの先には玉ねぎ。アイラインで思いっきり強調された目を見開きラバを睨む。

「あのなぁドラゥグ、占有宣言もされてない闇のブツやで、よその誰かに食われても文句言われん」

 と、ラバはバッサリと切り返す。

「文句言う言わないの話じゃ無いの!相手はSMGCよ!太陽系三大採鉱会社の一つなのよ!!潰しにかかられるわよ!!」

「来るなら来いや!どーんと行ったれ」

 呆れながら助けを求めるようにキムを見るが、その表情を見たドラゥグが凍った。明らかに笑っている。

 再びドンブリにマッコリを満たし、キムは愉快げに言う。

「睨まれるなんざぁ怖くとも何ともねぇ、それどころか望むところよ」

 あんぐりとルージュに染まった口を明け、絶句しているところに止めの一言。発したのはさっきまで無言で自作のタレに漬け込んだホルモンを焼き網に並べていた黒人。飛び出した目、肉腫のような鼻、分厚い唇をほとんど動かさず。

「燃料ペレットは装荷済み、船は何時でも出せる」

「さすがゴンやなぁ、男は黙って仕事するもんや」

 はしゃぐラバを恨めしげに睨んでドラゥグはガックリ肩を落とす。

「この歳で仕事探すなんて嫌よぉ」

「ねぇラバさん、そのブツ喰っちゃったらどれぐらい儲かるのかなぁ?」

 ミノ(牛の胃)を口に入れモゴモゴさせながらフクスケ、同じくハツ(牛の心臓)を噛みながらラバが答える。

「白金系のはグングン相場が上がっとる。予想されるブツの重量は約三億トン、もしプラチナ含有量が多いブツやとしたら、金換算で百二十万gは行くど」

 噛み切ってない内蔵を目を白黒させながら無理やり飲み込みフクスケが。

「百二十万g?ふ、風俗、行き倒せるね」

「おう!チンチン腫れるまでやりまくれるど!」

 と、ラバがはやし立て。

「お店買った方が早いよ」

 琴子までがチャチャを入れる。その後でふと、ドラゥグが呟いた。

「それだけあれば、船のローン、完済できるわね、公庫からの償還も完済できるかも」

「溜まってた港の係留料もスッキリ払える」

 キムの答えに、しばらく視線を宙に泳がせていたドラゥグだが、突然立ち上がって拳を天井に向かって突き出し叫んだ。

「やりましょ!食っちゃいましょ!!SMGCが何よ、どうせ三流じゃない。星喰いをなめんじゃないわよ」

「ええぞオカマその意気じゃ」 

 ラバが嬉しそうに手をたたくのを眺めながらキムはタマに言った。

「おい余所行き(船外活動服)の整備は?」

「終わってる」

「フクスケ、作業艇はどうなってる」

「二台ともバッチリ、プロペラントも満タン」

「琴子」

「パラメータ、船の航法系に入れたよ、女の子も黙って仕事するのダ」

「ドラゥグ、管制課に航行計画を出しといてくれ」

「了解よ、航行目的は資源小惑星の新規探査にでもしておくわ」

 一同を見渡し、ドンブリに残ったマッコリを干す。そして、腕のオメガ・スピードマスターを睨んでキムは言った。

「その軌道なら六日も有れば行ける。八時間後に出航だ。さぁ、後家さんを喰いに行くか」



GMT2261年11月3日06:00


 キム達の船、キャッチャーボート(小惑星採集船)「ジェロニモ」の姿を文で現すなら、全長百五十mのロボットの腕が、肘から下だけ宇宙を飛んでると現すのが簡単だ。

 肘の部分には、重水素とヘリウム3を詰めたペレットにレーザーを当てて核融合させる部分、つまりエンジンがあり、二の腕は燃料タンクや荷室、居住区。掌には四本の巨大な作業アームが有る。

 EVA士(船外活動士)のタマとフクスケ以外のクルーは皆、二の腕に有る操舵室に居る。操舵室と言っても舵輪、計器の類は一切無い。船長のキム、操舵手のラバ、機関手のゴン、

通信手のドラゥグらは、それぞれ体内にインプラントされたネットワーク端末機「Inpnt」を介して操作し確認する。

 ただ、キムの後ろに陣どる琴子だけは、自分を囲む銀の輪に、髪の五色の紐を繋いでいた。

 ネットワークチルドレン。変態趣味を持つマニアの金持ち共が、アングラで手に入れた子供を改造し、生きる端末機としたサイボーグ。そんな彼女がこの船の頭脳。五色の紐は脳にあるデバイスと船の通信システムをダイレクトに繋ぐコードだ。

 そのジェロニモの頭脳は、今、半眼を開き、忘我の表情で自分の意識を全太陽系に広がるネットワークに遊ばせている。

 星ぼしにあるAIをリンクさせクラウド・コンピュータとして膨大で高速な計算をさせているのだ。

「ブラックウイドゥ、あと六十秒で日面通過に入るよ」

 琴子の宣言に皆、一斉に自分の視覚野に投影されたカメラの映像を食い入るように見る。

 そこには、薄ぼんやりと輝く太陽のクローズアップ。文字通り世界の果てであるこの軌道ではお天道様の御威光もとんと薄くなる。

「さぁコイコイ」

 と、両手をすり合わせるラバ。

「百二十万gよ百二十万g」 

 ドラゥグは、そう譫言の様に呟く。

「あと、三十秒、二十秒、十秒、九、八、七、六・・・・・・」

 固唾を呑んで彼女のカウントダウンを聞く。そして。

「ゼロ!」

 太陽の赤道面、ちょうど右側から小さな黒い点が表れ、極めてゆっくりとした速度で左に流れて行く。

「アルベドは?!」

 キムが怒鳴ると琴子は。

「0.000一ぃ!間違いなくブラックウイドゥだよ」

「よっしゃぁ!きたきたきたぁ」

 立ち上がりキムはガッツ・ポーズ。ゴンはただ「うーっ」と唸り、ラバは。

「琴ちゃん、お前やっぱ最高やぁ、神様仏様琴子様やぁ」

 と投げキッス。受けた彼女は生意気に小さな胸を反らせ、可愛い鼻の穴をおっぴろげる。

「ねぇねぇ、あの後家さん、連れ子が居るみたいよ」

 と、ドラゥグは自分のInpntに取り込んだ画像にマークを入れ、ブラックウイドゥの横に付き従う小さな黒点を皆に示す。

「生意気に衛星を連れてやがる」

 嬉しげにキム。

「連れ子でもなんでも面倒見たる。親子丼やぁ」

 はしゃぐラバの声の後に、作業艇収納スペースにいるラバの押し殺した声が皆の聴覚野に響いた。

「琴子、その衛星、拡大できないか?」

 指示通り拡大された画像が回される。母星と同じく黒い天体。しかし、その表面には人工的な直線が十字に走り、その上を円盤状の物体が素早く移動している。

「ピース・メーカー」

 押し殺したようなタマのうめき声。皆が一斉に聞き返す「ぴーす・めーかー?」

「SSF(太陽系安全保障軍)でも改良版を採用している警備用の人工天体だ。最大で周囲百キロ圏内に接近した相手にEMP(電磁パルス)を食らわせて作動停止に追い込む」

 淡々としたタマの説明に皆表情が青ざめる。彼の横に居るフクスケだけが。

「お前、詳しいなぁ」

「使ったことがあるからなぁ」

 とそれに対し、ボソッとタマが答えると、ドラゥグが金切り声を張り上げた。

「何よ!それじゃぁ食えないじゃ無いの!!」 

「ま、そう簡単にお宝は食わせてくれんって事か」

 ハゲ頭をピシャリと叩きキム。

「何か手ぇは無いんかいなタマやん、弱点くらいあるやろ?なぁ?」

 ラバの泣きつく様な問いに、しばらくの沈黙のあとタマは訥々と答える。

「船はもちろん、作業艇や余所行きも電子機器を使ってる限り餌食になる。基本的に百キロより向こうは危険だ」

「何かモノぶつけて壊したりできないの?あと、発破起爆用のレーザーとか?」

 ドラゥグの問いに答えたのはキム

「作業用アームで出せる加速なんてしれてる。それにジェロニモに積んでるレーザー発振器の出力は十五キロジュール。警備用の人工天体なんて壊せるわけねぇ」

「システムに侵入して乗っ取っちゃうとか?」

「完全自律型だ、不可能だな」

 琴子の提案もタマの一言に粉砕された。 

「非常用の与圧服だったら、無線機以外の電子機器は使ってないよ。それで宇宙遊泳して近づいて壊しちゃえばいいんだ・・・・・・ダメ、かな?」

 突然、フクスケが言い出す。操舵室では無言の内に互いの目配せが飛ぶ。

「あの型は自己防護機能の無い民間向けだ。接近出来るし、メンテナンスハッチさえ開けば、停止させることは可能だ。ただ、推進力が無い」

 タマの言葉にかぶせるようにラバが。

「行きの加速は余所行きのスラスター外して使たらええ、百キロ圏外やったらEMPは問題なしや」

「じゃぁ、相手に近づいたら減速は?」

 ドラゥグが怪訝面で問うと、ラバは。

「エア・ボンベのバルブを手動で開閉したらスラスター替わりに成るぞ」

 と、文字通りのドヤ顔で応じた。

「計算したよ、今みんなに送った噴射の角度とタイミングで減速できる」

 琴子の出した数値を皆が見る。フクスケが呟いた。

「行くのは・・・・・・言い出しっぺの俺?」

「いや、アレの構造に詳しいのは俺だ、けど、減速の噴射のタイミングをどうして測ればいいのか?Inpntも使えな・・・・・・」

 タマが言い終わらぬうちに、キムが言う。

「俺のオメガを使え、今から二百九十年前、アポロ13のクルーは、コイツだけで船のエンジンの噴射タイミングを計り生還できた」

「そこまでしてあのブツを喰っちゃう必要ってあるの?」

 ドラゥグの疑問に、キムが愉快げに笑って。

「目の前にブツがある限りそれがどれだけ困難だろうが、いや逆に困難だからこそ喰う。それが俺たち星喰いってもんだ、違うか?」 

「よ!さすが船長!大社長!!喰うてこましたろやないか!!」

 ラバのはやし声を聴きながら、キムは命じた。

「ピース・メーカーから百キロをゲート・ポジション(作業開始位置)として軌道変更をかける。タマとフクスケはEVAの準備に入ってくれ。さぁ、ブツを喰うぞ!!」 



GMT2261年11月3日09:00


 ジェロニモの船首。作業用アームの上に頼りなげない与圧服を身付けタマは立ち、出発のタイミングを待つ。

 背中には余所行きのバックパック。腹には減速用のエア・ボンベを抱える。

「これが最後の通信よ。けど心配しないでね。打ち合わせ通り、こっちは強力な光学カメラで貴方を見てるから。何か異変があったら指文字で教えて頂戴。コチラからはレーザー光線のモールス信号で連絡を付けるから、頑張ってね、帰ってきたら熱いキ・・・・・・」

 ドラゥグがまだ何か言いたげにしていたが無理やりキムが割り込む。 

「いいか、タマ、知ってると思うがその余所行きは非常用で船外活動は考えちゃいねぇ。予圧や保温は素材の特性に頼ってるし、空気の供給もボンベの圧だけが原動力、放射線防御も簡易だから一時間が行動の限度だ。行きに十三分、帰りは迎えに行くとしてもやり十三分、実質作業時間は三十四分しかない。ヤバいと思えば引き返してこい」

 そして、琴子のカウントダウンが始まる。

「タマ、いくよ。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、GO!」

 背中のスラスターを吹かし、タマがジェロニモから飛び出してゆく。

 十分な加速、時速秒速七.九キロを得ると全ての電源を落とす。

 目標への角度を決めるのは、与圧服のバイザーに描いた目印だけ。噴射速度や角度変更のタイミングを図るのは、腕のオメガ・スピードマスター。約三世紀前に作られた手巻式腕時計がだけが彼が持つ計器の全てということになる。     

「行け行ったれ、かましたれ!」

 ジェロニモの操舵室ではラバが喚き、ゴンは目を閉じ、ドラゥグはポッカリ口を開け、タマの後ろ姿を見つめ、作業艇格納庫ではフクスケが十字を切る。

 完全な虚空に浮かぶタマの姿は孤独そのもの、薄ぼんやり頼りな気に輝く太陽を目指し、暗黒の中を小さな白い点として飛翔する。

 その徐々に小さくなってゆく姿を睨み、キムは呟いた。

「さすがタマだ。並みの根性なら、耐えられねぇな」

 五分後。琴子が囁いた。

「減速、開始」

 タマの前方に白いモヤが現れる。減速の為、エア・ボンベのバルブを開放したのだ。

 徐々に速度が落ちる様子が皆のInpntに数値として表示されるが、実際に動いてるタマはその状況を目測で知るほかない。

 さらに五分、限界までズームINされた光学カメラの画像の中で、タマの眼前にピース・メーカーが迫っているのが見えた。その足元には黒々と宇宙空間より黒いブラックウイドゥの地平が広がる。

「あと三十秒でタマがピース・メーカーとコンタクトするよ」

 吸い込まれる様に接近してゆくタマ。やがてその動きが完全に止まった。

 振り返り、こちらに向け指文字を送ってくる。

『到着、作業開始』

 操舵室がため息に満ち溢れ、緊張がキレたキムは椅子からずれ落ちそうになった。

 直径十メートルの球体の上でタマは、動き回る円盤やその下の溝、他の小さな凹凸に手足をかけ、器用に頂上を目指す。

 下手をして力を入れ過ぎれば、勢い余って放り出されかねないところを、速力を保ちながら加減をくわえ素早く移動を続ける。

「ほれ、見てみぃ、あの器用な機動。さすがネコのタマちゃんやでぇ」

 ラバが嬉しそうに言った時、タマは球体の頂点にたどり着いた。

 腰からマルチ・ツールを取り出し、メンテナンス・ハッチの開放に係る。

 しばらくして丸い蓋が宇宙空間に投げ出されたのが見えた。

 だが、そこでタマの動きが完全に止まってしまう。

 皆の動きが一瞬とまる。誰も呼吸すらしていない。堅い沈黙が操舵室を占領した。

 タマが半身を上げ、指文字見せる。

『ハッチの中はタッチパネルに成っている。俺の知ってるタイプじゃない。文字の入力を要求してきている』

「文字って、暗号かいな」 

 キムを呆然と見ながらラバ。

「いまさらコードって言われてもなぁ」

 自分の頭をピシャリと叩き呟くキム。

「SMGCのシステムに潜ってみる!」

 そう言う琴子をドラゥグが止める。

「ハッキングして足がついたらどうするの?それに時間までにコードが見つかる保証があるの?」

「ヴぅー」琴子は唸り黙り込む。

「何か適当に打ち込んだらどないや?SMGCの社訓とか、社歌とか」

 行き当りばったりなラバの提案を聞き流し、キムはムッツリ黙り込み、虚空を睨み必死で脳細胞に血を送り込む。

 ブラックウイドゥの公転周期は六百三十年。SMGC創設者の誕生日六月三十日由来している。

 そこまで誕生日にこだわるのは、華僑の出身で結束の堅いSMGC創設者一族の意向だろう。

 ならば、誕生日にまつわる何かの言葉。

「ドラゥグ、今から言う言葉を漢字で入力しろとタマに伝えるんだ」

 怪訝な顔でキムを見つめる彼に、構わず喋り続ける。

「福如東海、寿比南山、福星高照、万寿無彊。さぁ、さっさとしろ!!」

 はじかれた様に信号を打つドラゥグ。遥か百キロ先ではタマがそのレーザーの明滅を見て、動きを止めた。

 そして『了解』のボディサイン。再びメンテナンス・ハッチに半身を突っ込む。

 ジェロニモのクルー全員は恐ろしく長い時間が過ぎた。様な気がしたに違いない。

 タマが顔を上げ、ガッツポーズをして見せた時、操舵室内に気密がぶち切れそうなほどの歓声が溢れかえったのは当然の事だ。

「浮かれてる場合じゃねぇ、さっさとタマをピックアップしてブツを食いにかかるぞ。ラバ、ブラックウイドゥ地上面から高度七キロをホームポジション(作業実行位置)に設定、ジェロニモを周回軌道に乗せろ、フクスケはマーカーと作業艇のスタンバイ」

「ホイ来たぁ!」

 との返事のあと、真顔でラバはキムに問う。

「で、さっきのって、なんや?」

「『福、東海の如く、寿、これ南山なり。福星、高く照らし、寿、万里延々と彊なし』中国で誕生日を祝うめでたい言葉、らしい」

「ほぉ、さすが大社長、博識やなぁ、で、それが停止コードやっちゅう確証は有ったんかいなぁ?」

 しばらく黙り込んだあと、振り向くラバに気持ちの悪い笑を見せてキムは答える。

「無い。ビビビっと来んだ。俺様のこの明晰な頭脳にな」

「あんたとはやっとれんわ」

 そう投節口調で言い放ち、ラバは操船に没頭してしまった。

 


GMT2261年11月3日10:20 


 予定の軌道に乗ったジェロニモから作業艇に乗ったフクスケが降り立ち、レーザー通信システムを装備した巨大なマーカーが打ち込まれ、全太陽系中にブラックウイドゥの占有が宣言される。

 同時にそのマーカー内に組み込まれた分析器が作動。地質を調査し含有される鉱物の種類と量をはじき出し、クルーのInpntに表示してゆく。

 それを見たラバが小躍りして吠えた。

「み、見てみぃ!このイリジウムの量!!プラチナも中々のもんやでぇ、こりゃぁ予想以上の上物や!!」

「ふ、風俗だぁ!」

 ブラックウイドゥの上で、余所行き姿のフクスケも吠える。

「さぁあとはいくらの値が付くかのお楽しみによねぇ」

 クネクネと身をよじらせるドラゥグ。嫌なものを見たと目を伏せながらキムも素早く皮算用をはじき出す。

「ま、ざっと金換算百六十gは堅いな」 

「ねぇねぇ、新しいドレス買っていいかなぁ?この前通販でカワイイの見たの」

 甘えた声で琴子。

「店ごと買うたるがなお姫様!」

 ラバが言ったと同時に、ARTCからのメールの着信を示すアラーム。

「うふふ、お、い、く、らかしらぁ」

 と、中身を開いた途端、ドラゥグはまるで怪鳥を絞め殺したような悲鳴を絞り上げていた。

「な、な、なによ!コレ!!売買禁止ってどう言う事よぉ!!」

「さ、さ、差し押さえとも出とるぞ、何じゃぁコリャぁ!!」

 同じメールを自分のInpntで見たラバも吠えた。

「当委員会は、太陽系共同体法務機関よりの要請を受け、貴社が占有を宣言した物件を現在進行中の刑事事件捜査の証拠品として売買を禁じ押収するものとする。貴社に置かれては速や かに同物件を委員会管理下に移管されたし」

 完全に脱力し、萎びきった面で文面を音読するキム。

「ま、要約すると、ラバ先生よ、お前、ARTCにキッチリはめられたって事だよ。奴ら、ブラックウイドゥがSMGCの裏財産としっかり把握した上で、テメェらじゃ動きづらいんで俺たちをパシリに使ったって訳だ」

 重苦しいブラックホールの底の様な沈黙が続いた後、操舵室の床に跪き、埴輪顔で天井を仰ぐラバに、キムは言ってやる。

「ARTCが相手なら、喧嘩のしようが無いな」

 作業艇格納庫で、無重力に身を任せ体を休めていたタマが呟く。

「風俗・・・・・・風俗・・・・・・」

 フクスケはまるで電池の切れたロボットの様にブラックウイドゥの地表面にしゃがみこんだ。

「フクスケ、落ち込まないで、私がクールなH画像探してきてあげるから、ね」

 琴子が決して救いに成らないような慰めを吐くと、ゴンは黙ってエンジン始動の準備に、入りドラゥグはシートにしがみつき動かなくなった。多分、泣いているのだろう。

「ま、今回はいい勉強になったって事で諦めようじゃねぇか、お宝はココに居りゃぁ何時でも食える。それまでまた氷拾いと炭拾いで日銭稼ぎだ」

 そう半ばヤケ糞に言い放ち、キムはシートに収まった。そして、腹に力を込めて命じる。

「フクスケ、マーカーを回収してさっさと戻ってこい。ラバ、落ち着いたらジェロニモを帰還軌道に乗せろ、さて、帰ったらトンチャン食ってまた仕事だ」

END 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ディテールが細かく描かれていて、SFを読んだことのない私にも、情景がわかるようでした。 [気になる点] もう少し話に山があったほうが読みやすいかなという気がします。 また、情景がよく描か…
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