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第二章 
第十九話『成長』
 音を立てないように、静かに放浪バスが入ってきた。訓練された動きのものが数人バスの窓の隙間から周囲をうかがっている。

 しばらくしてから、さらに数名が素早くバスから出て荷物をバスの下に持っていった。不自然に車高が高いと思ったが、どうやら荷物を隠すためだったようだ。わずか数分で荷物の上にカバーを設置し、普通の放浪バスとなんら代わりの無い姿になった。

 かなりやりなれている様子で、十中八九こいつらが例の違法取引をしている集団だろう。

「さて、いくか」

 すとん、となるべく音を立てないようにビルの陰に着地する。

 影から様子を伺い、わざとあわてた様子で一般人程度のスピードで走り寄った。

「すみません! 外来の方ですか!?」

 遠くから少し大きめの声で話しかけると、最後にバスに乗り込もうとしていた痩身の男がゆっくりと振り返った。その立ち振る舞いに不自然な様子はなく、かなりこういった場数を踏んでいるようだ。

「ああ、そうだ。各都市の特産物を積んでいる行商だ。済まないが朝まで待ってくれないか? ごらんの通り皆寝静まっている。起こすのは忍びない」

 すっと半歩ずれた先に見えるのは毛布を引っかぶって眠りに突いている十人ちょっとの男達。しかし、皆錬金鋼をすぐ手の届く位置に置いており、体もリラックスしていて本当に寝ているように見えるが、剄が緊張状態にある。

(ひぃふぅみぃよ……十六、か。運転席にもう一人かな)

「そうですね……では錬金鋼を預けて貰えますか? 一応の安全のため」

「ああ、分かった」

 男は手早く寝ているものの傍に置いてある錬金鋼と自分の剣帯から抜き取ったものを一つの袋に纏めて手渡してきた。

「ありがとうございます。これは生徒会の方へ提出しておくので帰り際に受け取ってください。失礼ですが団体名をお聞かせ願いますか?」

「穴熊だ」

「アナグマ、ですね。わかりました。それではまた明日担当の者が来るはずですのでこちらの用紙に記入事項を纏めて置いてください」

 一般的な都市停泊申請書を渡すとペコリ、と一礼をして踵を返す。同時に、気取られないように指の間に針のように細い剄弾を形成し始める。

 じっ、とこちらを見つめる視線を感じていたが、五十メルトルほどするとその視線がすっと外れるのを感じた。

(いまだっ!)

 くるっ、と素早く振り返ると同時に、準備していた剄弾を放つ。その数は四。バスの主要な前輪と後輪のタイヤが弾け飛んだ。

 外力系衝剄――九乃

「やりやがった!!」

「出るぞ!!」

 タイヤが破裂すると同時に俊敏な動きで出てきたのは数えたとおり十七人。

 それぞれがやはり錬金鋼を復元状態で持っている。

 しかし、正直とぼけられるかとも思っていたトウヤにとってはこんなにあっさり釣れたのは予想外だった。

 が、それも好都合。放つと同時に復元しておいた碧石錬金鋼制の棒をどっしりと構える。

 とたん、訝しげな空気が相手側に流れる。学生武芸者がこの人数相手に一人で相手しようとしていることを不思議に思ったんだろう。

 しかし、そんなことに構ってやる義理は無い。

「はっ!」

 足を踏み入れる瞬間、内力系活剄が下半身に満ちる。

 走るのに力を入れるところに流れるようにして無駄なく剄を流し込んでいくことによって爆発的な加速力を手に入れた。

「喝っ!!!!」

 気迫の掛け声と共にぶわっ、とトウヤの体から闘気があふれ出る。

 すると、一瞬半数以上のものがトウヤとは全く見当違いな所に目を走らせた。

 内力系活剄の変化――疾影。

 強烈な気配によって錯覚を起こさせるそれに彼らがそれに気づき、慌てて目線を戻すがトウヤはすでに殺剄で気配を消して移動している。

 音もなく左方に現れたトウヤはそのまま一番近くにいたスキンヘッドの男に襲い掛かった。無論、奇襲で声を上げるような真似はしない。

 ソウシン流棒術――『流水棍』

 トウヤの接近に気づくことなく意識を刈り取られた男が崩れ落ちるよりも先にトウヤは左右にいた男の首筋に強烈な一撃をお見舞いすると、すぐさま離脱した。

 どさどさどさっ

 彼らが気づいたときにはもう遅い。慌てて目を音の発信源に向けてみるとそこには崩れ落ちた三人の姿が。当然トウヤは殺剄で姿を消している。完全に夜の闇にまぎれている。

 姿の見えぬ敵。一瞬で倒された仲間。歴戦の武芸者だとしても少なからず動揺する。そして、動揺は伝染する。

 にわかに浮き足立った敵にほくそえんだトウヤが第二波をかけようとした瞬間、トウヤと対応した痩身の男がそれらを一喝し、纏め上げた。

「てめぇら何ぼさっとしてやがる! 円陣組め、二重になって上への対処も考えろ!」

 その堂々とした声に、敵は一気に冷静さを取り戻した。

(ちっ)

 失敗した。リーダーを先に潰しておくべきだった。

 しかし、こうなっては仕方が無い。周囲を駆け回っていたトウヤは諦めてその円に突貫した。

 疾影でかく乱し、脇に剄を練りこんだ錬金鋼を抱え込み、体勢は低く、影のように躍りかかった。

「はっはぁ」

「なっ……」

 襲い掛かった男の構えていた三節昆を弾こうとした瞬間、その関節が伸びて鋼糸で愛棒がからめとられてしまった。

「囲めっ」

 衝剄で斬り飛ばしたが、遅かった。先ほどと同じく二重の円で囲まれてしまい、一気に形勢は逆転した。

 勇み襲い掛かってこようとする敵を棒を乱回転させ、閃断を無数に飛ばす外力系衝剄――『閃断・嵐』で牽制するが、離れたところからの弓や銃の牽制に中断させられた。

「ちっ」

 集団戦がこんなに厄介だとは思っていなかった。一番有効だと思われる鋼糸は封印されたままだし、当然剄を練る暇など与えてくれない。

 頭を狙い横なぎにしてくるのを屈み、その後ろから突き出された抉る様な鋭い突きはトウヤの頬を掠めて行った。

 後ろからの矢を棒で叩き落とし、空気を引きちぎりながら迫る斧の一撃を肩で逸らす。

(――――ん?)

 ふと、全方向から来る執拗な攻撃を必死にさばいていると、不思議な感覚にとらわれた。

 今やっているのはソウシン流の基礎の基礎『(ながし)』 相手の力を受け止めず、逸らすことで回避するのだとばかり思っていたが、何か違う。

 ――流れを読め。柔軟になれ。川に流れる水のように

 祖父から耳にたこが出来るまで聞かされたこの言葉をもう一度反芻してみる。

 流れを読む。

 ふとさっきから気になっている感じに従うようにして、鋼糸を操る延長として自分の手足のように剄を伸ばしてみる。すると、感覚が広がった。

 今までは風の動きや気配で読んでいた動きが分かる。だが、これだけじゃないはずだ。さらに集中。戦いの流れを読むとはどういうことだ?

「な、なんだ?」

 敵の戸惑ったような声が聞こえるが気にならない。広がった感覚をさらに鋭敏にさせた。

 ふと、殺気を感じた瞬間自然と体が動いた。左手を引っ込め、右足を上げ、体をよじる。すると、一瞬前まで手足があったところを勢いよく敵の武器が空ぶった。

 手に持っていた棒を突き出すと振り下ろしている途中の剣先にぶつかり、そのまま滑らせるように振り下ろすと後ろから足を刈ろうとしていた槍とぶつかった。

 剄で覆った手をすっと振ると矢がそれに誘導されるようにして一人の足に突き刺さった。

 棒を後ろ手で突き出せば相手がぶつかりに来て、一歩体を引けば相手の武器が目の前で交差する。

「ひ、退けっ」

 リーダー格の男の一声によってばっ、とトウヤに群がっていた男達が離れる。

 が、トウヤはそれに目も向けずに呆然と自分の手を見つめていた。

 勝手に体が動いた。まるで今まで何度も繰り返した型を反復するかのように自然と。

 トウヤが空気を読む、ということを本当の意味で始めて理解した瞬間だった。

「急に動きが変わりやがった。明らかに集団戦に不慣れだったってのに」

「まずいですよ。これ以上は人が集まってくる」

「ああ……いや、まてよ?」

 ふと、リーダー格の男が何かに気づいたかのように眉をひそめた。

「どうして応援が来ない? 最初の坊主の動きからしてあれは予定調和のことだった。ならもう来てもいいはずだが」

「俺一人で十分だからさ」

 眉をひそめる痩身の男に口元を吊り上げて見せると、あからさまな舌打ちを返された。

 おそらくは人質をとってトウヤの動きを制限しようという腹積もりだったに違いない。まぁ、それをも警戒しての単騎出動だったのだが。

「ま、それはどうかな」

「ん? ……って、おいおい」

 男の言葉に不審なものを覚えて辺りを見回してみると、そこには放浪バスの屋上からこちらにガトリングの銃口を構えている最初に落としたはずの一人がいた。

「あいつはうちで一番打たれ強くてな」

「……そーかいっ!!!」

 男の手の動きにあわせて、バス上の狙撃手はダラララララララと惜しみもなく質量兵器をトウヤ個人に向けてぶっ放してきた。

 製造が難しく、貴重な質量兵器までも持っているとは相当羽振りが良かったようだ。こんなやつらに金を落としてきた馬鹿どもに怨嗟の声を上げながらトウヤは必死に転がった。

 銃口を読んでジグザグになって接近しようと試みるが横からの弓や銃の牽制でそうもいかない。さらに、数人がバスに向かい、トウヤの破壊したタイヤを別のものと取り替えようとしていた。

(やべっ)

 相手はこのまま逃げる気だ。あれだけ大見得張っといて逃げられましたじゃ格好がつかない。何とかしたいがどうにもならない。そんな状況をひっくり返したのは一枚の桜の花弁だった。

 ぼん

「ぎゃっ」

 爆発音と共に止んだガトリング。何事かと全員が注目する中、ひらり、ひらりと空から桜の花びらが舞い降りてくる。

 その光景にしばし呆然としていたが、猛スピードでこちらに向かっているトウヤにいち早く気づいたリーダー格の男がバスの上に飛び乗ろうとしたが、空中でまたしても桜の花びらが爆発し、地面に叩き落された。

「ぐがっ……な、なんだとっ!?」

 念威爆雷はそこまでの威力が無いにせよ、牽制にはもってこいだった。

「じゃーな」

「ぐはっ……」

 すかさずうつ伏せで倒れ付した男の後頭部を踏み抜いて意識を奪い取ると、数十の念威端子に囲まれた男達に襲い掛かった。









 意識を失った男達を手際よい手付きで縛り上げていく都市警の人たちを、段差に座ってぼんやりと眺めていると、軽い足音が近づいてきた。

「馬鹿ですね」

「ぐぇっ」

 ぺちり、と頭を叩かれたかと思うとぐいっと首を細腕で絞められた。

 そのまま引っ張られ、強引にフェリの膝に頭を乗せられた。

 ここまで急いで来たのか、少し息が切れ、しっとりと汗をかいていた。

「動かないでください」

 言われなくてもフェリのすべすべしていて柔らかい太ももの感触を感じ、トウヤは固まっていた。

 フェリは怒っているとも悲しんでいるともとれる表情でトウヤの頬にできた裂傷を優しく一撫ですると、傍に置いていた救急箱を開いた。

「……助けてくれて、ありがとな」

「…………」

 ぷいっとそっぽを向かれたがトウヤの傷を手当てする手付きはどこまでも優しい。

 ちょっと不器用なフェリは何度かトウヤの傷口に爪を引っ掛けたりしたが、最後に絆創膏を張り終えるとほっと一息ついた。

 フェリはそのまましばらくトウヤの髪をいじっていたが、おもむろにトウヤの目をぐっと覗き込んだ。

「トウヤ……」

 あの目だ。トウヤの頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱す灼熱を孕んだ瞳。

「無茶しないでください、と言っても無意味なんでしょうね」

「……それは」

「まぁそれについては諦めています。男とはそういう生き物なのでしょう?」

 誰の入れ知恵だろうか? まぁリーリンだろうけども。

 そんな馬鹿なことを考えていると、フェリがトウヤの頬に手を添えてきた。

「だから、私もついていきます」

「……ん? え、は?」

 どうやって? と聞こうとするとぶわっと視界を覆いつくすほどの念威端子がフェリとトウヤを囲むようにして現れた。操作を練習したのだろうか、くるくると周囲を巡るその動きは滑らかでよどみが無い。

「どこまでも、あなたが行くところにこの力でついて行きます。……まさか、嫌とは言いませんよね?」

 目は真剣なまま、口元は優しく笑みの形を形どる。何を言っても聞きそうにないその表情に観念し、目を閉じることで答えた。

「ですから、協力料をもらっていきますね」

「んっ……!?」

 唇に感じた柔らかい感触に目を開くと、そこには頬を染めたフェリのアップの顔が。

 フェリは閉じていた目を薄く開くと、トウヤが驚きに目を見張っていることを確認し、目だけで笑うと、唇はくっつけたままついばむ様に動かしてきた。

 自分の唇とフェリの唇がこすれる感触に背筋をぞくぞくとしたものが駆け上がる。

 数十秒か、数分か。一心不乱にトウヤの唇を貪るフェリはようやく動きを止めた。

 最後にフェリは小さく舌を出してトウヤの唇の間をなぞるように一舐めすると少しだけ顔を離した。

 鼻先がこすれ、相手の吐息が感じられる距離でフェリがトウヤの目を見つめてくる。

「私を置いて危ないことをしないこと。いいですね?」

「……ああ」

 一瞬、ここで言ってしまおうかどうか迷った。しかし、これだけフェリにリードされた後ではトウヤの中にある小さなプライドが許さなかった。

 代わりに、こちらからフェリの頬を一撫でし、胸に燻っているこの暴れだしそうな感情を込めてフェリをまっすぐに見返した。

 それに少し驚いた様子のフェリだったが、ふるり、と体を小さく震わせると妖艶に微笑んだ。

 それに笑い返し、居心地の良いフェリの太ももから頭を離す。

 すると同時にカーテンの役割も果たしていた念威端子がフェリの傍に置かれている重晶錬金鋼バーライトダイトに収まっていった。

「さ、帰るか」

「そうですね」

 トウヤの差し出した腕にするりとしがみついたフェリはそのままぎゅっ、と胸に掻き抱くと、トウヤの肩に頭を預けた。

 街灯に照らされながら帰る二人の間には言葉はなかったが、どこかほっとさせる暖かい空気が流れていた。


 よ、ようやく書き上がりました……え、ええっとひぃふぅみぃよ十日ぶりの更新となってしまいました。リアルが忙しく、時間が取れないので楽しみにしてくださっている方々にはご迷惑をおかけします。
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