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第二章 
第十七話 『日常に潜む影』
 軽く掃除を終わたせた後の鍛錬も終わり、軽く汗を流して本日は解散となった。

 今日はいつも通りフェリ、トウヤ、レイフォン、リーリンの四人で帰路を歩いていた。

「じゃ、今日はこれで」

「また明日ね、レイフォン」

 ちゅっと自然にキスをしているバカップルは見ないようにして、トウヤとフェリも分かれようとしたが、ふとフェリが忘れ物をしたのを思い出した。とはいえここで渡すのも気まずい。別れの言葉を告げようとするトウヤを強引に近くの公園まで連れ出した。

「どうかしたか? フェリ」

「その、今日渡そうと思っていて忘れてたんですが……」

 これは本当だ。トウヤたちが入ってきてすぐにニーナがやってきて鍛錬が始まったため渡せずじまいだったのだ。……こちらを含み笑いで見てくるシャーニッドには少なからずいらっとさせられたが。

「手紙? 誰から……ああ、クララか」

「親しいのですか?」

「ああ、俺ら三人の妹みたいな感じ。どうしたんだろ……いやまさか、な」

 どこか心当たりがある様子のトウヤがそっと手紙を破り開けた。


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 親愛なるトウヤへ


 お久しぶりです。お元気でしたか? 私はトウヤ、レイフォン、リーリンがいなくて寂しい毎日を送っています。手紙を出そうとは思っていましたが、やはり直接お顔を拝見しながら話したかったので、断念していました。

 さて、今回その決意も折って手紙を出したのには訳があります。実は、キリュウ様がいなくなりました。言付けには『孫に会ってくる』と書かれてあったのでそちらに向かっていると思います。

 グレンダンの宝が突然いなくなったことで王宮は騒然となりましたが、最終的には丸く収まりました。

 トウヤも勉学に励んでください。私は、あなたのいない間に天剣にまで上りつめて見せますから。そして、そのときはあなたと心行くまで死合いたいです。

 またいつか会う日を、心から楽しみにしています。


                          クラリーベル・ロンスマイアより


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 終盤の三文字を見なかったことにして、クラリーベルからの手紙をもう一度読み返す。

「相変わらずだな、あの爺さん」

 自分がいた頃となんら代わりの無い祖父の行動に思わず笑いがこぼれる。

「お爺さん、ですか?」

「ん? ああ、俺の祖父でな。破天荒な性格の128歳だよ」

 ほら、と差し出してみると興味があったのかすぐに読み始めた。

 読み終わったあとの頬が引きつっていたのは祖父の行動力にか、それとも最後に添えられた物騒な文字に対してか。とりあえず返して貰った手紙を元に戻すとポケットの中にしまいこんだ。

「あの、グレンダンの宝、ってどういうことですか?」

「ん……なんて言えばいいんだろうなぁ。グレンダンが武芸で有名なのは知っているよな?」

 当然知っている。この世で一番強いと噂されているグレンダンの名は様々な都市で語り継がれている。主な理由は『戦争』時にたった一人で敵の都市を滅ぼしてしまうことだが、それ以上に汚染獣の襲撃が多いことでも有名だ。

「そこで一番強いのは女王様なんだけど……その人の我侭を唯一諌められたのが爺さんでな」

「……要するに一番強いということですか?」

 リーリンから聞いたことがある。グレンダンでも十二本の指に入るレイフォンやそれに並ぶトウヤでも勝てない相手がいる、と。

「いや、相性とかの問題もあるしな。まぁ生身であのパンチを流せるのは爺さんぐらいしかいないだろうけどな」

 あの老生体をも一撃で粉砕するパンチを一度どころか、あの人がすっきりするまで受け流した時はすごかった。

 人間じゃねぇ、というのがその場にいた全員の感想だった。

「楽しそうですね」

「ん?」

「お爺さんのことを話すとき、トウヤの目が輝いてました」

 フェリに柔らかくふふっ、と笑われて恥ずかしくなった。そんなに子供っぽかったか?

「好きなんですね、お爺さんのこと」

「まぁ、な」

 唯一の肉親であり、同時に尊敬する師匠でもある。

 だがそれ以上に……

「壁、だな」

「え?」

「あの人は、俺の前にでっかく立ちふさがってる、押しても引いてもうんともすんとも言わない馬鹿でっかい壁だよ。いつか俺が乗り越える、な」

 そう、幼い頃から言われ続けてきた。超えて見せろ、と。実を言うと、ソウシン流には極めるという概念はない。どこまでも、どこまでも用意されている長い道をただ駆け抜けていく、それがソウシン流の理念だった。

「……ふふ」

「ん? どした?」

「いえ、今すっごくトウヤが男の顔をしてましたから、見惚れてました」

「んなっ」

 かっこよかったですよ、と少し赤くなった顔で艶やかに言われ、トウヤの胸が大きく高鳴った。

「ですけど……」

「ん?」

 すっ、とフェリの白魚のように白いたおやかな指がトウヤの頬に添えられた。こちらを見上げてくるフェリの目に吸い込まれそうになる。

 いつからだろうか、フェリの瞳がこれほどまでに綺麗だと思うようになったのは。まっすぐに自分だけを見て、間にある見えない壁を溶かしつくす熱い熱を持った瞳に、トウヤはとらわれていた。

「その夢を語るのは私の前だけにしてくださいね。そうじゃないと……」

 妬けちゃいますから。と言われ、トウヤはとても形容しがたい気持ちになった。嫉妬してくれているという満ち足りた感じ、今すぐフェリを抱きしめたいという狂おしいまでの激しい想い。

 ごちゃ混ぜになった制御できない気持ちをもてあまし、トウヤは一瞬動きを止めたが、すぐに理性をその情動が飲み込んだ。

「フェリ……っ」

 が、しかしまたしても後一歩というところでするりと逃げられてしまう。

「ふふふ、今ここでトウヤに身を任せてめちゃくちゃにかき抱かれるのもいいですが……」

 自分で想像したのか、その言葉を裏付けるかのようにフェリの体は期待に震え、熱っぽい視線をよこしてくる。

「もう少しですからね、トウヤを骨抜きにするのは。そうしてからでも遅くはありません」

 ぺろり、とフェリが唇を舐めて大きな期待が篭った目を向けてくる。

 肉食獣が獲物を前にしているかのような目に、トウヤは大きく息を吐き、手のひらを上にして両手を挙げることしかできなかった。







 そうして、一夜明けカリアンに呼ばれたトウヤは、レイフォンと一緒にフェリの料理教室を開いていた。

「っと、なんでこれを入れようとしてるんだ?」

「隠し味に入れると聞いたことがあったんですが……」

「だめだ。却下」

 カレーに何故か炭酸飲料水を入れようとするフェリを止めたり、

「あの、フェリ先輩?」

「なんですか?」

「包丁ではなく、こちらの皮むき器でやったほうが良いと思いますよ?」

「……そうですね」

 皮を剥こうとして実を半分以上削るフェリにレイフォンが皮むき器を渡したり、

「あー、さすがにそれは俺がやるよ」

「……はい」

 キャベツの千切りを震える手でしようとするのを事前に止めたり、

「ちょっと待て、何でスープに砂糖を入れる!?」

「塩を入れすぎたので……ダメでした?」

「いや、あー、うん。良くは無いと思うぞ?」

 可愛らしく小首をかしげるフェリに強く言えないトウヤがいたりして、

「サラダの盛り付けは私がやります」

「じゃ、俺はスープをやるかな」

「じゃあ僕はカレーだね」

 二時間ほどかけて、ようやく夕飯が完成した。



 カリアンとフェリは高級マンションの最上階に住居を構えている。最上階はドアがひとつしかなく、カリアンら以外に部屋を借りている住人はいないはずだった。

「……うん?」

 ふとドアの前に立つと鼻をくすぐる香辛料の匂い。なんとも懐かしくなるこれは、昔家に居る頃は良く食べたカレーの匂いだった。

「おかしいな……」

 妹のフェリは壊滅的に料理ができなかったはず。なにせジャガイモは洗剤で洗うと信じて疑わないのだ。そんなフェリがカレー? 
 首をかしげながらドアを開け、廊下を数歩歩いて居間のドアを開けた。

「よっ、良いタイミングだなカリアン」

「今ちょうどできたところですよ」

 すると、エプロン姿の友人が出迎えてくれた。その二人は両手に二つずつ皿を持っている。

 ほこほこと暖かな湯気を上げて香ばしい香りを発するのはカリアンが先ほど思ったとおり、カレーだった。

「ほら、そんなところで突っ立ってないで座ったらどうですか?」

「あ、ああ……」

 机を拭いていたフェリに促され、半ば形骸化していた食卓に着くと、目の前にカレーやサラダ、付け合せのジャガイモのスープが運ばれてくる。

「おお……」

 フェリほどではないが、自身も料理なんてものができないカリアンにとっては六年ぶりの手料理だった。思わず口から感嘆の声が出る。

「これはトウヤとレイフォンが?」

「いや、俺たちはフェリの手伝いだよ。危なそうなところをちょっとだけ」

「まぁ、さすがにジャガイモを洗剤で洗おうとするのは止めましたけどね」

「…………」

 少し頬を赤くしてそっぽを向いたフェリを二人が微笑ましそうに見守る中、カリアンは驚愕で目を見開いていた。

 まず、見た目が食べ物だ。紫色でどろどろとしていなかったり、もちろんあのチャーハンみたいにもぞもぞと何かが気味悪く蠢いたりしていない。
 香りも五メートル先のゴキブリを殺傷するようなものでは無く、食欲をわかせる香ばしい匂い。

 穴が開くほどカレーを見つめた後、異常が無いことを確認してようやく肩の力を抜いた。

「失礼な反応ですね。そんなに私の作ったカレーがおかしいですか?」

「あ、いや……」

 責めるようなフェリの視線に、幼少の頃、幾度となく味見をさせられて生死の境をさまよったカリアンとすれば口を濁すしかなかった。

 代わりに、親すら匙を投げたフェリのまともな料理を作るために尽力してくれたであろう二人に深く頭を下げた。

 フェリはそれに不満そうな目をするも、自分が料理下手だということは自覚しているらしく、特に何もいわなかった。

「さて、それじゃあ食べようか」

「そうですね」






 夕食を堪能し、片付けぐらいは、と申し出たカリアンに後片付けを任せて寛いでいると、皿を洗い終えたカリアンが手を拭きながら戻ってきた。

 自分で煎れたらしい紅茶を三人の前に置くと、テーブルにおいてあった封筒から一枚の写真を取り出した。

「さて、今日君たちを呼び出したのは他でもない。前回の事から
汚染獣に対する警戒を強化しようと思ってね。その成果の一つが、これだよ」

 ひらり、とトウヤとレイフォンの前に出された写真はノイズがひどく、鮮明に見える写真ではなかった。

 それはカリアンも分かっているらしく、特に注目してほしい箇所を指差しながら解説した。

「これは錬金科に作ってもらった遠隔操作型の監視カメラから送られてきた映像だ。ここを見てほしい。一応山なのだが、気づいた事があれば言ってほしい」

 詳しい事はそれ以上口に出さずにカリアンは紅茶を一口口に含んだ。おそらく下手に先入観を与えたくないのだろう。

 それぐらいは理解している二人は何も言わずに写真を見た。

 遠くから目を細めてみたり、近くでじっと凝視したりするレイフォンと、冷静に写真を眺めるトウヤ。

 ふと、まったく同じタイミングで二人の眉がぴくりと動いた。

 好奇心からか、ちらちらと見たそうにしているフェリに写真を渡すと、トウヤは小さくため息をついた。

 その隣で真剣な目をしたレイフォンが口を開き、カリアンの想像通りの答えを口にした。

「おそらく、カリアンさんが思っている通りだと思います」

「……そうか。それで、どのくらいの強さなんだい?」

「それは……」

「おおよそ、雄性体三期以上五期以下ってところか」

「「え?」」

 驚いきの声を上げる兄妹に説明するためにトウヤは写真に手を伸ばし、山と汚染獣のちょうど間を指差した。

「ここ。基本的に汚染獣は老性体に近づくにつれ、足を捨てていく。一期や二期なら、こうやってぶら下がるようにするならそれとはっきりと分かるぐらいの足の長さがある。それに対して、これはほとんどへばりついているような状態だ。
 ……まぁ、足を折りたたんでいる可能性も否定できないが、物事は厳しめに見たほうがいいだろう。俺かレイフォン、もしくは両方が行くべきだと思う」

「トウヤっ!?」

 自ら死地に飛び込もうと錯覚させる発言をするトウヤに、それまで黙っていたフェリが驚きの声を上げる。それはカリアンも同じで目を見開いてトウヤの事を凝視していた。
 
「何もあなただけが行く必要なんてないんですよ? 移動用の乗り物ぐらいあるでしょうし、小隊員と一緒に行ってもいいじゃないですか!」

「あ、いや……」

「兄さんからも言ってあげて下さい」

 トウヤの困ったような視線と、フェリの怒りのこもった視線に同時に見つめられ、カリアンは小さくため息をつくと頷いた。

「……いや、トウヤがそう言うんだ。何かわけがあるのだろう? なら、僕らは口を出すことはできない」

「っ……!!! 兄さん!!」

「落ち着くんだ、フェリ。仮にも戦闘のエキスパートであるトウヤが言うんだ。素人の僕らが口を出す必要はない」

「それはっ……そうでしょうけれども」

 不安と怒りが綯い交ぜになった視線をぶつけられ、トウヤは軽く肩をすくめた。

「正直、増援はいらないんだ」

「そうですね。トウヤの言葉どおりです。雄生体五期の相手ともなれば正直ヴァンゼさんクラスでも足手纏いです。やるなら囮とかぐらいですが……厳しいでしょう」

 すまなそうなトウヤと、武芸に関しては妥協しないレイフォンの言葉を聞いて、フェリは渋々肩の力を抜き、ソファにもたれかかった。

「はぁ……そういうことなら、納得してあげます。だけど、無茶だけはしないでくださいね」

 心配そうに見つめるフェリに二人は苦笑いをするしかなかった。

 汚染獣戦では無茶しないと言うのはありえない。攻撃をかすりさえすれば致命傷な汚染獣戦は、常に命を懸けて望まなければいけない。
 
 それでも、不安そうなフェリに二人は頷いたのであった。




 イヤー、リアルが忙しく一週間投稿が恒例になっちゃいそうです。遅筆ですいません。
 メイシェンルートには皆さんスルーでしたね……これはフェリともっと絡ませろという天啓っ!? いやすみません。これ以上増やしてどうするって感じですよね。
 感想、ご指摘等待っています。
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