鏡の国戦記〜EPISODE MIRA〜第一部(2/14)縦書き表示RDF


鏡の国戦記〜EPISODE MIRA〜第一部
作:亜玲



第二話 出発



「どっれにしようかな〜」


鼻歌など歌いながら、玉吉は学校に着ていく服を選びはじめた。

自分専用のこれまた鏡つきクローゼットをあけると、そこにはずらっとダンディ服が並んでいた。

ダンディ服――黒や茶、カーキなど落ち着いた色を基調とした服を、玉吉は勝手にこう呼んでいた。
そのダンディ服にはどれも皺一つなく、執念すら感じるほどしつこくアイロンがあてられている。

玉吉は、背中に巨大なハンコのついたシャツをとった。それは玉吉が、ダンディズムを極めることを目的に密かに結成した同好会『カテキン会』リーダーの証―─お気に入りの一着だ。

「玉ちゃーん! 本当に遅刻しちゃうわよー!」

「え?!」

今日は少しポージングに夢中になりすぎたようで、気が付けば時計は7:55をさしていた。

「まずい! 遅刻なんてしたら、ダンディーな俺のイメェジが……!」

慌てて部屋を出る。が、その前に、壁にはってある『玉ちゃんの軌跡』をチラ見するのを忘れない。

「やっぱり俺って……キマってるよな!」



慌てて家を出た玉吉は、カロリーメイトをほおばりながら、南8丁目駅に続く坂道を全速力で駆け下りた。

中途半端に長い髪は、ろくに整える時間がなかったせいで、風をきるたびどんどん乱れていく。

『ん? 何か皆俺のこと振り返ってないか?! やっぱり俺、イイ線いってんのかも!』

勝手に喜び、心の中で小踊りする玉吉。しかし、周りの人が釘づけなのは顔ではなく。


なんと、玉吉のまばゆい後頭部だった。


自分では気付いていないのだが、玉吉の後頭部には、将来が危ぶまれる程度には開けた空間があった……一般的に言うところの『薄毛』だ。

しかし、いつも鏡では自分の前面しかチェックしない玉吉は、ちらちらと自分に送られる視線を、なんとも都合良く解釈していたのだった。


駅についた玉吉は、息を切らせながら地下鉄に乗り込んだ。今日も早朝の地下鉄は混み合っていて、空気がじっとりとしている。
玉吉はなんとかうまく体をひねりドア近くのスペースを確保した。

「ふぅ……」


とりあえず呼吸も整いしばらくたったとき、突然、玉吉の腰の辺りに、誰かの手がふれた。あくまで偶然である。

『痴漢……いや、痴女か?!』

ナル的思考回路で勝手にそう結論づけた玉吉が、怒りと軽蔑の入り交じった顔で振りかえると、それは……


『え、く、黒原さん?!』



そう、てっきりその手のたぐいの者かと思って玉吉が振り向いた先にいたのは、藻下蘭高校3年F組のクラスメイトである黒原魔珠(くろはら まじゅ)だった。


その名の様に真っ黒な髪に縁取られた魔珠の顔は血の気が無く、全身がガタガタと震えている。今にも倒れてしまいそうだ。

実は魔珠はかなりの潔癖症かつ男嫌いで、偶然とは言え多少汗ばんだ男の体に触れてしまったことへの恐怖と衝撃に震えていたのだが、そこはちょいナル玉吉。彼の目には、魔珠の様子は、自身に都合の良い解釈しかされなかった。


『へぇ〜確か男嫌いって話だったけど、意外と大胆なんだな黒原さんって。いつもおとなしいから、もっと控え目な子かと思ってた。何もそんなに怖がらなくてもいいのに……俺の体に無断で触れてしまって畏れ戦いているんだろうけど、俺はそんなに心の狭い男じゃないよ? だって俺から発せられるフェロモンは女性を皆虜にしてしまうんだからね。だけどこんな大人しい女の子でさえ欲望を抑えられなくなってしまうだなんて……ふっなんて俺は罪な男なんだ。世の女性は皆俺のオーラに浄化されてどんどん美しくなるがいいさ!』


上記の科白は玉吉の脳内で僅か5秒の間に紡がれた言葉である。

瞬時に此だけ考え付くのだから、どうやら玉吉の頭脳はなかなか優秀な様だ……否、単に彼の思考回路が常に自身の美貌(勿論本人曰く)に向けられているだけである話なのだが。


まじまじと魔珠を見る玉吉。がたがたと震える魔珠。流れる微妙な空気。

次の駅─―そんなどうしようもない事態に終止符をうったのは、玉吉の友である比奈野獅子浪(ひなの ししろう)だった。

彼はどういう訳か、いつも利用している駅ではなく、この市一番の歓楽街への入り口である《進木野(しんきの)駅》から乗ってきて、ちょうどよく二人の間に滑り込んだのだ。
魔珠にはさぞかし獅子浪が勇者に見えただろう。

軽く挨拶を交わしたあと、地下鉄のドアに映る自分を眺める玉吉を軽く無視して、獅子浪はそっとため息をはく。

『どーでもいいけど、後頭部を俺の顔に近付けないでくれ……あぁ、そんなことより今日も探したのに、いなかったな……ひよこ。探してるうちに朝になっちまった』

茶に染めた無造作系長髪と、どこかきつい目付き、180越えの長身を包む服装を見ると、ホストと言う言葉しか浮かんでこない獅子浪。

しかし、そんな見た目を激しく裏切って、彼は小さくてふわふわしたものが大好き。

どうやら最近は、一度学校でみかけた愛らしいひよこをもとめ、進木野近辺を捜索中の様だ。


「まもなくー皇平(こうだいら)ですー」

どこか間延びしたアナウンスが、藻下蘭高校もよりの皇平駅への到着を告げた。混みあう地下鉄を降り、二人は並んで歩きだす。

『さっきのこと話したら、黒原さん変に噂されちゃうよな。ここは俺の心の中だけにしまっておこう。かわいい小羊ちゃんのしたことだ! フッ、俺、格好いい〜!』
「……何?」

「いや、なんでも」

髪を掻き上げ、怪しげに思い出し笑いをする玉吉を見て獅子浪は、

『またいつもの勘違いナル病だろう……ほっとこう。相変わらず深刻な頭のくせに、考えることは能天気なやつ』 

と、思ったのだった。実はひよこ好きの心優しい青年獅子浪。可哀相に、彼も、ちょいナル玉吉に人生を狂わされた犠牲者の一人なのである。



魔珠が、人生最大級の体力を発揮し、駅から教室まで30秒と言う速さで猛ダッシュしていたころ。

玉吉と獅子浪が学校に向かい歩いていると、それまで常識人だった獅子浪の様子が急変した。

『ひよこだ……ひよこの匂いがする!』

玉吉は、獅子浪の視線を追い、極上の笑みを浮かべた。

『比奈野……俺はこういう時のためにお前をカテキン会にひきいれたんだ!』



[続く]












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