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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

五部 中央大陸編

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九十章  魔王と七剣2



 複合結界によって分断された東の地。
 そこで行われていたのは、一方的な戦いであった。
 不動のパズズへと叩き込まれる、閃光の如き連撃が戦場の大気を震撼させる。間断なく、秒の時間において無数に叩き込まれるのは、一撃にて将軍級魔族でさえも無事では済まないであろう領域に迫る鬼人族の連撃。拳が、蹴りがパズズを容赦なく攻め立てる。

 時間稼ぎが目的であったが、既にこの場にいる者達はそれを忘れていた。
 この化け物を、パズズという名の魔王を打倒せねば―――自分たちが殺される。時間稼ぎなどありえない。目の前にいるこれは、その気になれば瞬き一つする間に自分たちを殺すことが可能な存在なのだ。

 拳の弾幕が瀑布のようで、呼吸すら忘れながらもその攻勢は激しさを増していく。
 緊張と焦燥を心で感じながらも、ライゴウとカルラの速度、威力は過去最高を記録していった。

「ライゴウ、カルラ!!」

 叫んだアルフレッドに呼応して、咄嗟に左右に散る両者。
 そしてパズズへと上空から落ちてくる岩の鞭。超重量のそれが撓りながらパズズの獅子の頭へと振り落とされる。打撃音を残して砕ける岩の鞭、それだけで終わらせない鬼人族の二人が霊白銀(ミスリル)で加工された手甲を握りなおして連撃を再開させる。
 既に二人が放った攻撃は軽く百を超え、二百を超え―――三百にも達しようとしていた。手甲の中で握りこんでいた手が傷つき血が流れ出る。鈍い痛みが拳から伝わってくる。二人の攻勢の合間に放たれるアルフレッドの魔法も直撃している。

 しかし、それでも魔王には届かない。
 一撃たりとも―――パズズには直接当たってはいなかった。

 魔王パズズは一見すればただの棒立ち。構えるどころか防御の姿勢すらも取ってはいない。
 それにも関わらず、三人の攻撃は全て弾かれていた。まるでパズズの肉体の前に壁があるかのように、傷一つつけることが出来ていない。

 理解できない。いや、本当は理解したくないだけだ。
 魔王パズズが無意識に流している魔力の膜だけで、七剣の攻勢を無効化しているということに。
 その膜は結界というほど大袈裟ではなく、魔力を使えるものならば自然と習得できるような基礎的なレベルのもの。故に単純なまでの格の違いを実感してしまう。現に悪霊の王は、退屈そうに欠伸までしている始末だ。

「なめるなぁっ!!」
「―――はぁっ!!」

 魔王へ対する恐れを感じた心はここにはない。
 戦う前に抱いていた心を心の奥底に閉じ込めて、それを迸る戦意に変えて放たれる乾坤一擲。
 渾身の力を込めた両者の一撃がついに魔王の魔力壁を貫き、その拳を肉体へと届かせる―――。

「痒い。痒いのぅ。楽しい。楽しいのぅ。良いぞ、もっと戦うがいい。もっと足掻くがいい。お主たちのささやかな抵抗がなんと心地よいことか」

 ライゴウとカルラの拳をまともに受けながら、侮蔑も露に嘆息していた。
 空いていた逆の手でさらに殴りつけるが苦もなく無く弾かれ、蹴りもまた同様であり、アルフレッドの援護魔法すらも霧散する。
 そして急激に身体が重くなる違和感。周囲を満たすのは数倍にも感じる重力。焼けた鉛の中に閉じ込められたと勘違いするほどの邪悪な空気が渦巻き始めていた。
 故に咄嗟の行動が一瞬遅れる。身体の疲労とパズズの僅かに漏らした熱風の圧力が二人の行動を阻害した。蠍の尾を軽く一閃―――ライゴウとカルラの二人ともをアルフレッドの位置まで弾き飛ばす結果となる。

 地面を転がりながらも反射的に立ち上がった二人だが、痛む脇腹。骨の二、三本は折れたかと推測するが、回復魔法をかけている暇はない。
 追撃を気にかけて前方のパズズを見据えるが、彼の魔王は七剣の方を見ずに上空を見上げていた。獅子の顔が歪み、ギリっと歯軋りを鳴らす。何事かと、思わず空を見た三人の視界に映ったのは―――遥かなる天空から墜落してくる数十もの巨大な彗星染みた隕石であった。

「―――あの、小僧めっ!! やりおったな!!」

 想定外な光景にあれほど余裕を保っていたパズズは初めて声を荒らげた。





 ▼


 複合結界によって分断された西の地。
 背後からの影法師(シャドウ)による奇襲は、見事に成功した。
 黒い錐がザリチュの肉体を穿ち貫いている光景を、アールマティは意識を切らすことなくじっと見つめている。そこには油断も隙もなにもない。戦いへ対する集中力は未だ保ったままの状態で、残心を忘れていなかった。黒い錐が消え失せ、力なく地面に倒れるザリチュを見ながら、それでも彼女の姿には代わりはない。

「……厄介な人間だ」

 そう言いながら胸を貫かれた筈の渇望の悪魔は平然と立ち上がると、身体についた砂埃を叩き落とす。まるで堪えていない姿に、アールマティは面倒な相手だといわんばかりに溜息を一つ。

「魔王が死んだふりってせこくない?」
「……先に奇襲を仕掛けてきたのはお前の方だろう。俺もそれに倣っただけだ」
「それがあたしの戦い方なの。真正面からドンパチは専門外なんだからさ、さっきので死んでくれたら楽だったのに」

 短剣を片手で弄びながらアールマティは淡々と語る。
 まるでザリチュのことなど眼中にない様子ではあるが、その眼は鋭く魔王の状態を観察していた。
 己の特異能力(アビリティ)で貫いた筈の胸から血は流れていない。それどころか、先程まで空いていた筈の大きな穴が既に塞がっていた。確かに致命傷にも等しいダメージを与えたというのに、今の姿を見ればそれも幻だったのではないかと勘違いしてしまいかねない。

 防御されたという訳でもない。幻だったという訳でもない。アールマティの感覚にはザリチュを穿った感覚が残されている。つまりはどうにかして傷を隠したのか、とも考えたが、それを即座に否定した。相対する魔王の様子は普通としか言いようがない。致命傷にも等しい傷を負っている状態には見えなかった。それならば考えられる候補は数えられるほど。その中でももっとも可能性が高いものといえば……。

「あんたの特性は超回復力?」
「……驚いた。一瞬で看破するか」

 導き出した答えを聞いたザリチュが道化の仮面で隠していながらも伝わってくる程大きい驚きを発する。それが正解だと魔王はあっさりとそれを認めた。

「正直に言ってもいいの?」
「どうせそのうちばれることだ。それに……わかったとしても取れる手段などあるまい」

 確かにそうなんだよね、と思わず胸中で舌打ちをする。
 アールマティの影法師(シャドウ)は非常に便利かつ優秀な能力だ。遠近中距離で活用できるし、その威力も人間相手ならば問題はない。多数でも少数でも相手取れる最優の能力の一つである。アールマティの力量も相俟って、対人戦において彼女に勝る者は数えられるくらいだろう。

 しかしながらその反面、攻撃の威力という面においては七つの人災でも最も劣る。単純な能力の差でいえば、アールマティよりもサイレンスの方が低いのかもしれないが―――あれは肉体だけで別次元の領域に達してしまっている。影使いと変わらない背丈でありながら、ヤクシャと肉弾戦が出来るくらいの馬鹿げた具合なのだから、その外れ方は理解出来るはずだ。

「お前の特異能力(アビリティ)は大方把握できた。素直に称賛しよう。お前は確かに俺たち魔王と同等の領域に足を踏み入れている」

 人間など塵芥。敵とすら認めていなかったザリチュの言葉は驚くべきことだ。もしも配下の魔族がいれば驚愕のあまり固まっていただろう。それほどまでに本来ならばありえない台詞であった。
 肝心のその言葉を贈られたアールマティは特に感じ入ることはなく、どうしたものかと次の一手を考えている。

「勝敗をわける要因は、お前が人間(・・)であったことだ。俺とは基本的な性能が違っている。それがそのまま戦いの趨勢を決めることになる」

 珍しくも饒舌なザリチュを前にして、アールマティは弄んでいた短剣を右の逆手に持つと腰を落とす。

「はぁ……本当に参ったね」
「ふん……同情はせんぞ。恨むならば人間に生まれた己を恨め」
「いや、そういうことじゃなくってさ。あの角を生やした鬼か包帯を巻いたちびっ子をあたしが相手にするべきだったかなーってね」
「……なんだと? どういうことだ?」

 見当違いの発言をするザリチュに呆れるアールマティ。
 そしてアールマティにちびっ子扱いされるデッドエンドアイにはあえて触れないようにしておく。 

「だってさ、あの二体、相当やばいよね? 遠くからだとわからなかったけど、見てわかったよ。なに、あれ……あたしでも精々相打ちにもっていけるかどうかってレベルじゃない」

 それはヤクシャとデッドエンドアイの危険性を肌で感じたアールマティの心の底からの本音。

「援軍はあてにできなさそう……というか、急いで救援に向かわないと下手しなくても死体になっちゃうし。悪いね、魔王さん」

 はぁっと心底しんどそうな息を漏らして影使いの姿が掻き消えた。
 注視していたはずの敵の動きを一瞬にして見失ったザリチュが周囲を索敵しようとする間もなく、冷たい金属が彼の五体を静かになぞった。そのあまりの自然さ、滑らかさに、ザリチュは身の毛がよだつ悪寒に襲われる。
 振り向こうとしたら急激に両足が言うことを聞かない。いや、ずるりっと肉体と両脚が別れを告げた。そして追撃として放たれた影の狼が地面よりその肉体に噛り付く。クチャクチャと咀嚼音を響かせて、魔王の身体は地面に映る影の中へと引き込まれていった。

 それを見送ったアールマティは、ヤクシャと戦っている鳳凰丸とティターニアか、デッドエンドアイと戦っているアルストロメリアとリフィアのどちらへ援軍に向かおうか考え始める。
 どちらにしろ危険な相手だ。一瞬悩んだものの勝算を見込むならば、アルストロメリア達と共闘したほうが良い。申し訳ないが鳳凰丸達には時間を稼いでもらおうと決断した瞬間―――戦闘前にザリチュがしたように、その場から大きく跳び下がった。

 急激に地面が膨れ上がり、爆発を起こす。
 粉塵がおさまった後、小規模なクレーターとなったそこにいたのは渇望の悪魔であった。恐らくは、渇望の悪魔であると思わしき存在がいた。ローブと仮面で姿を隠していたザリチュの肉体が白日の下に晒される。常にローブ姿で容姿は不明の魔王であるが、多くの人間の予想を裏切り、その姿は人間に近かった。身体中に不気味な罅割れが幾つもはしり、蜥蜴を連想させるような痩身ではあるが、ひ弱さなど少したりとも感じさせない。瞳孔が縦に裂け、爬虫類染みた冷酷な光を宿している。
 殺されかけたというのにその肉体に緊張や怒りは見られずに、弛緩さえしている。アールマティの影から逃れ、さらには気負っている様子もない。それだけで、人間に近い姿をしているからといって油断などするべき敵ではないのは明白である。

「無駄だ。俺の回復力―――いや、超再生力を侮るな。お前の攻勢では俺を殺しきることは不可能だ」

 アールマティを認めたからこそ、人間にこうまで押されている事を不服としていない。
 油断もない。慢心もない。侮ることもない。そこにいるのは魔王という称号に胡坐をかくだけの存在ではなく、冷静沈着に獲物をしとめる狩人が如き化け物であった。

 相手のあまりの再生力に次の行動を迷ったのは一瞬、それでも魔王にとってはその数分の一秒の時間で十分であった。ザリチュの眼光が鋭く光を放つ。響き渡る地震。揺らぐ大地。大震が地割れを引き起こし、その暗く黒い地下世界より這い出てくる巨大な地槍。目標へ向かってその切っ先が強襲する。
 群がる地の穂先が幾重にも重なりアールマティを圧殺していく。大震が治まった後に残されたのは巨大な土の槍で作られた大地のピラミッド。その頂点に平然と佇む影使いの姿。

「これは困った。あたしの想像以上に強いみたい。これはすぐに終わらせられないかな」

 アールマティもまたザリチュの力量を認めた。
 致命傷を負っても瞬時に再生させてしまう彼のことは厄介だとは思うが、普段ならば負ける気はしない。何度蘇っても殺せばいいだけだ。それに根負けしたとしても逃げればいい。だが、今回ばかりはそうはいかなかった。逆に、今の状況ではアールマティとザリチュの組み合わせは最悪ともいえた。延々と戦い続けることになる千日手。現状は他の七剣のもとへと援軍に行ける見込みは皆無に等しい。

 他に注意を払って、片手間に戦えるレベルの相手ではなく、油断すれば負けるのはアールマティのほうでもある。相手の再生力がどこまで持つのか不明だが、彼女にとって持久戦になればなるほど不利になる。
 しかし、そんな眉をしかめ活路を模索するアールマティを覆う黒い影。何事かと空を見上げれば、目を剥く事態となっていた。そしてそれはザリチュもまた同様であり、ポカンっと空に視線をあげたまま棒立ちとなる。

 それも当然。彼と彼女の視線の先。天空の頂より、星が落ちてきていたのだから。

「―――この圧力!? ふざけるな、お前か!! ヤクシャ!!」

 今の今まで冷静さを保っていたザリチュが、かすれるような叫び声をあげた。





 ▼




 複合結界によって分断された南の地。
 戸惑っていたのは一瞬で、戦慣れしたアルストロメリアは即座に気持ちを切り替えて、電光石火の突撃を仕掛けた。長身痩躯の身を重鎧で固めながらもその動きはキョウにも匹敵する。巨大な戦斧を掲げ、重い踏み込みとともに放たれる鋼刃。半円を描きながらデッドエンドアイの頭に振り下ろされた。

 真正面から受け止める気は微塵もなく、魔眼の王は軽く後退しその刃を回避する。避けたと同時に右腕をあげ頭をガード、鈍い音と衝撃が迸る。その正体はアルストロメリアとごく自然な連携で間合いを詰めてきていたリフィアの死角からの上段蹴りであった。
 両手で持っていた戦斧から片手を離し、アルストロメリアの掌が真っ直ぐとかざされる。それを悟ったリフィアは蹴りの反動を利用してその場から離脱、それを確認したアルストロメリアから数発の氷槍が放たれた。デッドエンドアイはその氷槍から逃れようとして―――体が動かないことに気づく。
 確認するまでもなく、それはリフィアが残した罠。両足が底なし沼のように土の中へと飲み込まれてゆく。阿吽の呼吸の連携ではあるが、デッドエンドアイに驚きはない。義理とはいえ長い間ともにいた親子という二人の関係は知っている。これくらいはするだろうという漠然とした予感はしていた。そんなことを考えながら迫り来る氷槍に視線をあわせると、紫炎が即座に召喚される。その炎は瞬く間にアルストロメリアの放った魔法を軌道上にて溶解させ、蒸発させた。

 眼前の、水蒸気が発生し視界を埋め尽くす中を直進し、既にアルストロメリアが踏み込んできていた。氷の槍が通用しないことを予想していたのか、彼女の行動に一切の淀みはない。
 遠心力をつけての凶悪な横一閃。その戦斧が噛み砕いたのは、魔王のすぐ横に出現した紫炎の障壁。盾にも見えるそれが、軽々と七剣第一席の戦斧を防いでいた。コンマ一秒の差を持って、ズンっと震脚の音が響き渡る。デッドエンドアイの背後にて拳を軽く添えた状態のリフィアが準備を終えていた。

「―――ぶっとべ」

 たっぷりと溜め込まれた力の解放。
 足から腰へ。腰から肩へ。肩から腕へ。最後に拳を伝って無駄なく発動される零距離からの寸剄が、魔眼の王の背を打ち抜いた。激しい衝撃とともに吹き飛ばされるデッドエンドアイだったが、くるりっと軽業師のように回転し体勢を整える。

永久凍土の地に潰えよ(プレス)

 遠距離から戦斧を振り上げ、落とす。大地を刃が噛んだ瞬間、デッドエンドアイを襲う超重力。彼女の肉体を大地へ叩きつけようと圧力を加えてくるだけでなく、身体の末端から凍り始めていく。

「原初の神々。無から産まれた混沌の女王。天の神、海の神、暗黒の神、愛の神。全ての時を、巨神を、魔神を、神々を―――等しく切り裂く大鎌を呼び起こす大地の怒りを聞け!!」

 動きを封じたデッドエンドアイへと照準をさだめ、朗々と謳うのはリフィア。

「砕けよ。砕けよ。砕けよ。我が眼前に立ち塞がるあらゆる敵意を打ち砕く氷狼の牙。赤の爆熱。金色の雷光。翡翠の極風。黄玉の大震。太古より最強を誇る、永久凍土の刃を振るえ!!」

 続くのはアルストロメリア。未だ氷の氷像となりかけている標的に向かってその魔法を発動させる。

大地の咆哮(ガイア・ゼロ)
永久凍土の断罪(ギロチン)

 デッドエンドアイの真下の地面が波打ち、出現した大地の巨槍が魔王の身体を貫きながら跳ね上げた。数十メートルも上空へと飛ばされ、視界がめまぐるしく変化していく彼女の目に映ったのは宙に浮かぶ理解しがたい巨大な氷の刃。直角三角形にも似た全長百メートルにも及ぶ断罪の牙。その氷刃が魔眼の王へと振り落とされる。
 刃が真紅の衣を纏った小柄な肉体に直撃し、そのままの勢いで大地へと叩きつけられた。それと同時に断罪の刃が砕け散り、きらきらと光を反射す幻想的な光景を作り出し―――砕けたそれらが数百の鋭利な礫となって地に伏せている魔眼の王へと雨霰と降っていく。凄絶な嵐となったそれが終わった後には、地面にうつ伏せとなって倒れこんでいるデッドエンドアイの姿が残されていた。

 二人の全力。渾身にして全身全霊の魔法が間違いなく直撃した。それを確信している。
 シンと静まり返る中で聞こえるのは、魔族と騎士団の互いの命をかけた戦場でのウォークライ。
 そんな中、ガリッと小さな音が聞こえる。それは地面に手をつきながら、魔眼の王が起き上がろうとする音であった。リフィアとアルストロメリアに一層の緊張が奔った。それもそうか、と魔眼の王は苦笑を漏らす。 

「……強いな、アルス。やはりお前は強い。流石は癖が強かったわたしたち(・・・・・)のまとめ役なだけはある」

 デッドエンドアイは、あれだけの攻撃をくらってなお、落ち着き払って立ち上がる。
 ぼろぼろになったのは真紅の衣装だけであり、かすり傷や軽い出血は見られるものの、致命傷と言えるような怪我は見当たらなかった。顔を覆う呪詛帯もまた、無傷の状態を保っている。

「あかん……なんや、こいつ。底がしれんで。うちらの王位魔法を二発喰らってろくなダメージがないって冗談やろう?」
「想像以上、ですね。時間をかけずに仕留める、というのは厳しいかもしれません」
「幾らなんでもこんなん予想できんわ。百年前よりどんだけ強うなってんねん」
「気持ちはわかりますが愚痴を言っても相手は倒せませんよ。口ではなく此方で語るべきです」

 リフィアの呆れ声に、アルストロメリアも同調せざるを得なかったが、気を取り直して戦斧を構える。もっとも撃震の魔女の気持ちもわからないでもない。魔眼の王の力量はアルストロメリア達が想定していたよりも遥かに高い。

 本来の予定ならば既にデッドエンドアイを倒し、他の七剣への救援に向かっている時分である。それが蓋を開けてみればこの現状。

「まぁ、慌てる必要はない。どうせこの魔族と人類の全面戦争は……茶番にしか過ぎん。最終的には、お前たちの勝ちだ(・・・・・・・・)

 二人の内心の焦りに気づいているのかいないのか、デッドエンドアイは相変わらず気安く声をかけてくる。しかも、その話の内容が、とても魔王が口に出すものとは思えない。人類が勝つなどと、断言する理由がまったくもって理解不能だ。 

「どれだけの人間の命が潰えるかは知らんがな。千か万か、或いはそれ以上か。オレにはどうでもいいことだが。勝利の要因となる者達は……もう暫しの時が必要か」

 肩をすくめる魔王の姿に、一瞬心が燃え上がる。
 命をかけて魔族と戦っている勇者達の命をまるで見ていない。空気のように軽く扱っているデッドエンドアイに、反射的に戦斧を叩き込みたくなるものの、ふぅっと深く呼吸をして冷静さを取り戻す。

 眼前の敵から注意を逸らすことなく、戦場全体の気配を把握する。
 騎士団と魔族は一進一退の攻防を繰り返しているようで、どちらかが大きな被害を被っているという訳でもなさそうだ。他の七剣はというと、まだ最悪な状況になっている者もいないようで、しっかりと気配も感じられる。それに、ほっと胸を撫で下ろしながら、全身に魔力を漲らせてゆく。 

「少しずつ削り切るしかありません。行きましょうか、リフィア殿」
「せやな。うちら親娘の諦めの悪さ、見せてやろうやないか」

 神聖エレクシル帝国最強の親娘が気合を入れなおして戦闘を再開させようとするものの、肝心の敵対しているデッドエンドアイが突如上空を仰いだ。
 その行動が罠とも限らない。だが、二人もまた反射的に空を見上げた。凄まじい圧力が、この戦場に降り注いできたからだ。

 三人の視界に映ったのは、蒼白い輝きを放って墜落してくる流星であった。


「―――あの、馬鹿がっ!! なんて真似をっ!!」

 眩いそれを見たデッドエンドアイは、これを発生させた存在に気づき焦燥感も露に怒鳴り声をあげた。





 ▼



 ピチャンっと水滴が滴る音がやけに大きく響く。
 鳳凰丸は額から流れ出た汗が地面にたてた音にビクンと身体を震えさせる。
 向かい合うこと僅か十秒。それだけの時間でどう足掻いても勝利の道筋がたてられないことを悟った。はっきり言おう―――ヤクシャは強すぎた。人間がどうだとか、魔族がどうだとか、そんな下らない範疇の枠組みに嵌っていない。大人と子供どころか、子猫と獅子並みの存在としての格が異なっている。

 隙あらば倒そうと考えていた己の浅はかに殺意さえ覚えてしまう。
 倒すどころか時間稼ぎさえも侭ならない。何故ならば、身体が戦うどころか動くことを拒否している。ティターニアもまた同様で、いや彼女は鳳凰丸よりなお酷い。魔法使いということもあり魔力を感知するに優れた直感が、どうしようもない絶望的な差をより明確に叩きつけてきていた。カタカタ、と杖を持つ手が震えている。鳳凰丸も、身体が震えるのをおさえるのが精一杯で、相棒を気遣う余裕すらなかった。

 だが、それでも彼女は神聖エレクシル帝国に全てを捧げた身。
 恐れるな、怖れるな、畏れるな。
 相手は不死という訳ではないのだ。斬れば血がで、倒せる存在なのだ。
 ならば、覚悟を決めろ。命を燃やせ。全力を持って、暴虐の悪鬼を抑えに回るのだ。

 上段に構えたオーガイーターを振り下ろす。
 鬼喰らいの別名を持つその剣から発せられる退魔の浄炎が渦巻いてヤクシャへと降り注いだ。
 直撃する寸前で、悪鬼はその炎を左手のみでかき消した。いっそ無造作とも言えるほどに適当に。今度は目くらまし目的ではなく、全力での攻撃であった。悪なる者達に絶大な特攻を発揮する炎が全く通用しないことに思考が止まる。次に鳳凰丸が意識を取り戻したときにはヤクシャは鳳凰丸の間合いの中へと踏み入ってきていた。
 反射にも等しい行動で目の前に現れた悪鬼をオーガイーターで斬りつける。ヤクシャは面倒臭そうに右手の掌を、迫ってきた両刃の剣に向け―――パキィン、と頼りない音を響かせ砕ける天下五剣。

「―――はっ?」

 鳳凰丸は目を大きく開き、目の前で起こった出来事が信じられないかのように間の抜けた声を上げた。
 くるくると宙を舞うのは半ばから折れたオーガイーターの刀身であり、やがてその剣先が地面へと突き刺さった。有り得ない。有り得るはずがない。遥かな昔より神聖エレクシル帝国を支えてきた鳳凰丸の一族の宝剣が、幻想大陸にその名を轟かせる炎の魔剣が、相手の身体を斬りつけただけで折れるなど。呆けて折れて地面に刺さっている剣身と、手に残されている折れたオーガイーターを何度も見やる。

 そしてそれが現実だと理解できた鳳凰丸は、ペタンっとその場に崩れ落ちた。
 戦う意志などもはやない。幼い頃からもっとも信頼してきたもう一つの相棒の哀れな姿に、問答無用で心を叩き折られた。せめて戦いの果てに折られたのならまだ違った。だが現実は非情で、鳳凰丸の剣士としてのプライドも根こそぎ奪い取っていったのだ。

「た、立って、鳳凰っ!! 駄目っ!! 諦めたら―――」

 動こうとしない鳳凰丸へ対して、必死になってティターニアが発破をかける。
 それにも全く反応しない相棒を助けようと魔法を放とうと、魔力を練り上げていく。それを見たヤクシャがつまらなさそうに一瞥。ただの眼光ではあるが、その結果は蛇に睨まれた蛙。集めた魔力は一瞬で霧散し、彼女もまた地面に尻餅をついた。その座り込んだ地面から広がっていく生暖かい水溜り。恐怖のあまり顔を伏せ、身体を丸める。

 戦意どころかもはや戦士ですらなくなった二人の姿を見下ろして、ヤクシャはそれは深い嘆息をした。いつもこうだ。いつだって、戦いにすらなりはしない。少し力を見せただけで、誰も彼もが恐怖に脅える。助けて下さい、と命乞いをする。戦いに狂う魔族でさえも、それは変わらない。将軍級魔族だろうが、魔人だろうが、配下の者達は常にヤクシャの機嫌を損ねないように動いている。

 つまらない。本当に心底つまらない。対等に渡り合えるのは、遥か太古より生きている同格の魔王のみ。彼は幻想大陸の産まれである。それ故に南大陸から出たことがない。そのため他の超越存在なる者達を見たことはなかった。

 それがつい先日、悪竜王と幻獣王の二人を見かけた時、身体が疼いた。
 内包する桁違いの存在感。戦ったとしても勝てるイメージが湧かないほどに悪竜王は強かった。これが、噂に名高き最強か、と身体の芯に痺れさえはしった。戦う前から敗北感を覚えたのは最初で最後にすると心に誓った。強い者と戦いたい。死力を尽くした戦いをしたい。いつか悪竜王イグニードを打ち倒す為にも死線を超える闘争に身を投じたい。

 今の彼にはそれだけだ。
 強き者との死闘を求め、求め、求め続ける戦狂い。
 それがヤクシャ。これこそが暴虐の悪鬼。

 故に今目の前にいる女二人など既に眼中になかった。
 彼の狙いは、影を操る人物。計り知れない力を見せ付けたその人物以外には興味のかけらすらない。

「そうだな。面倒くせぇ……考えるのは俺の性に合ってねぇ。一掃しちまうか」

 くはっと笑みを漏らした悪鬼は、両足を肩幅よりやや広げ、両手を空に向かって掲げる。
 ズンっと深海に移動したかと思わせる圧力が放たれ、鳳凰丸とティターニアが小さな悲鳴をあげて身体を丸めた。

暴悪暴水(ヤシャ)―――空よ、墜ちやがれ」

 彼の周囲に出現するのは蒼白く光り輝く数十の水玉。
 大きさはそこまででもない。数十センチ程度といったところか。それらが、ヤクシャの思考にしたがって、空へと超速度で浮き上がっていく。百メートル、二百メートル。空に立ち昇って行く途中に、その水玉は大きさを変化させていった。数十センチが一メートル。二メートル、三メートルと玉という表現が相応しくなくなった頃に、数十キロ以上の空の彼方へと到達した。
 煌々と輝きを放つそれが、ヤクシャの命令を実行する。上昇していた速度を遥かに超え、稲光にも似た光を発しながら、大地で行われている人類と魔族の戦場へと墜落を開始する。

 それに最初に気づいたのは誰であったか。いや、誰でも関係はない。
 あまりにも規格外すぎる特異能力(アビリティ)によって引き起こされた超常現象。
 その光景を見ていた戦場の人類も魔族も、皆等しく呆然と同じことを考えていた。

 即ち―――(ほし)が降ってくる。










 

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