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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

五部 中央大陸編

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八十九章 魔王と七剣




「くかかかかか。実に驚かされる。人の身にしてわしらと同じ超越領域に踏み込むか。大したものじゃ。自力では我らが部下が勝っているとはいえ、このままでは些か面倒な事態になるのは目に見えておるか」

 言葉通りの、神威の如き現象をその目で見届けながらも、獅子の容貌を嘲笑で歪めてパズズは微塵も慌てずに顎を片手で摩りながらそう言った。

 確かにこんな現象を目の当たりにすれば驚くなと言うほうが無理な話だ。それは如何に魔王といえども当然。いや、魔王という世界の枠組みから外れた化け物だからこそ、より驚きは大きかった。
 ここまで予想外の事態を目にしたのは何百年どころか千年近くなかったのではないだろうか。
 しかもそれが、取るに足らない人間―――しかも小娘と言ってもいい年齢の少女の手によって引き起こされたのだ。

 流石のパズズと言えど、こんな状況を予想できるはずもない。無論、ザリチュやヤクシャもまた同様だ。デッドエンドアイだけは何故か少しの動揺も見られないことが疑問ではあったが、些細なことだと斬り捨てた。

 人類と魔族の最終決戦。蹂躙して終わる程度のことだと考えていただけに、人類が優勢に場を支配している現状が未だに信じられない。しかし、それが現在の状況。幾ら否定したとしても、それが変わる事はない。

「まぁ、よい。久しぶりにわしも軽く運動でもするかのう」

 ズシンっと、パズズの巨躯が一歩を踏み出し大地を揺るがす。珍しくも自分から動き出そうとする悪霊の王を、意外なものを見たと目を大きく開き驚きを露にするヤクシャ。それほどまでにパズズが自ら行動しようとする様は滅多にあることではなかった。

 ましてやわざわざ彼が動き出さなくても、これだけの大規模な結界を維持するには相当な魔力、精神力を必要とするはずだ。発動者の気力がどこまで持つか見物ではあるが、それを待っていてはどれだけ魔族が削られるかわからない。
 それに倒されているのは兵士級魔族や騎士級魔族といった有象無象にしか過ぎなく、主力ともいえる将軍級魔族や魔人といって上位存在は未だ戦線には出ていない。

 それを考慮すれば放置しておいても魔族が優勢になるのは目に見えている。そういった予想くらい立てているはずだとは考えたが、それをわざわざ指摘して臍を曲げられては適わない。パズズの行動へ対しての返事として、ヤクシャは無言で足を踏み出した。ザリチュもまた、興味があるのか戦場を眺めていたが、魔王二体の行動に追従する。

  ただ、一人。デッドエンドアイだけは、まるで何かを待っているかのようにその場で静かに佇んでいたが―――ピクリっと何かに気づいたのか顔をある方向へと向けた。それはファティエル達がいるであろう遠方。そこから感じた懐かしい気配に、口元を緩める。

 そして戦場へと向かおうとした四大魔王は突如感じた悪寒から逃れるように、咄嗟に四方へと逃げ散った。ただの回避行動ではあるが、それは実に珍しい光景でもある。なぜならば、魔王という存在に傷を付ける事が可能な存在はそうそうはいないからだ。魔族の中でも魔王に次ぐ実力を持つ魔人が不意を突いた一撃を放ちそれが直撃したとしても、おそらくは薄皮一枚のダメージともいえないダメージしか与える事は出来ないだろう。
 それほどまでに他者とは格が異なる魔王が回避という行動をとる。言葉にすればただそれだけではあるが、それ自体が既に奇妙極まる選択であった。つまりはこれから来るであろう、何か(・・)は自分たちにとって脅威に値するのだと証明していた。

 魔王が飛び散った瞬間、一秒とおかずその理由が判明する。四方へと退避した魔王達を別つように、漆黒の影が地を奔った。それだけには留まらず、その影は急激に空に向かって伸びて行った。空に浮かぶ神々の聖域まで届かんとする勢いの影は、さながら黒いカーテンにして漆黒の結界。
 影の結界によって魔王達は東西南北それぞれに一人ずつ分断された。それと同時に魔王達は、先程の影による先制は、攻撃ではなかったことを悟る。即ち、自分達を孤立させることが本来の目的であったのだと。

 そして感じるのは二つの大魔力。
 ゆうに人間の限界を超えた力の発露に、警戒を崩さない魔王達。そんな彼らを無視して最初に発動されたのはリフィアの魔法であった。未だ魔王達を分断させている黒い影を土色の巨壁が覆っていき、続いてアルストロメリアの特異能力(アビリティ)が放たれる。その結果、彼女の氷が大地の魔壁をさらに固めていった。

 アールマティの影法師(シャドウ)を起点としたリフィアの魔法障壁による強化、さらにはアルストロメリアの絶対凍土による補強。三人の能力、魔法による三重結界。それに加えて、ファティエルの神々の聖域による上乗せ。これだけそろえば如何に魔王といえども破壊するのは至難の業。この結界によって彼ら魔王の共闘をしばらくの間ではあるが妨げる事が可能となる。

 これによって彼女たちの狙い―――それぞれの魔王達の首を狙った電撃作戦の条件が整った。

「ああん? こりゃ、何の真似だ?」

 直接自分たちを狙ってくるとは考えていなかったヤクシャは首を捻る。
 全く持って意味不明。それが今彼が抱いている疑問であった。確かに魔王を分断するというのは良い手だとは思う。それでもそれをして何の意味があるというのだ。確かにこの複合結界はそう易々と破壊することは出来ないだろうが、見た限り数分もかからず打ち破ることは可能である。即ち、それをさせないためにも彼ら魔王をそれぞれ抑える戦力が必要となる。だが人とは異なる規格外の化け物達を相手取ることが可能な存在が、人類側に果たして何人いるか。
 海岸線で見た影を操つる特異能力(アビリティ)を持つ者は十分に警戒に値する。それでも、それほどの力量を持つ者が何人もいるとは考え難い。もしも複数人いるならば、魔族はとっくの昔に絶滅の道を歩んでいる筈だ。むしろそんな連中がウヨウヨしているならば、ヤクシャとて南大陸にこだわらず、出奔している、という話だ。

 ヤクシャの思考を遮るように、彼の視界を遮る爆熱の渦が襲来した。炎の熱波が暴虐の悪鬼を飲み込み焼き尽くす。しかし、炎が治まった後にそれの標的となったはずのヤクシャは何事もなかったかのようにその場に佇んでいた。
 先程の影による攻撃とは雲泥の差。防御も回避も必要ないと感じたが故に不動。事実ヤクシャの身体には傷一つはおろか、軽い火傷さえも見当たらなかった。

 だが、それを放った張本人はそれくらい予想通りのことであり、本命は次なる一手。
 ヤクシャの視界を遮るのは一瞬でもよかったのだ。パキリっと急激に空気の温度が下がっていき、気づいたときには彼の足元が氷で覆われていた。その氷が凄まじい勢いでヤクシャの肉体を凍らせてゆく。数秒もたたずして、魔王の巨体は氷の彫像と化した。さらにその氷の彫像を包み隠すように荒れ果てた大地が盛り上がり押し潰していった。
 ヤクシャを中心として十数メートルの小さな山となったそれを見ながら、鳳凰丸とティターニアは安堵の息を漏らす。

「……内心はヒヤヒヤものだったが、なんとか上手くいったか」
「うん。アルストロメリア様の予想通り、油断してたっぽい」

 アールマティの攻撃ならともかく、恐らくは七剣レベルの攻撃では魔王を倒すことは難しい。それは如何に七剣の第二席と三席の二人でも変わらない。だからこそ、最初の鳳凰丸の奇襲は、油断を誘うためのもの。油断を誘い、ティターニアの複合属性による封印結界で動きを封じる。長時間は無理だろうが、人類側の最強戦力であるアルストロメリアとリフィアが魔眼の王を倒すまでの数分の間、時間を稼ぐことが出来ればそれでいい。これにて、二人の目的は達せられたように思われた―――が。

「油断? つまんねぇことを言うなよ。テメェらが蟻ンこを潰すとき、そんなもん考えることあんのか?」

 鳳凰丸ともティターニアとも異なる第三者の声が響き渡った。
 誰の声だ、と現実逃避したくなる二人ではあったが、本当は理解できている。この声の持ち主が一体誰であったのか。地獄の鬼すら逃げ帰る、幻想大陸最強の悪鬼。暴虐の限りを尽くし、死闘を求める戦狂いの鬼の王。悪水の超越者。

 魔王ヤクシャにとってはこの程度の封印結界など児戯にも等しい。
 何十にも結界を張ろうとも、それが薄紙では全く効果はないのと同様に、彼にとっては自分が封印されたという意識すら持っていなかった。

 ドンっと激しく空気と大地を震動させる衝撃音が鳴り響く。
 地震にも似たその揺れに、ティターニアが顔を青ざめさせた。

「……うそっ。たった一撃で、半分(・・)は持ってかれた」
「ば、かな―――」

 ティターニアの呟きに、相棒の力量を知っている鳳凰丸も悲鳴染みた声を上げようとして、連続して響き渡る爆撃音。

 パキィンっと硝子が砕ける頼りない音を残して、目の前にあった小山が粉砕された。
 宙を舞っていく土埃。それらが地に落ちた後、右拳を前に突き出した格好で、元いた場所から全く動いていないが、どこかつまらなそうに落胆の表情を隠そうともしていないヤクシャだけが残されていた。

 空気が震動しているのは先程の結界を破壊した残響だけではなく、ヤクシャが戯れ程度に力を出した際に漏れ出た余波による影響に過ぎない。
 それだけでも明らかに格の違いを理解出来る。魔人や将軍級魔族でさえも赤子にしか見えない絶対強者。魔王という名の正真正銘の大災害。

「俺は影を操ってる奴とやりあいてぇんだよ。わりぃな、テメェらじゃ……前座にもなりゃしねぇ。速攻で終わっても恨むなよ?」

 目の前にいる二人の七剣に心底興味がないのか、平坦な口調でヤクシャはそう語った。





 ▼





「……なかなか面白い作戦じゃな。わしら魔王を各個撃破するのが狙いか」

 周囲を障壁で囲われた状況に、周囲を見渡しながらパズズは冷静な口調で呟いた。だが、呟くにはやや大きい。それはまるで他の誰かにわざわざ聞かせようとしている様子でもあった。 
 いや、実際に聞かせるようにしていたのだ。パズズの前方―――随分と離れた位置には何時の間にか三人の人影を見つけており、その三人に気軽に声をかけるようにしての発言だった。魔王に対して僅か三人。されどその三人は……七剣に数えられる神聖エレクシル帝国の超精鋭。

 七剣第四席―――ライゴウ。
 七剣第六席―――アルフレッド。
 七剣第七席―――カルラ。

 幻想大陸に於いて人類で見れば間違いなく上位に位置する猛者達ではあるが、緊張を隠せずにいた。
 相手は魔王。幻想大陸に君臨する絶対強者。彼らに勝るものなど、噂に名高い竜王種くらいであろう。実物を前にして、不退転と決めていた強固な決意はあっさりと揺らぎ始める。
 強者であるからこそ嗅ぎ取れる、絶望的なまでの埋めがたい差。それを明確に肌で感じ取っていた。

 未だ戦端すらしていない。ただ遠くの距離からにらみ合っているだけだというのに、自然と呼吸が荒くなっていく。まるで海の底にいるかのように身体の動きが鈍い。指先に震えが奔り、神経が繋がっていないのではないかと錯覚してしまいそうであった。

「わしを、魔王を相手に貴様らのような小童が僅か三人か。人類も相当追い詰められておるようじゃな。まぁ……魔王が連合を組むという時点で貴様らには同情せざるを得ぬが」

 人類とはかけ離れた風体をしているだけに、彼の口からそのような言葉が出てくるのがより一層異様に思えるが、三人はその言葉にも油断することなく如何なる状況にも対応できるように集中力を高めている。

「貴様ら人類で見れば相当な使い手であるとは理解できる。それでもわしを倒せるとは正直思えぬが……捨て駒か?」

 七剣など眼中にない、とばかりにパズズは自分の考えに没頭する。
 隙だらけの姿を見て、それでも踏み込めない。近づけば一瞬で殺される。そんなイメージしか連想できないほどに目の前の魔王は強大で凶悪すぎた。

「わしを前にして絶望しておらぬ。戦意もある。希望を捨てていない。捨て駒と称するには少々おかしい。だが、わしを倒そうという気概も―――見て取れぬ」

 ライゴウ達を見据える獅子の瞳がギラリっと光らせる。
 その発言に、七剣達は内心の驚愕を隠し切れない。それもそのはず、アルストロメリアから与えられた役目は時間稼ぎだ。パズズの言うとおり、魔王撃破の任務は受けていない。三人の気配からそれを瞬時に読み取るなどそう易々と出来ることではないはずだ。化け物、と称されるに値する容貌ながら、悪霊の王は読心術が如く、此方の作戦を読んでいく。そこには確かに知性の光を感じさせた。

「主力は別にあり―――そちらが魔王を倒すまでの間ワシをここにとどめて置く。つまりは時間稼ぎが貴様らの目的か。本命は、アルストロメリアとかいう小娘。次点で、先程影を操った人物かのぅ」

 しかしながら、ここまで看破されるとは思わなかった―――それが三人の本音であった。
 力に溺れた化け物であったならば、まだ戦いようがある。だというのに、僅かな情報の断片でこれほどまで正確に物事を読み取れるのか。

「貴様らの大方の作戦はわかった。まぁ、それに少しは付き合ってやるとするか」

 パズズが笑いながら三人のそう告げると、気軽な動作で手招いた。ライゴウやカルラ、アルフレッドはその発言に、ギョっと驚きを露にする。
 人類側の作戦に気づきながら、わざわざそれに乗るというパズズの言葉に理解できないし、信用も出来ない。そんなことは彼もわかっていたのだろう。顔に明らかにわかる嘲笑を浮かべながら言葉を続けた。

「クカカカカッ。安心するが良い。わしは本気など出さぬよ。出せば一瞬で終わってしまうのは目に見えておる」
「……何を考えている?」

 低い、唸り声にも聞こえるライゴウの問い掛けに、パズズは蔑んだ笑みを消すことなく答える。

「なに、たいした理由などないぞ? 単純に人類(ムシケラ)の足掻きを見たいのだ。その果てに訪れる貴様らの絶望が。恐怖が。後悔が―――ただ見たいのじゃ。本当にそれだけの為だ」

 愉悦を乗せて、パズズは語る。
 事実、彼にとっては本当にそれだけの理由しかなかった。パズズが人類をムシケラと呼んだのは、人類に対して全くの脅威を感じていないからだ。
 恐れる理由も何もない。だからこそ、人類の精一杯の反抗に付き合ってやろうという、彼にとっては戯れであった。

「一寸の虫にも五分の魂と言うが、意地や根性程度でどうにかなる差ではないことを教えてやろう。のぅ―――人類(ムシケラ)どもよ」










 「……厄介な結界だな、これは」

 自分の周囲に広がる結界を見渡しながらザリチュは独り語を漏らした。
 氷に覆われているそれに近づいていき触れてみると、パキィっとした軽い衝撃が手に伝わってくる。結界から手を離せば、一瞬触れただけだというのに掌が薄く凍り付いていた。
 その結果に、破壊することは可能だが時間がかかることを理解する。恐らくは他の魔王も自分と同じように分断されたと思われるが、果たして自身はどう動くべきなのだろうか。

 はっきり言ってザリチュには他の三体の魔王に対しての仲間意識など微塵もない。
 人類を滅ぼすために同盟を組んだ身ではあるが、その気になれば彼と配下の者達がいれば幻想大陸の人類など滅ぼすことは可能である。それなのに同盟を組んだわけは、他の魔王と敵対するよりは一時の同盟者として行動したほうが利をもたらすからという単純な打算からだ。

 そんなザリチュにとって、他の魔王を心配する理由などある訳もない。
 もっとも仮にも魔族の頂点に立つ者たちが、人類に後れを取るなど有り得ないという考えの方が大きいというのもあった。

 とは言っても、ここで結界が解除されるまで待っているのも芸がない。
 何もしないでいて、後でヤクシャにあれこれ言われるのも面倒だと感じたザリチュも、とりあえずの行動を開始しようとして―――俊敏な動きでその場から飛び退いた。
 彼にあったのは、簡潔に言えば得体の知れない直感。このままそこにいるのは、危険だという意味不明な焦燥感。魔王と呼ばれる彼にとっては珍しいというか、本来ならば有り得ない予感であった。

 しかし、それがザリチュを救う結果となる。一歩遅れてザリチュが居た空間をなぞる短剣。
 避けられたことに若干の驚きを見せるのは、何時の間にか気配を微塵も感じさせずに現れていたアールマティだった。避けられるとは思っていなかったのか、まいったなぁ……と小さな呟きがザリチュの耳に届く。

「……俺の相手はお前か、小娘」
「……ん。まぁ、そういうことになったかな」

 渇望の悪魔と相対するは七剣第五席―――アールマティ。
 魔王たる自分の前にて、何の緊張もなく平常どおりの姿で佇む人間の姿に若干の違和感を抱く。それとは対照的に黒いローブを羽織り、白銀の仮面を被った魔王の姿を視界に捉えながら、あろうことかアールマティは欠伸を一つ。
 その余裕の姿にザリチュは警戒を強めていく。人類など取るに足りないと断じていたが、それは撤回せざるを得ない。気配があまりにも透明で薄いが、目の前にいるこの女は、これまで見てきた中でもとびっきりの強者。魔族でも比肩なき存在。魔王としての本能が、油断するなと告げてきている。軽く見積もっても魔人以上―――下手をすれば、魔王級(同格)
 そして、自ずと悟った。この女性こそが、影を操る特異能力(アビリティ)の所有者だと。 

「悪いんだけどさ、先に謝っとく」
「―――何?」

 突然の謝罪に、ザリチュの困惑と警戒が更に強くなっていく。それを気にも留めずに腰から引き抜いた短剣の切っ先を自分の敵となる彼に向けた。

「速攻終わらせないとマズイっぽいから、これで終わってくれると助かるよ」
「何を言って―――」

 アールマティの台詞と同時に返答をしようとしたザリチュの影が盛り上がり、黒い錐となって背後から彼の胸を貫いた。




 ▼






「……お前たちがオレの相手か」

 淡々と語るのは煉獄の魔王デッドエンドアイ。彼女と向かい合うのはアルストロメリアとリフィアの二人。どちらも間合いを取ったまま動こうとはしていない。
 本来であれば有無を言わさない奇襲にて、油断している筈のデッドエンドアイを撃破、出来ないにしろそれなりの傷を負わすことを考えていた二人であったが、それは失敗に終わる。
 煉獄の魔王には油断など僅かもない。張り詰めながらも丁度良い戦場の緊張感を漂わせ、アルストロメリア達を迎え入れた。

「……アルスやれそう?」
「……やれるかどうかの問答は既に終わっています。やるしかありません」

 デッドエンドアイの想像以上の化け具合にリフィアが僅かな弱気を見せながら問い掛ける。
 それに気負うことなく淡々と答えるアルストロメリア。普段と変わらない義娘の姿に頼もしいものを感じながら軽く拳を握りなおす。

「主戦力のお前たちがオレのところにくるか……少々予定外だな。狙いがザリチュかパズズであったならば、オレも面倒な真似をせずにすんだというのに、今回は賭けに負けたか」

 ぶつぶつと苦笑している魔王の姿に薄ら寒いものを感じながら、アルストロメリアは戦斧を構える。リフィアもまた全身に魔力を漲らせ、どのような事態にも対応できるように集中力を高めていく。

「悪いな、アルストロメリア。長い付き合いのお前にだが、オレも負けてやるわけにもいかない。まぁ、今のお前には何があってもオレを殺すことはできんがな」

 明らかにアルストロメリアを侮っている台詞ではあるが、何故かそれが気にならない。その言葉には全く侮りや、見下しなどの感情が込められていなかったからだ。逆に敵対者に対してどこか心配している節すら感じられた。
 それに加えて、デッドエンドアイの話した内容も意味不明である。長い付き合い―――とは一体何のことか。彼女が魔王と相対したことはたった一度だけであり、百年以上昔の魔王襲撃の折だけである。ましてやその時のデッドエンドアイと今の彼女はまるで別人と思わせるほどに気性が異なっている。百年の間で何かが変化したのか、少なすぎる情報の断片では推測すら立てる事ができなかった。
 そんなアルストロメリアの姿を見ていたデッドエンドアイは、どこか楽しそうに笑みを深く、口角を軽く吊り上げた。

「……もう暫しの時間が必要か。時間つぶしには丁度良い。来い、アルストロメリア。それに撃震の魔女。時間稼ぎに付き合ってもらうぞ」

 デッドエンドアイは両腕を組みながら、二人に対して静かにそう宣言した。


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