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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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八十四章 女神襲来4














「―――ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 悪竜の咆哮が大気を震動させ、原初の恐怖を呼び起こす。 
 それは恐怖を体現した怪物。遥かな太古の昔より、数多の英雄英傑勇者神邪神を退け屠り、世界(アナザー)をも滅ぼすことが可能な世界の理から外れた竜という枠組みをも逸脱した何か。

 咆哮と同時に天から降り注いできたのは、赤黒い三つの竜の顎であった。
 口を大きく開き巨大な牙を光らせて、その口ですらセルヴァに匹敵する巨大さで、まさしく世界を飲み込む暴食の魔竜さながらの脅威をそのままに女神へと牙を剥く。

 その雄叫びは物理的な衝撃波すら産み出し、女神の肉体をあらゆる角度から縛り付ける。
 遠く離れているキョウ達でさえ、心の臓を押しつぶされるかのような圧迫感をもたらすそれは、イグニードの威圧と魔力がこもった破滅的な竜の咆哮。
 尋常ならざる精神力を誇るキョウ達だからこそ、圧迫感を受ける程度で済んでいるが、もしもこの場にアトリ達がいたら気を失っていたことは想像に容易い。常人ならば、魂までも喰われかねない程に危険な類のものであった。


 己へと迫ってきた三つ首の巨顎に向けて、女神は届かない位置から硬く握り締められた右拳を軽く振り上げた。
 空気を打ち破る盛大な爆音とともに、三つ首のうちの一つが顎下を打ち抜かれ他の二つの首とは正反対に上空へとかちあげられる。しかし、その程度で他の二つが止まる筈も無く女神を大地ごと噛み砕く。周囲にばら撒かれる砂埃。巻き起こされる風圧。

 捉えたと誰もが確信した瞬間、砂埃が一掃される。
 大地に喰らいついているイグニードの二つ首の真上に、浮かび上がるようにして逃れている女神の姿があり、今度は開いた掌を地面に向かって振り下ろした。
 轟、と鼓膜を震わせる激音が高鳴り、悪竜の二つの首に大質量の何かが降り注いでいく。押し付けられた大地がビキビキと悲鳴をあげて罅割れ、幾つもの地割れを作っていった。

  
 あまりの圧力に彼の肉体を覆っている赤黒い鱗がピキリっと欠け―――しかし、唯一自由な悪竜の頭が強烈な一撃を上空から重力と体重を乗せて叩き込む。
 容赦なく降りぬかれた巨大な竜の突撃に、女神の肉体が遥か彼方へと吹き飛ばされ、一体どんな原理か不明だが空中にて両手両足をブレーキにして空気を削りながら着地。そして左手を前方にかざし、ぐっと握り締める。
 悪竜の巨躯を中心にして圧縮されていく大気。空間が捩れていく神業を前にして、イグニードは爬虫類染みた赤黒い瞳を爛々と輝かせて大気と大地を揺るがす竜の咆哮を放つ。

 まるで硝子を引っ掻いた不快な音を立てて、両者の不可視の圧力が拮抗。
 だが、それも僅かな一時にしか過ぎなく、得体の知れない力の激突は相殺という形で消えていった。

 驚いた表情のエレクシルへと向けて、イグニードがその巨躯で進撃を開始する。
 僅か数歩で、遠く離れたエレクシルの下へと到達。振り払われた尾が遠心力を乗せてエレクシルへと襲い掛かり、その尾を片手で受け止めようと試みるも彼女の意に反してその衝撃は遥かに強大で、薙ぎ払われ再度吹き飛ばされた。
 先程の巻き戻しを見るかに思われた光景だったが、三つある頭のうちの中心が、ガパリっと大きく口を開く。彼の開いた喉奥から怪しい黒い光を放ち始め、やがて黒閃が世界を満たす。
 これまで以上の巨大さで、直径にすると数十メートルを超える黒い炎が一直線に突き進む。亜光速で放たれた破滅を齎す漆黒のレーザーは、的である女神に何か行動を取らせるよりも速く―――彼女を射った。

 無論それだけでは止まらず、地平線の遥か彼方までその光線は消えていき、やがて視界を焼く黒い閃光とともに大爆発が引き起こされる。どれだけ離れているのかわからないほどの彼方にて、天にも届くキノコ雲が確認できた。

 超高熱のレーザーブレスの影響か、ぶすぶすと口元を焦がすイグニードは、必殺の一撃を叩き込んだにも関わらず、油断も慢心もなく沈黙を保ち三対の瞳で遥か彼方を睨みつけている。


 轟音と爆発を背景に、ざっざっと地面を歩く音が確かに聞こえ、地面を一歩一歩踏みしめてくる者がいた。
 誰かと問うまでもなく女神エレクシルであったが、そんな彼女は些か不機嫌そうに唇を尖らせて眉を顰めている。その原因は恐らく今の彼女の状態のためだろう。

 女神の神心によって形作られたその衣服が、焼き焦がされてしまっていたからだ。ボロボロになっており、風が吹きつけただけで一部が崩れ、さらわれて行く。
 至るところから彼女の白い肌が見え隠れし、それが異性同姓問わずに人の目を惹き付ける。

「……全く。本当にたいしたものだよ、イグニード。数千年前と戦った時とはまるで別人じゃないか」
「―――俺がお前を殺すために何もしてなかったと思ったか? お前に敗れ、地に墜ちたあの時から無様にも生き長らえてきた俺の目的はただ一つ。お前を超えるためだ。お前を殺すためだけに、俺の生はあった!!」
「そうか。そうまでキミに想われていたか。嬉しくはないが、光栄に思うとしよう。もっともそれも今日限りだけどね」


 皮肉げに口元を歪ませて、エレクシルが片手をイグニードへとかざすと、女神の意思に従い彼女の眼前に顕現した数百にも及ぶ白色の槍が、悪竜を刺殺せんと殺到する。
 イグニードの三対の瞳が大きく見開き、そこから発せられる圧力が迫ってきていた白色の槍波を弾き、かき消す。されど、その圧力を突破した数十の槍が放たれた勢いそのままにイグニードへと迫り行く。
 咄嗟に掲げた前足の鱗に突き刺さる槍が、それでも勢いは止まることなく鱗を破壊し、内部の組織を崩壊せんと震動しながら潜り込んで行った。

 足から伝わってくる激痛に痛みの声も漏らさずに、その前足に突如として燃え上がる悪炎。
 轟々と、白色槍に刺された箇所を中心として燃え広がっていく黒い炎は、数秒もして跡形も無く消え失せる。突き刺さっていた数十の槍は悪炎に焼き尽くされたのか、夢幻の如く消失していたが、それが幻でなかったことを数十の風穴が証明していた。

 その隙を逃さずに、女神の肉体がイグニードへと躍りかかると、握り締めた右拳を一振り。
 膨大な衝撃波が、巨大な鉄槌となって悪竜王の横っ面を強かに打ち据えた。
 あまりの一撃に、巨躯を誇る彼の前足がガクリっと折れ地面に崩れ落ち土を付けると、その巨体に相応しい地響きを揺り起こす。次いで、空に渦巻く積乱雲を引き裂いて、天からの裁きが降り注ぐ。
 白色に輝く神の審判が、数百メートルの巨体を飲み込みその場で爆撃を繰り返し、幾度も幾十度も破滅的な破壊が悪竜を爆殺せんと襲い来る。

 しかしながら、その爆撃と爆煙渦巻く空間を断ち切る三条の黒い閃光。
 女神に向けて放たれた黒色のレーザーブレスが、女神の審判を潜り抜け―――彼女の小柄な肉体を容赦なく呑み込んだ。
 閃光に圧され、空中に浮かんでいたエレクシルは数百メートルは彼方に押し込まれるものの、受け止めた両手から噴出する圧力が、三条の黒閃を霧散させる。


「―――ふぅっ」


 人知れず、意識もせずに安堵の吐息を漏らすエレクシルの額から、つぅっと一滴の汗が額から頬、顎を伝い滴り落ちる。


 そんな彼女に追い討ちをかけるように、再度世界を遍く照らす黒い光。
 女神の視界を埋め尽くす数十メートル規模のレーザーブレスが、イグニードの喉奥から発せられ瞬きする間もなくエレクシルを押し流す。超高熱の大瀑布にさらわれて、女神がギリっと奥歯を噛み締めながら己の周囲に結界を張り巡らせた。数秒における黒閃に耐え切った彼女が、空中からゆっくりと大地に降り立つ。
 ぼろぼろになった衣服を新たに創造し直すと、珍しく油断もせずにイグニードの次なる一手を警戒していた。



「やれやれ、本当に驚いた。まさかボクとここまで渡り合えるようになっているとはね」


 飄々と、余裕を垣間見せる女神だったが―――実は彼女は見掛けほど余裕があるわけではなかった。
 その理由としては大きく分けて二つ。

 一つ目は、やはりイグニードの全力が、彼女の想像を遥かに超えていたことだろう。
 かつて戦ったことがある相手。ある程度の力量は把握しており、苦もなく一蹴できると踏んでいたが、蓋を開けてみれば現在のこの状況だ。もっともこの状況を、流石のエレクシルでも予想するというのは不可能であっただろう。何故ならば、基本的に竜種という存在は大きく力量を変化させることは珍しい。生物として強すぎるが故に、己を鍛えるという行為を行わない。行う必要も無い。特にイグニード級となれば、軽く万を超える年月を生き抜いてきた彼が、今更どうしてここまでの成長を果たすことができると想像できるだろうか。ましてや、女神と渡り合えるほどの伸び代が存在したことも驚くべき点だろう。

 二つ目は、エレクシルが手負いであるということだ。
 確かに彼女は神という名に相応しい存在である。超常にして、頂上に住まう生物。しかしながら、彼女の力も無限、という訳ではない。故に、戦闘開始時に受けた―――必滅呪詛のダメージは眼に見えないだけで確実に蓄積していたのだ。外見にこそ現れていないが、キョウの攻勢は決して無駄ではなかったということだ。

 
「くっ―――ふへへへへ。ど、どうしたよ、エレクシル。お前の力はこんなモンか? 俺一人殺せない程度が、お前の全力かよっ!!」


 対してイグニードは、激しく息を乱しながら、その四肢を大地に打ち付ける。
 もはや隠しようがないと判断したのか、悪態をつきながらも必死で呼吸を整えようとしていた。
 女神を多少なりとも疲弊させた悪竜であったが、両者を外見だけで優劣をつけるとすれば、優勢なのは誰が見てもエレクシルの方である。傷一つない彼女と違って、イグニードの巨躯は至るところに無視できない傷が見受けられた。
 前足に空いた数十の風穴に、三つ首の鱗は所々が欠けており、先程の爆撃で全身の鱗が砕け散り裂傷を負っている。

 僅かな対峙であるが、イグニードは追い詰められていた。
 無理もない話だ。これは順当な戦いの結果だ。
 いや、むしろ彼だからこそここまで拮抗した闘争を行うことが出来ているのだ。もしも彼以外が女神と戦っていたならば如何に竜王種でも、魔獣王種だろうが、魔王であったとしても―――女神の最初の一撃で勝敗は決していた。

 
「虚勢とはいえ、繰り返して言うけど実にたいしたものだよ。うん、本当に素晴らしい。でも、いい加減に飽きてきたかな。そろそろ終わらせようか」
「―――くははははっ!! その言葉、そっくり返してやるぜ!! お前との因果をここで終わらせてやる!!」


 女神が白色の輝きを、悪竜が黒い炎を身に纏い、両者ともが互いに吶喊する。
 二人が交錯する寸前で、先手必勝とばかりにエレクシルが宙を断つ手刀を放った。
 ぶわりっと死の香りをばら撒く縦一閃の神刃がイグニードへと襲い掛かり、対する彼は三対の瞳を輝かせ圧壊能力を発動させる。女神の肉体を大地に叩きつけるが、彼女が放った巨大な神刀はその圧力を切り裂き、イグニードへと到達した。
 慌てて右前足を盾とするが、黒い炎を纏った前足によって辛うじて軌道を逸らすことに成功はしたが、その犠牲として彼の右前足は真っ二つに両断され、皮一枚で繋がっている状態であり、そこから流れ落ちた鮮血が大地を海のように汚す。

 腕一本を生贄にして女神の攻撃から逃れたイグニードは、苦痛の声をあげることもなく大地に押し付けられる女神に向かって無事な左前足を叩き付けた。何度も何度も叩きつけ、その度に大地が地震を起こし、陥没していく。
 地中深く埋もれたエレクシルに向けて、三つ首から放たれるもはや何度目になるかわからない黒色の息吹。大地さえも融解させる圧倒的な超高熱高温の破壊の閃光が放たれ、地面に底が見えない大穴を空けた。


 まるで地獄に続いているかと思わせる深淵を覗かせる暗穴を造りだした張本人であるイグニードは、地ではなく三つ首で慌てて天を仰ぐ。彼の三対の視線の先、太陽光を背負って浮かんでいるのは女神エレクシルであった。真剣な表情と眼差しで地に立つ悪竜を見下ろすと、両の掌を彼へと向ける。

 これまでの比ではない、女神の本気というに相応しい圧力がビリビリと周囲に轟き渡り、遠く離れたキョウ達の肌さえ痛いほどに打ってくる。
 これは危険だと誰もが理解するものの、キョウ達では抵抗する術もなく―――。




「―――っ!!」



 三つ首の竜の顎が大きく開く。
 皮一枚で繋がっていた右前足だったが、僅かに再生したそれと残りの四肢で大地を踏ん張り、空中に浮かんでいる女神に口を固定する。三つの口蓋に展開される魔力障壁が、世界を満たし続けるマナを瞬時にかき集め、収束して行く。
 これまでのレーザーブレスとは一線を画す迫力を与えてくる光景に、宙に浮かぶエレクシルの眉がピクリと動いた。

 三つ首の顎に顕現した丸い三つの球体は、見る見るうちに巨大化していき、それに比例するかのようにイグニードの肉体が破裂音を上げ始める。黒球が発するあまりの熱量が、イグニードの強固な鱗すらも割り砕き、彼の肉体を焼き焦がす。

 そんな悪竜王の暴挙に、彼の標的となっている女神は―――ふっと笑みを零す。


 その微笑は、果たしてどんな感情が込められたものだったのか。
 嘲笑か。尊敬か。称賛か。はたまた畏怖か。それとも恐怖か。正か負か。どちらともわからない様々な感情が入り混じった不可思議な類のものであった。


 光よりも速く。
 ありとあらゆる全てを灰燼とする破戒の三閃が、女神の視界全てを支配し尽くした。
 一瞬の眩い閃光。明滅する黒球の砲撃。圧力さえも感じる光の奔流―――そして静寂。



「―――見事だよ。これが、褒美だ。さぁ、受け取れ」



 そして、イグニードは確かに聞いた。
 聞こえるはずの無い言葉を。一秒を数百に分割した時の流れの中で、その言葉は悪竜王の耳に確実に届いた。

 イグニードの砲撃を超える神の審判が、エレクシルから下される。
 天地を崩壊させるあまりにも強大すぎる閃光が、世界を白色に染め上げた。
 命中すれば島一つ消滅させることが可能なイグニードの黒色三閃を容易く消滅させたその審判の光は、地上で仁王立つ彼の肉体を飲み込み大地を融解させていく。景観さえも変えてしまうその審判は、時間にして数秒程度。

 それが治まった後には何も無かった。
 イグニードが作った穴よりもさらに巨大な―――もはや渓谷といっても差し支えない底の見えない巨穴のみが残されている。
 そして数百メートルの巨躯を誇る悪竜王の姿は、見渡す限りどこにもなかった。


 サァッと一陣の風が吹きつけ、舞っていた砂塵を彼方へと運んでいく。

 彼女の想像の遥か上を行っていたイグニードとの決着に、ふぅっと深い吐息を漏らす。
 まだまだエレクシルには余力があるとはいえ、相当に疲弊したのもまた事実。 




「全く。世の中は侭ならないものだね」




 地上を見下ろしたままの体勢で、エレクシルは愚痴を零した。
 そして、残された四人はどうなったかと思い、遠く離れている彼らの様子を窺うように視線を移す。
 この隙に逃亡したかとも考えていた女神だったが、彼女の予想を良い意味で裏切ったキョウ達は、逃げ出すことはせずに―――逆にエレクシルに向かって来ていた。
 悪竜と女神の争いを見ながら、それでもキョウ達には畏れも、怖れもなく、揺らぐことの無い闘争の意思を身体中から漲らせている。その姿に、抑え切れない喜悦と興奮が身体の奥底から湧き出てきた。 

 諦めを知らないその姿。
 恐怖を知らないその姿。

 全くなんて素敵なんだ。どれだけの力の差を見せ付けても、彼の心は折れはしない。
 愚直で、真っ直ぐで、でも愛しい。彼を愚かというなよ、有象無象。このボクと、この女神エレクシルと相対して、ここまで己を貫けるものなどいるものか。
 ああ、綺麗だ。ああ、素敵だよ、キョウ。誰よりも、何よりも愛しいんだ。

 うん。ああ。凄い。
 身体が疼くよ。ドキドキと。ズキズキと。
 キミと向かい合うだけで絶頂にも似た甘い痺れが身体に奔るんだ。

 さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。さぁ―――。


「邪魔は残りの三人か。キミと貪り合う前に終わらしてしまおうか―――」



 あはっと凄絶な笑みを浮かべた女神が、地上を這う竜女王の、幻獣王の、獄炎の魔女の姿を睨みつけ―――。











 


 




 

十六の災厄(ディザスター)ァァァアアアアアアアアアア―――!!」


















 女神の意識の外側から突如としてソレはやってくる。
 ギョっと驚きを隠せずに振り向けば、己へと凄まじい速度で突撃してくるイグニードの姿があった。人型に戻っている彼だったが、その姿は凄惨の一言だ。
 右手は半ばから千切れ、両足も原型を残していないほどにズタズタで、片翼が根元から消失している。右目も潰され、全身から流血しており、もはや無事な箇所を探す方が難しい。満身創痍の身でありながら、最後の力を振り絞り、黒い悪炎を全身に纏って女神へと吶喊する。完全な不意打ちとなったその攻撃に、エレクシルは瞬時に結界を展開するも、イグニードの肉体は容易くそれを突き破った。


 ―――力を使い(・・・・)過ぎた(・・・)


 先程の審判に己の力を注ぎ込み、瞬時に防御に回せるほどの力がまだ戻っていないことをエレクシルは悟った。
 普段であれば、如何にイグニードの特攻とはいえ防ぐことは出来ただろう。悪竜王の全力を凌駕するほどの審判を使わなければ、ここまで容易く防御結界を打ち破られることはなかったはずだ。


 ―――いや、まさか。


 ここまでが(・・・・)計算のうちか(・・・・・・)
 エレクシルが、愕然と頬を引き攣らせる。彼女の無敵ともいえる鉄壁の結界を如何にして無効化するか。女神の力は無限ではない。有限なのだ。それならば普段から身体に張り巡らせているそれに回す力を削げばいい。回す余裕を無くせばいい。
 全てがこの一瞬のため。この来るかどうかもわからない、一か八かの賭けにしかならない一時の為にイグニードは命を賭けた。全身に重傷を負いながらも。死すら怖れずに―――遂には賭けに勝ったのだ。



「―――ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」



 技術も何も無い。
 黒い炎を纏ったただの突撃。見苦しく、普段の彼からすれば想像も出来ない陳腐な攻勢。
 だが、それ故に速く、重い。
 風を焼き尽くし、空気を燃やし、狂える悪竜の吶喊が容赦なくエレクシルの肉体を打ち据えた。超速度で飛来した頭突きが、女神の身体を弾き飛ばす。

 臓腑にまで響き渡った衝撃に、ごほっと強く咳き込む。
 確かに強烈な一撃ではあったが、この程度で女神エレクシルをどうにかできると思ったか。
 そんな意味合いを込めて、最後の力を使い果たし地面に墜落していくイグニードを睨みつけると、何故か彼は笑った。己の命を賭けてまで行った大博打が失敗に終わったというのに、女神に対してたいしたダメージを与えられていないというのに、どうして彼は笑えるのか。



 女神の取りとめも無い思考を揺るがす大地震が揺り起こされる。
 何事かと視線を必死に動かせば、地震を巻き起こした張本人―――テンペスト=テンペシアが本来の竜の姿を取り戻し、エレクシルが吹き飛ばされる方角にて顎を開いて待ち構えていた。
 翡翠色に美しく輝く鱗が太陽光を反射する。その顎下には、鱗と同色の光球が光煌き、何故かそれがとてつもなく不吉に見えた。



「―――俺達が(・・・)、か。やって、くれるね―――イグ、ニード!!」




 地面に盛大な音を立てて墜落したイグニードに罵声をとばし、エレクシルが体勢を整えようと試みる。
 だが、そうはさせじとテンペストの光球が明滅し、放たれた。


「―――消し飛ぶがいい、エレクシル!!」


 滅亡の四風(アネモイ)と呼ばれる竜女王の最高最強の砲撃が、標的となっていたエレクシルを一寸の狂い無く呑み込んだ。その光球は、彼女の肉体を彼方へと吹き飛ばすことはせずに、女神の身体を球体状に包み込む。
 一体何が起きるのか、とエレクシルが疑問を頭に浮かべた瞬間、彼女を取り囲んでいた光の檻が数千を超える風刃と化す。周囲全ての風を巻き込み飲み込み、無風となったこの一帯で、それら全てを力へと変えた暴虐の刃が荒れ狂う。空気を斬る音が絶えることなく重ねて響き轟々と吹き荒ぶ。無限の連鎖を思わせる、テンペストの特異能力(アビリティ)の中でも対個人に特化した極限が、天上の支配者である女神を確かに捕らえて逃さなかった。


 だが―――。


 バキリッと風が軋む音がする。
 未だ止むことなく続いていた滅亡の四風(アネモイ)の球体の檻に穴が開く。
 初めは一箇所。やがて二箇所。続いて三箇所、と。
 まさか、と思った次の瞬間には―――テンペストが創りあげた風刃の檻は、ガラス細工のように砕け散る。パラパラと音を立てて地上に落ちていく天風の欠片は、大地に積もることなく淡雪の如く消えていく。

 テンペストの攻勢を無効化した張本人である女神は大きく息を乱しながら宙にゆらゆらと浮かんでおり、普段の超然とした余裕の表情は消え去り、テンペストの目にはどこか追い詰められている姿にも映っていた。


「―――ああ、まったく。もう、本当は剣士殿の前でこんな可愛くない姿は見せたくないんだけど、今回は特別だからねぇ!!」


 
 ナインテールの甘い声が、だが決死の覚悟が込められた台詞が響き渡る。
 超獣解放(メタモルフォーゼ)という言霊が幼い彼女の唇から漏れでた瞬間、ビキリっと大地が胎動した。
 テンペストの竜変化(ドラゴンフォース)にも匹敵する震動を呼び起こしながら、ナインテールの肉体が急激な変化を遂げる。人という殻を脱ぎ捨てて、真なる獣の王が本来の肉体を解放させた。

 キョウの眼前にて、視界を埋め尽くす金色の壁が姿を現す。風の流れがその金色の壁を靡かせて―――それが金毛だということに一拍して彼は気づいた。視界を上方へと向ければ、そこにいたのは赤の瞳を爛々と輝かせ、九本の尾を蠢かせる狐。実際の狐程度の大きさならばそれも可愛らしいものだが、今現在キョウの前に出現したのは、見上げねば視界に収まらないほどの巨躯を誇る化け物だ。身体の大きさならば、テンペストに勝るとも劣らない、つまりは全長にして数十メートル級の怪物の中の怪物。僅かに開いた口からはギラギラと鈍く光る、今のナインテールの巨躯に相応しい大きさの牙が幾つも見え隠れしている。

 そんな幻獣王が、九本の尾を逆立て一際強い眼光で空中に浮遊するエレクシルを睨みつけた。
 急激に上昇していく温度。キョウとディーティニアは肌が呼吸するだけで肺が火傷をしかねない熱量に息を呑む。肌を痛いほどに刺してくる熱波が旋風を巻き起こし、天を穿つ上昇気流を発生させた。



「釣りはいらない。遠慮なく受け取ってよ―――」


 発動者であるナインテールの金毛さえも焼き焦がす程の力の発動。
 如何に火を司る超越存在たる彼女でさえも、その身の限界を超える妖炎の顕現に、身体中の血液が沸騰していくかのような錯覚さえ感じさせる熱量が世界を満たしていく。


「―――大火神殺し(アメノオハバリ)!!」


 幼女形態の時に放った一点集中型の北国の大火神(アペフチカムイ)を遥かに凌駕する巨大さの火撃が、エレクシルへと向かって飛来する。しかも、九本の尾それぞれから放たれたそれは、どれか一つを取っても人間形態の時の威力を超越していた。合計九条の炎閃が、かつて神をも焼き尽くした神殺しの砲撃となって女神の視界全てを埋め尽くす。

 大きな舌打ちを一度したエレクシルが、迫り来る九条の紅の閃光に向かって右手をかざした。
 掌を握り締めると同時に空間が圧縮されていくものの、それで相殺できたのは五つの炎閃までで、残りの四本の火炎撃がエレクシルの肉体を呑み込んだ。

 されど、ここにいるのはやはり神々の中でも至強の極地に佇む女神エレクシル。
 遥かな昔に神々をも焼き殺した幻獣王の限界を超えた妖炎を真正面から受けながら、両手を突き出す格好にて見事に耐え切って見せていた。
 だが、これで終わらせるほど彼らは甘くはなく―――。


「瞬く星々。終わりにして始まり。始まりにして終わり。原始の時から時間を刻む悠久なる時の流れ。時空を歪めし荒々しき世界の胎動―――」


 朗々と謳うのは、獄炎の魔女。
 右手を空中に浮かぶ女神に向けて、左手で右手を支え、両足を肩幅に開く。
 死と終焉を告げる破滅的な祝詞を粛々と唱えながら、魔女の照準が逸れることなくエレクシルを捉えていた。

 その言霊を聞いたエレクシルが、これまで以上の驚きを表情に垣間見せ、どこか呆然とディーティニアを凝視する。
 彼女に収束していく膨大なマナにではなく、それ以外の何かに驚愕しているかのようであった。 



「―――凝固する天空。凍結する大地。三千世界に渡り、万物全てを貫く終光の槍。天地開闢に等しい我が力、とくとご覧じよ」


 ディーティニアの前方に出現した巨大な魔力障壁が収束機の役割を果たし、この周辺全てのマナを強奪し、略奪し、喰い尽す。 
 百メートル超にまで到達した破壊そのものが、紅蓮の大爆炎となって、ありとあらゆるものを真紅に染め上げる。


「なんで、なんで、なんで、キミがその(・・・・・)詠唱を(・・・)―――」


 あの女神が、取り乱したかのように叫び―――。




「―――天地終焉(スーパーノヴァ)!!」



 狂乱する女神に向かって、獄炎の魔女が到達した極限が解き放たれた。
 万物全てを灰燼と化す終炎の砲閃が、音も光も何もかもを後方に残して女神の肉体を破滅へと導いていく。 
 竜女王や幻獣王をも凌駕する、純粋な破壊にのみ特化した魔女の審判。獄炎の魔女が女神を討ち滅ぼすためだけに創りあげた魔法の究極。超越魔法と呼ぶ三つの魔法の中でも純粋な威力ならば最強を誇る天地終焉の破神の御技が、今ここに女神エレクシルの命を焼き尽くすべく全盛を発揮させる。


 エレクシルの肌を焼いていく天地終焉(スーパーノヴァ)の奔流に、彼女は残された力を使用して全力で防御を試みるも、その威力に反射的に歯噛みする。 
 幻想大陸創生時に戦った時のディーティニアとは天と地の差。あの時でさえ、怖ろしい程の威力を持った王位魔法を発動可能だったというのに、今回はあの時の比ではない。獄炎を通じて痛いほどに伝わってくる、女神を殺すという純粋な殺意と敵意。
 信じられないことに、イグニードによって削られた力は先程から回復していっているのだが、その度にその余力をテンペストに、ナインテールに、そしてディーティニアに奪われていく。



連続魔法(ダブル)―――」



 それでもまだ耐え切れるという女神の判断を覆す、ディーティニアの最後の切り札が解放された。




「―――天地終焉(スーパーノヴァ)!!」



 滅して、墜ちよ。弾けて、消えよ。
 これが、ワシの全力じゃ。
 長きに渡るお主との因縁。因果をここにて断とう。



 そんな言葉を魔法に乗せて、二度目の天地終焉(スーパーノヴァ)がディーティニアの手から放たれた。
 未だ天地終焉(スーパーノヴァ)の渦中にいたエレクシルを更なる猛撃が襲い掛かり、二度目の大獄炎が初撃に上乗せされる形となって女神を焼き尽くさんと燃え上がる。
 そんな理解の外側にある暴威に全身を晒されながら、女神は身体中の隅々に残された力を振り絞り、必死になって意識を保ちながら魔女の裁きが終わりを告げるのを耐え続けた。






 ああ、くそっ。なんだ、こいつらは(・・・・・)。何故、ボクの前にこうまで立ちふさがる。圧倒的な力量差を知りながら、体感しながら何故、こうまでしてボクの邪魔をするんだ。ボクはキミと遊びたいだけなのに。キミと一緒にいたいだけなのに。何故、それを許してくれない。何故、それを認めない。まるで、あいつら(・・・・)みたいだ(・・・・)。ボクからキミを奪った、愚か者達みたいじゃないか。くそぅ、ちくしょうっ。なんなんだよ、お前らは。なんで、ボクが、このボクが―――ここまで追い詰められているんだ。








 業火灼熱紅蓮の波濤をその身に受けながら、女神の思考が滅茶苦茶に、壊滅的に、破滅的に狂っていく。
 死の淵に立たされたが故に、彼女の思考は遥かな過日へと巻き戻り―――そして覚える違和感。














 ―――あ、あれ? あいつらって(・・・・・・)誰だ(・・)












 靄がかる思考。曖昧な記憶。過去を遡ることへの忌避感。
 あまりにも当たり前で、己を構成するはずの何か。よく知っているはずのその鈍い輝きを放つそれを思い出すことを、本能が、感情が、記憶が、何より心が―――拒否している。






















 ―――ボクは誰だ(・・・・・)









 とりとめもない思考のまま、女神は無意識のうちで獄炎の魔女の最高の超越魔法を防ぎきり―――次に明瞭な意識を取り戻した時には、あらゆる存在を焼失させる超炎の大瀑布は終わりを告げていた。今の彼女の姿形は、イグニードにも負けないほどに凄惨の一言。
 彼女の力によって精製された衣服は、もはや彼女の身体の数箇所を僅かに隠すだけしか残っておらず、それを新たに作り出す余裕すら現在の女神には残されていなかった。さらには新雪を思わせるエレクシルの白い素肌の至るところに裂傷ができ、真っ赤な火傷の傷痕が刻まれている。

 それでも、それでもやはり彼女は女神エレクシル。
 身体中に負ったダメージを、彼女の回復力が癒していく。だが、戦闘開始時の時のような必滅呪詛を一瞬で癒した瞬間的な回復ではなく、目に見えて緩慢な再生であった。負傷の規模が彼女の再生力を超えているのか。それとも単純にそちらに回すだけの力が足りていないのか。どちらの理由なのか不明だが、それは今更意味があることとは思えない。

 何故ならば、最後の一手が女神へと差し込まれたのだから。






 地面を連続して蹴りつける音がする。竜女王や幻獣王に比べればあまりにも小さな体躯が大地を駆け抜けていく。黒い衣服をはためかせ、不屈の闘志をその身に纏い。ただの人間であるキョウ=スメラギは、全力を出し切った四人の期待と想いを背に受けて、空に浮かぶ女神へ向けて疾走する。そしてエレクシルを確実に視認できる距離まで詰めて、キョウが足を止めた。

 居合いの体勢をとったキョウが、そこに感じる刹那の逡巡。
 果たして、この一撃で女神を打倒できるのか、否か。恐らくは、ただの必滅呪詛では不可能なのは間違いない。ならば、先程放った二度同時の必滅呪詛ならばどうか。それも、確信を抱くには程遠い。
 幾ら余力が少ないとはいえ、それでも相手は女神エレクシルなのだ。次の一撃が最後の機会なのは間違いはないだろう。これで決めることができなければ、キョウ達の敗北が確定する。何故ならば、キョウ達もまた、余力など殆ど無いに等しいのだから。
 イグニードはもはや戦闘に参加するのは絶対に無理なのは一目見て明らか。悪竜王抜きでは、女神と戦うなど夢のまた夢の話だ。さらには必滅呪詛の乱用に、天地終焉(スーパーノヴァ)の連続使用。もはや戦力に数えられるのはテンペストとナインテールだが、彼女達二人ではどう足掻いても女神とは戦いにすらならない。

 即ち―――これが最後のチャンスだということだ。


 迷いは一瞬。
 如何に不安要素があろうとも、長年修羅道をともに歩んできたこの技に、全てを託す。
 覚悟が決まったキョウの全身から、揺るぐことない剣気が立ち昇った。
 身体中が悲鳴をあげているが、それでも彼の肉体は念願の女神を前にすれば、全盛を如何なく発揮させる。

 柄に手を這わせ、若干前のめりになった足が痛いほどに地を掴む。
 後はエレクシルに向かってキーワードとなる言霊を言い放つだけ。




 ―――惜しいな。それではアイツには届かんよ。





 そんなキョウの覚悟を邪魔する凛とした女性の声が血生臭い風とともに一陣。






 ―――何のために、私がお前に血を分け与えていたと思っているんだ。





 随分と懐かしく感じるその声の発生主は、キョウが知る限り誰よりも冷酷で残酷で―――誰よりも強い。






 ―――全ては、今この時のためだろうが。






 理由はわからない。だが、確かに聞こえたのだ、操血シマイ=スメラギの声が。
 ここにはいない、彼女の想いが、心が、意思が届けられた。

 血が、騒ぐ。血が、蠢く。
 ざわざわと。身体中の血管を駆け巡る血流が、沸騰したかのような熱を発する。



「―――ああ、そうか。全く、お前には敵わんな」


 どこか呆れたように。どこか納得したかのように。どこか安堵したかのように。
 キョウは、ハッと口元を緩め、笑みをこぼす。

 急激に膨れ上がっていくキョウの気配。
 質と量の変化。これまでよりも遥かに異様で、遥かに重く。
 それはまるで、剣魔の力量にもう一つの何かが上乗せされたかのようで―――彼は身の内から生じる圧倒的な力の奔流に身を任せ、一瞬だけ瞳を閉じる。

 
 そして―――キョウの肉体から横溢する赤い気配。
 目に見える程濃厚で、終わることの無い血の香り。それが剣魔の肉体を中心として、爆発的に広がっていく。
 やがてその力はキョウに、否。彼の持つ刀―――小狐丸に収束された。

 束の間、エレクシルが己に覚えた違和感すらも忘れさせる変化がここに生じる。
 この場にいる数多の超越存在を忘却させるに至ったそれは、女神にさえも明確な死を叩き付けて行った。



お前を(・・・)―――」




 今、ここに。
 天上に住まう神々を、地上を這いながら生きる、人の執念が凌駕する。







「―――斬るぞ(・・・)









 必滅呪詛―――纏血刃。









 キョウの抜刀とともに、赤く輝く剣閃が迸り―――女神が咄嗟に張った結界を紙のように無効化し、今ここに剣魔の刃が破神を為す。
























 ▼

















「……んとさ、おじさん。こんな場所で何寝てるんのさ?」
「ちょっと、×××。おじさんだなんて失礼だって」

「―――ああ、すまん。旅の途中で少し疲れてな。休憩させてもらってたんだ」

「へー。旅か、いいな。俺も早く旅に出たいんだけどなぁ」
「ははは。なかなか威勢がいい坊主だな。まだ慌てるような歳でもないだろう?」
「そうなんですよね。もう、×××は何時もこんなことばっかりで……姉としてボクは苦労ばかりなんです」

「若い頃はこれくらいで丁度いい。ああ、ところでキミ達はよく似てるが姉弟なのか?」









 暗転。











「しかし、×××。歳の割には随分と良い腕をしているな」
「へへっ、まぁな。俺は将来、探求者として世界をまたにかける男になるからさ。その時のために鍛えているんだ」
「……ほぅ。それは良い心がけだ」
「むぅー。なんだよ、師匠。ちょっと馬鹿にしてないか?」
「いや、してないぞ。お前ならきっとなれるさ」
「ちぇ。ああ、それより聞きたいことがあったんだけど、師匠って探求者なんだよな?」
「―――ああ。まぁ、似たようなものだ。娘と一緒にそれなりに世界中を回ってはいる」

「む、娘!? 師匠って見たところ三十くらいだろ? どんだけ小さい子供連れまわしてるんだよ」
「え、ええー!? ×××さんってご結婚されてたんですか!?」

「若く見られるのは嬉しいがな、随分と長く生きてはいる。まぁ、あれだ。結婚はしていない。娘が産まれてから式を挙げようと考えていたが、すぐにあいつは亡くなったからな」

「あ、すみません。あまり聞いてはいけないことを……」
「なに、気にするな」

「本当にすみません。あの、その……良かったら×××さんが旅して回ったところの話を聞かせてもらえませんか?」
「ああ。俺の話で良かったら幾らでもいいぞ、×××××」







 暗転。











「そういえばさー、師匠。噂話で聞いたんだけど人災って知ってる?」
「人災、か。ああ、知ってるぞ」
「……人も危険生物も、魔族や竜種。果ては邪神とも渡り合える人を超えた人。でも、彼の後には屍しか残されない大災厄、ですか。本当にいるんでしょうか」
「まじかっけーよなぁ。刀一本であらゆる敵を薙ぎ倒す!! 俺の理想なんだよ……あまり評判は良くないみたいだけどさ」
「……まぁ、どちらにせよ碌な人間じゃあるまい」










 暗転。











「あーもー! ちくしょー!! まじで勝てないし!! 姉さんと俺の二人がかりで勝てないとか強すぎだよなー、師匠」
「うう、本当ですよ……×××さん。ボクこう見えても魔法はそれなりに自信はあったんですけど……」
「こう見えても長く生きてるからな。お前達二人に勝てないようでは立つ瀬があるまいて」












 暗転。










「なんか最近街の空気が澱んでるんだよなー。何かあったのか知ってる、姉さん?」
「詳しくは分からないけど……幾つかの街が邪神に滅ぼされたって」
「くそっ……好き放題やらかしやがって。この街にきたら俺が―――」
「危ないことはやめてよ、×××」










 暗転。












「くそっ、くそっ、くそっ!! なんだよ、あいつら!! なんで、なんでなんで―――邪神がこんな街に!!」
「×××!! もう、無理だよ!! 逃げよう!!」
「姉さんは先に逃げろよ!! 俺は出来るだけ街の人間を避難させてから―――」









 暗転。









「……まったく。お前達みたいな真っ直ぐな奴らは随分と久しぶりだ」
「し、師匠!?」
「×××さん!?」
「安心しろ。あいつらは俺が引き受ける。師匠としてそれらしい姿を見せねばな」
「で、でも!? あ、あいつら、十どころじゃないないって!! それに魔王級も―――」
「お前達は先に行け。なに、あれくらいの数ならば、丁度いいハンデだ」








 暗転。







「す、すげぇ……すげぇよ、師匠!! 一人で、たった一人であいつら全員!!」
「馬鹿っ!! ×××!! そんなことはどうでもいいから!! ×××さんの治療を手伝ってよ!!」
「あ、ああ、ごめん!!」







 暗転。






「……お、おい」「ああ。あいつは、まじかよ」「間違いないぞ。あの男は……」「世界の敵対者……人災だ」「ふざけんなよ、じゃあこの被害は全部あいつのせいか」「くそ、冗談じゃねぇぞ!!」「とんだとばっちりだ!!」「あいつのせいで俺達の家族が、街が」






 暗転。








「ちょ、ちょっと待てよ!? あんたら、なにすんだよ!! 師匠は、あんた達を、この街を救ってくれたんだぞ!!」
「待って!! 待ってください!! ×××さんは、何も悪くないです!!」

「いいや、こいつのせいだ」「こいつが全ての元凶だ」「こいつが原因だ!!」「死ね死ね死ね」「悪魔め!!」「どっちが邪神かわかりゃーしないぜ!!」「殺せ殺せ殺せ殺せ!!」


「やめろ!! やめてくれよ!! やめろよ!!」
「やめてください!! お願い、やめてよ!!」






 暗転。









「……なぁ、×××。お前は将来良い男になる。頑張れよ」
「やめろよ!! 何言ってるんだよ!! 師匠、あんた滅茶苦茶強いだろう!! こんなやつら何とかしてさっさと逃げろよ!!」
「すまん、な。実は、流石に力を使いすぎた。邪神を十二体相手にするのは無茶だったらしい。もう碌に身体が動かん。それにな―――俺はもう目的を果たしたんだ」

「目的!? 何言ってるんだよ!!」
「×××さん、お願い、逃げてください!!」

「……いや、一つだけ残っていたか。なぁ、×××××」
「―――えっ?」
「こんな時だが、笑ってくれないか? 数百年ぶりに、お前の笑顔が見たいんだ」
「何を、何を、何を言ってるんですか、×××さん!!」
「頼む。それが俺が心残りだった最後の―――」







 暗転。








「やった!! やったぞ!!」「ああ!! 俺達が この俺達が!!」「あいつを、あの化け物を―――」「人災を!!」「―――剣魔を!!」「殺したんだ!! やったぞ!! これで世界は救われ―――」








 暗転。







「おい。なんだ、これはなんだ? 貴様ら、何をした? 何をしたんだ? 私の父様に。何故、父様が死んでいる? 何故だ。おい答えろよ、有象無象。どうしてだ? 何故だ何故何故何故何故何故―――」








 暗転。











「そうか。もういい。お前がそうか。お前がそうなのか。だが、もういい。もともと私がお前を探していたのも、父様のためだった。私には父様さえいればよかった。でも、もういない。それなら決まっている。こんな世界どうでもいい。お前もそうじゃないのか?」

「―――うん。そう。そうかもね。皮肉なものだよ。×××さん……ううん。×××が死んで、ようやく思い出すなんてさ」

「そうか。思い出したか。自分自身の罪を自覚できたのなら、安心して死ね。私から父様を奪ったお前を一秒でも生かしてはいられない」

「悪いね。ここでボクは死ぬわけにはいかない。だって―――」












 暗転。













 「―――この世界が憎いのはボクだって同じなのだから」












 暗転。













「くすくす。ようこそ―――この素晴らしき箱庭の世界へ」






















 ▼














 墜ちる。墜ちていく。
 あの女神が。あのエレクシルが。
 五人の限界を超えた全力全盛によって打破されて、まるで天界から追放された堕天使の如く、地上に力無く墜落していく。 
 ゆっくりと、重力に負けて地面に盛大な音をたてて墜ちたエレクシルが、砂埃に包まれながら虚ろな視線で空を見上げていた。

 ぶるぶると震える手を空に掲げる。
 まるで蒼空を掴み取ろうとする仕草にも見えたが、今の彼女からは本来の力を微塵も感じられない。
 どこか悲しそうに、口元からは赤い血が多量に零れ落ち、さらには必滅呪詛によって斬られた胴体からは溢れんばかりの鮮血が流れ、大地を神の血で濡らしていた。


 ―――終わった。


 誰もがそう感じていた。
 満身創痍のイグニードも。既に人間形態に戻っているテンペストもナインテールも。激しく息を乱しているディーティニアも。決め手となった一撃を放ったキョウも。
 地に伏しているエレクシルからは全くといっていいほど力を感じない。今ならば、この場にいる誰でも止めを刺すことができると確信できるほどに女神は弱っていた。


 もはや勝敗は明らか。
 キョウ達の勝利は絶対に揺らがない―――はずなのだ(・・・・・)




「―――ああ。うん、まさかこんな土壇場になって、思い出すなんてね。本当に不思議だよ」




 天空を見上げたまま、女神は言葉を紡ぐ。



「―――あははっ。いや、少し違うか。死の淵に立ったが故に呼び起こされたとでもいうべきなのかな」




 もはや力が感じられない女神の台詞を、五人は静かに聴いていた。





「だから、感謝するよ。イグニード。テンペスト。ナインテール。ディーティニア」




 己を追い詰めた相手に送る感謝。
 怒りも憎しみも無い純粋な礼が、空気に溶ける。





ボクを追い(・・・・・)詰めてくれて(・・・・・・)。」






 そして、世界は震動した。
 エレクシルの台詞とともに、この場の五人は目を見開く。
 新たなる神の誕生の場に立ち会ったかのような驚愕と動揺。瀕死のはずの女神へと誰もが攻勢にでることが出来ない。まるで見えない力で身体を押さえつけられたかのような重圧を地に伏しているエレクシルから感じ取っていた。

 虚ろだった瞳に生気が宿る。 
 それは狂気だった。狂喜だった。
 心が高ぶる。悠久の時の流れを生き抜いてきたエレクシルの魂が、飢餓し、枯渇していた彼女を満たしつくす何かが溢れこむ。

 この時になって、ようやく五人は理解した。
 エレクシルの力を感じ取れないのは、彼女の力が弱まっているからではない。
 五人でさえも理解に及ばない、あまりにも巨大すぎる力がため。彼ら五人でさえも、次元が異なってしまう力量差。感じ取ることさえもできない絶対的な違いがそこにはあった。


「―――ふふふ。どうしたんだい、そんなに驚いた顔をして? 見てみてよ、キョウ。ボクは強くなっただろう?」


 ふらりっとふらつきながらも立ち上がったエレクシルに対して、誰も反応できない。
 指一本動かすことが不可能な圧迫感、まさしく蛇に睨まれた蛙としか言い様が無かった。


「さぁ、続きをしよう。安心して良いよ。キョウ、キミは殺さない。キミだけは殺さない。だって思い出しちゃったからね、この想いを。キミのことが好きなんだ。愛しているんだ。ボクの全てを差し出してもいくらいに好きなんだ。どうしようもないくらい、キミのことが大好きなんだ」


 ぞっとするほどに冷たく、熱く。
 キョウに対して狂おしいまでに歪んだ愛の言葉を囁き続ける狂気の女神。

 そんな彼女は右手をディーティニア達にかざし、酷薄な笑みを口元に浮かべ。 


「―――キミ達はいらない、な。うん、邪魔だ。消えろよ、塵芥」


 逃げること防ぐことも不可能。
 瞬時にそう理解したディーティニア達の脳裏に叩き込まれるのは明確な死。
 次の刹那には自分達が死ぬということは簡単に予想できた。
 どうするべきか。彼女達の本能が、第六感が、助かる道を走馬灯のように導き出す。されど、出た答えは非情。もはや己達は死ぬのだという覆しようのない現実だった。

 そんな中、イグニードが碌に動かぬ身体をおして、ディーティニア達の前に立ちふさがる。
 彼女らを死なせてはならないという覚悟。そしてそれを突き抜けた反射行動。
 まともな思考もせずに、己の肉体を盾として女神の射線上に躍り出たその時―――。





「駄目ですよ―――エレクシル。貴女は少しやり過ぎです」





 不快さしか感じられない女性の声が響き渡る。
 聞いているだけで、思わず耳を塞ぎたくなるほどの音を紡ぎ出しながら、それは地獄の底から湧き上がってきた。



 ガシャンっと金属が重なる音がする。
 突如として空中の何も無い空間が罅割れて、そこから這い出てきた白銀の鎖がエレクシルの右腕に絡みつく。それは、一つでは終わらない。次々と、幾つもの鎖がまるで蛇のようにジャラジャラと音をたてながら、左手、左足、右足、腰、胴体―――と、縛り上げていく。やがて出来上がったのは白銀の蛹。辛うじて縛られていないのは顔だけで―――彼女はそこで忌々しげに表情を歪める。


「……ああ、くそっ。ここで来るのか、お前が」


 地獄の底のさらに底。
 一筋の光さえ差し込まない真なる地獄から運命を嘲笑う、人の形をしただけの悪夢の存在がここに姿を現した。
 不快感しか乗せていない言葉を吐き捨てて―――女神は、自分とキョウ達の直線上に何時の間にか現れた()を睨みつける。


 キョウより若干低い背丈。女性という点を考慮すれば長身ということになるだろう。全身を純白の衣服で包まれており、頭にかぶったこれまた白い麦藁帽子らしきものを深くかぶり、彼女の表情を覆い隠している。辛うじて見えるのは口元くらいなのだが、その素顔は誰もが美しいと断じれる何かを纏っていた。帽子から零れ落ちたプラチナブロンドの長い髪が、背中で風に靡いているのが奇妙なほどに印象的である。

 女神の果てしない圧力を、我関せずと言わんばかりの態度で受け流し、白銀の女性はくすくすと逆に笑っていた。
 決してそれは虚勢ではなく、まるで女神など眼中にないかのような様子に、鎖に絡み取られたエレクシルの眉尻があがる。


「本当に困ったものです。貴女は性急過ぎる。こんなところで舞台を終わらせるなんて勿体無いじゃないですか。こんな極上の役者を退場させるのは頂けないですよ?」


 白銀の女性から発せられる声色は、見掛けに負けじと極上の美声であった。魂までも鷲掴みにする妖しさと怪しさを併せ持ちながら、何故かその声はまるで地獄の餓鬼が輪唱しているのではという最悪さを感じさせる。

「ちぃ……この!! 今更お前がボクの邪魔を―――」
「はい、残念。それではしばらく大人しくしていてくださいね?」


 バキィっと何かが軋む。
 純白の鎖が這い出てきていた空間の隙間が、更に大きく罅割れた。
 それは空間に開いた巨大な大穴。漆黒の異空間がその先には広がっている光景に、キョウ達は思わず視線を釘付けにされる。

 その開いた空間は、あまりにも巨大すぎる化け物の大口のような幻想さえ抱かせて、純白の鎖がジャラジャラと音を響かせてその空間に戻されていく。
 エレクシルが鎖を解こうとしているのか、ギシギシと鎖が音を上げるも、それが破れる兆しすら見せずに―――。


「お前が、お前がボクの邪魔をするのか―――混沌!!」


 女神の絶叫を無視して、白銀の女性―――混沌と呼ばれた彼女は口元に小さく笑みを浮かべてエレクシルを見送った。異空間に鎖ごと飲み込まれたのを合図にして、その開いた空間は静かに大口を閉じて、残されたのは静寂のみ。
 絶体絶命の窮地を乗り越えたものの、キョウ達は一瞬たりとも気を緩ませることは無かった。

 こんな得体の知れない存在を前にして、気を緩めるなど愚かしいのにも程がある。


 イグニードも、テンペストも、ナインテールも、ディーティニアも―――果てはキョウでさえも、眼前に立つこの女性を前にして、抱いた感情は一つだけ。

 即ち―――敵意。

 確かに、命を救われた。
 どんな理由があるか知らないし、わからない。一切合財全てが不明。
 それでも一つだけ確信を持って言えることがある。

 それは、この女性が世界(アナザー)に住まう全ての生命体の敵だということだ。

「うーん。折角助けてあげたというのに、つれないですね。それともこれも日頃の行いが悪いせいでしょうか」

 顎に人差し指をあてて、考え込む動作を取る彼女に、それでもキョウ達は気を許すことなど出来はしない。
 相対しているだけで、魂を直接鑢で削られているかのように、精神力が磨耗していく。
 係わり合いを避けたい、女神にも匹敵する大邪悪。女神が叫んだ混沌という名に相応しい底知れぬ闇そのもの。

「―――ああ、そうでした。そういえば名前をまだ名乗っていませんでしたね? これは失礼を」


 ぺろっと舌を僅かにだして、謝罪してくる彼女はあまりにも白々しく―――。




「無貌。赤女王。黒の使者。黒山羊―――と、まぁ沢山名前がありますが、お好きなように呼んでください」


 唯一見える口元をにこりと緩ませ、彼女は続ける。




「呼ぶのに困るというのでしたら、こう呼んで頂ければ。そう―――」



 帽子に隠された彼女の表情。
 見えないがきっとそこは、嬉々として瞳を輝かせているのだということは想像に容易く。




「―――這い寄る混沌(・・・・・・)、と」




 破滅と破壊の導き手。
 愉悦と喜悦を目的に、世界をかき乱す先導者。

 そんな彼女が表舞台に姿を現す。
 キョウ達は与り知らぬ事だが、それほどまでに事態は逼迫していたということだ。


 視線だけで人を殺せそうなほど鋭い眼差しの五対の瞳に貫かれながら、混沌と名乗った悪夢そのものは降参といった様子で両手を頭上に掲げた。それは俗に言う敵対しないというポーズではあるが、それを素直に信じられるほど甘い者はこの場に一人としていない。    
 敵対する意思しか見せない五人を前にして、混沌は困ったように肩をすくめてさらに深く帽子をかぶり直す。



「やはり信用して貰えないですか。実に困りましたね。今回は引き下がるとしましょうか」


 どこか気落ちしている姿に、演技とは分かっていても薄ら寒いものを感じる。
 そして、混沌はポンっと手を叩き―――。


「ではお得情報を一つ。現在南大陸の支配者である魔王が四体と魔族の軍勢が中央大陸に侵攻中です。人類も全力で防衛しているようですが―――長くはもたないでしょうね」


 世間話をするかのように、爆弾を投下する。 
 それを耳にしたキョウとディーティニアは、思わず息を呑んだ。
 中央大陸にはアールマティが、リフィアが、カルラにアルストロメリアがいる。
 彼女達が容易く敗北するとは思えないが、第一級危険生物が四体。はっきりいって分が悪いどころの話ではない。

 真実は定かではなく、根拠も何もない情報であるが、キョウ達は彼女の言葉が嘘だとは思えなかった。
 この女は、きっと何でもないことほど嘘をつき、最悪な事実ほど率直に教えてくる。彼らの直感が、混沌の本性とでも言うべき点を、この短い対峙で看破した。


「―――我に乗れ、キョウ!! 中央大陸程度ならば、さして時間もかけずに辿り着いて見せようぞ!!」


 ぶわりっと粉塵が舞い散った。
 その原因であるテンペストが、巨大な竜の姿となっても変わらぬ雷鳴轟く美声を発する。
 キョウの焦燥を感じ取った竜女王の機転の速さに感謝を贈りながら、瀕死のイグニードを背負ったキョウとディーティニア、ナインテールも翡翠色の風竜の背に飛び乗った。
 何かしらの妨害が入るかと思えば、混沌は帽子の縁をを触りながら、静かにキョウ達の出立を見送っている。それに気味悪さを感じながらも、遂にはテンペストの巨躯が飛翔し、天を駆け瞬く間に姿を消していった。


 キョウ達を見送っていた混沌は、くすくすと笑いながら両手を広げ、顔を彼方へと向ける。
 その拍子に帽子に隠れていた素顔が露になり―――見る者が誰もいないのが惜しむらくべくほどの美貌。女神やテンペストにも負けず劣らずの神話に出てくる天使の如き容姿。されど、そこにあったのは邪悪そのもの。関わりあえば齎されるのは破滅のみ。そんな忌避感を漂わせていた。

 既に影も形も無くなったキョウを―――しかしながら彼女の眼にはまだ映っているかのように欲望と情欲を煮え滾らせ。


「まったくもって、楽しいものです。私にも読めない筋書きは本当に久しぶりです」


 心底楽しそうに笑いながら。



「さぁ、頑張ってください。人災。剣魔。神殺し―――貴方の行く末を決めるのは貴方自身なのですから」




 プラチナブロンドの髪を己の手で梳かしながら。




「―――貴方の長きに渡る旅はまだまだ終わりませんよ?」






 絶対悪は静かに笑う。






























「なに、ボクのキョウに手を出そうとしているのさ―――この三下が」



 バキリっと空間が捩れ砕ける音が響く。
 その音と声に驚きを露に宙を見上げる混沌。
 彼女の視線の先には、空間が徐々に罅割れ、まるで硝子細工のように少しずつ砕け落ちていく光景があった。
 この現象を起こしている張本人が誰であるかは、言うまでも無いだろう。

「そんな、馬鹿な。貴女に与えられているのはこの箱庭の世界にしか通じない技能のはず。異空間から干渉する術を持っているはずが―――」


 驚きを隠せず、呆然と砕けていく空間を見つめながら混沌は―――。


「まさ、か。ただの力、技? 純粋な力のみで、異空間の壁を越えて、きた?」

  そんな真似ができる存在が、三千大千世界(数多の世界)にどれだけいるだろうか。答えは、存在しない。し得るはずが無い。そんな化け物がいたら、とっくの昔に混沌が気づいている。気づかない筈が無いのだ。


「……悪いね、婆さん。凄く、本気だすから。恨まないでよ?」


 次々と割れていく空間の隙間から、女神の本気の声が漏れ出でて。



「―――瞬く星々。終わりにして始まり。始まりにして終わり。原始の時から時間を刻む悠久なる時の流れ。時空を歪めし荒々しき世界の胎動」


 エレクシルの朗々と謳う声が聞こえる。
 もし。もしもまだこの場にキョウ達がいたならば、何かが変わったかもしれない。運命の流れが捻じ曲げられたかもしれない。
 それは、もしもの話。下らなくも、だが捻じ曲げることが出来なかった運命。



「凝固する天空。凍結する大地。三千世界に渡り、万物全てを貫く終光の槍。天地開闢に等しい我が力。とくとご覧じよ―――」




 空間が悲鳴をあげる。
 漆黒の異空間を照らす、エレクシルの神光が眩く全てを塗り替える。





「―――天地終焉ハイパーノヴァ




 億千万の神炎の矢が時空を超越し、異空間を粉砕し、次元の狭間を打ち砕く。
 如何なる邪神も破壊神も、鬼神魔神も超越してしまった真なる女神。まさしく三千大千世界(最強)の頂点に立ったエレクシルの超神技。世界そのものを滅ぼすことが可能な神炎の極地が、己を縛っていた鎖を断ち切り、焼き尽くし―――混沌へと降り注ぐ。



「―――参りました。これは、流石の私でも手も足もでませんね」


 ハァっとため息一つ。



「此度は退散させて頂くとしましょうか。では、エレクシル―――さようなら。また会い(・・・・)ましょう(・・・・)


 避け様が無い女神の神罰を真っ向から見据えながら、それでも混沌は笑みを浮かべる。
 まるでこの場で死ぬことなどたいした問題ではないという態度だったが、それを何故かと問う暇も無く―――爆轟する神炎に飲み込まれ、やがて破壊の雨霰が降り終わった後には何も無かった。
 純粋に滅ぼされたのか、逃げられたのか。どちらかわからぬほどに、彼女がいたという痕跡は何一つ無い。それはまるで夢幻の如く。


 自由の身となったエレクシルが、次元の裂け目から飛び降り地上へと降り立つ。


「冗談。お前となんかもう二度と会いたくないね」


 舌打ちまでして呟いた女神は、ここにはいないどこかの混沌へと吐き捨てた。
 この一撃で終わったとは夢にも思っていない。何故ならば、相手は這い寄る混沌だ。その性質、実力は遥かなる過日において嫌と言うほど体感している。 
 誰の味方でもなく、ただ全てを嘲笑っている愉快犯。単純な力量ではエレクシルが勝るだろうが、そんなものなど物ともしない道化の女王。真の意味での邪神というに相応しい、この世にあってはならぬモノ。

「でも、暫くは猶予ができたかな。この箱庭はお前のモノじゃない。ボクのものだ」


 既に元に戻った次元の狭間から踵を返し、女神は南の方角をじっと見つめる。 


「少しだけ、待ってあげる。キョウ、ねぇ、キョウ。キミがボクの世界まで上がってくるのを待っていてあげるよ」



 恋する乙女のように相好を崩し、女神は決して届かない情欲に塗れた言葉を紡ぐ。












「影使いを、獄炎の魔女を、そして―――操血を生贄にして、あがっておいでボクの次元へ」


















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