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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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八十三章 女神襲来3













十六の災難(ディザスター)ァァァァァァアアアアアアア―――!!」




 女神の忠告を素直に聞き入れ、それ以上に本能があげていた死への予感に従ったイグニードは僅かな躊躇いなく空に向けて両手を掲げた。それと同時に力ある言葉を発し、己の特異能力(アビリティ)を解放させる。

 悪竜王イグニード=ダッハーカの保有する異能力。
 それが十六の災難(ディザスター)だ。それは、彼の悪炎を瞬時に展開し、如何なる攻撃も防ぎきる無敵の結界を構築する。第一級危険生物の攻撃を軽々と凌ぐ魔力壁を、実に十六層に渡って張り巡らせるというとんでもない代物である。
 事実、イグニードが生きてきた気が遠くなるほどの時の流れの中でこの結界を打破したことがある者は、女神を除けば事実上存在しない。彼の好敵手であった、悪竜殺しの英雄スラエでもこの特異能力(アビリティ)を発動させたイグニードにはお手上げであった。エレクシル以外の神々でも打ち抜くのは不可能。唯一例外なのが、七十二の邪神の一柱―――アモン。邪神と呼ばれる存在の中でも一、二を争う戦闘能力を誇る彼女に、十六層のうち十三層まで破壊されたことがあるが、それでも完全に突破されたというわけではない。

 無敵を誇ったその障壁が、如何なる攻撃も防ぎきる十六層の黒い炎がイグニードを中心としてキョウ達を囲い込むように展開され、半円形の結界を作り上げる。

 悪竜王の特異能力(アビリティ)が発動されると同時に、黒い炎が渦巻き視界がはっきりとしない彼らでさえも、確かに見えた。眼球神経をも眩い光で焼き尽くす、明滅する審判の光が。

 降り注ぐエレクシルの裁きが、十六の災難(ディザスター)に触れた瞬間、表現しようのない奇妙な衝突音が皆の鼓膜を震わせた。
 それに比例するかのように、結界が激動する。女神の攻撃は、グラグラと大地すらも揺らす超自然災害を引き起こしながらも、未だそれが止むことはない。


「―――くそがっ!! テンペスト、あわせろ(・・・・)!!」 


 女神の審判を防いでいるイグニードが、普段の余裕綽々な彼とはまるで別人のように焦燥を滲ませて叫んだ。
 よく見れば、両の手を天空へと向けている彼の額には、脂汗が滲んでいる。それだけではなく、両腕は小刻みに揺れており、両足を大きく広げ腰を落としている姿は、今にも崩れ落ちそうな危うさすら漂わせていた。彼が、ガリっと歯軋りする音が様々な激音が響くさなかで、誰の耳にも確かにとどく。今の悪竜王には余裕など一片すら存在しないのはもはや明白であった。
 何故ならば、既に十六層のうちの半分以上を容易く突破されてしまったのだから。



「来たれ、北風の翠壁(ボレアス)!!」


 イグニードの焦りを感じ取ったテンペストが、一秒の無駄なく己の下へ呼び寄せていた天風を解放させた。彼に倣う様に両手を天に掲げ、竜女王最高の防御結界を展開、解放。幾重にも重なり合った翠の障壁が、十六の災厄(ディザスター)を支える。
 しかしながら、障壁を展開した竜女王の肉体に凄まじい衝撃が襲い掛かった。それは粉微塵に消し飛ばされたと勘違いするほどの衝撃で、一瞬意識が遠のいた彼女は唇を噛み切ってなんとかそれに耐え切る。

 イグニードの補助に回っただけでこれなのだ。
 一人で支える悪竜王への負担は一体どれだけなのだろうか。テンペストは改めて女神の恐ろしさと―――その攻撃を防いでいるイグニードとの力の差を痛いほどに思い知らされた。


 しかし、それでもテンペストは結界を張る力を微塵も弱めたりはしなかった。
 何故ならば、今の彼女には護るべきものがあるからだ。何よりも大切だと思える相手がいるからだ。

 竜女王テンペスト=テンペシア。
 数千年を生きる竜王種の一体。しかし、彼女は他の竜王に比べてもその実力に不明な点が多すぎる。竜王種の中で最年少でありながら、その戦闘能力は異常極まりない。
 一万年を生きるヴァジュラ=アプサエルや、数多の大陸、文明を沈めてきたニーズヘッグ=ニヴルヘイム。限りなく不死に近いファフニール=ファフナー。竜王種最古の生命体であるフレースヴェルグ=ラタトスクやミッドガルド=エッダ。原初の神竜ウロボロス=オフィス。猛毒竜ヨルムンガンド=ウートガルザ。
 幻想大陸は勿論、人類未踏領域の遥か彼方の竜の楽園を含み数多存在する竜王の中でも、テンペストの戦闘能力は二番手を誇る。勿論最強なのは語るまでもなくイグニードなのだが、そんな彼に数千年程度の若造が次ぐということ事態がおかしな話である。


 故に彼女は孤高であった。
 竜王種という世界最強の種の中でも理解されない忌み児。強すぎたが為の孤高であるイグニードと仲が良いのはそのためだ。
 いや、友好的に見えると言うのも表面的に過ぎず、根底では深い繋がりを持とうなどと考えたことすらなかった。

 そんな彼女が、命を削ってまで、賭けてまで、護りたいものが出来たのだ。
 ともに歩みたいと思う愛する男が。真正面から戦いたいと思う好敵手が現れたのだ。
 ならば引く理由も道理もない。

 常に成長を続けてきていた愛しい者達と向かい合いたいが為に、竜女王は己の全てを燃やして女神の審判を防ぎきると心に決めた。
 例え全ての魔力気力精神力全てを使い尽くそうとも―――。









「うん。素晴らしい。もう(・・)いいよ(・・・)





 無限に続くかと思われたエレクシルの裁きは、突如として終わりを告げた。
 時間に直せば僅か十秒程度にしか過ぎないそれを、決死の覚悟と実力で凌いだ二体の竜王。
 されど、疲労は隠し切れず、審判が過ぎ去ったと同時に炎と風の連鎖結界は音もなく消えていく。


 そして―――。





 この場に残された五人が見た光景は―――優雅に佇む女神と何も無い(・・・・)荒野だった。(・・・・・)。  



「……やりやがったな、このいかれ女神」



 ぜはぁっと深い吐息を漏らし、イグニードが痛いほどに女神を睨みつける。
 遅れて他の四人も理解する。一体エレクシルが何をやらかしたのか、を。



「イカレだなんて酷い奴だね、イグニード。折角キミ達が全力を出せられるようにしたっていうのに」

 心外だ、と言わんばかりの調子で女神は軽く肩をすくめて―――。





街一つ消滅(・・・・・)させただけ(・・・・・)じゃないか(・・・・・)



 エレクシルが語るように、今の今まで存在していた筈の都市にも匹敵する街一つが跡形もなく消滅していた。
 数万近い人々も。その人々が住んでいた住居も。街並みを形作っていた露店も。街に緑の彩りを加えていた草木も。一切合財全てが無常にも残酷にも、十秒前までこの世に存在していた証拠一つ残さず消えたという事実に、何の問題があるのかと女神は首を傾げる。

 それにゾっとイグニードは背筋を粟立たせた。
 これまでとは異なる女神の姿。かつての彼女は、人の可能性を信じていた。信じていたからこそ、幻想大陸という蠱毒の世界を創りあげたのだ。人と亜人と魔獣と魔族―――他の数多の種族によって彼女が求める神にも届く何か(・・)の誕生を願っていたがために。しかし、今の彼女はどうだ。人の命を、可能性を躊躇いなく潰す。かつて存在した邪神よりもさらに桁が違う邪悪さを持ちながら、何故ああまで無邪気に笑顔を浮かべることができるのだろうか。

 感じた疑問。
 だが、それは一瞬で氷解するに至る。


 ―――ああ、そうか。お前は、見つけたのか(・・・・・・)


 彼女が長い年月をかけて求めていた、何か(・・)
 それをようやく見つけた。だからこそ、女神はもはや人の持つ可能性など歯牙にもかけていないのだろう。
 彼女が願い、創りあげようとした目的そのもの―――それがキョウ=スメラギだ。
 つまり、彼さえいればそれでいい。もはやそれ以外は塵芥。女神エレクシルの世界は、キョウという男の出現に伴って完成されてしまったのだ。彼方と此方。二人がいればそれでいい。既に女神エレクシルの世界は完結に至っていた。


「―――ゼェァァアッ!!」


 女神の心情を理解したイグニードは、この場にいた誰よりも速く行動を開始した。気合一閃。空気を振動させる雄叫びとともに悪竜王の肉体が、他の三人を置き去りに女神へと吶喊する。
 街一つを消滅させた出鱈目もいいところの化け物に即座に打ちかかるその姿は無謀にも見えるはずだ。だが、彼自身もそれは痛いほどに理解している。
 それでも、悪竜王に迷いはない。恐怖に負けて退けば、その時が終わり。如何に無謀であろうとも、前に出続けなければ女神から勝機を見つけようなど夢のまた夢。

 佇む女神に向かって拳を振り上げ、黒い炎を纏わせた一撃を躊躇いなくうち下ろす。狙いは彼女の頭。
 それとコンマ一秒の遅れもださずに、イグニードに併せて動いていたキョウが小狐丸を薙ぎ払う。狙いは彼女の左胴。

 悪竜王に寸分の狂いもなく攻撃を併せたキョウの神業。完璧に近いタイミングで行われた連携。
 全力で打ち込まれた二人の攻勢は、実に見事で完璧。狙い違わず標的を捉え―――それにも関わらず、女神は悠然と佇んでいる。花も恥らう満面の笑顔のまま、右手で悪竜王の拳を、左手で剣魔の小狐丸を、軽々と受け止めていた。先程女神が張っていた結界をも遥かに超える強靭かつ堅牢なイメージがそれぞれの拳と刀を通して嫌と言うほど叩き込まれてくる。


「―――災厄の悪炎(ディザスター)!!」


 そんな印象を振り払うかのように、イグニードの周囲に顕現される十六の黒い炎玉。禍々しさを漂わせ、仲間である筈のキョウにさえ、死という予感を覚えさせるそれ。悪竜王と視線があった瞬間、キョウは以心伝心で彼の言いたいことを悟り、咄嗟に後方へと退避する。キョウの行動を合図とし、十六の破壊の暴玉がエレクシルへと荒れ狂う。

 イグニードは、己自身の特異能力(アビリティ)を防御特化と自称している。
 それは確かに間違いはない―――彼基準の話だが(・・・・・・・)

 悪竜王ほどの戦闘能力ともなれば、防御特化でありながらそれを流用した一撃すら脅威となる。
 単純な話、彼の防御特化であるはずの能力は、攻撃という点でおいても他の第一級危険生物の特異能力(アビリティ)を遥かに超越していた。

 せいぜいが拳一つ分程の大きさの黒い炎玉がエレクシルに着弾した瞬間、キョウの身体を更なる後方へと吹き飛ばす爆風が巻き起こる。その破壊力はまるで天空から降ってきた隕石にも匹敵する破壊を撒き散らす。エレクシルの背後が数百メートル規模で、地面が抉れはつり、超巨大な爆発痕を残していった。


 しかし、爆煙と粉塵の中から歩み出て来たのは女神エレクシル。
 これほどの破壊を真正面から受けながら傷一つない姿は、あまりにも異様で―――だが、この場の五人の予想通りとも言えた。


「焼き尽くせ―――北国の大火神(アペフチカムイ)!!」
「食い尽くせ―――終焉の終炎(イグニード・ゼロ)!!」


 この程度で女神を倒せないと踏んでいたナインテールとディーティニアが、既に準備を終えていたそれぞれの能力を、魔法を解放させる。
 幻獣王の掌から発射された超高熱の砲撃が、眩い光を発しながら一直線に女神へと迫り行く。一点の破壊力にのみ特化した妖炎(プロミネンス)が、それこそ瞬きする間も与えずに女神の下へと辿り着き、されどその砲撃をあろうことか女神は虫を払うかのように右手の甲でペチンっと叩く。それだけの行為で、軌道を逸らされ遥か蒼空の彼方へと消えていった。
 次の一手は、ディーティニアの王位魔法。獄炎で形作られた巨大な赤い龍が、顎を開いてエレクシルを喰らわんと襲い来る。その赤龍は、眼前にかざした開いた左手をグッと握り締めた瞬間には四方から見えない圧力に押しつぶされたかのように、ぐにゃりと歪み跡形もなく女神の手前で消失した。



「貫け、南風の破壊嵐(ノトス)!!」


 女神に休む暇を与えずに、続くのはテンペストだ。
 天に掲げていた彼女の右手から空に向かって幾つもの閃光が打ち上げられる。やがてそれは雲の高さまで到達すると、突如として折れ曲がり大地へと降り注ぐ。その閃光の標的は言うまでもなくエレクシルであり、スコールの如く翠の閃光の雨を降らす。地面を容易く貫き、刳り貫き、底が見えない風穴を開ける嵐さながらの攻撃にその身を晒しながら、女神は嘆息一つ。片手を空に向けてかざした途端、眼に見えない途方もない圧力が降り注いでくる翠閃を全て暴発させる。それだけで止まらず、今の今まで浮かんでいた雲全てが、女神が相殺させた影響で消滅してしまっていた。


 五人の攻勢をあっさりと全て無効化した超越神はそれを誇るでもなく、ましてやキョウ達を嘲るでもなく、ふふっと小さく笑いながらゆっくりと足を踏み出していく。
 彼女の全身から滲み出るのは隠す気もない喜びで、今のこの現状をどこまでも楽しんでいることに間違いはなかった。

 そんな女神の機嫌など知ったことかと、タンっと地面を蹴りつける軽やかな音が一つ。
 一陣の黒き風と化したキョウが、脇目もふらず女神に向かって疾駆する。地面を這うほどに姿勢を低く、女神の死角に踏み込んだキョウが放つは、弧月を描く切り上げの一閃。その白銀の軌跡は、まるで空間を断つかのように滑らかに流麗にエレクシルの顎先へと吸い込まれていき―――今度はキョウに合わせてイグニードが動く。

 真下から攻め立てたキョウとは正反対の、何時の間にか飛翔していた上空からの急降下。女神の頭蓋骨を砕かんと炎を纏った拳を叩きつけてきた。その姿は獲物に喰らいつく猛禽類の如し。

 しかし、二人の攻撃はまたしても容易く防がれる。
 女神の周囲に突如として浮き出てきた半透明の薄い膜。ゆらゆらとたゆたう結界が、グニャリっと拳と刀を無効化させた。歯を食いしばりさらなる力を込めてその結果を打ち破ろうと試みるも、突き抜ける兆しすら見せない。

 それでも際限なく、叩き込まれる二人の連撃。
 突き、払い、斬り、断つ。殴打し、蹴りつけ、黒い炎を放ち続ける。
 剣魔と悪竜王の烈火波濤の攻勢を、容易く防ぎ続ける無敵の結界に歯噛みしながら、二人は手をとめることはしない。

 だが、そこで女神が動く。
 右手で軽く空間を撫で上げた途端、暴風が巻き起こる。巨大な台風に真正面から突っ込めばこのような衝撃を受けるのか、そんな感想を抱けるほどの衝撃が二人の肉体を後方へと弾き飛ばした。
 キョウは器用に空中で身体を回転させ、地面を擦りながら着地。イグニードは翼をはためかせ、空中で静止する。

 女神と五人の超越存在が争う戦場において、ほんの一時訪れた静寂。



「凄いな。うん、凄い。まさかこのボクと、五人がかりとはいえ戦いらしい戦いに持ち込めるなんて。本当にたいしたものだ。しかも、まだキミ達全員が本気をだしていないというのにね」


 パチパチ、とエレクシルがキョウ達を褒め称えながら幾度か拍手を響かせた。
 先程と同様に、そこには一切の負の感情は見られずに、純粋に自分と戦えている五人を褒め称えている。


「このボクを熱くさせてくれたキョウ。そして、キミを支える四人の超越存在。正直に言うと、ボクは感銘を受けている。感動すらしている。このボクと向かい合ってここまで渡り合うことが出来る存在がかつていただろうか」


 柔らかな口調で歓喜を滲ませながら語るエレクシルに、今度はキョウもイグニードも攻勢に出ることが出来なかった。
 隙は欠片も存在せず、これまで以上の圧迫感を発しながら佇む女神の姿は小柄でありながら、この場にいる誰よりも大きく見える。それは勿論幻想でしかないが、それでも二人が二の足を踏むほどの重圧を纏いつかせている事実があった。


「だけど―――」


 ハッと口角を吊り上げて女神は深い笑みを溢す。



「―――奥の手を隠し持つことは結構。でも、そんな余裕キミ達にあると思っているのかな?」




 それは、音よりも速く来た。
 地面が揺さぶられ、巨大な震動が引き起こされる。
 天と地が鳴動し、まるで世界が崩れ落ちるかのような予感さえ漂わせ、女神は進撃を開始した。
 これが神。女神エレクシル。歩くだけで世界が恐れ、大地が崩れ落ちる。
 彼女と戦うということは、世界(アナザー)そのものを敵にまわすということ同義に等しい。
 神とは天上の支配者であり、民はそんな神々を崇め敬い奉る。太古の世界より、人々はそうやって神という存在を信仰してきた。
 それを敵に回すなど、どれだけ荒唐無稽な話だろうか。地上に住まうものでは、対抗する術などなく、等しく滅びを迎えるだけ。


 そんな女神のゆっくりとした歩みの前に立ちふさがる者がいる。
 僅か三十年。されど三十年。神を殺すという意思を胸に秘め、己の道を邁進してきた剣魔が一人。
 どれだけの力量差があろうとも、絶対に退くものかと不退転の決意を胸に、小狐丸の切っ先をエレクシルへと向けなおす。



「こりゃ、参った。確かに出し惜しみしてる場合じゃねぇか」


 内容は軽く聞こえるが、どこか真剣味を感じさせる声で、イグニードが囁いた。
 女神へ切っ先と視線を向けたまま、横目で悪竜王を盗み見れば、緊迫した雰囲気でありながら、女神と同様に笑みを浮かべている。決して強がりや虚勢ではなく、どこかまだ余裕を感じさせる彼を見て、キョウもまた強張っていた全身の筋肉から適度に力が抜けていくのを自覚した。念願の女神を前にして、力が入りすぎていたことに、深い呼吸を一つ。己がまだまだ未熟であったことを戒め、それに気づかせてくれたイグニードには感謝の念を贈る。


「……とは言ってもどうするのじゃ? 作戦の一つや二つくらいはないのかのぅ、イグニードよ」
「俺もまさかこんな早く女神とやりあうなんざ考えてなかったからな。計算違いもいいところだっつーの」 

 後方に位置していたディーティニアが、イグニードへと問い掛けるものの、肝心の彼は頭をワシワシと掻きながら―――それでも一切の気の緩み無く女神を見据える。

「……まぁ、仕方ねぇな。女神の言うとおり、奥の手隠したまま殺された、なんて笑い話にもなりゃしねぇ。久々に、やるしかないな」

 飛翔していた空から大地へ降り立つ。
 首を左右に捻るとゴキゴキと音を立て、何度かの深呼吸を繰り返す。

「おい、お前さんたち。悪いが離れていてくれねーか? 女神(あいつ)の余力はできるだけ俺がこそぎ落としてやる。だから、後は任せた(・・・・・)
「イグニード、何を言っておるの―――」



 ディーティニアが疑問を投げかけた刹那、横溢する闇よりなお深く暗い気配。
 この場にいた四人の行動は、誰かが指示を出すまでも無く統一された。即ち、この戦闘区域からの脱出である。
 このままここにいてはイグニードの邪魔になる―――とか、そういったレベルの話ではなく、ここにいては死ぬ(・・)という第六感がもたらした未来予知に従った行動を取っただけであった。
 キョウは後退する途中に、もっとも身体能力で劣るディーティニアを肩に担ぎ上げ瞬く間にイグニードと女神から離れていく。テンペストとナインテールもまた同様だ。

「やばいって、イグニード!? あいつ、何考えてるのさ!! まさか、僕達がこんな近くにいるのに、本気出すって!!」
「―――仕方あるまい。短い対峙でわかったが、やはり女神は強い。アレとまともに渡り合えるのはイグニードおいて他にはいない。いや、イグニードでも恐らくは……」


 ぎゃぁぎゃぁっと喚くナインテールの矛先は何故か女神ではなくイグニードに向いていて、それを宥めるのは同じ竜王種であるテンペストであった。それを黙って聞いているキョウとディーティニアだったが、女神と一人で相対している悪竜王の姿が陽炎の如く歪んでいっているのが遠目にも理解でき―――やがて四人が数百メートル近い距離を取った地点で、それは起きた。

 イグニードの全身から溢れ出して来るのは、黒い煙。
 徐々にその煙は増えていき、やがて彼の肉体を全て覆い尽くす。
 それだけでは収まらず、積乱雲が地上に発生したと思わせる黒く不吉な巨大な煙の塊が出来上がった。

 ゆっくりと歩いてきていたエレクシルが、上機嫌でその煙に触れた瞬間―――彼女の肉体が弾け跳んだ(・・・・・)
 キョウの必滅呪詛をもってして漸く後退させることができた化け物を、遥か彼方まで吹き飛ばす光景は圧巻ともいえた。
 それこそ百メートル以上は軽々と弾き飛ばされた女神は、ゴロゴロと大地を転がりながらやがて勢いを無くし止まる。少しはダメージを受けたのかと思いきや、彼女は平然とその場で立ち上がり身体中についた砂埃を叩き落とす。

「数千年ぶりかな。キミのその姿を見るのは。ねぇ―――悪竜王(イグニード)
「―――それなら、しっかりとその目に焼き付けろや、小娘がぁ!!」


 女神の揶揄するかのような台詞に、イグニードの咆哮が轟雷となって四方八方に響かせる。女神が巻き起こす地震に匹敵するほどの大震を引き起こし、得体の知れない黒い恐怖が世界を侵食していった。
 咆哮の結果強い風が一陣駆け抜け、黒い煙が晴れていく。その場に現れたのは、人の想像を遥かに超える異形そのもの。煙を掻き分け、かつて数多の文明を終焉に導いた悪竜王が真の姿を顕現させる。



「―――な、んじゃ。アレ、は」


 獄炎の魔女から恐れにも似た呟きが漏れた。
 それもそのはず。今の彼の姿を見て、恐怖を、畏怖を抱かぬ者がいるだろうか。
 テンペストやナインテールでさえ、全身に鳥肌が立つのが止められない。気を抜けば意識を失ってしまうほどの威圧感を迸らせているイグニードの姿を見ただけで、この場から逃げ出したいと心が悲鳴をあげている。


 ただ一人。平常心を保ち続けるキョウの視線の先。
 そこには巨大な竜がいた。あまりにも巨大すぎる悪竜がいた。
 伝説に語られるよりも、なお巨大で、禍々しい―――まだ伝説の方が可愛げのある化け物がいた。


 長い尾と太く短い四肢。巨大な胴体と、そこから別々に生える三つ首。胴体からは二枚の翼が風を受けて蠢いている。全身を赤黒い鱗で覆った悪竜に相応しき威容。爛々と赤黒く光る爬虫類染みた眼が、ぬらりっと女神を見下ろしていた。外見だけならば、確かに驚くべきことではないのかもしれない。だが、問題はその巨体の大きさ。
 かの陸獣王でも二十メートル超。テンペストの竜変化状態でも精々数十メートル。いや、精々という表現はおかしいだろう。それだけでも十分な脅威となる巨躯だからだ。
 しかしながら、今この場に現れたイグニードの真の姿は―――軽く数百メー(・・・・・・)トルを超え(・・・・・)ていた(・・・)



 イグニードが離れろといった意味をキョウは確かに理解した。
 女神が、五人の本気を出せられるようにしたという本当の意味をディーティニアは理解した。


 これが伝説さえも消滅させ、伝承さえも灰燼と化し、数多の文明を破壊しつくしてきた破滅の権化。
 幻想大陸最強―――悪竜王イグニード=ダッハーカ。

 三つ首がゆっくりと鎌首をもたげ、空を見上げた。
 蒼空が一瞬で黒く染まる。何処かから突如として集められた嵐雲が稲光を発し始めた。バチバチと弾ける空から、今度は女神へと視線を向けなおし、顎を大きく開く。
 彼の三つ首から同時に放出されたのは、黒いレーザーブレス。一直線に、遠く離れた女神へ放たれた黒い砲撃は螺旋を描きながらも、音さえも後方へ置き去りにして突き進む。十数メートル規模のその波動を、エレクシルは目の前にかざした右手で一振り。眼球神経を焼き尽くす黒き光とともに、悪竜王と女神の丁度中間でそれらは誘爆した。

 パチパチと粉塵と爆煙が巻き起こされるさなか、その煙を引き裂いてエレクシルがイグニードへと迫り行く。
 その速度は、これまでのような遊びではなかった。数百メートルの間合いなど、彼女には大した問題ではないとばかりに、イグニードへと近接しようとした女神へ向けて、赤黒い瞳を大きく見開く。

 途端、睨みつけられた女神を中心として不可視の圧力が上空から襲い掛かる。
 爆轟する圧壊能力が、エレクシルを大地へと押し付けて、周囲をクレーター状に陥没させていく。ディーティニアの超重の超炎(グラビティ・フレア)も重力を多少は操作することが可能だが、それすらも子供だましにしか見えないほどの圧壊能力だ。

 対する女神は、絶えず上方から押さえつけられる圧力など気にも留めず、平然と立ち上がると右手を掲げ、開いた掌を握り締める。
 ビキリっと空間が一瞬歪んだかと思うと、彼女を取り巻いていた圧力が残滓も残さず消え去った。陥没した大地の中心で、イグニードを見上げたエレクシルは、静かに嗤う。





「うん。なかなかだ。面白いよ、イグニード。ふふっ―――前菜には(・・・・)丁度いい(・・・・)


 お返しとばかりに不可視の衝撃波が女神から放たれ悪竜王へと到達する。
 だが、その衝撃波は突如としてイグニードの前に出現した黒き炎の壁に激突し、拮抗した後音も無く消え去った。
 己の攻撃が無化されたことに、若干驚いた表情をしたエレクシルを見下ろして、イグニードは牙をガチガチと打ち鳴らす。


「俺が数千年前と一緒と思ったか? 成長するのは人間の専売特許ってわけじゃないんだぜ?」


 四肢で大地を踏みしめて、再度地震を揺り起こした化け物は、慢心も油断もなく、鋼鉄の意志だけを眼光に秘め女神を貫く。



俺達が(・・・)、お前を終わらせてやるよ。なぁ―――女神エレクシル」






 爆雷と聞き間違える轟音でありながら、イグニードは静かにそう語った。









多分次回で西大陸編終了です。
……多分。



 ニーズヘッグ=ニヴルヘイム
人類に対して敵対行動しか取らないイグニードよりも余程悪竜の名が似合う竜王種。人類殺戮数、文明破壊数ともに竜王種トップ。性別的には♂。

 ファフニール=ファフナー
限りなく不死に近い竜。相手が苦しむ姿が見るのが好きなSさんだったが、神殺しさんにぶったぎられてMッ気に目覚めた。性別的には♀。

 ウロボロス=オフィス
屍竜皇や終竜よりさらにお婆さん。竜種や人類問わず慈しむ母性溢れる神竜。混沌の存在に気づいているが、どうしようもないことも認識している。性別的には♀。


 ヨルムンガンド=ウートガルザ
並の物ならば触れただけで死に至る猛毒を吐き出す竜。人類相手には超無双可能なチート竜なのだが竜種でもっとも面倒くさがりや。基本的に引きこもりで竜の楽園から外に出ることは滅多にない。数百年後の世界で、神殺しさんと同盟を結んでいる数少ない理解者。性別的には♀。



 アモン
七十二の邪神の一柱。超強い。邪神の中でも純粋な戦闘能力だけ見れば一、二を争う。神殺しさんとは宿命のライバル―――と周囲には言い張ってるが、毎回泣かされて逃げ帰ってる裏がある。ロリババァ。
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