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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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八十一章 女神襲来1

















「ふむぅ……しかし、外界(アナザー)でのお主の知り合いか。少し会ってみたかったのぅ」
「あまりお勧めできんがな。皆一癖二癖ある連中ばかりだぞ? まともなのは俺を含めて三人。執行者と辛うじて傭兵王が入るくらいか」
「……お主を含めて?」
「そうだが。何か言いたいことでもあるのか?」
「別になんでもないのじゃー」


 ざわざわと、周囲から途絶えることなく聞こえてくる人々の声を遠くに聞きながらキョウとディーティニアは会話を楽しんでいた。
 今二人がいる場所は決して豪華とはいえない安宿である。二階が旅人が借りれる宿。一階部分が酒場になっているどこにでもある大きいともいえない酒場兼宿屋だ。ただし、時分は昼時であるにもかかわらず、キョウとディーティニア以外は一階の酒場にも客の姿を認めることができない。元々、表通りから少し外れた場所に建っているのも原因の一つだが、この街を訪れる商人や旅人が大変すくないのが大きな理由といえる。幾ら巨人種の脅威が過ぎ去ったとしても、巨人の島(ジャイアントランド)に程近いこの街を訪れようという奇特な人間が少数なのも当然と言えた。


 巨人種によって西大陸壊滅の危機が齎されてから早五日が過ぎていた。
 巨人王や高位巨人種といった上位種はキョウ達によって倒され、そのついでに下位中位の巨人種もほぼ全てが仕留められ、キョウ達がいた街以外に解き放たれた化け物達も、何者かによって無残な姿で発見されたという報告を聞き、西大陸の住人は我が耳を疑った。

 地獄の死者達が解放され、もはや他の大陸に逃げ延びるしかないと考えられていたというのに、まさかその絶望的な状況をあっさりと覆されることになるとは―――驚くなと言うほうが無理なかろう話である。


 街一つが壊滅したものの、それだけの被害で済んだことこそが奇跡。
 巨人種の侵攻を押し留めた、魔女達の名は瞬く間に大陸中に広がった。
 天雷の魔女。神風の魔女。流水の魔女。この三人は、西大陸を救った英雄としてその名をさらに広めることになっていた。

 その中に、キョウやナインテール、ディーティニアの名前がないのは何故か。それは本人達が望んだからである。 

 キョウは名声や報酬に興味が無い。
 セルヴァの時には動きやすくなるように探求者としての地位を要求したが、今回の件ではこれ以上名を広めるのは少々よろしくないと判断したからだ。はっきり言って、キョウはアナザーでは超がつく有名人であることは説明するまでも無い。勿論、七つの人災という悪い意味での、だが。幻想大陸にはキョウ以外にもかなりの数の送り人がいると言われている。そんな人間にキョウ=スメラギという名前が耳に届けば、間違いなく気づかれるだろう。しかも、この大陸ではキョウのようなの名前は珍しい、というのもある。
 現状、これ以上の名声はキョウにとってプラスになるどころか、マイナスにしかならないという理由があった。


 ナインテールはというと、彼女についても言うに及ばず。
 幻想大陸に住まう人間、亜人の天敵。危険生物の最上位―――第一級に属する幻獣王。
 現在はキョウが幻想大陸の人類を敵に回さない限りは彼女も敵対する意思はないが、それが一般人に通用するかといえば無理な話だ。
 幻想大陸の全て、とは言わないが大多数の人間がナインテールのことを認めないだろう。勿論、幻獣王ということを隠せば問題ないだろうが、どんな些細なことで気づかれるかわからない。


 最後にディーティニアはというと―――彼女は本当に何もしていない。いや、何もしていないというのは語弊がある。
 確かに東大陸では頑張った。本当に色々と頑張って、英雄と呼ばれるに値する実績を残してきた。
 しかし、西大陸の巨人種襲来については、キョウとナインテールが化け物達と戦ってる間にただ走ってきただけである。その後合流して下位巨人種を焼き払いはしたが、やはり二人に比べれば霞んでしまう。


 そういうわけで、西大陸を崩壊の危機から救った本当の英雄である一人と一体と、影が薄かったもう一人の功績は闇に封じられることになったのだ。

 アトリ達からしてみれば、キョウ達の功績を横からかっさらう形となってしまい、何度も辞退しようと試みたが、押し切られる形になってしまった。実際、アトリやシルフィーナが、街の人間を逃がすことに尽力を注いだから、多くの住人が逃げ出すことが出来たのだから、それは英雄的行動に値するだろう。僅か二人で街を襲っていた巨人種を撃退できたことに違和感を抱く人間もいるだろうが、アトリ達が街の人間を逃がすために戦ってる姿は多くの人に目撃されているため、キョウ達のことが明るみに出ない限りは、ばれる可能性は限りなく零に近い。


 
 そのような理由もあり、三人の魔女は大忙しなのが現状である。
 あまりの多忙ぶりに、それこそ寝る暇も無い姿を見て、キョウは功績を押し付けてよかったと安堵していたのだった。

 

「ふぁぁ……おはよぉ、剣士殿」
「ああ、ナインか。おはよう。まぁ、もう昼時だがな」
「うぇ? 本当だ。また随分と寝坊しちゃったなぁ」

 窓から差し込んでくる光に眩しそうに眼を細めたのは、キョウに挨拶しながら二階に続く木の階段を降りてきたナインテールであった。ふぁ、と大きく欠伸をすると、彼女の目尻にうっすらと涙が浮かぶ。それを指で散らすと、まだ眠いのかウトウトしながら、覚束ない足取りでキョウとディーティニアがいるテーブルがある場所まで歩いてきた。


「うーん。最近なんか身体が重くてさぁ。超獣解放(メタモルフォーゼ)の影響がこんなに残るなんて思ってもみなかったかな」
「話を聞くに、数百年ぶりとか言ってたな。それならば仕方の無いことじゃないか?」
「そうなんだよねぇ。困った困った……これからちょくちょく使って体に慣らさないと駄目っぽい」

 右肩をぐるぐると回しながら、ナインテールは椅子にちょこんっと腰を下ろした。
 椅子の上で胡坐をかき、もう一度大きく欠伸をして、半眼で自分を見ているディーティニアにようやく気づく。

「んー、あれ? いたの、ディーテ?」
「……いたのじゃ。失敬な奴じゃのぅ、お主は」
「うーん。ディーテより遅く起きるなんて、ヤバイかも。これは早起きも考えないと駄目かもねぇ」
「……重ねて失敬な奴じゃのぅ」

 何やら言い合いを始めた二人を横目に、キョウは熱いお茶が入った湯呑みを一啜り。
 ほぅ、と至福の吐息を漏らした。高級品というわけではないが、幻想大陸では珍しいお茶が飲めるというだけで、心が弾むというものである。

 キョウは二人を特に止めようとはしない。
 何時ものことといえば何時ものことであるし、二人とも本気で言い争っているわけでもないのは一目でわかる。
 基本的に孤高を生きてきた獄炎の魔女と東大陸の魔境に一人住んでいた幻獣王。
 両者とも知り合いは愚か、気の置けない友と呼べる相手は皆無に等しかった。二人ともが飛び抜けすぎた人外の域に達しているということもあるだろうが、対等に付き合える相手と八百年以上振りに久しく会えたのだ。
 それが嬉しくない筈がない。例え、口でなんと言っていても、だ。

 対等の友との一種のコミュニケーション。
 キョウは二人の会話をそう判断していた。

「それよりさぁ、ディーティニア。もっと牛乳飲みなよ。そうすれば大きくなれるかもよ? 特にどこが、とは言わないけど」
「黙るのじゃ、ナイン。どこがとは言わないといいながら、胸に視線を送るでないわ!! お、お主だってワシよりちっこいではないか!!」
「いや、だからさぁ? 僕はディーテと違って恥じてないからさ、おっぱい小さいの。小さいのは小さいなりに需要はあるんだよ? ねぇ、剣士殿」
「な、なななななんじゃとぉ!? キョ、キョウ!? お、お主小さい方が―――」

 湯呑みに口をつけているキョウを、きらきらと瞳を輝かせて期待の眼差しを向けてくるディーティニアに、どうしたものかと思案するキョウだったが。

「……人並みにあるほうがいいんではないか?」

「―――ぐ、ぐぬぅぅ」
「え? うそ? 剣士殿、小さい方が好きじゃなか、たの? え? え?」

「……俺の嗜好が少々勘違いされているのは、勘弁して欲しいところだ」


 ガーン、と机につっぷす獄炎の魔女と、自分の勘違いに地味にショックを受けるナインテール。
 確かに、彼の周りには些か小さい女性が集まりやすいかもしれないが、確かにキョウの口から小さいのが好きだと言明されたわけではない。己の身体に恥じるところはないナインテールだったが、自分の胸に両手をあて、揉むことすら不可能なあまりの平坦さに絶望を感じるのだった。

 突如としてズーンと鉛のように重くなった空間に、流石に悪いことをしたかともキョウは考えたが、別に間違ったことは言っていないと気を取り直して咳払いを一つ。

「そういえば、アトリ達はまだ戻らないのか?」
「ああ……そういえば、あの娘達まだ見かけないね。僕は寝てたからわからないけど……ディーテは何か知ってる?」
「さて。ワシも聞いてはおらぬが、数日は復興に尽力すると言っておったらからのぅ」
「そうか。一言も告げずにここを出るのも悪いからな。戦続きだったし、もう少しゆっくりとするか」

 キョウの問い掛けに、ナインテールとディーティニアが死人のように生気のない表情で答える。

 現在この宿は殆ど貸し切り状態になっている訳だが、部屋を借りているのは僅か三人。
 即ち、このテーブルに集まっているメンバーだけである。キョウが聞いたアトリ達三人は先日から巨人種によって壊滅させられた街の復興の手助けを行っているところであった。

 本来ならアトリはまだ怪我が完治してないため行かなくても問題はなかったのだが、ティアレフィナが無理やりに引っ張っていたのだ。何でも継続して回復魔法をかけなければ、怪我の回復にも時間がかかるという理由があったためである。
 肝心のアトリは、キョウにしがみ付いて断固拒否するという意志を見せていたが、粘り強いティアレフィナの説得により渋々といった様子ではあったが復興に向かった姿が記憶に新しい。


 そんな訳で、今のところ特に何かをする予定も行く予定もないキョウ達一行はこの宿に留まっているのだ。


「さんせーい。僕の筋肉痛も思ったより長く続いてるしさぁ。ゆっくり僕と剣士殿の蜜月を楽しもうよぉ」
「……ワシもおるからな、ワシも」
「んー? なんならディーテも混ざる?」
「ま、ままま混ざるって何にじゃ!? お、お主一体何をする気なのじゃー!?」
「いや、別に。ふつーに買い物とか観光だけど」
「―――っ!? う、うむ!! そ、そうじゃな。ワシも一緒に行ってやらんこともないのじゃよ」
「何でそんな上から目線なのさ。別に来たくなかったら別に来なくていいよ?」

「い、いやじゃー!! ワシも行かせてほしいのじゃー!! 仲間はずれは良くないのじゃよぉぉぉぉぉ!!」


 本気で少し泣きそうになっているディーテの慌てふためく様を見ていたナインテールは、はっと鼻で笑って肩をすくめた。

「お願いします、ナインテール様。と言ったら一緒に来ることを許してあげるよ」
「な、なんじゃと……」

 ガーン、と背後にアトリもいないのに雷が落ちたような衝撃を受けたディーテが、小さな拳を強く握り締める。
 彼女の中のプライドと欲望が鎬を削っているのだろうが、その戦いは僅か十秒足らずで決着を迎えた。

「た、頼むのじゃ……ナイン」
「えー? 何か違うんじゃないのかなー」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 両腕を組んで、さらには椅子の上で仁王立ちまでして見下ろしてくるナインテールに対して、歯軋りをするディーティニア。
 やがて自分の中で折り合いがついたのか、悔しげに表情を歪めながらも深呼吸を二度して、熱く煮えたぎった息を肺から吐き出した。

「お、お願い……しますのじゃ……ナイン、様」
「いや、別に俺と出かけるのにナインの承諾は必要ないだろ?」
「―――っ!! それもそうじゃ!? 計ったな、ナイィィイイイイイン!?」

 我関せずにいたキョウの見かねた一言で、ディーティニアが当たり前といえば当たり前のことに気づきテーブルをバンっと叩いて勢いよく立ち上がる。
 人でも殺せそうな鋭い視線がナインテールを貫くも、魔の獣の王は萎縮するどころか平然としていた。


「……計ったってなにさぁ? 変なこと言わないで欲しいんだけどねー」
「ぐ、ぐぬぬ……しらばくれおってっ!!」 
「別にしらばくれてないしー。それよりも、ディーテの方こそ変な想像してたよねぇ?」

 ギクリっと眼に見えて分かるほどにディーティニアの動揺がこの場にいるものに伝わってくる。

「な、なななんのことじゃ? ワシはべ、別に変な想像なんてしてないのじゃよ」
「ははぁん? 全く……ディーテは相変わらずムッツリなんだから。意外とえっちぃのバレバレなんだよね」
「ム、ムッツリって言うなー!!」

 遂に爆発したディーティニアが、テーブルの上に這い上がり、ナインテールの襟の部分を両手で掴むと、細腕のどこにそんな力が隠されていたのかと思うほどに力強く頭を前後に振り始めた。ナインテールは頭が上下に揺さぶられていながら、ケタケタと笑っているのだからある意味大したものである。


「……ほどほどにしておけよ、ナイン」


 キョウの呆れが混じった言葉に、はぁいと余裕の返答をするナインテール。
 喧嘩するほど仲が良いとも言うし、殺し合いに発展するという訳でもないのだから、もう暫く放っておくかと判断しキョウは温くなったお茶を啜るのであった。




「おうおう、いたいた。よー、元気だったか?」



 そんな微妙な雰囲気が流れている中、酒場の入り口がカランカランと来客を告げる鐘の音を鳴らす。
 男の声が聞こえた瞬間、ナインテールとディーティニアの二人はじゃれ合いをピタリと止めて、その声の発生主の方へと視線を向けた。彼女達の視線は今までとは異なりどこか真剣で、表情には緊張が隠せずにいる。
 二人とは対照的にキョウは片手に湯呑みを持ったまま、普段通りの彼のまま片手を軽く挙げて男に答えた。


「ああ。至って変わりは無い。お前の方はどうだ、イグニード?」
「かっかっかっか。そいつは、重畳。俺の方も病気一つない健康そのものだぜ」

 イグニードは、キョウの返答に満足そうに頷く。
 酒場への来客。それは、幻想大陸でも最強と目されている悪竜王であった。

「お前が病気になっている姿など思い浮かばん。むしろ、お前でも病にかかったりするのか?」
「そういやー、俺の生きてきた年月で病気になったことはねーな。どうだ、うらやましいだろう」
「多少はな。以前流行り病にかかったときは死にそうになったからな―――操血の看病のせいで」

 ふっと暗い闇を顔に浮かばせたキョウに、一体何があったのか気にはなったものの、あまりの深さの闇に聞くことが憚れたイグニードは喉まで出掛かった言葉を呑み込んだ。

「それで、だ。今日は何の用だ? またナインでも借りに来たのか?」

 キョウの冗談めいた発言に、顔を青くしてぶんぶんと首を横に振るナインテールの姿に、珍しいと思いながらも内心で胸がすく想いのディーティニアだった。


「ああ、そのことなんだが。とりあえず落ち着いて話を聞いてくれると約束してくれるか?」
「……話くらいなら聞くぞ」
「いきなり斬りかかるとか、無しだぜ?」
「人を何だと思ってる。流石に有無を言わさず殺そうとはせんぞ……多分」
「多分って言うなよ、多分って。まぁ、とりあえずそういうわけで、頼んだ。よし、いいぞ。入ってこいよ」

 前半はキョウ達へ。後半は酒場の外へと聞こえるように叫ぶイグニードに、首を捻る。
 一体誰を呼んでいるのか多少気になったキョウは、酒場の入り口へと身体を向けた。しかしながら、待つこと十秒二十秒。誰も入ってくる気配が微塵も感じられない。
 外の気配を察知しようにも、傍にいるイグニードの気配があまりにも強大すぎて、キョウをして上手く感覚を働かせることができなかった。感覚を狂わされ、悪竜王という大凶星の影に隠れるように、他の者の気配が薄くなっている。

 幾ら待っても入ってこようとしない相手に痺れを切らしたのか、イグニードが大股で酒場から外へと出て行く。


「おい。お前が連れて行けって言ったんだぞ? 何隠れてるんだ」
「し、しかしだな……ものには順序があるというか。いきなり行っては相手を驚かせてしまうかもしれん」
「あーあー。そう言うのはいいから。面倒くさいし、お前さんとりあえず謝っとけ」

 何やら外でイグニードと女性が言い争っていたが、やがて誰かを脇に抱えて戻ってきた。

 そして、その誰かを見て―――キョウとディーティニアが思わず身構える。

 何故ならば、イグニードが連れてきた人物。
 それは―――竜女王テンペスト=テンペシアだったからだ。

 かつてキョウ達に手痛い敗北を味合わせた竜王種の一体。
 その力は、竜王種でもイグニードに次ぐと言われ、他の第一級危険生物をも軽々と凌ぐとも噂されている怪物の中の怪物である。

 その彼女が。風の超越種ともあろう彼女が。
 あろうことか、荷物のようにイグニードの脇に抱えられ運ばれるなどと誰が想像するであろうか。


「―――ふっ。久しぶりだな、我が好敵手達よ」
「……」
「……」


 竜女王は、脇に抱えられた状態でありながらも器用に胸を張りながら、超然としている。
 彼女の態度と状態が正反対すぎて、笑うに笑えない状況となっていた。

 固まっている空気に、イグニードはペシンと竜女王の頭を叩く。

「おい。とりあえず以前のことを謝っとけ。運がよければそれで水に流してくれる―――かもしれねーぞ」
「そ、そうなんだが。ぐ……そう思ったんだが、本人を前にしたら……む、胸が苦しいのだ。なんだ、これは」

 ぼそぼそと二体の竜王種が小声で話し合う。
 テンペストの想像もしない言葉に、イグニードは眉を顰めた。

「え、えー? なんだよ、その乙女チックな反応はよー。ヴァジュラの野郎もむくわれねーな。別に全く構わんけど」

 額に手をあてて空を仰ぐ悪竜王の姿に―――漸く固まった空気が動き出す。

 ディーティニアの小柄な肉体から溢れ出す、如何なるものも焼き滅ぼさんとする獄炎の魔力。
 先程までナインテールと言い争っていた姿は既になく、鋭い眼光でイグニードに抱えられている少し間抜けなテンペストを睨みつけていた。

「まさか再びワシの前に姿を現すとは、いい度胸じゃな。今のワシをかつてのワシと一緒にするでないぞ?」
「確かに。あの時よりもさらに磨きがかかったようだな、実に見事。流石は、獄炎の魔女よ」

 対してテンペストも、魔女の視線を受けて、ニィっと口元を歪めた。
 その微笑はあまりにも禍々しく不吉さを漂わせていたが、それでも竜女王は美しかった。万人を魅了する神話の如き美麗さで、ディーティニアの威圧をも真正面から受け止める。

 二人が放ち始めた重圧にミシミシと建物が悲鳴をあげ始め、ガタガタと小規模な地震が揺り起こされた。


 今にも一触即発の両者の対峙に、キョウとイグニードの二人が同時に嘆息する。
 それに気づいた男二人は、お前も苦労しているな―――といった想いを視線に込めて無言で互いを慰めあった。


「……落ち着け、ディーテ。先程もイグニードが言っただろう? 話くらいはきいてやれ、と」
「し、しかしじゃな、キョウ……」
「とにかく、深呼吸でもしてみろ。それにこんな場所でお前達が戦ったら、街が冗談抜きで消し飛ぶぞ」
「む、むぅ」


 キョウの説得に、冷静さを少しは取り戻したのか今すぐここで戦おうとする気はなくなり、ディーティニアは纏っていた魔法力を身の内におさめる。 
 消し去るのでなく、身体の内におさめるという辺りが、彼女のテンペストへ対する警戒度を現していた。


「すまないな。よし、相手は話を聞いてくれるってよ。テンペスト、意地張ってないで謝っとけ」
「そ、そうか。そうだな。う、うむ……」


 チラチラとキョウへと視線を送りながら、イグニードの脇から脱出したテンペストがようやく自分の両足で立ち上がる。
 ふぁさっと豊かで豪勢なエメラルドグリーンの長髪が音を立て、少しばかり離れているというのに甘い香りがキョウの鼻に届く。かつて戦った時は余裕もなかった為、とてつもない化け物というイメージが強かったのだが、改めて見るととてつもない美女であるということをキョウであっても否定できなかった。
 彼の人生、親しい間柄の人間は数えるほどしかいないが、知り合う相手は不思議と女性が多い。しかも綺麗どころが大多数を占めるのだが、テンペストはその中でも一、二を争えるほどだ。しかも、彼女のような大人びた女性はどちらかというと少数派。しかも、胸は十分に標準を超えており、そのため一秒にも満たない一瞬ではあるが、キョウの視線を釘付けにするには十分の魅力を備えていた。


「その、うむ。あの、だな……北大陸では―――」
「ああ。なんだ、もしかしてイグニードが謝れと言っているのは北大陸で戦った時のことか?」
「あ、ああ。その通りだが」
「それなら謝罪は受け取る必要はないな」

 テンペストがきょとんっとした顔で、途中で台詞を遮ったキョウを見つめる。

「あの時は確かに万全ではなかったにせよ、俺は全力で戦った。ディーテもだ。しかも二対一という形でな。その結果がアレだ」
「―――しかし」
「それに謝罪をするならば俺の方だろう。如何にセルヴァと戦った後という理由があったにせよ、お前の全力(・・・・・)に応えられ(・・・・・)なかった(・・・・)

 キョウの発言にイグニードは小さく、まじかよ―――と呟いた。

 確かにキョウの言うとおりだ。
 あの時テンペストは竜変化を行い、生涯初となる本気の戦いを行った。
 だが、瀕死の二人を相手にして全力(・・)を出したとは言えない。慈しむように、撫でるように、そんな程度の攻撃しか加えなかった。もしもあの時テンペストが容赦なく攻撃を放っていれば今頃二人は髪の毛一本残さず消滅していた筈だ。

 そもそもキョウの考え方がおかしい。
 竜王種と人間。基本的なスペックが違いすぎる。立っている土俵から既に違っている。
 そんな相手を前にして、お前の全力に応えられなかった、と謝罪したのだ。

 それはまるで自分が竜王種と対等であるかの物言い。
 だからこそ、謝罪するなと言ったのだ。あれは互いに命を賭けた闘争だった。自分たちが瀕死になったのは、あくまでも自分たちの力不足。お前が謝ることではない。自分たちに対する侮辱になる、と。




「―――かっかっか!! そうかそうか。いやいや、本当に面白いやつだよ、お前さん」



 キョウの台詞の意味を悟ったイグニードは本当に楽しそうに笑った。
 ただの人間が竜王種と対等であろうとするなど、屍竜皇や終竜が聞いたら一蹴しただろう。

 愚か者め。世界最強の種たる我らを愚弄するか。
 そんなことを語る筈だ。


 しかし、イグニードは彼らのようには思わない。
 そうだ。それでこそだ。これこそが、キョウ=スメラギという男なのだ。
 短い付き合いだが、何故か納得してしまう何かが彼にはあった。
 だからこそ、人間であるキョウやエルフのディーティニアに躊躇いもなく、共闘を申し入れた。彼らならば、きっと自分たちには出来ないことをやれるだろうという希望を持って。


 ニマニマとそれはもう良い笑顔を見せるイグニードと、何がなんだかわかっていないテンペストの二人は非常に対照的ですらあった。


「そうか。そなたがそう言うのならば、これ以上は無粋になるか」


 結局、キョウの謝罪はいらないという言葉を素直に受け入れ、テンペストは頷く。
 注意して見なければわからないが、ほっと安堵の息を吐いており、実はここにくるまで相当に不安がっていたことを知っているのはイグニードだけであった。 

「そ、それでだな。これは、その……お詫びと言うか。いや、謝罪のつもりではないぞ? しかしだな、うむ。折角持ってきたのに渡さないというのもアレなのだ」

 何がアレなのかわからないが、急にしどろもどろになって視線をあちらこちらに移動させるテンペストだったが、覚悟を決めたのか懐から両手の手の平にすっぽりと収まる程度の大きさの木の皮で出来た小包みを取り出した。

 よし、頑張れ。今だ、行け。
 そんなイグニードの生暖かい視線で背中を押されたテンペストは、キョウに向かってその小包みを差し出した。

「もしよければ、食べてくれぬか? 一応は、我が作った握り飯というものだ」


 よし、よく言った!! 頑張ったな、テンペスト!!
 まるで我が娘を見るかのように、愛情に満ち溢れたイグニードが背後で思わずガッツポーズを取る。

 しかし、渡された当の本人であるキョウはまさかの事態に固まってしまう。
 流石のキョウもこればかりは予想外もいいところで、かつて殺しあった相手からの突如として手作りの御握りを渡されるのは、三十年の人生で初めての経験であった。

「う、うっそだー。ちょ、ちょっと本気? あのテンペストが、御握り作ってくるとか。冗談、だよね?」


 あまりの出来事に動揺を隠せないナインテールの声も震えていた。
 その声で、彼女に気づいたテンペストが、意外な人物を見たと僅かに眼を見開く。

「……久しいな、ナインテール。幻想大陸に封じられて以来か。変わっておらぬようだな」
「うん、お久し。テンペストも元気そうだね……というか、どんな風の吹き回しさ。キミが料理するなんて」
「べ、別に良いではないか。我とて料理の一つや二つくらい」


 ―――できねーけどな。

 と、反射的に口に出しそうになったイグニードは、辛うじてそれを呑み込んだ。
 あれから多少料理の指導はしたが、結局まともに上達はしなかった。もう本当にギリギリ食べられるラインで出来たのが御握りくらいなのだ。
 料理スキル低すぎだろう。むしろもうマイナススタートだな、というのがイグニードの感想であった。

 とにかく、今は下手に口を出せばテンペストの印象を悪化させてしまう。
 それを理解しているイグニードは、ハラハラしながら事の成り行きを見守っているのだった。

「……テンペストの料理か。もしかして毒でもはいってたり?」
「失敬な女狐め。そんなもの入れておらぬわ」

 お前の他の料理は毒同然だけどな!!
 内心で叫ぶイグニード。頬をひくつかせながら、突っ込みを必至で我慢する彼の祈りが天に届いたのか、再起動を果たしたキョウが何ともいえない表情で小包みを受け取った。

「その、なんだ。感謝する」
「そ、そうか。受け取ってもらえて、こちらこそ―――感謝するぞ」

 相当に嬉しいのか、ぱぁっと極上の笑顔を向けてくるテンペストが眩しい。
 ナインテールの言うように、毒でも入ってるのではと実は一瞬疑ったキョウは、己を恥じる。それにテンペストならばこんなまどろっこしいことをせずに真正面からぶつかってくるだろう。そんな考えに行き着いたキョウは、躊躇うことなく包みを解く。




 すると中から出て来たのは―――原型を残していないぐちゃぐちゃの御握りらしき潰れた物体だった。



 もう一度シーンと静まり返る酒場。
 何度見返しても、御握りには見えはしない。いや、百歩譲れば辛うじて見えるかもしれないが、一般的な代物とは天と地の差がある。
 それを見たイグニードが誰が見ても分かるほどに頬を引き攣らせた。


 ―――しまったっっ!! 西大陸に飛んでくる前に作ったら、そりゃあーなるの当たり前じゃねーか!! 



 ガンっと床に片膝を着いて、基本的なことを忘れていた己を罵倒する。
 超速度で飛行することを可能とする竜王種である彼らが、北大陸からこちらへ向かってくれば、その衝撃で御握りの形が崩れることは当たり前といえば当たり前であった。それを計算していなかったイグニードの落ち度だが、何気に彼も抜けているところがあるため、これを予想していなかったのだ。

「こ、これは……違う。違うんだ、キョウ=スメラギよ!! 確かに作ったときはまだもう少しまともだったのだが―――」

 それよりはほんの少しだけまともな形だったけどな!! 
 やはり突っ込みをいれたくてウズウズするイグニードだったが、そんなことより今はどうやってテンペストをフォローするか、である。あんな物を渡されれば、正直な話ただの嫌がらせだ。確かにテンペストは頑張って作ったわけだが、それをキョウが知る由もない。しかも、キョウのテンペストへの印象はそこまで高くない筈だ。そんな状態で幾ら手料理と言い張って渡したとしてもプラスどころか超絶的なマイナスにしかならない。


 ―――テンペスト。すまん、お前の恋はいきなり終わった。



 諦観の境地に達したイグニードはどこか遠い目でテンペストを見守る。
 もはやこの状態ではどうしようもないと悪竜王は悟ったからだ。
 下手に言い訳をして好転すればいいが、この流れ的に大抵は悪化するのが落ち。つまりは、もうなるようにしかならない。

 静まり返る空気。
 一体どうなるのか。誰もが、キョウがその御握りらしき物体をテンペストに返すかそれとも投げ捨てるかするものだと予想していた。
 だが、我を取り戻したキョウが取った行動は、この場に居た全ての予想を超えていく。


 ぐちゃぐちゃになった御握りを、あろうことかキョウは躊躇いなく口に運ぶ。
 モグモグと口の中で何度か咀嚼し、飲み込む音がやけに大きく響き渡った。
 それを何度か繰り返し、遂には得体の知れない物体を全て胃袋の中におさめたキョウは、テーブルにおいてあった湯呑みのお茶を口に含んでようやく一息。

 誰もが固まっているなかで、多少言い難そうにしながらも―――。



「なんだ、その。俺は世辞は言わん。それに一回しか言わないから良く聞いてくれ」

 仏頂面で、どこか照れくさそうに視線を彼方へと向け。


「―――悪くは、ない」


 それだけ言い切って、近くにあった椅子に座る。
 背中を向けているのが、キョウなりの照れ隠しなのだろうか。

 その発言は確かにテンペストに届くものの、意味を理解するまで彼女は暫しの時を必要とする。

「あ、ああ。そ、そうか。悪くは、ないのか。そうかそうか。ははははっ―――そうか」


 どこか泣きそうな表情で、テンペストは自分の胸に片手を当てた。
 バクンバクンと、破裂しそうなほどに高鳴っているのが理解できる。身体中の血液が沸騰したかのように熱い。キュンっと快感染みた何かが全身を包む。頬が真っ赤に染まり、熱を持っている。

 ―――嬉しいのか、我は。



 ぽろりっと一筋の涙が彼女の眼から零れ落ちた。

 本当はあの御握りは、碌な味ではないことを知っている。
 料理の腕も上達していないのは嫌と言うほどわかっていた。幾ら初心者とはいえ、ヴァジュラが倒れるほどの味付けなのだ。言葉では強がっていたものの、それがおかしいことくらい理解できていた。

 しかし、キョウは言ってくれた。
 悪くはない、と。褒め言葉とは言い難いかも知れないが、それでもテンペストの努力はその一言で報われたような気がした。


「―――ふ、ふふふ。悪くはないものだな、イグニード。誰かのために何かを為すというのは」
「お、おう……ぞうだな」
「……ちょっ。そなた、何を泣いておる!?」


 振り返ったテンペストが見たのは、ダラダラと泣いているイグニードの姿だった。
 あの悪竜王が、感極まって涙を流す光景は異常すぎて、ディーティニアとナインテールはその場から思わず後退してしまう。下手に凄まれるよりも余程怖ろしいものがある。


「べ、別に泣いてねーし。これは……心の汗ってやつだ」
「……そうか。そなたがそう言うならば、我は何も言わん」

 必至になって手で涙を拭うイグニードが、年を食ったら涙もろくてかなわん、と呟いていたのを皆が聞こえない振りをする。


「そ、それでじゃ。お主ら一体何をしに来たのじゃ?」

 本当に混沌と化した酒場で、それを拭い去るようにディーティニアがイグニードへと平静である演技をしながら問いかける。











 カツン。



















「いや、特にはないんだけどよ。強いて言うならテンペストをお前さんたちに紹介しようと思ってな」
「ほぅ。ならば、そやつもこちら側(・・・・)と見て良いのか?」













 カツン。
















「ああ。俺とテンペストは確定だな。後はヴァジュラの野郎も。屍竜皇と終竜は、いまいち掴めん」
「屍竜皇と終竜? それが表舞台に出てきていない残りの竜王種というわけか」
「おう。結構つえーぜ。テンペストほどじゃないがな」














 ギィ。
















「あ、ごめん、そういえば中立宣言してたアエロを、僕が焼いちゃった」
「おいおい、まじかよ。まぁ、別にいいけどよ。何か理由があったんだろ?」
「あー。なんかあいつさぁ、いきなり剣士殿を殺そうとしてきたから。ついついぷちっとね。実際にはかなり苦戦したけど」

















「楽しそうで何よりだよ―――ねぇ、キミ達」















 ピキリと誰もが空間が凍結する音を聞いた。
 比較するのも馬鹿らしい。桁とか格とか、そういった言葉とは異なる存在自体の違い。
 強いて言うならば、次元が違うとでも表現するしかない何か。


 揺らぐ揺らぐ。世界が地響きを立てて、超自然的な災害である大地震に匹敵するそれを巻き起こす。
 ただ、彼女(・・)が歩を進めるだけで引き起こされる超自然現象。

 放つ言葉は、この場にいる者達でさえも跪きたくなる重圧を纏っていた。


 万象全て。灰燼に帰すべし。



 空間さえも音を立てて亀裂を創り、世界は軋み、許してくれと哀願する。

 相性。力。速度。技術。魔法。能力。
 それら全ては彼女の前ではただの児戯。十の力が結集しようと、万の力の前では意味を為さない。

 激震するのは街なのか? それとも大陸だろうか? 否、世界なのだ。

 これが、神。無論ただの神ではない。
 かつて存在した神ならば、イグニードが散々消滅させた事実がある。恐らくは、キョウも破神をすることが可能だろう。

 しかし、しかしだ。
 ここにいる存在をそれらと同一にするべきではない。
 数多いた神々全てを滅ぼしつくし、神々と敵対していた邪神すらも封印して見せた絶対唯一の女神様。

 それが彼女だ。
 三千大千世界において、比肩する者なし。
 絶対最強の名を名乗っても、誰からも異論無き、至強の頂点。



 即ち。














「―――会いにきたよ、キョウ=スメラギ。さぁ、ボクと遊んでくれるかい?」
















 彼女こそが、女神エレクシル。
 心底楽しそうに、双眸を細めてこの場にいる全ての存在を凍てつかせた。


 だが、ただ一人。
 エレクシルの目的である張本人。
 彼女の興味を一身に受ける、剣魔の答えとは―――。





























「―――お前を斬るぞ(・・・・・・)


 それが、剣魔―――キョウ=スメラギの女神へ対する返答だった。

























 
「人を何だと思ってる。流石に有無を言わさず殺そうとはせんぞ……多分」


「―――お前を斬るぞ」

あ、あれ?
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