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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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八十章  七つの人災6

















 ディーティニアの駆け抜けていく後姿を黙って見送ることしか出来なかったガルガンチュアは、暫くの間この場に佇んでいたが自分のすべきことを思い出し、頭を切り替えて東へと歩を進める。
 片手で握っていた戦斧の柄を握りつぶさんばかりに強く持ちながら、想像の中で先ほどの魔法使いらしき人物のことを思い描き、ぞくぞくとした死にも似た予感に背筋を震わせていた。

 彼が生き抜いてきた世界(アナザー)にも数多の魔法使いは当然ながら存在していたが、それでも先程の化け物染みた銀髪の少女には遠く及ばない。
 そもそもが、彼女は本当に魔法使いだったのか。そう疑問を感じるのも仕方のないことであった。傭兵王の目からしてみても、ディーティニアとはそれほど飛び抜けすぎた魔法力を身に纏っていたのだから。


「―――ガルガン、チュア!!」


 獄炎の魔女に気を取られていたためだろうか。
 ガルガンチュアは、周囲の異常事態を察知するのに一拍遅れた。そして、彼よりも僅かに早くカクリヨの鋭い声が飛ぶ。彼女の声には注意以上に、どこか焦燥が混じっていた。キョウに関連する以外のことでは冷静沈着である剣姫にしては、それは非常に珍しいことだ。それ故に、ガルガンチュアも即座に意識を張り詰めさせる。

 そして、気づいた。
 本当に先程まで数えるのが億劫な程に蠢いていた異形達の気配が連鎖反応を起こすように潰えていっていることに。
 しかも、恐らくそれを為しているだろう気配は二つ。ガルガンチュアもカクリヨも、その二つの気配に嫌と言うほど見覚えがあった。

「こんなに早く見つけることが出来るなんて、サイレンスの日頃の行いのおかげかしら」
「……お前の日頃の行いだったら、多分一生見つからないと思うけどな」


 二人の視線の先から、歩み寄ってくる人物もまた二人。
 巨人種が襲来しているこの街で、平然と散歩するが如く歩む様は、どこか異常に見て取れる。
 そんな彼らは、ガルガンチュアとカクリヨの予想に違わず―――七つの人災に数えられる、人形遣いと執行者であった。

 他の者が見れば驚いたであろう光景がそこにはあり、サイレンスは四肢を奇妙な方向に折れ曲がりもはや息絶えていると思われる程ボロボロになったギガスの頭を片手で掴んで引き摺ってきていた。
 小柄な彼女が十メートル近い巨人種を方腕一本で引き摺ることができるのか。いや、そもそもが小柄大柄関係なく、人の腕力でそのようなことが出来るはずもない。それなのに平然と歩いてくるサイレンスに、この場に集ったものは何故か全く驚くことはなかった。まるでその態度はこの程度の光景は、既に見慣れたと無言で語っているかのようである。

「……よう。なんだ、お前達も来てたのか」
「ええ。まさかこんな近くに飛ばされるとは思ってもいなかったけど。手間が省けて逆に助かったわ」


 些か面倒臭そうに軽く手をあげて声をかけたガルガンチュアに、サイレンスがそう答えた。
 そして、まるで小さなボールを投げるように片手で引き摺ってきたギガスをその場から放り投げる。放物線を描き、十数メートルも投げ捨てられたギガスは着地点にあった建物の屋根に突っ込むと重厚な激突音を鳴らして建物内部へと消えていった。

 そんな非常識な出来事を巻き起こしたサイレンスは流石に多少は疲れたのか手をプラプラと振っているのだが、彼女の横にいる呆れた表情のナナシを見つけたガルガンチュアが眼を細める―――のも一瞬。

「つーか、なんだよ。お前、まさかカイザーか? おいおい、気配が一緒だったからわかったけどよ……なんだよ、その格好。うけでも狙ってんのか?」
「―――う、うるせぇ。べ、別にいいだろうが!! お前に何か迷惑かけたかよ!?」
「いや……別に迷惑はかかってないけどよ。おう、なんだか―――ぷっ」

 ナナシの姿を確認すると、ぶはははは、と遠慮なく笑うガルガンチュア。
 確かに昔に比べれば随分と変化……というか、浮浪者染みてしまったのは認めるが、ここまで直球で笑われるのは如何にナナシとて気に障るというものだ。

「この執行者(クズ)の格好については気にしないで。どうせ大勢には影響しない話だもの。浮浪者が一緒にいるとでも思っておけばいいのよ」
「……くそっ。容赦ねーな、お前」

 ガルガンチュアよりもさらに容赦のないサイレンスの台詞に、少しだけ泣きたくなるナナシだったが、必至で零れそうになる涙に耐え切ろうとする。
 それから一分程度。一頻り笑っていた傭兵王だったが、ようやく笑いも治まったのか何度か呼吸を繰り返し落ち着くと、改めてサイレンスに向き直った。   

「それにしても、あれだな。エレクシル教国をぶっ潰して以来か。死臭と血臭しかしないようで何よりだ。変わってねーな、お前」
「あら有難う。貴方も昔のままね、傭兵王」
「……微妙に嫌味で言ったんだけどな」

 傭兵王の台詞をさらりと受け流したサイレンスは、微かに眼を細め口元を若干歪めて笑みを零す。ガルガンチュアにしては珍しく、相手のことを毛嫌いしている様子が見て取れた。
 それに対して人形遣いはどこか小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、優雅に一礼。

「それで一体何のようだ? お前のことだからこのデカブツ共から街を救いにや、俺達に会いに来たってわけでもないだろう?」
「ええ、そうね。話が早くて助かるわ。少し手を貸してほしいことがあるのよ」
「……嫌だね、と言いたいが話だけは聞いてやるよ」
「あら。暫く会わない間に随分と丸くなったんじゃないのかしら? 話だけでも聞いてくれるなんて」

 相変わらず癇に障るクスクスとした嘲笑に、ガルガンチュアはピクリっと眉を顰める。
 やはり、この女とは相容れない―――この短い会話の中で彼はそう悟った。
 確かに己自身、そこまで気が長い性分だとは思っていない。それでも、不思議とサイレンスとは馬が合わなかった。まるで、感情よりも本能が彼女を否定しているような嫌悪感が湧き立ってくる。こんな女と平然と連れたてるキョウは、その点驚くべきことであった。


 ―――やっぱり、あいつはすげぇ奴だ。


 先程あったばかりのキョウのことを思い出し素直に称賛を贈ったガルガンチュアは、何とかこの女に一泡吹かせてやろうという気持ちがむくむくと頭をもたげてきた。
 そこで、彼は目まぐるしい速度で思考する。一体どうすれば、人形遣い(サイレンス)を慌てさせることができるだろうか。この腹が立つ嘲笑を浮かべている女の仮面を打ち砕くことが出来るだろうか。

 実際に考えていた時間は一秒にも満たない一瞬であった。
 しかしながら、その刹那の思考速度は生死を分ける戦闘の時にも匹敵するほどに集中力を発揮しており―――ガルガンチュアは、その時間の中でとある答えを導き出す。

 傭兵王から見て真正面。
 人形遣いからしてみれば背後。

 そんな方角からザシャっと言う音がした。
 何者かの足音。誰かが姿を現した合図。

 それに向かって、ガルガンチュアは実に気安げに戦斧を持った手を頭上に掲げた。



「―――よぅ、キョウ」
「えっ―――」


 傭兵王の声掛けに、人形遣いの反応は劇的であった。
 この世のあらゆる人間を見下すような歪んだ笑みは消失し、どこか困惑した感情が浮かび上がる。焦りを隠せないのか、右手で顔の半分を隠した包帯を弄り始め、視線はあちらこちらを行き来していた。
 そこにあったのは焦燥なのか。それとも降って沸いた幸運へ対する感謝なのか。普段よりも表情は硬く、それが彼女の余裕のなさを表しているかのようであった。しかし、その瞳はきらきらと期待に輝いている。それでもたっぷり数秒かけて己の中の感情に決着をつけたのか、ばさりっと長い髪を靡かせて背後を振り向いた。

 
「ひひひひ、久しぶりね―――剣魔!! げ、元気にしてたかしら!? わわわ、私、私は、私は元気だったけれども―――」


 完全に余裕をなくしているのか、もはやまともに発言できていないサイレンス。
 それでも本人は格好良く決めているつもりなのだが、他の者から見れば―――何言ってるんだこいつ状態である。
 そんな人形遣いが振り向いた視線の先。彼女の瞳に映ったのは、荒廃した街並みと、一匹の化け物だった。二メートルを超えるほどの体格。全身を青黒い鱗で覆っていて、四肢が人間よりも随分と長い。小さな角が一本だけ額から生えている人外。端的に言ってしまうと、グレゴリと呼ばれる下位巨人種だ。

 それを見たサイレンスがピキリっと固まる。
 彼女だけでなく、期待の視線で貫かれたグレゴリもどうしていいのかわからずに完全に固まってしまっていた。
 ひゅうっと寒々しい風が吹きつけてくる。両者ともまるで彫像になったかのように指先一つ動かさない。




「―――ぶはっ」




 そんな人形遣いの様子に、堪えきれなくなったガルガンチュアが噴出した。
 腹を抱えて笑う彼に、自分が一杯食わされたことを悟ったサイレンスの顔が羞恥で赤く染まる。固まっていた彼女の身体がぶるぶると震え始め、両手を強く握り締めた。


 刹那。



「―――邪魔よ!!」


 暴風が如き圧力と速度でグレゴリとの間合いを詰めたサイレンスの拳が容赦なく相手の頭を殴りつけた。そこには技術もなにもない。単純な腕力だけに頼った、言ってしまえば暴力にしか過ぎない。
 しかし、その威力は信じがたい領域に踏み込んでいて、人形遣いの細腕が二メートル近い化け物を殴りつけたと同時にその顔が破裂。脳髄がびちゃりっと飛び散った。青黒い鮮血や、白い骨も飛散し大地を汚す。
 頭が消滅した状態のグレゴリはそれだけでは留まらず頭から下の肉体が、弾かれたようにその場から勢いよく転がっていく。


「ちょっ、ま、まて―――!?」


 そして、弾き飛ばされたグレゴリは、遠巻きで眺めていたナナシに直撃。
 一人と一体はその衝撃を殺しきれずそのまま遠くにあった建物の壁に激突。鈍い音をたてて、その壁を破壊。建物の内部へと転がっていき何かが崩れる音が何度か響き渡って、ようやく止まった。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 両肩を上下させ、息を弾ませるサイレンスを見ながら、ガルガンチュアは笑いを噛み殺している。
 普段の超然とした彼女とはとても思えない姿に、胸がすく思いであった。

 一方のカクリヨは、我関せずとキョウから貰った手拭いを取り出していて匂いをクンクンと犬のように嗅ぎながら、蕩けたような表情で別の世界へ旅立っているところである。

 やがて、ギロリっとやけに凶暴な目つきになったサイレンスが、ゆらりっと傭兵王へ振り返った。相対しただけでわかる圧倒的な殺意を身体から滲ませ、バキバキと両手の指を鳴らしながら一歩を踏み出していく。

「やってくれるじゃない。まさかこんな方法を取ってくるなんて。サイレンスを馬鹿にするなんて良い度胸ね」
「いやいや。俺もまさかここまで効果的面とは思わなかったぜ。どもりすぎだろ、お前―――くっくっく」


 サイレンスにとは一泡ふかすことが出来たのが相当に嬉しかったのか上機嫌のガルガンチュアとは反比例して、機嫌が急降下の人形遣いは殺気を隠そうともしない。
 周囲の全てを侵食していく黒い感情。触れるだけで気が狂いそうになるほどの負の霧をばら撒き始めるサイレンスの双眸が危険な光を放ち始める。

 これは少し踏み込みすぎたか、と考えたガルガンチュアだったが、今更後には引けない。
 謝罪して許してもらえる相手ではないことは百も承知。ましてや、謝罪する気など彼には全くない。


「―――少しおいたが過ぎたようね。死んだ方がマシだと思えるくらいに嬲ってあげる」
「くっくっく。あんな姿を見せた後に凄んでも迫力ねぇぜ? まぁ、丁度良い。俺も欲求不満が続いていてな―――遊んでくれよ、人形遣い」



 ガルガンチュアはサイレンスの放つ圧力に負けじと戦斧を握りしめ腰を落とすと、どんな攻撃にも対応できるように身体の隅々にまで神経を張り巡らせ標的を見据える。
 両者の尋常ならざる気当たりが空気すらも質量を持たせ、呼吸さえも困難な世界を創りあげて行く。
 何か切っ掛けがあれば爆発する。そんな一瞬の油断が命取りにもなる空間において、カクリヨはキョウから貰った手拭いを遂に味わうようにむにゅむにゅと口に含み、頬を朱に染めていた。なにやら、美味しい、と呟きを傭兵王も人形遣いも拾っていたが、敢えて無視して互いだけを視界に入れる。


 そんな空間で、ガラッと瓦礫が音を立てた。
 その犯人は吹き飛ばされた執行者で、全身に擦り傷を作りながらもようやく瓦礫の山から這い出てくることが出来たのだが、それを合図にするかのように二人の人災が、拳を、戦斧を強く握り締める。

 白衣をはためかせ、空を渡る軌跡を残す人形遣い。
 戦斧を振り回し、超速の化け物を迎え撃つ傭兵王。

 剣姫にも負けない速度で、それこそ瞬きする間でガルガンチュアへと強襲したサイレンスが右拳を振り上げる。不吉な黒い霧を右手に結集させ、おぞましいほどの憎悪を傭兵王へと叩きつけてきた。
 彼の視界に映ったのは、黒い形をした死そのものだ。単純なまでの暴力だけで、かつて剣魔に地を舐めさせた化け物が、何の容赦もなく襲い掛かってくる光景は怖ろしい。本能が、理性が、ガルガンチュアに退けといっている。戦うなと。今すぐに撤退することこそが正解なのだと。

 だが、傭兵王は一歩も退きはしなかった。
 ああ、そうだ。理性が正しい。本能が正しい。
 こんな化け物を真っ向から迎え撃つなど愚直の極み。愚かしいにも程がある。
 それでも、逃げない。引いてなどやるものか。

 それは、ただの誇り。プライド。男の矜持。

 くだらないと笑いたければ笑うが良い。
 そんなもので力の差など覆せるものか、と。

 されど。
 執念。想い。矜持。
 そこに込められた力は果てしない。
 形にならないそれこそが。絶対的な力を打ち破る時もある。


「―――ぶっつぶしてやんよ、人形遣い」


 獰猛に笑う傭兵王に、僅かな悪寒というものを感じた人形遣い。
 このまま拳を振り下ろすべきか、否か。
 判断を躊躇った彼女のそれは、それこそ一秒を分割した微かな時間だ。
 果たして、それが幸運だったのか、不幸だったのか。


狂風一陣(テンペスト)ォォォオオオ!!」


 そんな二人の動きを止めさせる、突風が巻き起こる。
 ハリケーンにも似た強い風が吹きつけて、両者が目を細めた刹那には、ナナシが間に割って入っていた。
 撓る鞭を連想させる右回し蹴りが宙に浮かんでいたサイレンスの脇腹を強打。容赦なく蹴り飛ばされた彼女は、まるで先程のナナシを見るかのように建物の壁に激突し、ガラガラと崩れ落ちた瓦礫に埋まっていく。
 さらには蹴った反動を利用し、くるりと身体を回転させたナナシが真上から踵落としをガルガンチュアへと叩きつける。頭頂部に綺麗に直撃した一撃で、視界がぐらぐらと揺れた彼は短い苦悶の声をあげて地に沈んだ。



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 なにやら先程のサイレンスと同様に呼吸を乱しながらナナシは、吹き飛ばされたサイレンスと、地面に倒れているガルガンチュアの両方へと視線を順番に向ける。


「……お前ら、何やってんだ。俺達同士で殺しあってる場合じゃないだろう!? てか、サイレンス!! お前、手を借りに来て殺そうとするなよ!! それにお前もだ、カクリヨ!! 止めずに手拭いをしゃぶってるってなんだ!? 変だぞ、お前!! というか、恐いわ!!」


 悲痛な叫び声をあげるナナシに、シンっとこの場が静まり返る。七つの人災が四人も揃っている異常すぎるこの場所で、唯一のまともな人間である執行者の訴えは、凛としてよく響いた。
 それに暫しの間静まり返っていたが、ガラッと瓦礫を押しのけてサイレンスが立ち上がる。
 何故か傷一つ、かすり傷一つない彼女は、身体中についた埃をパンパンと払いながら歩み寄ってきた。

「……そうね。貴方の言う通りね」
「っ……。いててて。俺も、まぁ、からかいすぎたわ」


 どこか反省している表情を見せるサイレンスと、のっそりと頭を抑えながら立ち上がるガルガンチュア。
 そんな二人の姿に、ナナシはホッと安堵のため息をついた。
 これでようやく話を進めることとが出来る―――そう思った矢先。


「でも、私のこの行き場のない怒りはどこに向ければいいのかしら?」
「同感だ。俺の欲求不満の捌け口は?」


「―――え? いや……ちょっと、その」



 そういえば蹴られた脇腹が痛いわね、とわざとらしく呟くサイレンス。
 頭がいてぇな、と眉を顰めるガルガンチュア。


 ザッと人形遣いと傭兵王が同時に足を踏み出した。
 彼女達の視線は冷たく、ナナシを貫いている。



 ―――やばい、殺られる。



 そんな確信を抱いたナナシは、カクリヨへと淡い期待を込めて助けを求める視線を向けたが―――。


「変、ですか? この手拭いが変ですか? 私のことは百歩譲ってもよしとしましょう。ですが、私の宝物のこの手拭いが変なんですか? どうなんですか、執行者。答えてください、ねぇ―――答えてくださいよ、執行者」


 完全にスイッチが入ったカクリヨが、躊躇いなく双剣を引き抜いた。
 二振りの刃の切っ先を、ナナシへと向けて、まるで道端の蟻を見るかのような冷徹な視線で見下ろしてくる。




 ―――やばい。間違いなく殺られる。




 もはやそれは確信。
 ざっざと地面を踏みしめる音が三つ。まるで死神が近づいてくるような絶望感。
 今ここが自分の死地だと悟ったナナシは、槍を構えてそれを踏破しようと試みる。
 背中を悪寒が駆け抜け、口の中が嫌というほどに乾いていく。唾液も出てこない、そんな状況でナナシは頬を引き攣らせた。


  

「―――ちきしょう。理不尽だ!! 絶対、理不尽だぞ!? なぁ、お前らちょっと待て―――」





 そんなナナシの叫び声は、どこか屠殺場で響き渡る動物の声にも似ているのであった。




















 ▼


















「……それにしても、人形遣い。あの操血と戦うのならば、やはりお師匠の手を借りるべきではないですか?」

 巨人種に襲われている街から離れていく人影が三つ―――先頭にサイレンス。それに続くガルガンチュアとカクリヨ。そして、ボロ雑巾のようになったナナシが傭兵王に引き摺られている。
 雑談の一つもなく、雰囲気も決して良いとは言えない。そもそも七つの人災で、良好な関係を築いているのはキョウ関連だけなのだ。下手をしたら即殺し合いの間柄。冷たい空気が流れている中で、カクリヨは空気を全く読まずに先程受けた説明で疑問に感じた一つをサイレンスにぶつけた。


「おいおい、よく考えろよ。俺でもそれの答えくらいわかるぜ?」
「貴方みたいな単細胞によく考えろ、と言われる時がくるとは思いませんでした」
「……喧嘩うってんのか? まぁ、いい。確かに戦力的な面で考えたらキョウの野郎を引き入れた方が良いに決まってる。だけどな、それをやっちまうと前提条件がいきなり壊れるだろ」
「―――前提条件?」


 足早に歩いていく三人。
 ガルガンチュアに引き摺られているナナシは、地面に頭を強かに何度も打っている。
 鈍い音が幾度も響き、時折短い悲痛な声が彼の口から漏れているのだが、生憎とこの場でそれを哀れに思う人間は存在しなかった。


「悔しいが、操血(あいつ)はヤバイ。強いってレベルを超越してやがる。その点は俺達の意見は統一されてると思うけどな」


 ガルガンチュアはチラリっと二人の人災を順に見渡す。
 サイレンスは、ふっと鼻で笑うが特に反対の言葉を口に出すことはなく、カクリヨもまた頷くに留まった。

「さっきもサイレンスが言ってただろう? 俺達は操血の油断をつかないと戦闘にもなりゃしねぇ。恐らく、俺達四人であいつに喧嘩をうったとしても―――あいつは本気にならないはずだ。そこが俺達の勝機に繋がる」


 だがな―――とガルガンチュアは短く呟く。


「そこにキョウがいれば話は別だ。そうなれば操血に油断はなくなる。ようするにあいつは間違いなく全力をだすだろうよ。相手が誰だろうが、何だろうが。そうなれば、俺達の勝ちの目は限りなく低くなるってもんだ」
「……成る程。確かにそうですね。貴方にしてはよく考えられているようで」
「―――お前がキョウに関係すること以外あんまり考えてないだけだろうが」



 仲がいいのか悪いのか。
 互いに微妙に罵りあいながら会話を続けていく二人。


「……とにかく。さっさと操血を殺しに行きましょう。私はお師匠と旅をしたいのです」
「ああ、いいな。あいつと一緒にいると面白いことがわんさかやってくるからよ。今度は俺も一緒に行くとするか」
「え? 止めてください、傭兵王。私はお師匠と二人で旅をしたいんです」
「あ? つーか、いい加減お前も師匠離れしとけよ」
「は? どうやら死にたいようですね、筋肉達磨。操血の前に切り刻んであげましょうか」
「おもしれぇ……やってみやがれ、小娘が」

 ビキビキと空気が緊張していく。
 今にも破裂しそうな緊張感の中、先頭を歩いていたサイレンスが深いため息を一度。

 右足をあげて―――勢いよく振り下ろす。
 踏み足が地を噛んだ瞬間、ズンっと大地が震動した。ぐらぐらと数度地響きを起こし、傭兵王と剣姫の争いに待ったをかける。

「……」

 半眼で睨んでくるサイレンスに、出鼻を挫かれた二人は危うい気配を霧散させる。
 しばしの間、三人の間を静寂が包む。そんな中で聞こえるのは風の音と、ナナシの今にも死にそうな苦悶の声。

 一分もそんな時間が過ぎただろうか。
 やがてサイレンスは、再度ため息を一度。

「……私もその旅に同行させて貰おうかしら」
「―――は?」
「―――え?」




 信じられない言葉を聴いたかのように、ガルガンチュアもカクリヨも反射的に聞き返す。
 一体全体、この最悪で最悪すぎる女がどんな心変わりをしたのだろうか。

 穴が開くほどに見つめられたサイレンスは、照れているのか頬を赤く染め視線を明後日の方向に向けると―――。



「べ、別にあいつと一緒に旅をしたいってわけじゃないのよ!? 旅が好きなの。ええ、私は旅が好きなのよ。そのついでよ!!」


 聞いてもいないのに言い訳を始めるサイレンスの声を遠くに聞きながら、引き摺られているナナシは意外とこの四人は上手くいくのではないか―――と思うのであった。












 ―――多分無理だけど。
























 ▼














 北方の大帝国。
 シルヴァリア帝国。首都―――イフリート。

 アナザー五大国と呼ばれた巨大国家。
 操血の手によってここ半年で滅ぼされてしまっていく中で唯一残された大国。

 時間は深夜。丁度日が変わる時間帯。
 満天の夜空は星々で瞬き、雲の陰り一つなく、大きな月が優しげな光を地上に齎している。
 そんな柔らかな夜天とは異なり、現在の首都イフリートにある皇城は、兵士達の叫び声が木霊していた。

「報告いたします!! 侵入者は正門を破壊後、中央広間を通過中!!」

 そこにあったのは。恐怖だった。焦燥だった。
 今にも逃げ出したいという畏怖がこもっていながら―――それでも己たちの任務を全うしようとする男達の意地があった。

「東塔、西塔の兵士全て中央に集めろ!! 両方とも兵士を空にしても構わん!! 奴を、あの化け物をここで止めるぞ!!」

 巨大な広間で、兵士達が喧々囂々と叫び続ける。
 ここにいるのは重厚な金属鎧を着たシルヴァリア帝国の精鋭。三十二名編成の小隊が、迎撃体勢を取り、侵入者を迎え撃とうとしていた。密集陣形―――即ちファランクスと呼ばれるそれは、如何に室内にしては広いとはいえ、この空間に於いて隙間なく構えられており、蟻の這い出る隙間すらない。
 並の物なら、正面から向かってくるのならば彼らが手に構える長槍で串刺しになって終わりだろう。

 だが、相手がそうはならないことをこの場にいる者達が誰よりも知っていた。
 何故ならば、今現在この皇城に侵入……否、真正面から攻め落とそうとしている存在は、正真正銘の化け物だと理解していたからだ。

 カツンカツン、と
 敵地でありながら悠然と。まるでそこらの街中を散歩するが如く。
 美しい装飾を施された皇城の廊下を優雅に歩を進める女性が一人。
 動きやすい男物の黒い上下の衣服の上から、赤い外套を羽織った長身痩躯の女性が一人。切れ長の細い眼に、黒みがかった焦げ茶色の瞳。頬から顎にかけてのシャープなライン。異様なほどに顔立ちが整っており、腰まで届く長い黒髪をポニーテールにしている。残念ながら、彼女は女性らしい起伏さに欠けており、それさえある程度の大きさを誇れば、女性として完璧とも評価されたに違いない。
 そして、もしも七つの人災を見たものがいるならば、何故かその姿はキョウ=スメラギを連想させた。完成された個。至強の極地。そんなイメージを女性―――操血から受けるはずだ。



 この場にいた衛兵は、敵であるはずの彼女に見惚れた。
 人災であるはずの彼女に、数千万を超える殺戮を繰り返してきた彼女に眼を奪われた。


 ただ歩いているだけである筈の彼女には、華があった。見惚れる美しさがあった。魂を惹き付ける魔性があった。
 だが、それ以上に抵抗することも戦うことも忘却させる、恐怖だけが彼女の周囲には渦巻いていた。



 
 合計三十二名から成るファランクス。
 それの崩壊は一瞬だった。操血が、人差し指で横一直線に空間をなぞる。
 それだけで、四方八方からの血刃が飛ぶ。重厚で、頑強な筈の金属製の鎧がまるで紙くずと勘違いするかのように、容易く切り裂かれ、彼らは自分達が死んだと理解する間もなく涅槃へと送られた。

 血臭が広間に充満する。
 吐き気を催すそれを気にも留めず、操血は血の海に沈んでいる衛兵の亡骸を踏み潰し、闊歩していく。

 シルヴァリアの本城へと繋がっている本殿廊下。
 上を見上げれば天井は十数メートルもの高さで、この城の巨大さが一目でわかる造りとなっている。

 途中命を賭して、操血を止めようと立ちふさがった衛兵も数多くいたが、誰一人として彼女に傷一つつけることも出来ずに散っていった。その数は軽く二百を超えていたが、それに些かの疑問を抱いた。

 あまりにも衛兵の数が少なすぎるのだ。
 仮にもアナザー五大国の一角。深夜ということで詰めている衛兵が少ない―――というレベルの話ではない。
 特にシルヴァリアは、五大国でももっとも強大な国家として知られている、言うなれば戦争国家。その国の中枢部。本丸とでも言うべき場所に、たったこれだけの人員しか配置されていないはずがない。

 操血襲来で皆が逃げ出したとも考えられるが、残念ながらそれは大外れである。
 少なくとも彼女が知覚できる範囲で、逃亡した衛兵は皆無。そこは実に称賛されるべき点だ。


「……今までとは(・・・・・)違うな(・・・)。少しは楽しませてくれるのか、シルヴァリア」


 操血は、ハッと口元を歪めて嗤う。
 そして、己の前方に続く敷き詰められた赤い絨毯を進んでいった。
 随分と歩いただろうか。やがて、その赤い絨毯が終わりを告げる。終着点として、先にあるのは両開きの巨大な扉。
 目的地を見つけた操血は、人差し指と中指の二本を立てると、頭上に掲げ―――振り下ろす。

 パシャンっとどこか頼りない残響。
 超重量を誇る、巨大な扉はそれこそ人の手では開けられない。さらには対魔法のコーティングまでしている代物で、歯車を使用した機械に頼らねば、あけることは不可能だった。厚さも半端ではなく、例え霊白銀(ミスリル)の武器であったとしても打ち破ることは夢のまた夢。つまりは、侵入者がここまで来たとしても、これ以上先には到達できない仕組みになっている―――はずだった。


 右斜め上から大扉に赤い線が奔る。
 その線は左斜め下へと繋がっていて、やがて斜めに断たれた扉は、激しい音をあげて前後に崩れ落ちた。
 操血は、特に感慨を受けることもなく、風穴があいたそこを潜り抜け、遂にシルヴァリア皇城の中心部、即ち謁見の間へと到着したのだった。


 石床に敷き詰められた赤絨毯。
 金。銀。白銀。数多の宝石により彩られた豪華絢爛の室内は、想像を絶するほどに豪奢であった。そこはまさしく皇帝の間というに相応しい。一般人ならば、足を踏み入れることすら躊躇うオーラというべきものを部屋の全てが発していた。

 部屋に足を踏み入れた操血が、視界を上にあげる。
 数十段の階段の先には、この世の全ての贅を尽くして造られたかのような玉座が一つ。
 金色の輝きを放ちながら、シルヴァリアの中心部に鎮座していた。

 そして―――操血。シマイ=スメラギは、そこで初めて興味という色を乗せた視線を、玉座に座る人物へと向ける。


「……我が国シルヴァリアの歴史は古い。千年近い昔に起こった戦乱期に建国されて以来、アナザーでも有数の国家として君臨してきた。三桁を超える戦において、敗北を喫したことも数多い。されど、この首都イフリート……いや、シルヴァリア皇城まで攻め入ってきたのは貴公が初めてであり、そして最後となるだろう」


 操血の視線を真っ向から見据えながら、脅えることなく声を響かせた少女が一人。
 そこにいたのはアメジストにも似た薄紫に輝く豪勢で長い細髪に、見るだけで寒気が奔る程に完成された絶世の美貌。髪と同色の双眸が、異常なまでの凛々しさと麗々さを見るものに与えてくる。白布をベースとしながら数多の宝石が散りばめられたマントを纏い、操血に負けず劣らずの跪きそうになる可愛らしさと妖艶さを併せ持つ―――そんな二十にも満たない少女であった。彼女は王座に座りながら足を組み、見下ろすように侵入者へと視線を投げかけてくる。


「初めまして、七つの人災。操血―――シマイ=スメラギよ。妾こそが、シルヴァリア皇。アリアテッサ=シルヴァリア=イースガルドである」


 凛とした響きが広間中に響き渡った。
 それは、例えるならば王の威圧。自然と全ての人間を惹き付ける、カリスマとでも言うべき魅力をアリアテッサは発している。
 対して操血は、意外な人物を見たと、眉を僅かに顰めた。

「……何時、お前が皇位(・・・・・)を継いだ(・・・・)?」
「ほぅ。貴公は他人に興味を示さないと噂されていたが、妾のことは知っておったのか? それは土産話と自慢話に丁度いい。何、本来の皇帝である我が父と兄達は、貴公に恐れをなして何処かへ逃げ出してしまったのだ。故に、残された妾が皇帝を名乗っても何らおかしいことではない」
「なるほど。それでこの城には碌な兵士がいなかったということか」

 逃げ出した身内を呆れたように語るアリアテッサに、シマイは得心が行ったと頷いた。
 だが、操血の答えにシルヴァリア皇は眼を細める。それだけで身体から発する圧力が増大していった。

「妾に仕え、この城に残った勇敢なる兵達を貶めることは断じて罷りならん」


 膨れ上がる王の重圧を真っ向から浴びせられながら、操血はヤレヤレと肩をすくめる。
 全く気にも留めない操血の姿に、アリアテッサもこれ以上は無駄かと判断し、己を落ち着かせるように深い呼吸を一度。


「まぁ、よい。それに貴公とてここで問答をするために来たわけではあるまい。無駄話は妾とて好かん」


 アリアテッサは足組みを止め、パチンっと指を鳴らす。
 それを合図に、ざわりっと謁見の間の空気が揺らぐ。
 視認できるほどに明瞭化された、圧倒的な殺意。お前を殺す、という明確で純粋で、一切の躊躇いがない負の感情が瞬間的に膨れ上がっていく。しかも、その発生源は一人ではない。

 足音もなく、謁見の間に幾つもある巨大な柱の影から幾人もの人影が歩み出てくる。

 一人二人三人四人と―――次々と現れる者達は、戦に縁が無い人間とて一目で分かるほどに常軌を逸していた。
 心臓を直接掴まれ、押しつぶされるような違和感。戦闘に慣れた者、俗に言う一流の使い手ですらも関わることに二の足を踏むほどの重圧を纏っている異常者達。先程操血に殺された衛兵達もかなりの実力者であったのだが、そんな彼らでさえも霞む強者であることに異論を差し挟む者はいないだろう。


「金、栄誉、女、地位、そして―――復讐。理由は人それぞれであるが、世界最強(貴公)を打倒せんがために集まった命知らずの猛者どもよ」


 王者の風格を漂わせ、アリアテッサは―――否、シルヴァリア皇は、玉座から立ち上がる。
 ばさりっとマントを翻すと右手を掲げ、そして操血に向けた。


「妾は末席とはいえ、皇族に名を連ねるもの。そして、今ではこの国に残されたただ一人の皇帝よ。ならば、如何なる手段を用いてでも我が国を守らねばならん。その相手が例え貴公であったとしてもだ!!」

 冷静さを失わず操血と相対していたアリアテッサは、初めてここで語尾を荒らげた。
 苛烈な意志と研ぎ澄まされた敵意を視線に乗せて、皇帝を名乗るに相応しい王者の圧力を発しながら少女は猛る。


「もはや我らの間に全ては無用だ!! 性別も地位も志も想いも何もかも!! あるのはただ一つ、目の前の操血()を骨の一欠けらも残さず殲滅するという意志だけだ!!」


 少女が犬歯を剥き出しにして、周囲に佇む者達に吼える。
 上品で可憐で、美麗で、万人を魅了する魔性の少女が、世界最強に向けて臆せず立ち向かう。
 この場にいる皇帝という頂点を戴くアリアテッサ=シルヴァリア=イースガルドは―――世が世ならば世界を統べし覇王たる器を持ったカリスマと、己を曲げず通す鋼鉄の意志と執念を併せ持ったシルヴァリア帝国の歴史上比類なき傑物であった。





「行くぞ、我が同胞達よ―――妾に続け!!」





 ここに集った者でアリアテッサに忠誠を誓っている者などいはしない。
 彼女が語ったように、莫大な報酬に眼が眩んだもの。シルヴァリア帝国の重鎮となれる地位。世界最強を打倒するという栄誉。百を超える美女による酒池肉林。シマイ=スメラギに激しい憎悪を持つ者。そう言った死すら恐れない強者をひたすらに集め続けた。
 そんな彼らが、この瞬間―――アリアテッサをシルヴァリア皇として確かに認めた。

 数多の戦場を生き抜いてきた人外の域に達した彼らでさえも、気圧される世界最強を前にして、未だ二十にも満たない小娘が決して臆せず恐れず向かい合い、あろうことか激しく啖呵をきってみせた。

 なんという見事な心意気だ、と。
 この場にいる全ての人間が口に出さずとも、心の中で彼女を認めたのだ。

 そう。それは、あの操血とて例外ではなかった。


「……なるほど。納得した。確かにお前は、父様(・・)が言っていた通りの女だ」


 操血の呟きは、幸いなことに誰の耳に届くことなく空気に溶ける。
 自分が漏らした言葉に、彼女は己の失言に気づき軽く舌打ち。改めて、彼女は眼前に存在する敵対者達を見下すように睨みつけた。


「いいだろう。かかって来い、塵芥。あいつ(・・・)は私のものだ。私以外に渡すものか。故に、殺そう。排そう。あいつ(・・・)を私から奪おうとする可能性が僅かでもあるお前は、ここで殺す」


 これまでの冷静沈着の仮面を脱ぎ捨てて、操血は憤怒に染まった瞳でアリアテッサを貫いた。
 彼女の前に集う者達など気にも留めず、私の敵はお前だけだと、彼女の怒気がそう激しく語っているかのようであった。


 瞬間、シルヴァリア城が大きく揺れた。
 操血がアリアテッサを敵と認めただけで、全力には程遠い少し力を見せてやる程度の軽い感覚での力の解放。
 膨大で人の理解を超えた領域の気配が、容赦なく世界を飲み込み侵食していく。パラパラっと粉塵が天井から舞い落ちる。 
 世界最強がその力の片鱗であるが、暴威を示した。





 対してそれを迎え撃つは、世界(アナザー)に於いて、その名を轟かせる英雄英傑勇者魔人。
 最速を誇る執行者とも渡り合った紫電雷光(ライトニング)。数百メートル先の的すら外さない百発百中の狩人星穿つ射手(シューティングスター)。空さえも自由自在に飛行する天を駆ける者(スカイハイ)。セブンスター連合国を救った剣聖(ソードマスター)世界(アナザー)で最高の力量を持つ大魔導ウィザード。数万人の人間を殺しまわった感情無き虐殺者(ジェノサイダー)。単騎で千人からなる騎士団を壊滅させた千人斬り(サウザンド)。数多の武器を極め抜いた戦神(バトルマスター)

 ありとあらゆる手段を使い、今ここに世界最強《操血》を殺さんがためだけに集められた人外の域に達した怪物達が、それぞれの全盛を解放させる。

 対象となるのはたった一人の生命体。
 シマイ=スメラギ。

 しかしながら、今まさに己が死の淵に立っていることを自覚していながらも、操血の余裕は微塵も揺らぎはしなかった。
 それに対してこの場にいる全員が、ある予感に背を押されていることを自覚する。

 この一撃で決めなければならない―――という強迫観念染みた焦燥。

 数多の人域に達した化け物達の全力全盛全開全生。
 他の七つの人災でさえも防ぎきることは限りなく不可能に近い絶望の暴力に晒されながら、操血は静かに嗤った。



「―――纏血葬生(ブラッドアルター)




 ここの場にいる者達の視界が赤く染まった次の瞬間―――。


 虐殺者の頭が消し飛んだ。戦神の五体が切り落とされた。千人斬りの心臓が刳り貫かれた。大魔導の肉体が跳ね上げられ天井に梁り付けられた。剣聖の持っていた剣を粉微塵に粉砕し、首に風穴を開けられた。天を駆ける者が大地に叩きつけられ串刺しにされた。星穿つ射手の間合いを潰され、鮮血の大瀑布に飲み込まれた。紫電雷光の速度を遥かに凌駕する超速の赤刃が頭から股下まで一刀両断に叩き切った。

 それは夢か幻か。
 いや、これが現実。ありとあらゆる英雄英傑が揃ったとしても、足元にも及ばない絶対強者。
 文字通り世界最強を体現した真なる化け物。如何なるものも歯牙にもかけない彼女は、だからこそ世界最強と呼ばれるのだ。


 防御も抵抗も回避も許さない。
 瞬き一つする間にアリアテッサが揃えた対操血の超精鋭部隊は、地に沈んだ。
 そんな大虐殺を目の当たりにしながら、シルヴァリア皇の顔に恐怖も畏怖も浮かんではいなかった。
 恐れも、怖れも、畏れもなく、彼女は豪華絢爛な服とは正反対の飾りつけも何も無い無骨な剣を腰元から引き抜き、切っ先を操血に向ける。

 諦めを知らないその姿。
 もはや部下も仲間もいない、まさに裸の王様だというのに、何故かそこに哀れさは微塵もなかった。
 たった一人でありながら、それでもアリアテッサを称するならば―――やはりシルヴァリア皇。そう呼ぶしか他になし。




 だが、ここにいる怪物は、全てを蹂躙する。




 石床の下を潜ってアリアテッサの足元まで到達していた血槍が、石床を破壊して姿を現す。
 予想だにしていない真下からの攻撃に反応できるはずもなく、それは構えていた剣を容易く砕き、血槍の鋭利な先端がアリアテッサの胸元を貫き穿った。

 
 己と相手の血が入り混じり、赤黒い色彩を形作った血槍を見ながら―――アリアテッサは皮肉気に口元を歪める。



「……くっ。まったく……これほどとは……想像の、さらに上……これが、世界最強か……」


 ごほっと咳き込めば、激しい吐血が宙に散じた。



「……個で、国家を、凌駕するか……非常識にも、程がある……」


 恨み言を操血に向けているようで、しかし何故か彼女の表情はどこか晴れやかだった。
 皇族として、後ろ盾もなく、皇位継承順位としては下から数える方がはやい。皇族といっても名ばかりの彼女。優秀すぎるが故に、父からも兄弟からも疎まれ続けてきた。そして、そんな時に起こった操血襲来の事件。皇族が皆が逃げ出し、残ったのはアリアテッサだけ。兵士も国の財も全てを持ち出し、民を見捨てて逃げ出していった彼らの気持ちは正直わからないでもない。こんな化け物と真正面からやりあうなど命がいくつあっても足りはしないのだから。
 民のため。国のため。様々な言い訳はあれど、結局のところ、アリアテッサが残ったのは単なる意地だ。シルヴァリアの皇族としての誇りではない。単純な、彼女個人の矜持と意地。

 数少ない時間で出来うる限りの手段を取った。方法を取った。
 それでも、彼女が用意したそれを、容易く打ち破られたのだ。もはや、相手に対する称賛しか心には浮かび上がらない。


「……だが、これも、またよし。私も、私を信じて……仕えてくれた、兵の下に逝こう……」


 視界が色をなくしていく。
 明らかな致命傷の上、出血が既に延命は不可能なほどに流れ出てしまっている。
 天井を見上げ、眩しい人工の魔導の光に眼を細めた。彼女の十数年の人生を走馬灯のように振り返り―――そして、アリアテッサの瞳から生命の輝きが消えた。

 操血は、シルヴァリア皇を貫いていた血槍を消し去ると、糸の切れた操り人形の如くガクンっと床に崩れ落ちた少女を黙って見つめる。血を流しすぎて顔色は蒼さを通り越し蝋燭のように白く見えた。

 はっきり言って、彼女の行動は愚かとしか言えない。
 恐らくは勝てないと理解していながら。死ぬと予想していながら、己の意地を通すために皇族でありながらただ一人国に残った。
 馬鹿で愚かで、くだらない。何も為さず残せず無駄に命を散らしたアリアテッサを、逃げ延びた者達は嘲笑するだろう。

 だが―――。

「……認めたくは無いが、確かにお前は父様(・・)が気に入りそうなタイプだ」

 忌々しげに、それでも操血の言葉はアリアテッサをどこか認めているようにも聞こえた。
 死に顔ながら、満足気な表情を浮かべている彼女の肢体を黙って見つめていたシマイは―――不思議と今いるこの場所から動こうとはしなかった。
 如何に殆どの兵士が城にはいないとはいえ、まだそれなりの数の気配はあちらこちらで感じられる。首都ということもあり、外の街にはさらに多くの兵隊がいるだろう。
 その者達が押し寄せれば面倒なことになるのは分かりきったことだが、それを知りながら操血はこの場に佇む。

 その姿はまるで誰かを待っているかのようであった。







 そして―――時は満ちる。










「……ボクが言うのも何だけど、キミって本当に人間かい?」



 血と臓物の匂いが支配する謁見の間にて、静謐なる空気を打ち破るような美声が響く。
 半ば呆れを乗せて、女神エレクシルは屍山血河の頂点に立つシマイ=スメラギに語りかける。
 突如として出現した天上の存在に、しかしながらシマイは慌てるでもなく驚くでもなくアリアテッサの屍体から視線をエレクシルへとゆっくりと向け直す。



「―――ようやく来たか(・・・・・・・)遅かったな(・・・・・)



 まるでエレクシルが来ることを予想していたかのような彼女の台詞に、女神の柳眉がピクリと動く。
 アリアテッサへと放っていた憤怒も霧散させ、氷のように冷たい何も映していない瞳が、絶対強者たるエレクシルを貫く。しかし、彼女の瞳には興味も関心も恐怖も絶望も―――何もない。言うなれば漆黒。例えるならば虚無。

 そんな彼女の瞳を見たエレクシルの背筋がざわめいた。
 ギリギリと心臓が軋み音をあげ始める。
 初めて会ったというのに―――何故か、たまらなく、かつてないほどに、目の前にいる存在を殺したい(・・・・)

 キョウ=スメラギと出会った時とは正反対。
 あの時は身体中が興奮と歓喜に満ち溢れたが、今は己を律しなければ本能が操血を問答無用で圧殺しようと動き出してしまう。

「……まるでボクが来ることを知っていたかのようだね。預言者なのかい、キミは」
「―――預言者? くっくっく、ある意味的を射ているかも知れんな。なぁ、女神エレクシル」

 鼻で笑う操血の姿に、エレクシルの腸が煮えくり返るような憤怒に襲われる。
 今すぐにでも、殺したい。壊したい。細胞の一欠けらも残さずに、潰したい。
 だが、本能に押しつぶされそうな思考に残された僅かな理性がそれを押しとどめる。

「私を殺すか? なに、それでも構わんぞ。如何に私といえど、流石にお前と戦って勝てる可能性は皆無に等しい。そこまでの極限にお前は立っている」


 今先程、アナザーでも上位に位置する実力者を瞬く間に屠った怪物とは思えない、ある種の弱気ともいえる発言が口から飛び出す。それに強い違和感が一つ。エレクシルは、基本的にアナザーには姿を見せない。特に理由は無いが、昔から基本的にそう行動していたからだ。そんな自分のことを、一目で看破するとは一体どういうことなのか。気持ちの悪い悪寒にも似た冷たい空気が頬をなでる。

 そんなエレクシルの内心など知ったことかと、操血は己と相手の実力差をはっきりと認識していながら、威風堂々と躊躇いもなく言葉を発し続けた。


「だが、お前は私を殺せない。まったくもって愚かで馬鹿らしいことだがな。そういう風にできている。くだらない茶番が好きなのさ、あいつはな(・・・・・)


 操血の全てが癇に障る。
 眼も口も顔立ちも、声も言葉も何もかも。
 同じ空気を吸っていることさえも、エレクシルにとっては許し難い。

 それでも最後の一歩が踏み出せない。
 確かに操血の強さは比類なき領域に到達している。しかし、単純な戦闘能力で見れば、エレクシルとは雲泥の差。それこそ女神の前では、シマイと言えど勝ちの目など存在しない。それほどまでに力量には差があった。

 しかし、繰り返すが心のどこかでエレクシルの行動を妨げる何かがある。
 彼女の肉体を縛り付けるように、操血を殺そうとする殺意を押し留めていた。


「はっ。全く、無様で愚かだよ、お前はな。何も知らずに生を謳歌するか。それが定められた道だと知らずにな」



 容赦なく冷たい罵声を浴びせ続ける操血に、遂にエレクシルが爆発―――するかと思われた瞬間、彼女の纏っていた激しい怒りが突如として跡形もなく消え失せた。
 単純に、隠したというわけではない。今の今まで心に感じていた憤怒が本当に消失したのだ。操血に向けている瞳も、どこかの剣魔を連想させるほどに澄み渡り、穏やかになっていた。
 そして、女神は口角を吊り上げた。それは見惚れるような、だがどこまでも禍々しい微笑。魂までも鷲掴みにする神々しい魔性の笑みであった。

 そんなエレクシルの対応に、今度は操血が違和感を抱く。


 女神エレクシル。
 アナザーにおける現在存在している唯一神。
 その正体は、何と言うことも無い。己の宿願を果たすためだけに生涯を費やす狂神だ。そのためならば、人の命など塵芥。一切に執着も興味も憐憫も持たないいかれにいかれた化け物。

 大局に眼を向けず、自分の存在理由も突き詰めない。 

 言ってしまえば、小物なのだ。
 物語で出てくるような、まるで全てを見通した全知全能な神々とは程遠い。

 しかし―――そんな彼女だからこそ怖ろしい。

 下手に人間染みている分、エレクシルは自身の持つ神の極地に到達した力を行使することに躊躇いはないということだ。
 彼女を止めることが出来る力を持つ者など現状存在しない。故に、世界は非常に危ういバランスで続いていた。

 そんな女神がここまで言われて平然としていることに納得がいかない。
 操血の挑発に、経験上このような反応をされたことは一度としてなかったのだから。



「定められた道、か。うん、言いえて妙だがその通りだろうね。ボクはこれまでキミの言うとおり、その道を歩いていたのだから」



 静かな。だが、地獄の底から這い出てくる亡者さえも逃げ出す凄みを帯びたエレクシルの声が謁見の間に轟いた。





「だけど、それもこの前までさ(・・・・・・)。幾らボクとて疑問の一つや二つ感じていたことはある。ボクのような、ありとあらゆる神も邪神も、人外の存在も超越した化け物が―――何故誕生したのか」



 朗々と女神は謳うように続ける。



「おかしいことだらけの、ツギハギだらけのこの世界。それでもボクは悠久の時の流れを生き抜いてきた。それだけ長い間生きていれば気づくこともあるさ。ボクは誰かの(・・・・・・)掌の上(・・・)で踊っているに過ぎないとね」
「お前、気づいて―――」



 エレクシルの発言に、操血は初めて驚愕の表情を浮かび上がらせた。



「生きる意味も無く、理由も無く、目的もない。そんなボクが―――ようやく(・・・・)見つけた(・・・・)



 爛々と、子供のように瞳を輝かせ。
 横溢するとびっきり超大な気配。迫り来る質量を持った台風さながらの颶風だけで、操血の体がたたらを踏み一歩後退する。



「きっと昔のボク(・・・・)は、全てを承知の上で踊らされることを認めたのさ。そう―――ボクは彼に会うために全てを捧げたんだ」


 胸を張り、冷たくも熱い宣誓染みた発言は、二人の間に静寂を作り出す。
 シンと静まり返る謁見の間。鼻につくのは、操血が惨殺した死体から香る死臭。
 十秒が過ぎ。二十秒が過ぎ。やがて一分が過ぎた頃になって、ようやく操血が―――くはっと笑みを零した。



「は、ははははははっ!! いや、なに……初めてだ。初めてだ、そんな反応をされたのは。完全にではないにしろ、殻を打ち破ったか。通りで、そこまでふざけた領域に足を踏み入れているはずだ。もはや三千世界において、単純な戦闘能力でお前に勝る存在はいないだろうな。今のお前ならば―――混沌さえも凌駕するか」


 いや、それは言い過ぎたか。
 言葉には出さず自分の内心のみでその台詞を呟いた操血と、混沌(・・)という単語に僅かに双眸を細めたエレクシル。

「……混沌? キミは何を言って……」
「さて、無駄話が過ぎた。なぁ、女神よ。そろそろ私も行かせて貰おうか。お前が創造せし、箱庭へ。私の(・・)愛しい愛しいキョウがいる場所へ。お前はそのために来たのだろう?」


 女神の疑問を無理やりに打ち切ると、操血は両手を広げた。
 私の(・・)、と奇妙に強調するシマイに対して、エレクシルの頬が引き攣る。
 本能が暴発させそうになった神力を理性で止めると、女神は幾度と無く深呼吸を繰り返す。


「わかったよ。元々それがボクの目的だったしね。それじゃあ、行くといい。ボクの(・・・)キョウがいる場所へ」



 エレクシルもまた奇妙に強調すると、操血へ片腕を向ける。
 すると、ざわりっと黒い闇が蠢いた。シマイの足元から幾千幾万の黒い虫が集っているかのような異様さを巻き起こす。かつてキョウが幻想大陸へと飛ばされたときと同様の現象が引き起こされ、全身がそれに包まれ闇が霧散した次の瞬間には、操血の姿はこの場から完全に消え去っていた。


 この場に残ったエレクシルは暫くの間悠然と佇んでいたが、操血へと向けていた片腕を天井の方角へと掲げる。
 すると、表現不可能な圧力が奔流となって頭上に打ち出された。その波動は抵抗も許さず、謁見の間の天井全てを消滅させた。僅かに残されたのはパラパラと床に落ちてくる粉塵のみ。
 空を仰げば、暗天の夜空に浮かぶ星々が瞬いている。それを眼を細めて眺めていたエレクシルだったが―――。





「千年。千年か。少し長いな、その年月は。すまないね。やはりボクは我慢強くないみたいだ」





 世界が揺らぐ。
 剣魔も獄炎の魔女も操血も他の七つの人災も、陸獣王も海獣王も空獣王も幻獣王も―――魔王も竜王種も。
 あの悪竜王でさえも霞んで見える、真なる最強。




「会いに行こう、キミに。遊びに行こう、キミの下へ。ねぇ、キョウ=スメラギ。ボクを―――」




 三千大千世界(世界)最強。









「―――楽しませてくれ」














  女神エレクシル―――幻想大陸に襲来す。



















アリアテッサ=シルヴァリア=イースガルド

皇族の末席。後ろ盾もなにもなく、信頼できる部下もいない。
そのためシルヴァリアでは冷や飯ぐらい状態。本人も超優秀だったが故にそれに拍車をかけた。本来ならばとある人物が部下にいて、皇帝としての道を歩むことができたのだが、その部下がいなかった為本作では死亡。一応ダブルヒロインのうちの一人。(嘘
+注意+
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