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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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七十七章 七つの人災3








「申し訳ないけど、もう少し早く歩けないかな?」

 若干苛立っている口調で、ナインテールは自分の背後をついてくるアトリとシルフィーナの二人を急かす。
 勿論、彼女達も決してわざとゆっくりと歩いている訳ではない。
 肋骨を数本折られているアトリは歩くだけで激痛が脇腹から全身を駆け抜けていくため、どうしても普段よりもスローペースになるのは仕方の無いことだ。
 そんなアトリを支えるシルフィーナも小柄であり、一緒に歩いてはいるが逆にふらふらとしていて時折転びそうになっている。

「ご、ごめんなさい……」

 びくっと可哀想なくらいに脅えるシルフィーナと痛みで脂汗を滲ませてはいるアトリ。しかし、責められていることに関しては平然としているアトリは何気に図太かった。

 神風の魔女は元来の人見知りと、一目見ただけでわかる尋常ではない獣気を纏っているナインテールの一挙手一投足に身体をビクリと反応させている。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様子に、少し言い過ぎたかなと反省をするナインテールだったが、彼女は謝罪を口にすることはなかった。
 何故ならば、一刻も早く一足先に向かったキョウの後を追いたいという気持ちが心を占領していたからだ。

 本来ならば、キョウとともにナインテールも行きたかったのだが、彼直々にアトリとシルフィーナの護衛を頼まれてしまった以上断るに断れない。
 本人は、大丈夫だと平然と言い切っていたが、彼女からしてみれば不安要素ばかりで全然大丈夫ではないというのが本音であった。

 感じられた二つの気配。
 それはあまりに異様で、どう考えても異常。
 彼女の鋭敏な嗅覚が嗅ぎ取った、どうしようもないほどの破滅的な香り。或いはキョウにさえ匹敵するような、超大量虐殺者の血臭。
 第一級危険生物。生きた天災と呼ばれる化け物たちでさえも霞むような危うさを秘めた不吉さを漂わせていた。

 キョウのことは信頼しているが、今回ばかりは多少無理を言ってでもついていくべきだったかと、胸のうちにモヤモヤとした不安が広がっていく。
 だが、心配をしているのは何もナインテールだけではない。アトリもキョウのことを心配しているのか、激痛が襲う身体をおして充満している得体の知れない気配の発生源へと足を進めていく。


 元々少なかった会話は自然と無くなり、アトリとシルフィーナの背筋を伝う悪寒は強く、額から一筋の汗が滴り落ちる。
 幻獣王と謳われるナインテールでさえも、難しい表情で油断無く、だが躊躇い無く重さを感じられるほどに濃厚な空気を突き進んでいった。
 足に鉛がついたかのように、足の進みが遅くなる。一歩を踏み出すだけで体力を削られていく。知らず知らずのうちに、口の中が乾ききって唾液さえも分泌されない。鼻につく濃厚すぎる血臭。

 明確な危険を肌で感じつつも、ナインテール達は歩みを止めることは無かった。
 やがて、三人はこの街を異界へ変貌させた化け物達の下へと辿り着いたのだが―――。


「しばらくお前の噂を聞いていなかったけど、まさかこんな場所で過ごしていやがったとはなぁ……」
「俺にも色々あってな。だが、なかなか波乱万丈な毎日だったぞ、ここも」
「―――お師匠ぅ」
「ああ、それだ。ここって何なんだ? セブンスターの片田舎をぶらぶらしてた時に変なチビがごちゃごちゃ話しかけてきたんだけどよー。何かわけわからん意味不明なことばっか言ってたからぶった切ろうとしたんが……」
「……おいおい。お前も相変わらず相当アレだな。で、どうなった?」
「―――お師匠ぅぅぅ」
「いやー、よくわからん……」
「なんだ、それは。よくわからんってどういうことだ?」
「何時の間にか気が付いたらこの街の近くにいたからよ……べ、別に負けたわけじゃねーんだからな!?」
「そ、そうか……」
「……お師匠、ハァハァ……」


 笑顔でキョウの肩に腕を回し、ドフドフと腹に軽く拳を入れながら話しかけてきているガルガンチュアに、殴られている当の本人はかなり迷惑そうに眉を顰める。
 しかし、久しぶりとなるかつての仲間との再会はそれなりに嬉しいのか、キョウはガルガンチュアの腕を無理やりに振りほどこうとはしていなかった。
 まるで仲の良い友人同士に見えるその二人の姿に、ナインテール達の思考が一瞬ストップしたとしても無理なろう話である。それなりの覚悟を決めていたというのに蓋を開けてみれば、肩を組んで談笑しているのだから想像の斜め上すぎると言っても過言ではなかった。

 さらに注目すべき点として、地面に這い蹲りながらもキョウの片足にしがみつきがっちりとホールドしているカクリヨの姿があげられる。瞳を輝かせて、頭をぐりぐりと下半身におしつけてくる美女の姿もまた、ナインテール達からしてみれば予想外もいいところだ。
 興奮しているのか、頬を染めて息を荒くしているカクリヨの姿は大変に怪しいのだが―――かつて西大陸へ到着したばかりの頃に温泉でキョウの裸体に興奮していたナインテールも実は五十歩百歩なのだが、そのことは既に頭の中には残っていなかった。 

 ちなみにキョウはというと、最初はカクリヨの好きにさせていたが、徐々にエスカレートしていく弟子に呆れ果て、遂には彼女の頭を片手で抑えつける。
 しかしながら、それでは剣姫の暴走を止めることは叶わず。ますます息を荒くするカクリヨに、キョウは一度深く息を吐いて―――。

「―――いい加減にしろ」

 右手でカクリヨの頭を鷲掴みにすると、そのまま力いっぱい握り締める。
 指が彼女の頭にめり込み、ギシギシと頭蓋骨が軋み始め、あまりの痛みにカクリヨは声にたまらず悲鳴をあげた。

「―――お、お師、お師匠!! 痛っ、本気で痛いです!! い、痛たたたたたたたたたたっ!! ああ、でもっ、まだお師匠の臭いを嗅いでいたいっ!! この痛みと引き換えにでも―――!! ぁぁぁ、何かもう一週回って気持ちよくっ!!」
「……駄目だ、こいつは。お前が絡むと頭がおかしくなるのが相変わらずだよな」

 キョウの握力はリンゴを軽々と握りつぶせるものであり、尋常ではない痛みを感じているだろうに、それでも諦めないカクリヨにガルガンチュアは心底呆れたように嘆息した。
 ミチミチと音が鳴るほどに鷲掴みにされているのだから、見るだけでその痛みが伝わってくる。放っておいたら、彼女の頭は柘榴のように赤い花を咲かせるのではないかとこの場にいた人間はそんな薄ら寒い想像を頭に思い描いていた。
 しかし、それでもカクリヨはキョウをガッチリと捕まえている手を弱めようとはしない。
 その執念、意気やよし―――と、他のことであったら素直に褒めたいとキョウは思った。

「……もう、いい。ところでカクリヨ、お前に一つ頼みたいことがある」
「ハァハァハァ……な、何ですか、お師匠? お師匠の言うことなら何でも聞きますよ」

 痛みのせいか興奮のせいか、呼吸を激しく乱しているカクリヨが上目遣いでキョウを見上げる。
 きらきらと瞳を輝かせ、キョウから頼みごとをされたのが嬉しいのか頬を赤く染め上げ満面の笑顔だ。

「誰を殺ってくればいいですか? それとも国を壊してくれば? それとも夜のお相手でしょうか? にゅふふ……出来れば私は最後の選択肢を希望しますが―――」

 ―――駄目だこいつ。はやくなんとかしないと。

 自分で言っておきながら照れたように視線を明後日の方向へと向けてしまうカクリヨ。
 そんな剣姫の姿にキョウとガルガンチュアの心の声が重なった。
 二人同時にカクリヨの頭を心配するが、キョウはというとその姿に最悪の事態は避けることができそうか、と内心で安堵したキョウだったが―――。

「実はな。この大陸……ああ、幻想大陸という名の場所なんだが。ここに来てから一緒に旅をして回っている知り合いがいてな。いいか、カクリヨ。彼女達には―――」
「―――彼女達(・・・)……?」

 刹那、キョウとガルガンチュアの背筋をあまりにも冷たすぎる空気がそっと撫で上げた。
 ヒタヒタと足元から這い上がってくる形を持たない殺意の霧。瞬間で、この一帯を侵食し、塗り替えていく。
 その発生源であるカクリヨ=スメラギは、虚ろに染まった瞳でキョウではなく、じっと別の方角を凝視していた。
 彼女の視線の先、この現状を即座には理解できていないナインテールとアトリにシルフィーナ。三人の姿がそこにはあり、そしてキョウは反射的に己の失策を悟った。

 遅かった(・・・・)

 足元で暴風が巻き起こる。
 キョウの下半身に縋り付いていたカクリヨの身体が翻り、地面に転がっていた二刀を蹴り上げて宙に浮かべるとそれらの柄を握り締めた。


双剣無双(ツインブレイズ)―――」


 ぞっとするほどに温度を感じられない声色で、何の躊躇いも無く己の必殺となる特異能力(アビリティ)を発動させる鍵を言い放つ。同様に、あまりに冷たすぎる瞳がナインテール達を貫いていた。


 吐き出す息さえ凍結し、氷点下を遥かに超えた身も心も凍えさす生命の息吹を感じられない氷風が荒れ狂う。
 アトリもシルフィーナも、剣姫の瞳に射抜かれて、たった一つの感情に支配された。

 それは即ち―――恐怖。

 これは死だ。この女は人の形をしただけの死神だ。
 生あるモノ全ての天敵。人を終わらせることに罪悪感も一切無い。
 凍え切った明確な殺意と嫉妬の二つがどろどろと混ざり合ったどす黒い混沌とした悪意がアトリ達の全身の皮膚を痛いほどに突き刺してくる。
 このままでは確実に死ぬ。殺される。抵抗も防御も回避も許さない、殺劇の舞踏がここに開演された。自分達はその演じられる劇の役者に過ぎない。確定された死の未来から逃れることは絶対に不可能。

 死の颶風が渦巻くさなか、呆然としたアトリとシルフィーナの身体を衝撃が襲った。
 横から叩きつけられた強い衝撃に、彼女達の小柄な肉体が宙へと浮き上がり、十メートル近くは遠方へと吹き飛ばされる。地面に身体を打ちつけごろごろと転がっていき、身体中を打ち付けた痛みが襲ってくるが、それは死ぬことと比べたら些細な問題だ。
 彼女達が吹き飛ばされた原因は、傍にいたナインテールの起こした行動だった。危険を感じた彼女は、考えるよりも早く片手を振って暴風を巻き起こし、些か乱暴な方法ではあったがこの場からアトリ達を退避させたのだ。

 だが、それはつまりカクリヨの放つ特異能力(アビリティ)の的になるということでもあった。

 ふっと短く息を吐いたカクリヨが二振りの刀の刀身を軽く合わせると、チンと金属音が高鳴らせる。
 そこから先は流れるような動作だ。幾千幾万も行ってきた、もはや作業的な剣の演舞。
 冷たい空気を断ち切って、ナインテール(標的)に向かって太刀を振り下ろした。怨、とナインテールは己が死地に立っている気配に全身を包まれる。
 一秒を数分割した時の中で、どうすれば現状を打破できるのか目まぐるしく思考した。

 しかし、彼女に思考する時間さえも与えずに、剣姫の特異能力(アビリティ)が解放される。



 ―――なんなのさぁ、これは。



 心の内で呆れながら、頬が引き攣るのを自覚する。
 この場からの離脱を第一に考えたナインテールを嘲笑い、彼女の視界全てを埋め尽くす白銀の弧閃が顕現した。
 それは三日月を連想させる斬撃だったが、それがナインテールの四方八方を支配しており、それこそ蟻の這い出る隙間さえも見当たらない。その数実に数百。その現実離れした光景にべったりと嫌な汗が背筋を伝うのをとめられない。
 例外があるとすれば両の足が踏みしめている地面のみ。そこだけが剣の支配の外側だった。

 巨人種の大軍勢を屠るためにではなく、ただナインテールという小柄な幼女一人を殺すために、明らかにオーバーキルだと思われる刃の波濤を出現させたカクリヨは、先ほどまでと同様に一切表情も感情も変化させずに虚ろの視線を向けてきている。


 逆巻く剣風。押し寄せる暴力。生み出される衝撃。
 カクリヨの合図と同時にナインテールの周囲に顕現していた三日月の軌跡は、束縛から解き放たれ幻獣王をあますことなく斬殺せんと剣の花が狂い咲く。
 絶命必死の刹那の瞬間。誰もがナインテールを死の剣嵐が粉微塵に斬砕していくと思われた。

 だが、カクリヨの放った斬光よりもさらに速く―――黒装束の影が一陣。
 一瞬で最高速度へと到達したキョウが、小狐丸で双剣無双(ツインブレイズ)の支配下にある刃の軌跡を断ち切りながら、ナインテールを庇うように躍り出た。 

 ナインテールへと迫ろうとしていた数十の剣の軌跡を、二振りの刀で弾き落とす。
 僅か秒を数える時に、キョウは幻獣王へ到達しようとしていた剣の先陣を数多ある中から判断し、完全完璧にそれらを防ぎきり―――ギィンと耳を聾する不快な金属音が響き渡り、命をほんの一瞬延ばすことに成功させた。

「―――え?」
「……おいおい、特異能力(アビリティ)でも魔法でもなく、人の技だけでそれを防ぐかよ。化け物め、ああ……化け物めっ」

 己の特異能力(アビリティ)の前に身を曝け出し盲愛する師匠の姿にカクリヨが戸惑った声を上げる。
 一方のガルガンチュアは、キョウが為した光景に心底呆れ、だが歓喜を抑えきれずに口元を歪めながら、剣の軌跡の包囲網に飛び込んでいった同胞の姿を見つめていた。


 しかし、二人の人災以上に驚いていたのはナインテールであった。
 幾らアトリ達を助けるためとはいえ、一瞬隙を作ってしまったのは己の不手際。そこをまさかキョウに助けられるとは考えてもいなかった。そもそもナインテールは幻想大陸では別格の存在の一体だ。
 彼女に勝るものなど竜王種くらいしか挙げることは出来ないだろう。女神に狙われたときは例外中の例外だったが、それ故に彼女は慣れていなかった。

 自分が助けら(・・・・・・)れるという(・・・・・)ことに(・・・)

 死という名の包囲網。
 その中心に居座りながら、ナインテールの前に佇む剣魔はまさしく不動。
 如何なる攻撃も彼を突破するのは不可能だと鮮烈なイメージを叩き込んでくる力強い背中。

「すまんな、ナイン。不出来な弟子が迷惑をかけた」

 死の尖兵の数十の刃を叩き落としたとはいえ、彼らの周囲には未だ数百の刃の軌跡は健在で。
 自分達の死は目前だというのに、しかしながらキョウの姿はどこか余裕を垣間見せる。

「安心しろ。お前の身体には一つの刃も届かせん」

 不敵な調子で投げかけてくる言葉がジンジンと胸に熱く響く。
 きっとそれは事実なのだろう。キョウが届かせないと断言するならば、間違いなく絶対にどんな絶望的な状況であったとしても、ナインテールの薄皮一枚傷つけることはないだろう。

 小狐丸を握り締め、揺るがない武威の極みに到達してしまった男の背中にそと触れる。
 本来ならば剣は凶器。人を傷つけるためのもの。そんなものを携えながら、それでもキョウから感じるのは途方も無い安心感だ。

 彼にならば全てを任せられる。
 何故ならば、自分は彼のことを知っているからだ。
 キョウ(・・・)スメラギという(・・・・・・・)男の全てを(・・・・・)
 彼の信念を。彼の意思を。彼の想いを。

 まだ会って数ヶ月も経っていないというのに、ナインテールはどこまでもキョウのことを信頼していた。
 理由は不明だ。そもそもこんな感情を抱いたことさえ初めての彼女に明確な理由などわかるはずがない。
 この気持ちがわからないが、気持ちの悪いものではないのだから素直に受け入れよう、小首をかしげていたナインテールは、周囲の状況などなんのその。これ以上ないほどの喜びの気持ちを胸に抱き、朗らかな笑みを浮かべた。



 そんなナインテールとは対照的に、呆然としていたカクリヨだったが、ようやく我を取り戻しどこか泣きそうな表情で刀を握り締める。

「―――どいてください、お師匠。そいつらを殺せません」
「少し待て。この馬鹿弟子が。問答無用で殺そうとするな」
「―――だって、そいつらからお師匠の匂いがします。だから殺します」
「……」

 これは困ったと、キョウは助け舟を期待してガルガンチュアをちらりと見やるものの、巨漢は無理だと無言で首を横に振った。
 完全にスイッチが入ってしまった剣姫にキョウはどうしたものかと対処を本気で悩み始める。

 一発おもいっきりぶん殴れば正気を取り戻すかもしれないが、流石のキョウとてこの特異能力(アビリティ)の剣の結界から逃れるのは少々骨が折れるというのが本音であった。
 しかも、ある程度の操作が可能なこれらは、間違いなくキョウではなくナインテールを狙って発動されるだろう。キョウの自画自賛―――というわけではないが、カクリヨがキョウを自ら望んで傷つけるという可能性は億分の一の可能性もないのだから。
 そうなれば、キョウはナインテールへと迫り来る数百の攻撃を防ぎきらなければならない。自分を狙われるよりも余程厄介なのが今の状況である。

 かといって、今更逃げ出す気も投げ出す気もキョウにはない。

 数百の剣刃を迎え撃つために、たった一振りの小狐丸を携えて、剣魔は意識を集中させていく。
 刀の隅々。身体の指先にまで神経を張り詰めさせ、キョウ=スメラギは四方全てを埋め尽くす白刃に対処しようと静かに佇む。
 絶望が今にも押し寄せようとする現在。しかし、彼だけは普段どおりで、その精神状態は凪の無い湖面を連想させる。

 そんなキョウの背中に手を這わせ、その手に感じる厚みと体温に、彼女の表情は蕩けるように相好を崩し、幼女の純粋さと大人の女性の妖艶さを匂いたたせていた。

 嬉しい。心が躍る。こんな幸せな時間があっただろうか。
 キョウに庇われているという事実に、ナインテールの胸中は至福に包まれていた。
 きっと物語のお姫様はこのような気持ちを抱けるのだとある種の感動で胸を締め付ける。


 ―――だが、夢の時間はもう終わり。これより夢から覚めるとしよう。


 このまま彼の背中に隠れているなんて僕の柄じゃあない。
 ただ守られているだけのか弱い存在になんてなってやるものか。僕は僕の全盛を持って、剣士殿の横に立つ。
 背中を追うのではなく、背中を守るのでもなく。
 キョウ=スメラギという男の横に立って、降りかかるあらゆる災禍を薙ぎ払おう。



 ぶわりっと、剣姫の揺ぎ無い殺意を押し返し、大地を震撼させる圧力がキョウの背後から迸る。
 金色に輝くナインテールの髪が、自ら起こした嵐の如き突風にはらりっと靡く。あまりの強風に、彼女を象徴づけるツインテールを結んでいたリボンが解け、長い髪がハラリと背中に広がっていった。
 ある種の神々しさを身に纏い、金色に輝く幼い肉体。されどその身の内から溢れ出すのは、魔獣王種最強の名を冠するに値する真なる化け物の気配。

 可愛らしく、妖艶で、優美でありながら暴的。
 豪華絢爛にして、天下無双の印象を与えてくる獣の王は、爛々と瞳を輝かせ己に剣を向けてくる、七つの人災を睥睨した。
 それは下から見上げてくる視線だというのに、遥か天上の彼方から見下ろしてくる錯覚さえ感じさせる。


「ありがとう、剣士殿。だけど、これは僕が売られた喧嘩さ。それなら僕がケリをつけるべきことだよ」


 あらゆるものを焼き尽くす熱量を言葉に乗せて、ナインテールが表情を引き締める。
 先ほどまでの女の色香を漂わせる蕩けるような姿は既に無く、まるで自分こそが絶対の捕食者だと言わんばかりの凶暴な笑みを湛えていた。

「おい、ナイン―――」
「―――だけど有難うね。すごく、ドキドキしたよ」

 外見からは想像もつかない天蓋の超獣めいた迫力を前にして、それでもカクリヨはそれに圧されることも無い。幻獣王の烈火の波濤を真正面から受け止めながら、剣姫は涼風でも浴びた程度しか感じていないのか泰然としている。
 そんな彼女の姿が、キョウと重なるのは彼女が言うように師と弟子の関係を如実に表しているかのようだ。それが少しばかりナインテールの癇に障る。

 キョウの前へと歩み出たナインテールを、カクリヨの瞳が捉えると同時に両手に握っていた双剣の切っ先を、標的に向かって突きつけた。

 何か、視認できない狂風が駆け抜ける。だが、それは風とは言い難い何かなのかもしれない。
 カクリヨから漲る剣気が、物理的な持たないそれが幻獣王の肉体を撫で上げて、先刻戦ったばかりの空獣王にも勝るとも劣らぬ気配が周囲全てを蹂躙する。

 キョウを対象外として、カクリヨの双剣無双(ツインブレイズ)の全盛が、ナインテールへと襲い来る。それは全方位から降り注ぐ、剣刃の嵐。その一つ一つが明確な狂気と凶気をのせて、幻獣王に再度牙を剥いた。

 数百にも及ぶ虚空からの死神の鎌は、全体で見ても言うに及ばず。どれか一つ、単体で見ても驚異的な破壊力を秘めている。キョウが軽々と防いで見せたからといって温いとは断じて言えない。あれは剣魔と謳われる彼だからこそ出来たのだ。他の人間がやろうとしても一撃も防ぎきれずに終わるだろう。
 それほどまでに剣姫の特異能力(アビリティ)は、殺すことに特化した類のものだった。

 だが、忘れることなかれ。
 ここにいるナインテールの力量は、数多の化け物が蠢く幻想大陸においてなお、頂点に近いということを。

「―――小娘が。僕に戦いを挑もうなんて、千年早いよ」


 無残に無慈悲に獣の王は確かに嗤う。
 轟々と、烈火灼熱業火魔炎の爆熱的な赤々と輝く炎を引っ提げて、己とキョウを中心として超炎が幼い肉体から横溢した。

 触れるまでもなく人の肉体など一瞬で塵へと変える、数千度にも達する人の理を容易く超えた炎熱が嵐の如く巻き起こされる。炎風が―――否、もはや名状しがたい禍々しさを発する力の荒波が爆発的に広がっていき、カクリヨの特異能力(アビリティ)を問答無用で呑み込んだ。

 数百に及ぶ剣の軌跡は焼き尽くされ、跡形一つ残さず消失し、そのあまりの破壊劇に驚かされたのはガルガンチュアだった。
 彼はカクリヨの特異能力(アビリティ)を、力量を知っている。知っているからこそ、ここまで容易く無効化されたことに驚きを隠せなかったのだ。
 それに対して、カクリヨは眉一つ動かさない。それくらいは予想通りだと、物言わぬ彼女の瞳が語っていた。

「見事、と言って置きます。ですがこの程度が私の全力だとは思わないでください」
「うん。逆にこの程度なら拍子ぬけさぁ」

 煽るようなナインテールの口調にも、カクリヨは一切表情を変えず。
 だが、両手に持つ二振りの刀を握る手に、一層力がこもったことにこの場にいる人間は誰もが気づく。


「良いでしょう。ならば、私の本気。全力を見せて差し上げます」
「がっかりさせないで欲しいけどね。かかっておいで―――相手をしてあげるよ」


 ぎりぎりと痛いほどに空気が緊張し、張り詰める。
 剣姫と幻獣王の尋常ならざる気配に、大地が畏れたかのように小刻みに揺れ始めた。
 それはまさしく、世界が二人に恐怖しているようにも見受けられ―――。


双剣無双(ツインブレイズ)―――」
妖炎(プロミネンス)―――」


 カクリヨの特異能力(アビリティ)が。
 ナインテールの特異能力(アビリティ)が。





「―――形態(モード)鏖殺」
「―――東国の大火神(カグヅチ)










 敵対する存在を滅ぼすために、今ここに解放される。









































「―――だから。少し待てと言ってるだろうが」


 途方もない呆れと、とてつもない疲労を感じさせるキョウの一声。
 完全に二人の世界へ入っていた彼女達を無視して、電光石火の動きでカクリヨとの間合いを零とする。
 稲光にも似た煌きを残し、キョウの拳が容赦なく剣姫の頭頂部に振り下ろされた。

 ズガンッ、ととても人体が発した音とは思えない衝撃音がカクリヨの頭から発生し、ぶるぶると震えながら地面に両膝を付く。
 両手に持っていた刀は地面にガシャンっと零れ落ち、反射的に両の掌を叩かれた―――というよりも殴られた部分を押さえて痛みを少しでもなくそうと試みる。

「お、お師、お師匠ぅ……」

 必死になんとかそれだけを言いきって、傍に立っているキョウを涙目で見上げるカクリヨを、キョウは難しい表情のまま見下ろしていた。その視線の冷たさに、さらに涙目になっていく剣姫。

「いきなり殺しにかかる奴がいるか、この馬鹿弟子が。普段は俺の言うことを聞くくせに、こういう時に限って何故きかん」
「そ、それはその……ご、ごめんなさい」

 先ほどまでの冷徹冷静毅然とした死神はどこに行ったのか。
 もはや別人と言うしか他にないカクリヨは、周囲の唖然とした視線が突き刺さっているのも気づかずに、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えている。

「ぅぅ、お師匠……ごめんなさい。何でも言うこと聞きますから、見捨てないでください……」

 遂には我慢出来ずにぽろぽろと大粒の涙を流しながら泣き出したカクリヨを見て、キョウはそれ以上責める言葉を呑み込まざるを得なかった。

 女の涙は卑怯だ―――と思うキョウは、やれやれとため息を吐きながら空を見上げるのであった。

  





そういえば先月でこの話も一年を迎えていたのです。
皆様のおかげです。この場をかりて御礼申し上げます。
この調子でコツコツと完結まで頑張り……たいですなぁ(遠い目
+注意+
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