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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

84/106

七十六章 七つの人災2

































 荒廃した街並み。
 ぼろぼろに破壊しつくされた街路のあちらこちらには原型も残さない人の死体が散乱していた。
 遊び半分に肉体を千切られ、喰われ、踏み潰される。
 顔がまともに残っている死体には、誰もが悲嘆と絶望と諦観に彩られていた。

「ギィィギャギャァァァァァアアアアアアア!!」

 そんな巨人種の晩餐場にて、響き渡るのはサイクロプスの遠吠えだ。
 いるぞ。ここにいるぞ。我らの新たな標的が。我らに逆らいし愚か者が。さぁ、集え。肉片一つ残さず蹂躙しようぞ。

 人間に原始的な恐怖を呼び起こす巨大な咆哮が、震動となって周囲一帯を揺らがせる。

 しかし、だが、しかし。
 そんな化け物の雄叫びを、真っ向から受け止める人間がいた。

 その男を一言で表現するならば―――魔人(・・)
 無論、第二級危険生物に属する魔族なる存在ではなく、ただ魔人(・・)と言い表すしか他にない。
 背丈は百九十を軽く超え、恐らくは二メートルにも及ぶのではないかと言うほどの巨躯。一目でわかる、ゴツゴツとした岩肌のような筋肉質。大型の肉食獣をイメージさせる。虎や獅子、そういった類の雰囲気を醸し出していた。
 赤く燃え上がる真紅の瞳に、若干吊りあがった目元。瞳と同色の短く刈り上げられた髪が、天を貫くように立ち上がっている。しかしながら、鼻筋はすっきりと通っており、口元には不敵な笑みを浮かべている。顎に生える無精髭が、どことなく野生の獣染みた彼の風貌をさらに加速させていた。
 単純に見ればそれなりの美形で通るが、彼の巨体と膨れ上がっている筋肉の圧迫感が、それを随分と損なわせている。
 そんな―――おそらくは三十半ば程度の男性は、片手に己よりも巨大な戦斧を持って、眼前で雄叫びを上げていたサイクロプスを黙って見据えていた。

 確かに人間にしては巨漢に当たる上背と肉体ではあるが、サイクロプスから見れば子供同然。
 容易く捻りつぶされてお終いだ。それでも、巨人種は何故か用心していて、一歩を踏み出そうとしない。

 その理由は簡単で―――確かに人間の死体が街路には散乱しているが、それ以上に原型も残さない巨人種の屍骸がそこら中に山のように積まれていたからだ。

 その数十や二十では利かない。
 軽く五十を超え、八十をも超え。恐らくは、百近い。
 戦を愛する戦闘狂である彼らでさえも、踏みとどまってしまう異様がそこにはあった。

「はっ……。つまらんな、でかぶつが。テメェらが出来るのは弱い者虐めだけかよ? くだらねぇ、ちょっと強い相手と出くわしたからといって芋をひいちまうんなら、最初っから家でひきこもってやがれ」


 完全に腰がひけているサイクロプスを一瞥した男性は、片手で軽々と戦斧を横薙ぎに一閃。
 切り裂かれた空気が唸り、飛ばされ強かに十メートルは離れた巨人種を打ちつけた。

「ア―――ギャギャギャッ!?」

 その瞬間、サイクロプスの悲鳴が上がった。
 何故だ。どうしてだ。どんな理由があって自分の肉体が―――離れていたはずの人間の戦斧の間合いに入ってしまっているのか。
 醜い巨人種の貌が更に醜く歪む。それは恐怖だった。理解できない事象に対して、そして次の瞬間には己が死ぬという未来を見てしまったから。

 男性が動いたわけでもないのに、サイクロプスの意に反して、その巨体が引き寄せられ(・・・・・・)、男の戦斧の間合いに入った刹那には、鈍く光る剛閃が縦一直線に振り下ろされた。
 ミシミシと両腕に血管が浮き出るほどに強く握り締められた戦斧の鋭利な鋼刃が、サイクロプスに喰らい付いたと同時に―――男性の三倍はある巨躯の巨人種が軽々と両断される。
 それと同時に叩き切られただけでなく、鼓膜を破るほどに巨大な衝撃音が高鳴り、その両断された二つの肉体はその場に崩れ落ちるのではなく十数メートルは吹き飛ばされた(・・・・・・・)。大量の鮮血は、血霧となって宙に散じていく。

 その光景はある意味異常でしかなかった。
 幾ら人間にしては巨漢とはいえ、まともにやりあえばサイクロプスに肉体的な能力は軍配があるはずだ。
 それなのに、実際にこの場で起きた出来事は、見るものの常識をあっさりと覆す結果となったのだから。
 人の膂力でサイクロプスをこれほどまでに吹き飛ばすなど、人の為せる技ではない。

 だが、街を暴虐せし巨人種はこれだけではない。
 この程度で終わる種族ではなく、伝播してくる男からの圧倒的な戦意にも負けじと、悪魔達は集結し、襲来する。
 一体二体三体と、街のあちらこちらから集い、凶悪な単眼で男性を睨みつけてくる様子は、幻想大陸に住まう者ならば絶望で心を喰われてもおかしくはない。
 だが、男性は増え続けていく巨人種をただ静かに見据えている。
 やがて視界を埋め尽くすほどの大軍勢が、この地に出現した。その数は、数えるのも馬鹿らしくなるほどの巨人種。地平線の彼方まで埋め尽くす禍つ巨躯。

 巨大な化け物が肉の壁を作り、そこから迸ってくる圧迫感は尋常ではない。
 あらゆる力を数の暴力で捻じ伏せようと、聞くに堪えない叫び声をあげながら、猛進する災禍そのもの。


 大地が揺れる。その行進は、単純なまでの破壊破滅絶対暴力。
 人では抗いようのない絶望的で醜悪な百鬼夜行。 

 怖れよ。畏れよ。恐れよ。
 絶望し、諦観し、そして死ね。
 我らに歯向かいし人の子よ。矮小で、脆弱な人間よ。

 轟々と、街路を突き進んでくる巨大な化け物たち。
 爛々と、単眼を狂気で輝かせる巨大な化け物たち。

 それを迎え撃つのは、戦斧を肩に掲げるたった一人の人間。
 その戦力比、実に―――八百対一。
 比較するのも愚かしい、圧倒的な戦力比数。

 だが、もしも。
 もしも、この戦いに観客がいたならば、きっとこう思ったに違いない。

 八百の巨人種と一人の人間。
 それでも、男が負ける(・・・・・)光景が思い(・・・・・)浮かばない(・・・・・)、と。


「―――くはっ。いいねぇ、そうこなくっちゃな。おもしろすぎんぞ、テメェら。数にモノを言わすやり方は好きくねぇが、それもまたよし」

 押し寄せる絶望を前にして、男は笑う。
 獰猛に。興奮を抑えきれず。戦える喜びに全身を打ち震わせながら。

 轟っと戦斧を頭の上で両手を使用して旋回させ、ぐるりっと頭を軽く回す。
 男の鋭い視線が、八百にも及ぶ怪物達を貫く。その眼光だけで、巨人種達は足を止め、逃走を選択したくなる弱気な心が持ち上がってきた。
 たった一人の人間に、数でも肉体でも勝る彼ら巨人種は確かに圧されている。

「テメェらが何なのかは良く分からんが、俺様と敵対したのを不幸と思え」

 ぐにゃりっと男の周囲が陽炎が如く揺らいでいる。
 それと同時に徐々に膨れ上がっていく男の重圧。跪き、許しを請いたくなるあまりにも隔絶しすぎた気配。

「俺様の名は、ガルガンチュア=リヴィングドール!! その名をテメェらの冥土の土産に持たせてやらぁ!!」

 燃え上がる真紅の髪の男性は声高らかに己の名を口に出し、押し寄せる災禍を待ち受ける。
 暴れ馬のように狂いながらも、止まることを好しとせず爆進する巨人種は、ガルガンチュアと名乗った―――七つの人災に脅えながらも突き進む。

 頼む。お願いだ。自分達の心に巣くう恐怖が、不安が杞憂であってくれと願いながら。   
 この突撃で死んでくれ。轢殺されてくれ。

 絶対的に有利なはずの暴虐の巨人種達が天に祈りながら、やがて数秒の後にはガルガンチュアは不動のまま、隙間無く押し寄せる化け物たちの波に飲み込まれた。

 それは順当な結果だ。当たり前といえば当たり前すぎる結果だ。
 如何にガルガンチュアが強くとも、質を凌駕する数の暴力を打倒するには手数が足りない。あまりにも敵の軍勢が多すぎるのだ。
 大挙して押し寄せる巨人種はまさしく肉の津波。もしくは異常発生した害虫。この場の大地を邪悪で醜悪に埋め尽くす。

 一体一体の力は、常人からしてみれば脅威的とはいえ、ガルガンチュア級になれば軽く捻ることが可能な程度。
 だがしかし、だ。
 重ねて言うが、押し寄せる魔勢は八百を超える。そんな大群である化け物の進撃と真っ向からぶつかりあって勝ち目などあるはずがない。

 例えば一騎で戦場の勝敗を覆すことが可能な大魔法戦士である七剣第一席アルストロメリアでさえも、恐らくは礫殺されて終わるだろう。何故ならば彼女は確かに強いが、敵と相対するときこのような愚かしい真似(・・・・・・)はしないからだ。
 彼女の得意とする超広範囲に渡って効果を発揮する氷魔法で敵を蹴散らしていく。流石の彼女も魔法も無しに、圧倒的な物量をさばくのは不可能に近い。 
 これほどの敵の猛進を魔法も使用せずに、真っ向からぶつかりあう選択をする者がいるとすれば、それはただの馬鹿か―――それとも馬鹿を超えた大馬鹿の類だけだろう。


 激動する大地。
 質を圧倒する巨人種の容赦のない殺意の波濤に飲み込まれ、跡形も残さず押し潰されたと思われたその時―――。







「―――二律背反(アンチノミー)





 人災とまで謳われた化け物(傭兵王)の物量を超越する特異能力(アビリティ)が解放された。






 終わる。終わる。進撃が終わる。
 終わる。終わる。災禍が終わる。

 圧倒的で。どうしようもないほど理不尽な。絶望的すぎる特異能力(アビリティ)が。

 八百(絶望)の進撃を問答無用で切り裂いた。



「―――温いぜぇぇえええ!! テメェェェエラァァァァアアアアア!!」



 瞬間。刹那。一瞬。
 そんな言葉でしか表現出来ない瞬きする間もない時間。
 鼓膜を叩き、震えさす爆裂音が巻き起こされる。



 数十の巨人種が弾け飛び(・・・・)、災禍の波の間隙に姿を現したガルガンチュアは、大きく戦斧を振り下ろした姿でかすり傷一つなく仁王立つ。

 僅か一振りで、己たちよりも遥かに小柄な人間の一撃で―――数十の同胞を蹴散らされた巨人種達は、されど背中を見せることは無し。最後の一体になるまで戦い抜こうという特攻隊さながらの烈火の意思を見せ付けていた。
 ガルガンチュアの意味不明な破壊の一閃であいた空白地帯を埋め尽くすように、残された巨人種が殺到する。
 それぞれの丸太よりも太い腕を、足を振り下ろし、中には崩れ落ちた石壁をボールのように投げつけてくるものもいた。

 だが、それらは(・・・・)届かない(・・・・)

 まるで不可視の壁があるように、ガルガンチュアの肉体薄皮一枚の時点で―――弾き返される(・・・・・・)
 自らの力によって腕や足は折れ、投げつけた石壁は周囲の巨人種に被害を齎す。


「―――足りねぇ、足りねぇぞ!! 少しは俺様を楽しませやがれ!! 


 吼えるガルガンチュアの真紅の瞳が蹴散らされていく巨人種を捉えながら、大軍勢に圧されるどころか逆に押し込んでいた。
 八百の巨人種を真っ向から、真正面から単騎で粉砕していく光景はただただ圧巻。

 次々と減っていく巨人種ではあるが、負けじと特攻を繰り返す。
 何時かは、ガルガンチュアの不可解な特異能力(アビリティ)を破ることができると夢想して。

 だが。
 それは無理だ。無茶だ。ありえない可能性なのだ。





 何故ならば彼は―――ガルガンチュア=リヴィングドール。
 傭兵王とも呼ばれし七つの人災。


 彼は天賦の才に愛された、武の天稟の戦闘者。人の領域を容易く超えた異端の人間の一人。
 七つの人災以外に彼に勝る者は無く。彼に比肩する者もなし。


 己こそが最強だと。己こそが無敵だと。己こそが最高だと。
 強く、重く、深く―――いっそ傲慢だと思われるほどに自分を信じている男だった。

 他の者が聞けば、ガルガンチュアの考えは驕っていると、慢心だと断じるであろう心意気。
 しかしながら、彼はそれら全てを鼻で笑う。



 ―――ほざいていろ、有象無象。俺は誰よりも俺を信じている。



 確かに、男の考えはあまりにも傲慢だった。
 事実、彼よりも強い者は確かにいたのだから。

 だが、それでも男は己こそが最も強き者だと信じて止まない。
 言葉には出さずとも、そこだけは決して曲げない男の矜持がそこにはあった。

 如何に戦う相手が己よりも強かったとしても。
 だからどうした(・・・・・・・)

 相手が自分よりも強いから戦わないのか。逃げ出すのか。それは違うだろう。そんな無様な真似が出来るものか。
 ならば、せめて気持ちだけでも負けるかよ。決して朽ち果てぬ強き意思を胸に抱け。

 どれだけ相手が強かったのだとしても―――己こそが最強だと自負を持て。
 最初から負け犬の思考では、勝てる可能性を自分から潰してしまっているようなものなのだから。

 故に、俺は強い。俺は、負けない。俺は、引かない。
 例え、(操血)が相手だったとしても。














 超重一閃。
 繰り出されるガルガンチュアの斬撃を前にすれば、押し寄せる災禍など塵芥同然。
 襲来している巨人種は、彼に触れることなく彼方へと潰れたトマトのようになって弾き飛ばされていく。

 既に四分の一近くが圧殺されながらも、傷一つないガルガンチュアに恐れを抱いた押し寄せる醜悪な軍勢の前衛が及び腰になったのを一目で理解した彼は、ハッと鼻で笑った。

 戦斧を前方から上空に円を描きながら後方へと振り下ろし、鋼刃が大地を噛んだその瞬間。
 足を止めようとしていた巨人種達は、まるで見えない何かに引っ張られ(・・・・・)―――彼らの意思に反して人災の間合いへと到達していた。
 単眼を大きく見開き、恐怖の悲鳴をあげるまもなく、今度は後方から前方にいる巨人種へと戦斧を水平に薙ぎ払う。

 その一撃で間合いにいた巨人種全てが、肉塊となって宙を滑って飛んでいく。
 やがて何体かの無事な巨人種を巻き込んで、大地へと沈んでいった。


 その光景は、あまりにも理不尽すぎるものだ。
 ガルガンチュアが戦斧を振るう度に、巨人種は原型も保てずに千切れ飛んでいくのだから。
 戦斧に当たっていないにも関わらず、まるで見えない何かに弾かれて、戦を愛する申し子達は瞬く間に数を減らしていった。

 それはまるで、水飛沫。青黒い鮮血が不気味さを漂わせる。
 観客がいれば、巨人種を遥かに超える超々巨大な見えない何かに、攻撃を加えられていると想像すれば現状は納得できるかもしれない。それほどまでに、不可解で不可思議な戦闘であった。


 僅か数分足らずで突撃する災禍の軍勢は半数を切る。
 このままいけばその半数もやがて撃滅されるだろう。それは恐らく数分先の出来事。
 巨人種にもはや勝ち目はなし。この闘争を最初から見ていれば誰が見ても予想できることだった。

 ―――それが、彼女(・・)の登場で多少早くなったとしても、結果は変わらず。





双剣無双(ツインブレイズ)



 未だ闘争を諦めていない巨人種の戦意を浚う、更なる化け物の降臨。
 一切の抑揚の無い女性の声が、風に乗ってこの場にいる全ての生命の動きを止める。

 ピシリっと空間に皹が入ったのでは、という幻覚を巨人種は見た。
 撃進する魔勢は、突如として足を止める。それは、闘争を愛する彼らでさえも―――絶望したからであり、恐怖が全身を蝕んだからであり、もはやどうあがいても勝ち目も生きる目もなくなったと悟ったからであった。

 空間に顕現していく三日月型の亀裂。
 それは美しい白銀であり、魅了される危うさを秘めている。己からそれに触れてしまおうという魔性さながらの軌跡であった。

 呆然と、それらを眺める巨人種達。
 そう。自分達・・・を切り裂いている数百にも及ぶ白銀の弧閃は、音も無く抵抗も許さずに僅か一秒にも満たない時間で、巨人種の大軍勢を壊滅に導いた。

 頭を首元から切り落とされゴロンっと地面を一斉に転がっていく様は、怖ろしくもありながら乾いた笑いを呼び起こさせる。
 一拍遅れて噴きあがる鮮血。首から溢れ出ていく青血は、まるで噴水のようにも見えた。

 大地を埋め尽くしていく巨人種の死体と血の海。
 まさしく屍山血河に相応しいこの場所に、カツンと足音を響かせて一人の女性が姿をあらわした。
 己の獲物を横取りされたことに不満を感じているのか、不機嫌そうに目を細め、ガルガンチュアは鋭い眼光で女性を見据える。

 ふぁさりっと一際強い血風が女性の髪を靡かせた。
 腰まで届く長い髪。一切の澱みもない、綺麗な茶色の長髪。赤くも見える焦げ茶色の瞳。目鼻立ちは整っているが、表情には温度というものが感じられない。まるでこの世の全てに価値を見出していないかのような冷たさを感じられた。
 背丈は女性にしては高いほうだろうか。ガルガンチュアとは比べるまでもなく頭一つ低い。それでも百七十を超えるか超えないかはあるのだから十分だろう。スラリとした細身でありながら、出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる。実に女性らしい蠱惑的な妖艶さを併せ持っている。
 さらに言うならば幻想大陸では珍しい着物と呼ばれる服装の上に同色の外套を羽織った姿も目を引く。ただ黒一色のそれは、肉体の美とは正反対で色気も何も無い。

 女性は両手に一振りずつ握っていた抜き身の刀を鞘に納めると、腐臭漂う空気に表情を動かさず、迷うことなくガルガンチュアへと歩み寄っていった。

「……おぃ、カクリヨ(・・・・)。テメェ何邪魔しやがってんだよ?」
「貴方こそ、遊びすぎです。この程度の連中にどれだけ時間をかけているのですか」

 怒りを滲ませたガルガンチュアの言葉に、カクリヨと呼ばれた女性は臆することなく返答する。
 マグマのように沸々と燃え上がっている傭兵王の威圧をそよ風の如く受け流す剣姫。それだけで、先ほどの魔技を見ていなくても彼女が只者ではないと知ることができるはずだ。 

 どちらもそれ以上言葉を発することなく向かい合う二人はどこまでも対照的である。
 ガルガンチュアを例えるならば業火。灼熱。全てを巻き込み圧壊する破滅をばらまく破壊そのもの。
 カクリヨを例えるならば絶対零度。熱も意思も何も無く、敵対するものを静かに終わらせる終滅の剣士。

 そんな二人のイメージもそうではあるが、それ以上に根本的なところで二人は食い違っていた。

 





 七つの人災が一人―――剣姫。
 カクリヨ=スメラギ。

 彼女は、エレクシル教国が擁した最高の暗殺部隊数字持ち(ナンバーズ)の出生である。
 エレクシル教国の暗部に育まれ、齢十四の頃には最強最悪の戦闘集団数字持ち(ナンバーズ)の序列十二位に数えられるほどの逸材だった。言うなれば、天才。鬼才。言葉では言い表すことができない才に溢れ過ぎたが故に同じ数字持ちからも薄気味悪がられるほどの化け物だった。


 遺伝子レベルから選別され、育て上げられた彼女は想像を絶する人生を歩んできたが、それを不満にも不服にも思っていなかった。何故ならば、それが当たり前(・・・・)だと思っていたからだ。 
 そんな人生を送ってきたが故に、彼女は怖ろしいほどに己に重きを置いていない。何時死んでも構わない。もしも死ぬときがあれば、それが自分の終焉なのだと、自分の命すらその程度の価値しか見出していないのだ。
 己こそが最強だと、比類なき男だと自負しているガルガンチュアとはまずこの時点で相容れなかった。

 十四の頃から上から命ずる侭に任務をこなし、人を殺して殺して殺して殺して殺し続けて。
 何の疑問もなく数年が過ぎたある日彼女は―――己のキョウ(運命)に出会った。


 そして彼女は変わった。
 いや、確かに表向きは変化をもたらしたのだろうが、根本的な問題が解決したわけではない。
 カクリヨは結局己に重きを置いていないのだから。何よりも優先するべきこと、大切にするべきこと、第一に考えるべき相手ができただけだ。
 それ以外はやはり価値を見出さない。彼女は、結局のところキョウ=スメラギという存在以外を見ることは無かった。
 他は全てが無価値無意味。老若男女年齢性別問わず道端で見かける雑草程度。



 ―――この世は全て夢幻の如く。



 ただカクリヨにとって確かなものはキョウという人間だけなのだ。
 故に彼女は剣魔を尊敬する。崇拝する。信望する。崇め敬い、己の絶対唯一の存在として盲愛し、盲信する。


 カクリヨは、キョウに己の想いを、愛を伝えている。
 生憎とあっさりと振られてしまってはいるが、それがどうした(・・・・・・・)

 最初からその程度諦められる感情ではなく、想いでもない。
 キョウと出会う前のことを考えれば、胸中を襲うのは吐き気を催す嘆きと悲しみ。
 一緒にいたいのだ。一緒の空気を吸って、一緒の景色を見たいのだ。
 ともにいるだけで心が救われる。癒される。それに比べれば、森羅万象のことごとくに何の価値も見出せない。

 キョウが全てだ。キョウさえいればそれでいい。
 その他ありとあらゆるものは軽すぎるのだ。重さが無い。何も詰まっていない空虚でしかなく、どうしようもない程に意味が無い。

 つまらない女だと。生きてるとはいえない人間だと。
 ガルガンチュアからは常に揶揄される彼女であったが―――事実その通りなのだから、憤慨する気は全く起こらない。

 ああ、全く持って傭兵王の言うとおり。
 この身この心この魂。それら全てに価値は無い。それで構わない。いや、そうではなくてはならないのだ。
 どれだけ愚かで無様であろうとも、カクリヨ=スメラギという女性は、絶対に決して万が一にも、永劫実らない愛情を至上と掲げている。

  





 己こそが最重だと捉えているガルガンチュアと他人(キョウ)こそを至高と考えているカクリヨ。
 故にぶつかり合うのは、至極当然。当たり前といえば当たり前の話である。そのためこの二人の仲は最悪に近い。
 キョウが一緒に居た時は、間を取り持っていたため険悪な雰囲気になりはするものの、命のやり取りまでは発展しなかった。しかし、今は違う。アナザーの各地を旅して回っていた彼らが女神の手によって幻想大陸に運ばれて、ここに邂逅してしまった。

 七つの人災同士は絶対不可侵の約定をかわしてはいるが、所詮それは口約束。
 守るも破るも、彼らの気分次第なのだから―――これから先は一体どうなるのか。
 それは、人災同士のみぞ知る。

 ピリピリと緊張感が高まっていく。
 この世とあの世の境を明瞭にさせる、赤く燃え上がる戦気と蒼く迸る剣気。
 本来形を持たないそれらが、二人のあまりの重圧により確かに色と質量を持って視界全てを埋め尽くす。

 比喩ではなく、空間が軋み、悲鳴をあげる。
 観客のいないこの場所で。だが、それでも世界は確かに悟った。
 今までの巨人種との闘争は総じて児戯にしか過ぎず、これより人災と謳われる化け物たちは真なる魔闘に入るのだと。

 轟、と傭兵王は戦斧を振るう。
 斬、と剣姫は二刀の刃を引き抜いた。

「潰してやるよ、能面女」
「終わらせてあげます、単細胞」

 互いに吐き捨て、二人の人災がその場から弾け跳ぶ。
 速度で勝るのは剣姫。黒い外套がはためいて、神速の領域で間合いを詰めた。
 二振りの刃を大きく広げる姿は、猛禽の如く。彼女とともに押し寄せる重圧は、巨人種の軍勢よりも遥かに勝る。されど、迎え撃つ世傭兵王はやはり巨人種の時と同様に平然として剣姫を向かえ打った。
 互いが憎いのか。単純な戦闘経験の量のせいなのか。両者とも、互いに対する配慮は微塵も感じられない。



「―――二律背反(アンチノミー)
双剣無双(ツインブレイズ)―――」




 単騎で万を超える物量差を覆す空前絶後で比類無き特異能力(アビリティ)が、躊躇いなく解放され―――。





「何やってる、この馬鹿ども」

 冷静に罵倒する乱入者の台詞に、傭兵王も剣姫も間一髪のところで特異能力(アビリティ)の発動をとめることに成功した。
 いや、止めざるを得なかったのだ。間合いを詰めようとしていた二人の丁度中心に、一人の人間が割って入っており、二人に向けて刀の切っ先を向けていたのだから。

 その乱入者―――キョウ=スメラギが手に持った刀の切っ先はピタリと二人の額に突き刺さる寸前で止められていた。
 もしもガルガンチュアとカクリヨが動きを止めなければそのまま切っ先に貫かれていたかもしれないのだが―――必ず足を止めるだろうと有る意味絶対の信頼から刀の切っ先を向けていたといっても過言ではない。

 シンっと空気が凍る。
 ガルガンチュアも目を大きく見開きキョウの姿をマジマジと見つめ、カクリヨに至ってはポカンと目と口を開きながら凝視していた。
 三人ともが言葉を発せず時が流れる。キョウだけは居心地悪そうに咳払いをしながら刀を鞘に納め、居ずまいを正す。

 それでも沈黙が周囲を支配し、一分経ち二分経ち三分が経過した頃―――。

「―――お、お師匠」

 ぽつりっと呟いたカクリヨの瞳が揺らぐ。
 ぶるぶると震えていた両手から刀が零れ落ち、地面に落ちてガシャンっと音を立てた。
 己の武器を手放したにも関わらず彼女は全く気にも留めていない様子で、既にガルガンチュアのことなどは視界の中から問答無用で排除している。

「お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠―――!!」


 恐いほどに感情を込めたカクリヨが、叫びながらキョウへと両腕を広げて飛びこんだ。避ける訳にも行かずに、キョウはとりあえずそんな剣姫の身体を受け止めた。
 受け止めて貰えたカクリヨはもはや感無量。ひたすらにお師匠と叫びながらキョウの背中へと両手をまわして抱きしめる。分厚い彼の胸板に額をつけてぐりぐりと押し付けながら久方ぶりの敬愛すべき唯一の男の匂いと温もりを堪能し始めた。

「……久しぶりだな、カクリヨ。息災そうでなによりだ」 
「お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠お師匠―――!!」

 キョウの挨拶に、全く反応もせずに同じような台詞を連呼するカクリヨに、どうしたものかと正直な話対応に困ってしまう。更に言えば、ムニュムニュとなにやら二つの柔らかいモノが押し付けられているのが問題だ。
 役得だと思えば役得なのだが―――生憎とカクリヨ相手にそんな気分には全くなれないというのが本音でもあった。

 昔と変わらず相変わらずな剣姫の姿に、頭痛がする思いを隠し切れない。
 そんなことを考えているキョウを置き去りに、カクリヨはさらに加速していく。

 クンクンとキョウの匂いを嗅ぎ始め、仕舞いには頬を赤く染め上げ突如としてキョウの首筋に噛み付いてきた。恍惚としていて彼女の表情は妙に色っぽい。
 吸血鬼という落ちではなく、これは単純に彼女の昔からの癖なのだ。
 相当に強く噛んできたのか、八重歯が首に突き刺さる勢いに、流石のキョウも眉を顰めて―――。

「……正気に戻れ」

 カクリヨを力で無理やり引き離すと、腕を引き、足を払って地面に向かって投げ飛ばす。
 力一杯叩きつけられたカクリヨは、まるで馬車と正面から交通事故にあったような激しい音をたてて大地へとめり込んだ。

「―――げふっ!!」

 とても美女があげていい声とは思えない、蛙がひしゃげたような断末魔。
 背中を強打された彼女は地面に転がったままピクピクと四肢を痙攣させ始め―――それを黙ってみていたガルガンチュアは、気に食わない相手でありながら少しだけ同情する。

「まぁ、なんだ……よぅ、キョウ。元気―――そうだな」
「ん。ああ……お前も変わらないな、ドール」

 頭をワシワシと掻きながら、ガルガンチュアはキョウへと気安く声をかけた。
 そんな彼へとキョウも手を軽くあげて答える。

 随分と久しぶりになるかつての仲間との出会いにキョウは僅かに口元を綻ばせ―――ガルガンチュアは弟子を躊躇い無く地面に叩き付けたキョウの容赦のなさに口元を引き攣らせ。  

 



 ここに七つの人災と謳われた、剣魔と傭兵王が再開した。































「……お、お師匠……素敵です。格好いいです」




 それと剣姫も。








































 
カクリヨさん。イメージは今は無き修正前の十二番さん。呼び方はマスターからお師匠に変更です。
本当は爆殺姫さんにしようかと考えていましたが……

銀髪→ディーテとかぶる。
眼帯→ラグムシュエナとかぶる。
ロリ→もういろいろとかぶる。
というわけで、ツインブレイズさんになりました。

わりとおっぱいです。むにゅむにゅです。でもそこまでは大きくありません。
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