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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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七十二章 決戦の巨人種1

今回の話は普段より多少長くなっています。
要望があれば次回更新の時にでも分割しますので遠慮なく申し出ていただければ……。
長くてこんなもんよめねぇよ! というかたように後書きで大体のまとめをかきましたのでご覧ください。






「も、申し訳ないのじゃ。キョウ……あ、謝るから許してくれんかのぅ」
「ご、ごめんよぅ……剣士殿。久しぶりに会えてはしゃぎすぎちゃったんだよぅ」

 獄炎の魔女と幻獣王の大激突から早二日。
 ようやく辿り着いた西大陸で初めて訪問することになった街の一画にある食事処兼酒場で、黙々と食事をするキョウと、彼にひたすらに謝罪をするディーティニアとナインテールの姿があった。

 二人はちらちらとキョウの顔色を窺うように、上目遣いとなっている。さらには微妙に涙目なのがポイントだ。
 心底困っているのか、二人の顔色は冴えない。それもあいまって有る意味非常に可愛らしいのだが、それが通用するような相手(キョウ)ではない。

 ひたすらに謝る少女と幼女。
 そんな二人とは対照的に淡々と料理を口に運ぶ長身の男性。
 他の客の注目の的となっている三人だが、その程度を気にするキョウでもなく、無言で食事を続ける。

 何故、ディーティニアとナインテールがこれほどまで謝罪しているのか。
 それは簡単な理由なのだが、キョウが今度こそ大切にしようと心に決めていた馬三号が、無残な姿になってしまったことに端を発する。
 今から二日前。
 ナインテールが合流したあの時。
 二人の馬鹿らしいといえば馬鹿らしすぎる闘争の戦禍は、あの一帯の森林だけではなく、木々につないでいた馬三号を塵と変えてしまったのだ。

 セルヴァの時は仕方ない。あの時の閃光による被害は半端ではなかったのだから。
 魔人ムニンとフギンの時も仕方ない。あの時もそこまで余裕があったわけではないのだから。

 だが、今回ばかりは庇いようもない。
 あまりにも下らなすぎる原因。キョウとしても呆れてものもいえない状況だ。

 しかし、幾ら外聞を気にしないキョウとはいえ、流石にこれ以上は面倒ごとを背負うことになるかもしれないと考え、料理を口に運ぶ手を止めた。
 幼い二人にだいの大人がここまでさせる光景は、見るひとが見れば口を挟んでくる可能性もある。


「これからは程ほどにするように」
「う、うむ!! わかったのじゃ!!」
「了解したよ、剣士殿!! もう二度とあんなことはしないと誓うからさ!!」

 灸を据えるのはここまでとしたキョウに、漸く許しが出た二人は何度も力一杯頷いた。
 ディーティニアの長い耳が嬉しさでピクピクと上下し、ナインテールの尾がうねうねと喜びで動き回る。
 そんな二人を視界の端におさめつつ、キョウは食事を再開させた。長らく保存食ばかりだったため、久方ぶりの料理は実に美味く感じる。
 本来ならば、一刻も早く巨人の島(ジャイアントランド)と西大陸を結ぶという門のもとまで行きたかったのだが、まずは足を確保するのが先決と判断し、この街に立ち寄ったというわけだ。

 強行軍で、街に立ち寄らず先を急いでも良かったのだが、文字通り人外の身体能力を誇るナインテールは言うに及ばず。十分に人外の体力を誇るキョウは兎も角として、常人から見れば驚くべき体力のディーティニアも、二人からしてみればそういった状況では足手まといになってしまう。

 ディーティニアがひ弱ということではなく、二人が異常極まりないだけなのだが、現在の状況では彼女だけを置いて先を急ぐメリットは何も無い。
 そういう理由で、傍にあったこの街で休憩しているのであった。

「……おぬしが焦る理由もわかるぞ? ワシとしてもまさか巨人王が三体も動き出しているとは思ってもいなかったしのぅ」

 キョウが些か先を急ごうとしている理由を悟っているディーティニアが、自分の注文した料理にようやく手を伸ばす。
 彼女としても、キョウと同じく長らく続いた旅の間の貧相な保存食に辟易していたため、謝罪をしながらも、運ばれてきた料理に多少注意を取られていたのだが―――ディーティニアは誰にも気づかれていないと思っていたが、何気にキョウもナインテールも気づいていた。
 いただきます、をするとすぐさまに目の前の食事に手をつける。
 質より量を選んだのか、皿の上にこれでもかというほどに山盛りにされた羊肉の炒め物を頬張り始めた。
 普通の店ならば大盛りで頼んだとしてもここまでにならない。超大盛りという部類にきっと入るだけの量だ。
 それに全く怯む様子も見せずに、小さな魔女はモグモグと咀嚼していく。みるみるうちに肉の山は、その姿を消していった。

「……むぅ。この羊肉。肉の臭みがないのぅ……どういった下処理をしているのじゃろう」

 量で選んだにもかかわらず想像以上の美味さに驚き、次にどういった工夫をしているのか気になったのかディーティニアは可愛らしく首を捻る。
 巨人王が三体動き出しているというのに、全く焦りを見せていないディーティニアに眉を顰めるのはキョウだ。
 王位種の危険が天雷の魔女と神風の魔女に迫っているのは確実で、流水の魔女も合流していれば三人に死の可能性が見えてくる。

 アトリ達との付き合いは、キョウよりもディーティニアの方が遥かに長く、彼女の数少ない友と称してもいい関係の魔女達がそのような危険に陥っているというのに、普段の態度と然程変化していないのが少々腑に落ちない。

 そんなキョウの内心に気づいたのか、羊肉を食べる手を止めて、不敵な笑みを口元に浮かべた。

「お主の心配はわかるのじゃが、安心せよ。アトリは勝てぬとわかっている戦いに命を賭けるほど無鉄砲ではないぞ? 恐らくは勝ちの目が低いと踏めば、即座に撤退を試みよう」

 ふふんっと何故か自慢げに、無い胸を反らすディーティニア。

「それに、アトリやシルフだけではなく。ティアもおるのじゃ。撤退戦においては右に出るものはおらぬぞ、あやつは。ティアがいる限り、心配は―――」
「あれ、ディーテ? こんなところで何をやっているのですか?」

 酒場の喧騒の中でも良く響く、まさしく美麗というに相応しい女性の声が三人の耳に届いた。
 反射的にその声の方向へと視線を向けた三人。

「……ほぅ」
「へぇ……」
「なっ……な、んじゃ、と……」


 三人の視界に映ったのは、美しい声に見合った美貌のエルフだった。
 長く艶のある蒼い髪にカチューシャが載っている。誰もが見惚れる綺麗な顔立ち。にこにこと笑顔を絶やさないことが、彼女の魅力に拍車をかけているようだ。髪よりは、薄く淡い水色のローブを身に纏い、どこかぽややんとした雰囲気を醸し出しながら、ディーティニアへと近づいてきた。

 キョウとナインテールが少しとはいえ驚いたのは、勿論そのエルフの容姿などではなく、これまで出会ってきた探求者とは明らかに格が違う戦力を感じ取ったからである。
 無論、ここにいる三人ほどの領域とは言えないが、それでも驚くに値する実力者。
 二人は、蒼髪のエルフのことを即座にそう判断した。

 だが、キョウとナインテールの二人とは異なり、ディーティニアの驚きようはそれは凄まじいものがあった。
 パクパクとまるで魚が地上に打ち上げられたかの如く。
 ガタンっと椅子から音をたてて立ち上がると、蒼髪のエルフに指をつきつけ―――。

「ティ、ティ、ティア!? お、お主何故ここにいるのじゃー!?」
「……何故、ですか? シルフから指定された日までまだ二週間ほどありましたので、街の人たちのお手伝いをしているところですけど」

 古い友人と久方ぶりに会った喜びはディーティニアにはなく、ただ純粋に何故―――流水の魔女ティアレフィナがこんな場所にいるのかの驚きが頭の中を支配していた。
 確かにこの街から巨人の島(ジャイアントランド)と西大陸を繋ぐ道がある場所まで非常に近い。
 まだ時間があるのならば、街に滞在していてもおかしくはないのだが―――今回はそれが裏目に出てしまった。

 勿論、今回のことは誰が悪いというわけではない。
 多少の異変を感じ取っていたとはいえ()の結界が壊されることは無いという予測をし、普段どおりにアトリやティアレフィナへ助力を要請していたシルフィーナも。その要請に従って、西大陸へと訪れていたティアレフィナが時間の余裕を利用して様々な人間の手助けをしていたことも。本当に二人が悪いというわけではなかったのだ。
 舞台の裏で暗躍している女神エレクシルさえいなければ、高位巨人種や巨人王種が西大陸に解放されるなど有り得なかった。

 ディーティニアが何故ここまで驚いているのか疑問を抱くのはティアレフィナだ。
 それもそのはず。巨人王種という生きた天災が動き出していることを知っているのは、この場でキョウ達三人だけなのだから。しかも、途中で呪い竜クールカンに出会っていなければ、その情報を知ることは無かった。それを考えれば、ティアレフィナが巨人種襲来の情報を知らなくても無理なかろう話である。

「……ディーテ」
「う、うむぅ。ど、どどどどうしたのじゃ、キョウ?」

 想定外の出来事が起きて、混乱のあまり凄まじくどもっているディーティニアが、静かに語りかけてきたキョウへと恐る恐る視線を向ける。自信満々にティアレフィナがいるから大丈夫だと言い掛けていただけに非常に気まずい。もっともこの状況は、彼女とて青天の霹靂に違いない。 

 だが、そんなことは言い訳になるはずもない。
 ティアレフィナがここにいるということは、巨人種の進撃を食い止める防波堤はたったの二人。
 数百。或いは数千にも及ぶ巨人の軍勢と、生きた天災とも呼ばれる高位巨人種が数多おり、さらには三体の巨人王。
 劣勢どころか、もはや戦にすらならないだろう。

 その事実にため息一つ。
 キョウは、椅子からガタリっと音を立てて立ち上がる。

「……悪いが、ディーテ。俺は()に行くぞ」
「な、なんじゃと!? ワ、ワシを置いて―――」
「お前が馬に乗れれば問題なかったがな。流石に二人乗りでは全速では走れん。俺は一足先に先行させてもらう」
「む、むぅ……」

 至極正論を言ってのけるキョウに、ディーティニアが押し黙った。
 確かに一刻の猶予もなくなった現状では、キョウの言うとおり悠長に二人乗りで向かうのは取り返しの付かない事態に結びつくかもしれない。ディーティニアも馬に乗れれば一緒についていくことは可能だったが、乗れないものはどうしようもなく、この時ほど馬に乗る練習をしておけばよかったと深く後悔することになった。

「そ、そうじゃ。道は、道案内は必要―――」
「地図を見て覚えたから問題は無い」
「―――ぎゃふん」

 ばさりと斬って捨てるキョウに、ディーティニアはまさにぐうの音も出ない。
 他に何か無いか、と必死になって考え込む獄炎の魔女を、驚きで見つめるのはティアレフィナだ。

 あのディーティニアが。
 獄炎の魔女が。
 まるでそこらにいる年頃の女性と変わらない表情を見せている。

 本当に彼女なのか、と疑ってしまうほどに変化していた。
 もしかしてよく似た別人なのかとも考えたが、ティアレフィナが見間違うことがある筈もなく。
 一体何がディーティニアをここまで変えてしまったのか。

 いや―――。

()、ですか。ディーテを変えてくれたのは」

 魔女の間でディーティニアともっとも古い付き合いのティアレフィナは、驚きながらも安堵していた。
 そして、例えようのない喜びが胸のうちに溢れ始める。

 本来ならば、英雄として称えられる偉大なる大魔法使い。
 幻想大陸最高の魔女は、あらゆる人間から怖れられた。東大陸の亜人といった例外はあれど、獄炎の魔女の名を聞けば、幼い子供が泣き出すほどだ。
 幾千、幾万もの人間の憎悪をその身に受ける彼女は、徐々に感情を凍らせていった。それを止められない、己の無力さを惨めに思ったことは幾度と無くある。ディーティニアに会うたびに感じる押しつぶされそうな罪悪感。
 もう二度と、彼女の心からの笑顔は見られない―――そう思っていた。考えていた。

 だが―――。

「―――くすくす。良い人を見つけたようですね、ディーテ」

 本音を言うならば、それが自分でなかったのが少々悔しい。
 それでも、今は喜ぼう。かつての彼女が戻ってきてくれたことを。

 おもわずホロリと涙が零れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、温かい眼でディーティニアを見つめるティアレフィナ。そんな彼女は母性に溢れる暖かさに満ち溢れていたのだが、肝心の銀髪の魔女は、現状をなんとか打破しようと必死に考えを巡らせているところだった。

「あれ? 剣士殿、もう行っちゃう? それなら僕もついていこーかな」
「……ああ。お前なら、問題はなさそうだ。来てもらえれば助かる」
「りょーかいだよぉ、剣士殿。微力ながらお手伝いさせてもらうからさ」

 苦心しているディーティニアを尻目に、ナインテールの気軽な発言にあっさりとキョウが頷く。 
 その答えに、幻炎によって一本の尾にしか見えないそれが、嬉しさのあまりにパタパタと激しく音を立てていた。

 それを見ていたディーティニアは最初は呆然としていたが、たっぷり数秒して我を取り戻す。

「な、何故じゃぁあああああ!? 何故、その女狐がよくて、ワシは置いていかれるのじゃー!?」
「……いや。別に他意はないが。こいつは普通に馬と走って並走できる怪物だからな。お前もそれが出来るなら別に問題ないぞ」
「そんなこと出来るわけないじゃろうがー!!」
「……だから、後から追って来いと言ってるんだ」

 ダダっとキョウへと駆け寄ってきたディーティニアが首の襟を掴んで揺さぶろうとするが―――生憎と百九十近いキョウの襟まで手が届かず、泣く泣く腹の位置の服を鷲づかみにして叫び始める。
 なにやら情緒不安定にも思える取り乱しように、少々面倒臭さを感じつつ冷静に対処するキョウ。

「ふふん。残念だったねぇ、ディーテ。剣士殿はキミよりも僕を必要としてくれてるのさぁ!!」

 対してナインテールはニヤリっと勝ち誇った笑みを口元に浮かべ、混乱しているディーティニアに向かってこれみよがしにため息をついた。
 肩まですくめて、大げさに首を横に振ってディーティニアを鼻で笑う。

「勝負あり、だねぇ? 潔く今のうちに身をひいたほうがキミのためだよ? それとも引き際も判断できないほど耄碌しちゃったのかなぁ……?」
「ぐ、ぐぬぬ……。だ、黙らぬか!! この、女狐め!! 三千年以上も歳をくってるばーさんがどの口でほざくか!!」
「―――な、なななななな!? そ、それは言うなよぉ!? 乙女の年齢ばらすとか、外道にも程があるよ、この貧乳!!」
「ひ、貧乳!? う、うるさいのじゃ!! お主だって貧乳じゃろうが!!」
「はんっ……残念だったねぇ、ディーテ。キミとは違って僕は自分の身体で恥じている部分なんて存在しないよ。キミにいいことを教えてあげよう」

 己の絶壁である胸に右手をあてて、身体を反らす。
 何故か奇妙なほどに上から目線の口調と、視線でディーティニアを見下ろすと―――。

「貧乳は恥じるものじゃないのさぁ!! 愛でるものなんだよ!!」

 胸を反らしたまま、それはもう酒場中に響くほどな大声で宣言したナインテール。
 そのあまりの声と迫力に、酒場中の人間が反論することもなく、眼を丸くする。
 この場にいる人間全てが、幼女にしか見えない狐耳族に圧倒され、呑まれていたのだ―――凄まじくどうでもいいことなのは置いておくが。

 ナインテールの主張に、ディーティニアはショックを受けたように膝が震え、床に崩れ落ちる。
 四肢を突き、ナインテールを下から見上げるディーティニアの表情はどこか虚ろだった。

「……なんて、やつじゃ。ワシはまだ、そこまでの域には達してはおらぬ……」
「ふふん。まぁ、キミも後数百年も生きればこの領域に到達できるようになるさぁ。この、明鏡止水の世界にね」
「ぐ、ぐぬぬ……到底、狐耳族の胸が大きくならない呪いをかけた諸悪の根源とは思えぬ発言じゃが……その心意気だけは、見事としか言うほかないのぅ……」
「……それは、うん。ほら……悪かったと思ってるよ。あの頃は僕もちょっと悩んでいた頃だし、うん。色々と若かったし……あ、あははは」

 ディーティニアがぽろりっと漏らした一言に、どこか気まずそうに視線を逸らし天井の隅を見つめるナインテールは、かつての若気の至りを認めて乾いた笑い声をあげた。

 なにやら意味不明の言い争いを行っている二人のせいで、異常に注目されることになってしまったが―――他の客たちはしばらくすると皆がキョウ達に興味をなくしたようにそれぞれの会話に戻っていく。
 正確に言うと興味をなくしたわけではなく、関わり合いになりたくないが故の行動であった。
 こんな真昼間から、とても普通とは思えない言葉の応酬。しかも、明らかに堅気とは思えない雰囲気と体格のキョウが傍にいるため、本能的に関わることを避けたのだろう。

 呆れてものも言えないキョウは、二人を相手していては話が進まないと判断し、ティアレフィナへと近づいていった。
 しかしながら肝心の彼女も、ディーテったら立派になって―――などとつぶやきながら恍惚とした表情を浮かべているのだから話かけるのを一瞬躊躇ってしまう。
 それでは話も進めることが出来ないので、意を決し咳払いをしてティアレフィナの注意をキョウ自身へと惹き付ける。

「あっと、すみません……ティアレフィナ、さんで宜しいですか?」
「え? あ、はい。ええっと、その貴方は?」
「俺はキョウと申します。今はディーテと一緒に旅をしている者ですが、故あってアトリ達の手伝いに―――西に向かっている途中なのですが」
「アトリとも知り合いなのですか?」
「はい。東大陸で短い期間ではありますが、一緒に旅をしていました」

 ディーティニアだけでなく、アトリとも知り合いということに若干驚いたのかキョトンとした顔でキョウの顔を見つめ返す。
 アトリもああ見えてなかなかの曲者だ。マイペースの上に他人にはなかなか心を開かない。ハイエルフという特殊な生まれのせいだろうが、それを差し引いても孤高を好むところがあるからだ。
 そんな一癖も二癖もある魔女二人と旅をすることが出来る男。
 流水の魔女は、そんなキョウにほんの少しだけ興味を引かれた。

「会ったばかりで不躾ではありますが、少しお願いしたいことが……」
「はい。なんでしょうか?」

 一体どんな頼みをされるのだろうか。
 多少言い難そうにしているのを見ると、難しいことなのだろうか。
 ティアレフィナは笑顔で、キョウの言葉の先を待つ。
 躊躇っていたのは僅か二、三秒程度の時間だったが、キョウは踏ん切りがついたのか床に四肢をついているディーティニアの首裏の襟を掴むと軽々と持ち上げて、ティアレフィナの眼前へと差し出す。その光景は、まるで猫を持ち上げているよう様を連想させた。 
 突然襟を掴まれて持ち上げられたディーティニアも。彼女を目の前に差し出されたティアレフィナも、何事かとパチクリと何度も瞬きをする。

「俺達は先行させて頂きますので、出来ればこいつの世話をお願いします。一人にさせておくのは少々不安ですので」
「え? あ、あの……ええっと」
「―――なっ!? ま、まつのじゃ!? キョウ、落ち着くのじゃよ!?」
「いや。とりあえず落ち着くのはお前だ」

 慌てふためくディーティニアを、半ば無理やり現状を把握できていないティアレフィナに押し付ける。獄炎の魔女の小さな身体を反射的に受け止めたが、ディーティニアの額がティアレフィナの胸に当たる。
 ふにゃっとした柔らかさではなく、ゴツンと何かに当たる音と硬質な衝撃が額に響く。
 その衝撃に自分よりは本当に少しだけマシな胸の友に、ほろりっと不思議と涙が出そうになってしまった。

「詳しい話はディーテに聞いてください。それでは、俺は西に向かわせて頂きます」 
「あっ。もう行くの、剣士殿? 僕は西門の外に先に向かっていてもいいかな?」
「……そうだな。すまんがそうしてくれ。俺は馬の預かり所に行ってから、西門に回ろう」

 この街に到着してから購入した―――馬四号。
 頼むから今度こそは長生きしてくれと、信じたくも無い神にキョウは祈った。

 早速酒場から出て行こうとするキョウとナインテールに、必死の形相で追いすがろうとするディーティニアが―――。

「ま、まつのじゃー!! ワ、ワシを捨てる気か、キョウゥゥゥ!!」

 さらに血迷った台詞をのたまったディーティニアのせいで酒場の客は皆、キョウへと冷たい視線を送ることになった。
 ある程度想像力がある人間ならば、先ほどの会話と今のディーティニアの台詞と表情から―――ナインテールへと乗り換えた、ディーティニアが捨てられてしまったと勝手に脳内で補完されてしまったのだ。
 微妙にいたたまれない気分にされたキョウだったが、足を止めることなく酒場の出口へと足早に向かった。

「……大げさだ、お前は。後からティアレフィナさんと一緒に追って来い。馬の二人乗りでも一日も遅れずにこれるだろう?」

 一応はフォローをそれとなく入れるとキョウはさっさと姿を消すのだった。
 キョウがここまで急ぐのにも理由がある。
 ティアレフィナがここにいるということは、巨人種の進撃を止めることができるのは天雷の魔女と神風の魔女の二人のみ。
 しかも、相手は王位種。数多くの生きた天災。到底侵攻を押し留めることは不可能だろう。
 門の封印とやらがどうなっているのかわからないが、キョウはある確信を抱いていた。

 巨人の島(ジャイアントランド)を封印している門の結界は必ず破られる―――と。
 あの性悪女神ならば、間違いなくそうするはずだ。

 故に最悪の事態を想定して、一分でも一秒でもはやくアトリ達と合流せねばならない。
 ディーティニアという戦力は非常に惜しいが、馬に乗れない彼女と一緒に行動すれば、肝心の速度が殺される。
 そのためにキョウと、彼についていける人外の身体能力を誇るナインテールの二人が先行することにしたのだ。

 酒場の入り口から、外に広がる雑踏の中へと消えていった二人を追って飛び出したディーティニアだったが、数秒も経っていないのに姿が見えなくなっていたことに一瞬足が止まる。
 目的地はわかっているが、単純な身体能力では、ディーティニアでは彼ら二人に劣るのは比べるまでも無く明らか。このまま追っても恐らくは間に合わないと判断し、酒場の中へと引き返すとティアレフィナへと勢いよく掴みかかった。

「ティ、ティア!! 行くぞ!! 早く準備をするのじゃ!!」
「……え? え、ええ……あ、あのディーテ?」
「ええい!! いいから早くするのじゃー!!」
「いえ。その、言い難い事ですが……ディーテ……」
「―――む?」

 何やら言いよどむティアレフィナに、彼女の様子がおかしいことに気づいたディーティニアが、眉を顰めたそのとき―――。

「……私、馬に乗れませんよ?」
「……」

 愕然。驚愕。混乱。
 とにかく様々な感情が浮かんでは消えていく。
 獄炎の魔女の顔色まで青く、次第に白くなっていった。

「―――くっ」

 事態を呑みこんだディーティニアは、再度酒場の外へと飛び出していった。
 しかしながら、外の大通りは昼時という時間帯もあってか人の流れはそれこそ雲霞の如し。
 人波を掻き分け獄炎の魔女は西門へと向かおうとするものの、人々は小さな彼女を濁流のように押し流す。西門へ近づくことは愚か、逆に遠ざけられていく。

 それでも諦めることなく必死になって突き進もうとするが、一際大きな通行人にぶつかり、弾き飛ばされて地面をゴロゴロと転がっていき壁にあたってようやく止まる。
 運が悪いことにガンっと強かに頭を強打したディーティニアは、パタリと地面にうつ伏せになってしばしの間沈黙した。

 十秒ほどたって地面に両手を付いて上半身だけを起こすと痛みのせいか、悔しさのせいか涙目になって―――。

「―――キョゥゥゥウウウウウウ!! 戻ってくるのじゃぁぁああああああああああ!!」

 ディーティニアの虚しい叫び声は、雑踏の中にあっという間に消えていった。






















 ▼

















「―――何か聞こえたか?」
「んーん。何にも」

 ディーティニアが半泣きになっているころ。
 キョウは影使い仕込みの特殊な歩法で。ナインテールはその圧倒的なまでの身体能力で。
 人混みをあっさりと突破して、短時間で今まで滞在していた街の西門から飛び出していっていた。

 馬で疾駆するキョウの耳にディーティニアの悲鳴染みた叫び声が届くが―――聞こえるはずも無い声のため幻聴かと判断すると、より馬四号の腹を蹴りつけ速度をあげる。
 草原を駆けていくキョウに並走して爆走するのは、ナインテールだ。
 傍から見れば非常に、そして異常に怪しいが、今はそこまで事態に余裕があるわけではない。
 勿論、もしかしたら巨人種はまだ巨人の島(ジャイアントランド)から出てきていないのかもしれない。巨人種の脅威はキョウの予測でしかないのだ。
 だが、もしかしたら出てきている(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)

 丁か半か。
 あたるか外れるか。
 二つに一つならば、最悪の事態を考えて行動したほうが良い。それをキョウは、これまでの人生で悟っていた。
 それに加えて首筋をチリチリと焼く嫌な予感。キョウを幾度と無く救ってきた、戦場で育まれた第六感。それがいやというほどにキョウへと訴えてきている。それは、信じるに値する予測だ。

 上空から降り注ぐ暖かな日差し。
 中天に照り輝く太陽の下、キョウとナインテールは西へと休息を取ることも無く走り続ける。 
 雲はまばらで、澄み渡るような青い空が広がっていて、そこを名も知らぬ鳥達が飛んでいく。
 もしも先を急ぐ身でなければ、そこらの草原に寝転がって昼寝の一つでもしたいほどだと、キョウは具にも付かないことを考えていた。
 疾走する途中で、周囲一帯に危険生物の気配が全く無いことに強い違和感を覚えた。
 キョウやナインテールの強大すぎる気配に恐れをなしたかとも考えられるが、馬に乗りながら彼は首を軽く捻る。

 確かにキョウ達を危険生物が襲うことはほぼ無いと言ってもいいだろう。
 だが、今のこの状況は少々おかしいのだ。
 何故ならば、普段ならば危険生物はキョウ達の気配にあてられてその場から動かないか、巣穴から出てこない。もしくは必死にキョウ達から遠ざかろうと逃げ出すという行動を取る。
 しかし、今は逃げ出す(・・・・)危険生物すら、ここら一帯にはいないのだ。

 まるで、キョウ達がここに来る前から、他の何かに怖れてすべての生物がここから逃げ出してしまったかのような―――。

「……待て、ナイン。少し離れていろ」
「むむ? ああ、わかったよ」

 一瞬訝しげにしたナインテールだったが、キョウの発言の意味をすぐさまに理解してその場から一瞬で姿を消す。
 キョウは馬の進路方向を少しだけ軌道修正。右手前方に見えた豆粒のように見える大群。それは、地平線の彼方まで埋めつくす、人の群れ。老若男女、年齢性別は様々。唯一つ共通していることは、全員が恐怖と絶望で顔をゆがめているということだけである。
 まさしく難民の群れと表現するに相応しい。
 そんな人間達を先頭にたって先導している人物を即座に発見し、その男がそれなりの使い手だということを把握。
 恐らくはそこそこの高位の探求者だとあたりをつけたキョウは、馬をその男の下まで走らせ、ある程度の距離まで近づいたら停止させる。
 ここは障害物の無い草原。そのため相手もキョウのことを遠くから見つけていたのか、近づいてきたキョウへ対して―――キョウが問いかけるよりも早く
必死の形相で叫んできた。

「―――逃げろっ!! そして街の人間に伝えてくれ!! 巨人の島(ジャイアントランド)を封印する門の結界が意味をなさなくなった、と!! 奴らが、地獄の死者が西大陸に解き放たれた!!」

 男の悲痛な叫び声を聞き、キョウは深いため息をついた。
 今回もまた己の直感が当たってしまったことに。嫌なことばかりを正確に告げてくる第六感。不幸ばかりを察知するそれを有り難がるべきなのだろうか、と少々悩むキョウだったが―――。

「天雷の魔女様と神風の魔女様が、なんとか侵攻を食い止めているんだ!! はやく、はやくなんとかしないと―――!!」

 まったくもって、今回ばかりは想定していた最悪の予想がぴったりだ。
 やれやれ、と再度ため息をつきたくなるのを抑え、キョウは馬を走らせた。
 これまでよりも、さらに速く。先ほど考えたとおり、一分一秒を争う事態に陥っているのはもはや明白なのだから。

 アトリの無事を願いつつ、想定の最悪を超えさせないためにも、キョウは地平線の彼方を睨みつけながら草原を駆け抜けるのだった。





















 ▼




























「ギャヒャアァアアアアアー!!」
「グッガガガガガガガ!!」
「キーーーヒャヒャヒャ!!」

 生き地獄。あまりにも凄惨な現実。
 下品で下劣な巨人種の嘲笑が町中に響き渡り、破壊の鉄槌音が間断なく聞こえてきていた。 
 建物が瓦解する。人があげる悲鳴。肉がへしゃげる音。

 数メートルはある下位巨人種―――サイクロプスをはじめ、ギガスといった中位巨人種といった怪物も手当たり次第に街を破壊していく。
 そこにあったのは単純なまでの原始的な暴力だ。圧倒的な力による蹂躙だ。
 街の至るところで聞こえる絶望の声。恐怖の嘆き。諦観し、神への祈り。
 それらは、無残に残酷に潰えていく。
 巨人種達より破壊と破滅は、僅かな容赦も無く、まるで自然現象のような規模で―――しかし、明確な殺意のもとにて人間を滅ぼそうとする災禍そのものだった。

 街一つが地獄と化したこの場所で。
 それら災禍を打ち払おうとするものは僅か二人。

 轟く雷鳴と稲光。
 大気を切り裂くカマイタチ。

 下位巨人種を次々と打破していく、この街に残された二つの希望。
 天雷の魔女アトリと神風の魔女シルフィーナ。

 両者ともが、下位巨人種や中位巨人種など容易く屠れる大魔法使いだ。

 しかしながら、そんな彼女達にも限界は当然存在するのだ。

 如何に彼女達が強くても、優れた魔法使いであったとしても僅か二人(・・・・)
 其処彼処で楽しげに破壊と殺戮を繰り返している巨人種達は少なく見ても数百を越え、或いは千にも到達する勢いだ。たった二人では明らかに手が足りなさ過ぎる。
 それだけの数の異形の怪物たちが、乱れあっている様は戦場というよりも、ただの虐殺。巨人種達が、人間達への暴虐の限りを尽くしていた。

 先日アトリ達が街の人間達を説得してここより脱出してもらう手筈を取っていたが、それはあまりにも遅すぎた。
 この街は西大陸でも指折りの大都市。そこに住む人間亜人は、数知れない。これまで平和を保ってきた彼らは、巨人の島(ジャイアントランド)を封鎖する結界が無効化されるなど、考えたことも無く、如何にアトリ達といえど説得には時間を必要とした。
 そもそも見捨てて更に東へとアトリ達だけでも向かえばよかったが、それをするにはあまりにもこの街の人間は多すぎたことが原因の一つだが、もともとアトリも救える人間達を完全に見捨てられるほど冷徹にはなれないのがもっとも大きな要因だろう。
 そしてもう一つ。結界が効果を無くしたのが早すぎた。アトリ達の予想よりもさらに早く。 
 そのためアトリ達がこの街にいる間に、巨人種達の猛攻にさらされることとなったのだ。

 街中に響き渡る巨人種の雄たけび。
 人間達を怯え、竦ませる、落雷もかくやという咆哮が迸る。
 それに伴い、数多の巨人種が蛮声を張り上げ、ただただ殺戮を続けていく。

 殺せ。奪え。喰らえ。犯せ。
 人間も亜人も、一人残らず、終わらせろ。終滅させろ。
 万歳。万歳。巨人種よ。闘争と殺戮を愛する破壊の化身達よ。
 この街にいる人間達だけでなく。大陸中の全ての命を滅してしまえ。

 恐ろしくて、怖ろしくて、どうしようもないほどに響き渡る鬨の声。

 決死の覚悟で戦うアトリ達の戦意をさらっていく津波のようなウォークライ。狂気の斉唱。

「ギャッヒャァァアアアアア!!」

 圧倒的な力量差を知りながら、それでも怯えることなく立ち向かってくるサイクロプス達。
 それを前にしてアトリは、唇をかみ締める。
 死すら怖れない。むしろ逆だ。戦って死ぬことこそ誉れ。
 そんな特攻を愛する巨人種は、他の危険生物など比べ物にならないほどに恐ろしい。

 ただの危険生物ならば、既に数十を越える下位巨人種を屠ったアトリから逃げ出すだろう。
 だが、彼らはそれを選択しない。死を覚悟して、一直線に、アトリへと襲いかかっていく。

雷撃の矢(サンダーアロー)!!」

 弓から解き放たれた金色の矢が迫ってくるサイクロプスに着弾。
 凄まじい電圧が襲い掛かり、その怪物は意識を一瞬で飛ばされ巨躯を地面に投げ出した。 

 新たに一体の巨人種を葬ったアトリではあるが、安堵の表情も気持ちも抱いてはいない。
 まだまだ数え切れないほどの敵がいる。それらが暴虐の限りを尽くしているのだから一刻も早く討伐しなければ被害は拡大していく一方だ。

 王位魔法である雷神の槌(ミョルニル)を使えば、かなりの数の巨人種を駆逐することは可能だろうが、肝心の標的が街中に散開しているというのがまず最悪だ。しかも、まだそれなりに逃げ遅れた人間もいる。彼らを巻き添えにしてしまう可能性も高く、使用を躊躇ってしまっていた。

 アトリとシルフィーナの二人は、実に見事なコンビプレーで目に入る敵を次々と撃破していく。
 街を移動し続け、二人で倒した数は軽く百を越え、二百に届こうとしたその時に、アトリ達の前方の建物が爆砕した。

 飛び散る瓦礫。舞い跳ぶ粉塵。
 高まる重圧。下位や中位とは比べ物にならない濃厚な殺意と戦意。 

 ガラガラと崩れ落ちる建物を破壊し、煙の中から姿を現したのは、十メートル近いあまりにも巨大すぎる巨人。
 即ち、高位巨人が一体。アトラスであった。

「ギッヒッヒ!! いたなぁ、いたなぁ!! 天雷ィィィィィィイイイイイイ!! 見つけたぞぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

 狂気と狂喜を爆発させて、アトラスの巨躯が大通りを駆け抜ける。
 鈍重そうな図体に似合わずに、その動きは俊敏であった。アトリを見つけた歓喜に満ち溢れ、他の一切合財には目もくれずに、十メートル超の怪物が拳を振り上げ―――そして躊躇いなく振り下ろした。

 巨人の腕は、通りの石畳をまるで玩具のように軽々と破壊する。
 爆砕した石畳が、細かな破片となって四方に散っていく。砂埃、石の破片が粉塵となって視界を覆った。
 生み出されたのは、小規模なクレーター。そして、それが煙幕効果となってアトリとシルフィーナの行動を一手遅らせる。

「―――シルフ!!」
「え? う、うん」

 ぞぞっと襲ってくる死の予感に従いつつ、アトリはシルフィーナと一緒に後方へと逃げ延びた。
 だが、それでも治まらない悪寒に、慌ててアトリは隣にいた翠髪の少女の小柄な肉体をドンっと横へと押す。その力を利用してアトリは逆側へと逃げ延び、左右に散る結果となった。
 彼女は己の直感を信じ、それが命を救う選択肢となる。

 煙幕の中から、何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。
 それは、アトラスよりは小さいが、それでも人間とは比べ物にならない巨体で筋骨隆々とした男。
 高位巨人―――ヒュペリオン。

「会いたかったぞ、天雷の魔女っ!!」

 アトラスにも負けない狂喜をあらわに、ヒュペリオンの拳が今の今までアトリがいた場所を粉砕する。
 石畳を砕き、陥没させた張本人は、この一撃をよけられたことに悔しさは見せない。逆にこの一撃で決着をつけられなかったことに喜んでいるかのようだった。

 二体の高位巨人種を見て、ガリッと歯噛みするアトリ。
 一対一でも勝利するには際どい強者の出現。今すぐにでも街で暴れている他の巨人種を倒しに向かわなければならないのに、このような足止めをくらっている場合ではない。

 いや―――。

「愚か者め。その二人だけだと思ったか?」

 抜き身の刃が如き鋭い一声。
 近くにある建物の屋根に佇むは、高位巨人のデイア。

 まさかの高位巨人三体の揃い踏み。
 勝算が次々と減っていくなか、アトリはとシルフィーナは息を呑んだ。

 何故ならば、この三体だけでは(・・・・・・)なかったからだ(・・・・・・・)

「いい顔だな、天雷よ。もっともっと汚してやりたくなるぜ」

 アトラスの足元に並んで立っている一人の男。
 顔立ちは整っているが、どこか非人間的な印象を受ける。冷酷で酷薄で、威圧的な雰囲気の何か。
 高位巨人が一体―――パラース。

「……」

 無言でデイアの横に悠然と佇む細目の男。
 しかし、彼が放つ存在感もまた、他の高位巨人に勝るとも劣らない。
 何故ならば、彼もまた生きる天災を名乗るに相応しい怪物だからだ。
 高位巨人が一体―――エピアルテス。

「まさかこんな日がくるとはねぇ」
「全くさ。長生きはするものだ」

 粉塵が治まった後には、まるで双子のようにそっくりな男が二人。
 目が細く、冷徹な横顔。どこか蛇を連想させる。見分ける方法はただ一つ。赤髪か青髪か、ということだろう。
 赤髪の男。高位巨人が一体―――グラティオーン。
 青髪の男。高位巨人が一体―――エウリュトス。 


 そこにあったのは絶望だ。破滅だ。
 どうしようもないほどに逃れられない死の運命だ。

 アトリの予想を遥かに覆す。圧倒的な絶対戦力差。
 一騎打ちでも難しい化け物が。生きた天災と呼ばれる怪物たちが、七体。
 しかも、街を蹂躙している千を越える巨人種達。

「ギッヒッヒッヒ。楽しいなぁ!! 楽しいなぁ、天雷ィィ!!」

 絶対的な有利な立場から、アトラスはアトリとシルフィーナを蔑むような視線で見下ろしていた。 
 それに対して反論をしたいアトリだったが、言葉を発しようとした口を途中で噤む。どのような台詞を吐こうとも、確かにアトラスの言うとおりだ。
 ここから反撃し、勝利する道筋が全く思いつかない。口の中がいやというほどに乾いていく。
 心臓が早鐘のように胸を叩く。呼吸が乱れていくのが実感できた。

「……落ち着け、私」


 言葉に出して、己を律しようと試みる。
 改めてアトリは、現在の戦力差を正確に判断しようと敵の七体に一瞬ずつ視線を這わせた。

 アトラス。ヒュペリオン。デイア。パラース。グラティオーン。エウリュトス。エピアルテス。
 高位巨人七体が揃い踏み。皆が皆、生きる天災の名に相応しき人外達。

 それぞれが、アトリやシルフィーナとて楽に勝てる相手ではない。
 いや、逆に負ける可能性すらある敵だ。

 現状における戦力差は歴然故に、勝機は皆無。
 どのような戦法、作戦、奇襲を仕掛けても絶対不可能。

 重ねて断じる。
 アトリとシルフィーナでは、勝機は皆無。

 生存を優先するのならば、逃亡する以外他になし。
 だが、それさえも成功確率は限りなく零に近いと断定しても間違いない。

 つまり、簡単な話。



 アトリとシルフィーナは、詰んでいた。









 ―――だが、一人だけならば可能性はある。








 刹那の時に、覚悟を決めたアトリが弓を構える。
 圧倒的な戦力差を理解しながら戦いを諦めないアトリに、高位巨人種達は驚きはしない。
 長年鎬を削ってきた天雷の魔女ならば、それくらいはやるだろうと考えていたからだ。

 高まっていくアトリの魔力。
 敗北必死。勝利は皆無。未来にあるのは高位巨人種による陵辱だ。
 それを確信していながらも金色に輝き迸る魔力に一切の揺らぎは無く、迷いも無い。

「……逃げて(・・・)、シルフ」

 簡潔に。だが、拒否は許さないと力強く。
 有無を言わせない。無口な金色のエルフが背中で語る。
 貴女が逃げろ、と。貴女が逃げて、ディーティニアに現状を伝えるのだ、と。

 いや、半分異なり、半分正解。

 正確には、貴女は邪魔だと物言わぬ魔力が何よりも雄弁に伝えてきた。
 それを理解したシルフィーナが、後ろ髪を引かれる思いで、その場から駆け出す。
 背後で小さくなっていくシルフィーナの足音に満足しながら、アトリはゆっくりと深い呼吸を繰り返した。

 小柄な金色の魔女から立ち昇る魔力は絡まりあい、螺旋を描いて立ち昇り、蒼空に薄暗い雲を呼び起こし、稲光を呼び寄せていく。
 普段の寡黙で、何を考えているかわからない無表情のエルフは、今ここに己の全てを解放させる。
 エルフの中でも異端。天文学的な確率でしか産まれない、ハイエルフと呼ばれる大魔法力を操ることが可能な魔女が、ここに小規模な大嵐を巻き起こした。

 五大魔女の一角。
 天雷の魔女アトリ。その彼女が、後先考えることもやめ、ただ純粋なまでの破壊の意志に身を委ねた瞬間だった。

「―――雷撃一閃(サンダーボルト)!!」

 有無を言わせない先制攻撃。
 高まりきった魔法力の発露。金色の雷撃が、前方に佇んでいる七体の高位巨人を呑み込んだ。
 卑怯とは思わない。言わせない。何故ならばこれは命を賭けた戦いだからだ。ルールも何も無い、本当の意味での闘争なのだ。

 強者同士が自身の全てをぶつけ合う。そこにあるはずの武人としての心意気、正々堂々といった概念をアトリは持たない。
 敵は殺せるときに殺す。冷酷で、冷静な寒々しいまでの現実主義者。
 ここは子供の遊技場ではなく、試合の場でもない。気を抜けば即死ぬ、命が極限まで軽くなる戦場だ。

 だからこそ、アトリはかつてのイグニードの邂逅の時も容赦なく雷神の槌(ミョルニル)を放った。
 そんなアトリだからこそ、強いのだ。破壊に特化した雷属性の魔法を使いこなし、冷酷なまでの意志を持つ。
 魔女の中でも、ある意味ディーティニアに勝てる可能性があるとすれば、彼女だけだろう。

 だが―――。

「ギッヒッヒッヒ!! 流石だぁ!! 流石だなぁ、天雷ィィ!! その容赦のなさ、それでこそだぁ!!」

 雷撃の着弾によって起こされた煙の中から巨躯が躍り出る。
 空気をうならせ、アトリが構えた瞬間には既に、アトラスは己の間合いの内に魔女の姿を捉えていた。
 先ほどの再現。まるで焼き直しを見るかのようだ。しかし、今回の違うところは、前回は視界を潰すつもりで拳を振り下ろしたが今回は本気であてるつもりで放ったということである。

 十メートル超の巨人の一撃は、容赦なく大地を穿ち、先ほど以上の破壊の爪痕をその場に残す。
 耳を痛いほどに打ち付ける爆音。辛うじてその攻撃を後方に退避して避けたものの、キーンと耳鳴りが酷く鳴り響く。



 瞬時に、アトラス以外の高位巨人種の立ち位置を把握。
 今の隙をついて行動を開始した者がいないことを確認し、まずは戦意を滾らせるアトラスから相手取ろうと覚悟を決める。

 生憎とアトリは近接能力は高くは無い。
 それは他の魔女と―――例外であるリフィアを除くが―――変わりはしない。
 特に現状相手をするのは巨躯を誇るアトラス。彼我の差は圧倒的。まずは間合いを外さなければならない。

 雷の魔法を適度にばら撒き、目くらましを行いながら、アトリは大幅にアトラスから距離を置く。
 対してアトラスは、いやらしくも愉悦に歪んだ表情を隠そうともせず、天雷の魔法を両の腕で防ぎつつアトリへと襲い掛かっていった。
 下位や中位の魔法では、足止めすら出来ないことに歯噛みしながら、即座に対抗手段を頭の中で思考する。
 出来れば王位魔法を使用したいが、詠唱を可能とする時間を与えてはもらえないだろう。
 ならばなんとかその隙を作るためにも、高位魔法を織り交ぜて、アトラスと戦うべきだ。
 ヒュゥっと短い呼気が口から漏れる。身体中を巡り、熱く燃え滾る大魔法力に身を任せ、アトリは億分の一にしか過ぎない勝利への道筋を辿ろうと極限の集中力を発揮し始めた。

「―――素晴らしい。流石は天雷!! 我らが宿敵よ!!」

 アトリを称える叫びをあげて、アトラスではなくヒュペリオンが大地を蹴った。
 それに僅かに面食らったアトリが、数個の雷球を顕現させて容赦なく高位巨人種の鼻面に打ち込んだ。
 それぞれの一つ一つが想像を絶する威力を秘めている雷球を、緩急つけた動作で軽々と避けきると、ヒュペリオンの拳がアトリへと叩き込まれる。無理やりに、両脚の筋肉を動かし、横へと跳んで何とか回避を可能とする。
 しかしながら、破壊はそれだけでとどまるはずも無い。

「避けきれるか、我らが魔技を!!」
「それそれそれ!! いくぞ、天雷!!」

 グラティオーンが右腕をふりかざし、そして振り下ろす。
 それと同時に発生する三日月型の真空波。アトリとの間にあるあらゆるものを切断しながら突き進む。触れれば即死なる巨人の魔技に、肝を冷やしながらこれもなんとか回避に成功した。
 グラティオーンに合わせるように、エウリュトスもまた、幾つもの水色の槍を周囲に創り出すと、アトリに向かって投擲する。
 それらは元々本気で狙ってはいなかったのか、彼女の服をかすめる程度で建物を破壊するにとどまった。

 更にはアトラスの薙ぎ払い。
 触れただけで人間など軽がると圧し折る威力の拳がアトリの鼻先を通り過ぎた。
 突風が彼女の幼い肉体を強かに打ちつけ、それに負けた身体が宙を浮き、ごろごろと通りを転がっていく。

 アトラスだけでも手に余るというのに、参戦してきた高位巨人種達を罵りたくなるものの、そんな暇があるのならば魔法を一つでも唱えたほうがまだましだ。

「―――ああ、もう。腹が立つ」

 それでも悪態をついてしまったのは、仕方が無い。
 ここまで勝利の文字が見えない戦いは実に久しぶりだ。

 不死王ノインテーターとの戦いは、キョウ達がいた。
 魔人との戦いの時は正直記憶にない。
 イグニードの時は、謝れば何故か笑って許してくれた。
 海獣王ユルルングルの時も、ディーティニアが全てを終わらせた。

 今は一人だ。
 自分の前にも後ろにも誰もいない。
 それを再確認した時、異様なほどに死というものが身近に感じられた。

 だが、それでも諦めるわけには行かない。

「―――私は、帰るんだ。帰ってまた、一緒に旅をするんだ。邪魔をするな、化け物(お前ら)が!!」

 アトリにしては珍しく、苛烈な意志を言葉に宿し、牽制するように咆哮した。
 視界に映る六体(・・)の高位巨人種。
 攻撃を仕掛けてきたアトラスにヒュペリオン。グラティオーンにエウリュトス。ニヤニヤとこちらを眺めているパラースとデイア。それだけだ。それに違和感。異質感。

 もう一体。 
 エピアルテスは、どこに行った? 

 氷柱を背中にぶちこまれた悪寒。
 まさか、と思う暇も無く―――彼女の最悪の予感は的中する。

「……ぅ、ぁ……」

 アトリの背後から聞こえたか細い声。
 反射的に振り返った彼女が見たのは、首に腕を回され絞められながら持ち上げられているシルフィーナの姿。
 それを行っているのは細眼の高位巨人、エピアルテス。
 アトリの注意が他にそれた瞬間を狙って、この場から離脱し、シルフィーナを追っていたということにようやく気づくも、それはあまりにも遅すぎた。
 気配を殺すことに長けたエピアルテスならば、逃げることに全力を尽くしていたシルフィーナを捕らえることも容易かったのだろう。
 怪我一つない彼の姿がそれを証明していた。

「シ、シルフ―――」

 しまった、とアトリは瞬間的にそう思った。
 シルフィーナの名前を叫ぼうとしたその時、くはっと獰猛な笑いが耳を打つ。
 己の失敗。己の悪手。それを悟ったアトリだったが、立て直すにはあまりにも遅すぎた。

 肩を痛いほど強く握り締められ、下方から跳ね上がった膝に脇腹を打ち抜かれた。
 その膝の打撃は、ある程度は手加減をしていたのだろうが、小柄なアトリに耐え切れる領域を超えている。
 肩を掴まれているが故に吹き飛ぶことも出来ずに、全身の骨と言う骨がバラバラになる衝撃が指の先まで伝っていく。
 そして、それを為したヒュペリオンは、アトリの身体を軽々と振り回し、ボールのように投げ捨てた。

 石畳を砕きながら転げ飛び、アトラスの巨大な足にぶちあたってようやく止まる。
 ごほっと咽込めば、多量の血液が地面を濡らす。
 呼吸も満足にできない激痛が、やむことなく襲い掛かってくる。
 言葉もまともに発せられず、視界が眩み、魔力が大気中に霧散していく。

「ギッヒッヒ!! おぃ、無様だなぁ? 天雷ぃ……あのお前がぁ、ここまで容易く敗北するかよぉ」

 己の足元に転がっているアトリを蔑み、嗤う。
 如何に七体一だったとはいえ、かつての自分達の進撃を幾度と無く食い止めた宿敵が、無力にも肢体をさらしている。
 そこに言いようの無い達成感と、満足感。そして、消すことの出来ない欲望を覚えた。

「生きながらに喰われるのとぉ、生きながら犯され続けるぅ。さぁ、天雷ぃ―――好きなほうを選べよぉ」

 アトラスが下品な笑みを浮かべて、足元に転がっているアトリへとゆっくりと手を伸ばす。
 それを揺らぐ視界の中で、呆然と眺めることしかできないアトリ。

 シルフィーナを恨む気は微塵も無い。
 確かに彼女に気をとられたのが敗北の原因とはいえ、あのまま戦っていても敗北は必死。
 遅いか早いかの違いだけ。

 できれば、シルフィーナだけでも逃げて欲しかったが、それもどうやら不可能のようだ。
 ああ、ちくしょう。なんで、こんなことに。

 アトリは口汚く、アトラスを決して聞こえない心中で罵った。

 しかし、それで事態が好転することがないのは百も承知だ。
 ここから隠された謎の才能が発揮するなんてことは絶対にありえない。
 それに、身体の感覚は全く無く、あるのはこうして思考できる意識だけ。

 今だからこそ出来ることがあるはずだ。今しか出来ないことがあるはずだ。
 このままでは間違いなくアトラスの言葉通りの結果になる。
 どちらも絶対に御免被る末路だ。どちらかを選択しなければならなかったとしても、絶対にどちらも選びたくは無い。
 大切に守ってきた純潔が、こんな奴らに汚されてたまるか。

 今ここが。全ての分岐路。
 陵辱の限りを尽くされるか。それとも巨人達の晩餐となるか。
 それとも―――。

「―――かっふ」

 呼吸が戻る。
 あと少し。あと少しの時間でもいい。
 せめて高位巨人達に目にものをいわせるだけの一撃をここに。

 諦めるな。諦めたらそこで終わりだ。
 全てが終わる。そんなことを習ったのか? 違うはずだ。
 尊敬すべき魔法の師匠は、絶対にどんな状況でも諦めない。
 口には決して出せないが、ディーティニアは私が尊敬し、敬愛するただ一人の大魔法使い。

 そんな彼女の信頼を失うような戦いだけは絶対にしたくない。
 ああ。だから。今ここに私の全てを―――。

「む……?」
「なん、だとぉ!?」
「……ばか、な」
「……」
「まじ、かよ!?」
「あり、えん!!」
「何、この魔力は」   


 高位巨人さえも驚かせる超魔法力の発動。
 これまでを更に越える、純粋なまでの金色の光を身体中から発しながら、アトリは震える口を動かす。
 それは、かつてディーティニアがテンペストの時に見せた、己の命(・・・)を削る魔法の発動。

 その熱量は凄まじい。
 まともに直撃すれば高位巨人種といえど無事ではすまない。
 そこまでの破壊の気配を漂わせる光が断続的にアトリから迸る。
 それを放てば、両者とも(・・・・)が危険だと判断したアトラスが、その拳を振り下ろす。

 アトリの放とうとする魔法が発動するよりも、アトラスの拳が一瞬早く―――。



































「―――お前を斬るぞ(・・・・・・)





 そして、光の剣閃が時空を断ち切る。
 遥か彼方から次元を切り裂く白閃が、まさしく光速で対象へ向けて剣の軌跡を到達させた。

 アトラスが拳を振り下ろすという結果よりも。
 アトリが魔法を発動させるという結果よりも。
 他の高位巨人種が、動き出すという結果よりも。

 全てを置き去りにしてしまう、結果だけがそこにはあった。

 対象を斬滅させる必殺の特異能力(アビリティ)
 本来の万能であり全能であった言霊という特異能力(アビリティ)を、たった一つに収束させた。

 それは言霊使いだからこそ為しえた奇跡。
 火を巻き起こす奇跡を。風を吹かせる奇跡を。大地を操る奇跡を。濁流を発生させる奇跡を。
 ありとあらゆることが可能な、それを。

 刀から抜き放った一太刀で敵と定めた相手を斬殺する、という制約と誓約を行った。
 それは愚かな選択だ。それは理解しがたい選択だ。
 だが、無限に広がる可能性を―――その一太刀(・・・)に収束させたということだ。
 その威力は推して知るべし。

 存在としての格。自身の体力。気力。使用する武器が特異能力(アビリティ)に耐え切れるか否か。相手の純粋な防御力。様々な条件はあれど、攻撃にのみ超特化したその奇跡は、実質耐え切れる存在は片手の手で足りるほどだろう。

 何故ならば、その技は確かに―――女神に血を流させるに至った一撃なのだから。


 ぴたりっとアトラスの拳が止まる。
 まるで静止画を見ているかのように。
 数秒も止まっていただろうか。やがて、アトラスの―――十メートル近い巨人の体が、割れた(・・・)

 真っ二つ。一刀両断。
 そんな言葉が相応しい結果がそこにはあった。
 左右対称に斬り別たれた巨躯は、地響きをたてて地面に転がる。
 溢れ出た青黒い鮮血が、血の池を作っていく。

 その血がシャワーのように降り注いできたアトリは、迷惑そうに眉を顰める。
 鉄臭くも生臭い。それに全身を濡らされたのだから当然だ。

 そんなアトリが視線を他の高位巨人種に送れば、全員がある方向を向いていた。
 まるで彫像のように、身じろぎ一つすることなく固まっている。

「……ああ、うん。仕方が無いかな」

 その原因を知っているアトリは、ようやく発せられるようになった言葉を吐き出しながら、嘆息する。

 ざっと地面を歩く音がした。
 高位巨人種など話にもならない絶対の殺戮者。
 第一級危険生物にも匹敵する唯一の人間。その剣士の登場に、誰もが息を呑み我を忘れる。

 キョウ=スメラギは抜き身の刀を歩きながら鞘におさめると、ゆっくりとアトリまでの道を歩んでいく。
 誰もが彼の歩みを止めることはできない。

 如何なる方法を使用したかわからないが、間違いなくアトラスを一撃のもとに屠ったのはこの男だと、本能が理解していたからだ。

 シルフィーナを捕らえているエピアルテスの横を通り過ぎる際に、キョウはちらりっと視線を向ける。
 その視線だけで、高位巨人種は怯えたように一歩後退する。

 それを無視してキョウは今までと同じ歩調でアトリまで近づくと、軽々と地面に横たわっている彼女を抱きかかえた。
 戦闘者としてはあるまじき行為。ここは戦場。ここは命の軽い巨人種達の晩餐場だ。
 油断すれば即死に繋がるこの領域で。高位巨人種という化け物たちを前にして。

 お前達など眼中にないと言わんばかりの態度に―――だがしかし、巨人種達は行動に移ることができない。

 駄目だ駄目だ駄目だ。
 ありえない。絶対に無理だ。如何なる手段を使っても、どんな奇跡が起きたとしても。

 ―――我らはこれ(・・・・・)に決して(・・・・)勝てない(・・・・)

 純粋なまでの闘争者だからこそわかることもある。
 彼らの研ぎ澄まされた感覚が。第六感がはっきりと伝えてきた。

 戦ってはならない。関わってはならない。目さえも合わせてもならない。

 これは。これは。この化け物は―――死という概念そのものなのだ。


「……間一髪といったところか」  

 胸の中に抱いたアトリの状態を観察し終えたキョウが、僅かに安堵のため息をつく。
 対してアトリの胸中は複雑だ。様々な感情が鬩ぎあっていた。

 それは当然。
 一分も前まで死を覚悟していたのだ。
 命を削った魔法力までも発動させ、せめて相打ちを―――と覚悟まできめた矢先の出来事。
 突然現れて、絶望と死を打破したこの男。キョウ=スメラギになんと声をかければいいのか。

 まぁ、単純な話。素直な話。率直な話。
 とてつもなく格好いいことは反論のしようが無い。
 キョウの言うとおり、あまりにも間一髪。それこそ出番を建物の影に隠れて待っていたと言うくらいの最高のタイミング。もっともこの男に限ってそれはないだろうが。命を救われて。絶望を打ち払ってくれて。それを恩にきせるでもなく、格好をつけるのでもない。

 ―――ああ、もう。格好いいなぁ、馬鹿。

 胸がぽかぽかと熱くなる。
 吊り橋効果、というものを聞いたことがあるが、果たしてこれもそうなのだろうか。
 自分はこれほど惚れっぽい女だったのだろうか。といっても、恋をしたことがないのだから良く分からない。
 トクントクンとキョウの心音がとてつもなく心地よい。

 だが、それを素直に口にだせるほど。認められるほどアトリ(自分)は素直ではないのだ。

「……遅いよ、キョウちゃん」

 だからこそ、少しだけ憎まれ口を叩いてしまった。
 それでも口元に浮かぶ笑顔だけは隠しきれない。

 助けられておきながら、そんな台詞をのたまったアトリに対して、キョウはくしゃりっと頭を撫で上げる。

「ああ、そうだな。すまん。少々遅くなった」

 アトリの我がままをあっさりと受け入れて、キョウはそんな彼女の内心を理解しているのか少しだけ笑みを浮かべる。
 その笑みを見たアトリは、希少な彼の笑みに見惚れてしまった。

 戦場とは思えない空間を形成している二人に、ようやく己を取り戻したヒュペリオンが、キョウ達の背後に佇むエピアルテスに悲鳴にも似た叫び声を届かせる。

「エピアルテス!! 絶対に、神風の魔女を離すなよ!! そいつが、その魔女が我らの命綱―――」
「―――すまんな」

 ヒュペリオンの叫びを途中で遮って、キョウは淡々と語る。

もう斬ったぞ(・・・・・・)?」

 まるでそれを合図にするかのように、パシャリっと血飛沫が舞う。
 エピアルテスの頭が、ごろりっと地面に落ちる。地面に転がった高位巨人種の虚ろな視線とあってしまったシルフィーナがパクパクと声にならない悲鳴をあげた。
 そして降り注いでくる青黒い血。アトリと同じく血まみれになったシルフィーナは泣きそうだ。いや、既に泣いている。

 必死に四肢をばたつかせ、既に力の入っていないエピアルテスの束縛から逃れ出ると、アトリへと駆け寄って行こうとして―――キョウがいるため間合いを取って立ち止まる。
 獰猛な肉食獣と向かい合っているかの様子の彼女に、キョウは己の行動がまずかったかと少々反省するが、いつまでも遊んでいる場合ではない。

「シルフィーナさん、でよかったか? 悪いがこいつを頼む」

 肋骨を幾つか折られてまともにまだ動けないアトリをシルフィーナに手渡すと、キョウは緊張もなく愕然としている高位巨人種達へと向かっていく。
 その動作があまりに自然で、生きた天災と戦おうとする姿とは到底思えず―――。

「あ、あの……気をつけて、ください」
「ん? ああ、わかった。有難う」

 そんな当たり前すぎる言葉しかかけることができなかった。
 キョウはシルフィーナの声掛けに、ひらひらと手を軽く振って答えると、歩みを止めることなく間合いをつめていく。

 一方の高位巨人種達は、キョウが来る前のアトリのように選択肢を突きつけられた。
 即ち、死ぬか逃げるか。

 そう。戦うか、逃げるかではない。

 繰り返すことになるが、死ぬか逃げるか、なのだ。

 彼らは生粋の闘争者。
 戦いを尊び、誇りある戦闘を好む。
 だが、こんな死の体現者と戦って、一体どこに名誉ある戦いになるというのだ。
 それは自殺だ。戦いではなく自殺にしかならない。

「―――怯えるか、高位巨人種。ペルセフォネは、俺と戦い武人としての何たるかを身をもって証明してみせたぞ?」

 選択肢を選べないでいる五体の高位巨人種にどこかあきれたのか、キョウが嘆息する。
 その物言いに、誇りを傷つけられた高位巨人種達だったが―――それでも闘争を選択できたのは、僅か二体だ。

「くっ―――後に続け、デイアァァアアアアアアアアアア!!」
「我ら巨人種に、栄光あれ!!」

 ヒュペリオンが。デイアが。
 死に直視しながらも、その恐怖に打ち勝ち、キョウへと一直線に迫っていく。
 その動きはこれまでと比べて一段速い。普段とは異なり追い詰められた彼らが、全力を更に超えた力を引き出していたのだ。

 二体の高位巨人種による速攻。
 雄たけびをあげて、決死の形相でキョウへと挑むその姿。
 敵ながら実に見事。実に天晴れ。
 その威勢。その威圧。確かに彼らは高位巨人種という名前を掲げるのに恥ずかしくない怪物たちだった。

 ―――それでも届かない化け物が、ここにいる。


 いっそ緩やかに見える動きでトンと軽やかに地面を蹴りつけた。
 ヒュペリオンやデイアに比べれば苛烈な覚悟も意志も咆哮さえもない。
 だが、二体の高位巨人種は、標的の動きを見失った。

 彼らの視線を、意識を理解、把握。
 そして誘導した結果。瞬きをした一瞬で、キョウの姿は二体の視界の死角に踏み入っていて。

 シャリンっと金属が鳴り響く。
 残酷なほどに冷たい小狐丸の刀身が、ヒュペリオンとデイアの首筋を撫で上げる。
 優しげに。だが、容赦なく。

 パチンっと鞘に刀をおさめた音がした瞬間―――ぽとっと間の抜けた残響がこの場を支配する。
 二体の高位巨人種の顔が、何をされたのかわからない表情のまま転がり、残された肉体は勢いを殺さずそのまま壁に激突して血飛沫を上げて倒れ伏す。

 瞬殺一閃。
 生きた天災四体が、呼吸をするかのごとく殺される。
 無理だ。もう無理だ。なんなんだこの化け物は。
 ありえないだろう。くそが、ふざけるな。悪夢か。絶望か。それともこれこそが死神なのか。

「う、うわぁああああああ!!」
「ひぃっ!!」
「バ、バケモノめ!!」

 残された三体の高位巨人。
 パラース、グラティオーン、エウリュトスは悲鳴染みた捨て台詞を吐き捨て、脱兎の如くこの場から逃げ出した。
 彼らは第三級危険生物。生きた天災の一員。戦いを求め、尊ぶ生粋の戦闘中毒者。そんな彼らが恐怖に負け、逃亡する。他の人間がこの光景を聞いたら、いや見たとしても到底信じることは出来ないはずだ。己の目を疑ってしまうはずだ。だが、これが現実。
 街一つを易々と壊滅させた怪物たちを、いとも容易く屠りし人間。その得体の知れなさと、内に抱える底知れぬ闇に、高位巨人種は怯えてしまった。

 もはや戦いにならないのは火を見るより明らか。
 戦意も何も無い。ただ逃げ出した三体の高位巨人種。
 しかし、彼らを見逃せば新たなる悲劇が起こされるのは明白だ。
 如何にキョウにとっては歯牙にもかけない相手とはいえ、他の人間からしてみれば文字通りの生きた天災なのだから。

 キョウは腰を落とし、上半身を沈め前傾姿勢となる。
 小狐丸の柄を痛いほど握り締め、両脚に溜めた力を解放させた。
 狙いは逃げ出した高位巨人種三体。爆発的な脚力が零から時間差をおくことなく加速させ、最高速度まで一瞬で到達させる。
 だが、肝心のその力が地面に伝おうとした瞬間―――。

「ギャギャギャギャッ!! 巨人種の風上にもおけんなぁー!! 戦いを放棄するかよ、この面汚しどもが!!」

 ルビーのように赤く輝く閃光が、この場にいた全ての存在の網膜を焼く。
 己に迫ってきた超速度の赤光にパラースは指先さえも動かす余裕もなく呆然と眼を見開き、何か言葉を発するよりも早く、彼の肉体は塵一つ残さずにこの世界から消え失せていた。

 その閃光を放った張本人。
 それは、何時の間にかあまりにも唐突にこの場に現れていた。
 キョウと同程度の長身。いや、巨人種ということを考慮すれば、背丈は低い方に分類されるのだろうか。卵のように丸い頭に、髪の毛は一本も生えていない。しかしながら、それの顔の至るところに巨大な眼が幾つも浮かんでいる。しかも、正面だけではなく、後頭部にもびっしりと。それこそ数えるのも億劫なほどに。それらの瞳に睨まれると生理的な恐怖をかんじさせた。
 外見同様、この百目の怪物とでもいうべき存在の纏っている気配は尋常ではなく、自然と強者を感じさせるほどの圧力が肉体から滲み出されている。

「ア、アルゴス様ぁ!?」

 グラティオーンが顔を引き攣らせて、新たに現れた巨人―――第二級危険生物に分類される巨人王のアルゴスの名前を叫ぶ。

「ハッハッハッハァー!! 全くだぜぇ!! この、屑どもがぁー!!」

 キョウに対する恐怖とは、また別種の畏怖を表情にありありと浮かべているグラティオーンへと、絶望が迫る。
 血に塗れ、臓物にも似た異臭漂う魔手が、天から降り注ぐ。

 一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。六つ。七つ―――。

 際限なく増加の一途を辿る魔手が、グラティオーンの左腕をもぎ取った。続けざまに左腕を引き千切る。
 更なる手が、左目を潰し。右目を抉り取る。さらには舌を引き抜き、内臓を圧壊し、両脚を砕き折った。
 高位巨人は痛みのあまり絶叫しようとするも、それも出来ない。何故ならば、既に彼の喉は声をだす機能を壊されてしまっていたのだから。

 見ているだけで、心胆を寒からしめる恐怖の舞台。
 純粋な破壊だけをつきつめた暴力の嵐。十秒もたてば、既にそこにあったのはバラバラに引き裂かれた肉片のみ。
 細切れになり地面に赤いペンキをぶちまけた光景の前に現れたのは、一言でいえばアルゴスを超えた異形。
 巨人種の中でも巨大だったアトラスを越える巨躯。人の姿に近いのだろうが、それはあくまで各個の部位だけ。人の顔がある部分には寸分違わぬ顔が幾つもあり、それの背からは分厚くて長い巨大な腕が十を越える本数伸びている。常人ならば直視も出来ない、見ただけで理解できる人とは相容れぬ姿。そんなバケモノがギラギラと凶暴な光を瞳に宿し、キョウへと熱い視線を送っていた。


「お、おおおまちください!! ブリアオレス様!! い、命だけは―――」

 最後に残ったエウリュトスが、必死の形相で異形の巨人―――巨人王ブリアオレスに命乞いを行った。
 だが、肝心のブリアオレスは、助命を求めてくる高位巨人に一瞬たりとも視線を送ることなく、ただただキョウへ対してのみ注意を向け続けた。
 助かったのか、そう一瞬安堵したその時―――。

「貴様らも我らが巨人種の一員ならば、せめて戦って死ね!! それも出来ぬ貴様は生きる価値も無い!!」

 鳴動する地震。大地があげる悲鳴。恐怖の胎動。
 徐々に近づいてくる巨大な、何か。
 その地響きとともに聞こえた苛烈でありながらも、透き通る美しい凛とした声。それらの発生源が、周囲に烈気を撒き散らしながらキョウの眼前に姿を現した。

 建物を次々とドミノ倒しのように破壊し、粉塵を舞わせながら、石壁をまるで紙くずのように切り裂いて、黒い毛で全身を覆ったあまりにも巨大すぎる狼が大通りへと飛び出してくる。黒狼の大きさは、今までキョウが見てきた魔獣の中でも格段に巨大で強い。勿論、セルヴァやユルルングルには到底及ばぬものの、それ以外の魔獣ならば一噛みで屠ることは容易いだろう。

 そんな黒狼の背中に、それはいた(・・・・・)

 巨大な狼の背中に胡坐をかいて座っている一人の小柄な少女。
 一言で例えるならば、可憐。零れ落ちるような美しくも長い銀の髪。その色合いはディーティニアを連想させる。まるで汚れ一つない雪原の如き白い肌は、血と臓物の臭い漂うこんな戦場においても印象的だった。雪の妖精とでも言えばいいのか。他の巨人種が触れれば折れるような小柄な肉体でありながら、そんな弱さは微塵も見られず。逆に全ての者を焼き尽くさんばかりに、烈火に燃えている。絶世の美貌の少女が、黒狼の背中に乗る様は、キョウでさえも強い違和感を隠し切れない。

 美しい少女ではあったがただ見惚れるには、彼女の放つ瞳の光が些か凶悪すぎた。

「ア、アグリアス様!! ど、どうか御慈悲を―――!!
「黙れ。そして退けぃ、小僧。巨人王アグリアスの進撃なるぞ。戦意無き者は、疾く失せい!!」

 ドゴンっと響く衝突音。
 黒狼の突撃で上空へと跳ね上げられたエウリュトスが、重力にまけ落下してきたところを、アグリアスが脇に置いていた巨剣を手に取り、軽やかに一閃。
 あまりにも巨大で、分厚い。剣というには相応しくない代物。軽く二メートルを超える破壊の兵器が宙を断つ。

 高位巨人種の泣き出しそうな頭から、股下までを一刀両断。
 血を噴出しながら、左右に別たれたそれらは、通路に落ちた後に惨めな屍骸を皆にさらす。

 地震の発生源である黒狼に乗った巨人王アグリアスは、キョウから十メートルほど手前で配下の足を止めさせと、どこか興味深そうな光を湛えて睥睨してきた。

 あまりにも可憐すぎる容姿とは裏腹に、厳しくも尊大な男口調の彼女は口元を禍々しく歪めている。
 奇しくも三体の巨人王とキョウは対角線上で向かい合うことになった。

 キョウの底知れぬ気配に圧倒されていた高位巨人種とは異なり、巨人王達は圧される事無く、その場に佇んでいる。それだけのことだが、高位巨人とは明確なる力の差を身をもって証明していたともいえた。

「ギャギャギャッ!! そうかよ、お前がそうかよ!! お前が女神の言っていた送り人ってやつか!!」
「ハッハッハッ!! ああ、そうだな。アルゴス!! こいつだ。こいつに間違いない。こんな、人を外れた人が!! 人の理を外れた、バケモノが他にいるかよ!!」

 アルゴスとブリアレオスは、キョウの身体から滲み出る威圧にも負けじと高らかに笑っている。
 楽しくて仕方が無い。嬉しくて仕方が無い。そんな様子の彼らに、キョウの眉尻がかすかにあがった。

「……お前らが、巨人王か。なるほど、確かに格が違うな」

 確認をすると同時に確信をしているキョウの問いかけに、アグリアスの乗る黒狼が一歩前進をする。
 ズシンっと大地を揺らす地響きが一つ。

「如何にも。我らが巨人王と呼ばれる生きた天災也。私の名はアグリアス。そちらにいる化け物は、それぞれがアルゴスとブリアレオスと言う」

 巨剣を肩に置きながら、軽々と抱えているアグリアスが名乗り、ついでといわんばかりに高笑いをしている他の巨人王の名を勝手に代理で名乗ってしまう。
 だが、不満な顔など一切見せずに、アルゴスとブリアレオスは相変わらずの高笑いを続けていた。

「さて。こちらは名乗らせてもらった。ならば次は貴様の番だぞ、送り人。女神に狂愛された、人の子(バケモノ)よ。この巨人王アグリアスが問う―――貴様の名を」

 瞬間。
 凄まじいまでの烈気がアグリアスの肉体から横溢した。
 ぶわりっと駆け抜けていく死の烈風。皮膚をちりちりと焼いていく業火の如き熱量。

「ギャッギャッギャッ!! 猛っているなぁ、アグリアス!! 気持ちは理解できるがよ」
「―――猛っている? この私が、か?」

 アルゴスの揶揄に、アグリアスが一瞬きょとんっとした表情になるが、それも一秒を数える僅かなときでしかなく。
 自分の胸の中に押し寄せる感情を理解したのか、雪の妖精ともいうべき美貌の顔を、ニヤリっと凶暴な笑みで歪めてしまう。

「ああ、そうだ。そうだな、アルゴス。貴様の言うとおりだ。私は確かに猛っている。喜んでいる。なぁ、燃えているぞ。この身が焼けんばかりにな」

 口調は静かでありながら、そこから伝わる果ての無い歓喜。
 しかし、それが伝える破壊と死の気配もまた果てが無い。
 高位巨人種など比べ物にならないほどに破壊者は、ただただ愉悦と快楽で口元を歪ませて、キョウへと様々な感情をぶつけていた。

「さぁ、私が問うたぞ? 貴様の名を。他ならぬ貴様自身から教えてくれぬか?」

 狂気で瞳を爛々と輝かせるアグリアスに圧されたわけではないが、キョウは握っていた小狐丸の握りの感触を一度確かめ―――。

「名はキョウ。姓はスメラギ。お前の好きなほうで呼ぶといい」
「キョウ、か。ふふふ、なるほど。貴様らしい(・・・・・)名だ」

 黒狼の背で胡坐をかいていたアグリアスは、ゆらりっと立ち上がり地面に優雅に降り立った。
 それにあわせるかのように、残りの二体の巨人王も楽しげな様子で前進を開始する。

「ギャッギャッギャッ。誰からやる?」

 アルゴスが二人に問いかけながらも、その瞳は言葉に出さずとも物語っていた。
 俺がやる(・・・・)、と。

「決まっている。この私だ。悪いが、今回は譲れんぞ?」
「ハッハッハッハッ!! いやいや。俺だ。俺様だ。例え何があってもテメェラに譲ってやるものかよ」

 アグリアスとブリアレオスもまた、アルゴスの気持ちを理解していたのか、決して譲ろうという気持ちは一欠けらも見えはしない。
 三体が互いを牽制するように睨み合いが続く。
 殺しあってでも、キョウへ対する挑戦権を奪い取ろうとする気概が彼らの間には存在した。

 そんな三体を順に視線を送りながら―――。

構わない(・・・・)。三体同時で、かかって来い」

 平然とそう言い放った。
 アグリアスも。ブリアレオスも。アルゴスも。
 誰もが今のキョウの台詞を瞬時には理解できなかった。
 さらには後方に待機しているアトリとシルフィーナも同様である。


 当然だ。
 仮にも巨人王と謳われる彼らを前にして、三体同時で構わないと誰が口に出せるだろうか。
 それは言わば、彼らへ対する冒涜だ。蔑みだ。お前達は三体同時でなければ、自分との戦闘にすらならないのだと。

 その挑発を聞きながら、もっとも速く反応したのは、アグリアスだった。

「くっ―――くはははははははっ!! 面白い。やはり、貴様は面白い。驕っているわけではない。自惚れているわけでもない。確かに、そうだな。それが事実だ(・・・・・・)それが真実だ(・・・・・・)。だが、確固たる意志と自信がなければ、口には出せまい」 

 狂気染みた愉悦を乗せて、アグリアスは認めていた。
 キョウの発言を。キョウの言葉に秘められた本当の意味を。

 一体一体では、キョウ=スメラギには及ばない。
 戦闘にもならない。故に、三体同時にかかってこい。そんな言葉の裏に隠された事実を。 


「いいな、貴様は。本当にいい。そこまでの人間を超えた戦闘力。鋼の如き精神力。折れることなき不撓不屈の意志。一体どうすれば、そこまでの高みに達せられるのか。まことに興味が尽きることは無い」

 アグリアスは本当に楽しそうだった。
 巨人の島(ジャイアントランド)に閉じ込められて幾星霜。
 戦いを渇望しながら、その機会も得られずにどれだけの時を無為に過ごしたことだろうか。
 ようやく封印から解き放たれて、西大陸に出てきてみれば、最初に出会えたのがこのような計り知れない怪物だった。
 人間でありながらその力量は底知れない。アグリアス一人では戦いなるかすら怪しい領域の存在だ。
 これは一体、なんという幸運なのか。

「決めた。決めたぞ、人の子よ。キョウよ。キョウ=スメラギよ。貴様、私の伴侶となれ。その力。その力量。その存在としての格。その眩い意志こそ、私の夫に相応しい」

 凶暴な笑顔とともに発せられるのは、この場にいる者達全ての予想を超えるものだった。
 アグリアスの宣言を一瞬理解できなかったキョウを責めるのはお門違いというものだろう。
 パチクリと瞬きを数回したキョウは、ゴホンっと咳払いでこの場に流れた言い様も無い雰囲気を霧散させようと試みる。ちなみにその背後にいたアトリが若干怖い顔になっていたことに気づくことは無かった。

「……なんだ。巨人王とやらは冗談が好きなのか」
「愚か者め。冗談でこのようなことを言うはずがあるまい。なるほど、確かに私と貴様は出会って間もない。僅かな時しか共有してはいない。だが―――」

 ばさりっと豊かな銀の長髪を風になびかせ、アグリアスは巨剣を薙ぎ払う。

だからどうした(・・・・・・・)。私は確かに、今このとき貴様に恋している。愛している。ならば、他に理由(・・・・)がいるのか(・・・・・)?」

 あまりにも真っ直ぐすぎる愛の告白。
 初対面。しかも会って間もない相手にここまで熱烈に想いを告げられたのは流石に初めてだ。
 如何にして、この告白を断ろうと考えるキョウだったが、そんな彼の答えよりも早くアグリアスは言葉を紡ぐ。

「貴様の答えは必要ない(・・・・)。私が、お前を欲しいのだ。ならば、そこに貴様の選択肢は存在しない。なに、簡単な話だ。まずは腕を切り落とそう。次は足だ。四肢をもぎ斬り、眼をつぶし、鼻を削ごう。喉もつぶすか。安心しろ、キョウよ。私が愛するのは貴様の外面ではない(・・・・・・)のだから。私は貴様の心に惹かれた。だから、どんな貴様でも愛せられる」

 背筋の冷たくなるような発言。
 愛していると言いながら、キョウの肉体を削ぎ落とそうとするアグリアス。
 それは言わば狂気の沙汰だ。いや、或いはそれは究極的な愛情なのかもしれない。

「ああ、子のことなら心配するな。四肢がなかろうが、モノ(・・)さえあれば子種は出るだろう。私と貴様の間に産まれる子ならば、一体どれほどのものになるのか。妄想しただけで、子宮が疼くというものだ」

 氷点下に達した吹雪を結晶化したかのような冷たさで、アグリアスが淡々と語っていく。
 やはり彼女は、巨人王を名乗るに相応しい異形だった。

 アルゴスやブリアオレスのようなわかりやすい、外見の異形ではなく。
 心。精神。存在としての在り方。
 そういった内面が、歪みに歪みきった異形。

 そんな狂気にさらされながら、キョウは怯む様子は少しも見せない。
 逆に、困った我侭な子供を見かけたように、やれやれと小さくつぶやいた。

「そう簡単に俺を飼い殺しに出来るとは思うなよ? 悪いが、異常な愛情を注いでくる奴には慣れている」

 恐怖は無く。怯えは無く。
 キョウは、普段どおりの己を通し、アグリアスと相対する。

 薄桃色の唇を軽く舐めて湿らすと、アグリアスは凶悪な笑みを浮かべたまま、巨剣を振り上げた。
 残った二体の巨人王も、己が同胞の異様さに呆れながらも、それぞれの気配が収束されていく。
 一触即発。何かの切っ掛けがあれば、すぐにでも爆発する空気。
 それが戦場を支配するさなか、四対の眼がそれぞれの敵を痛いほどに睨みつけていた。
 圧縮されていく大気。過敏になっていく神経。周囲を支配していく化け物たちの殺意。

 それが今にも弾けんとしたその時、突如として新たな巨大な気配が噴きあがり、爆発する。
 巨人王とは異なる次なる乱入者の気配は、更なる高みに鎮座する類のモノ。まるで噴火するマグマのようでありながら、零下を感じさせるほどに冷たい。背反した気配で周囲一帯を掌握していく。
 その気配を発した主は、ここではないどこか。街を出た彼方にいる。
 それでもコレ(・・)は尋常ではなく、一人と三体の動きを止めるに値するレベルのものだった。

 やがて一秒もたたずに押し寄せてくる圧迫感。
 嫌と言うほどに死というものを纏いつかせた、不可視の砲撃が彼方から街へと放たれていた。
 それの目標は―――キョウ=スメラギだ。
 身体に感じられ風の束縛に、舌打ち。降り注いできた風撃に向かって小狐丸を振り払おうとした手が止まる。

 何故ならば、キョウが刀を振るうよりも速く。
 金色の小柄な肉体が、その前に躍り出ていたからだ。

「―――小賢しい、よ!!」

 鎧袖一触。
 あらゆる者を、物を破壊せんと迫ってきた砲撃を、右腕一本で霧散させた怪物。
 振り下ろした拳が砲撃を殴りつけ、燃え盛る灼熱の炎がそれを浄化するに至った。
 パシュンっと気の抜けた音とともに、周囲には静寂が残される。

「……いたた。ちょっと擦り剥いたかな」

 言葉通り、右腕の拳はわずかばかり擦り剥いていて、赤い血が滲んでいる。
 だが、それだけの被害で死を具現化した衝撃波を消し去ったのは、やはり驚くべきことだろう。

「すまん、ナイン。正直助かった」
「いいよ、いいよ。どうせ僕がやらなかったとしても剣士殿ならどうとでもできただろうしね」

 幻獣王ナインテールは、どこか得意げな表情で、擦り剥いた拳をチロリと舐める。
 その出血に、キョウは違和感を覚えた。
 仮にもナインは第一級危険生物。幻獣王とも呼ばれし、獣の王の一体だ。
 そんな彼女に出血させることができる攻撃を放つ。どちらにせよ只者ではないのは明らかである。

「それにしても、本当に大丈夫なのかな? 巨人王三体同時とか、相当に危険だと思うけど。なんなら僕も一緒に手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ(・・・・)。少々厳しいというのは本音だがな。それくらいは覚悟の上だぞ?」
「ふぅーん。剣士殿がそう言うなら、僕はひくけど……。じゃあ、あっち(・・・)に行ってくるからさぁ」

 キョウの言葉を受け入れたナインテールは、砲撃が飛んできた彼方を指差すと、その場から跳躍。
 近くにあった建物の屋根に降り立つと、巨人王―――特にアグリアスを睨みつける。

「お前の勝ち目なんか無いだろうけどさぁ。もしも、剣士殿に何かあったら―――」

 憎悪に染まった金色の瞳で余すことなく全身を射抜きながら。

「―――この世から細胞一つ残さず焼き滅ぼすぞ、小娘?」

 場を灼熱色に染め上げる圧倒的な重圧。
 巨人王をも震撼させるに足る気配が三体を押しつぶすように放たれる。

「笑わせるなよ、幻獣王よ。滅ぼされるのは、貴様の方だと知れ」

 しかし、アグリアスは動じることも無く堂々とナインテールに啖呵をきった。
 睨みあう事数秒。やがて彼女は、アグリアスへ対する憎悪を消失させると、建物の屋根伝いに疾走しながら姿を消していく。
 そんなナインテールの背中を見送っていたアグリアスだったが、彼女も幻獣王への興味を無くしたのか、視線をキョウへと戻すと―――。

「―――ようやく邪魔者が消えうせたか。では、行くぞ。キョウ=スメラギよ」

 ズンっと小柄な肉体らしからぬ圧迫感を発しながらアグリアスが巨剣を肩で抱えながら踏み出してきた。

「ああ、闘争の開始だ。おもしれぇ。ギャッギャッギャッ!! 楽しませてくれよ、人間!!」
「超越者。人の枠組みを外れた者。お前の可能性を我らに示せ!!」

 アルゴルとブリアオレスもまた、不死王ノインテーターを凌駕する重圧を纏いつつ、戦闘体勢へと移行した。
 巨人王三体という絶望という荒波が周囲一帯に押し寄せる。勝ち目などあるはずがない。一体だけでもどれだけの被害をもたらすのか。彼らは生きた天災なのだから。

 しかし、天災(それ)を迎え撃つのもまた、尋常ならざる人災(もの)
 一国を滅ぼし。世界中の国々と敵対しながらも勝利し続けてきた生粋の厄災。

 生きた天災(巨人王)七つの人災(剣魔)が、今ここに闘争の開始を告げる鐘の音を鳴らした。

 

































 ▼





















 金色の疾風が大地を駆け抜ける。
 砂塵を巻き起こし、幼い肉体を躍動させ、幻獣王ナインテールはキョウ達の戦いの場から凄まじい速度で離れていく。
 キョウを置いていくことに心配する気持ちなど一欠けらも持ってはいない。
 何故ならばあのキョウ=スメラギが言い放ったのだ。
 大丈夫だ、と。ならば心配する必要などどこにある。

 巨人王はキョウに任せて、己は己の為すべきことをするために行動すればいい。
 それに、ある意味あの場に残ったキョウよりも、ナインテールの方が巨大な敵を相手にしなければならないのだから。

 全力疾走すること二分程度。
 破壊されている街の門を潜り抜け、外に出たナインテールは、足を止める。
 呼吸は乱れていなかったが、己を律するという意味で深呼吸を一度だけして、空を仰いだ。
 キっと鋭い目つきで上空にゆらゆらと浮かんでいる、何か(・・)を睨みつけた。

「お早い到着ですね、ナインテール」
「……何か弁解があるのなら聞いてあげるよ?」

 視線も口調も厳しいナインテールに対して、返答をした何か(・・)。風にたなびく青い髪。すらりとした細身の肉体を髪と同じ青色の服で隠し、澄み切った青い瞳で幻獣王を見下ろしている。純白に輝く一対の翼が周囲一帯の風を支配下に置き、緩やかに羽ばたいていた。戦場には似つかわしくない、有翼の麗人。
 ただし、彼女が自然と放っている威圧感は、ナインテールに勝るとも劣らない。

 空獣王と謳われる、空の獣を統べる女王。
 アエロとも呼ばれし、幻想大陸最強の一体に数えられる化け物がそこにはいた。

「弁解、ですか? 一体何のことでしょう」
「……あまりふざけたことを言わないでほしいな。ねぇ、アエロ。キミとは相互不可侵の約定をこの前(・・・)結んだ筈だけど、一体全体先ほどの攻撃はどういうことさ?」
「ええ、そうですね。確かに私は先日悪竜王と女神(・・・・・・)のどちらにも(・・・・・・)つかない(・・・・)、と約定を結びました」
「なら何故―――」

 ナインテールの台詞を途中で遮るように、ですが―――とアエロが言葉を紡いでいく。

「お忘れですか? 私がお約束したのはイグニード(・・・・・)です。貴方達と敵対しない―――ということはそこには含まれていません」
「……詭弁だね。僕達とイグニードは協力関係にある。その僕達に攻撃をしかけるということは、あいつと敵対するってことだよ」


 如何に空獣王といえど、イグニードと戦えばどうなるか。
 それがわからないはずがない。勿論、女神と敵対するのもまずい。だからこそ、女神にもイグニードにも協力しないというスタンスを取ったのだ。それが彼女がとれるぎりぎりの選択だったのだから。

 キョウに攻撃をしかけたのは手違いという可能性もあるが、それは限りなく低い。
 本来アエロは巨人の島(ジャイアントランド)の中央に位置する霊峰の頂に住んでいる。その彼女がこのような場所に現れ、空砲を打ってくる。しかも、ピンポイントにキョウを狙って、だ。ましてや、彼女ほどの存在が傍に居た魔獣王種に属するナインテールに気がつかないはずがない。

 ナインテールの問い詰めるような質問に、アエロは口元に微笑を浮かべた。

「ええ、その通りです。こうなったら(・・・・・・)仕方ないでしょうね。実に残念ですが」
「……正気、かい?」

 気が触れたわけではなく。
 アエロは見かけ同様に冷静沈着であった。
 正気でありながら、悪竜王と、幻獣王と敵対する道を選んだのだ。

「本来は、約定通りどちらにも肩入れするつもりはありませんでしたよ」

 アエロは綺麗な笑顔で―――だ、どこか覚悟を決めた表情で、ナインテールを見下ろしていた。  

「悪竜王が仲間に引き入れようとするほどの人間。貴女ほどの存在が執心する人間。女神が、幻想大陸の均衡を捨ててまで愛する人間。一体どれほどの男なのか、流石の私も気になりましてね。少しばかり見に来たわけです。ですが―――」

 急激にナインテールの周囲の温度が下がっていく。
 軽く氷点下を超える冷風が、渦巻きながら駆け抜けていった。
 その原因なのは間違いなくアエロ。冷静で、思慮深い彼女にしては珍しく、感情を表に出していることにナインテールは違和感を覚えた。だが、現状はそんなことに注意を割いている余裕がない。

「―――何ですか(・・・・)あれは(・・・)

 周囲の冷風とは逆に、煮えたぎるように熱くなった肺の中の空気を体を震わせながら吐き出した。
 憤怒ではなく。憎悪でもなく。それは、その感情は―――恐れ(・・)

「断言しましょう、ナインテール。あれ(・・)は、よくないものです。この世界に存在してはならないものです。この世界を歪ませ、狂わせ、終わらせる。王位種(わたしたち)さえも可愛く見える、世界に終焉を齎す真の厄災です」
「……随分な話だね、アエロ。確かに剣士殿は、とてつもなく強い。それでも、人間(・・)だよ?」
関係あり(・・・・)ません(・・・)。いいですか、ナインテール。もう一度言います」

 空を統べし、麗しき有翼人は、蒼い瞳に僅かな恐怖を滲ませて―――。

「……キョウ=スメラギ。彼は、世界(アナザー)に疎まれし存在(もの)。世界を終わらせる引き金(・・・)とな―――」

 ドンっと巨大な地響きが鳴り響いた。
 先ほどアエロがナインテールの台詞を遮ったのを真似するかのごとく、今度はナインテールが空獣王の言葉を途中で止めさせる。
 巨大な地震。それは単純にナインテールが地面を殴りつけた衝撃で巻き起こされたものだった。幼い肉体でありながら、幻獣王という化け物の力が極限にまで圧縮されたのが今の彼女。故に、本気をだせばこの程度は容易い。

 これまでよりも、より物騒に鋭くなった眼光が、痛いほどに空中に浮かぶアエロに突き刺さっている。
 獣を連想させる、縦に裂けた金色の眼が、奇妙な重圧を放っていた。

「それはお前(・・)のお得意の占いかな? まぁ、どちらでもいいさ」

 アエロの背筋を撫でる灼熱のプレッシャー。
 冷え切っていた冷風を、熱く燃やし焦がす灼熱の気配がナインテールから立ち昇る。

「もう、いい。結局、お前(・・)僕達(・・)の敵ってことでいいんだね? この幻獣王ナインテールとキョウ=スメラギのさぁ」
「……ええ、そうとっていただいて構いません。私は、世界のためにもキョウ=スメラギ(かれ)を殺します」

 アエロの返答に対して、そうか、と短く嘆息する。
 その答えを聞けたならば、もはや何も言うべき言葉は無い。かける言葉は無い。
 例え、同じ魔獣王種とし幻想大陸に八百年という長きに渡って君臨した同胞といえど―――遠慮はいらない。

「―――がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 

 吠える。吼える。咆える。
 それは獣の咆哮。魔獣の雄叫び。王たる存在の遠吠え。
 聞くものの魂を打ち砕く、幻獣王の正真正銘、全力での威圧だった。

 大地は揺らぎ、大気は打ち震え、揺らめく風は怯えた。
 ここに世界を轟かす鳴動が巻き起こされる。

「さぁ、行くぞ。さぁ、往くぞ。さぁ、逝くぞ!! 引き裂き、貪り、殺しつくすために。お前が敵に回した存在(モノ)は、森羅万象を滅ぼす魔の獣の王と知れ」  


 幻想大陸創生より八百年。
 ただの一度も闘争を選ばずに、人との接触も行わず。
 太古の森の深奥にて静かに暮らしていた獣の王は。もっとも人に敵対心を抱いていないという彼女は。別に何と言うことも無い。確かにその通りだ。だが、それは決して戦いを好まないから、というわけではない。


 ナインテールの本性は、本能は結局のところ殺戮と破壊。
 それが解放されれば、視界に映るすべての生命を狩り殺す。
 生粋の猟犬。獲物を喰らう狩人。禍つ大凶星。

 大地を強く叩きつけるナインテールの四肢が久方ぶりの全力に酔いしれる。
 力の解放。そして、互いの接触は秒を待たずして果たされた。

 上空に浮かぶアエロが、ナインテールの狂気にあてられ体が竦んだ十数分の一秒の結果。
 爆発的な超速度で飛翔した金色の弾丸が、片手を一振り。僅か一撃のもとに、アエロの左腕が弾けとんだ。

 神速の攻撃。電光石火の攻勢。
 宙に散じる、空獣王の鮮血。彼方へと飛んでいく原型も残さない無残な左腕。

「―――我こそは、真なる魔(・・・・)の獣の王(・・・・)!! 貴様らのような紛い物と同列にするな、虫唾がはしる!!」

 空中でくるりっと体を回転させ、驚愕の面持ちのアエロに放つ苛烈な宣言。
 金色に輝く両眼(・・)で睨みつける様は、普段のナインテールとは思えない圧倒的な重圧を放ち―――。

「我と敵対した小娘が!! 明日の朝日を拝めると思うなよ!!」



 第一級危険生物である、魔獣王種が二体。
 幻獣王と空獣王の戦いの火蓋がここに切って落とされた。



























キョウ→無双
ディーティニア→はんべそ
ナインテール→女神やイグニードのせいで雑魚っぽく見えていたけど本気出す

アトリ→ぽぽっ
シルフィーナ→つかまるなよ!

ペルセフォネ→実は最強の高位巨人種
高位巨人種→かませ

巨人王→変態とか異形ばっか
アエロ→痛い

今回の更新で、きっと後一ヶ月は更新しなくても勘弁してもらえる……はず。
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