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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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六十五章 大渓谷前にて














 幻想大陸最大の領土を誇る神聖エレクシル帝国。
 非常に優れた騎士を多く抱え、単純な国家戦力で言えば他大陸を遥かに凌駕する。
 特に長年に渡って帝国を支える四将軍に加え、アルストロメリアを第一席とする《七剣》。さらには宮廷魔術師筆頭の撃震の魔女リフィア。これだけの猛者がいるのだから、この帝国の異常性が理解できるはずだ。

 過剰ともいえる戦力を保有する神聖エレクシル帝国だからこそ、南大陸からの魔族の侵攻を押し返すことができている。
 仮に他大陸に魔族の侵略の矛先が向かえば、尋常ではない被害を被ることになってしまう。その一例として、百年ほど前に起こされた東大陸への魔王パズズの配下の強襲があげられる。
 当時東大陸にいたアトリとティアレフィナという二人の魔女と、救援にかけつけたアルストロメリアのおかげで最悪の事態は回避することができたものの、もしも彼女たちがいなければそれこそ四十年前の不死王ノインテーターの悲劇に勝るとも劣らない壊滅的な被害を受けたはずだ。
 魔族の侵攻を防衛することが可能な唯一の国家。この中央大陸を治める帝国はそう認識されている。

 しかしながら、この帝国は魔族という確かな脅威にさらされながらも、一枚岩とは言い難い。
 おおまかに分けると、三つの派閥が存在する。

 一つ目が古くから帝国の中枢に食い込み、国を内から支える貴族派。
 自分たちこそが帝国の土台を支えているという自負を持ち、政務を担う一派だ。

 二つ目が魔族との戦線に立ち、国を外から支える将軍派。
 実際に命を賭して帝国を魔族から防衛する、軍務を担う一派である。

 三つ目が、その二派にも属さない中立派。
 その主だった人物をあげるとするならば、リフィアやアルストロメリアといった者達があげられる。

 特に貴族派と将軍派は彼らの役柄仕方ないとはいえ、対立傾向が強い。
 そのためどちらにも属さないリフィア達が、二派の間に立つことによってぎりぎりのバランスを保っているともいえた。撃震の魔女と永久凍土はそれこそ単騎で一軍にも匹敵する力を持つ。だからこそ、彼女たちは貴族派と将軍派の両者から少なからず信頼を得ている。もっとも、それほどの飛び抜けすぎた怪物故に、一部の者たちから煙たがられているのも事実。さまざまな嫌がらせを受けているのだが、怪物親娘はそれも仕方なしと随分と昔に割り切ってしまっていた。

 そしてその三つの派閥はそっくりそのままある人物への対処で意見が三つに分かれている。
 ある人物―――即ち獄炎の魔女ディーティニアだ。

 貴族派は、伝統を重んじる。
 そのため過去に大虐殺を行った獄炎の魔女に対しては、神罰対象者として抹殺を強行しようとしていた。いや、今でも隙あらば……と虎視眈々と魔女の命を狙っているのだから―――強行しようとしている、の方が正確かもしれない。

 将軍派は、常に魔族との戦線に出ているということもあり、敵の恐ろしさを誰よりも知っている。それこそ、獄炎の魔女が魔眼の王を退けなければどうなっていたかを想像するには容易い。そのためディーティニアへ対してはそこまで憎悪の念は抱いていない。つまりは、どちらかというと中立の立場を取っていた。

 そしてリフィアやアルストロメリア達は、過去のことは水に流して再び協力しあうべきだという意見を出している。 
 その意見が、彼女達へ対する風当たりが強くなってきた原因なのだが―――現在のところどの派閥も自分達の考えを曲げる様子は微塵も見せてはいない、というのが現在の神聖エレクシル帝国の現状となっていた。

 この中央大陸を治める帝国の内情を頭の中で整理していたキョウは、馬に跨ったまま前方に整然と並んでいる純白の鎧を纏った騎士達に視線を走らせる。ざっと見渡す限りその数は合計三十五名。
 その誰もが並々ならぬ使い手というのは、一目で理解できる。少なくともこれまで見かけてきた探求者達とは格が違う。一人一人が決して油断できない相手であった。
 しかも、騎士達の鋭い眼光はそれこそ憎しみで染まっている。常人ならば、それだけで身体を縮こませてしまうほどだ。
 外界(アナザー)でならば、このような感情に染まった眼光を向けられる覚えは星の数ほど心当たりがあるキョウだったが、幻想大陸に来てからはそれほど派手に暴れまわった記憶はない。

 となれば、視線を向けられている人物に用事があってのことなのは間違いがないだろう。
 キョウは自分と同じ馬に乗っており、背中を預けてきていたディーティニアへと視線を下ろした。
 騎士達の殺気に気づかない獄炎の魔女ではなく、今の今まで居眠りをしていた彼女は、ため息を吐きつつ馬から華麗に飛び降りる。着地したと同時にザッと砂利を踏みしめる音がした。
 キョウもそんなディーティニアの様子から、どうやら厄介ごとか、と緩んでいた気を引き締めて相棒に倣って馬から降りる。

 その時、ひゅぅっと風が鳴く。
 キョウ達の前方。騎士達の背後。
 西大陸と中央大陸を分断する断崖。
 人からは、呪い竜の大渓谷と何時ごろからか呼ばれるようになった場所。

 二つの大陸を分断するほどに超距離に渡って刳り貫かれた絶壁が存在する。それに加え西大陸と中央大陸を分け隔てる距離は数キロにも及び、断崖の下層まではほぼ垂直に切り取られた崖が優に一キロを超えて続く。初めは橋をかけることも考えられていたのだが、一年中激しく吹きつけてくる強風によって断念せざるを得なかったという。断崖の底部には、幸いなことに水が流れ込んでくることはない。荒れ果てた荒野を連想させる土色の岩盤が延々と続いているのだが、その地下を海水が流れているのでは、と言われている。
 呪い竜の大渓谷の断崖底にはごつごつとした岩肌でありながらも平坦な広場となっていて、絶壁を削って作られた緩やかな坂道を下ってそこに降りることができた。その坂道はそれなりに広く、大きすぎない馬車程度ならば利用可能でもある。

 ただし、崖側には簡単な手摺程度のものしかないため、決して気を抜いて坂道を下ることは出来ない。
 馬が暴走すればそのまま一キロ近くの崖を真っ逆さまという危険もあるのだ。
 それだけの危険を冒して断崖底に到着しても、特に何かがあるというわけでもない。あくまでも西大陸と中央大陸を行き来するための場所なだけであって、ランクが低いとはいえ危険生物までも住み着いているここに好き好んで近づく者はいない。

 そんな呪い竜の大渓谷の入り口となる坂道の前に陣取っている騎士達は、ディーティニアの姿を睨みつけていたが、その中の一人の騎士が一歩足を踏み出してきた。

 短く刈り込まれた黒髪に、男にしては綺麗な顔つき。キョウよりは頭半分程度背が低いが、重厚な鎧を着ているせいか実際の身長よりも一回り大きく見える。彼の耳は人とは異なり、細く長い。ディーティニアと同じく、エルフの証明であった。

「お初にお目にかかる、獄炎の魔女。私の名は、バルバロッサ。神聖エレクシル帝国第三聖騎士団の団長を務めている。神罰対象者たる虐殺の魔女―――貴様を裁くためにきた」

 外見とは若干印象が異なる、精悍な声色。
 どっしりとした低音の声が、周囲一帯に響き渡った。
 言葉遣いは丁寧かもしれないが、そこに秘められた憎悪は隠しようがなく、隠すつもりもない。
 同族からの真正面からの負の感情に、しかしながらディーティニアは全く怯む様子も見せずに己の間合いを保って距離を置く。

「……また、貴族派の連中からの差し金かのぅ。全く無駄な手間をとらせるやつらじゃ」

 ふぅ、と再度ため息を吐いてディーティニアは首を横に振る。
 あっさりと眼前の騎士達の黒幕を言い当てた魔女に対して、バルバロッサ含む彼の部下の騎士達は動揺を見せることはなかった。
 何故ならば、例えばれようがばれまいが彼らの任務に変化は生じない。彼らが仕える主の命令に従って、獄炎の魔女を討つ任務に命を賭けるだけだ。それに加え、ここにいる彼らは上からの任務だけのためにきたわけではない。

 というのも、獄炎の魔女と煉獄の魔王。
 幻想大陸最高の魔法使いと魔眼の王。

 獄炎と煉獄。極限の破壊の炎の対決に巻き込まれ命を落とした神聖エレクシル帝国の兵士達の一族の者。関係者。そういった類の者達ばかりを集めて構成された、対獄炎の魔女特殲部隊。彼らはそれの一員であった。

「なんだ。お前に対する追っ手なのか? てっきりお前の友達が見送りにきたかと思ったぞ」
「……笑えぬ冗談じゃな。前々から思っていたがお主にはあまり冗談の才能はないとワシは思うぞ」
「―――地味に心に刺さる一言だ」
「なに、努力すれば人は変われるもの。精進あるのみじゃよ、キョウよ」
「……いや。特にその予定はないな。それよりも、お前は本当に神罰対象者とやらだったんだな」
「嘘だと思っておったのか? なかなか失敬な奴じゃのぅ」
「嘘だとは考えていなかったが、これまでの幻想大陸の旅であまりこういった連中と出くわさなかったせいだな。おかげで今はお前の苦労っぷりが少しだけわかった」
「……今回のこやつらは随分とマシな方じゃぞ? 名前を名乗る相手など滅多におらんかったしのぅ」
「ほぅ、そうなのか? まぁ、確かに一々正面から名乗りをあげるやつもそうはいないか」

 ピリピリとした緊張感に包まれたこの場所で、平然と冗談めいた会話をするキョウとディーティニア。
 そんな会話をしている二人を見るバルバロッサ達の眼光がさらにきつくなったのも当然といえる結果だ。
 殺気を漲らせる人間を前にして、何故こうまで自然体でいられるのか。騎士達には理解しがたい相手であると同時にどこか薄気味悪さを感じさせていく。しかし、皆が一瞬とはいえ感じたそれを恥じるように腰に差してある剣の柄を握り締めると、ガシャリっと金属音が閑散たるこの場に響き渡った。

 一触即発となった雰囲気に、アールマティはやれやれと内心で面倒ごとに辟易としながらも、馬から飛び降りるとキョウ達の前へと身体を滑り込ませた。丁度騎士達とキョウ達の間に入る形となった彼女に、バルバロッサの鋭い視線が若干緩む。

 アールマティ=デゲーデンハイドは《七剣》としては幻想大陸では知名度は低い方である。
 だが、それは他大陸の場合であって、中央大陸―――特に《七剣》の影響力が強い中央においてはその名を知らぬものはいない。
 第五席に選らばれてからまだ二年。しかし、彼女が為した戦果は尋常ではないからだ。
 南大陸からの魔族の侵攻を単騎で押しとどめることが可能な英雄と呼ばれるに値する戦士。将軍級魔族をも軽々と打ち破る人の域を容易く超えた、それこそアルストロメリアにも匹敵するのではないかと噂されている人物であった。

 バルバロッサ達も元は魔族を憎む騎士。
 それ故に、魔族の軍勢を打ち破るアルストロメリアやアールマティといった強者には敬意を払う。
 もっとも―――そんな彼女達が憎むべきディーティニアと懇意にしていることが許せるか、といえば決して認めることは出来ないというのが本音である。

「……あんた達が何をしようとしてるか、何となくわかるけど。出来れば今回の任務は諦めてくれないかな?」

 元々人と話すことが好きではないアールマティにとって、誰かを説得するといった行為は一番苦手とするところであった。
 単なる道案内と護衛で済むと考えていただけに、最後の最後でこのような面倒ごとを背負い込むことになり、彼女は心の中で幾度となく深いため息をつく。
 正直な話、アールマティにとっては、バルバロッサの狙いが獄炎の魔女ならば―――どうでもいい話であった。
 むしろ好きにやってくれ、というのが本音であるが、アルストロメリアにくれぐれもと頼まれた以上最低限の仕事はしなくてはと嫌々ながらも行動を取っているというわけだ。

「如何に貴殿の言葉とはいえ、それは聞けない話です。我らに与えられた任務は獄炎の魔女を討伐―――例え命に代えたとしても」

 揺ぎ無い覚悟を胸に秘め、バルバロッサ―――以下三十四名の騎士は剣を抜く。
 鞘から抜き放たれた剣が耳障りな音を鳴らし、白銀に輝く刀身が太陽光をキラリっと反射した。
 キョウはその眩しさに僅かに眼を細めるも、遠目に見る彼らの持つ剣に思わず、ほぅっと感嘆の息を漏らす。
 その理由は簡単で、彼らが握り締める剣はかなりの名剣であるのがはっきりとわかったからだ。よく見てみれば、剣だけではなく纏っている鎧も並の物ではない。複雑な文字が刻まれた、不可思議なオーラを感じさせる鎧だった。
 一介の騎士が使用できるレベルの域を超えた武具。今回のディーティニア討伐へ対する相手の本気具合が、言葉で語るよりも余程雄弁に語りかけてきているように思えた。

「そう? それなら仕方ないかな。まぁ、死なない程度に好きにやってよ」
「……へ?」

 決して引かぬという意思を示したバルバロッサに対して、アールマティの返答は実に軽かった。
 あっさりと説得を諦めると、ディーティニアの後ろへと後退する。
 それに眼を丸くするのはバルバロッサ達だけではなく、キョウとディーティニアも同様だった。
 まさか、ここまで簡単に説得を止めるとは思ってもいなかったからだ。

「……私が言うのも何ですが、その……よろしいので?」
「うん。まぁ、勝ち目は皆無だと思うけど頑張って」

 肩をすくめてアールマティがバルバロッサにエールを送る。
 無論、彼女も考えなしで説得を諦めたわけではない。確かにバルバロッサ達は優れた実力を持つ騎士だ。
 かなりの力量であることは認めなければならないだろう。しかし、相手が悪すぎる。

 不死王ノインテーターの死者の軍勢を薙ぎ払う王位魔法。
 先日見た、港を破壊しつくした王位魔法を超えた何か(・・)
 七つの人災とまで呼ばれ、世界中を敵に回した彼女でさえも、ここまで桁はずれた魔法使いを見たことも聞いたこともない。
 そんな彼女に戦いを挑むには、如何に良質の武具を揃えたとしても―――蟻が獅子に戦いを仕掛けるようなレベルの話としか言いようがなかった。

 ―――多分、あれ(・・)はあたしのあれ(・・)とは似て異なるもの。魔法と特異能力(アビリティ)の極限同士ってところかな。

 ちらりっとディーティニアの背中を見つめながらアールマティは思考する。
 そもそも魔法とは一般的に下位魔法、中位魔法、高位魔法で構成されている。王位魔法などはそれこそ伝説に語られる領域の魔法だ。外界(アナザー)においても、そんな魔法を使いこなした魔法使いなど片手の指で足りるほど。アールマティは一度だけ王位魔法なる魔法を見たことはあるが、魔法の威力自体に天と地の差があった。獄炎の魔女のように死者の軍勢を万単位で薙ぎ払う馬鹿げた威力の魔法などでは決してなかった。
 さらには超越魔法とディーティニアが呼んでいる何か(・・)
 見ているだけで背筋に怖気が這っていく、死を内包した魔法。
 あれを果たして魔法と呼んでいいのかどうか。魔法という枠組みを外れてしまった何か(・・)というしか他がない。

 アールマティの前で、何かきっかけがあれば破裂せんばかりに緊張した空気。
 とはいっても、それの原因はバルバロッサ達だけであり、対するディーティニアの表情にはそこまで真剣味はみられない。それが更にバルバロッサ達の怒りに油を注ぐことになるのだが―――。

 そこでようやく杖を掲げ、バルバロッサ達へと水平に杖先を向けるディーティニア。
 それを合図にしたかのように、緊張しきった空気が破裂しようとした瞬間。

「―――まぁ、待て」

 絶妙なタイミングで待ったをかける人物がいた。
 まさかここで止められるとは思ってもいなかったバルバロッサが苛立たしげに、戦いを止めた―――キョウへと視線を送る。他の騎士達も同様だ。
 しかし、ディーティニアはというと、考えも為しにキョウがこのような行動に出る筈がない。そう信じていたため、特に非難することもなく疑問だけを視線に乗せて背後にいたキョウへと振り返った。

「油断するな、ディーテ。先ほど口に出したとおり、命に代えてもという言葉に偽りはなさそうだ。あの鎧……恐らくは霊白銀(ミスリル)。しかもご丁寧に魔術文字が刻まれている。魔法に対する抵抗がかなりあるはず。恐らくは、お前の魔法の初撃を耐え切り―――後は生き残った者がお前を仕留める作戦だろうな」

 だから気をつけろ。
 最後は言葉にしなかったものの、無言の注意がディーティニアには届いていた。
 彼女はキョウの推測を聞き成るほど、と思わず納得する。
 言われて良く見てみれば、騎士達が纏う鎧はかなりの上質な代物。並大抵の魔法では、あの魔法手抵抗力を打ち破ることは不可能だ。
 さらには騎士達の瞳。死ぬことを怖れていない。いや、死ぬことを前提とした覚悟。そういった光をディーティニアは彼らの眼に見た。

「さらに言えば、俺の勝手な推測になるが―――彼らはお前に殺されるためにここに来た、といったところか」
「―――っ」

 何でもないようなキョウの言葉に、バルバロッサ以下三十四名の騎士達はビクリっと肩を震わせた。
 抑えきれない動揺に、幾人かは眼を大きく見開いている。

「名乗りをあげない連中が、今回に限って名前と所属を名乗った。神聖エレクシル帝国第三聖騎士団、とな。帝国の総意かはわからんが、少なくとも帝国所属の騎士であることは間違いない。そいつが嘘を言っている可能性もあるが……それだけの装備を揃えているのだから嘘の可能性は低いだろうな」

 そこで、キョウは一旦言葉を切ると、淀みなく続きを口にする。

「つまりは、彼らは帝国の騎士としてここにいるわけだ。彼らがお前を殺せればそれでよし。もしも逆に殺されれば―――それが本格的にお前の抹殺に動く理由となるわけだ。騎士がこれだけ殺されればお前に対しての穏健派も庇うのは難しくなるしな」
「……なるほどのぅ。しかし、こやつらに襲われたワシが身を守るために仕方なく……と主張したらどうするつもりなのじゃ?
「どちらが先に手をだしたかは、問題じゃない。お前が帝国の騎士を殺した、という事実が重要なんだろう。適当な理由で中立派と穏健派を言いくるめる自信でもあるんじゃないのか?」

 ざっと土を踏みしめながら、キョウはディーティニアを背にかばうように前に踏み出す。

「ここで待ち伏せされていたということは、アルストロメリアの部下にも貴族派と繋がっている人間がいるようだな。まぁ、仕方ないか、それは」

 ふっとため息ではなく、鋭く短い呼気を口か漏らす。
 ぐるりっと首を回しながらキョウは、気負う様子も見せずに騎士達とディーティニアの間に立ちふさがる。

「相手の思い通りになるのは癪だからな。今回は俺に任せておけ」
「―――なんだ、お前は」

 平然と言い放ったキョウに、苛立った様子を隠せずバルバロッサは吐きてるように言い放つ。
 まさか悪名名高い獄炎の魔女を庇おうとする人間がいるとは思えなかったからだ。
 さらにはキョウが言い放った推測は恐ろしいほどに的を射ていた。まるで答えを知っているかのようで、奇妙さを通り越して薄気味悪さを感じてしまう。

「俺か? 俺は……一応、こいつの相棒といった関係だな」

 後ろにいるディーティニアの頭を片手でつかむと、ワシャワシャと乱暴になで上げる。
 手入れされた綺麗な銀の髪が乱れてしまうが、当の本人はそれを不快に思わなかった。逆にどこか心地よさが伝わってきていた。
 いつまでもこうしていたいという誘惑に駆られるが、数秒もすればキョウの手が離れていく。どこか残念そうに口を尖らせて上目遣いで見上げるも、キョウは彼女に背中を向けたままなのだからそんな様子には気づくはずがない。

「相、棒? ありえん……獄炎の魔女に、そんな人間ができるはずが……」

 愕然とバルバロッサが呟き、他の騎士達も似たようなものだ。
 ディーティニアは幻想大陸全てに知られている神罰対象者である罪人である。その彼女と平気で対等であろうとする人間がいるとは夢にも思ってはいなかった。彼らが信じられないのも無理なかろう話だ。
 呆然としていた聖騎士は、すぐさま我を取り戻すと憎憎しげな視線でキョウを睨みつける。

「お前は、そいつが!! その魔女がどれだけの罪を犯したのかわかっているのか!? どれほどの悲劇を起こしたのか理解できているのか!?」

 まるでここが裁判を行っているのではないか、と勘違いするほどに強く厳しく、バルバロッサはキョウを糾弾してくる。
 興奮しているのか、彼の眼にはどこか狂気染みた暗い光を放っていた。
 バルバロッサが次に言い放とうとする台詞を予期したディーティニアは、どこか焦りを隠せずに―――彼の口を塞ごうと声を荒らげた。

「―――待つのじゃ!! それ以上は―――」

 だが、バルバロッサの口を塞ぐには僅かに遅く―――。

「その女が!! 魔女が巻き込んで殺した人の数は!! 一万人(・・・)を超えるのだ!! わかるか、理解できるのか!? お前はそれだけの大虐殺を行った魔女の罪を認識しながら、そんなふざけたことをぬかせるのか!!」

 一気に言い放ったバルバロッサの叫びに、周囲の空気が静まり返る。
 血を吐くような聖騎士の絶叫。未だ忘れられない悲劇の経験者だからこそ込められる憎悪と怨恨。
 獄炎の魔女へ対する際限なき悪意。どんな方法を使ってもお前を殺すという、揺ぎ無き殺意が秘められていた。

 改めて己の罪を正面からぶつけられたディーティニアは唇をかみ締めて大地へと視線を逃がす。
 これまでだったら特に気にすることもなかった。このようなことはそれこそ日常茶飯事―――とは言い難いが、慣れたものだ。
 だが、今現在は昔とは異なり、キョウ=スメラギという相棒がそばにいる。
 自分の詳しい過去をキョウには話したことはない。それは、心のどこかに恐れがあったのかもしれない。己と道を歩む者に、自分の罪を知られてしまうということに。

 過去に行った大虐殺。神聖エレクシル帝国を守るためとはいえ、煉獄の魔王との戦いに町ひとつを巻き込んだ結果だ。
 その責任全てがディーティニアにあったわけではない。魔王が攻めてこなければ。魔族の侵攻をもっと早く防いでいれば。町の住人の避難を急いでいれば。多くの不運な重なった結果が、大虐殺へと繋がった。

 しかし、ディーティニアが一万人を超える大虐殺の原因を担っている以上―――それからは決して逃れられない。

 百人二百人のレベルの話ではない。
 歴史上類を見ない大虐殺の実行犯。そんな犯罪者をキョウはどう思うだろうか。
 己を見る眼に、蔑みや恐れが混じってしまったら、どうすればいいのか。ディーティニアは―――心臓が早鐘のように強く速く胸を叩いているのを実感していた。
 バクバクと痛いほどに胸を打つ。体中を駆け巡る血液が熱く沸騰したかのようだ。それとは逆に全身から血の気が引いたと勘違いしそうなほどに寒気がする。口から吐き出される吐息は、震えて大気へと散っていった。

 沈黙が続く。
 それに耐え切れなかったディーティニアが、恐る恐る顔を上げようとしたその時―――。

「なるほど、一万人(・・・)を超えるか。それは些か驚かされたな」

 キョウがそう言い放った。
 だが、言葉とは裏腹に―――誰もが理解できるほどに、彼の口調には変化がない。
 怖れも、畏れも、恐れも、ありとあらゆる負の感情が微塵も感じられなかった。
 一万人という常軌を逸した大虐殺の人数を聞いても、それがどうしたと言わんばかりの様子だ。

 それに、そんな姿に―――この場にいる帝国の騎士達全てが背中を粟立たせる。

「ディーテの過去の行いは理解した。で、だ―――それと俺がディーテの味方をするのと何か関係があるのか?」

 やはり平静に言葉を続けるキョウを、得体の知れない怪物を見るかのように、バルバロッサは身体を震わせた。
 なんだ、こいつは。口に出せなかったが、彼が言いたかった言葉はそれが全てだ。

 人殺しなどとは一線を画した虐殺者に平然と味方する目の前の異質を理解できなかった。

「過去はどうあれ、現在は俺とこいつは同じ目的のために歩んでいる。それならば、獄炎の魔女を害そうとするお前達は、俺の敵ということになるな」

 鋭い剣先を向けてきている騎士達に向かってキョウはさらなる一歩を踏み出す。

 そんなキョウの姿を愕然と見ているものは騎士達だけではなく、彼の背後にいるディーティニアも同様だった。
 己の過去の所業を知って。一万人という桁外れの人命を奪った虐殺者に対して。

 キョウは全くそれを気にも留めていない。気にしないふりではなく、本当に一切気にも留めない。
 それがディーティニアは信じられなかった。そういった相手に彼女は初めて出会えたのだ。

 神殺しを目指す相棒。
 キョウ=スメラギの言い放つ言葉一つ一つがとてつもなく嬉しい。
 感情が爆発したかのように、体中を駆け巡る。
 先ほどまでとは別に、血液がさらに熱く、燃え盛る獄炎のように煮えたぎった。
 閉じ込められていた心の扉が開け放たれる。そんな幻想をディーティニアは、確かに眼の前に視る。

 落ち着かない。身体がざわざわとざわめく。それが全く不快ではない。
 逆だ。とてつもなく嬉しい。これほど喜びに満ち溢れたことが過去あっただろうか。
 己を認めてくれたキョウの頼もしい背中を見ていたディーティニアは、胸に手を当てる。
 ドクンドクンっと激しく高鳴っているが、これもまた先ほどとは百八十度意味合いが異なっていた。

 ―――ああ。そうか。

 あふれ出る喜びが抑えきれない。
 身体の内側からほとばしる歓喜。

 ―――これが、心が躍るということなのかのぅ。

 かつてない喜びに満たされたディーティニアの視線の先―――。


「さて。ディーテの代わりに俺が相手をしようと思うんだが―――」

 ゴキリっと両手の指を鳴らしたキョウは、騎士達の数を確認して。

「―――せめて一人一秒はもってくれ」

 神聖エレクシル帝国の精鋭を前にして、不遜にもキョウはそう言い放った。


 

 

 















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