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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

四部 西大陸編

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六十二章 撃震の魔女









 中央大陸と東大陸を結ぶ海路。
 普段はそこを行き来する船は、商船が幾つか定期的に運行するだけである。
 しかし、明らかに商船には見えない多くの巨大な船が数隻西へと進んでた。その船のどれもが、神聖エレクシル帝国の旗を掲げ、自分達の存在を一目でわかるように主張している。

 その船の数もそうだが、船に乗っている人間もただものではない者ばかり。
 七剣直属の騎士団と、噂に名高い七剣が五人。
 第一席アルストロメリア。第四席ライゴウ。第五席アールマティ。第六席アルフレッド。第七席カルラ。

 彼らは現在、不死王ノインテーターとの激戦の処理も終わり、東大陸から中央大陸へと帰還する途中というわけだ。
 確たる証拠もなく、かなり強引に東大陸へと出撃したアルストロメリアとしては、首都に戻った後の上との話し合いを考えると、穏やかな海を見ていても重いため息が出るのは仕方のないことともいえた。

 魔族の侵略を押し返している神聖エレクシル帝国とて一枚岩とは到底言うことができないのが現状だ。
 上層部ともなれば、幾つかの派閥に別れ政治的な争いは日常茶飯事。
 随分と昔に五大魔女が出奔して、あわや帝国崩壊の危機に陥ったことも忘れ―――上層部で覚えている者など長生きな亜人で数名しかいないが―――くだらないことで相手を追い落とそうとしているのが、アルストロメリアとしては理解できない。

 彼女も、四将軍率いる騎士団とは折り合いが悪い。
 アルストロメリアは、特に思うところはないのだが、相手からしてみればそういうわけにもいかないのだろう。
 なにせ永久凍土の名は幻想大陸中に広まっている。帝国最強の魔法戦士。彼女に勝る者はなし。
 まるでアルストロメリアだけがいれば魔族との戦争に勝てるという風潮が少なからず存在する。
 彼女自身そんなことは考えたことも無く。そんなこともないと思っているが、他の軍部からしてみれば快く思わないのはある意味当然だ。
 アルストロメリアが戦場でその力を振るえば振るうほど神聖エレクシル帝国の被害は減っていく。しかし、その分市井の者達は彼女を褒め称え、他の者達への民からの風当たりは強くなっていく。
 アルストロメリアが強すぎた弊害がそのようなところに出ているというわけである。

 他の者たちに申し訳ないとも考えているが、そのことで彼女も首都では他の軍関係者とはあまり上手くいっていない。彼女がいなければ魔族との戦争が立ち行かなくなることはわかっているので、政治的に失墜させられるようなことはないが、嫌がらせなどは日常茶飯事。軍関係者でも味方してくれるものもいるが、大多数は油断できない相手でもある。
 はっきりといって、彼女が心の底から信用できるのは、自身で見出してきた七剣。
 そして、宮廷魔術師筆頭のリフィアくらいなのだ。

 五大魔女で唯一帝国に残った撃震の魔女リフィア。
 彼女に育てられたアルストロメリアは、魔女のことを信用しているし信頼もしている。
 もっとも、母というよりは友達という関係を築いているのだが―――そこはディーティニアとアトリの関係に似通っているとも言えた。

「どこに行ったのかと思ったが、考え事か?」

 船尾にて、憂えた眼差しで水平線の彼方を見つめていたアルストロメリアは、背後から声をかけてきた人物に内心で驚きながら振り返る。
 幾ら今後のことを考えていたからとはいえ、全く気配を感じさせること無く背後を取られたことに素直に驚嘆するものの、声をかけてきた人物ならばそれも当然かと瞬時に考えてしまった。

 振り返ったアルストロメリアから数歩離れた距離には、キョウ=スメラギが意外なものを見たかのように僅かに眼を見開いている姿がある。
 冷静沈着な彼を驚かせることがあったのだろうか、と訝しみながらアルストロメリアは首を傾げる。 

「何か?」
「……いや。普段と違った格好をしているのでな。多少驚いただけだ」

 どこか感心しているのか、しげしげとアルストロメリアを眺めるキョウがそのように発言する。その言葉に、なるほどっと彼女は頷いた。
 確かに良く考えてみれば、キョウと会った時はノインテーターと戦っていた戦場。その後も戦争のすぐ後も警戒をといていなかったため常に金属製の重鎧を纏っていた。その後に会った時も同様だ。キョウの中では、アルストロメリアは鎧姿ということでイメージが固められていたとしてもおかしくはない。
 しかし今の彼女は重厚な金属製の鎧は脱いでおり、動きやすい服装で着飾っているだけ。特にお洒落に気を使っているわけではないが、これがキョウに見せる初めての私服姿だったというわけである。

「私とて、常在戦場を心がけておりますが。偶には気を抜くこととてあります。それで、私を探していたのですか?」
「ん、ああ。ごたごたがあったせいで遅くなったが、礼を言わねばならんと思ってな」
「……お気になさらずに。改めて言われるようなことでもありませんよ」

 アルストロメリアは、キョウが自分を探していた理由を知ると微笑して首を振った。
 それに感謝の言葉なら既に何度も受け取っているのだから、気にすることのことでもないと本心からそう考えている。

「いや。ディーテの怪我まで診て貰えて、更には船の手配までしてくれたんだ。幾ら感謝しても足りない。本当に助かった、有難う」
「本来ならば海獣王を撃滅して貰えた礼をこちらがしなければならないのです。ですから、本当にお気になさらずに」

 それでも感謝を述べてくるキョウに、アルストロメリアは律儀な人だと思いながら返答をする。
 彼女の発言どおり、今回のことでキョウ達に貸しを作ったなどとは微塵も考えてはいない。
 ノインテーターを倒し、プラダを救って貰ったこともあるうえに、さらには海獣王を倒すなどと功績を考慮すれば、首都に招いて手厚く歓迎せねばならないのだが―――神罰対象者に指定されているディーティニアを連れて戻るとどのような事態になるか想像もできない。この恩に報いることが出来ないもどかしさを感じていたアルストロメリアからしてみれば、今回の手助けは渡りに船であった。

 さて、何故キョウ達とアルストロメリアが一緒の船で同行しているのか。
 それは三週間ほど時を遡ることになるが、交易都市ギースにて海獣王との死闘で重傷を負ったディーティニアと彼女を介護していたキョウの下にノインテーターとの後処理を終えたアルストロメリアが訪問してきたのである。
 どうやらアトリが手紙でアルストロメリアに現状を報告してから西大陸へと旅立っていったようで、重傷を負ったディーティニアの治療にわざわざ来てくれたというわけだ。

 氷属性をもっとも得意としているとはいえ、もとは水属性からの派生。
 つまりは、アルストロメリアの回復魔法の腕はぴか一。さすがに流水の魔女には及ばないものの、彼女ほど優れた使い手はそうはいない。
 それもあってか、ディーティニアの怪我はみるみるうちに回復していき二ヶ月以上の時を要するという見立てだったが、三週間もすれば見事なまでに元通りになっていた。 
 さらに中央大陸へと戻る七剣の船と一緒にどうか、という誘いまでしてくれ、現在に至る。

 キョウからしてみれば、ディーティニアの怪我を治してくれて、さらには船まで乗せてくれた。
 アルストロメリアからしてみれば、ノインテーターと海獣王ユルルングルを倒してくれた。
 両者とも相手に対して感謝してもしきれない。即ちお礼の言い合い合戦になっている状態である。

「そういえば、ディーティニアは船に弱いんですね。初めて知りましたよ」
「ん、ああ。俺も最初は意外に思ったんだがな。陸上にあがるまでは元気になることはない」
「泣く子も黙る獄炎の魔女の弱点にしては驚かされます。まさか最大の弱点が船だったとは……」

 礼を言い合うのもここまで、という意味を含めて話題を逸らせたアルストロメリアに対して、キョウも即座に気がつき彼女の意を汲んで話にそのまま乗った。
 二人の会話の通り、ディーティニアは先日船に乗ってから、ベッドの上で死んでいる真っ最中なのだが、食事もろくに取らずに、うんうんと唸っている様はとても海獣王を倒した魔女の姿とは思えない。

「しかし、プラダで会ったときも思いましたが、あのディーティニアも変われば変わるものですね」
「アトリもあいつが変わったと言っていたが……昔はどんな感じだったんだ?」

 ディーティニアの古い知り合いに会うと必ずといって良いほど変わったと言われる。
 果たして以前はどのような性格だったのだろうか。多少気になったキョウが、過去を知っているアルストロメリアへと質問を飛ばした。
 彼女は視線を床へと向け、手を顎へと触れさせる仕草を取るとしばらく考え込むそぶりを見せる。

「そうですね。五大魔女で最悪にして最凶。敵を滅ぼすためならば味方を巻き込むことを躊躇わない冷酷なエルフ。眉一つ動かさず万を超す命を奪う残虐性を持つ。ある意味魔族よりも怖れられた魔法使いです」
「……今のディーテからはとても想像しにくいんだが」
「ええ。だからこそ、私も驚いています。プラダで会ったときは偽物かとも思いました。なにしろ私は昔ディーティニアに文字通り死にかけるほど修行をつけられましたからね」

 過去に想いを馳せるアルストロメリアは遠い目をして、ふっとニヒルな笑みを口元に浮かべる。
 未だ彼女が未熟だった時代。五大魔女が神聖エレクシル帝国を守護していたあの頃。
 撃震の魔女リフィアに拾われ首都へと連れてこられ、リフィア含む四人の魔女に育てられ鍛え上げられたが―――ディーティニアだけは地獄のような訓練を課してきた。繰り返される限界を超えた鍛錬。おかげさまで随分と強くなることは出来たが、あの頃を思い出すと今でも背中に寒気がはしってしまう。それはもはやトラウマの域に達している。

 遠い目をしていたアルストロメリアだったが、昔のディーティニアとの思い出を脳裏に描いたせいか、徐々に剣呑な雰囲気へと変化していき、視線も鋭くなっていく。
 今にも船酔いで倒れているディーティニアにとどめを刺してきます、と言い出しそうな様子にさすがのキョウも息を呑む。額から一筋の冷たい汗が滴り落ちて、甲板へと透明な染みを作った。
 アルストロメリアが嘘を吐くとも考えにくい。つまりは昔のディーティニアは今とは相当に異なっていたということだ。そういえば本人が昔はかなりやんちゃだったと言っていたが、それが事実だったということか。

「あー、ところでカルラの成長具合はどうだ? 僅か三週間程度みなかっただけで随分と腕を上げたみたいだが」
「―――ええ、そうですね。将来が期待できる優秀な生徒ですよ。元々の腕が既に七剣を名乗るに足る力量でしたから。このまま成長していけば、他の七剣を追い越すのも時間の問題かと」

 今度はキョウが話を逸らせる話題をふる。
 危険な雰囲気だったアルストロメリアは、はっと我を取り戻すと、こほんっと咳払いを一つ。
 恥ずかしいところを見られたという自覚があるのか、表情を変えない彼女の頬が僅かに朱をさしていた。

「驚いたな。君はそこまでカルラを評価していたのか」
「はい。そうでなくては、わざわざあの娘を七剣に誘ったりはしません」

 堂々と言い切ったアルストロメリアだったが、これは決してカルラに気を遣った評価ではない。
 数日鍛錬をつけてわかったことだが、カルラの実力は他の七剣に比べて確かに若干は劣る。
 しかし、彼女の才能―――つまりは、伸び代は果てがない。どこまで強くなるのかアルストロメリアとてはっきりとわからないほどだ。日を追うごとに強くなっていくカルラを見ていて、心が躍る。
 ここ暫くはディーティニアの看護のためにプラダを離れていたため、カルラのことはライゴウやアールマティに任せていたが、先日合流したときには目を見張る成長を遂げていたことに目を見張ったものだ。 

「今まで私が修行をつけてきた者の中でも一、二を争う子ですね。本当に先が楽しみと思える戦士ですよ」

 どこか優しげに表情を緩ませるアルストロメリアは、まるで我が子を自慢するかのように慈愛に満ちていた。
 そんな彼女の姿はあまりにも意外と言えば意外。無表情が常のアルストロメリアは、纏う雰囲気もあわさって外見だけならば冷たくも見える。たいした付き合いでもないキョウは永久凍土がこんな姿をみせるものなのかと驚かされた。
 思わずじっとそんなアルストロメリアの顔を見つめてしまう。見られていることに気付いたアルストロメリアは、コホンと二度目の咳払いをしつつ恥ずかしそうに視線を晴天の彼方へと向けた。

「なんだ。君は人を育てることが好きなのか?」
「……そう、ですね。そうなのかもしれません。現在の七剣のメンバーも私が育て上げた者達ばかりですしね。その点、アルマは完成されていて面白味がありませんでしたが」

 アルストロメリアは、キョウの問い掛けを否定することなく同調する。
 キョウもまた、彼女の言葉―――アールマティが完成されているということには反射的に頷かざるを得なかった。

 生きながらにして世界(アナザー)にて七つの人災と呼ばれるに至った災厄同士。
 キョウとアールマティの関係は表現が難しい。何故ならばともに様々な戦場を駆け抜け、死地を踏破し、時には協力して操血と戦ったことすらある。互いが互いの師であり、弟子であり、友なのだ。それ故に、両者ともに相手の力量は細かなところまで把握している。彼女の実力は疑う余地もない。そのことからアルストロメリアの評価を当然のこととして受け入れてしまった。

「―――色々と問題は山積みですが、魔族との戦いの決着がついたら人にものを教える職にでもついてみたいと最近は考えています」
「ほぅ。君ならなかなか良い教師になれそうな気もするが」
「……お世辞でも嬉しい言葉です。有り難うございます」

 キョウの本心からの発言に、珍しくもアルストロメリアは口元を緩ませ―――キョウへと微笑んで見せる。
 永久凍土の微笑。それがどれだけのレアな価値があるのか、付き合いの浅いキョウは知る由はなかった。


  


 















 ▼


















 東大陸から中央大陸まで海路で僅か三日。
 七剣と騎士団、キョウとディーティニアを乗せた船は海獣に襲われることもなく何の問題もなしに中央大陸の入り口である港町に到着した。
 船着き場が途端に騒がしくなるが、これだけの数の船が到着すればそれも当然のことと言える。しかも、神聖エレクシル帝国の旗をはためかせている船だ。すぐさま七剣直属と知って港町の人間を大いに慌てさせる結果となった。

 そんな喧噪をしり目に、キョウは特に手伝うこともないため、船酔いで死にかけているディーティニアを背負って船から下りることにした。
 埠頭では、アルストロメリアが矢継ぎ早に部下へと指示を飛ばしている。
 その他にもアルフレッドやアールマティも珍しく真面目に仕事をしているようだった。カルラは新人ということもあり、ライゴウと一緒に動いているのだが、キョウの姿を視界の端で捉えたのか、笑顔で手を振ってきたりもしていた。
 カルラを無視するわけにもいかないため、ディーティニアをうまいこと片手で支えながら、無理矢理自由にしたもう片方の手で振り替えしておく。

「……ぅぅ。ぎもち、わるい……」
「……吐きそうなら吐いておけ。その方が楽になるだろうしな。ただ、俺の背中ではやめてくれ」
「う、うむぅ……うぅ。船などもう二度とのらぬぞぉ……」
「いや。西大陸に渡るのにまた乗るんだが」
「……」

 冷静なキョウの突っ込みに、ディーティニアががくりと肩を落とすのが後ろを見ずとも理解できてしまった。
 しかし、この船酔いは本当になんとかせねばならないと考えながら、ずりさがってきた魔女を担ぎなおす。
 何時までもアルストロメリアの世話になるわけにもいかないため、とりあえずこれからどう動くかを頭の中で思考するキョウだったが―――ふとおかしなことに気づいた。

 あれだけ騒がしかった船着場が急に静かになったのだ。
 よくよく見れば、周囲から人がいなくなっている。何かがおかしいと、油断なくあたりに視線を走らせたキョウだったが、それを合図にしたように、遠巻きにキョウ達を窺っている集団が左右に割れた。

 何事かと思えば、その割れた箇所から一人の少女がゆっくりと歩み寄ってくる。
 アルストロメリアと同じくらいの短さの焦げ茶色の髪。見るだけでわかる、強い意志が込められた髪と同色の瞳。髪の隙間から伸びている長い耳はエルフの証。肌にぴたりとくっついている服に、非常に動き易そうなスパッツ。健康的な白い太股が多少眼に毒だ。ただし、それだけ動きやすさを重視している服装の割には、何故か茶色のマントを羽織っているのがどう見てもミスマッチではある。背は高くもなく低くもなく。ただし、女性にしては、と付け加えなければならない。精々が百五十半ばあるかどうか。悲しいかな、肌にぴたりとついている服のため、身体のラインがはっきりと浮き出ている。その結果、彼女の胸の薄さを激しく主張していた。可憐や可愛いというよりも、健康的な美少女と表現したほうがただしいかもしれない。 

 普通の男ならば、彼女の白い脚に見惚れたかもしれない。
 だが、キョウは眉を顰めてどのような行動を取られても対処できるように、ほんの少し腰を落とした。
 彼が警戒するほどに、突如現れた目の前のエルフの少女の実力を読み取ることができなかったからだ。

 彼女の歩き方一つとっても隙がない。
 重心を崩すことなく、ほとんど理想ともいえる歩法。
 少なくともこれまで見てきた探求者では比較するのも愚かしいほどの実力者。そんな相手がいきなり現れたことに不信感を抱く。少女はキョウの不審を感じ取ったのか、間合いの半歩だけ外にて足を止めた。

 シンと静まる船着き場。
 ぶつかり合う茶髪のエルフとキョウの視線。

「……キョウ、少し、いいかのぅ」
「―――ん。どうした?」

 背中に担いでいたディーティニアが、現状に気付いたのか青白い顔のまま声を掛けてきた。
 返答をするキョウだったが、どうやら背中から降りたいということに勘づき、油断をしないまま腰を下ろして地面へとディーティニアを立たせる。
 ただし、相変わらず気持ち悪いのか体調が優れないのは一目瞭然。ふらつく彼女を支えようとするが、軽く首を横に振ってその手助けを拒絶すると、キョウよりも前に出て謎の少女と相対した。

 互いに沈黙が続くが、遂にその緊張感に耐えきれなくなったのか、茶髪のエルフが地面を蹴りつけて疾駆する。
 狙いは間違いなく、躊躇いも見せずにディーティニアだ。
 キョウは、そんなエルフの少女を迎撃をしようと足を一歩踏み出すが―――肝心のディーティニアが、手を背後に向けて手出し無用と無言の訴えをしてきた。
 それにキョウは、反射的に足を止めてしまう。エルフの少女に殺気が無かったのも足を止める原因となったのかもしれない。
 ダンッと一際高く地面をける音。空中へと飛び上がり、ディーティニアへと強襲する。ニヤッと口元を緩めて―――。

「久しぶりやぁぁぁあああん!! ディーティニアァァァアアアアアアアア!!」

 激突する勢いで空中から飛来した少女が勢いよくディーティニアへと抱きつき、そのまま衝撃を殺さずに地面へと押し倒す。
 げふっと咳き込んだ獄炎の魔女の姿など見えていないのか―――目の前にいるというのに―――両手でがっちりとホールド。新雪のような白い頬に自分の頬をあてて、何度も頬擦りを繰り返す。
 恍惚としているエルフの表情は、どことなく危うい。そのまま天国へと行ってしまいそうな印象さえ受けた。

「スーハースーハー。うへへへ……久々のディーティニアの香りやぁ」
「ちょ、ちょっと!? や、やめぬかぁああ!! 頬擦りをするのでない!! 匂いを嗅ぐのもやめぃ!!」

 美少女とは思えない発言で、ディーティニアの体臭を嗅ぎながら抱擁を続ける。
 置き去りにされる格好となったキョウは、目の前で起きている痴態に、どれくらいぶりになるか呆然とする結果となった。
 なんだこのエルフは……心底そう思いながら、外見だけならば美少女二人―――の絡み合いを頭痛がする思いで見届けていたが、同じく呆れているのかため息を吐いてアルストロメリアが近寄ってくる。

「……あの、あまり気になさらないようにしてください。いえ、是非とも気にしないで下さい。あの方は少しあれなので」
「……知り合いなのか? アルストロメリア殿は、こいつ―――いや、この方と」
「遺憾ながら。この方は、なんというか……恥ずかしながら一応私の育ての親に当たる方でして」

 義理とはいえ母親にも等しい存在の奇行に、肩を落としているアルストロメリアだったが、彼女の発言に驚いたのはキョウである。この三日間の船旅の間、話をしていたためアルストロメリアのことは多少詳しく知ることになったが、彼女を危険生物が蠢く危険な森から引っ張り出して魔法や戦い方を教えたのは―――五大魔女の一人だということを教えられている。

 つまり、アルストロメリアが育ての親と称する人物とは―――。

「……まさ、か。このエルフが、撃震の魔女か?」
「はい。神聖エレクシル帝国宮廷魔術師筆頭―――リフィア殿です」
「……そ、そうか」

 辛うじて返事をするキョウだったが、ディーティニアとアトリに続く魔女の一人が、まさかこのような人物だったとは、予想外にもほどがある。
 キョウの前の前にて、地面に転がってディーティニアの身体をまさぐっているリフィアは、数分も経過してようやく立ち上がる。満足したのか、顔をてからせて、ふぅっと喜びに満ちあふれた吐息を漏らした。ちなみにディーティニアは、船酔いもあわさって、疲れ果てて地面に転がったままだ。

「いやぁー。まさか本当にディーティニアが一緒に来ているとは思ってもいなかったわぁ」

 そして、すぐ傍にいたアルストロメリアに気がついたのか、キュピーンと両目を光らせた。
 獣の如く身体を躍動させ、今度は我が娘へと飛びかかり抱きつくが、何せアルストロメリアはキョウに並ぶ長身。百八十を越える背丈の彼女とは三十センチもの差があるリフィアでは、どうにも格好が宜しくはない。木に抱きつくコアラにも似た、光景がそこにはあった。

「おおぅ。我が娘の久しぶりの匂いは落ち着くわぁ。元気やったん? 怪我してへん? ちゃんとご飯食べとった?」

 丁度リフィアの顔が、アルストロメリアの胸の位置に納まる形となっているが、撃震の魔女は顔にあたる柔らかな感触にニヘラっと頬を緩ませている。
 長身痩躯。スレンダーな体型の永久凍土の胸はお世辞にも大きいとは言えないが、それでもディーティニアやリフィアに比べれば随分とましだと言えた。

「……はい。元気にしておりました。それよりいい加減に子離れして下さい」

 アルストロメリアは、相変わらず面倒くさい義理の母に辟易しながら、抱きついてきているリフィアの顔を片手で掴み、強く抱きついてきている彼女を力一杯引っ張りはがす。
 はがされまいと抵抗するものの、単純な力勝負ではどうなるか一目見て明らか。力負けしたリフィアは残念そうにしながらも、仕方なくアルストロメリアから距離を取った。
 そこで、自分へと奇異の視線を向けてきているキョウをようやく思い出したのか、撃震の魔女はチャシャ猫のような笑みを浮かべてすり寄ってくる。

「あー、挨拶遅れてすまへん。うちはリフィア。撃震の魔女なんて物騒な呼ばれ方もしてるけど気にせんといてくれるとい嬉しいわ」

 楽しそうに笑って手を差し出してくるリフィアに、どうにも調子を狂わされる相手だと察知しながら、キョウは大人しく差し出された手を握り返す。 
 力強く握りかえされ、ぶつかり合う視線。リフィアの顔は笑っているが、目は笑っていないことに気付く。まるでキョウを品定めしようとする深い焦げ茶色の瞳。どことなく深淵を感じさせる、底知れない雰囲気を突如としてキョウに与えてくる。

「……失礼。俺はキョウ=スメラギ。ディーティニアとは北大陸から一緒に旅をしている者です」
「うん。らしいなぁ。色々と話はきいとるよ。どんな人間かと思ってたけど……はは、なんや。あんた、本当に人間か? 面白い奴や。でも、それ以上に恐いなぁ、あんた」

 笑っているリフィアは、キョウに対して興味半分。恐怖半分。
 底知れなさを感じたのは、彼女も同様だ。いや、それはリフィアの方が遥かに勝っただろう。
 互いに力を見せ合ったわけではない。だが、リフィアは目の前にいるキョウ(化け物)の力量の片鱗をつかみ取り、己では恐らく勝つことは出来ないと瞬時に悟った。

「……陸獣王を。ノインテーターを。倒したってのは嘘やないみたいやなぁ。あんたなら、確かにあの陸獣王も何とかできそうやね」
「ああ、そういえば。貴女は確か以前セルヴァと戦ったことがあったとか」
「懐かしいこと知っとるなぁ。ディーティニアに聞いたんか? ぼこぼこにされたわ、あいつ(セルヴァ)には」

 ケタケタと笑うリフィアだったが、それは無理なかろう話だ。
 絶対魔法防御の特異能力を所持しているセルヴァとは、相性うんぬんの問題ではない。
 ひとしきり笑っていたリフィアだったが、キョウの身体を頭の先からつま先までを眺め、一人頷く。

「なんや、考えていたよりもまともそーな相手で安心したわ。せや、これお近づきの印」

 リフィアは服のポケットに手を入れるとごそごそと漁る。
 しばらく漁っていたが、目的のものを見付けることが出来たのか、ポケットから取り出すとそれをキョウへと手渡した。

 何かと思えばなにやら小さくたたまれた布きれだ。
 しかもほのかに暖かい。ポケットにいれていたせいだろうか、と首を捻るキョウだったが、どうにも厭らしい笑みを口元に浮かべているリフィアを見て嫌な予感が止まらない。
 ガンガンと第六感が危険信号を脳内に響かせる。何故、戦闘中というわけでもないのに、そんな事態に陥っているのか。結局わからないキョウに、リフィアの口元がさらにつりあがった。

「それ、広げてみ」
「あ、ああ……」

 リフィアに言われたとおりに手渡された白い布を広げてみるキョウだが、布を広げきって固まった。
 何故ならばその布の正体は、言ってしまえば―――女性の下の下着だったのだから。
 割と高価な代物なのか、上質の絹で作られたパンティ。純白が眩しい。しかも、ワンポイントとして、熊さんの刺繍までしてあるとんでもない代物だ。
 一体どうすればいいのか、さしもののキョウも判断に困る。
 リフィアに突っ込めばいいのか。それとも素直に貰ってしまっても良いのか。こうして手渡してきた以上、これの持ち主はリフィアなのだろうが、多少とはいえ暖かいのだから先ほどまで履いていた一品に違いない。目の前で礼を言って懐に入れてしまえばはっきり言って変態だ。

 どう対応するか目まぐるしく思考を繰り返すキョウ。
 これほどの窮地に陥ったのも、一体どれくらいぶりだろうか。ごくりっと口の中の唾液を飲み込む。

 緊張感が溢れるこの場所だったが、キョウはふと視界の端でがくがくと震えている存在が一人いることに気付いた。
 誰かと思えば、青ざめているディーティニアである。しかも、青白さがより濃くなっていて、船酔いがさらに悪化している様子が見て分かった。リフィアに振り回されたせいで悪くなったのかと考えていたキョウの思考を遮るように―――。

「―――ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 とても獄炎の魔女が発するものとは思えない言葉が、周囲一体に響き渡った。
 喉が張り裂けんばかりの雄叫び。いや、悲鳴。
 近距離からまともに受けたキョウが思わず、眉を顰めた。

 だが、ディーティニアは、そのことも目に入らないのか、彼女の視線はキョウが広げている下着に釘付けとなっている。
 パクパクと陸上に跳ね上げられた魚のように口を開閉させ、震える様が不思議で仕方なかったのだが、次の一言が全ての人間を納得させるに足るものとなった。

「そ、そ、それは―――わ、ワシの、下、下着じゃぁああああああああああああああああああ!!」

 ぶはっと思わず吹き出してしまうキョウ。
 そこでようやくディーティニアは自分の下半身へと服の上から手を当てる。
 いつの間に脱がされたのか、スースーと涼しい空気があたっていた。

「リ、リ、リフィアァァアアア!? お、お主!? お主ぃぃ!? な、何を!?」

 諸悪の根源を睨み付けるディーティニア。その眼力は凄まじい。
 力のない者なら気を失ってしまいかねない威圧だった。
 しかし、リフィアはそんな獄炎の魔女の威圧にもどこ吹く風。

「ディーティニア……熊さん。熊さんパンツ……ぷふーー!!」

 ケタケタと我慢できずに爆笑するリフィア。
 容赦のない撃震の魔女の姿に戦慄を隠せないのは、他の面々だ。
 笑われたディーティニアは、顔を真っ赤に染めて、震えていたが―――。

「か、返すのじゃぁ!! かえしてくれぇぇ、キョウーーー!!」
「あ、ああ。ほ、ほら……」

 キョウでさえ視覚するのも難しい速度でディーティニアはキョウへと飛びかかる。
 手に持っていたパンティを奪い取ると、距離を取るように地面を蹴って離れようとするが、途中の石に足を取られた。
 その速度もあってか、態勢を整えることが出来ずに地面に激しい音を立てて倒れ込んだ。運が悪いことに、その拍子にローブが捲れあがる。風が吹き、バサリっとはためくディーティニアのローブ。

 シーンと静まりかえる船着き場。
 不幸中の幸いか、角度的に決定的瞬間を見ることが出来たのは、ディーティニアが背を向けていたキョウとその傍にいたアルストロメリアとリフィアの三人だったことか。

 気付いたディーティニアが全身にはしった鈍痛を我慢しながら慌ててローブの裾を手で押さえて隠すが―――時既に遅し。
 地面に倒れたまま涙目でキョウを見上げてくるディーティニアがあまりにも不憫すぎて何かしらのフォローを入れようとするが、なんと言えば良いのか迷いに迷う。
 産まれたばかりの子馬のように、ぷるぷると震える様はたいそう可愛らしい。
 見てない。見てないといってくれっと声なき声を視線に乗せて訴えてくるディーティニアが哀れすぎて、覚悟を決めたキョウが口を開こうとして―――。

「丸、見え!! ディーティニア、あんた狙ってやってるんちゃうん!? お尻丸見え……ぶふー!!」

 色々と台無しにされた。
 一切の容赦もないリフィアの口撃は、ディーティニアの防御をあっさりと粉々に打ち砕く

「う、うわぁああああああああああーーーーーー!!」

 泣きながら獄炎の魔女は、群衆を吹き飛ばしながら逃げ去っていった。

「うわ……マジ泣きした」
「ひでぇ!! 容赦ないな、リフィア様」
「恐ろしい娘……」

 ディーティニアの後ろ姿を見送った群衆は、彼女に深く同情すると同時に、改めて撃震の魔女の恐ろしさを思い知らされた。
 完全に姿が見えなくなった獄炎の魔女を泣かせたリフィアは、流石に悪いと思ったのか笑うのを止めて、頬を指でかいている。
 気まずい雰囲気となったが、それを全く気に留めずに彼女は、肩をすくめた。

「あちゃー。ちょっとからかいすぎたわぁ。しゃーない。後で謝っとくとして、改めてキョウちんにこれをあげようやないか」

 キョウちんという呼び方に、頬を引き攣らせる。
 アトリのキョウちゃんでも滅多になかったというのに、今度のキョウちんは初めてだ。
 勘弁して欲しいと願いながら、きっとこの相手にはどれだけ言っても無駄だろうということを瞬時に悟った。 

 今度は何を渡されるのだろうかと戦々恐々としながら、リフィアの差し出してきた物体を受け取る。
 渡された代物は、また先ほどと同じ布っきれだった。内心で警戒しながらも、渡された布を広げてみると―――再び頭痛が襲ってくる結果がそこにはあった。
 今度は二つに折られた上半身の下着。すなわち俗に言うブラジャーである。
 水色で染め上げられたそれを見つめたキョウは、少しだけ違和感を受けた。何故ならば、またディーティニアから奪い取ったものかと思っていたが、彼女のものにしては少々大きすぎたからだ。

 そんな違和感から首を捻るキョウの目の前の石畳が、突如として爆砕した。
 細かく砕け散った石の散弾雨に、驚きつつ片手で弾き落として後方へと避難すると、どうやってか不明だが上手く逃げ切ったリフィアも同じく遠く離れた場所に着地しているのがキョウの目の端に止まった。

 ニヒヒっと楽しそうに笑っているリフィアと対照的に、石畳を爆砕させる原因となった人物―――即ちアルストロメリアが戦斧を地面に叩きつけている光景が視界に映る。
 冷静沈着なアルストロメリアが目を細ませ、口元を歪ませている光景は、周囲の人間を圧するには充分に値するものであった。
 確実に怒っているのだが、一体何故なのか。一瞬悩んだキョウだったが、手に持っていたブラジャーを強く握りしめていたことを思い出し、見当がついた。

 ―――これか(・・・)

 ごくりっと唾液を飲み込んだキョウの前で、撃震の魔女に戦斧を突きつけるアルストロメリアの視線はどこまでも冷たい。

「……遊びが過ぎたようですね、リフィア殿」
「いやいや。全然、全然。というか、気付かないあんたも悪いわぁ」

 笑みを隠さないリフィアに対して、アルストロメリアは戦斧を頭の上でくるりっと一回転。
 振り下ろした切っ先が空気を断ちきり、離れたリフィアの鼻先を強かに打ち据える。

「……やれやれ。今日このとき、師匠越えをさせていただきましょうか」
「えー? あんたが? あはははぁ。笑かしよるなぁ」

 心底可笑しそうにリフィアは笑いながら、ふっと鼻で笑う。
 腰を落とし、石畳を踏みしめる両脚。ズンッと地震が引き起こされたと錯覚を誰もが感じた。
 大地を揺らす震脚。パキリっと両の拳の指の関節を鳴らす。

「五百年、早いわぁ。小娘ちゃんが、よー吼える」

 今までの軽い笑みを消し去ったリフィアの口元に浮かんだのは―――肉食獣を連想させる獰猛な微笑。
 口角を深くつりあげて笑うリフィアの姿を見たキョウは、彼女が魔女の名を冠するに値する怪物の一人だということを確かに悟ったのだった。






















  
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