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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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六十一章 東大陸 後日談











 海獣王ユルルングルと獄炎の魔女ディーティニアの戦いの結果は後者に軍配があがることとなった。
 戦闘時間こそ短かったものの、彼女の負った怪我は決して軽いものではなく、重傷ともいえる大怪我を負う事になったが、それは気を失っている本人よりも後ろで控えていたキョウ達をおおいに慌てさせた。
 対女神用に編み出した超越魔法を二度使用し、意識を失うほどに疲弊しきったディーティニアの姿を見るに、如何に海獣王が手強かったのかは言葉に出さずとも理解できる。

 勝利はしたものの随分と重傷の獄炎の魔女の怪我の中でも、特に一番酷いのが左肩の傷だ。
 海獣王の水閃によって肩を完全に貫いていたのだが、慌ててアトリが回復魔法をかけ、なんとか塞ぐことに成功した。
 アトリも流水の魔女ほどではないが、一人旅して回っている以上、それなりに回復魔法を得意としていたことが功を奏す結果となった。

 肩の治療と全身の火傷を応急処置した後、ディーティニアを背負ってキョウは北に馬を走らせ半日ほどで交易都市ギースに舞い戻り、本格的な治療をすることが出来たと言う訳だ。

 ギースの西部区画。
 この都市で最高の治療を受けられると言う病院に担ぎ込まれたディーティニアは、医者が診た瞬間入院が決定し、現在その一室に缶詰状態となっている。

 彼女の怪我を考えれば、現在の状況も当たり前とも言えた。
 医者に何故ここまで酷い怪我をしたのかしつこく問われて、誤魔化すのにも一苦労したキョウは、海獣王と戦ってもいないのに疲労のため息をついているところだ。

 現在キョウが居る場所は、数人で一部屋を使用する共用の部屋ではなく、一人で使用できる個室の病室である。
 壁も天井も何もかもが清潔な白一色。
 かつて北大陸でセルヴァやテンペストと戦った後に入院した病院よりもかなり高級感が溢れていた。

 あの時は二人仲良く寝台の上で身動き取れなくなっていたな、とキョウは過去を思い出しながら、目の前のベッドで眠っているディーティニアの寝顔を見下ろしている。
 ベッドのすぐ隣にある椅子に腰を下ろして、横たわっているディーティニアを静かに見ていると、とてもあの海獣王を一人で倒したとは信じられない。
 あまりにも小さな肉体。以前言われたこともあるが、娘と父という関係に見られるほどに小柄な身体なのだから。

 あの戦いは実際に見ていなければ理解できないだろうし、信じることなど出来はしない。
 いや、見ていたとしても目を疑ってしまうだろう。そこまで現実離れした闘争だったのだ。七つの人災と謳われた最悪の七人でも、果たしてディーティニアと戦って勝てるかどうか。いや、恐らくは操血を除いて、目の前にいる獄炎の魔女に正面きって戦いを挑めば勝てる者はいないだろう。
 キョウとてまともにやりあえばどうなるか、想像することも難しい。

 その魔女がここまでの重傷を負ってようやく倒すことができた海獣王ユルルングル。
 第一級危険生物の恐ろしさを甘く見ていたつもりはないが、認識をさらに改めなければならないことをキョウは悟った。


 相変わらず目覚めることの無いディーティニアの傍に寄り添っているキョウだったが、その時トントンっと扉を叩く音が響き、返事をする間もなく扉をノックした人物が病室の内部へと足を踏み入れてくる。

「……ディーテはどう?」
「変わらず、だ。医者が言うにはそろそろ起きる頃合らしいが」
「……そう」

 抑揚の無い口調のアトリが言葉少なく返答してベッドに眠るディーティニアに視線を向けるが、台詞とは裏腹に珍しく心配気に眉を顰めていた。
 流石の彼女も、古い付き合いであるディーティニアの怪我を心配しているのだろう。

「……できれば挨拶は意識を取り戻した時にしたかったけど、この調子だと無理そう」
「ん? 挨拶?」
「そう。少し野暮用ができて出発しないといけなくなった」
「それはまた急だな。すぐに発つのか?」

 アトリの発言に驚くでもなく平然と返答するキョウ。
 短い間とはいえ一緒に旅をしたのだから多少なりとも情が湧き引き止めるのが普通なのだが、そういった感情を全く垣間見せないキョウに対して僅かだが憎らしく思うアトリだったが、これだけさっぱりしていると逆に気持ちが良いという感想を抱いてしまった。

 不思議な男だ、とアトリは改めてキョウ=スメラギの顔をじっと見つめる。
 一ヶ月にも満たない付き合いだが、それだけでもキョウの大体の人物像を把握することが出来た。情に厚く、懐が深い。冷静沈着に見えて、そうではない部分もある。口数が多少すくないが、気にするほどのことでもない。
 アトリからしてみれば、ディーティニアには勿体無い位の相手ともいえた。

 だが―――。


 キョウ=スメラギは壊れている(・・・・・)

 身体的にという意味ではなく、精神的にという意味だ。
 確かに彼は情に厚く、懐も広い。超越存在であるナインテールという怪物にさえ他と変わらない優しさを向ける。どんな相手でも差別することなく対応する姿は素晴らしいとも言えた。

 傍から見ていれば、ディーティニアのことも多少憎からず思っているのもはっきりとわかる。といっても異性に対するものではなく、手のかかる妹。もしくは娘といった愛情なのだが。

 さて、彼が壊れているとはどういうことか。万が一、キョウとディーティニアが袂を分かったとしよう。
 二人が命を賭けた戦いをした結果、ディーティニアはキョウを殺すことを間違いなく躊躇う。彼女の目的は神殺し。それに全てを捧げてきたといっても良い。だが、八百年の孤独の果てに出逢えた同胞を殺すことが果たしてできるのかどうか。例え出来たとしても、迷いに迷った結果に導き出される答えになるはずだ。それは彼女が甘いというわけではなく、そう感じるのが当然なのだ。

 しかし、キョウ=スメラギは恐らくは何の躊躇いも無くディーティニアを斬る。
 感情がないわけではない。それは逆だ。彼は魔女のことを気に入っていながら、それでも彼は敵に回った魔女を斬ることに迷いが無い。
 アトリはそれが恐ろしい。感情がないのではなく、感情を殺すわけでもなく。敵と認めた相手をキョウは息を吸うのと同じように命を奪う。例えそれが如何なる相手だったとしても―――。

 そのことに気がついたのはアトリが、キョウのことを常に見ていたからだろう。
 彼の特異能力(アビリティ)を解明しようと、一挙手一投足を見逃さないために注視していた結果だ。
 他の二人は気がついているのか気がついていないのかわからないが、好きこのんで口に出すような真似をする訳にもいかない。

「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
「……ううん、なんでもない。それで何だっけ」
「今日にでもここを発つのか、と聞いたんだが……」
「ああ、うん。結構な急ぎの用件みたい。七剣の情報網経由で私宛にこれが送られてきたんだけど」

 考え事をしていたアトリは、内心をおくびにも出さずに軽く顔を左右に振る。
 改めて問いただしたキョウの質問に頷いて、彼女は手に持っていた一枚の白い手紙を手渡してきた。キョウは手渡された手紙に目を落とすと、宛先はアトリ。差出人は、シルフィーナと書かれている。
 どこかで聞いた名前だと一瞬考えるが、すぐにディーテやアトリと同じ五大魔女の一員だということを思い出した。

「見ても良いのか?」
「うん。そっちの方が説明も楽だし」
「それでは、少し失礼するぞ」

 アトリの了承を得られたキョウは、手紙を開くと中に書かれている内容に目を通す。
 女性らしからぬしっかりとした字で、名前が書かれていなければ男性が書いたと勘違いしそうな文字であった。 

「……『巨人の島(ジャイアントランド)()が開く前兆があり。至急援軍に来られたし』、か。」 
「そう。シルフィーナは巨人の島(ジャイアントランド)と西大陸を結ぶ道を守護している。普段はその道も平和なんだけど十年に一度くらいの割合で巨人種が攻勢にでる年があるから私もその時に手伝いに行くのだけど……」
「今年がその年にあたるのか?」
「わからないけど、多分。周期が今回は随分と早いから不思議」

 キョウは手紙を折り畳むと、アトリへと返す。
 それを受け取るとアトリは自分の懐へと手紙を忍ばせる。

巨人の島(ジャイアントランド)、か。名前を聞く限り、巨人種が生息しているのか?」
「うん。下位巨人から巨人王種まで。人が漂着したら二度とは生きて出られないと評判。竜園と並ぶ地獄の地」
「ほぅ。高位巨人は見たことがあるが、巨人王種か……」

 興味深そうに顎を右手でさすりながら、キョウは目を細める。
 彼の瞳に、巨人王種という存在に対する関心の光が浮かび上がっていた。
 新たに聞いた強敵の情報を聞きたそうにうずうずとしているキョウに、我慢できない子供みたいだと感想を抱きながらアトリが言葉を紡ぐ。 

「巨人種の王は確認されている限り五体。現在はそのうち三体しか存在していない」
「……三体しか存在していない? 何かあったのか?」
「数百年前に空獣王アエロに戦いを挑んだ巨人王エンケラドスは完膚無きまでに消滅させられて、巨人王ミマスは四百年位前に私たち五人の魔女と戦って、最後にはディーテに焼き滅ぼされたせいで空位になってる」
「なんだ。ディーテの奴が一体倒してたのか」
「うん。聞いてなかった?」
「詳しくは聞いてなかったな。落ち着いたら話を聞いてみるとするさ」

 この獄炎の魔女は一体どれだけ引き出しを持っているのか。と半ば呆れた様子でキョウは肩をすくませた。
 不死王ノインテーターを東の辺境においやり、魔王デッドエンドアイを退け、さらには巨人王ミマスを滅ぼす。これだけの偉業を成し遂げれば、成る程。普通の人間から見れば英雄というよりも、第一級危険生物に等しい怪物に見られたとしてもおかしくはないだろう。

「それで、残りの三体は?」
「彼の者が振るう刃に斬れぬものなし、巨人王アグリアス。全身に百の目を持つ怪物、巨人王アルゴス。百の手と五十の顔を持つ巨人王種最強の存在、巨人王ブリアオレス。はっきりと言うけど、単純な戦闘能力でいえば、巨人王種はノインテーターを遥かに凌駕する」
「ほぅ……その三体はノインテーター以上だと?」
「うん。元々巨人種は戦闘に特化した種族。戦狂いと言ったほうがいいかも。そんな種族の王でもあるこの三体は、幻想大陸に住まう危険生物でもっとも第一級に近い怪物達」

 そこまで言い切ってアトリは、言い知れぬ悪寒に襲われた。
 口角を僅かに吊り上げて笑みを浮かべていたキョウを見て、背筋を粟立たせる。
 病室の空気が重力を帯びて、鉛のようにアトリの全身を包み込む。
 天雷の魔女から巨人王種の説明を聞いたというのに、怖れを全く見せずに逆に喜ぶ人間がいるだろうか。幻想大陸広しといえど、恐らくは目の前の人間しかいないはずだ。巨人種が戦狂いとアトリは評したが、キョウ=スメラギもまた、彼ら以上の戦闘狂だということを実感した。

「俺もついて行きたいところだが、ディーテの怪我のこともあるしな。西大陸へ動くのはなかなかに厳しい」
「そうだね。出来ればキョウちゃん達にも手伝って貰えたら良かったんだけど。今回は諦める」
「申し訳ないがな。ところで聞くが、お前とシルフィーナさんの二人でなんとかなるのか?」

 ノインテーターを凌ぐという巨人王種のことを考えたら少々心許ない。
 アトリの実力は知っているが、第一級危険生物に近い実力を持つという化け物達相手では幾ら魔女二人といえど多少は不安に感じるのも当然のことだ。
 そんなキョウの心配を読み取ったのか、アトリはこくりっと小さく頷いた。

「巨人王種は多分出てこないから大丈夫。四百年前の決戦から一度も戦ったことないし。それに私とシルフィーナだけではなくて、ティアレフィナも来ると思うから」

 ティアレフィナ。流水の魔女。
 五大魔女のうちの三人が共同戦線を張るというのならば大丈夫そうだな、とキョウは結論づける。それでもキョウの心には僅かなシコリが残される。

「どうせ攻めてくる巨人種の多くは下位や中位だから。希に高位巨人種も混じってるけど、三人なら余裕余裕」

 ブイっとピースサインを向けながら、胸を反らせるアトリ。
 自信満々な彼女の姿にキョウの心配は薄らぐも、それが完全に払拭されるには至らない。
 確かに四百年前から巨人王種は姿を現していないのかも知れない。これまで特に問題もなく巨人種を退けることが出来ていたのかも知れない。だが、今回がそうだとは限らない。特に、女神が暗躍していることがキョウの心配に拍車をかけていた、


「まぁ、ディーテが回復したら俺達も西大陸に向かうことにしよう」
「……キョウちゃんは心配性。多分問題ないと思うけど……。ああ、でも来たらシルフとティアに紹介してあげる」
「それはそれで魅力的だな。残りの魔女にも是非とも挨拶をしておきたいと思っていたところだ」
「シルフとティアの両方とも変わり者だから、大変だと思うけど」

 神風の魔女と流水の魔女の二人を変人扱いするアトリだったが、キョウとしてはお前も十分に変わってると突っ込みを入れそうになるも、寸でのところでそれを留める。
 もっともアトリとしても、キョウにだけは言われたくない一言に違いないだろうが。

「それじゃあ、私は行くから。ディーテ起きたら宜しく言っておいて」
「ああ。道中は気をつけてな?」
「うん。西大陸が落ち着いたらまた合流するかもしれないから宜しく」
「む、そうなのか、了解。ディーテにも伝えておこう」

 意外にも別れの挨拶とともに右手を差し出してきたアトリに多少驚かされたキョウだったが、躊躇うことなく彼女の小さな右手と握手を交わす。
 二、三度強く握り締めたアトリだったが、満足したのか手を離すとそのまま病室から退出していった。
 天雷の魔女の後姿を見送っていたキョウだったが、少しだけ寂寥感の到来する。
 中々面白い奴だった、と知らず知らずのうちに苦笑が浮かんでいたことに、ガラス窓に映った自分の顔を見て小さく笑い声をあげてしまった。

 そんな時、キョウを邪魔するようにカツンっと窓ガラスが音をたてる。
 笑みを噛み殺しながら、何事かと考え窓ガラスを開けてみると、眼下には先日別れを告げたはずの男が手を振っているのが見え、突然のことに驚かされた。

 男―――即ち、悪竜王イグニードである。
 アトリによって焼き焦がされた服は新しく買い換えたのか、新品になっていることに疑問を抱いてしまう。
 この男は意外と常識人なところがあるので、きちんと街で買ったのだろうか。もしくは、自分で仕立てたりできるのだろうか。突然の来訪にそんな取りとめもないことを考えながら、二階の窓際にいるキョウに、相変わらずニカっと男臭い笑みを送って来る。

「よー。すげぇな、お前ら。まさか海獣王を倒すとは、これは想像以上だったわ。つーか、お前ら本当に人間とエルフかよ」
「……まぁ、一応は。ディーテの方は少し自信がない」

 自分のことを棚に上げて、ディーティニアのことを怪しいと言うキョウに、イグニードはカラカラと笑う。
 わざわざ見舞いにでもきたのかと訝しうキョウだったが、ふと気づくことがあった。
 イグニードが何やら小脇に抱えている何か(・・)があるのだ。一体なんの荷物を抱えているのかと眼を細めるキョウ。


「ああ、そうそう。実はお前らに一つ言っておくことがあってよ。ちょっとコイツ(・・・)借りていくわ」
「……こいつ(・・・)?」

 何のことかわからずにイグニードの言葉を繰り返すが、小脇に抱えている何かの正体がようやく判明した。
 何やら何重にも黒い炎で形作られた縄で簀巻きにされている何か。その縄の隙間から金色に輝く尻尾が何本か見える。さらには猿轡までされている、幻獣王ナインテールのあられもない姿だった。

「ぐーむー!! ぐぅぅぅ!?」
「いやー、中央大陸にいってワキンヤンに話を付けようとしたんだけどよー。聞く耳もたないからとりあえずぶん殴って逃げてきたんだよな。同じ魔獣王種なら説得しやすそうだから、こいつ貸してくれ」
「むぅぅぅうう!?」

 ただの縄なら容易く引き千切ることが可能だが、イグニードの悪炎で形作られた黒い炎の縄はナインテールの力をもってしてもびくともしない。さらには器用なことに炎の温度までも調節可能なためか、ナインテールの身体には火傷一つなかった。
 助けてー、と視線を二階にいるキョウに向けて、無言の救援要請を送ってくるが、それとなく視線を逸らすキョウは、静かに頷く。

「あまり無茶はさせないようにしてくれ」
「おう。それは保証する。中央と南を回って西大陸にいる連中に話をつけたらすぐにこいつは返しに来るからよ。すまんな」
「ああ。くれぐれもナインをよろしく頼む」
「任された。じゃあ、またそのうちに会おうぜ。あー近いうちにテンペストも連れて来るが邪険にしないでくれよ」
「……努力はしよう」

 テンペストの名前を聞いたキョウが過去を思い出して眉を顰めたことに気づいたイグニードだったが、自業自得だと内心でため息を吐いてナインテールを小脇に挟んだまま、イグニードは翼をはためかせて凄まじい勢いで空へと上昇。
 瞬く間に西の方角へと飛び去っていった。ナインテールの言葉にならない訴えが残響となってキョウの耳に残される。

 だが、キョウとて考えなしでナインテールが連れて行かれるのをよしとしたわけではない。
 イグニードとはまだ何度か顔を合わせた程度の短い付き合いだが、彼が信頼に値する存在であることを理解している。
 さらには彼が何の考えも無く、こんな行動にでるとは思えない。
 つまりは、イグニードが語ったとおり、魔獣王種を説得するにはナインテールがいたほうが良いというのは事実なのだろう。
 女神に対抗するためには形振り構って入られない。
 あの圧倒的な化け物であるイグニードでさえも、そこまで努力しているのだ。ならば、多少くらいは協力せねばならない。そう考えての判断だった。

「……むぅ。ここは……?」

 二人が飛び去っていった方角を黙って見つめていたキョウの耳に、久しぶりに感じるディーティニアの声が聞こえた。
 眼が覚めたのかとベッドに横たわっている彼女へと振り返ると、眼が覚めたばかりのせいか若干虚ろな瞳で窓際にいるキョウへと視線を送ってきている。

「起きたか、ディーテ。どこか痛いところや違和感がある部位はあるか?」
「……いや。魔法の使いすぎで、身体が気だるいくらいかのぅ……それより……」

 ディーティニアの身体もどうやら順調に回復していっていることに安堵したキョウは、何かを聞きたそうにしている彼女の言葉の続きを待つ。
 獄炎の魔女は、キョウの顔をじっと見つめたあと―――。

「……何か、あったのかのぅ? 何やら、お主も疲れた顔を……しておるぞ?」
「あー。まぁ、そうだな。色々あったから」

 ディーティニアの質問に、キョウはそれは本日何度目になるのかわからない、盛大なため息を吐いて肩をおとすのだった。



















 ▼


























 幻想大陸に五つ存在する大陸の南方。
 荒れ果てた荒野が延々と続く荒廃の地。
 竜園や巨人の島(ジャイアントランド)にも匹敵するこの世界の地獄の地。

 南大陸は五つに分断され、各地方を魔王と呼ばれる魔族の王達が支配している。
 他大陸の人間が聞けば信じられないことに、その大陸の中央を治める最強の魔王マリーナは、他大陸から連れて来られた人間を不当に扱わず厚遇していた。他の魔王が治める地に比べれば恐ろしいほどの差がある。
 それこそ西の地では快楽殺人者でもある魔王や魔族の影響で、人の命の価値は恐ろしいほどに軽い。北の地では、人間は亜族に生きながら喰われることも多い。東の地でも戯れに殺され、辛うじてましなのが南の地だ。それでも、やはり人は容易くその命を奪われる。

 四方が地獄であるにも関わらず、中央はマリーナの手によって他の魔王の侵入を幾度も防ぎ続けていた。
 少なくとも、彼は一対一では他の魔王の誰にも負けることは無いほどに強かったのだ。魔王と呼ばれる魔族の中で、彼に勝る存在はいなかった。

 そう―――いない、はずだった。


 つい先日まで栄華を極めた南大陸の中央。
 人間が住んでいた街は、破壊され、焼き尽くされ、まるで大地震が起きた後のような光景がそこには広がっていた。
 通りの至るところに原型を留めない老若男女の死体が見受けられる。遊び半分に弄ばれた者もいたのか、魔族によって食されたわけでもなく、頭だけを引き千切られ通路沿いに並べられている場所もあった。
 正気の沙汰ではない光景が広がっている街の中央区画には、襲撃がある前までは壮麗で美しいと簡単に予想できる大聖堂がそびえ立っている。
 残念ながら今は、壁もステンドガラスも割れ、砕け、ぼろぼろな様子しか見ることができなかった。
 大きな木製の扉も破壊され、ぽっかりと開いた入り口は聖堂の中へと入るものを歓迎するのではという錯覚さえ感じる。

 罅割れた石畳。樫の木で造られた長椅子も、本来は整然と並んでいただろうが、邪魔だと言わんばかりに隅に追いやられていた。外見同様に、内部はとてつもなく広く、入り口から一直線に歩んだ先には巨大な十字架が置かれている。

 その入り口から十字架へいたる通路の左右には、異形の人型の生物が頭を垂れて跪いていた。
 四本の腕を持つ者や、二つの顔を持つ者。異様に手足が長い者など、様々だ。その数は軽く数百を超えている。
 魔王に従う魔族と称される怪物達。人間に対して異常なまでの憎悪を燃やす南大陸の住人。

 最低でも第五級危険生物という領域に足を踏み入れている彼らだったが、ここにいる全ての魔族が脂汗を流し小刻みに震えている。命知らずの魔族が、まるで何かを怖れているかのような姿は、普通の人間が見たら首を捻ったかも知れない。
 だが、ここにいる存在を見たらそれも当然と納得することだろう。

 巨大な十字架がそびえ立つ聖堂の奥にて、壁に背をもたれかけさせて立っている一人の少女。
 動きやすい男物の服を着た小柄な姿。他の魔族がいる分、彼女がここにいるのがとてつもなく場違いな印象を受ける。血で染めたと勘違いする真っ赤な彩り。背は恐らくこの聖堂のなかでもっとも低い。服と同色の燃え上がらんばかりの紅の長い髪。乱雑にそれを首の辺りでゴムで軽く縛っているだけ。
 さらには彼女の額から目元までかけて黒い包帯で幾度も覆っている。そのせいで彼女の顔で見えるのは、鼻と口のみ。それだというのに、何故か魅了される独特の雰囲気を発していた。

 両腕を組んで、トントンと石畳をリズムを取るように足で軽く叩いている少女に、魔族達は音が鳴るたびにビクンと身体を震わせる様は滑稽とも映っただろう。
 しかし、例えそう思われたのだとしても魔族たちは生きた心地がしなかった。目の前の小さな少女は、ここにいる全ての魔族が襲い掛かっても容易く殺しきってしまうだけの力を持つ頂点の中の頂点だということを骨身に染みて理解しているからだ。

「……遅いぞ、ヤクシャ(・・・・)
「テメェがはやすぎんだよ、俺は時間通りにきただろうが」

 少女の凛とした声が聖堂の空気を震わせる。
 再びビクンと身体をすくませた魔族達を嘲笑うように聖堂の入り口から大股で入ってきたのは小柄な少女とは対照的に三メートル近くはある大男だった。
 上半身は裸で、辛うじて下半身を包んでいるズボンを着ているのみ。隆起した筋肉が見るだけで、彼の肉体によって生み出される破壊の鉄槌の威力を想像させてくる。伸び放題の乱れ髪の隙間から、二本の巨大な捩れ曲がった角が天を突かんと自己主張していた。
 ガリガリっと頭をかきながら、ヤクシャと呼ばれた大男は左右に跪いている魔族に一瞥もくれずに少女の元まで歩み寄ると、傍にあった長い机に腰を降ろした。しかしながら、彼は見かけどおりの巨体。ミシミシと机は音をたてて今にも壊れそうになっている。

「俺様のことより、他の二人の方に文句を言ってやれよ。遅刻しているのはあいつら(・・・・)じゃねぇか」
「……いや、どうやら全員揃ったようだ」
「あん? って、ああ……そうみたいだな」

 少女とヤクシャの視線が、十字架へと向けられる。
 何時の間にいたのか、巨大な十字架の影に隠れるようにして、黒いフードを被った何かが佇んでいた。
 全身を包む黒いローブもあわさって、男か女かもわからない。フードの隙間から見える顔には、白銀に輝く不気味な笑顔が刻み込まれた仮面しか見えなかった。

「……遅くなった」
「いや。構わんよ、ザリチュ(・・・・)。遅刻ではない」

 少女やヤクシャにも気配を感じさせずにこの場に現れた仮面の人物は、老人のようなしゃがれた声で遅参を詫びたが、少女は必要ないと言わんばかりに肩をすくめた。
 自分の時は遅いと言ったくせに、この対応の違いは何故だとヤクシャは眉を顰める。

「―――最後は、お前(・・)だぞ、パズズ(・・・)」 

 少女が天井を見上げ、凛とした透き通る声で言い放つ。
 それを合図として、大聖堂全体を揺るがす大地震が引き起こされた。
 膨れ上がる大魔法力に、恐怖でその場に跪くことしかできない魔族を置き去りに、翠の発光がこの場にいる全ての生物の視界を覆い尽くす。次いで、翠の閃光が大聖堂の天井部分の端から端を平行に貫いていった。

 翠の光がおさまったあとに見上げる少女の目に映るのは、雨雲に覆われた太陽が隠された暗い天空。
 百メートルを容易く超える大聖堂の天井を根こそぎ消し飛ばした張本人が、見上げる者達の視線の先にいた。

 それを表現するのは難しい。何故ならば、異形としかいいようがないからだ。
 瞳を赤く輝かせ、狂暴に見える獅子の頭。巨大な牙がそれの口から幾つも見える。同じく獅子の如き分厚い腕。さらには鷲の足を持ち、信じられないほど大きな四枚の翼を持ち、腰の辺りからはサソリの尾が生え、空中でぶらぶらと揺れている。
 様々な獣を人と合成したらこのような化け物になるのだろうか。体長自体もこの場にいる者でもっとも大きく、十メートルを軽く超えているだろう。


「クカカカカカ、悪いなぁ。ワシの巨体ではそこに入りきらんのでな。少々派手にやらせてもらったぞ」


 パズズと呼ばれた怪物は言葉を理解するとは思えない風貌だが、意外にも流暢に人語を発するあたり見かけとの差が激しく感じられる。
 バサバサっと二対の巨大な翼が空気を掻き分け、それの余波が大聖堂に突風をまきこす。人など簡単に吹き飛ばすことが可能な強さの風を受けながら、少女もヤクシャもザリチュも特に意に介することなくその場に止まっていた。
 いや、少女だけは風によって吹き上げられた砂塵に不快を感じたのか、黒い包帯に包まれていない鼻と口を手で塞いだ。

「……言いたい事は山ほどあるが、もういい。これで漸く全員が揃ったな」

 少女は不快感を隠そうともせずに、ふんっと鼻を鳴らすともたれていた壁から数歩前に出て、パズズ、ザリチュ、ヤクシャの順に顔を向ける。

「といっても、別に話し合うことなんざありゃしねぇだろ?」

 獰猛な笑みを浮かべてヤクシャは哂う。

「……我らのすることは一つだけ」

 仮面を被ったザリチュは、淡々と語る。

「ああ、そうだ。なんといっても女神の奴のお墨付きだ。もう我慢する必要はない」

 パズズの獅子の貌が歪む。
 それが哂っているということを、この場にいる者達は知っている。


 北の魔王ヤクシャ。
 西の魔王ザリチュ。
 東の魔王パズズ。


 第一級危険生物である生きた天災三体が高らかに哂いながら、視線を少女へと向ける。
 三体から凝視された少女は、余裕の態度を決して崩すことは無く、顔に巻かれている黒い包帯をシュルリっと外す。
 次第に明らかになっていく少女の素顔。やがて遂にさらされた少女の顔は、とてつもなく美しかった。あらゆる異性や同性の目を惹き付ける魔性の美貌。誰もが魅了されるに違いない素顔が明らかになったと言うのに、三体の魔王以外は頭を垂れて決して彼女の顔を見ようとしなかった。
 これまで以上の恐怖で身体をガクガクと揺らしている魔族達。

 何故そこまで怖れるのか。
 その原因は一つだけ美貌の少女の額には、人間には無いはずのものがあった。
 爛々と輝く真紅の瞳の眼。第三の目が、これから起きる出来事を予期して喜悦を滲ませていた。

「ああ。そうだ。オレ達と人間達の全面戦争と行こうじゃないか」

 そうして静かに語るのは、黒い包帯を解いた少女。
 南大陸の南方を支配する魔眼の王。獄炎の魔女と互角に渡り合った煉獄の少女デッドエンドアイ。














 南大陸に存在する四体の魔王が、幻想大陸全てを蹂躙するために進撃を開始する。 

 














 




三ヶ月近く放置して申し訳ありません。
ちょっと勤めていた会社があれであれであれになってしまいまして。
新しい職場にも少しずつ慣れてきましたので、出来れば週一でも投稿を再開させていきたいと思います(思うだけですが
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