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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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五十五章 休息2








「ねぇねぇ、剣士殿。温泉だってさぁー、温泉。入りにいこうよ」
「あー、そうだな。俺としても、なかなか興味が惹かれる話なんだが……」
「―――なんだが?」
「一応ディーテとアトリを誘ってからだな。意外とあいつらは風呂好きだしな」

 温泉という情報を聞いて、キョウの腕を引っ張るナインテールを宥めつつ、宿泊している宿へと一旦帰還する。そのついでに宿の主にもう一人分の宿泊料金を支払っておくことを忘れない。
 宿の主からまた小さい娘が増えたな、的な視線を向けられたが気にも留めずに借りている二階の部屋の前まで行くと、念のためドアを軽く叩く。

「……入っていいよ」

 若干眠そうなアトリの声が中から聞こえ、扉をあけてみれば、ベッドの上でごろごろしているディーティニアとアトリの姿があった。
 ようやく布団に包まることをやめたディーティニアに、これで明日には出発できるかとキョウは内心で安堵する。
 そんなほっとしている彼のことは露知らず、ベッドで寝転がっている二人の視線が、キョウに引っ付いているナインテールへと突き刺さった。
 彼女らは、咄嗟にベッドの上に立ち上がりどのような対応も取れるようにしながらも、金色の狐耳族から眼を逸らさず凝視している。

 アトリは、得体の知れない怪物を見るような眼で。
 ディーティニアは、戸惑ったのは一瞬で、その後すぐに眉を顰めていた。
 獄炎の魔女の表情で、自分のことを思い出したと確信したナインテールが朗らかな笑みを浮かべつつヒラヒラと手をふる。

「やっほー、ディーティニア。元気だった? 八百年とちょいとぶりかな?」
「……まさかとは思ったがお主か、九尾よ。全く変わっておらぬのぅ」
「まぁねぇ。でも変わっていないというのなら、キミも相当だと思うけど」
「ワ、ワシは女神の呪いにかかっておるから仕方ないのじゃ……」
「呪いかけられる前から、キミはその姿で成長止まってたじゃん」
「―――うぐっ」

 痛いところを突かれたディーティニアは胸を押さえながらベッドに崩れ落ちる。
 この幻想大陸に封じ込められてからおよそ八百年。現在生き残っている存在で、アナザーにいた頃からの唯一の付き合いがある人物の登場に流石のディーティニアもやり難そうであった。
 言ってしまえば、ナインテールは獄炎の魔女の黒歴史をある程度知っているからだ。

 まさかここまで早く合流してくるとは予想していなかったディーティニアが、頭悩ませていると―――。

「……ディーテ。誰、この化け物」

 ディーティニアの背後に隠れるように移動したアトリが、服をくいくいと引っ張る。
 ナインテールの異常性を一目で気づいたのか、見た目幼女の姿にも騙されることは無く、睨みつける視線は鋭い。
 そんな視線を全く気にもせず、ディーティニアが返答するよりも早く、アトリの前に跳躍一つで辿り着くと、笑顔のまま右手を差し出す。 

「初めまして。僕はナインテール。キミ達が王位種と呼ぶ超越存在の一体さ」
「―――幻獣王?」
「そうとも呼ばれているねぇ。でも、安心して良いよ。僕はキミ達と敵対するつもりは全くないから」

 まさかの王位種。しかも魔獣王種でも最強と謳われる怪物の登場に、話は前もって聞かされていたものの脳の処理が追いつかないのか、アトリはナインテールの顔と右腕を暫く交互に眺めていた。
 やがて彼女の視線が、扉付近にいるキョウと交錯する。それにキョウは、こくんっと軽く頷いて答えると―――アトリは、納得したのかナインテールの右手に自分の掌を重ねた。
 ギュっと互いに軽く力を入れて握手を交わして、数秒。

「よろしく、ナインちゃん」
「……そんな呼び方をされたのは初めてかな。でも悪くないかもねぇ」

 無表情なアトリと、ころころと表情が変わるナインテール。
 対照的な二人であるが、特にいがみ合う事もないようで、キョウは面倒なことにならなくて良かったと胸を撫で下ろす。
 この三人で喧嘩でもし始めたら、止めるのも一苦労だ。下手をしたら命に関わる上に、間違いなくこの周辺は更地になってしまうだろう。

「ああ、それでだ。この町の外れに温泉があるらしいが、お前らはどうする? 俺とナインテ……ナインは行くが」
「なに、温泉!? ワシは行くぞ!! さっぱりと汗を流したい気分じゃからのぅ」
「……一眠りしたし。私もいく」
「よし、じゃあ―――全員で行くか」

 ディーティニアの異常な食いつきの良さに驚きつつ、アトリまで同行するのはキョウにとって多少予想外だったが、不都合が生じるわけでもないので、宿から出ると軽食堂のウェイトレスに教えられた場所までゆっくりと散歩がてら向かう四人。
 小さな町ではあるが意外と町外れまでは遠く、十数分の時間を費やして目的地に到着。
 建設されてからそこまで月日が流れていないのか、綺麗な建物の暖簾を潜り、男女で入り口が分かれる手前で人数分の料金を支払った。
 一人当たり小金貨二枚。決して安くない価格だったが、ここまで来て入浴せずに帰るのも馬鹿らしい。
 それにアトリはともかくとして、ナインテールとディーティニアは絶対入って帰るぞ、というオーラを発していたため、もはや引くことはできなかった。

 ディーティニア達三人が脱衣所に入ると、入浴客で一杯―――ということはなく、彼女達三人以外に他の客が見当たらない。
 それを不思議に思う三人だったが、客が少ないのはある意味当然だった。
 小金貨二枚という価格は決して安くはない。自分の家に風呂があるものも少なくなく、もっと手軽の値段で入れる風呂屋もある。この温泉はあくまで、旅行者へ対する町の名物ということで開店していたのだ。しかし、旅行者が全て利用するかといえばそうでもなく、客が少ないのも仕方のないことだった。 

 三人ともがそれぞれの服を脱ぎ、タオルで裸体の前を隠しながら脱衣所から外に出る。

 脱衣所が空だったのと同様に、外にも人の気配は感じられなかった。いや、大きなついたてを挟んで男風呂の方に一つ気配を感じるが、これは間違いなくキョウである。
 女風呂の方はというと、巨大な岩風呂。それこそ数十人が入浴しても問題がない大きさだ。

 夜天の空には、眩いほどの星々が煌いていた。
 その中で一際大きい満月が、優しい光で地上を満たす。
 月の光を浴びつつ、ごつごつとして濡れた石畳を歩く三人の少女と幼女。

 三人が三人とも、女性としての身体的な起伏さは感じられない。
 しかしながら、全員が白磁のような白い肌とでも言えば良いのか、人の目を惹き付ける綺麗な肌の色をしていた。とても戦いの中で生きる女性とは思えない姿だ。
 そんな三人のうちディーティニアとナインテールは特に胸が膨らんでいるのかどうかさえ、怪しい段階である。
 その一方、アトリは辛うじてだが―――本当に極僅かな差でしかないが、小さく膨らんでいることに二人が気づいた。
 それに気がついた二人はまじまじとアトリの白く美しい胸元を凝視。じーと効果音が響いてきそうな注目度だ。
 強いて言うならば、貧乳のアトリ。微乳のディーティニア。虚乳のナインテールといったところか。

 同性とはいえ、そこまで見られるのも恥ずかしいはずなのだが、当の本人であるアトリは自分の胸、ディーティニア、ナインテールの胸へと視線を移動。

「……ふっ」
「何か言われるより、腹が立つのぅ!?」
「ま、まぁまぁ」

 鼻で笑われたディーティニアは肩をいからせるが、そんな彼女を宥めるのがナインテールだ。
 彼女は特に怒るでもなく、今にも飛び掛りそうな獄炎の魔女とアトリの間に割って入って苦笑していた。

「悲観することはないよ、ディーティニア。僕達には僕達の良さがあるのさぁ」

 ナインテールは自分の真っ平らな胸に手をあてて、言葉通り全く気にも留めず自信満々に言い放った。
 遥か太古の昔に狐耳族に対して胸が大きくならない呪いをかけた張本人とは思えないような発言だ。それを知らないディーティニアは、古い知り合いの威風堂々とした姿に不覚にも感動を覚えていた。
 幻獣王は、ディーティニアが落ち着いたのを確認、二人の間で仁王立ちで構える。ナインテールは自分の肉体に自信を持っているのかタオルで一切身体を隠そうとせずに、両腕を組んでその場で佇んでいた。

 確かに、彼女が隠そうとしない理由がわかる。
 白い肌に、満月の光を浴びてより強く輝く金色の髪。通常のツインテールは、風呂に入るために髪を下ろしているが、腰近くまで伸びた髪が夜風にさらさらと音をたてている。ピンっと天空に向けて立つ狐耳。たなびく九本の黄金の尻尾。
 膨らんでいないが、それでも人の視線を引き寄せる乳房。産毛も見られないつるつるとした赤ん坊のような肉体。
 その幼い身体。白い大平原から匂い立つ犯罪臭。人を間違った道へと導く禁断の果実。貪りたくなる甘い体臭を漂わせて、ナインテールは男も女も魅了する危うい色香を纏っていた。

 しかし、生憎とここにいるディーティニアとアトリは魅了されるわけもなく、掛け湯をして温泉に浸かる。
 程よい熱さの湯に肩まで浸かって、三人揃って肺の中の空気を搾り出すように吐き出した。

「ふぁ……気持ちいいのぅ」
「……ん」
「うん、いいねぇ。僕の家の裏手にもあったんだけど、一人で入るより気持ち良いよ」

 三人ともが、顔を赤くしてゆったりと岩に背をもたれかかって、彼女らは数日ぶりの入浴を満喫していた。
 ディーティニアとアトリにとっては、プラダの街からここまで軽く身体を拭く程度しかできなかったからだ。旅をしている以上貴重な水はそう多くは使用できない。ナインテールも、キョウの匂いを辿ってここまでくるのに水浴び一つできなかったのだから、今回のウェイトレスからの情報はまさに渡りに船。

 年頃の娘―――数百年を軽く超える彼女達をそう呼んで良いのか不明だが―――色々と気になっていたことも多い。
 特にキョウに汗臭い、と度々言われるディーティニアからしてみれば死活問題だ。
 実際には口だけで、気にした素振りを見せないが、それはそれ。乙女心というものは複雑なのである。

「さて。それじゃあ、行こうかぁ」
「……どこに行く? もうあがるのかのぅ?」
「え? 決まってるじゃないか。覗きだけど」
「そうか。覗きなら仕方な―――ちょっと待たぬか」

 湯からあがったナインテールが男湯との境目を分け隔てている数メートルの高さのついたての方向へと、歩き出そうとしていた彼女の肩を掴んで止めたのはディーティニアだった。
 アトリは我関せずという様子で、頭に畳んだタオルを乗せて気持ち良さそうに浸かりっぱなしだ。
 掴まれた肩の骨がミシミシと音をたてていることに、アトリは第三者ながら気づいていたが、怪物二人の間に割って入る勇気はない。

「覗きとはどういう了見なのじゃ、お主」
「いやだなぁ。知ってるかい、ディーティニア? 温泉に来たらまずは覗きをしないと駄目なんだよ」
「……一体誰を覗きに行く気なのだ?」
「え? 勿論、剣士殿だけど。知らない男を覗きたいの、キミ? 別に僕は止めないけど」
「誰が覗くか!! い、いや……決してキョウを覗きたくないと言ったわけじゃないぞ?」
「うん、わかってるわかってる。ねぇ、ディーティニア……?」
「な、なんじゃ?」

 狩猟者のような鋭い目線が、きらりっと光る。
 ナインテールはまるで人間を誘惑する悪魔のように、薄く笑う。

「良く考えるんだ、ディーティニア。このついたて一枚挟んだ向こう側に剣士殿がいるんだよ? 服一枚、ううん。下着一枚着ていない生まれたままの姿でねぇ?」

 ごくりっとディーティニアは、何時の間にか口にたまっていた唾液を飲み込んでいた。
 凶悪に輝いていた金色の瞳から、視線を逸らすことができない。
 得体の知れない圧迫感を瞳を通じて叩き込まれてくる。

「ここで覗かないと女がすたるよ? さぁ、行こう。ディーティニア。目眩めく桃源郷へ。僕がキミの水先案内人となろうじゃないかぁ」

 肩からディーティニアの手を外したナインテールが、手を差し出してくる。
 その手を見つめていた魔女は―――しばらく悩んでいたが、ついに決断を下す。
 ナインテールの手を力強く握り締めると、白い裸体を夜風にさらしながら、岩風呂のすぐ傍にあるついたての前に二人して並んで立った。
 白く小さな可愛らしい尻が二つ。温泉に浸かっているアトリは、二人の無駄なことに熱くなっている馬鹿らしい姿を眺めながら、満月を見上げる。

 ―――馬鹿が二人。

 深い深い。それはもう深すぎるため息をついたアトリとは逆に、やる気を燃え上がらせる二人。

「良いかい。僕の身体能力を持ってすればこれくらいのついたて飛び越えるのは容易いからさ。しっかりと僕にしがみ付いているんだよ?」
「うむ。任せたぞ、我が盟友」

 ディーティニアは何時の間にか盟友にランクアップしていたナインテールの首に手を回す。
 九尾の狐は、そんな彼女を片手で抱えると身体を沈ませ―――地面を蹴りつけ跳躍。
 人間を遥かに超える跳躍を示してついたての頂点へと、着地。
 男湯を見下ろそうとしたその瞬間―――二人の視界一杯に広がる大きな桶。
 二つの桶がゴンっと勢いよくディーティニアとナインテールの額に直撃。
 その衝撃で、ついたての上からバランスが崩れた二人が、そのまま後ろへと倒れこみ、女湯の岩風呂の中へと墜落していった。
 ザッパーンとあがる音と水飛沫。
 ぷかぷかと温泉に浮かぶ二人の水死体。

「……丸聞こえだ、阿呆」

 男湯の岩風呂に浸かりながら、用意していた桶を投げつけたキョウは、二人に呆れつつ凝り固まっている肩をほぐす。
 久々となる温泉に、自然と緊張していた雰囲気まで解けていくようだった。
 キョウは温泉は実は結構な頻度で入っていたことがある。アナザーにいた頃だが、東方を拠点としていた時代。アールマティとともにかなりの頻度で温泉巡りをしていたからだ。

 湯に浸かっているキョウは、妖精のような姿の三人とは異なり、全身が傷だらけである。
 腕。肩。胸。腹部。太股。両足。その他。傷がない箇所を探す方が難しい。
 まだまだ未熟だった時代に刻まれた傷ばかりで、これを見るたびに初心に帰ることが出来ることを有り難く思っていた。
 もっとも八割近くが《操血》に傷つけられた痕ばかりなのだが。

 顔を湯で洗っていると、顎から伸びた無精髭がじょりじょりと手に感触を残す。
 宿に帰る前に剃っておくかと考えるも、温泉の魔力がキョウを湯から出るのを引き止めていた。 

 ふぅっと息をつくと同時にガラっと男湯と脱衣所を隔てている硝子戸が開き、新たな入浴者が一人。 
 特に意識せずに、そちらに目をやったキョウの身体が凍りついたように固まった。

 キョウとは対照的に小柄で華奢な身体。
 艶やかな短い桃色の髪。顔も整っており、可愛らしいと表現するしかない。
 くりくりと大きな目が空の満月を見上げ、薄く細まった。
 身体の前部分を白いタオルで隠し、ぺたぺたと僅かに濡れた道を歩きながら岩風呂へと近づいてくる。

 岩風呂まで近づくと、白魚のような手でお湯の温度を確認して―――そこで、少女はお湯に浸かっているキョウと視線が交錯した。
 何故男湯に女性が、とか。騒がれる、と考えたキョウの反応を裏切るように、少女は穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。

「こんばんは。失礼しますね」
「―――あ、ああ。こんばんは」

 冷静に挨拶をしてくる桃色髪の少女は、前半分を隠していたタオルを何の躊躇いもなく外そうとして、キョウは視線を逸らす。
 チャプンっと湯に入る音がして、波紋が岩風呂に広がっていく。

「はぁ……ん……」

 何やら艶かしい声をあげる少女に反応に困るのキョウだったが、そんな彼の反応にクスクスっと笑みを溢す。
 まるでキョウの行動が予想通りだったと言わんばかりの様子だ。

「勘違いしているかもしれませんが、うちは男ですよ?」
「……なっ」

 爆弾発言を投下した少女―――いや、少年に驚きつつもキョウが視線を向けなおす。
 湯にタオルをつけるのはマナー違反ということを知っているのか、外したタオルを傍の岩にかけていたが、成る程彼の言うとおり―――確かに彼は性別的には男であることを確認できた。
 下手な女性より色っぽいことは多少問題だが、それならば焦る必要もないことに若干の安堵を抱く。

「気持ちいいですね。やっぱり温泉は最高です」
「ああ、そうだな。風呂とは違うが、心が安らぐようだ」
「ふふ。そうですね。うちは何度か此処来ているんですが、貴方と会うのは初めてです。旅の方ですか?」
「ん、その通りだな。昨日この町に到着したばかりだ。明日にはもう出立するだろうが」
「あら、残念。折角出会えたのに残念だね」

 じわじわと近づいてくる少年は、キョウの傷だらけの肉体を見ても驚く様子を少しも見せない。
 それに若干の警戒をしつつも、少年から感じられる気配はあくまで人間のもの。
 不意をつかれようが幾らでも対処の仕様があると判断して、湯からあがることもなく少年と会話を続けることにした。

「あ、そうだ。名前も名乗っていなかったね、失礼。うちの名前はマリナ。宜しくね」
「俺は、キョウ。キョウ=スメラギ。好きな方で呼んでくれ」
「あれ、苗字があるなんて珍しいね。もしかして送り人の関係?」
「ああ。結構前にアナザーからこっちにな」
「なるほど。ずっと東大陸に住んでるの?」
「いいや、北大陸から東大陸へ来てしばらくたったな。次は恐らく中央大陸へ行く予定だ」
「いいなぁ。旅して回ってるんだ」

 何が楽しいのか、にこにこと満面の笑顔を浮かべて話しかけてくるマリナが不思議で仕方がないキョウだった。
 この肉体の傷を見て、ここまで平然としていられる相手は久々だったからだ。

「君は、この町の人間なのか?」
「ううん。ちょっと湯治にね、先日からお世話になってるんだよ」
「湯治? どこか悪くしているのか? 失礼ながらあまりそうは見えないが……」

 キョウの指摘通り、マリナは身体を悪くしているようには到底見えない。
 もっとも病気関係ならば流石のキョウもお手上げとなるが。

 白かった肌が、お湯で温められ桃色に染まっている。
 うなじが奇妙な色っぽさを醸しだしていた。

「色々とあってね。うちの同僚四人に裏切られて、仕事なくしちゃったんだ。本当に困ったもので、その心の傷を癒すために東大陸へきたんだ。たまたま立ち寄ったこの町で温泉を見つけてね。もう一週間は逗留してるかな」
「それは見かけによらず苦労しているんだな。まぁ、今はゆっくりと傷を癒せば良いさ」
「うん、有難う。優しいね、キョウ君は」

 何故ここまで無条件で好意らしき感情を向けてくるのかわからないが、マリナは本当に楽しそうに笑っている。
 話し上手で聞き上手な彼のおかげか、キョウも様々なことを口に出し、多くのことを語り合った。

 キョウが旅のことを話していると、既に一時間近くが経過していることに気づく。
 女風呂の気配は三つともが脱衣所に移動しており、温泉からあがってしまっていたようだ。

「すまん。長話に付き合わせてしまった」
「ううん。とても楽しかったよ。もっと話していたいくらいだったかな」
「そう言って貰えたら助かる。俺も楽しかった。また縁があれば会えると良いな」

 これ以上は三人を待たせてしまうと考えたキョウも、岩風呂からあがるとマリナに謝罪と感謝を口に出す。
 それに嫌な顔一つせず、相変わらずの笑顔で脱衣所へと向かうキョウを視線で見送りながら―――。

「―――うん。会えるよ。だってそういう運命だからさ」

 満面の笑顔。
 だが、口元だけを歪ませて―――マリナは静かにキョウの後姿を見送っていた。
















最近一話あたりの文字数も少なくなって、余裕もありませんので。
どこかで一旦毎日投稿をストップさせていただきます。
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