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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

一部 邂逅編

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五章   獄炎の魔女と七つの人災2




「くっふっはっは。怪物め、化け物め!! お主本当に人間、か? 【七剣】さえも可愛く見えるぞ」

 言葉は厳しく。されど、込められている感情は歓喜。
 表情を変えない銀髪の魔女は、虚ろに笑う。対するキョウもまた、これまでの彼とは違った。
 刀を抜いた途端、まるで別人。この場から逃げ出したくなるほどの血臭を漂わせて、軽く腰を落として立っている。
 感情が一気に削げ落とされた表情で、ゆらりと亡霊のように身体全体が瞬いた。

「―――っ爆炎の火球(フレイムボール)!!」

 まずいっと頭に響く危険信号。
 間合いを詰めさせたら終わると判断して、キョウが随分と離れていながらディーティニアはさらに大きく間合いをとった。
 それと同時に杖の先から小さな火球が精製される。小さいのは一瞬で、瞬く間に巨大な火弾へと膨れ上がった。
 それを砲弾のように前方へと打ち抜く。これまでのように、キョウの動きを見極めると言った余裕は微塵たりとも存在していない。こちらも全力を出さねば、間違いなく殺されるのは自分の方だと、確信を得る。

 飛来した火弾に反応したキョウは軽々とそれを避けるも、避けた瞬間にその空間が破裂した。弾を形作っていた火が外部に放出。周囲一帯を飲み込み破壊する。しかし、肝心の剣士は既にそこから姿を消してた。火弾が爆発する前、その脅威に瞬時に気づいたキョウは、瞬速で離脱していたのだ。自分から横へと飛び、押し寄せる衝撃を最小限に。だが、その爆風はキョウの体勢を崩しつつ数メートルも弾き飛ばす。 

 砂浜を転がりながら、即座に立ち上がる。破裂した空間は無残なものだ。小さなクレーターが出来ているのを視界の端で捕らえた。砂埃と煙が舞い上がる最中、赤銅色の閃光が瞬き向かってくる。
 歯を食いしばりながら既に回避行動を取っていたキョウの真横を一瞬で通り過ぎる。後方の海へと着弾し、水が蒸発する音を残し、消え去った。

 逃げる方向を予測してたのか、キョウが誘導されたのか。周囲の煙がおさまったそこには、真っ直ぐにキョウを見据えているディーティニアの姿があった。パチンと弾ける音が周囲に響き、彼女の後方に出現する炎の矢。一本や二本ではない。数えるのも億劫な、数十本という信じがたい数だった。

炎天の雨(フレイムレイン)

 ハッと乾いた呼吸が口から自然と漏れる。それを合図に降り注ぐ炎の雨。逃げる場所は存在しない。四方八方から間断なく落ちてくる。逃げ道は全てが防がれた。 
 キョウも回避不可能ということに即座に気づき、顔を顰めたのと同時に刀を正眼に構えた。短く、鋭く、静かに。一拍の深呼吸。

 炎の雨が流星群のようにキョウに襲い掛かった。一本一本が白浜を削り、陥没させる。尋常ではない、炎爆の嵐。
 その炎の矢は並の危険生物ならば一撃で絶命する破壊力を持っている。そして、避けることは難しい広範囲に渡っての魔法。相手を確実にしとめる彼女が強敵に対して多様する得意技だ。

 さぁ、どう潜り抜ける。そんな思いを視線に乗せたディーティニアの前方にて、刀が舞った。

 五感全てを活発化。キョウ自身にどの矢が迫ってくるのが一番速いのかを瞬時に理解。荒れ狂う炎の矢嵐を潜り抜ける。絶対不可避と思われたその魔法を前にして、キョウが動く。
 数は多いが殆どが逃げ場所を塞ぐために放たれたものだ。キョウへと届く矢は実際の所少ない。狙い済ましたかのよう、最も攻撃が薄い箇所へ身体を潜り込ませた。そして―――。

 興味を乗せていたディーティニアの視線に驚愕が混じる。
 かわしたのならまだわかる。魔法で防いだのならまだわかる。耐え切ったのならまだわかる。

 だが、キョウはディーティニアの想像を遥かに超える。
 彼は迫りくる炎の矢を斬り落とした(・・・・・・)。   

 竜巻のようにあらゆるものを巻き込み、両断するかのような剣閃が、華麗にかつ冷酷な軌跡を残して、炎の矢を散らしてゆく。
 なんだそれはっと叫びたくなるのを辛うじて押さえ、炎天の雨(フレイムレイン)を潜り抜けたキョウへと次の一手を放つ。

炎の突風(フレイムウィンド)!!」

 耳をつんざく轟音。肌を焼く高熱の疾風。
 迫りくるキョウに向けて咄嗟に放った、熱を帯びる突風が強かに全身を強く打ち付ける。
 激しい風が彼の足を止めた。そして息を止める。下手に今呼吸をすれば、熱された酸素を取り込んで火傷を負う。

 その時ザシュと一際高く、杖の先が地面を叩く。そこを起点として地面に赤い魔方陣が浮かび上がる。それと対になるようにキョウの足元に浮かぶ同色の魔方陣。突風に飛ばされないようにと踏ん張っていたキョウは、今度はあっさりとその風に乗る。流されるように、風を利用しこの場から離脱した。
 まさに紙一重。魔方陣を中心に天高く燃え上がる爆炎。燃え上がった爆炎は天を貫き、その頂上を見せようとしない。

 幾ら中位魔法までしか使用していないとはいえ、その尽くをかわしきるキョウに戦慄を隠せずには居られないディーティニア。しかも、魔法の炎矢を空中で叩き落す技量。魔法で相殺、もしくは魔法の武器でならまだわかる。それらに一切頼らない彼の技量。
 女神の神罰から六度も逃げ延びたという意味をディーティニアはようやくわかってきた。

 魔方陣から後方へと逃れたキョウは、即座に地面を蹴りつける。
 未だ炎を吹き上げる魔方陣を迂回して、疾走してくる一人の剣士。ディーティニアは間合いを詰めさせないように距離を取ろうと背後にバックステップ。追って来るキョウに向かって炎の礫を放ち牽制する。その投擲された赤の礫を慌てるでもなく、刀を一振り。再度魔法を斬り捨てたキョウの神技に見惚れそうになる。いや、こんな戦闘中でなかったら何の惜しげもなく賞賛していたに違いない。

 だが、最初からディーティニアも火の礫が斬り捨てられることは予想していたのだろう。それはあくま牽制目的。地面を伝って炎が一筋チリチリと這って行っていた。上に注意を集中させ、本来の下からの攻撃の隠れ蓑としていたのだ。しかし、それであっさりと決着がつくならば当の昔に戦闘は終わっていたはずだ。そんなことを考えていたディーティニアの予想通り、下からの攻撃に気づいていたキョウは、刀を地面に振るおうとして―――ピタリと止める。とめると同時に、その場から大きく距離を取った。

 これも見抜くか……内心で舌打ち。キョウが逃げ出した丁度その時、地面が爆発。砂浜が激しい爆音を立てて炸裂する。二人の視界を包むように立ち上がる煙。

「―――はっ!! 見事、見事、見事!! よくぞそこまで避けきれるものじゃ!! よくぞそこまで見切れるものじゃ!! 認めよう、お主の技量!!」

 周囲に満ちる爆音が響く中で、高らかに響きわたるのはディーティニアの歓声。
 彼女が放つ魔法を防ぎ、かわし、危険性を見切る。言葉にだせば容易いことだが、それを実戦の最中にやってのける。
 魔法も使えない身でよくぞそこまで練り上げた、と彼女は歓喜に打ち震えていた。

 ―――なるほど、確かに目の前のこの男ならば女神の興を引けるのも納得がいく。

 戦闘中でありながら、余計なことを考えてしまう。
 もしもキョウとディーティニア以外の第三者がこの戦いを見ていたならば、剣士の防戦一方の戦いだと認識していたかもしれない。だが、それは違う。
 獄炎の魔女の魔法をここまで尽く無傷で避けきることが如何に困難ことか。そして、彼女の的確な魔法の連撃によってキョウの接近を防いでいるが、もしも一手でも魔法の構築を間違えていたならば―――既に戦いは彼女の敗北で終わっていただろう。

 身体の震えを抑え切れなくなってきた魔女は、氷の表情に薄く笑みを浮かべた。
 それは可憐な笑みだった。見惚れるような美しい笑みだった。

「お主の技量、まさに神技。ならば―――その次(・・・)を見させてもらうぞ」

 杖を真横に振る。炎の荒波(フレイムウェーブ)と聞き取れた魔法が発動される。
 横一直線にゆっくりとキョウへと迫っていく、海の波を連想させる炎の荒波。
 確かに範囲は広いが、速度は遅い。こんな魔法に当たるものかと、首を傾げる。何の意味もなくディーティニアが魔法を使用するとは考え難い。
 その時―――。

 ピチャリっと水音がした。
 雨が降ったのかっと感じたが、空は橙色に色づいているだけ。海の波が届くほど近くには居ない。
 ならば何故っと疑問を抱いたキョウだったが、その水気を手の甲で拭って気づいた。

 そのぬめりは、何時の間にかかいていた汗。
 炎の荒波(フレイムウェーブ)の影響ではない。それよりももっと恐ろしい何か(・・)が、炎の波の向こうで暴れ狂っている。ごうごうっと音をあげる炎波の彼方―――そちらから天使の歌声と聞き間違えるような詠唱が響く。

「燃えよ、燃えよ、燃えよ。終局へと導く蒼炎の千手。湧き上がり、混沌へと導く煉獄から召喚されし黒き炎脈。全ての闇を導き照らす、終炎の光。森羅万象遍く滅ぼす、棺を掲げよ」

 ―――これは、まずい(・・・・・・・)

 キョウの生存本能が。第六感が。覆しようのない、死の匂いを嗅ぎ分ける。
 絶望を体現する炎の支配者が、その片鱗をようやく垣間見せてきた。
 これまで戦ってきた相手など比較にはならず。七つの人災―――彼と同格(・・)である他の五人(・・)は言うに及ばず。
 あまりにも他を圧倒した大魔法使いを名乗るに相応しい、幻想大陸最高の魔女が朗々と謳う。

「灼熱の女王。世界を構成する万象の理。戦乱と争乱を制圧し、四界を正せ。我が名において―――終焉を告げよ」

 炎の荒波が消え、視界がクリアに広がっていく。
 そこには一人の小さな魔女がいるだけだ。それ以外に何もない。
 だが、笑うしかない。その魔女から放たれる気配は―――かつて手痛い敗北を喫した、七つの人災最強(・・)。【操血】の名を戴く(化け物)にも匹敵していた。

 じわりっと蜃気楼のようにディーティニアの身体が揺らぐ。瞬間、爆音をあげながら渦巻き出現する炎の龍。
 ぐるぐると、魔女の身体を覆い隠すように天空へと駆け上っていく。一切の余分がない、純粋な真紅。灼熱に燃え上がる巨大な体躯を捩じらせて、炎龍が宙に浮いている。

 遠く離れていると言うのに、ぽたりぽたりと汗が止まらない。珠のような汗が、額から滴り落ちて、白浜に吸い込まれていく。

「―――さぁ、これは避けることは出来ぬぞ。神をも傷つけたその()で、越えてみせよ我が魔法」

 杖をピタリと空中に止め、一息。

終焉の終炎(イグニート・ゼロ)

 それは、獄炎の魔女のみが使える火属性の高位魔法―――を、超えた(・・・)、王位魔法と呼ばれる奇跡。
 幻想大陸とアナザーを含み、魔法を伝えられてから幾星霜。誰一人として到達できていない、火属性の超越領域。ディーティニアの奥の手とされる魔法の一つ(・・)だ。
 かつてエレクシルと戦った際に、彼女の初撃を相殺(・・)するにまで至った、人の世界にあってはならない絶対絶殺を為すことが可能な大魔法。

 大地を揺るがす震動とともに、紅蓮の炎が巻き起こる。
 奔流と化した、炎龍が一直線に迫っていく。あらゆる存在を業火で焼き尽くしながら駆け抜ける姿は、死を告げる死神ながら美しく見えた。
 迸る赤光。燃え盛る深炎。荒れ狂う灼熱の牙。迫りくる極限の死。

「―――はっ。世界は、広いな」

 くっと口角を歪めたキョウは、刀を鞘に戻す。
 力を抜き、だらりと両腕を下げる。生を諦めたかのような姿に、眉を顰める。

 ディーティニアとて、キョウを殺そうと思って戦っているわけではない。
 彼の力を見たいが故に、ある程度の本気をだして戦っている。だが、このままではキョウは死ぬ。間違いなく、確実に、逃れようのない絶対の死が訪れる。

 ―――生を諦めるか。

 内心で僅かに失望を感じながら、銀髪の魔女は遠くのキョウの姿から視線を外そうとして―――。

「―――お前を斬るぞ(・・・・・・)

 外そうとしていた視線が止まった。いや、止めざるを得なかった。
 反射的に一歩後ろへと後退する。女神と戦って以来、久しく感じていなかった脅威が、今ここに来訪した。
 ディーティニアの白い白磁の肌から血の気が引き、さらに白く見える。キョウがディーティニアに感じた恐怖と等しいソレを、彼女もまた彼から感じながら口角を吊り上げた。
 まるで二人して合わせ鏡をみるかのような表情で、二人は死の一歩手前で笑い合う。
 彼女が放つ、王位魔法をも越える死を具現化した剣鬼が姿勢を低く、大地を駆けた。

 真正面から激突しあう、王位魔法と一人の剣士。
 誰がどう見ても結果は火を見るより明らかだ。あらゆるモノを塵も残さず焼き尽くす巨大な炎龍。家をも丸呑みにできそうなほどの口を大きく開ける。鋭利で長い牙が幾つも歪に並んだ、真っ赤な口内。
 その龍が、キョウの姿を丸呑みとし、遥か後方へと消えてゆく。
 終わった―――とは、ディーティニアは思わなかった。この程度で、キョウ=スメラギが終わるはずがないと確信を得ている。たかだが王位魔法如き(・・)で、どうにかなる相手ではない。

 シャラン。

 そんな綺麗な音がする。
 ディーティニアからしてみれば、遠く前方へと駆け抜けた炎龍が、ずるりと傾いた。
 それはまるで、ギガントタートルの出来事の再来を見ているかのようで―――。

 真っ二つに切り裂かれた王位魔法は、それでも威力を損なわずに、遠くの崖に激突。
 あっさりと崖をくり貫き、彼方へと消えてゆく。岩をも容易く焼失させる圧倒的な大火力。残された煙の中から飛び出してくる人影が一つ。
 身体のところどころを焼き焦がしたが、目だけは爛々としているキョウの姿だった。鞘におさめていた刀を抜き放ったのか、抜き身のそれを片手に持っていた。
 無傷とは言わないが、それでも見た限りの軽症で、ディーティニアの放った一撃を乗り越える。それは彼女の予想を遥かに上回る結果で―――。

 キョウは止まらない。
 刀が夕陽を反射して眩しく輝く。キョウの突撃は、怪我の影響もあって全速よりは劣るも、それでも速い。
 ディーティニアでは対抗できない超速度だ。もはや為す術がないのだろうか、とキョウは予想するも一抹の不安がよぎる。
 あれだけの魔法を使える彼女が、無抵抗というのは明らかに奇妙だ。それを肯定するかのように、獄炎の魔女は彼の想像を超える。キョウがディーティニアの予想を超えたように、魔女もまた更なる高みを見せようとしていた。

「―――連続魔法(ダブル)発動」

 囁いた力ある一言。
 それを合図として、肌を刺す熱風が巻き起こる。

 目を見張るキョウの先―――ディーティニアを守護するように終焉の終炎(イグニート・ゼロ)が、巨大な炎龍を形作り浮いていた。
 一切の詠唱もせず、大地の地形さえも変えかねない超魔法を発動させることなど絶対不可能だ。だが、実際には目の前でそれが起こされた。
 彼女の特異能力である詠唱破棄は、これだけの魔法をも無詠唱を可能とするのかと驚きを隠せなかった。
 しかし、同時におかしいとも感じる。ディーティニアが語った詠唱破棄は、中位魔法程度と語っていた筈である。これは明らかに中位魔法の枠を超えた魔法。無論、彼女が嘘を吐いていたといえばそれで終いの話ではあるが、この魔法の威力にだけは納得がいかない。如何に大魔法使いといえど、ここまでの能力は無いはずだ。

「ワシの特異能力は二つ(・・)詠唱破棄(ターンゼロ)連続魔法(ダブル)。能力は読んでのとおり、前回唱えた魔法を詠唱無しで、再現可能という代物じゃ。もっとも、流石に王位魔法二連撃は少し疲れるがのぅ」

 何でもないことのようにさらりと再びネタばらしをしたディーティニアは無表情な―――いや、既にそこには様々な感情が浮き出ている。
 驚愕、驚嘆、称賛、歓喜。それ以外に多くの感情が複雑に絡み合い、混濁していた。
 ここで止めるか、いや、止まれるはずがなかろうっと杖を握り締める。

 そんなディーティニア目掛けて、キョウは刀を鞘に再びおさめ、足を緩めず疾走した。
 まだくるかっと微笑んだ彼女もまた、杖を疾駆するキョウへと向けて―――。


「―――ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 獣の雄叫びが、ピタリと二人の動きを止めた。
 邪魔された二人は、その原因―――遥か海の彼方から飛来する生物に鬱陶しげに視線を向けた。
 豆粒ほどの大きさだったそれらは、あっという間に大きくなっていきその巨体を晒していく。

 空を翔るは、体長六メートルはある竜種。
 巨体を支えるのに相応しい、翼がバサバサとはためいている。鋭い眼光の瞳が眼下にいる二人の獲物を貫いていた。チロチロと口の中から赤い舌が伸縮している。緑色の肌と、大きな手足。その先から伸びる爪が、キラリと光った。尾は蛇のように長く、風に流されている。そんな翼竜があろうことか五体。

「……派手にやりすぎたようじゃな。飛竜(ワイバーン)。下位竜種に属する第五級危険生物じゃ」

 ふんっと不機嫌そうに語るディーティニアは空に浮かぶ五体の飛竜を睨みつける。
 それと―――と、海の方角へと視線を変える。

 それを見計らったかのように、海面が盛り上がった。
 大地を揺らす巨体が、四肢を踏みながら砂浜を歩いてくる。海から出現したのは、海水のように綺麗な蒼肌をした飛竜よりもさらに巨大な竜種。テカテカと海水で濡れているのは、肌を覆う竜鱗。
 飛竜の二倍はある巨躯。細長い首の上には、欲望に満ちた眼光鋭い竜の頭。恐竜を連想させる、人の理解を超えた怪物がまた一体歩み出てくる。

「あやつは水竜。中位竜種に属する第四級危険生物じゃな。お主は運がいいのぅ。まさか一日で第六級から第四級までの怪物を見れるなど……普通の人間ならば、一生かけねば達成できん偉業じゃぞ?」
「……喜んで良いのですかね?」
「うむ、素直に喜んでおけ」

 街一つを容易く壊滅させることができる怪物達を前にして二人は、はぁっとため息を吐いた。
 それは竜種を前にした絶望からではなく―――絶頂に達しようかという二人の戦いの邪魔をされたが故に。
 派手に戦っていたのが原因とはいえ、獣の空気の読めなさには文句の一つでも言いたくなる二人。
 極限にまで高められていた二人の精神は、一気に消化し、魔女と剣士は二人して肩を落とす。

「あー、どうするかのぅ。ワシが飛んでるトカゲを打ち落としておこう」
「では、俺はあのでかぶつのほうでいいですか」
「うむ。では、さくっと終わらせるかのぅ」
「―――はいはい」

 まるで散歩をするかのように気軽に声をかけあった二人は、今にも襲い掛からんとしている竜種達へと向かい合う。 
 ディーティニアは赤く燃え滾る杖を上空で浮かぶ飛竜達へと掲げ―――。

終焉の終炎(イグニート・ゼロ)

 この場に居るどんな存在よりも巨大な炎龍が、飛翔する。
 太陽の如き光を発し、解き放たれた魔力の爆炎が天空を覆い隠す。
 彼らの上位種である火竜さえも塵も残さず焼き殺す数千度に達する灼熱が、飛竜を飲み込み蹂躙した。
 断末魔をあげさせることもさせず。第五級危険生物に属する彼らは、抵抗さえもできずこの世界から細胞一つ残すこともなく消え去った。 

 その桁外れの威力に、水竜は呆けたように天空を見上げる。
 雲は全てが貫かれ、消し飛ばされて、綺麗な夕陽によって輝いている空だけが残っていた。

 そしてそれが―――中位竜種という絶対存在である筈の彼の致命的な隙となる。

 キョウは深呼吸を一つ。意識して身体全身のスイッチを入れた。ギシリと脳と肉体に重い負担がかかる。両手両足が鉛のような感覚をキョウは受けるも、それに全く注意は払わない。人間の持つ五感。それのあらゆる余分をこの一瞬で削ぎ落とす。削ぎ落とした結果―――一瞬間的にとはいえ人を超えた動きを可能とする。

 キョウ=スメラギには修得しているこれといった流派はない。
 戦場で剣を磨き、戦う相手の剣技を修得していった。つまりは彼の欲しいと思った剣技を戦場で奪い取ってきたのだ。それを独学で改善し、自分にもっとも相応しい形で血肉としていった。それを可能とするだけの才能がキョウには眠っていたからこそ、良い方向に働いたともいえる。

 故に彼は七つの人災に数えられたその時に、剣魔と称された。
 あらゆる流派の剣技を奪い取る剣に狂った魔。

 だが、キョウ自身はその呼び名とはまた別の名を気に入っていた。
 彼が唯一敗北した―――女神は例外として―――相手。それが七つの人災の一人。【操血】の名を冠する女。
 何度も戦い、時には共闘もし、それでも未だかつて勝利をつかめなかった戦闘者。

 そんな彼女はこう言った。

 『お前が剣の答えを識った時、私がお前を殺してやるよ』、と。

 剣の答えを識る―――即ち【識剣】。

 操血によって名付けられたその名を胸に秘め、識剣キョウ=スメラギは戦場に生き、戦場で育つ。



 識剣領域―――そう呼ぶ超越速度の世界へ突入したキョウは肉体を縛る枷を取り払う。
 人の出来る限界を超えた動きで、剣士は水竜へと飛び込んだ。
 あまりの破壊力に目を奪われていた水竜は、キョウの姿を視認することは不可能だった。いや、もし気づいていたとしても見えなかっただろう。そして、注意を払わなかったはずだ。たかが人間の剣士程度、如何ほどなものか、と。
 軽く跳躍。
 水竜の前足を蹴りつけ、駆け上がる。
 一際強く蹴りつけた反動で、宙へと飛び立つ。前に見るのは、首の周囲だけで軽く二メートルを超える太さの竜首。煌くのは青い竜鱗。



 そして―――抜刀。

 踏み込める大地はなにもない。
 不安定な状態からの、一閃。輝く銀閃が空間を断つように迸る。
 刃が竜鱗に食い込む。あらゆる武器も防ぎ、あらゆる魔法も弾き返す。

 第四級危険生物の中でも最悪の生物。
 中位竜種たる彼らを、そうたらしめている絶対防御の竜鱗を―――なんの抵抗もなく切り裂いた。

 見ていたディーティニアは、あまりの滑らかさに心を打たれた。
 美しい―――キョウが生涯かけて追求した斬閃は、それしか表現がしようがない。

 魔法を生涯かけて追求してきたディーティニアだからこそ、彼の剣を理解できた。

 チンっと刀を鞘に戻す音が聞こえ、魅入られていた魔女ははっと意識を取り戻す。
 砂浜に、華麗に着地したキョウが振り返り、ディーティニアの方角へと歩み寄ってくる。

 そんなキョウの姿を前にして、水竜は何の動きもしない。
 痛いほどの静寂が周囲を包む。聞こえるのは波が海岸に打ち寄せる音だけ。

 やがて、どさりっと地面に落ちたものがあった。
 それは水竜の頭。半ばから断ち切られた、巨大な竜の頭部が落ちた瞬間、地震を起こす。

 忘れていたのを思い出した血流が、切り裂かれた首からは噴水のように血が吹き出していた。
 そして、四肢を地面につけていた残された胴体も頭部を見習い、砂浜へと崩れ落ちる。

 残されたのは魔女と剣士。
 二人は数メートルの間合いを取ったまま、静かに睨みあう。
 暫く向かい合っていたこと十数秒―――どちらともなく、苦笑する。

「どうするんじゃ? まだ続けるかのぅ?」
「―――いえ。今回(・・)はこれくらいにしておきませんか?」

 停戦の申し出をするキョウに対して、ディーティニアも頷いた。

「うむ。次はお主の本気(・・)をみせて貰いたいものじゃな」
「ええ。次回は貴女の全力(・・)を体験させていただきます」

 そう言い合って、二人は破願した。
 今まで殺しあっていたことを忘れたかのように。
 今まで殺しあっていたことが些細なことのように。

 魔女と剣士は、夕陽の下で楽しそうに笑っていた。

    

 


 










 
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