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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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五十三章 南へ3

















 翌日、引き篭もっていたディーティニアもなんとか普段通りの彼女を取り戻すことが―――出来なかった。
 相当に自分の発言に精神的なダメージを受けていたのか、次の日の朝も布団から出てくることはなく、キョウ達としてもまさか置いていく訳にもいかずにもう一日滞在することを決定した。

 キョウとアトリは昨晩も食事を取った飯屋に足を運び、遅めの昼食を取っているところだ。
 そこまで大きくない町ということもあり、昼を多少過ぎた時間帯とはいえ、客はまばら。特に混雑している様子もなく、ゆっくりと食事をすることができた。
 味の方は、キョウ的には中の中。そこまで美味しいというわけでもないが、不味くもない。
 言ってしまえば普通の評価を下すことができる程度の食事処である。

 アトリは特に不平不満もなく、淡々と口に運んでいた。
 プラダの街からの付き合いしかないキョウだが、彼女はある程度の味さえ保っているのならば特に文句もなく食事を終えるということがわかった。
 今まで彼女が食事に関して不満を言ったことは一度もないが―――旅の途中の硬い干し肉にだけは嫌そうな顔をしていたことに気づいていた。

 昨日とは異なる料理を注文し、それらを適当につまんでいるキョウとは逆に、アトリは口一杯に食べ物を放り込みモゴモゴと咀嚼している。まるでリスを見ているようで、微笑ましくなってくるのだが、そんなキョウに首を軽くひねって、視線で何かあったのかと問いかけてきた。
 口にものをいれたまま喋らない分、まだ行儀が良いのかもしれない。

「いや、気にするな。なんでもない」

 こくんっと首を縦に振って答えとすると、アトリは食事を再開させた。
 ディーティニアよりは僅かに背丈は高いとはいえ、それでも小柄な彼女は、食べられる時に食べるというスタンスを取っているのか、明らかに体格と食べる食事の量が比例していない。
 キョウの軽く三倍は食べているのだが、太る様子も見られないし、かといって旅をしている間は少ない量の食事でも平然としているのだから、人体の神秘である。
 それともエルフという種族は省エネを可能とするのかとも、不覚にもキョウは考えてしまった。

「ああ、そういえば。お前は海獣王のことをどれくらい知っているんだ?」
「……ん。名前と姿形くらい」
「そうなのか。ディーテもそれくらいしかわからないらしい。意外と謎に包まれた相手なのか……」
「そうだね。元々ユルルングルが大陸にくるのも百年に一度あるかないかだし。ある程度暴れたら満足して南の島に帰っちゃうって話」
「なるほど。しかし、海の中の敵か……正直な話厄介だな」
「……属性的には私は有利だから。多少は援護する」

 まともにやりあえばアトリでは王位種―――特に第一級の怪物には分が悪い。
 しかしながら、キョウの援護としてなら十分に活躍することは可能だ。
 特に今度の相手は海獣王ユルルングル。属性は水。それならばアトリの得意とする雷の魔法が通りやすい。
 倒せはしないでも、それなりにダメージを与えることも出来るだろう。

 問題は、海獣王が現在どこにいるかである。
 セルヴァの時は、大陸を真っ直ぐに東へと横断していたので比較的簡単に見つけることが出来たのだが、海獣王は名前の通り海上を移動する。
 漁に出ている人間が目撃するかもしれないが、陸上とは発見する確率が違いすぎるのだ。

 セルヴァの時とは違い情報が集められないことに僅かに焦燥を感じる。
 陸獣王とは戦う前から特異能力(アビリティ)も判明していたが、今回はそう都合よくはいかない。
 セルヴァ級の怪物が海を縦横無尽に駆け巡っている光景を思い浮かべて、凄まじく面倒な相手になりそうだと深い深いため息をついた。

 食事を済ませ会計を終わらせると、二人揃って飯屋の外に出る。
 最近は晴天が続いているようで、相変わらず太陽は中天から地上へと陽射しを降り注いでいた。
 ただし、じめっとした暑さではなく、どこか心地よい熱気だ。穏やかな風が、汗ばんだ身体を撫でていくのが気持ちよく感じられる。

「さて。どこかに寄って行くか?」
「……ん。今日はやめておく。まだ体調が完全ではないし」
「ああ、そういえばそうだな。無理に誘ってすまなかった」
「大丈夫。嫌なら嫌って私は言うから」
「そう言って貰えたら有り難い。送っていくか?」
「一人で戻れる。そこまで心配しなくてもいい」
「そうか。気をつけて帰れよ?」

 ふぁっと欠伸を残してアトリはふらふらと、部屋を取っている宿の方角へと歩き去っていった。
 彼女の姿を見送っていたキョウは、やがてアトリが角を曲がって見えなくなると、どうしたものかと空を見上げる。
 いざ一人になるとやることが思いつかない。特にこんな田舎町では時間を潰せる場所もたかが知れてい筈だ。
 帰って刀の手入れでもしようか、と考えたキョウが結局アトリの後を追おうとして―――。

 コトっと微かな物音が聞こえた。
 音がした方角に視線を向ける。建物と建物の合間にある小さな裏道。
 そこから再びコトリっと小さな音。薄暗い路地裏で何かが蠢いたように見えた。
 薄暗いその道へと眼を凝らす。

 そんなキョウから逃れるように、得体の知れない気配が裏道の奥へと消えていく。
 誘ってきているのだと悟り、躊躇い無くその気配を追って裏道を通り過ぎていった。
 複雑で狭い路地裏を抜けた先、町を囲っている木の柵に手をかけて飛び越える。
 すると彼の目の前には大きな川が流れている場所へと辿り着く。町の水源ともなっているこの川は、川幅もかなりあり、川原自体も家が建てられるほどの大きさだった。

 子供が遊んでいてもおかしくはない場所だが、何故か今のところは町の住人は見られない。
 それよりもキョウの視線を釘付けにする存在が一体。
 太陽の陽射しを浴びて、尚一層光り輝く金色のツインテール。髪と同色の着物で着飾る幼女。
 火を司る獣の女王。王位種とも謳われる超越種。

 幻獣王ナインテールが、川原に置かれている一際大きな石に腰を下ろしてキョウを迎え入れた。

「やぁ。久しぶりだね、剣士殿。キミの匂いを追ってきたけど、少し時間がかかってしまったかな」
「俺の匂いを? そんなに匂うか?」
「うん。とても良い匂いがするよ、キミからは。身体の芯まで染み付いてしまった吐き気をもよおすほどの濃密な死の香りがぷんぷん、とね」
「……それを良い匂いと判断するお前がよくわからん」
「あっはっは。勿論それだけじゃないけどさぁ」

 にこにこと笑顔を振り撒く超越者は、石から立ち上がるとトテテっと可愛らしい足音をたてながらキョウへと近づいていく。殺気も悪意もなにもない。あるのは純粋な興味のみ。
 以前会った時そのままの表情の彼女に、たいして警戒もせずに近寄ってくるナインテールの動きを視線で追っていると、彼女は有無を言わさず強引にキョウの腕を掴むと引っ張りながら町の方向へと足を向ける。

「おい、あまり引っ張るな」
「いいじゃないか、別に。早く行かないと時間がなくなっちゃうしさぁ」
「―――時間?」
「うん。僕はこう見えても人里を訪れた経験が殆どなくてさ。色々と案内してほしいんだよね」
「まぁ、お前が頻繁に人里を訪れていたら逆に怖いが……わかった。だから腕を引っ張るな」
「もう。わかったよ。仕方ないなぁ」

 ぷぅ、と頬を膨らませたナインテールは歩く速度を落として、キョウと平行して歩きながら町へと戻る通路へと入った。
 先程キョウが通ってきた薄暗い裏道をゆっくりと歩きながら数分。昼食を食べた飯屋のすぐ傍へと到着。  

「ぉぉ……」

 ナインテールはくりくりとした眼をさらに大きく見開き輝かせた。
 はっきり言って、この町は大きくはない。以前ナインテールと会ったプラダの町の方が余程大きな都市だ。
 しかし、あの時は彼女もキョウに会うためだけに侵入したということもあり、街の内部までは詳しく見ている余裕はなかった。そのため、彼女にとっては今回が初めてともいえる見物である。

 露店等は通りに出ていないが、それなりの店舗が開店し、様々な商品を販売していた。
 右の店舗を見ては眼を見張り、左の店舗を見ては歓声をあげる。
 何時の間にか、握り締めていたキョウの腕から離れ、あちらこちらの店に足を運んで、時にはキョウを呼び寄せた。

「……子供か、お前は」

 あまりのはしゃぎっぷりに、キョウが呆れ気味に漏らす。
 だが、キョウが声をかけたナインテールはそんな声が全く聞こえていないのか、飛び跳ねんばかりの明るい声が返ってくる。

「ねぇねぇ、剣士殿。何、これ? 面白いなぁ……これ何に使うやつ? 食べるの?」

 彼女はキョウに質問していながら、答えを聞く前に別の獲物を見つけて移動する。
 その姿は彼女の幼い容姿も合わさって、祭りに遊びに来た子供のようにも見えた。いや、逆にそうとしか見えない。
 そんなナインテールの姿を微笑ましく見ている大通りを歩いている住人達。
 彼らからしてみれば、はしゃいでまわる妹とそれを見守る兄という関係を予想でもしているのだろう。

 遠くに見えた数少ない露天商の声が聞こえ、ナインテールは眼を輝かせながらそちらの方向へと走っていく。
 止める暇もなく、彼女は口の達者な販売文句を、脇に並んでいる子供たちとともに聞き入っていた。
 面倒くさいと思いつつも、そんな金色の幼女の手を引っ張り少し離れた場所まで強引に連れ出すと、静かな場所で彼女へと向き直る。

「……もう少し落ち着け、お前は。それととりあえずその尻尾をどうにかしろ」
「えー? 尻尾がはえている亜人くらい幾らでもいるんじゃない?」
「……一本ならな」

 頭痛を感じながら、ナインテールの九股に別れた尻尾をペシンっと叩く。
 叩かれた尻尾が、ふわふわと宙で揺らめいた。顔を後ろに向けて、叩かれた尻尾を見て納得。

「そういえばそうかぁ。よく考えたらいないよねぇ、九本の尻尾を持つ狐耳族なんて」
「ああ。この町程度ならいいが、これから先は変だと思う人間も必ずでてくる」
「仕方ないなぁ。ちょっと待ってて」

 ぼそぼそっと口の中で何やら呟いた彼女だったが、僅かに熱気を感じる。
 すると今の今までナインテールの尻尾が九本あったというのに、それが一本に減っていたのだ。
 眼を凝らして見ても、それは変わらない。キョウが不思議に思っていたことを悟ったのか、金色のふさふさとした尻尾を動かしながら、ふふんっと得意気に彼女が笑っている。

「実際には九本あるけどね。ちょっと幻炎を作用させているのさぁ」
「ほー。なかなかに器用だな」
「これで一安心かな? 余程の使い手じゃないと見破れないから大丈夫」

 懸念の一つを解決させたナインテールはキョウの手を取ると、大通りに再度飛び出した。
 その後も様々な店を見学していると―――彼女がそのうちの一つで足を止める。そこは流行っているとは言い難い服屋。様々な服の他に、珍しい着物も置かれていた。
 基本的にアナザーでは東方でよく着用されるモノであり、比較的世界中で愛用されている。
 幻想大陸でもそれは同じなのだが、主にこちらも何故か東大陸が着る者が多く、生産の本場もこの大陸である。
 そのため東大陸では大抵の町の服屋には、少なからず着物は置かれているというわけだ。

 店頭に飾られている蒼い着物を眺めているナインテールの横に立っていたキョウは、おもむろに口を開く。

「なんだ。服が欲しいのか?」
「え? ううん、そういうわけじゃないけど。人間は服を買うんだなぁってね」
「……お前の、その着物はどうしたんだ?」

 一級品といっても過言ではない金色の着物を指差して、キョウが質問をする。
 人里を訪れていない彼女が何故そんな服を持っているのか、よく考えれば不可思議であることに今気づいた。
 まさか、自分で作った―――わけはあるまい。素人の域を明らかに超えた品なのだから。

「ああ、これ? この服は僕の魔力で構成されてるからね。意外と丈夫なんだよ」

 触ってみる、とキョウの前に右腕の袖口を差し出してきた。
 軽く指で擦ってみると、なるほどと思わず呟いてしまう。
 ただの布とは違う、言葉に言い表せない肌触り。恐らくは並大抵の刃物では、傷一つつけることは不可能な代物だ。それに魔法も通さないであろう予想が軽くつく。

「それなら自由に服は換装可能じゃないのか?」
「残念。流石にそこまでは自由がきかないんだよねぇ。この服で固定されちゃってるからさぁ」
「そうか。だが、便利そうだな」

 ナインテールは自分の着物以外を見れて多少気になっているのは間違いなく。
 じっと店頭の着物を見ているだけの彼女に、キョウはため息をつきながら手を取って店内へと入っていった。

「え? あれ、うん? どうしたのさぁ?」
「見るだけならタダだしな。店の中でゆっくり見させてもらおう」

 今までとは真逆で、ナインテールを強引に引っ張っていくキョウ。
 店の中だからこそ良かったが、下手に人目につくところでやってしまったら、幼女を浚う不審な男に見えていたかもしれない。運が悪ければ、警備兵を呼ばれるかもしれない。
 そのことに気づくことは無く、実は間一髪でキョウの名声は守られていた。

 店の中には店頭に飾られている蒼い着物以外に多くの着物が並べられていて、おおっとキラキラと瞳を輝かせたナインテールの目を惹き付ける。
 女性物が多いが、中には男性物もあり、キョウも興味深そうに眺めていた。
 何を隠そう、彼もそれなりに着物に関しては造詣が深い。

 アナザーにいた頃、アールマティと旅をしていた時に東方を拠点として活動していた時期があり、自然と詳しくなってしまった。
 残念ながらアールマティは服に全く興味がないので、結局常に同じ服装を通している。
 十数年間体型が変化しないのはある意味凄いことであるが、肝心の胸は推して知るべし。
 本人は強がって、動くのに邪魔だから気にしてないと言っていたが、キョウは彼女の秘密を知っている―――毎日かかさず牛乳を飲んでいたことを。

 そんな回想をしているとは露知らず、店内を見渡していたナインテールだったが、子供用の着物はそこまで多くなく、割とすぐに見終わっていたようだ。
 数ある商品のなかで、彼女はある一つに熱い視線を送っているのに、キョウは気づいた。

「ん。気に入ったものでもあったのか?」
「べ、別にないけど……」
「遠慮しなくてもいいぞ? お前には借りがあるからな。着物一つくらいなら買ってやる」
「……いいの?」
「ああ。何気に不死王討伐でアルストロメリアから報奨金も貰ったしな」
「……じゃ、じゃあ。これが欲しい」

 恐る恐る折り畳まれた一枚の着物を差し出してきた。
 値段を見てみるとそこまで高い着物というわけでもなく、二つ返事でそれを店主に手渡すと、店の男はなにやら外道を見るような眼でキョウを見てくる。
 客に対して何故こんな眼を向けてくるのか謎だったが、精算を済ませると購入した着物をナインテールへと渡す。
 彼女は感激したように服を胸で抱きしめる。

「着て帰るか?」
「え、ここで? ちょっと待ってねぇ」
「……あっちでお願いします」

 思わず敬語になりながらキョウは、試着室の方へと指でさした。
 放っておいたら本当にこの場で着替えかねないナインテールを押しとどめて試着室へと追いやるとカーテンを閉める。
 中で衣擦れの音が聞こえ、しばらくしてそれが止まった。

「よし、着れたよ」
「終わったか。どれどれ」

 ザっとカーテンを開けたキョウの目に入ってきたのは―――。

 金色のツインテール。これはまだいい。
 三毛猫柄の可愛らしい着物。これはまだいい。
 全体的に色々と短い。決して着物が小さいというわけではなく―――そう、色々と全体的に超短い。下も横も。それこそ脇がかなり開いていて、見えそうで見えないぎりぎりのライン。下も下手をしたら見えてしまうレベルである。これはかなりまずい。
 さらには薄布で作られているのか、かなりの透け具合。ナインテールの幼児体型であるからこそ許されるかもしれないが、もしもこれがカルラやテンペスト級だったならばとんでもないことになるのは間違いない。いや、ナインテールの幼いが怪しい色香ならばその筋の人は勿論、道行く男の多くを間違った道へと導いてしまうかもしれない。これもかなりまずい。

 結論は、色々とまずい。

「有難う、剣士殿。大切に着させて貰うからね」

 しかし、満面の笑顔で礼を言ってくる彼女に今更返して来いと言える筈もない。

 そして、ここで思い出した。
 何故、店主がキョウを見る眼が厳しかったのかを。

 はっとして背後を見ると、店主が外道どころか変態を見る眼でキョウを見てきていた。
 確かに白昼堂々と、こんな着物を購入し、なおかつ着させるというとんでもない行動を取っているのだから店主の見る目にも納得がいく。

「嬉しいなぁ。ふふ、これがお洒落というものかぁ」

 花が咲く笑顔のナインテールを前にして―――結局キョウは自分のプライドよりも、彼女の笑顔をとることにした。
 ただし、上から羽織るものも一着買ってナインテールに来て貰うことにしたのだが。




 









突然のタイトル変更申し訳ありません。
リアルでちょっとばれそうになってしまったために急遽変更させていただきました。
多分、ばれてない……かな。
ほとぼりがさめたら、また幻想大陸に戻したいと思います。
+注意+
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