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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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四十六章 後日談









 ノインテーター襲撃を退けたプラダの街は、喧々囂々とした騒ぎになったのは言うまでもない。
 四十年前の生きた天災ノインテーターの襲来。
 誰もが脅え、恐れ、生をあきらめていた矢先の出来事だ。

 街中がお祭り騒ぎとなり、街を救ってくれた英雄に誰もが感謝した。
 街を守護した英雄の一人に、獄炎の魔女の名前があり、四十年前と同じく東大陸を救ってくれたのだと、亜人達は彼女に感謝の祈りを捧げていた。
 他にも《七剣》などの有名どころの人物が多かったため、キョウ=スメラギという名は、そこまで目立つことは無かったように思えたが―――南門で戦争の一部始終を見ていた警備兵や探求者の心には、その名前が他の誰よりも深く、重く刻まれている。

 その後はそれはもう飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが街全体を包み込む。
 現在生きていることに感謝して、年寄りも、大人も、子供も―――泣いて笑いながらの宴会騒ぎだ。

 今回ばかりは仕方ないと、自警団も大抵のことは見逃してくれていた。
 そんな中、事後処理に奔走するのは《七剣》だ。プラダの街では死人がでなかったとはいえ、港街ファイルに着いてからは強行軍を重ねてここまできたのだから、やることは山積みである。

 天雷の魔女アトリは、何気にノインテーターが死亡したのを確認すると誰よりも早く、その場から姿を消して自分が泊まっている宿へと帰還していた。

 そしてキョウとディーティニアはというと、プラダを救った者達の中でも最も過酷に戦っていたこともあり、フリジーニの家に一直線で帰宅すると二階の部屋にあがることもできずに、そのままリビングで爆睡を始めてしまった。
 半日以上に渡って死者と戦い、魔法を放ち続け、さらには王位魔法まで使用したのだから、それは無理なかろう話である。
 カルラもまた、戦争の緊張から解き放たれ二人と同じく死んだように眠り続けていた。
 結局街の人間はノインテーターを単騎で打倒したというキョウの姿を見ることはなく、想像だけが広がっていく状況となってしまったのだ。 


 やがて日が落ち、再び朝日が昇る寸前の時間帯。
 まだまだ太陽は顔を出しておらず、街の中は薄暗いままだ。
 ただし、街のあちらこちらに泥酔した住人が転がっていたり、酒瓶や食べ物が散乱しているのが昨晩のお祭り騒ぎの後を残していた。

 フリジーニのリビングで、のそりっと起き上がったキョウは、欠伸を噛み殺して自分の腰に差したまま寝てしまっていた小狐丸の柄に手を当てて握りの感触を確かめる。
 それに満足したのか、珍しく笑みを浮かべて立ち上がると部屋を見渡した。
 外からの明かりが入ってきていないので、リビングは薄っすらとしか見通せないが、三人の女性が寝転がっているのだけは、なんとなくだがわかる。

 ディーティニアは高級そうなソファーにうつ伏せとなって死んだように眠っている。
 カルラは床に長身痩躯の身体を横たわらせて、着替える余裕もなかったためか和服が乱れ、結構な色っぽさを醸しだしていた。
 フリジーニは、刀を打つために不眠不休が続いていたせいか、テーブルに突っ伏して眠っていた。その横には出来合いの食事が置かれているのを見ると、寝る前に食事を取ろうと最後の力を振り絞ったのだろうが、耐え切れずそのまま夢の世界にいってしまったのだと予測が出来た。

 アナザーでの戦争の体験から、体力の回復が異常に速いキョウは、首を捻りながら背筋を伸ばした。
 両手を合わせて天井に向けると、ポキポキと骨が鳴る音と心地よさが全身に伝わってくる。
 全力の八割程度は出せるか、と考えながら背筋を伸ばし続けた。

「―――ふぅ」

 あまりの気持ちよさに、思わず息を吐いてしまったキョウは、寝ている三人を起こさないようにして玄関から外に出た。
 敷地の隅には井戸があり、そこまでしっかりとした足取りで歩いて途中、再び欠伸をすると目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
 井戸から水を掬い、両手で顔を洗い終えると、胸元から手拭いを取り出そうとすると―――。

「ほい。これ使いなよ」

 何の気配も感じなかった真横から差し出されたタオルを渡され、幾ら八割程度の力しか戻っていないとはいえ気配を感じ取ることが出来なかった自分の未熟さに呆れつつ、受け取って顔を拭く。 

「すまん、助かった」
「いやいや、どういたしまして」

 顔を拭いたタオルを何時の間にか傍にいたアールマティに返す。
 何時の間にか、ではなく―――初めからいたというほうがきっと正しいのだろう。
 相変わらずの気殺の技術に舌を巻くしかなく、この点に関しては彼女に未だ勝てる自信を持てなかった。

「それはそうと、半日近く一人で南門を死守したんだって? この街の警備兵から話を聞いた時は驚かされたよ……」
「そうか? 外界(アナザー)では何時もやってたことだろ。」
「……折角あたし達のことが知られていない場所に来たって言うのに、幻想大陸(ここ)でも何時も通り過ぎることを驚かされてるんだけどね」

 呆れているのか怒っているのか、どちらかわからない様子―――或いはどちらともが入り混じった表情のかつての同胞は、キョウと同じように井戸水を使って顔を洗う。
 キョウが使ったのと同じタオルを使用することに大して忌避感がないのか、躊躇い無く顔を拭いて口を隠しながら欠伸をした。

「もしかして昨日からついていてくれたのか?」
「仕方ないじゃん? アルストロメリアからの命令だったし」
「そうか。まぁ、助かった。礼を言うぞ」
「どういたしましてー」

 くるくるとタオルを回しながら、気の抜けた返事をしつつ明後日の方向を向く。

 キョウの予想通り、アールマティは万が一のことを考えフリジーニの家の外で一晩中警護に当たっていたのだ。
 昨日の今日であるからこそ、もしかしたら他の不死王種が襲ってくるかもしれないと考えたからである。何故そう考えたのか。ノインテーターとの戦いの時に得体の知れない異様な気配を感じたためだ。
 その気配の主はナインテールだったのだが―――戦闘が終わると姿を消してしまったため結局は誰一人としてその気配の主の正体を掴めなかった。

 キョウだけは、不死王が散々叫んでいたせいでナインテールの名前を聞いていたが、何も言わずに去った所を考慮すると他の人間には正体をばらしたくないと考えているのだろう―――と、予想してナインテールの名前は秘密にしておいたのだ。
 彼女にはノインテーターの退路を断ってもらうという勝敗を左右する援護をしてもらったため、恩には恩というわけである。

「まー、あたしが警護しなくても問題なかったみたいだけどね」
「おかげで十分休むことが出来たし、感謝してる」
「はいはい。ああ、そういえばあたしがこっちにきてからの二年間、外界(アナザー)はどうだったのさ?」
「然程変わらん。俺と《操血》が一年ほど前に別行動を取ったせいか、俺は襲われることが少なくなったが」
「ええ、、そうなの? 珍しい。あんた達四六時中一緒に行動しているイメージしかなかったわ」

 キョウと《操血》が行動をともにしていなかったということを聞いて、それは意外とばかりにキョトンっと間の抜けた顔をしていた。そんな彼女の珍しい表情に苦笑。  

「大層な理由はないぞ? 些細なことで少々喧嘩しただけだ」
「ほーへー。あんた達が痴話喧嘩って初めて聞いたよ」
「……誰が痴話喧嘩だ。まぁ、そういうことで別々に行動している時にエレク―――いや、気がついたときには幻想大陸に飛ばされてきていたというわけだ」
「ふーん。あたしとしては、《操血》が一緒じゃないだけで本気で助かったかな。あいつが来てたら神聖エレクシル帝国がぶっ潰される羽目になったしさ。折角就職したところを滅茶苦茶にされたら敵わないし」
「減給三ヶ月くらってたみたいだがな」
「うぐっ……それは半分あんたのせいだかんね」
「いや、十割お前のせいだ」

 昔からの付き合いがあるせいか、随分と会話が弾む。
 もし二人を知るものがいたら驚いたに違いない。無口無愛想を体現していたアールマティがこれほどに話をして、表情を普通の少女のように変化させていくのだから。

 それなりの時間を話していたのか、太陽が昇り始め地平線の彼方から顔を出して光を地上に向けて放ち始めた。
 眩しさに眼を細めた二人だったが突如アルマが、あっと声をあげる。
 どうした、と問う暇もなく彼女はまるで煙のようにその場から姿を消していた。
 現れた時と同じで、去るときも突然。神出鬼没の《七剣》は、既にキョウの気配察知範囲から抜け出し、何処かへ隠れるか逃亡していた。
 彼女が何故いなくなったのか理由がわからなかったが、逆光となって見難いが一人の人影が近づいてくることに気づく。

 長身痩躯のカルラよりもさらに背の高い美女。
 灰色の髪と瞳に、氷のような表情の見目麗しい女性。
 街中であるが金属の鎧と巨大な戦斧を片手で軽々と運び、淀みの無い歩法でキョウの下まで辿り着く。

「お早うございます。まさか起きておられるとは思っていませんでしたが」
「今さっき眼が覚めたばかりですが。後処理を完全にお任せして申し訳ない」
「いえ、それが私達の仕事ですのでお気になさらずに。それと私に対しては普段通りの話し方で構いません。随分と話難そうですよ?」
「……ええ、まぁ。そう言って頂けるのは有り難いですが、正直。ですが、貴女の方も(・・・・・)人の事はいえないようですが?」
「―――何のことでしょう?」
「そういうことにしておこうか」

 一瞬口ごもったアルストロメリアに、何時もの口調に戻したキョウだったが―――先程のアールマティのことを思い出して軽く頭を下げた。

「昨晩警護を派遣していただいたことに感謝を」
「……何のことでしょうか?」
「いや、アルマのことだが」
「いえ? 昨晩は休むように指示を出したはずですが……」

 キョウの礼に対してアルストロメリアが首を捻った。
 嘘をついているようには見えず、彼女自身本当に何のことを言われているかわかっていないようだ。
 しかもアルストロメリア曰く、アールマティには昨晩は休みを取らせたという。

 つまり、それから導き出される答えは―――。

 ガタンっと少しだけ離れた場所にある家の屋根から何かが足を踏み外す音が聞こえた。
 珍しく気配をダダ漏れにしてしまったアールマティに、心の中で感謝を送る。
 今度時間があるときに何かご馳走してやるか、と。

 そんな言葉にしていない感謝の念が届いたのか、即座にアールマティの気配が消失する。
 今度の気殺も完璧で、すぐに彼女がどこにいるのかキョウでさえもわからなくなった。

「とりあえず、アルマのことは後に回させていただきます。出来ればディーティニアとご一緒に話をさせていただきたいのですが……この時間では無理でしょうね」
「ああ、絶対にあいつは起きん。しかも昨日は随分と魔法を使用したし、下手をすれば丸一日寝ているかもな」
「相変わらずですね……あの人は。でしたらまずは貴方とだけでも話をしたいのですが、時間は少々宜しいですか?」
「時間は大丈夫なんだが、ここでも構わないか? 出来れば家の中に案内したいのだけど、全員爆睡中でな。あまり邪魔はしたくないんだ」
「ええ、構いません」

 了承は得られたが、立ち話を続けるというのもどうかと考えたキョウは、フリジーニの家の中庭にある些かガタがきている椅子に腰を下ろすとアルストロメリアもまた、彼を見習って別の椅子へと座った。
 二人とも長身のため、ややぼろいともいえる椅子はギシギシと今にも壊れそうな軋みをあげている。
 巨大な戦斧を傍の地面に下ろすと、アルストロメリアはキョウの瞳と真っ直ぐに視線を合わせてから深々と頭を下げた。

「まずは感謝を。貴方のおかげでこの町は―――いえ、東大陸の多くの民が救われたといってもいいでしょう。恐らく私達だけでは不死王を撃滅することはできませんでした」
「……いや、俺も殆どが私情が入ってた。感謝されるようなことでもない」
「私情……ラグムシュエナのことでしょうか?」
「……ああ。あいつには世話になったからな」
「あの娘のことをそこまで思っていただき、代わりに私からお礼を申し上げます。ユエナの遺体は既に中央大陸へと運んでしまいましたので、機会があったら是非帝国の首都をお訪ねください」

 二人の間はそれっきり暫しの間沈黙が続く。
 キョウにとってもアルストロメリアにとっても、ラグムシュエナは代わりなどいない大切な少女だったのだ。
 彼女のことを想って、自然と二人は黙祷を捧げる。
 一分程度の沈黙は終わりを告げ、二人の視線が再度交錯した。

「まずは不死王ノインテーターの撃破について、貴方とディーティニア、そしてカルラ殿の三人を特に大きな功労者として発表させていただきます」
「―――いいのか?」
「私達《七剣》のことを心配されてるのですか? もしそうでしたら、特に構いません」
「いや、そうではなくて……獄炎の魔女を発表するのはまずいんじゃないのか?」
「そうですね。上からは恐らく揉み消すように言われるでしょう。ですが、流石に二度目となる英雄の功績を無かったことにはできません」

 真剣な表情のアルストロメリアを見て、本音を言うとキョウは内心でかなり驚いていた。
 ディーティニアは自分が神罰対象者であり、幻想大陸の人間達に忌み嫌われていると自嘲していたが、少なくとも目の前の女性は獄炎の魔女の功績をしっかりと受け止め、認めている。
 神聖エレクシル帝国の特殲部隊である《七剣》の第一席なのだから、ディーティニアには厳しく当たるだろうと予測していたが、そんな様子は微塵も見られない。

「陸獣王セルヴァに関してはもうしばらくの間待っていていただけますか? 中央大陸も南大陸からの魔族の迎撃で手が離せない時期ですので。今発表しますと、帝国に混乱をもたらす可能性もありますので」
「ああ、その件については俺は特に気にしていない」
「……そうですか。随分と無欲な人ですね、スメラギ殿は。貴方ほどの方でしたらどんな地位でも欲しいがままでしょうに。もし宜しければ《七剣》の第七席として迎え入れたいところですが―――」
「それは断らせてもらう」
「でしょうね。駄目元での誘いでしたが、そこまで躊躇いなく断られるとは……残念です」

 言葉では残念と言っているが、アルストロメリアは全くそんなことを考えていないようだった。
 断られることに確信を持っていたためだろう。特に気にも留めていないようだ。

「では、今のところはこの程度ですかね。他の事はディーティニアが起きているときにでもまた改めて伺わせていただきます」
「わかった。朝早くにわざわざすまないな」
「いえ、それはこちらの台詞です。朝早くにお邪魔させていただき申し訳ありませんでした」
「気にしなくてもいい。先程もいったが後処理は全てそちらに丸投げしてしまったしな」
「それこそ気にしないでください。それが私達の仕事ですので」

 最初と同じ様な会話をして、アルストロメリアは朝日が眩しく照らしてくる街並に消えていった。
 周囲の気配を感じ取るが、アールマティの気配を全く感じない。単純に感じ取れていないだけかもしれないが、なんとなく第六感が彼女がここにはいないことを告げてくる。
 どうやらアルストロメリアが帰還するのを見て、彼女も慌てて《七剣》が宿泊している宿に帰っていったのだろう。

 椅子の背もたれにもたれかかりながら、空を見上げる。
 太陽がその姿を現し、明るい光で地上を照らす。
 心地よい暖かさを感じながら目をつむり―――まだ身体に残るだるさがキョウを夢の世界へ誘おうとするが、それを許さない人物が一人。いや、一体(・・)

「―――こんなところに入ってきて良いのか?」
「キミが黙っていれば問題は何もないよ」

 鈴の鳴るような声が、キョウの耳から脳に届く。
 意識をしっかりもたないと、惹き込まれる甘い声。
 目を瞑っていながら、真っ暗な世界の中でもありありと感じられる存在感。

 ゆっくりと目を開けば―――すぐ前までアルストロメリアが座っていた椅子に別の人物が腰を下ろしていた。
 彼女とは何もかもが正反対。灰色の髪と瞳に相反する金色の髪と瞳。短い髪とツインテールにした長い髪。百八十の長身と人間の娘十歳程度の容姿。白銀に輝く鎧と金色の着物。永久凍土を思わせる雰囲気と太陽のように真っ赤に燃える気配。

 幻獣王ナインテール。

 仮にも陸獣王と同格たる獣の王が、笑顔を浮かべながら街中の椅子に座っている。

 冗談にしては笑えない。そんな気分でキョウは、金色の幼女をじっと見つめた。
 剣士の視線を真正面から受けているナインテールは、こそばゆそうに身を捩り、頬を薄っすらと桃色にする。

「な、なんだよぉ。そんなにまじまじと見るんじゃないってば」
「……そ、そうか。いや、すまん」

 やはりセルヴァと同じ王位種とはとても思えない。
 そもそも同じ王位種であるノインテーターを倒す手伝いをしてくれた時点で普通の相手ではないのだろうが、どうも外見と態度が相俟ってキョウにとってはどうも敵とは思えない。

 視線に負けてもじもじとしている幼女と、それを厳しい眼で見ている長身の男性。
 しかも幼女は顔を赤くして身を捩っているのだから、傍から見たら結構怪しい光景である。

「とりあえず、礼を言わないといけないな」
「うん、礼? 僕何かしたっけ?」
「不死王の退路を断ってくれた事だ。もしあれがなかったら、恐らくは奴に逃げられていた。追い込むことも出来ずこちらの敗北となった可能性が高い」
「ああ、あれのこと? 別にあれについてはお礼なんかいいよ。元々あいつのこと嫌いだったしさぁ。それにあの娘の願い事だったしね」
「―――あの娘?」
「うん、キミと一緒にいた狐耳族の娘さ。あの娘最後を看取ったのが僕でね……僕を楽しませてくれたお礼をしようと言ったら、キミを助けてあげてほしいっていわれたの。だから、あの件については僕にお礼を言うんじゃなくて、あの娘に言ってあげた方がいいと思うかな」
「ユエナが、か。そうか……ああ、わかった」

 結局最後までラグムシュエナには世話になりっぱなしだったということを実感したキョウは、腰の小狐丸を優しく撫でる。
 カタっと刀が嬉しそうに一瞬だけ動いた気がしたのは―――きっと気のせいなのだろう。

「それで、何故未だこの街にキミはいる? ユエナの望みは叶えたんじゃないのか?」
「うん、最初は遠くから見守ろうと思っていたんだけどさぁ。キミって、考えていたよりもずっと面白そうなんだよね。だから、あの娘の願いを最後まで見届けてあげようかなーなんて」
「……最後まで? どういことだ?」

 椅子の上で小柄な身体を丸め体育座りをするナインテールだったが、脚をあげた拍子に金色の着物がめくれ、異常に白い素足が露になる。
 微かに見えた太股から上には白い肌しかなく―――反射的に眼を逸らしたキョウをクスクスと笑う九尾の狐。

「いやだなぁ、剣士殿。ちゃんとはいてるよ(・・・・・)
「……それでも、いい女性がはしたない」
「はぁい。意外と生真面目さんなんだねぇ、剣士殿は」

 ゴホンっと咳払いでごまかしつつ、眼で会話の続きを促す。

「えっとね、あの娘はこう言ったんだよね、お兄さんを助けてあげて欲しいってね。つまりは期間は決まっていないわけなんだ。だから、キミの命が尽きるまで付き合ってあげようかと思ってさぁ」
「……一生ということか?」
「うん、そうそう。キミの命が尽きるその日まで、ってやつさ。どう、嬉しいでしょう?」
「幻獣王を連れて歩いて大丈夫なわけないだろう……」

 どこか呆れたキョウに対して、ナインテールはチッチッチと指を顔の前で振り。

「生憎と僕は、迷宮の森から外に出ることなんか滅多になかったからね。僕の姿を知っている者なんて幻想大陸には三十体くらいしかいないよ」
「……多いぞ」
「数は適当だけどね。王位種なら多分僕のこと覚えてるんじゃないかな。でも、人間にはいないから大丈夫。うん、だからお願い。連れてってよ」

 一難さってまた一難。
 ノインテーターを倒したと思ったら今度は別の意味での強敵が現れた。
 見たところ本当に自分達に害意はないことはないようだ。それはノインテーターの時の手助けではっきりとしている。もし、キョウ達を殺そうと思ったら、あの時不死王に協力すれば確実にこちらを壊滅させることができたからだ。
 だが、王位種を連れて歩くというとなるとどうなるだろうか。
 まずはディーティニアと相談しなければならない。カルラやラグムシュエナの同行を認めたときのようにこればかりは勝手にキョウが決定するわけにもいかない。

「……一旦保留にさせてくれ。連れとも相談したい」
「うん、いいよ。断られなかっただけで、脈はありかなぁ。うんうん」

 ナインテールはどこか嬉しそうにキョウの判断に頷いていたが、クルリっと身体を回転させて立ち上がる。
 そして―――ボンっと軽い爆発音を鳴らして跳躍。十メートル近くはある南壁の上にあっさりと降り立った。恐ろしいほどの身体能力に改めて王位種の力を実感したキョウに向かって、化け物は笑顔のまま手を振る。

「じゃあ、僕は一度住処に帰るから。持ってきたい荷物もあるしさぁ。ちょっとかかると思うけどそれまでに結論をだしておいてくれたら嬉しいかな」

 キョウの返事を待たずに金色の幼女は南壁から外へと身を躍らせて、姿を消した。
 堀を越え、地面に着地すると金色の疾風となって南の方角へと駆け抜けていく。
 これから先の未来を想像しつつ、緩む顔を我慢できなかったナインテールだったが、とんでもない事実に気づいた。
 風を切って疾走する彼女の着物がはためくのはまだいい。
 だが、何故か下半身がやけに涼しい。何故だろう。いや、まさか。そんなわけがない。

 地面を抉りながら止まった彼女は、恐る恐る着物を掴むと思い切ってたくしあげた。
 するとそこには―――。

「……は、はいてなかったよぉ」

 ガクリっと四肢を地面について涙する王位種の姿があったとかなかったとか。


























 ナインテールが生まれてから最大最高の衝撃を受けてから数日。
 彼女はふらふらと精神的なダメージを受けながらも迷宮の森にある自分の住処へと到着した。
 ぼろぼろの外観の一軒家。
 獣も魔獣も近づかない魔境の果て。

 そこに帰って来たナインテールは、とりあえずお気に入りの日用品を纏めようかと考えながら家の戸に手をかけて開く。

 そして―――固まった。

「―――あ、あ、あ、あ」

 言葉にならない嗚咽。
 誰一人近づかない自分の住処。
 そう、誰一人(・・・)として近づかない魔境。

 たった、一神(・・)を除いては―――。

 普段ナインテールが座っている場所に、一人の少女が腕を組んで佇んでいた。
 彼女と同じ金色の髪。ただし、幾分か短い。漆黒の巫女装束。
 外見だけならば、ただの極上の美少女。

 だが、ナインテールはこれ(・・)を知っている。
 天上の支配者。絶対なる女神。旧世界の神々全てを封印した唯一神。
 王位種をも容易く屠る、真の意味での超越存在。

「なにを脅えているのかな? 久々に会いにきたボクに酷いと思うんだけどね」

 一言一言が、ナインテールの肉体に重力を加えていく。
 ガチガチと歯がなっていた。脅えていたのだ、幻獣王ともあろう超越種が。

「あのさ、ボクはこう言ったよね? 送り人と戦え(・・)って。なに、やってるのかな、キミは」

 少女が一歩ナインテールの方へと足を踏み出す。
 それに反して、九尾の少女は一歩後退した。

「言うことを聞かないペットはいらないよ? うん、キミは死んでいい」

 膨れ上がるのは神の気配。
 王位種を遥かに超越した絶対の王者。

 女神エレクシルの笑顔を前にして、ナインテールは―――。











 今此処が長きに渡る自分の運命の終焉なのだと理解した。  








もう一話後日談は続きます。
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