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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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三十七章 ラグムシュエナ











 キョウ達の旅は特に問題もなく続いている。
 乗り合い馬車に乗車して初日の夜に起きた死者の蘇りは、二日目以降起きることはなく内心で安堵するキョウであった。人を斬ることに慣れているとはいえ腐った相手を相手取るのは少々気分が宜しくない。
 彼の話を聞いたラグムシュエナもカルラも、相手がゾンビだったことを聞くと心底嫌そうな顔をしていたのだから、キョウがそう思うのも無理なかろう話だ。

 ディーティニアだけは、ゾンビ達を蘇らせて操っていた相手のことを話すと難しい顔をして暫く考えていたのだが―――結局何かしら思い当たった節があったのだろうが、確信を持てなかったのかそのことを話すことはなかった。

 キョウ達が乗る馬車の中の空気もこの数日で随分と改善されている。
 ラグムシュエナもカルラと意気投合……とまではいかないが、普通に話をする程度までは関係が修復された。
 そのおかげか、馬車に同乗している親娘もほっとした様子で緊張感も取れ、それなりにキョウ達と会話をすることもあったのだが、そんな時に限ってラグムシュエナとカルラが睨み合いを勃発させ、皆が苦笑するのだった。

 ディーティニアだけは、定位置となったキョウの膝枕で延々と眠りこけていたのだが、夜だけではなく昼間も寝ていながらよくぞここまで寝れるものだと、本気で感心するキョウだが、勿論他の皆もこればかりは同感である。

 山越えは終わり、今は平原を進んでいる最中であるが、馬車の外の風景はなかなかに魅了される景色が広がっていた。
 舗装されている道の両側にはエメラルドグリーンを思わせる草原が地平線の彼方まで続いているのだ。それはまさに緑の海を連想させる美しい光景。
 その色を見たキョウは不思議と一人の女性を思い出した。
 竜女王テンペスト・テンペシア。
 彼女の髪の色も良く考えれば、このような色だった、と。

「今、何かよからぬことを考えておるな」
「……何のことだ?」

 強烈な視線がキョウの真下から送られてくる。三角帽子で顔を隠していた魔女が、帽子を片手でずらしじっと見つめてきていた。
 彼の膝を枕として下から見つめてきていたディーティニアにとぼけると、キョウは外の景色を眺めることを再開させた。
 しばらくの間突き刺さっていた視線だったが、元々そこまで深く追求するつもりはなかったのか、再び三角帽子で顔を隠して昼寝に戻る。そんな彼女の髪の毛を軽く手で梳きながら。

「あとどれくらいでプラダに到着するんだ?」
「んー。多分一時間もあれば大丈夫と思うっすよー」

 キョウの隣に座って一緒に景色を眺めていたラグムシュエナが答えを返す。
 彼女は草原の景色を見つつもチラチラと横目で、膝枕をされているディーティニアを見て羨ましそうにしている。本人は気取られないようにしているつもりのようだが、はっきりいって丸分かりだ。

 魔女に遠慮して言い出せないのだろうが、本人としても諦めきれない。キョウの膝枕の感触を味わいたい。そんな願望が透けて見えるようだった。
 キョウもわかってはいるが、残念ながらラグムシュエナにそれを許すとカルラまで参戦してきてとんでもない事態になるのがはっきりとわかっているため、狐耳をへたらせている彼女には諦めて貰おうと、隣の少女の視線に気づかない振りをする。
 カルラは何をやっているかと思えば、荷台の隅で正座をして瞑想の真っ最中だ。先日キョウに敗れてから、自分の精神的な面での未熟さを理解したらしく、暇があれば行っている。果たして意味があるのかどうか不明だが、しないよりはまだましだと考えてはいるようだ。

 昨夜は野宿をしてから朝一で出立。
 途中で何度か港町レールに向かう商隊とすれ違っていたが、昼を過ぎてからは一度も人影はない。
 空に浮かぶ太陽の陽射しが、心地よい暖かさを提供してくれている。
 危険生物にも襲われることはなく、五日の旅を終えることができるのに感謝しつつ、平穏な時間を過ごしていく。
 もっとも、例え危険生物が襲ってきたとしても、それを超えるとんでもない化け物が四人もいるのだからどうとでもなるのだが。

 その時草原が風になびいておだやかに波打った。
 風の音色。草の音色。馬車をひく馬が土を踏みしめる音色。

 皆が外の風景に見惚れること暫しの時間。

「街が見えましたよ、お客さん」

 静寂を破ったのは馬車を走らせていた御者の声かけだった。
 その声につられて馬車の進路方向に視線を向ければ―――遠くには巨大な壁に囲まれた都市が平原の中心にて一際異彩を放ちながら鎮座していた。




 


















 東大陸でも有数の人口を誇る都市プラダ。
 特に問題もなく門を通過することができると考えていたが、予想に反して門の前で時間がかかってしまった。
 どうやら南東の方で何やら事件が起きたようで、プラダも警戒態勢を取っているとのことだ。
 そのせいで長時間かかるかと思いきや《七剣》の肩書きを持つラグムシュエナが出て行った途端街の中へと通され、逆に待たせてしまった謝罪までされるというオマケつきの出来事があった。

 プラダの街は東大陸有数ということもあり、北大陸の工業都市ネールにも匹敵するほどの巨大な敷地面積である。
 区画はやはりというか、東西南北にきっちりとわけられており、それぞれの方角で何の建物が建っているのか区別されているようだ。街中を整備された道が縦横に走っている。ネールと同様、巨大な大通りにはずらりと軒を連ねた露天や、商店が立ち並んでおり威勢の良い掛け声が聞こえてきた。数え切れない多くの人間が、その間を往来している。どこもかしこも喧騒に包まれ、街の豊かさを証明するように活気に満ち溢れていた。

「さて、先に宿を借りておくか?」
「あー。もしかしたらだけど、先にジーニに会いに行った方がいいかもっす」

 街全体を赤く照らしつつある夕陽を眺めて、キョウが先に宿の確保をしようと提案したがそれをラグムシュエナが押しとどめた。

「多分っすけど……宿の心配は必要ないっすから」
「ん……よくわからんがわかった。とりあえず、案内を頼む」
「了解っす!!」

 押し問答をしていても仕方ないと判断したキョウは話題をスパっと終わらせるとラグムシュエナに道案内を頼むと、彼女は嬉々として先導を始めた。
 現在北門から入ってきたばかりの場所から大通りを南へと抜け、さらに南下する。
 波のように道を往来する人々に辟易しながらも歩くこと十数分。街の南部に近づいた頃、東へと横道を折れた。
 所謂裏道である薄暗い路地を歩きながら、幾つも枝分かれした通路を進み続ける。

「しかし、《七剣》殿も顔が広いですね。まさかフリジーニ殿と面識があるとは正直驚いていますよ」
「そうじゃな。ワシも少々意外ではあったのぅ。噂に名高きドワーフの名工。滅多なことではかの者が打つ武器を見ることもできんと評判だけは聞いておる」
「ほう。そこまでのものか?」

 どうやらディーティニアとカルラも、ラグムシュエナが案内しようとしている鍛冶師のことは知っているようで、驚きを隠せない様子だ。

「ええ。フリジーニ殿自身が気に入った相手の武器しか打たない上に、自分で満足いったものしか渡さないため多くても年に二、三本くらいだと聞いていますよ」
「うむ。もし売りに出せば市場価格にして、大白金貨百枚はくだらないじゃろうな。もし希少な素材を使用したモノであれば、さらに価格はあがるはず」
「……予想以上だな。というか、金が足りんぞ」

 一般人からしてみれば大金持ちのキョウでさえも、今から訪問する相手の打つ武器の価格に引き気味になる。
 急に不安になっていくキョウの心中に気づいたのか、ラグムシュエナが顔だけ振り向き笑顔を向けた。

「心配しなくても大丈夫っすよ、お兄さん。材料代さえ支払えば、後はお礼に少しばかりのお金包めばおっけーっす。お金に執着はせず、食べていけるだけの蓄えがあればいいと考えてる人っすから」
「そうか……それなら良いが」
「それに万が一お金が足りなくなっても心配無用。うちが全部纏めて払っちゃうっすよ!!」

 ぐっと親指をたてるラグムシュエナの笑顔に胸が痛い。
 竜鱗を売ってようやくディーティニアのヒモ状態から脱出したというのに今度は、年齢的にも外見的にも年下の狐耳少女のヒモ状態になるとは、外界(アナザー)にいる頃には夢にも思っていなかった。

「まぁ、資金が足りなかった場合はワシも多少は融通せんでもないがのぅ」
「あらあら。では私も参加させて貰いましょうか」

 有り難いやら恥ずかしいやら。
 三人からの申し出に曖昧に頷いたキョウは、心の底から現在の所持金で足りるように両手を強く握り締めた。

 ラグムシュエナの案内なしでは確実に道に迷うまがりくねった裏道を幾度となく進んでいくと、巨大な城壁が目の前に広がっていた。何時の間にか南の端まで来ていたようで、随分と歩いたものだと感心しつつ―――先導している少女は壁際に一つポツンと建っている大きな家を目掛けて足を進めた。
 その家は周囲と見比べてみても、一際眼を惹く大きさだった。かといって、高級住宅という雰囲気は微塵もない。
 恐らくは外観の汚さが原因なのだろう。あちらこちらが煤で汚れていて、建築数十年と言われても納得できそうな汚れ具合だった。壁と隣接し、二階建ての母屋に引っ付くように一階建ての小さな建物―――いや、小屋が見受けられる。

「こんにちはっすよー!! ジーニ、いるっすかー!?」

 ラグムシュエナは母屋らしき建物のドアを叩きながら、響く声色で知り合いの名前を呼ぶ。
 ガンガンっと激しい音をたてて叩き続けること十秒程度。家の中で人が歩く気配が聞こえ、やがて扉が中から開かれた。扉を開けて出てきたのは、一人の女性。薄汚れている家の壁と同じような色合いの作業服、同じく所々寝癖で跳ね上がり、触覚みたいにピンと立っている長い深緑の髪。その髪の間から出ているエルフよりは短く先が多少丸まった耳が特徴だった。化粧ッ気もなく、貴金属類もつけてはいない。
 起きたばかりなのか、どこか眠たそうに眼を瞬かせて欠伸をしていた。
 素材だけを見れば一級品なのだろうが、色々な点が積み重なり彼女の魅力を完全に失わせている。

「んー。あー、ユエナかぁ。悪い、凄く眠いからまた今度……」
「ま、待つっすよ!!」

 来客がラグムシュエナだとわかった彼女―――フリジーニは、ゆっくりと扉を閉めて家の中へと戻っていこうとする。
 扉が閉まる直前、そんな彼女の行動を予想していたのか隙間に身体を無理矢理に入れて、それを阻止することに成功したのだが―――。

「ちょ、痛い!? 痛いっす!! 挟まってるっすよ!!」

 知り合いが挟まっているというのにフリジーニは全く気にせずに扉を閉め続けようとする。当然、ラグムシュエナの身体に鈍い痛みが走り続け、彼女が悲鳴をあげる。
 しかし、その悲鳴を聞いてもハーフドワーフの行動は変わらない。遂にはメシメシと奇妙な音がラグムシュエナの身体から響いてくるわけで、流石に哀れに思ったキョウが、隙間に手を入れて強引に扉を開くことにした。
 力勝負になれば、キョウとフリジーニならば前者に軍配があがるのは当たり前であり、あっさりと扉を全開に開くことができ、挟まっていたラグムシュエナはなんとか鈍痛から解放され、痛みがある箇所をさすりながら座り込むと、若干涙目で原因を作った友を恨みがましく見上げるものの―――。

「あー。ごめんごめん。大丈夫だった?」
「……もういいっす」

 相変わらずのマイペースぶりに、責めても無駄だと理解して、身体をさすりながら立ち上がる。
 一方のフリジーニはどうやらすぐには帰ってもらえないと理解できたのか眼を擦り、グっとしばらく押さえて離す。マッサージを何度か繰り返して眼をあけると、大きく丸っこい蒼い瞳がラグムシュエナを捉え、順次後ろにいるキョウ達へと視線が移動していった。

「んー。この人達、誰? お客さん?」
「そうっす。お兄さんの刀を一本打って欲しくて、北大陸からきたんッすけど……」
「刀? うん、いいよ。今すぐ取り掛かろうか」
「いや、ジーニが面倒がるのは当然だと思うっすよ? でもそこをなんとか親友の私に免じてお願いするっす」
「うん? だから良いって。丁度先日良質の霊白銀(ミスリル)も手に入ったしさ」
「なんなら、お礼に大白金貨百枚だろうが二百枚だろうが―――え、あれ?」

 全く噛み合っていなかった二人の会話に、ラグムシュエナがようやく気づきポカンっとした表情で、フリジーニの顔を穴が開くのではないかというほどに見つめていた。
 対してフリジーニは、霊白銀(ミスリル)以外に何を使おうかなーとぶつぶつと呟いている。

「あ、あの。他の仕事はないんっすか?」
「あー、あるんだけどさー。どうにも気分がのらなくてね。依頼人のことは守秘義務があるから言えないけど……あれなら市販の武器使ってた方がまだマシな腕前だもん」
「そうなんっすか? いや、でも……あのジーニがこんな簡単に引き受けてくれるとは思わなかったっすよ」
「本当は断ろうと思ったんだけどねー。でも、その人見て気が変わったのさ」

 興味、という感情だけに瞳を輝かせてフリジーニがキョウへと熱い視線を送る。

「うん、いいね。凄く良い。私が武器を打ってきたなかでも群を抜いた使い手だね」
「本職は鍛冶師だと聞きましたが、わかるのですか?」
「そりゃあね。私は武器を打つとき必ず本人に会う。会ってからその人物に相応しい武器を打つ。だから、それなりに眼は肥えているつもりだよ。その私が断言してあげる。キミみたいなとびっきりの怪物は、後にも先にもキミだけさ。何せ、この私でも強いってことくらいしかわからない」

 久々に聞いたキョウの敬語に背中がむず痒くなる感覚を背中に感じるディーティニアとラグムシュエナ。
 カルラも珍しいものを見たという様子で、唯一違和感を感じていないのは初めて会ったフリジーニだけのようだ。

「今まで多くの剣を、斧を、槍を―――あらゆる武器を打ってきたよ。その度に私は使い手に相応しい武器を彼らに提供してきたつもりさ。ようするに私は私の打った武器で彼らを試していた(・・・・・)。私の武器の持ち手に足る使い手かどうかね。でも、今回ばかりは事情が異なるんだ。初めてだよ―――私の武器の方が試される(・・・・)ような化け物が現れるなんてさ」

 眠気に満ちていた瞳はそこにはなく。
 怠惰を貪っていた雰囲気はそこにはなく。

「何十年ぶりだろうか。この私が、こんな気持ちで武器を打つなんて。初めて武器を打ったとき以来だよ、ここまで心がゆれたのは」

 爛々と蒼い瞳を輝かせ、自分の前に現れた得体の知れない男に興味だけをぶつけていた。

「さぁ、打とう。今すぐ、ここで!! キミに相応しい。キミの力量に足るだけの刀を、私の全身全霊を込めて最高の一振りを打ち上げて見せようじゃないか!!」

 どこか狂気染みた笑みを浮かべ、フリジーニが吠える。
 先程までとの落差の激しさに、さしもののキョウも頬を引き攣らせながら一歩後退してしまった。
 ディーティニアも例外ではなくキョウの背中に隠れつつ及び腰になっているが、カルラだけは大物なのかニコニコと笑顔のままその場に佇んだままだ。ちなみにラグムシュエナも親友の変わり様にちょっとだけ逃げ腰になっていたが、そんな自分に気づき慌てて平静を装うとするも―――全員にバレバレであった。

 フリジーニはキョウの腕を掴むと隣接している小屋へと引っ張っていく。
 小柄な身体とは思えない力で、引き摺られていったキョウを見送っていた三人だったが、このまま放置するわけにもいくまいと後を追って小屋に向かう。
 小屋の中にはてっきりあのテンションの高さから、早速刀を打ち始めるかと思っていた三人の予想を覆し、椅子に座ったキョウと、彼の右手を両手で掴んでじっと見つめるフリジーニの姿があった。

 二人の間に会話はなく、黙ってキョウの手に視線を向け続けるハーフドワーフにラグムシュエナが声をかけようとするも、真剣な横顔に自然と言葉にならず喉から発生されることなく消えていく。

 そんな光景が続くこと数分。十数分。そして一時間。
 流石に耐え切れなくなったラグムシュエナだったが―――。

「暇だったら家に戻っていると良いよ。空いてる部屋は好きに使って良いから」
「むー。どうするっすか、二人とも?」

 先手を取るようなフリジーニの発言に、ラグムシュエナが背後の二人に振り返る。
 どうすると問うた彼女に、ディーティニアとカルラは顔を見合わせ。

「ふむ、餅は餅屋。鍛冶は鍛冶屋だとワシは思う。後は任せても構わぬのではないか?」
「そうですね。私達が居ても特に役に立つわけでもないでしょうし」
「それもそうっすねぇ。じゃー、部屋適当に借りとくっすよ?」
「はいはい。わかったから邪魔しないでね」

 小屋の扉を閉めて去っていく三人。
 残ったのはキョウとフリジーニの二人だけだ。
 二人っきりになってからも、彼らの間に会話はない。
 さらに一時間ほど経つと満足したのか、今度は目標をキョウの左手の手の平へと変更する。

 一言もなく時間は流れ続けた。
 防音処理がしてあるのか、小屋の外からは物音は全く聞こえない。
 つまりは内部の音も外には聞こえないということなのだが―――まだ会ったばかりの男と二人っきりになることに何の躊躇いもないフリジーニに多少の不安を覚える。
 キョウが視線をあげて彼女の表情を窺うも、そういった心配は全くしていないのがわかる真剣な表情だ。

「私はね、武器を打つ前に使い手の手の平を見るんだ。手を見れば、その人が歩んできた道が視える。どういった敵と戦ってきたか、どのような鍛錬を積んできたか。どんな領域を目指しているか。だからこそ、じっくりと依頼者の手を見させてもらう。大半はこの段階で、弾いちゃうんだけどね」
「なるほど。俺はお眼鏡にかなったのですか?」
「勿論。ぞくぞくするほど、凄いね。本音を言うと、全部が全部理解できているわけじゃないけどさ」

 くすくすっと笑いながら、ようやくキョウの左手から手を離す。
 椅子から立ち上がると、小屋の奥にある扉の方へと歩いていき―――ドアノブに手をかけたところで振り返った。

「じゃあ、今から私はキミの刀を打とうと思うけど。出来れば邪魔はしないで欲しいかな。用があるときはこちらからいくから。それ以外のときは遠慮してほしい」
「ああ、わかりました。他の三人にも言っておきます」
「うん、有難う。キミに相応しいモノを必ずこしらえてみせるから……楽しみに待っていて欲しい」
「期待させていただきます。ああ、それと……本当に部屋をお借りしても宜しいので?」
「うん、いいよいいよ。どうせ私以外住んでいないしね。それじゃあ、またね」
「はい。宜しくお願いします」

 ガチャンっと扉を閉めて奥の部屋へと消えていったフリジーニを見送ったキョウも、小屋から出て隣の家へと向かった。
 家の中に入れば、入り口の近い部屋のリビングにて、ディーティニアがこれ以上ないほどにリラックスしながら高級そうな椅子に座っている。見るだけで相当な価格がすると思われる椅子だ。
 人様の家でよくぞここまでゆったりとできるものだと内心で驚愕しながら茫然と立ち尽くしていたところ―――。




「おー、なんじゃ? お主の役目は終わったのかのぅ?」
「ああ。フリジーニさんは本格的に造りにかかってくれたようだ。声はかけないで欲しいと言ってたから邪魔するなよ?」
「うむ。それくらいの常識は持ち合わせておるわ」
「お前なら大丈夫と思うが。ユエナあたりは乱入していきそうだからな。一応注意しておかないと……で、残りの二人はどこに?」
「二階の部屋におるはずじゃよ。そのうち降りてくるのではないか?」

 キョウとディーティニアの会話を狙ったわけではないだろうが、トントンっとリズムよく階段を降りてくる音が聞こえ姿を現したのはラグムシュエナだった。
 部屋にキョウの姿を確認した彼女は、満面の笑顔を浮かべて隣まで駆け寄ってくると彼の腕を自分の胸で抱きしめながら両腕を絡ませる。

「お兄さん、お兄さん。食材の買出しに行かないっすか? 出不精のジーニのことだから絶対に食料が冷蔵庫にないだろーなと予想して見たんですけど、案の定何もなかったっす。うちが料理作るから買い物に付き合って欲しいっす」
「あー、そうだな。特に用事もないし別に構わないが……ディーテ、お前はどうする?」
「ワシはパスじゃよ。ここでゆっくりさせて貰っておくとしよう」

 キョウの言葉にギョっと驚いたラグムシュエナだったが、ディーティニアの断りを聞いて胸を撫で下ろす。
 お兄さんは女心わかってないっすねぇ……と呟いたが、当然それが彼の耳に届くことはない。

 二人揃ってフリジーニの家から出ると、一度では覚えきれないぐねぐねとした裏道を通り、大通りへと到着。
 夕陽は落ち夜中の時間帯になっているのだが、大通りを埋め尽くす人の流れが減っているようには見えなかった。その人数に比例するように、露天の数もまた夕方の時とほぼ変化はない。
 自分達の店で購買して貰おうと、粋の良い掛け声があちらこちらから聞こえる。

 どんな料理を作ろうか考えているのか、ラグムシュエナが何かしら考えているそぶりを見せていた。

「それにしても少し意外だが……ユエナは料理できたんだな」
「うわ、何気にお兄さん失礼っすね。こう見えても結構得意っすよー。そりゃお金を取れるほどのものではないっすけどね」
「いや、できるだけで十分だ。今までは毎回外食だったしな。かなり楽しみだな、お前の料理」
「ふふーん。凄い頑張って作るから期待しておくといいっす」

 相当に自信があるのか、両手を脇腹にあて薄い胸を張る。
 そこまで言うからには結構な腕前なのだろうと、ラグムシュエナの言うとおり期待を胸に抱く。
 北大陸からこのかた、外食ばかりでそろそろ家庭の味というものに飢えている頃合だったからだ。
 アナザーにいる頃はこんなことはなかったが、人間一度贅沢を味わうとなかなかそれが忘れられないらしい。キョウもまた例外ではなく、ディーティニアやミリアーナの料理で舌が肥えてしまっていた。

 何の夕飯を作るか確定しているのか、露店に並ぶ肉と野菜を熱心に見比べながら、少しでも質の良い材料を集めようと努力しているラグムシュエナの姿は大変可愛らしい。
 眼帯だけが多少彼女の容姿を霞ませているが、それを含めても十分に眼を惹く少女だ。
 いや、人の目をひくという点では眼帯がその役目を担っているのかもしれない。
 肉や野菜の購入が終わり、どうやら次は香辛料を欲しているようで、手近にあった露店を覗いてみる二人。
 ラグムシュエナが、必要となる香辛料を手に取り―――何故か悩み始める。

「その香辛料がどうかしたか?」
「うーん。これ、結構珍しいヤツなんっすよ。ちょっと使ってみたいんっすけど……」
「買えばいいんじゃないのか? 高級品というわけでは―――ないようだが」

 値段もそれほどではないので何故ラグムシュエナが悩むのか首を捻るキョウだったが。

「もし料理に合わなかったら嫌じゃないっすかー。しかもこんだけ使い切るのはしんどいっすよ? 捨てるのは勿体無いし」
「あー、そうだな」

 ラグムシュエナは意外と勿体無い精神を持っているのか、高給取りの割には細かな点も気にしていた。
 迷っていたが、結局購入することに決めたようで他の商品と一緒に露店の主らしき男へと手渡す。
 彼はそれらの価格を計算しつつも、キョウとラグムシュエナの二人を見て、にっこりと笑いかけてきた。

「なんだい、お二人さん。新婚さんで一緒に買出しかい?」
「―――っ!!」
「ああ、いえ。俺とこの―――」

 メキッと鈍い音と衝撃がキョウの横腹に叩き込まれた。
 避ける暇も与えない神速の肘打ちが気づいた時には、決まっていたのだ。
 ラグムシュエナのまさかの暴挙に、痛いというよりも驚いたキョウが、まじまじと目の前の少女を背後から見つめるも―――彼女はこれ以上ないほどの満面の笑顔だった。

「いやぁ、実はそうなんっすよぉ。今日の晩御飯の材料を一緒に買いに来てるんっす」
「おお、お嬢ちゃんみたいな可愛らしい嫁さんを貰うなんて、兄ちゃん羨ましいな」
「ええ、まぁ……可愛らしいには同感ですが」
「っ!?」

 キョウの褒め言葉に、ぷしゅーっと瞬間湯沸し器みたいに湯気をあげつつ顔を真っ赤に染め上げる狐耳少女。
 完全に固まってしまったラグムシュエナに男性は苦笑しつつ、机に並べている商品とは別の箱を漁り始めると―――中から丁寧に袋に包まれた蒼いリボンを取り出した。

「なぁ、兄ちゃん。そのお嬢ちゃんには散々お世話になってるんだろ? これでもプレゼントしてやりなよ」
「む……」

 露店の主としては、商品を売るための口上だったとしても、彼の言葉は的を射ていた。
 北大陸ではセルヴァの後の治療をしてもらい、《七剣》としての権力を活用。東大陸へ渡る船まで都合して、さらにはフリジーニまで紹介して貰う。
 確かに、信じられないほど世話になっている。恩には恩を返すのがキョウの信条。

「幾らでしょうか?」
「そっちのお嬢ちゃんには色々買ってもらってるし、金貨一枚でいいぜ?」
「それなら頂きます」

 金貨一枚を支払いリボンを受け取ると、固まっているラグムシュエナに手渡す。
 気がついた彼女は自分に手渡されたリボンとキョウの顔を順番に見比べ―――。

「え? あの? え? これ?」
「本当ならこの人に言われる前に気づかないと駄目だったんだが。まぁ、勘弁してくれ。ユエナには世話になってるし、貰ってくれると嬉しい」
「―――っ」


 自分の手元にあるリボンをじっと見つめた後。


「……有難う、お兄さん。本当に、凄く、今まで貰ってきた何よりも、誰からの贈り物よりも嬉しいっす」


 ぽろぽろと涙を流しながら―――それでもラグムシュエナは太陽を連想させる誰もが見惚れる笑顔で、幸せそうに笑っていた。























 キョウ達がフリジーニ家に世話になり始めて二日経ったある昼下がり。
 彼女は初日から一歩も仕事部屋から出ることはなく、文字通り寝食を惜しんで刀を打っているようだ。
 カルラは外出しており、ディーティニアは爆睡中。
 一階のリビングに居るのはキョウとラグムシュエナのみ。

「ふんふんふーん。ふんふふーん」

 部屋の掃除をしている彼女は意識せずとも鼻歌を口ずさんでおり―――その機嫌の良さは、ラグムシュエナの髪を後ろで結っている蒼いリボンであることは明白だ。 顔は笑顔で緩みきっていて、狐耳と尻尾もこれ以上ないほどにパタパタと左右に動いている。
 人生で一番の幸せです、と身体全体から無言の発信を行っていた。


「お兄さん、今日の昼御飯何にするっすか? 何でも好きなの作っちゃうっすよぉ」
「あー、何でも良いかな」
「何でも良いが一番困るんっすけどねー。でも、何か美味しいやつ作るっすから楽しみにしててくださいっすよ」

 口では困ると言っておきながら、全くそんな様子は見せない。
 掃除を終わらせ、料理をするために部屋を移動しようとしたその時―――。

 コンコン、と扉を叩く音が響いた。
 その音はなんということもない、ただ扉を手で叩いた音だ。
 だが、それにキョウの背筋がぞっとした。
 まるで死神の足音にも、それは聞こえ―――。

「はいはーい。なんかようっすかー?」

 ラグムシュエナが扉を開けるとそこには、若い男が一人。
 彼は懐から剣と剣が重なり合った紋様が刻まれたカードを見せると、それと同時にラグムシュエナの雰囲気が一変する。

「ラグムシュエナ殿。火急の命がアルストロメリア殿から届いております」
「用件は?」
「詳しいことは後ほどアルストロメリア殿からお聞きください。南西にある港町ファイルにて、数日後には到着されるとのことです。そこで合流してほしい、と」
「……了解した。任務ご苦労」
「はっ!! 失礼致します」

 若い男は敬礼を一つ。
 他にも仕事があるのか、そのまま姿を消していった。
 残されたキョウとラグムシュエナだったが十秒ほどたつと、はぁーっと深いため息をつきながらキョウに頭を下げる。

「お兄さん、ごめん。ちょっと《七剣》の用事ができちゃったっす」
「いや。むしろ今までよく休みをもらえたと思うが……」

「それもそうっすねぇ。まぁ、ちゃちゃっと終わらせてくるっすから」

 二階へ駆け出していくと、僅か数分で一階へと戻ってくる。
 よくそんな短時間で荷造りできるものだと感心しながら、外へ出るラグムシュエナを見送ろうとして―――。

「うん? どうかしたっすか、お兄さん?」

 気がついたときには無意識のうちに彼女の腕を掴んで自分の下へと引き寄せていた。
 困惑しつつ、抱き寄せられたラグムシュエナは若干嬉しそうに顔をだらしなく緩ませて。

「いや……何でもない。気を、つけろよ?」
「うん、大丈夫。うちはこう見えても《七剣》っすからね。すぐに帰ってくるから心配いらないっす」
「……ああ。だが、十分に気をつけろ」
「お兄さん、心配性っすねぇ。でも、お兄さんがそこまで言うなら細心の注意を払って行って来るっすから」

 ニコリっと笑顔を浮かべたラグムシュエナは―――キョウの顔に自分の顔を近づけ狐耳を相手の耳と擦り合わせる。
 ふさふさとした感触が皮膚をくすぐった。
 しばらく耳を擦り合わせていたラグムシュエナは、満足したのかキョウから離れて家を出る。
 大きく手を振りながら、彼女はキョウの前から姿を消してゆく。
 それにどうしようもない寂寥感と悪寒を感じながら―――キョウは彼女を静かに見送った。

 一方裏通りを駆け抜けるラグムシュエナは、顔を林檎のように真っ赤にさせ。

「狐耳族の女にとって、異性と耳同士を擦り合わせるのは―――最大限の親愛の情だって知った時のお兄さんの反応が楽しみっすね」

 その時のキョウの様子を想像した彼女は―――くししっと悪戯小僧のような笑みを口元へ浮かべプラダの街を疾走していった。






 



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