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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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三十六章 不穏な影









 港町レールから南に五日ほど乗り合い馬車で向かった先にある都市プラダ。
 そこが今のキョウ達の目的地である。運がいいことに乗り合い馬車に乗車することができたのは、日ごろの行いがよかったためだろうか。
 ガタンゴトンと馬車の車輪が道を走るたびに音をたてる。それと同時に、多少の震動も伝わってくるのはある意味仕方ないとも言えた。南へと真っ直ぐ伸びる道は幾ら舗装されているとはいえ、実際にされたのは随分と昔の話だ。
 長年利用していれば道も劣化していくのも当然のことで、快適な旅―――というわけにもいかない。

 乗り合い馬車といっても一つだけで南へ向かっているわけでもない。
 数台。人を乗せている馬車もあれば、荷物を積んでいる馬車もある。今回はまだ少ない方らしいということを、御者をしている男が教えてくれた。

 現在のキョウ達が乗っている馬車の荷台には六名が座っている。
 キョウとディーティニア、ラグムシュエナにカルラ。それ以外に二人。中年の男性とその娘らしき人物だ。娘はまだ幼いようで、十代前半にも見えた。それでも、ディーティニアより身長は僅かに高いのだから、少しだけ可哀相になってくる。

 馬車の雰囲気は最悪だったといえる。
 特にラグムシュエナとカルラの間の空気が目に見えてパチパチと火花を散らしているのだから。
 ディーティニアは面倒くさくなったのか、胡坐をかいて座っているキョウの膝を枕としてずっと昼寝をしている最中だ。

 無言で睨みあう様は、不思議なプレッシャーを周囲に与える。
 親娘は、何事かと若干離れた場所からちらちらと見てくるのだが―――他の人間の厄介事に首を突っ込みたくないのか、特に何かを言ってくるわけでもなく時間が過ぎていく。

 そんな折に娘がキョウ達へと視線を向け、たまたま目が合った。
 恥ずかしそうに慌てて視線を逸らした姿から、キョウは娘が人見知りするのだろうと理解する。人見知りじゃなくても、これだけ悪い雰囲気を作り出している人間の知り合いに話しかけようとする者はなかなかいないかもしれない。
 娘の青い髪がさらさらと揺れている。その髪の色が昔の知り合いの姿を思い出させた。
 この馬車の状況も当時の光景を思い出させる手助けをして、懐かしい過去に思いを馳せた。

 まだ、キョウが外界(アナザー)にいた頃。
 エレクシル教国という、唯一神として女神(エレクシル)を崇拝している国家があった。
 その国家と真正面から戦争を仕掛けたのがキョウを含めた七つの人災と呼ばれる七人。
 彼らがそれを為し得たのは各々が凶悪極まりない特異能力(アビリティ)を有していたがためだ。

 女神から人間に与えられた奇跡を人は魔法と呼ぶ。
 世界から人間に与えられた奇跡を人は特異能力(アビリティ)と呼ぶ。

 特異能力(アビリティ)のみを使用し、エレクシル教国を滅ぼした最悪の七人。
 それが七つの人災。世界最強の名を欲しいがままにした《操血》を頂点として、他の六人で構成された戦闘集団。国を滅ぼしたが故に人災とまで呼ばれるに至ったアナザー屈指の怪物達だ。

 そんな彼らの関係は大変微妙である。
 例えば、《操血》はキョウを除いた他の五人の名前すら覚えていない。ああ、そういえば見たことがある顔だな―――程度の認識しか持っていない。
 他の四人も我が強く、事あるごとに衝突していた。
 例外はキョウともう一人。二人が間に入ることによって、なんとかぎりぎりのバランスを保つことが出来ていたという事実。
 本当によく生き残ったな……と、過去を思い出していたキョウが膝枕をしているディーティニアの髪を弄りながら、深いため息をついた。

 ―――そういえば、あいつ生きてるのか?

 七つの人災唯一の常識人であった蒼髪の女性を思い出す。キョウに近い年齢でありながら、未だ十代半ばに間違えられる若作りもいいところの女性だった。
 エレクシル教国を潰してから解散した七つの人災であるが、ごくまれにだが邂逅することもあった。
 しかし、彼女の噂だけは二年ほど昔を境に全く聞かなくなり―――死んだのだという噂がまことしやかに流されていたのだが。
 キョウは彼女がそんな簡単に死ぬ相手だとは思っていない。彼女を殺せる者がいるとすれば《操血》だけだ。
 まともにやりあえば、確実にキョウが勝つ。だが、彼女の本来の強み―――無音無臭の暗殺術。それだけは腹が立つほどに相性が悪い。集中しているキョウの気配察知さえも潜り抜ける不可思議な技能を使う。気殺や相手の死角を取る戦法は、彼女から盗んだといっても良い。

 外界(アナザー)最強にして最凶の暗殺者。
 七つの人災。影使い(シャドウ)

 底抜けに蒼いスカイブルーの髪と吊り上った目元が特徴で、黒尽くめの服装を好み、決してそれ以外の色の服を着ない変わり者。
 ただし暗殺者の癖に一番の常識人というのが、皮肉にしかならない話である。


 考え事をしていたキョウの身体がガクンっと揺れる。
 いや、キョウの身体だけではなかったようで、馬車自体が大きく震動していた。
 平地の道は終わり、いつのまにか四方が山に囲まれた山道に入ったため、上空まで木々に覆われ太陽の光を遮り薄暗い道が続いている。
 しかし、最初に感じた震動以外は、平地よりもむしろ快適であった。
 舗装は僅かにされているばかりなのだが往来の交通量が多いのだろうか、緩やかな登りの山道はまるで平坦な道を進んでいるような錯覚さえ感じてしまう。

 道脇に生い茂っている木々も、風が吹いたのかサラサラと葉が重なり合った音を響かせる。 
 森を進んでいくうちに、頭上で名も知らぬ鳥の声が、山間に木霊した。
 長い月日をかけて開拓されたこの山道には滅多なことが無い限り危険生物は近寄らない。それを証明するように狐やリスといった小動物が木立の隙間を縫うように駆けていく。

 途中何度か反対方向から来た行商人らしき人間が乗っている荷馬車とすれ違う。
 挨拶をかわし道中どうだったのか情報を交換し合うが、どうやら特に問題は起きていないようで、キョウ達が乗車している馬車の御者も胸を撫で下ろしていた。
 脇道に逸れる箇所もなく、迷いようが無い一本道。非常にわかりやすく、進みやすいのだが―――山を登っているからには一直線とはいけず、何度か曲がりくねる道を馬車は進んでいく。

 山道に入って三時間程度の時間が流れる。
 空から照り付けていた豊かな陽射しは、上空を木々が遮っているとはいえ幾分かキョウ達の行く道に光を落としてきていたが、昼過ぎに出発したせいか既に夕陽が差す時間帯となった。

 このまま野宿をするのかと考えていたキョウだったが、それを狙っていたわけでもなく深緑に閉ざされていた視界が突如パァっと開ける。
 夕陽が赤く照らす山間。その一部を切り開き多くの建物が建てられていた。村を覆うように、丸太を組んで造られた柵が広がっている。流石に山の中にあるだけあって、危険生物や野生動物を近づけないために作っているのだろう。

 村の入り口には、意外というか当たり前というか、門番らしき人間が二人立っていた。
 何かを警戒している様子もなく、他の馬車に乗っていた男が通行手形らしきものを見せ、それに目を通した門番はあっさりとキョウ達が乗る乗り合い馬車を村の中へと入れてくれた。
 馬車に乗っていた男と門番が二言、三言親しげな様子で話しているのを見ると、どうやら何度も通っている顔見知りだったようで、ここまで警戒されなかったのも納得がいくことであった。

 小さいながらも村はそこそこの活気に溢れている。
 建物の戸数はそれほどでもないが、村人以外にも多くの旅人らしき人物が見受けられた。
 北大陸への船がでている港町レールと、南にある街の多くを繋ぐ街道の途中にある村として道中に立ち寄る人がいるためか、こんな山間部にある村としては異例と言える人の多さだ。

 馬車を村の隅にある専用の空き地へと止め、翌日の出発時間を確認すると馬車に乗っていた人間は各々村の中へと散ってゆく。
 田舎の村にありがちな、余所者が来たと奇異の目で見られることも無く、キョウ達は宿にて部屋を借りることが出来た。旅人が寄ることが多いため、村人は余所者に慣れきってしまったのだろう。

 キョウ達三人は同じ宿。レールで泊まった時のような大きい所ではなく、《勇敢なる野兎の館》―――よりもさらに小さい宿で部屋を借りる。村の規模が大きくない以上、贅沢は言っていられない。ただし料金は旅行者の足元を多少見ているのか、小金貨四枚と、お高くなっている。
 とはいっても、まさか村にいるのに野宿するわけにもいかず大人しく部屋を借りる。村にはこの宿だけではなく、他にも二つばかしあるようだが、それでも商売を続けていけるのならば、それなりに需要があるということだ。
 宿泊料金は何処も一緒で、差がでないように提携でもしているのだろう。

 キョウ達は部屋を借りた後、宿に併設されている酒場兼食堂に足を踏み入れた。
 空いていたテーブルに三人が腰を下ろすと、にこにこと満点の笑顔をしたカルラがちゃっかりと同席をしてくる。
 噛み付きそうな勢いのラグムシュエナだったが、一日の馬車での出来事で、無駄を悟ったのか特に文句を言うことはなかった。

「……料金は別っすからね」
「はいはい。構いませんよ」

 苦虫を噛み潰した物言いに、カルラは飄々と返答をする。
 ラグムシュエナは彼女を本気では嫌っていないようだが、最初の出会いがまずかったのか珍しく打ち解けようとしていない。対してカルラはどこか面白そうに、ラグムシュエナの相手をしていた。
 両者とも本気で嫌い合っていないというのが救いである。もし両者とも本気でやりあったら、宿が壊れるどころでは済まなくなるからだ。下手をしたらこの村が更地になってもおかしくはない。

 村人達は自分の家で食事をしているのか、食堂には旅行者然とした人間しかいなかった。
 三つある宿に上手いこと分散したため、食堂もそこまで一杯になっているというわけではない。乗り合い馬車で見知った人間はちらほらいるが、殆どは別口で旅をしてきている者ばかりのようだ。

「それにしてもこれが後四日近く続くと思うと中々にしんどいのぅ」
「そうだな。今日は昼過ぎは多少悪路が多かったからな。意外と腰にくる」
「まぁ、それでも乗り合い馬車は楽っすからねぇ。警護も雇っている他の探求者がやってくれるし」

 お前はずっと寝ていただろう、という突っ込みを入れたくなるキョウだったが我慢。
 運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、会話を続ける。
 本来は第七級探求者としてキョウも警護を兼ねて乗り合い馬車に同行することもできたが、既に警護する探求者は決まっていたため残念ながらただ乗りはできなかった。
 出発二時間前だったのだから、むしろ警護担当の探求者が決まっていないほうが恐ろしいのだが。

「あらあら。そういえば旦那様は探求者でいらしたのですか? 生憎と田舎暮らしが長かったため旦那様のお名前は寡聞にも存じ上げておりません。僭越ながら階級をお聞きしても?」
「あー、一応第七級かな」
「少々意外ですが……貴方ほどの腕前の方が第七級とは。探求者組合は何を考えているのですかね」
「いや、俺は半年ほど前に外界(アナザー)から来た送り人だしな。まだこっちに来てそれほど活動しているわけでもないから仕方ない」

 送り人、という単語を聞いたカルラは一瞬だけ目を広げ、どこか納得した面持ちで軽く二、三度頷いた。

「なるほど。それでしたら旦那様の名前を聞いたことが無いのも頷けます」
「……これから嫌でも広まる名前だとは思うがのぅ」

 どこか呆れながらぼやいたディーティニアが、一口サイズの肉団子をヒョイっと口の中に放り込む。
 モニュモニュと頬張りながら飲み込むと、もう一個を口の中に入れた。どうやら彼女は肉団子を気に入ったらしい。
 飛び散った肉汁がディーティニアの口の横についているのに気づいたキョウがそそくさと布巾で彼女の口を拭う。
 最初は驚いた魔女だったが、特に反抗することもなくされるがままだ。

「なんかお兄さんって、ディーテさんのお父さんみたいな感じがするっすよねぇ」 
「俺はまだ娘がいるような歳では―――いや、居てもおかしくはないが。こんな大きな娘がいたら困る」

 ぽんぽんっと隣に座っているディーティニアの頭を叩く。
 魔女のトレードマークである三角帽子は、礼儀として食事中は取っているため頭を叩くことは可能となっている。

「それでは《七剣》殿は旦那様の妹ですね。お兄さんと呼んでいますし」
「むぅ……お兄さんの妹ポジションっていうのも結構な魅力っすねー」
「お似合いですよ? ということは必然的に私が旦那様の妻役ということ―――」

 ビュンっと風を切り裂いてカルラの顔の真横を通ったフォークが背後にあった壁に突き刺さる。
 カンっと奇妙な音をたてて壁に突き刺さったフォークは暫くの間揺れていたが、やがて震動をやめて止まった。
 飛ばしたのは当然、ラグムシュエナだ。どこかすわった眼でジロリっとカルラを睨みつける。

「カグヅチさんがお兄さんの妻なんて百億年はやいっす」 
「あらあら。ですが、旦那様は拒否されませんでしたよ? 多少は私にも可能性があると思いますが」
「……絶対にないっすからね!! そうっすよね、お兄さん!?」

 じっと凝視してくる二対の眼。
 ディーティニアは相変わらず我関せずの立場を崩していない。
 キョウは面倒臭いと内心で考えながら―――静かに席を立つ。

「少し行ってくる(・・・・・)
「うむ、気をつけるのじゃぞ(・・・・・・・・・)」 

 意味深な発言で食堂を出て行くキョウを、同じく意味深な言葉で送り出したディーティニア。
 二人を見比べてキョトンっと首を傾げるのはラグムシュエナとカルラだ。
 狐耳少女が自分の質問をスルーされたことに気づき、慌てて立ち上がる。カルラも面白そうなものが見れるかもしれないと、ラグムシュエナの後を追おうとして。

「二人とも、座っておれ(・・・・・)

 有無を言わさない、質量を持ったと勘違いする重い言葉が二人の耳に届く。
 二人の本能がディーティニアに逆らうことを許さない。魔女は特に怒りを込めたつもりもなく、二人を叱るつもりもなかった。ただ、二人を座らせようと声に力を込めただけ。
 それなのに、二人はまるで死神の鎌が首に添えられた悪寒を感じ取っていた。
 ラグムシュエナもカルラも幻想大陸でも有数の強者だ。それは間違いない。
 だからこそディーティニアの力量を自然と理解してしまい、逆らうことを本能が拒絶する。

「……わかったっすよ」
「男性には一人になりたいときもあるようですしね。ディーテ殿に従っておきましょう」
「うむ、それでいい。あやつも困ったら助けを求めてくるじゃろう。ワシらは大人しく御飯を食べておけばいいのじゃよ」

 一人だけキョウのことを理解しているらしいディーティニアの発言に、僅かながらの羨望と嫉妬を感じるラグムシュエナは頬を膨らませながら食事を再開させるのであった。

  
















 丁度食事時ということもあり、村の中を出歩いている人間は見当たらなかった。
 そんな中、宿から出たキョウは村の北へと足を向けた。途中村人に出くわさなかったおかげで、詮索等はされなかったことを幸運だと考えながら歩くこと十分程度。
 村の最も北には、ある場所が存在した。村人も墓参りをする時以外はあまり近寄らない共同墓地。

 満天の夜空の下、キョウは腰に差してあるラギールの刀の感触を確かめながら墓地の入り口を潜る。
 クンっと鼻で匂いを嗅がなくてもわかるほど濃い死臭。普通の墓場よりも、はっきりと強くおぞましい臭いが充満していることにキョウは気づいた。

「……村から離れているのは御の字か」

 こんな夜中に墓参りをする者などいない。
 だが、墓地には幾つもの人影が見て取れた。ただし、それらは全てが―――異様な風体の怪異の群れだ。
 誰もがまともな着衣を着ている者はおらず。頭部には僅かに残された髪の毛が少々。身体全体が腐り落ち、腐臭を放つ。身体の表面のみならず、内臓までもが腐りはて、動くたびに地面に溶け落ちる腐肉が見るものに自然と恐怖を与えた。
 埋められた墓の下から蘇った地獄の亡者が、濁った生命なき眼球で墓地の入り口に立つキョウを睨みつけている。

 自分達とは異なり、この世を謳歌している命を持つキョウ=スメラギへと深い憎しみをぶつけてきているようだった。
 緩慢な動作で、足を引き摺りながら墓地の内部に蠢いていた第九級危険生物である《下位不死種》に属するゾンビの群れが、進行を開始する。
 嫌な気配を感じたがために来てみれば、実に厄介な相手のようで、ふぅっと息を吐く。

 こんな相手とわかっていれば、間違いなくディーティニアをつれてきたというのに、一人で来たことを後悔しつつあった。見るからに炎に弱そうな敵だ。出来ればあまり触れたくない類の相手なので、今からでも獄炎の魔女を引っ張ってこようかと考え始めるくらいである。もしかしたら、相手がゾンビと気づいたので、ディーティニアはこなかったのかもしれない。
 それが本当なのかはディーティニアだけが知ることだ。

 ゾンビは見ての通り、動きが鈍重だ。
 冷静に戦えばある程度の訓練を積んだ者ならば苦戦せずに倒すことは可能。冷静(・・)に戦うことができれば、の話になるが。かつては太陽の下を歩いていた命ある者が醜悪な姿になっているとはいえ、元は幻想大陸に生きた同胞。それを何の躊躇いもなく相手取ることができるには、相応の経験が必要である。

 発声器官も腐り、声なき妄執が墓場を満たす。
 生ある者を喰らいつくそうと、まずは眼前にいるキョウへと襲い掛かっていった。

「―――ふっ」

 だが、彼らの前に居るのはキョウ=スメラギだ。
 刀一つで外界(アナザー)最凶と認められた剣士である。たかが死体が襲い掛かってきた程度では、怯むことなどありはしない。

 手近にいたゾンビの首に刀を一閃。
 肉を断つ感触と同時に、ごとりっと地面に頭が落ちた。それでも両手をキョウへと向けてゆっくりとだが一歩を踏み出してくる。厄介なと考えながら、袈裟懸けに一太刀。腐りかけている肉体は、キョウの刀を容易く受け入れ、両断に至った。   流石にそこまでされては、動き出すことはなく。崩れ落ちた死体から、黒い靄が溢れ出し―――さぁっと死体が跡形もなく消え去った。

 この光景はできるだけ村人には見せたくない。
 迫り来る死体の群れを前にして、キョウは刀を振り続ける。
 幸いにもキョウは、この村にきたばかりの余所者だ。だが、村人はそうではない。
 蘇ってきている死体には、村人の父がいるかもしれない。母がいるかもしれない。兄弟が、友が、祖父母が―――おぞましい死体となって蠢いてきているかもしれない。

 これまで散々命を刈り取ってきたキョウが心配するのはお門違いともいえた。
 だが、こんな光景は―――見ないほうが幸せだ。

 異様な姿で迫り来るゾンビの伸ばしてきた両手が宙に飛ぶ。
 斬った傷口から腐った肉が地面に落ちる。ジュワっと地面に生えていた雑草を汚して、大地を穢す。
 嫌悪も恐れもなく、胴を横薙ぎに払う。ずるりっと上半身が下半身に別れを告げて崩れ落ちた。

 死した怪物達もまた、キョウに対して恐怖を抱くことなく進撃を続ける。
 共同墓地にて行われる、剣士と死者の饗宴。

 剣士が刀を振るうたびに、肉を斬り、骨を断つ音が夜の世界に響き渡った。
 刀がその音をたてるたびに、墓地に渦巻く死者たちは黒い靄を立ち昇らせながら、消えていく。

 この地域は土葬が多いため、ゾンビになって蘇るものが多いようで、厄介なことだと内心で思いながら周囲を取り巻く敵の首を断ち切る。
 腐肉が、四肢が斬られるたびに、黒い靄もまた弾け飛び、幻だったのかと思わせるように消えてゆく。

 縦か横に肉体を両断された怪物達は、黒い靄となって消えるよりもキョウによって斬られる数の方が多く、次第に彼の周囲には死者の山ができあがっていった。
 次々と起き上がってくるゾンビ達が、蘇ってくるや否や滅殺される様は、この光景を見ているたった一人の観客の背筋を冷たくさせるには十分で。

「―――そこか」

 ボっとキョウの足元の地面が爆ぜる。土が捲れ上がり、宙に浮かんだ。
 ゾンビ以外に感じた違和感。それ以外の異形なる者の気配。
 墓地よりさらに奥に広がっている森の一部に向かって疾走した。ゾンビを蘇らせることに集中していた人影は―――その行動に対処するのが一拍遅れる。他の相手ならば問題はなかっただろうが、キョウ相手にはそれが生死をわける一瞬となる―――もし、彼を守る死者がいなかったならばの話だったが。

 木の後ろに隠れていた黒ローブ姿の何か(・・)が、森の奥へと逃げ出すのを庇うように、数体の死者がキョウへと襲い掛かる。舌打ち一つ、刀が闇を断ち切った。邪魔する死者を相手取っている隙に、ことの首謀者は闇夜が支配する森へと紛れ込み―――キョウから逃げ出すことに成功した。
 残されたのは静寂と一人の剣士。墓地にて消えかけている死者を静かに見送る。

 冷酷に、冷徹に、残酷に―――だが、慈悲深く。

 数十を超える死者を、冥府へと送り返した一人の剣士はパチンっと刀を鞘へと戻した。

















 中央大陸と東大陸を繋ぐ海路に船が数隻。
 そのどれもが商船というわけではなく、神聖エレクシル帝国の紋章を旗に掲げている。
 中央大陸と東大陸は大陸間の距離が近く、海流の関係もあって僅か三日程度しかかからない。
 そのため、アルストロメリアを中心とした軍団は然程荷物を用意することもなく東大陸へと旅立つことが出来た。そうはいっても、実は上に許可を取ったり、騎士団の準備をしたりとそれだけでかなりの日にちを使用してしまっているのだが。

 船団の中心に位置する船の船尾にて、一人の少女が海を見詰めていた。
 《七剣》第五席。アールマティその人である。黒一色で上下の服を統一した彼女はよくラグムシュエナにお洒落に気を使った方が良いと助言をされていた。もっとも本人は微塵も黒色から変える気は無い。

 水平線の彼方まで続く平穏な海を黙って眺める姿は、どこか荘厳な一枚絵を思い描かせるほどのものであった。
 そんな彼女に近づく一人の女性。長身痩躯で鈍い色を放つ金属製の鎧を身に纏ったアルストロメリアだ。
 相変わらず片手で、自分の身長ほどもある戦斧を軽々と持ち運んでいる。

「海がどうかしましたか?」
「……別に。ただ、静かだな、ってね」
「ああ、そういえばそうでしたね。貴女がいた世界の海は……」
「うん。まぁ、それで何か用?」

 仮にも上司にあたるアルストロメリアを前にしても普段通りの彼女だが―――それを見ている騎士達には驚きの色はない。基本的に《七剣》は奔放な性格の者が多い。実力が全てであり、優先される。
 そのため基本的に皆、一癖二癖ある人物ばかりとなってしまったのも仕方がないことだ。

「貴女には不死王ノインテーターのことを話さないといけないと思いまして」
「大体のことは聞いたけど……詳しく教えてもらえるなら助かるかな」
「はい。まず奴の能力は死者を操ることです。死者といいましたが、命を落としたものならば、なんであろうと構いません。例えば魔族やら魔獣や、それこそ竜種や巨人種でも可能です。死者として奴の配下になった怪物は、まともな思考が残ってはいません。命ある者を喰らいつくそうと行動します。かつては十万にも及ぶ大軍勢を用いて、東大陸を蹂躙して回った―――生きた天災と呼ばれる怪物の一体」

 生きた天災(・・・・・)という単語にピクリっと眉を動かしたアールマティは、どこか小馬鹿にしたように口元を歪めた。顔は海へと向けているので、それがアルストロメリアに見られることはなかったが……様子が少し変わったことにハーフエルフは目ざとく気づく。

「で、そいつが動き出したの? その証拠は?」
「ありません。ですが、間違いないでしょう。四十年前に彼を撃退した獄炎の魔女―――ディーティニアが東大陸へと渡ったと同時に東の辺境の村や街から忽然と人が居なくなる。あまりにもタイミングが良すぎます。可能性として最も高いのは、ノインテーターの仕業と考えるべきでしょう」
「間違ってたら?」
「その時はその時です。いえ、間違っている方が本来は良いのですけどね」

 真剣な様子のアルストロメリアと異なり、アールマティは第一席と異なり普段通りだ。
 それというのも理由がある。彼女は第五席という立場にいるが、いまいち危険生物の危険性を認識していない。それは何故か。単純な話で、アールマティ=デゲーデンハイドは送り人だからだ。二年程前に幻想大陸へと気がついたら漂着しており、たまたま神聖エレクシル帝国の騎士団と魔族が戦争をしている場面に出くわし、とりあえず奇妙な姿をしている魔族を虐殺していたら何時の間にかあれよあれよと《七剣》に選ばれた。
 そのため幻想大陸で生まれ育った他の人間よりも、生きた天災と呼ばれる怪物達への脅威を実感していないというわけだ。

「……あたしはあたしの仕事をこなすだけ」
「そうですね。それで構いません。ああ、それと貴女に報告せねばならないことが一つあります」
「ん、何かあった?」

 畏まるアルストロメリアが、コホンっと咳払いをしつつ真剣な眼差しをアールマティに送る。

「北大陸の魔獣の王。セルヴァはラグムシュエナ達が王の森まで撤退させたというのは虚偽の報告です。陸獣王は一人の男の手によって倒されました」
「ふーん」

 ああ、そんなことか。
 そんな気の抜けない返答をしてアールマティは、踵を返した。
 報告することがそれならばもう用はない。無言でそう語るアールマティの背中にアルストロメリアは―――。

「倒したのは貴女と同じ送り人(・・・)。名を―――キョウ=スメラギ」
「―――はぁっ!?」

 キョウ=スメラギという名を聞いた途端、普段のアールマティとは思えない声をあげて慌てて振り返る。無理矢理に身体を捻って振り返ったためか、足を引っ掛けてバランスを崩す。
 そのまま降りようとしていた階段をごろごろと転がり落ちて、そのままの勢いで船室の壁にぶつかって止まった。
 周囲にいる人間すべてが固まったのはある意味当然だ。アルストロメリアと同じくらい冷静沈着を体現した少女の無様な格好に、何と声をかければ良いのか戸惑っている。

「―――キョ、キョウ!? スメラギ!? まじで!?」

 相当に全身を打っただろうに、ガバっと勢いよく立ち上がるとアルストロメリアの首を掴んでブンブンと前後に振り回す。
 強烈に前後に振り回された拍子に顎を金属の鎧に打ちつけたエルフは涙目になりながら自分の首を掴んでいるアールマティの両手を掴み返してやめさせた。

「な、なにすんねん!? 痛いやろうが、この馬鹿ちんが!!」
「……え?」

 今度は眼が点になるのはアールマティとそれ以外の騎士達だ。
 常に冷静さを保ち続ける《永久凍土》が奇妙な大声をあげたのだから。
 シーンと葬式のように静まり返った船上で、ハっとアルストロメリアが我を取り戻す。

「えっと……アルマ。貴女はキョウ=スメラギを知っているのですか?」

 無かったことにしようとしている彼女に対して―――それを突っ込める者がいる筈もなく。
 ましてや突っ込んだら持っている戦斧で真っ二つにしてやろう的なオーラを放っている彼女から皆が眼をそらす。

「うん。むしろ送り人であいつ知らない方がおかしいよ。すんごい有名人。というか、歴史に名を残す大犯罪者。七人で一国を滅ぼした人間(怪物)の一人だって。通称は《剣魔》やら《識剣》やら世界最凶やら。《操血の守護剣》とかもあったかな」
「……なんですか、それは。国一つを七人で滅ぼす? もう第一級危険生物の領域ですよね、それは」
「いや、人間。でも安心して良いよ。《七つの人災》の中ではかなり良識ある奴だし。《操血》が来たら下手したら魔族も人間も皆殺しだったかも……運が良いのかな」 
「嫌な予感しかしませんね……それはそうと、アルマ。貴女随分と話すんですね」
「……な、なんのことかな」

 必要なこと以外は話さない無口のアールマティとは思えないマシンガントークに、意外そうな視線を向けてきた。
 しまったと思いながらも時既に遅し。これ以上突っ込まれる前に、アールマティはその場から逃げ出した。

 甲板を疾走する彼女は、船尾から船室へと繋がっている扉を潜り、アルストロメリアの目から逃れると。

「……あいつとは数年ぶりかな。相変わらずみたいで、良かったよ」

 どこか楽しげな雰囲気を放ちながら、パチンっと指を鳴らす。
 階段を降りていくアールマティの影が一瞬―――ざわりっと蠢いたことに気づく者はまだ誰もいない。











ちなみに死人は普通にでます。
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