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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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三十二章 鬼人族





 東大陸の北西に位置す港町レール。
 キョウ達を乗せた船がレールに到着したのは既に夜の帳が落ちつつある時間帯であった。
 太陽は沈み、明日に備えての活力を多くの人間が養うであろうこの時間になってなお、キョウ達三人が歩いている市場通りは賑やかしい。

 通りのあちらこちらに見られる魔法の光を灯した街灯。キョウが知る限り幻想大陸へ来てここまで賑やかな夜の街を見かけたのはレールが初めてである。
 通りに並ぶ街灯や、通りに立ち並んでいる屋台が使用しているランプによって、夜の闇を振り払いまるで昼間を思い描かせる光の空間をこの場所に作り出していた。

 何故ここまで盛況なのか。
 それには少し理由がある。まず幻想大陸の広大な海には危険生物が住んでいるというのを忘れてはならない。彼らの多くはある程度の縄張り意識を持ち、そこから出てくることは滅多にない。相当に腹をすかしていたり、新たな脅威によって住処を負われたりした場合は除くが、普段は危険な海域というのはある程度決まっている。また海流も関係しており、東大陸でこの街以外からは北大陸へと船で向かうことが出来ないのだ。

 そのため北大陸へ行く場合には嫌でもこの街を通ることになる。つまりは貿易に関してもそれは例外ではなく北大陸と西大陸の商品は全てここを介して各々の大陸全域へと行き渡っているというわけだ。商品や人が多く集まるこの街が活気がでないほうがおかしいのである。

 端が見えないほどに続いている市場通りの至るところから商売人の声が飛び交っていた。
 まるで工業都市ネールを思い出させる盛況ぶりに、懐かしいを感じたキョウの口元が僅かに綻んだ。

 ラグムシュエナは物珍しげに左右に広がる商店を覗き込んでいるのだが、その度に店の主に色々と勧められている。それを実に上手いことかわすあたりが彼女らしいといえば彼女らしいのかもしれない。
 対してディーティニアはというと、先程漸く船旅から解放されたばかりということもあり、ふらふらと不安定に揺れながらキョウの後をついてきている。元々色白のうえ小柄で痩せて見える彼女が、げっそりとしており白い肌が青白く見えてしまっているのだから何かしらの病気にかかっているのではないかと、通りすがりの人間達に深読みされてしまっていた。
 まさかただの船酔いの影響とは誰一人として考え付かないのはある意味当然である。

「……なぁ、ディーテ。大丈夫なのか?」
「う……うむ。少々、駄目、かもしれん……」

 今にも倒れそうな彼女の様子に、これは本格的にまずいと判断したキョウがその場で腰を屈め、背をふらふらのディーティニアへ向けた。

「宿屋まで運んでやる。乗って良いぞ」
「……いや、しかし……」
「遠慮することはない。お前は軽いしな、一日だって背負っていられるぞ?」
「……わかったのじゃ。背に腹は、かえられぬしのぅ……」

 キョウの背に乗ることを若干躊躇う小さな魔女だったが、キョウの言葉と自分の限界を見極め大人しく背負われる選択肢を選び取った。
 彼の発言どおり、ディーティニアを背負うと軽々と立ち上がり歩き始める。その姿は小柄とはいえ到底人一人を背負って歩いている様子にも見えはしない。
 当然、道行く人々にちらちらと見られているのだが、キョウは特に気にも留めず。ディーティニアも最初は羞恥心を感じていたようだが、まだ船酔いの影響が残っており次第に気にする余裕もなくなっていった。ただし、青白い頬が微かに赤みを帯びていたのに背負っている男は全く気づいていない。

「あ、あれ? お兄さん、なんでディーテさん担いでるんっすか?」
「ああ、こいつも結構限界のようだ。先に宿を取って休ませたいんだが、いいか?」
「流石にこの時間から街の外に出るのは厳しいっすからねー。了解っす」

 露天を見回っていたラグムシュエナが、キョウに背負われているディーティニアを羨ましそうに指をくわえて眺めていたが、仕方ないかと諦めてキョウの隣へと並んで歩き始める。
 小柄なエルフを背中で感じながら、これからどうするかと考えながら歩む速度を緩めながら市場通りを抜けていく。ラグムシュエナは視線を目まぐるしく別々の方向に変えながらも器用にキョウと並んでいるあたり優れた体捌きなのだが―――それに気づける者がこの場にいる三人以外にはこの街には存在しなかった。

「なぁ、ユエナ。この街でお薦めの宿ってあるのか?」
「んー。うちもこの街はそんなに利用してないっすからねぇ。それに《七剣》の仕事の時は毎回超高級な宿に泊まっていたんっすよねー、領収書貰えばちゃんとお金でたから」
「そうか……。とりあえず、次に見つけた宿に入ってみるか」
「そうっすねー。お金は別に困ってないわけだし、早くディーテさんを休ませてあげようっす」

 二人並んでゆっくりと足を進め続ける。
 今度は通り沿いに並んでいる露店ではなく、ところどころにある建物に視線を滑らせながら歩くキョウはあることに気づく。旅行者然とした者達も含めて、道行く通行人の殆どが何かしらの亜人だったのだ。種別は本当に様々で、エルフもいればドワーフもいる。猫耳族もいれば、人狼族もいるし、狐耳族も見つけることが出来た。それ以外にもキョウが初めてみる亜人―――人間と同じ姿形をしているが、額から二つの突起物、所謂小さな角を生やしている者まで発見する。

 キョウの視線に気づいたのか、それを追ったラグムシュエナの目にも留まる角を生やした女性。身長は高く、人混みでも頭一つ跳び抜けており非常に目立っていた。目が細く、閉じて歩いているのではないかと勘違いしそうになったが、問題なく人を避けて歩けているためそれが彼女にとっての通常状態だったのだろう。それ以外にも、着物と呼ばれる幻想大陸では非常に珍しい服をきていうのがまた注目を集める。そんな彼女は自分が見られていることに気づいたのか、ほんの一瞬ではあるがキョウ達と視線を交じ合わせると、驚きを隠せなかったのか細い目を大きく見開き―――そのまま人混みへと消えていった。

 角を生やした女性が見えなくなったのを確認した後、キョウとラグムシュエナは宿探しを再開させる。
 歩きながら狐耳をピコピコと動かしながら。

「珍しいっすねー。さっきの角生やした亜人は鬼人族っすよ。滅多に自分たちの住んでいる場所から外に出てこないんっすけどねー」
「―――鬼人族?」
「そうっす。何でも大昔外界(アナザー)から来た送り人の男性が、高位巨人種の一柱と恋に落ちて産み出されたハーフらしいんっすけどね。本当かどうかは知らないっすよ? そういう伝承が残ってるだけすから」
「ほー。危険生物と恋に落ちるということは有り得ない話なのか?」

「うーん。どうっすかねぇ……でも、結構そういったハーフは多いっす。大概が雄の危険生物に無理矢理ってのが多いっすよ? 当然といえば当然なんっすけど。だから人間の男と危険生物の雌が一緒になるっていう伝説は珍しいっすから、結構本当の話じゃないのかって皆は考えてるみたいっす……」
「なるほど。確かにそうだろうな」
「ああ。それでこれが結構重要なんっすけど……鬼人族ってなんというか、戦闘中毒者? みたいな感じの人が多いっすからお兄さんあたりは注意したほうがいいっすよ」
「……戦闘中毒者?」
「強い者と戦って打ち破ることこそが人生の誉れ―――てきなことを考えている奴が多いっす。うちの《七剣》にも一人いるんっすよねー魔族との戦争に毎回嬉々として向かう奴。しかも鬼人族の基本能力が馬鹿高いっすから……単純な身体能力だけでいうなら人間、亜人で一番っすねー間違いなく」

 そこはかとなく博識なラグムシュエナの話に耳を傾けながら、鬼人族が先程消えていった方角に一瞬目を向けるが当然見つけることが出来る訳もなく。
 見かけからは彼女が語る戦闘中毒者なるモノには到底見えない女性ではあったが―――。

「……かなり、できるな」
「うん? 何がっすか?」
「いや、何でもない。それより、あそこがどうやら宿みたいだな。とりあえず宿を取ろう」
「おー、おっけーっすよ。」

 漸く見つけた宿の入り口から中に入り、宿屋の主らしき男と話し合う。
 運が悪いというか、一人部屋と二人部屋は満室となっているらしく、それ以上の大部屋しか空いていないと申し訳なさそうに言われる。どうしたものか、と一瞬考え込んだ隙にラグムシュエナが強引に一部屋だけ借りてしまう。さらには必要な宿代まで神速で支払ってしまい、キョウが気が付いた時には狐耳少女の手には鈍く輝く銀色の鍵が握られていた。
 一瞬の間に起きた早業に、声が出ないのは驚いたためか呆れたためか―――料金を支払ってしまった以上文句を言っても仕方ないとディーティニアを担いで二階へと続く階段をのぼっていく。
 キョウに怒られないようにと先を行くラグムシュエナの表情は見えないが、腰から生えているふさふさの尻尾は千切れんばかりに左右に振られている喜びを全く隠せてはいない。

「後で俺とディーテの分は支払うぞ?」
「ううん、大丈夫っすよー。探求者の時の貯えも十分あるし、《七剣》は高給取りなんっすよー」
「いや、しかし……」
「お兄さんは命の恩人なんっすよ? 本来ならもっと色々と奉仕しないといけないから、これくらいはさせて欲しいっす」
「―――恩にきる。ああ、それで下世話な話になるが《七剣》ってどのくらい給料でてるんだ?」
「うちでも一ヶ月あたりで大白金貨十枚でてるんっすよー実は。ちなみにアルフレッドは確か大白金貨一枚っす」
「本当に高給取りだったのか……いや待て。同じ《七剣》でどうしてそこまで差がでてるんだ?」
「あー、アルフレッドは仕事サボりまくってるのが原因っすねー。減給に減給を重ねてそこまで落ちてるんっすけど……それでも大白金貨一枚も出てるからアルス姫様も寛大な方っすよ」

 アルフレッドはもしかしたら苦労人なのかもしれない……ほろりときたキョウが中央大陸へ戻ったというアルフレッドにエールを送っておく。 
 彼方へと視線を送っていたキョウだったが、その視線は宿の状態へと新たに向けられた。

 表通りに面しているだけあって、外装は当然。内装も随分と綺麗に掃除されているうえに、まだまだ新しく建てたばかりなのか廊下や天井にも汚れを見つけることは出来ない。
 工業都市ネールで泊まった時の《勇敢なる野兎の館》と比べれば天と地の差だ。
 ただし、宿泊料も天と地であるのも―――当然であった。

 《勇敢なる野兎の館》は一人一泊小金貨二枚だったが、この宿は一人一泊大金貨二枚。
 結構な価格に及び腰になったキョウとは真逆に、ラグムシュエナは全く気にしている様子は見られなかった。三人分の料金をポンっと支払ってしまう彼女の金銭感覚はどうなっているのだろうか。

 二階の階段からすぐにある部屋の扉に鍵を通し、部屋の中へ足を踏み入れた。
 内部は流石に三人部屋ということもあり十分な広さだ。特にここ数日は船室での宿泊だったので、キョウ達には余計にそう感じられるのかもしれない。魔法の光を灯した照明が、天井から吊り下げられている。部屋の窓際に置かれているベッドも染み一つ無い純白のシーツがかけられていて、布団もまた豪勢な刺繍が施されていた。
 流石に大金貨一枚の料金を取るだけあって中々の豪華さだと感心ながら、ベッドに背負っていたディーティニアを寝かせて布団をかぶせる。

「……すまんのぅ。面倒をかける……」
「いや、気にするな。人間誰しも苦手なものの一つや二つはあるしな」

 弱弱しいディーティニアの言葉に―――どことなくご老体の台詞を感じつつ、苦笑する。
 見かけからは到底予想できないが、良く考えればご老体もご老体だ。八百年を生きる相手なのだから、別におかしくは無いはずだ。だが、やはり見掛けは重要だな、と超がつく美少女のエルフの青白い顔を眺めていた。

「……な、なんじゃ。そんなに、見るでない……」

 目を閉じていたディーティニアだったが、視線を感じたため目を開けたのだろう。目を開ければ、自分の顔を覗き込んでいるキョウがいた。幾ら彼女とてこうもまじまじと見つめられたら恥ずかしがるのは当たり前である。そこらにいる有象無象の相手ならば特に気にも留めないが、相手がキョウ=スメラギともなれば話は別だ。彼女にも何故かわからないが、キョウと一緒に居る時に時々頬が熱くなるのが自覚できてしまう。

 反射的に布団に潜り込んで顔を隠したディーティニアに対して、ポンっと軽く布団の上から触れてキョウはベッドの縁から立ち上がった。

「食事に行ってくるが……お前はどうする?」
「……食欲までは、まだ回復しておらぬなぁ。今回は遠慮しておこう……」
「ああ、分かった。気分が落ち着いたらちゃんと歯を磨けよ? 着替えも済ませておくんだぞ? 寝相良くしろよ?」
「……う、うむ。それくらいは言われぬでもやるが……努力はしよう」
「朝は早く起きるんだぞ」
「―――それは無理じゃな」

 やれやれっとキョウはラグムシュエナを一緒に部屋から出て行き、残されたディーティニアもしばらくの間は色々と考えていたのだが、やがて気が付けば夢の世界へと誘われていった。
 キョウ達は食事を取ろうと考えて一階へと降りていき、宿屋と併合している食事処へと向かったのだが―――足を踏み入れようとして、足を止めた。

 食事を摂っている宿泊客は皆がそれなりに着飾っている者達ばかり。
 宿泊料金が大金貨二枚ともなれば、自然とそういった旅行客や商人が集まるのも道理。探求者達はもっと安価で泊まれる宿を好むのは当然である。そのため、キョウ達の服装は否が応でも注目を集めてしまう。
 しかも、高級感が溢れる雰囲気に気後れしてしまったキョウは、すぐさま回れ右をして宿と外を繋ぐ扉へと向かっていく。
 ラグムシュエナも特に文句を言わずに彼に続いた。彼女もこういった雰囲気の場所で食事をするのはどちらかというと遠慮願いたいと思うタイプだったからだ。

「あー、何か食べたいものはあるか?」
「そうっすねぇ……お兄さんと一緒なら何でも!! っと言いたいところっすけどうちはガッツリと肉類を食べたい気分っすよ」
「……そうだな。言われてみれば俺もそんな気分だ。船旅の食事が物足りないものばかりだったからな」
「そうっすよぅ。肉汁が滴る分厚い肉を貪りたいっす!!」
「お前は意外と肉食なんだな。まぁ、俺も否定はできん」

 宿から波止場の方角には露天ばかりで、しっかりとした飯屋は見当たらなかったので二人は逆の方角に探索に出かけることにした。ラグムシュエナはそれとなくキョウの左側へと立ち腕を絡めてくる。
 利き腕ではないことと、宿の料金を支払って貰ったことに対する負い目から振り払い難いキョウは、諦めたようにそのままにさせておき、その代わりに歩みを速めた。
 露店が立ち並ぶ市場通りとは異なり、離れるに従って人通りは少なくなっていく。それに比例するように街灯の数も減っていき、魔法の光も弱まっていった。やがて夜の街としては至って普通の空間が目の前には広がっている。

 キョウとラグムシュエナの二人ともがこれは困ったと考えていたところ、天啓に導かれたかのように―――煌々と灯りを放っている一軒の飯屋を発見した。
 どちらともなく無言で頷き、扉に手をかけて押し開けると―――中から活気溢れる多くの声が飛び出してくる。

 パっと魔法の照明が店内を明るく照らしており、店の中は多くの客でごった返していた。客層は先程の宿とは正反対で、一般的な旅行者の格好をした者達、探求者らしき者達といった人間が多く見られる。
 どのテーブルの者達も、楽しそうに騒いでいて雰囲気も良い。《勇敢なる野兎の館》の雰囲気を思い出し、懐かしい気分に浸るのも一瞬。
 狭い店内を、機敏な動作で駆け回るウェイトレス―――しかもかなり際どい服装の女性がキョウ達を空いているテーブルへと案内する。メニューが書かれた紙を手渡して、くるりっと回転して別のテーブルへと足早に去っていく彼女のスカートがふわりっと捲れ、清純そうな白い下着が露になった。
 それを見ていた探求者達から揶揄するような口笛があがる。

「そこ、うるさいよ。今のを見た客は一品多く注文するように」

 冷静なウェイトレスの声が店内に響き渡る。
 それに答えるように、多くのテーブルから注文が相次ぐ。
 どうやらこういったことは日常茶飯事のようで、皆が楽しそうに食事をしている様子が伝わってきた。
 ちなみにキョウもばっちりと下着を見てしまい慌てて逸らしたのだが、逸らした視線がじと目のラグムシュエナとあってしまう。隣に座っていた彼女は仕方ないっすねぇ……と小さく呟いたのが聞こえた。

「んー、どうやら牛肉を使った料理ばかりみたいっすねぇ……あ、これ美味しそうっす。お兄さんはどれにするか決まったっすか?」
「そうだな……まぁ、今日のお薦めにしておこうか」
「お、これ美味しそうっすねぇ。うちもこれにしようかな。あ、おねーさーん!! 注文いいっすか?」

 本日のおすすめを二つと、唯一メニューにあるサラダを一品。 
 そう、この店は肉料理は充実しているが、驚くことにサラダ類はたった一品しかないのだ。
 あまりのバランスの悪さに驚くも―――探求者達がメインのターゲットとなるならば、肉類などの料理を充実させた方がいいのだろうと、ふと考え付いた。よく思い返せば、《勇敢なる野兎の館》も肉料理に力を入れていた。

「それにしてもこの街は活気があっていいっすねぇ」
「そうだな。そう言えばここには探求者組合はあるのか? この飯屋にも随分と探求者の姿が見られるようだが」
「んー、南西方面へ向かったところにある街までいかないとなかったはずっす」
「それにしては探求者の数が多くないか?」 
「ここは港町っすからねぇ。護衛の依頼で借り出される探求者が一杯いるはずっすよ」

 やがてたいした待ち時間もなくウェイトレスが戻ってきた。
 二人の前にゴトっと音をたてて置かれた大皿には、焼けたばかりと思わせる熱々の肉の塊がのっている。それと一緒にサラダも持ってきたが―――それは普通だった。問題は肉の塊で、どう考えても価格と量が釣りあっていない。一キロ近いステーキを前にして頬をひきつらせるキョウだったがそれに対してラグムシュエナはキラキラと目を輝かせる。

「うっはー、美味しそうっすねぇ。早速頂いちゃうっすよ!!」
「あ、ああ……頑張って、食べるか」

 パンっと手を合わせて、ナイフとフォークを両手に持ち肉の塊と格闘を開始しようとしたその瞬間―――。

「―――こんばんは。私もご一緒させてもらっても良いかな?」

 二人の手を止めたのは一人の女性の声。
 抑揚のない、それでも心に自然と染み渡る一陣の風。
 騒然としたこの場所で、自然とそんな想像をさせる声をかけてきた人物は、何時の間にかテーブルの前に立っていて。

 キョウと同じ艶やかな漆黒の髪。
 長く美しい黒髪を、後ろで縛りポニーティルに纏めている。
 百八十を超えるキョウとまではいかないが、百七十後半は間違いなくある女性にしては長身だ。ディーティニアやラグムシュエナを見ている分、余計にそんな印象を持つ。唐草模様の着物を纏い、顔形も十分な美形で通る。ただし、目が開いているのか閉じているのかわからないほどに細いのが難点か。
 両手の拳は金属製の籠手に覆われており、その威容もまた彼女の魅力を損なわせている。

 キラリっと照明の灯りを反射させる額から生えた二本の角が異常なまでの存在感を示し―――。

「初めまして、お二人さん。《七剣》のラグムシュエナ殿と、人間の姿をしただけの怪物(剣士)殿。私は鬼人族が一。カルラ・カグヅチ。宜しくお願いするよ」

 線のように細い眼をさらに薄めて―――カルラと名乗った怪物が、微笑んできた。






























「その程度か、不死王種。その程度でワシの歩みを止めれると思うたか」

 それは炎を操る大魔法使いだった。

「期待はずれもいいところだ。もはや戦う意味も無い」

 それはあらゆる存在を焼き尽くす獄炎の魔女だった。

「細胞一つ残さず、消え去ると良い」

 それはあまりにも可憐で、美しくて、心を奪われる―――最高最強のエルフだった。

メギドの閃光(メギド・レイ)

 そして世界は―――炎の輝きに包まれる。











「―――」

 意識が浮上していく。
 東大陸でも寄り付くことが無い遥か東の辺境。
 広大な森林に囲まれた果ての果て―――そこには古ぼけた城が一つある。
 誰一人として近づくことは無い魔境。誰もが恐れる怪物の住処。

 その城の最上階。城の城主たる彼が眠るに相応しい場所に置かれたベッドの上で一人の男性が飛び起きた。
 男の特徴は特に無い。強いて言うならば、誰の記憶にも残らない凡庸な顔といったところか。
 両耳が長くエルフを思わせるが―――違う。この男は間違いなくエルフではない。そんな生易しい雰囲気を放ってはいないのだ。凡庸な顔とは異なり、まるで肉食獣を連想させる狂暴な意思を赤い瞳に宿していた。

 彼は胸を抑えて、心臓の高鳴りを押さえる。
 ドクンドクンと痛いほどに胸を叩いているのが理解できた。
 身体中を駆け巡る、恐怖と喜びと―――愉悦。

「くっ……はっはっは……来たか(・・・)

 ぞっとする声が部屋中に響く。

「お前が―――来たか!!」

 勢い良く立ち上がると、窓へと駆け寄り腕を一振り。
 カシャンっと金属音が鳴ったと思いきや、窓ガラスは粉々になって城外へと散ってゆく。
 窓縁に手を置くと、体を乗り出す勢いで顔を外へと向ける。

 今は決して見えない北西の方角へいる仇敵へと、鋭く睨みつけるように。

「お前が、きたか!! 獄炎の魔女!!」

 歓喜に満ち溢れた怪物の狂声。
 爛々と夜の闇を貫く、ルビーのような赤い瞳を輝かせて。

 第二級危険生物。不死王種の一体。
 四十年前に東大陸を壊滅寸前にまで追い込んだ、生きた天災。
 あらゆる死した生物を操る死を司る吸血王。

 疫病の主―――ノインテーター。 

 蠢く闇が、躍動を開始する。   











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