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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

三部 東大陸編

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三十一章 東大陸へ2











 キョウ達の船旅が始まり三日が過ぎた。
 航海は順調で、天候にも恵まれてのどかな日々が続く。
 嵐に見舞われることもなく、危険生物の襲来も一度も無かった。
 北大陸の大激戦とは打って変わった平穏な船旅に、多少退屈を感じてしまうのは当然のことかもしれない。
 剣の鍛錬をしたいと考えていたキョウだが、流石に他の乗船客がいるところで剣を振り回すのはやめて欲しいと船員に言われて泣く泣く諦めることになった。自分達の部屋で鍛錬をしようかとも考えたのだが無理矢理船に乗ったため三人が寝るので精一杯の広さしかない客室を割り当てられているため、そんな余分なスペースはない。

 それに、船酔いで死に掛けているディーティニアを安静にさせておくためにも部屋で騒ぐのも良くない。
 そのためイメージトレーニングや、座禅を組んでの精神統一といったメンタル面に置いての鍛錬しかできず、若干身体が鈍りつつある日々を過ごしていた。

 このまま何事もなければ後数時間程度で港町に到着するということを船員から聞かされたキョウは、内心で大いに喜んでいたのだが―――外面には全く出していないのでその喜びに気づいているのは誰もいなかった。
 ディーティニアだったならばキョウの細かな機微にも気づいただろうが、生憎と彼女はまだベッドのお世話になっている。顔を青白くさせ弱気になっている彼女は珍しいので、船旅が終わったらそんなディーティニアも見れなくなるのだと思うと、少しだけキョウの胸に寂寥感が訪れるのであった。

 最近の定位置となっている船尾に近い甲板の手すりに両手を付き、太陽の光で輝くマリンブルーの海面を眺めていると、背後から足音をたてずに近寄ってくる気配が一つ。
 振り返らなくてもわかるラグムシュエナの気配で、彼女はゆっくりと背後まで歩み寄ると―――驚かそうとキョウの背中を軽く押した。
 だが、それを察知していたキョウは絶妙なタイミングで彼女の両手から逃れ―――バランスを崩したラグムシュエナは手すりに激突。そのまま船の外へと転がり落ちる瞬間、必死になって手を伸ばし手すりに掴まることに成功した。

「わ、わきゃぁああああああ!? お、お兄さん助けて!!」
「……いや、すまん。まさか転がり落ちるとは思ってなかった」

 手を震わせるほどに力を入れて、ぎりぎりのところで落ちることを防いだラグムシュエナの手を掴んで引っ張りあげる。
 ディーティニアほどではないが、彼女もあまり体重は重くないらしくキョウの片手で引っ張りあげることが可能なくらいであった。ラグムシュエナは甲板に這い上がると、ぜぇぜぇっと激しい深呼吸を繰り返す。
 相当に焦っていたのだろうか、ぷるぷると尻尾を震わせていた。

「まぁ、その……正直すまん。お前の運の悪さを計算に入れてなかった」
「今のは運なんっすかね……お兄さんが避けなければ、うちはこんな目にあわなかったんじゃないかと思うっすけど」
「それならお前が背後から驚かそうとしなければそんな目に合わなかったと俺は主張しよう」
「……それを言われると辛いっす」

 二人の言い分はどちらも正しくどちらも間違っているようにも聞こえたが―――二人は特にそれ以上追及するでもなく、甲板から海を眺める。
 部屋にいて話しているとディーティニアに迷惑がかかると判断して、二人はこの定位置で時間を潰すことが多かった。  
 はっきりいって船旅というものは暇を持て余すといっても過言ではない。 
 出航から暫くは海の景色に感動することができるが、変わり映えの無い景色が続けば人は飽きるというものだ。

 船員のように仕事があるわけでもなし、やるべきことがあるわけでもなし。
 唯一の楽しみといえば食事とも言えるが―――船旅に良質の食事を期待するもまた難しい。
 木造の船のため、火気は当然厳禁である。食事で出されるものといえば、飲料としてお酒や水。食料としては干し肉や干し魚、固いパンなどの保存がきく食料ばかりがが出てくる。他にも多少の生鮮食品も出航してから間もない頃には多く出された。数日程度で東大陸へ到着するとはいえ、万が一ということも考え、長持ちする食料ばかりが積み込まれているのは仕方ないといえば仕方ないことでもあった。

 早く陸上について美味しい食事を堪能したいと考えていたキョウの放つ気配が突如鋭くなる。
 傍にいたラグムシュエナが隣に立つ剣士の変化にいち早く気づき、どうしたのかと問おうとした時―――。

「……敵っすね」

 彼女もまた気づく。
 この船に近づいてくる嫌な気配を滲ませている幾つかの存在に。
 手すりから身体を出し、船の後方に視線をやれば、海面を滑るようにはしる黒い魚影を発見できた。
 ただし、ただの魚ではないのは一目瞭然。魚影の影はどれもが三メートルを軽く超える大きさで、ザパンっと水飛沫を上げて海上に顔を出したのは、青白い肌をした鮫に似た生物だ。普通の鮫とは異なり、明らかに敵意が漲る気色の悪い瞳で、船を狙ってきている。口を大きく開けて、中にはズラリっと並んだ鋭利な歯。人間くらいならば軽がると噛み千切れるのは一目でわかった。

「うっわー面倒な奴っすねぇ。エッジシャーク……複数で獲物をしとめる海のハンターっす。鮫としてはそこまでの大きさではないんっすけど、群れで襲ってくるのが厄介なんっすよ」
「ほー。確かに海上だと倒すのが面倒そうだな……流石に俺も海を歩くのは苦労するしな」
「……え? お兄さん歩けるんっすか!? 本当に人間なんっすか!?」
「いや、幾らなんでもそれは冗談だ」
「……ですっすよねぇ。いや、でも本当は歩けたりして……」

 キョウはラグムシュエナの予想を全て超えてくる男だ。
 ならば、海の上を歩けてもおかしくは無いのではないか……と考えるも、まさかっと首を振って自分の考えを否定する。

 エッジシャークとキョウ達が乗っている船では大きさが比べるまでも無いのだが、彼らが船に体当たりを仕掛けたり噛み付いてきたりと、最悪な事態に陥る可能性も考えられる。
 実は結構な危機に遭遇しているのだが―――キョウとラグムシュエナは、あれこれとエッジシャークについての話を語り合っていて緊張感の欠片も見当たらない。
 そんな二人を置き去りに、一人の見張りがようやく危険生物の襲来に気づいた。

「くそっ!! エッジシャークだ!! しかも五体もいるぞ!! 探求者を呼んできてくれ!!」

 悲鳴染みた船員の声があがる。
 途端に慌しくなっていく船上は、客は船の中へと戻っていき、船員はそれぞれ銛を持って少しでも対抗しようと船縁によていく。船内から、慌てた様子の探求者が幾人か出てくるが、顔色が冴えない。
 命をかけて戦うのだから、緊張を隠せないのも当然ではあるのだが。しかも、後少しで港町に無事到着できるというところまできての敵襲。丁度緊張感が薄れてきているところでもあった。

「―――あれらの相手は私がしよう」

 誰もが青白い顔をしている船上にて、自信に満ち溢れた宣言が一つ。
 この場にいた人間全ての注目を集めたのは、《七剣》モードのラグムシュエナだった。
 彼女のことを知っている者は安堵のため息をつき、知らない者は何だこの小娘はというように眉を顰める。だが、周囲の者達から《七剣》だと教えられると驚愕で目を大きく見開いて口答えをすることもなくなっていた。
 キョウもお手並み拝見とばかりに、刀を抜くことも無くラグムシュエナから距離を取って、他の人間の輪の中に入り込む。

 ラグムシュエナは眼帯を外すことも無く、腰に差してある剣を抜く。
 一度肺の中の空気を吐き出し―――ゆっくりと吸い込む。

「輝く大地。踊る草原。激しく蹴散らす翡翠の烈風―――深き森の深奥、漂う安らかな翠風。集いて猛れ。我が領域に住まうは、天駆ける千億の射手!!」

 ふわりっと蛍の光を連想させる光源―――ただし、翠に輝く数十の魔法弾がラグムシュエナの剣に纏いつくように出現する。彼女か放たれる魔法力に、周囲の探求者達が尊敬と驚愕が入り混じった視線を送ってきていた。
 多少魔法をかじっていれば嫌でもわかる、絶対的な差というものがそこにはあったのだから。一流と呼ばれる魔法使いが生涯かけてようやく到達できる高位魔法―――風の属性のそれを、まだ歳若い彼女がこうも容易く使いこなす光景を見れば、《七剣》という存在の強さを改めて体感することができた。

射手座の千矢(サジタリウス・アロー)

 剣を一振り。振り下ろされるのを合図に、翠の魔法弾が上空に向かって飛翔。そして雨のように海面へと降り注いでいった。突然の攻撃に、今まさに海面から飛び上がろうとしていたエッジシャークの顔面に着弾。一瞬で弾けとび、海面に血飛沫が舞っていく。血の匂いに興奮した他のエッジシャークが、海面から跳躍を開始するが、それらが船に到達することはなく―――残りの四体の狂暴な危険生物は、魔法弾によって粉微塵になって海面へと散っていった。

 残されたのは静寂だった。
 生きるか死ぬかの瀬戸際となる戦いを覚悟していた船員も、探求者も唖然と海の藻屑となったエッジシャークの残骸を穴が開くほど見つめ、唖然としている。
 何が起きたか分からない。あまりにも信じられない光景を見て、脳が理解するのを躊躇っていた。

 チンっとラグムシュエナが鞘に剣を納めたときに軽くなった金属音。

 それがこの場にいた人間を現実へと引き戻し―――。

「す、すげぇ!! すげぇぞ、嬢ちゃん!!」
「おい、馬鹿!? 嬢ちゃんじゃねーぞ!! 《七剣》様だ!!」
「高位魔法なんて、俺初めてみたぞ!?」
「まじかよ!? カカァにすげえ土産話ができたぜ!!」

 我を取り戻した全員が、一斉にラグムシュエナへと駆け寄っていく。
 握手を求められたり、肩を叩かれたり、頭を撫でられたり、耳を引っ張られたり、尻尾を握られたり―――兎に角揉みくちゃにされるラグムシュエナ。

「ちょ、痛いっす!? 耳触るんじゃないっすよ!? 尻尾にぎった奴はセクハラでぶっ殺すっすからね!!」

 十数人に次々と押し潰される小柄な狐耳族の少女が叫ぶも、興奮している彼らにはまるで聞こえていない。
 挙句の果てには、胴上げだ!!っと誰かが騒ぎ立て、宙を跳び始める姿をキョウは半ば呆れながら、人の輪から離れた場所で見守っていた。

「お兄さん、ちょっと!! この人達止めてほしいっす!! 頼むっすから!!」
「……まぁ、気が済むまで弄られてるといい。それも《七剣》の役目じゃないのか?」
「そんな役目!! ないっすからー!!」

 本気で止めてほしそうに騒ぎ立てているラグムシュエナを放置して、キョウは船室へと消えてゆく。
 別に止めなくてもそのうち解放されるだろうと読んだからなのだが―――予想に反して彼女が解放されるのには、仕事をさぼっている船員達をどなりつけに船長がくるまでの時間を必要とした。
 そしてそれから数時間後、船は東大陸の玄関口でもある港町レールへと到着。
 東大陸を駆け巡る三人の旅がようやく幕を開けることになった。



  


















 幻想大陸において最も広大な面積を誇る中央大陸。
 その大陸を支配している神聖エレクシル帝国。
 南大陸からの魔族の侵入を防ぎ続けている偉大なる大国家。かつて五大陸を制覇して統一王の直系であり、その時代から続く由緒ある血統が治める国。

 この国が魔族と戦い続けることが出来る理由として、武と智に優れた六人の将軍によって率いられた六騎士団の力が大きい。何時如何なる時も魔族と戦うことを皇帝から命じられた完全完璧な戦闘集団。個々としての能力も高く、ましてや軍として戦えば彼らの力は魔族の集団とも渡り合うことが出来る。
 そして、そんな彼らを後方から支援する宮廷魔術師。撃震の魔女リフィアを筆頭として、中位魔法も操る多くの魔法使い。
 さらには、遊撃部隊としての僅か七名で構成される《七剣》。
 これらの者達によって大帝国は魔族から守護されているというわけだ。

 そんな神聖エレクシル帝国の首都エンゲージ。
 全大陸含めて最大の規模を誇る大都市であるが時分は真夜中。街の東部だけは歓楽街が密集しているため、昼間のように輝いているが、それ以外の場所は如何に大帝国の首都といえど見える灯りは数少ない。

 帝国の中枢を担う者達が多く屋敷を所有している西地域。
 一目で金をかけているとわかる巨大な屋敷が幾つも居を構えているその地域の、もっとも城に近い場所にある小さな屋敷。魔法の灯りで夜の闇を照らしている門の前には二人の騎士が門番として無言で佇んでいる。
 一言も余分なことを喋らず、長い槍を片手に持ち立ち塞がっている様子は、彫刻かと勘違いしそうなほどだ。

 今日も何もないと考えて佇む二人の騎士の耳に聞こえてくるのは、馬が石畳を走る音。
 しかも、普通ならば考えられないほどに蹄の音が激しく夜の静寂の中に響いていく。
 間もなく二人の前に姿を現したのは、馬に乗った一人の亜人。犬耳と尻尾を逆立てて現れた、《七剣》のアルフレッドだった。この門を守る二人の騎士は、当然アルフレッドのことを知っている。何故ならば、彼らが使える主もアルフレッドと同じ《七剣》だからだ。
 しかし、幾らアルフレッドが《七剣》だからといって、こんな真夜中に―――しかも面会の約束もせずに来訪するのは常識外れもいいところだ。 
 二人の騎士は各々の武器である長槍を、アルフレッドの前にて交差させて彼をその場に引き止めた。

「アルフレッド殿。如何に貴殿とはいえ、今夜はお引取り願いたい。我らが主も既にお休みになられている」
「……ああ、非常識で迷惑かけてるのはわかってる。だけど、どうしても報告することがあるんだよ」
「まさか、魔族が攻め入ってきたのですか?」

 梃子でも引く気はないと雰囲気を纏っているアルフレッドの様子に、ただごとではないと気づいた騎士達が、神聖エレクシル帝国にとって最大の怨敵である魔族の襲来があったのか、と声色厳しく問いただす。
 確かに魔族襲来の情報ならば、こんな時間に報告しにきたとしても納得できる理由となる。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 しかし、騎士達の懸念は的中しなかったようで、アルフレッドは彼らの予想を否定し口ごもる。
 アルフレッドの答えを聞き、騎士達が持つ長槍を持つ手に力がこもった。《七剣》を信用しないわけではないが、こんな時間に来訪しどんな用事なのかも答えない。疑いを持つには十分な理由なのだが―――。

「―――構いませんよ。アルフレッドを通してください」

 夜を照らすのは僅かな魔法の灯りのみ。空気が若干冷えて肌寒い気温。聞こえるのは騎士達とアルフレッドの声のみだった空間に、突如として凍える刃を突きつけられたように感じる美声が一つ。
 パチリっと照明が弾けて点滅を繰り返す。肌寒い気温が何時の間にか凍てつくような吹雪が荒ぶ温度へと変化していた。

 騎士達が屋敷のある方角へと振り返る。もう随分と前に寝たはずの主の声が背後から突如としてあがったのだから驚くなという方が無茶だろう。

 騎士達とアルフレッドの視線が見つめる先には、女性が一人。
 女性にしては珍しい灰色の短い髪。その髪の隙間から長い耳が二つ。エルフである証の耳だ。灰色の瞳が無感情にアルフレッドを貫く。この場にいる誰よりも背は高く―――百八十近い長身の美丈夫然とした女性。これまた髪と同じ灰色の鎧を身に纏い、身の丈を越す長い柄を備える人など容易く肉塊に変える威容の戦斧を―――長身痩躯でありながら、片手で軽々と支えていた。
 凍える表情と気配を身に纏い、この場にいる三人が反射的に息を呑む。

 単騎で帝国六将軍を凌駕する魔法戦士。
 《七剣》第一席にて二百年君臨する歴代最強のエルフ。
 巨大な戦斧を掲げ、将軍級魔族をも撃滅せしめる帝国最強の矛。

 《七剣》第一席―――《永久凍土》のアルストロメリア。

 敵意も何も無い。
 ただ、普段通り言葉を発しただけ。それでアルフレッドは自分が呑まれている事に気づく。
 彼女と話すときは何時もそうだ、と口の中に溜まっていた唾液を飲み込む。

「……アルフレッド?」

 美声に気を取り戻せば、既に門は開かれておりアルフレッドの行く手を邪魔していた長槍をかざしていた騎士達は左右に戻っている。主からの命を受け、彼らは再び彫刻のように門を守護する役目に戻っていた。

「アルフレッド?」
「あ、ああ。すまない、すぐ行く」

 二度目の呼びかけに慌てて屋敷へと向かっているアルストロメリアの後を追う。
 そんな彼の背後では、門が閉ざされてゆく音が夜の静寂の中で響き渡っていく。

 屋敷の扉を潜り抜け、石の通路に敷かれた赤い絨毯を歩いた先の扉を越え―――辿り着いたのは呆れる位に広い部屋。部屋の隅にはびっしりと本が並べられた本棚が幾つも置かれている。
 窓際に重量感たっぷりに存在感を示している木造の机とセットになっている椅子に腰をおろし、その横に彼女が片手で支えていた超重兵器を床に置く。ズンっと鈍い音と一緒に、絨毯に大穴を穿ち、石畳を砕き割る。その光景を見ていたアルフレッドの頬が引き攣った。

「貴方の訪問の理由はわかっています。この報告書の件ですね?」  

 余分な話は何もせず、会話の本題を即座に口に出す。
 アルストロメリアが手に持つのは、先日ラグムシュエナが送った北大陸のセルヴァに関しての報告書だ。
 内容は捏造されたセルヴァとの戦いの結末だが、《七剣》にのみ通じる暗号で詳しい報告をアルフレッドが戻って次第すると付け加えられている。それを聞かされていたが故に、アルフレッドは寝る間も惜しんで首都エンゲージへ帰還したのだ。

「率直に聞きます。セルヴァはどうなったのですか? 貴方達の力を軽んじるつもりはありませんが―――第一級危険生物を相手取れるとは思えません」
「……ああ、そうだな。ありゃ、まじもんの怪物だった。俺とユエナの二人でも相手にもならない化け物だったぜ」
「当然です。私でさえも超越存在と呼ばれる王位種に勝てる自信がないのですから」

 あっさりと肯定されて少しだけ悲しい泣きたくなるアルフレッドだったが、そんなことをしている余裕は無い。実際に泣いても目の前の冷徹エルフは慰めの言葉をかけることは決してないのを知っているからだ。

「……まぁ、いいけどよ。これから話すことは嘘偽りない真実だ。信じられないような事実だ。嘘だと思っても最後まで聞いてほしい」
「わかりました。どうぞ続けてください」

 アルストロメリアの賛同を得られたアルフレッドは、んっと軽く咳払いをして―――。

「結論から言う。陸獣王セルヴァは倒された。キョウ=スメラギと名乗る一人の送り人の手によって」
「―――っ」

 有り得ない、と叫びだしそうになったアルストロメリアは、間一髪で圧し留めると視線で先を促す。

「その後現れた竜女王テンペスト・テンペシアと獄炎の魔女が激闘。キョウ=スメラギとの連携によって後一歩の所まで追い詰めるも、悪竜王イグニード・ダッハーカの出現により両者痛み分けに終わった。それが報告書にあったセルヴァ事件の真相だ」
「―――」

 唖然。そんな表情が一番相応しい。
 氷のエルフ。永久凍土と呼ばれ、表情を全く変える事のないアルストロメリアがぽかんっと口を開けて固まってしまっているのだ。アルフレッドは彼女の間の抜けた顔を見れただけでも、この報告をしただけの価値はあったと内心で大笑いをする。
 十数秒も彼女の氷の表情が崩れていただろうか、はっとした様子のアルストロメリアは、両腕を組んで机へと視線を一旦落として何やら考え込み始めた。

 部屋に聞こえるのは外で鳴く虫の音だけだ。二人の間に会話はなく、沈黙が長い間続いていたが。

「……信じられませんが、信じるしかないでしょう。貴方が嘘を報告する理由はありませんしね。それよりも、聞きたいことがあるんですが」
「キョウ=スメラギについては、はっきり言って全く情報はない。最近幻想大陸へ来た送り人ということだけだ。後は理解できない剣の腕と身体能力。得体の知れない特異能力(アビリティ)。これくらいだな、俺が知っているのは」
「……セルヴァとキョウ=スメラギ。両者の力量は、おおよそで構いません。如何ほどなものでしたか?」
「どっちも化け物だ。セルヴァに至っては六将軍に六騎士団。撃震の魔女リフィアに《七剣》総出動。こんだけかかってようやく押し返せることができる―――かもってところだな。キョウ=スメラギは、身体能力や剣術の腕は到底及ばないが耐久性だけは人間なのが救いってところか。波状攻撃で攻め続ければこっちが全滅する前にはなんとかなる―――かも、な」
「……」

 再び唖然。
 セルヴァはまだ良い。仮にも王位種と呼ばれし超越存在だ。
 だが、人間相手に幻想大陸最強の帝国の戦力が全滅するかもしれないとは―――いや、それくらいの力量がなければ陸獣王は打破できまい。

「……それで、そのキョウ=スメラギの行方は掴めているのですか?」
「ああー、その件なんだが、一応」
「……一応?」

 何やら急に焦り始めたアルフレッドを不審に思いながらアルストロメリアがじっと睨みつける。

「ユエナの奴が、その―――ああ、あれだ。尾行、してる……かも?」
「なんですか、そのあやふやな発言は」
「いや、ほら!! そう、尾行してるんだ!! 確か次は東大陸へ向かうって連絡はあったし!!」
「……」

 じーっと見つめてくるアルストロメリアの氷の視線に耐え切れず、一秒で俯いてしまったアルフレッド。
 再び部屋に静寂が訪れるも―――珍しく先に折れたのは氷のエルフであった。

「……その男は無意味に殺戮を繰り返すような人間ではないのですね?」
「ああ、それは間違いない。俺とユエナも命を救ってもらったしな」
「そうですか。ならば暫くはラグムシュエナに任せておきましょう。これから暫く南大陸の連中が騒がしくなってくるでしょうし、あまり他の事に注意は割けませんしね」
「……了解」

 なんとか誤魔化すことに成功したか、と内心冷や冷やのアルフレッドだったが―――。

「……ただし」
「っ!?」
「報告は必ずこまめにするように伝えておきなさい」
「―――お、おう」

 流石のアルストロメリアも、ラグムシュエナがキョウ=スメラギと一緒に旅をして周ってるとは考えつくはずがないのだが―――自分を静かに見つめてくる氷のエルフならば見抜いているかもしれないと不安が襲ってきた。
 そんなことを考えていても、ラグムシュエナを庇うために嘘をついてしまったのだから時既に遅し。
 なんとかバレナイでくれと必死で神に懇願しながら、部屋から退出して行った。

 アルフレッドが部屋から去って数分間、無表情を貫き通していたアルストロメリアは―――。

「うーーーがーーーーーー!!」

 雄叫びをあげて、とてつもない重量の机に手をかけ―――凄い勢いで引っくり返した。
 ガガガっと絨毯を巻き込み転がっていく家具が勢い余って壁に激突。夜の屋敷に響き渡る大音量をあげる。
 肩をいからせて、ぜぇぜぇっと激しく息を乱し床を蹴りつける姿には、永久凍土と呼ばれる姿は微塵も感じられなかった。

「なんや、なんや、一体何が起きてるんや!? セルヴァが現れたと思ったらそれを倒す人間が外界(アナザー)から現れる!? 幾らなんでも都合良過ぎやん!! ありえへんやろ!?」

 キィーっと喚き散らすアルストロメリアの声。
 しかし机を放り投げた音が屋敷中に響き、寝静まっていた使用人たちが眼を覚ますのは当然のことで―――バタバタと廊下を慌てて走る音が近づいてくる。

「アルストロメリア様!? 一体何が―――」
「……いえ。夜間に騒いで申し訳ありません。少々本棚を倒してしまいまして。もうすぐ整頓が終わりますので気にしないで休んでください」
「し、しかし……」 

 ドンドンっと扉を叩くと同時にとんできた心配している使用人に、冷静に返答するアルストロメリア。当然使用人としては引き下がるわけもないのだが。

「これは命令です。気にせずに休んでください」
「―――わかり、ました」

 目には見えないが渋々といった様子で部屋から離れていく使用人達を、扉を挟んで見送った彼女は遠くに転がっている机を掴んで元の場所まで運び直す。
 机の上に乗っていたがために散らばってしまった書類は明日直そうと考えて、アルストロメリアは深くため息をついた。
 窓から外を見上げれば、やけに眩い輝きを放っている満月が彼女の瞳に映る。
 その輝きが、どことなく自分を嘲笑っているように見えて―――とりあえず明日アルフレッドと模擬戦をしようと心に硬く彼女は誓った。
 翌日アルフレッドは地獄を経験することになるのだが……それはまた別の話。



   









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