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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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二十四章 魔女と竜女王







 キョウが見上げる上空で、ムシュフシュという名の高位竜種の背に佇み眼下を見下ろしていたテンペストは、おぞましい狂笑を口元に浮かべたまま、地上へと飛び降りた。気軽に聞こえるかもしれないが、地上まで数十メートルの高さがある場所から身を投げ出したのだ。普通ならばそのまま即死である。

 強大な気配を撒き散らしている人の姿を取っているだけの怪物が、まさかそのまま大地へ叩きつけられる筈がないというキョウの予想通り、地上に到達する残り一メートル程度の場所で空気が揺らぐ。血の匂いを漂わせる疾風が吹き、テンペストの肉体に纏いつく。バサっと何かがはためいた気がした。
 急激に速度が落ちた状態となり、そのままゆっくりと大地へ両足をつけた彼女の背には―――翠に輝く一対の翼。よく見かける鳥類の類のものではなく、どちらかというと竜種を連想させる造形だ。

 降り立った場所はキョウが片膝をついてるすぐ傍で、手を伸ばせば届きそうな距離だった。
 飛び降りた影響で、乱れてしまったロングヘアーを気にも留めず竜女王は実に自然な一歩を踏み出してくる。

 ―――ああ、駄目だ。まずい、こいつはまずい。有り得ないくらいに、まずい。人の姿を取ってはいるが、コレ(・・)の本質は破壊だ。破滅だ。殺戮だ。混沌だ。絶望だ。文字通りの生きた天災。セルヴァをも凌駕する、超越存在。

 とりとめもない思考が脳内を巡る。
 生存本能が肉体を突き動かす。限界を迎えていたはずの身体に一瞬だけ力が漲る。血液が身体の隅々まで巡りまわり、吸い込んだ酸素が肺を満たし、動こうとしなかった四肢に限界を超えることを命じた。
 キョウが所有する武器は二本。一つは外界(アナザー)からの付き合いの愛刀。その愛刀は先ほど手から滑り落ちて地面に転がっている。もう一本はラギールの店で貰った一刀。それは腰に差している―――()に治まった状態で、だ。

 これは信じがたい幸運。
 だが、今の肉体の状態で耐え切れるかどうか。
 キョウの特異能力(アビリティ)は、使い勝手があまりにも悪い。《操血》に未だ呆れられているほどに、尖った能力にしてしまった。威力の程は申し分ないにせよ、無理矢理に自身の能力を改変してしまったために消耗する精神力と身体にかかる負担が絶大。一日一度が限界だと、彼自身で理解している。それをもう二度―――しかも連続使用という現状。果たして三度目に肉体はどうなるか予想も付かない。

 それでも―――。

お前を(・・・)―――」

 使わねば、間違いなく勝機はない。
 速やかに覚悟を決めたキョウが、特異能力(アビリティ)の発動の鍵となる言霊を紡ぎ―――。

「なぁ、聞こえなかったか? そなたは我のモノとなれ、と言ったのだ。逆らうことは許さない」

 ゴシャっと地面に何かを叩きつける衝突音がした。
 遅れてやってくる鈍痛。頭痛というには生温い、頭をハンマーで殴られたような激痛が襲ってくる。キョウの目に映るのは、片手の掌を大きくを広げ自分の顔を鷲掴みにして地面に叩きつけていたテンペストの姿だった。指の合間から見えるのは逆らったことに対する怒りではなく、子供の我が儘を仕方なしと見守るような表情をした彼女の姿。

 後頭部が地面にめり込んでいるのを感触的にわかるが、地面に叩きつけられている状態では抵抗ができない。もし顔を掴んでいる存在がその気になれば、卵を握りつぶすのと同じように軽々と人の頭など砕くことが可能なのは触れている手から伝わってくる。

 乱れている呼吸、思考を冷静にするために幾度か深呼吸を繰り返す。
 どうやらすぐには殺されないということが、キョウにも分かったからだ。彼女の言葉と、剣を抜こうとしたキョウをただ地面に叩き付けただけという結果から、そう予想できたのだが―――それはあくまで予想。この体勢から抜け出すためにもまずは身体を動かせるようにしなくてはならない。

 先ほどの搾り出した力は既に霧散している。
 身体全身が激痛に苛まされているが、諦めたらそこで終わりだ。
 どれだけ無様でも、最後の最後まで足掻いて―――生き抜いてみせる。

「―――お前は、なに、ものだ?」

 テンペストにとっては軽く掴んでいるつもりだろうが、それはあくまで彼女の物差しだ。人間であるキョウとは感覚が異なりすぎて、ミシミシと頭蓋骨が悲鳴をあげている。
 激しい鈍痛に耐えながらキョウが口から放った質問にテンペストは、若干手の力を緩めた。

「そういえば我が竜園から外に出たのも三百年振りくらいか。それでは我のことを知らぬのも無理はないな」

 口元の笑みは濃くなり、口の端を吊り上げたまま―――。

「我が名はテンペスト・テンペシア。そなたら人の子が、竜女王と呼び畏れる超越存在だ」

 テンペストの返答は、今のキョウにとっては死刑宣告に等しい。
 万全な状態でならばまだ戦えた。しかし、今は陸獣王セルヴァとの死闘の直後。文字通りの全力(・・)を出し尽くした後だ。セルヴァにも宣言した通り、これより()はない。今のキョウではサイクロプスにさえ敗北を喫することになるだろう。それほどに疲弊し、限界を迎えている。 

「セルヴァとの戦いを最初から見させて貰っていたぞ? 正直に言おう。我は感銘を受けている。感動している。たかが人の子があの陸獣王を打倒するなど、考えたこともない」 

 テンペストにとっては後方。キョウにとっては前方。
 真っ二つに両断されたセルヴァの断面から触手が生み出され、離れた肉体を繋ぎとめようと蠢いている。
 その肉塊の気配を背に感じながら、テンペストの口は止まらない。

「セルヴァは所詮は獣だ。本能にのみ従う暴食の魔獣。言葉を話すこともなく、我にとっては畜生にも等しい存在だ。そなたらは第一級危険生物などという枠組みで同格扱いしているようだがな」 

 だが、とテンペストが形の良い眉を顰めて―――。

だからこそ(・・・・・)、強かった。本能にのみ従っていた獣だからこそ、強かった。我とてこやつと戦うのならば本気を出さねばならなかったはずだ。負けはせずとも、苦戦を強いられたことは間違いない」

 竜女王は、そう言ってセルヴァを認めた。
 言葉も話せない畜生風情と見下しながらも、陸獣王の戦闘力には一目を置いていたと嘘偽りのない真実を述べる。

「そのセルヴァをも打倒するなど、誰が考えるだろうか。か弱き肉体しか持たぬ人の子が、だ」

 握り締めていた顔から手を離し、すぅっと細めた瞳が地面に倒れているキョウを射抜く。
 獣のように縦に裂けた眼光が、翠に輝く瞳に吸い込まれそうになる錯覚を感じる。キョウの魂をも絡めとる、見惚れるような美しい顔立ちだ。彼女の顔を構成するパーツ全てが、エレクシルにも勝るとも劣らない極限の美を完成させている。

 ふっと笑ったテンペストが、ふわりっと舞う。おぞましく背後で蠢くセルヴァの残骸に向かって掲げた片手を振り下ろす。最初に巻き起こったのは微かな風。それに続くのは、血臭を漂わせた翠色の突風。凪いでいた天空に突如として、暴風の気配を漂わせていく。轟っと耳を劈く軋みをあげて、全てを薙ぎ倒す烈風と化す。
 幾百、幾千の折り重なった真空の刃が、再生を続けているセルヴァを飲み込む。その場にあるものを切り刻み、粉砕し、消滅させるテンペストの魔風が陸獣王の残されていた肉体を跡形残さず消し去った。

 再生を繰り返していたセルヴァを細胞一つ残さず幻想大陸から消滅させた張本人は、静かに数瞬前まで獣の王がいた空間を眺めている。まるでそれは、友に別れを告げているかのようにも見える不思議な雰囲気を醸しだしていた。
 葬送が終わったのか、テンペストは倒れているキョウに振り返り、彼の前に手を差し出す。

「誇れ、人の子よ。そなたは女神が生み出した生きた天災を滅ぼしたのだ。この勝負―――そなたの勝ちと我が認めよう!!幻想大陸に住まう人の子達が認めずとも、他の王位種達がたかが人間と侮ったとしても!!」

 竜女王が語る台詞は、徐々に強さを増していく。
 焼け付くような熱さを伴って加速していく。

「三千世界の誰が認めずとも、我だけは認めよう!! そなたが我らと同格たる超越存在、陸獣王セルヴァを超越したことを!!」

 胸の内に滾るのは言葉では表現できない歓喜。
 子供が初めて玩具を与えられ喜んでいる様子にも見える、その姿。

 自分(竜女王)と同じ超越存在を目の前にしているかのように、感動にも似た喜悦を滲ませている。
 自然とつり上がる頬が、引き千切れんばかりに彼女の感情を表していた。

 幻想大陸が創造されておよそ八百年。
 テンペスト・テンペシアは、それよりも遥か昔から生き続けてきていた。

 《アナザー》と呼ばれる、広大なこの世界。幻想大陸は所詮その一部でしかない。
 今はどうなのか不明ではあるが、テンペストは幻想大陸が位置する場所から気が遠くなる南方にて生を受けた。それがおおよそ数千年前。そして八百年前に女神の手によってこの幻想大陸に封じ込まれた。しかも、本能に枷まで付けられて。

 彼女は飢餓していた。彼女は枯渇していた。彼女は求めていた。
 狂おしいほどに、何か(・・)を心のそこから探し続けていた。

 怠惰を貪り、無為に生を送り続けて幾星霜。
 自分が何故生きているのか、本当に生きているのか。
 己の生と死の境界線さえも曖昧になった年月の果て―――。

「―――確信を得た。我はそなたと出会うために幻想大陸(ここ)にて在った」

 キョウに差し出された手は白磁のように滑らかで、艶やかで、背筋を冷たくさせるほどに色香を感じさせ―――甘い誘いを赤い唇は紡ぎ続ける。

「我とともに来い。先にも述べたように、そなたは我のモノだ。そなたの生が続く限り、我の元にて在り続けよ」

 それはどこまでも真っ直ぐな言葉だった。
 気を抜けば、頷いてしまいそうな魂が込められている。
 揺らぐことなく、逸らすことなく、テンペストはキョウの瞳を覗き込んできていた。
 それは我の手を掴め、と翡翠の瞳が物理的な重みを乗せて囁いてきているかのようにも感じられた。

「―――っ」

 この瞬間、キョウは判断に迷っていた。
 受けるか断るか、の二択だ。脳内を痺れさせる甘い誘惑に、反射的に頷きそうになる自分を律し、必死になって今の状況からの脱出方法を思考する。この誘いを受けることは許されない。目の前のこの女は―――危険(・・)だと本能が痛いほどに警報をあげてきているからだ。何がどう危険なのかはまだキョウには分からないが、この手の勘は外れたことがない。そして、一拍を置いて気づく。テンペストの雰囲気が、《操血》に似通っていることに。それに気づいた瞬間、背筋に冷たい悪寒がはしる。やはりこの女は―――駄目だ(・・・)、と。
 だがしかし、この誘いを断ったらどうなるか。恐らくは、殺される。《操血》に近いこの女ならば躊躇いなく殺しにかかってくるだろう。それは確信であり、純然たる事実に違いない。キョウに執着を抱いているが、他の者の手に渡るくらいなら自分の手で壊してしまう方が良い。そんな考え方をするタイプだと、瞬時に理解する。

「どうした? 人の世界に心残りがあるのか? ならば、この世界全ての人類を灰燼と化しても良いのだぞ? そうだな……まずはあそこに見える塵芥の掃除から始めようか」

 選択を悩んでいたのは僅か数秒。
 その数秒の逡巡がテンペストには不満だったようで、恐ろしい発言を口にした。
 キョウが何故躊躇ったのか。それは人という種に未練があると勘違いした竜女王は、遠く離れた場所にいるディーティニア達へと視線を向けた。
 それだけのことでニルーニャとメウルーテは凍死せんばかりの寒さに襲われて両腕で体を抱きしめる。
 アルフレッドとラグムシュエナは身体が金縛りにあったかのような重圧を感じて歯を食いしばった。

「―――待て」

 制止の言葉がキョウから飛び出し、それに足を踏み出そうとしていたテンペストの動きが止まる。
 もし後僅かでもキョウが止めるのが遅かったならば、間違いなく竜女王は彼女が言い放った言葉を実現させていたことは想像に難くなかった。
 この化け物にはそれを為すだけの力がある。幻想大陸全ての人間を滅ぼせるだけの能力がある。
 それは否定できない。だからこそ―――キョウは、テンペストを止めたのだ。

 もし、彼女が滅ぼすと宣言した中にディーティニアが居なかったならば、キョウは黙っていたかもしれない。自分の体力を、肉体を回復させることに専念していたかもしれない。しかし、キョウにとって初めて得た同じ目的を持つ同胞。小さき銀髪の魔女を無駄に殺させたくない、という気持ちが少なからずあった。

 その彼女を助けるためにも、今此処でテンペストの軍門に下るしか方法は無い。
 決断は一瞬。ならばもはや迷うこともなくキョウは言葉に出そうとしたその時―――。

「―――ああ、腹が煮えくりかえるとはこういうことを言うのか」

 忌々しげに吐き捨てる口調。
 平坦でありながら、凍えるほどに冷たくて―――しかしながら、触れるだけで焼き尽くすような業火を秘めた声色。
 氷と炎が入り混じった矛盾しつつ、どろどろする真っ黒な底知れぬ虚ろが垣間見せる。

 キョウの知覚でも追うのが精一杯の超速度で飛来した炎の大弾がテンペストに着弾。地面を焦がしながら彼女の身体を十数メートル以上も遠方へと弾き飛ばした。竜女王が地面に激突したと同時に、炎の大弾が炸裂。周囲を埋め尽くす灼熱の炎が燃え盛った。離れているキョウの額からも汗が滲む、それほどの超高温だ。

 土を踏みしめる音をたてて、キョウの前にやってきたのはディーティニアだ。翠に輝く瞳が、普段よりもずっと色を濃くしている。表情から感情が消えていて、絶対零度を思わせる無表情。こんな顔を見たのも幻想大陸にきた初日のみ。
 冷たい視線で膝をついているキョウを見下ろしながら、彼女の顔はどこか怒っているようにも見える。

「のぅ、お主。何と言おうとしておった?」
「……」
「まさか、ワシらのことを気に病んで、心にもないことを返答するつもりではなかったか?」

 ずばりと言い当てられたキョウが、罰が悪そうに視線を逸らした。

「ならば、言わせて貰おうか。馬鹿にするな(・・・・・・)、と。ワシを誰と思っておる?」
「ん、なにを言って―――」
「ワシを誰だと思っておる? 答えてみせよ、キョウ=スメラギよ!!」

 声を張り上げ、怒りに身を震わせ、小さな銀髪の魔女が杖を突きつけてくる。
 キョウの気持ちは痛いほどわかっている。だが、ディーティニアはそのことを喜ぶよりも、嘆くよりも―――深い怒りを爆発させた。

「……獄炎の魔女、だ」
「ああ、そうじゃ!! ワシは獄炎の魔女!! 八百年の時を生きる大魔法使い!! そして―――」

 心からの叫び。怒りに打ち震える喉を伝い、自然と言葉を奏で出す。

「神殺しを目指す、お主の同胞!! お主の相棒!! ディーティニアじゃ!!」

 本心からの猛る咆哮。隠すことのない気持ち。
 なによりも、ディーティニア(自分)がテンペストに負けると思われた(・・・・)ことが許せない。
 なによりも、ディーティニア(自分)がテンペストに負けると思わせた(・・・・)ことが許せない。

「たかが王位種如き(・・)。今先ほどお主がセルヴァを降したのだ。ならば、今度はワシの番じゃ」

 トレードマークである三角帽子を深く被りなおし。
 銀髪の魔女は前方に吹き飛んだテンペストへと歩み始める。

 それを合図に、燃え盛っていた炎は一瞬で鎮火され、その中央には火傷一つ。服さえ燃えていないテンペストが悠々と佇んでいる。ディーティニアの魔法が直撃したというのに、無傷の様子に心配の視線を送ろうとしたキョウだったが、ふっと口元を緩ませた。

「……良いんだな?」
「うむ、当然じゃ。お主は暫し休んでおれ。その間に終わらせてしまうがな」
「それは随分と強気だな。勝算はあるのか?」
「当たり前のことを聞くでない。ワシを誰だと思うておる?」

 二度目となるディーティニアの質問に―――。


「―――俺の相棒だ」

「それで良い。後は任せておれ」

 自分で言わせて置きながら、照れた様子を見せる銀髪の魔女から離れ、近くの崩れかけた建物の壁に背をつける。
 ずりずりと音をたてながら下がっていき、腰をおろした。 
 一秒でも、一瞬でも速く体力を回復させようと、リズム良く深呼吸を繰り返すキョウの前方にて―――魔女と竜女王は対峙する。

 自分の邪魔をされたことを不快に感じているのか、テンペストは見下すような視線を魔女へと送る。それはキョウへ対する視線とは全く異なっていた。
 その異様な圧力を秘める視線を前にしても、怖れることもなく、臆することもない。

「なぁ、小さきエルフよ。そなた誰の邪魔をして、誰に攻撃を加えたかわかっているのか?」  
「当然じゃ。色ボケておる、竜女王に対してよ」
「ほぅ。我を知ってなお、蛮勇を見せるか。普段だったならば、興味をひくことだが……」

 ふっと鼻で笑ったテンペストが、パキリっと腕を鳴らす。
 それだけで周囲の空気の重さが増した気がする。息をすることさえも苦労する。
 常人ならば正気を失うほどの殺意を発しながら竜女王は、目の前のエルフを細胞一つ残さず壊しつくすと心に決めた。

「―――消えてよい。大人しく死ね、名も知らぬ小さきエルフよ」
「死ぬのはお主の方じゃ」

 ゴゥっと炎が燃え盛った。
 それに動きを止めたのはテンペストだ。彼女が被害を受けたからではない。燃えたのがあまりにも意外(・・)なものだったからだ。    
 ディーティニアが持っている木の杖。それが音をたてて燃え上がる。それはすぐさま炭となり、即座に灰となって、宙を舞う。さぁっと吹いた風が灰をさらって行った。
 自分の武器である杖を燃やすという意図が読めないテンペストが、微かに眉尻をあげて不可解な表情を作る。
 それに気づいているのかいないのか。ディーティニアは口元をゆがめた。三角帽子を深く被っているせいで見えなかった眼が、きらりと奇妙な重圧を膨らませながら一瞬煌く。

「ワシとキョウは似ていないようで似ておる」

 淡々と語るのはディーティニアだ。

「神殺しを為そうとする意思」

 魔法使いの筈の魔女は距離を取るわけでもなく、その場に佇む。

「剣を極めた者と魔法を極めた者」

 その小さい身体が纏うのは絶大な超魔法力。

「そして―――力を抑えねば、戦闘という行為を出来る相手がいないという事実じゃ」

 この時、テンペストは漸く気づいた。周囲を取り巻く異常事態に、漸く気づくことが出来たのだ。
 幻想大陸はマナで満ちている。マナとは魔法を使う際に必要となる源だ。それをどれだけ取り込めるか、どれだけ身体に蓄積できるかで魔法使いとしての技量は決まる。
 大陸中に魔法使いがいてなお、マナは枯れることがない。世界が延々とマナを生産し続けるからだ。一箇所に数千を超える魔法使いが集中して魔法を唱えても、それでもマナが無くなることはない。
 それが、そのはずが―――。

「マナが、消えた?」

 愕然とテンペストが呟いた。
 彼女の優れた感覚が、周囲の情報を瞬時に読み取る。
 その結果―――。

「マナを吸収―――いや、喰った(・・・)というのか」

 称賛しているのか、呆れ果てているのか、竜女王はこの異常事態を引き起こしている原因であるディーティニアに、初めてともいえる笑みを送る。
 小さなエルフと称した相手から感じられるのは、テンペストでさえ驚きを隠せない強大な魔法力。人間や亜人はおろか、王位種でさえもこれだけの領域に達することが出来る存在は皆無に等しい。
 魔法力という点に関していえば、その巨大さはテンペストが知る限り、歴代最高と言っても過言ではなかった。

「全く。今日は驚かされることばかりだ。ここまで心が躍る出来事が、二度も同時に起きるとは」 
「それは良かったのぅ。ならばもはや心残りはあるまい?」

 全身から迸る灼熱の色に染まった魔法力を身に纏わせながら―――。

「ワシの名はディーティニア。獄炎の魔女と呼ばれし大魔法使い。それを冥土の土産に持ってゆけ」

 桁外れの魔法力を前にしてなお、テンペストの余裕の表情は崩れていない。
 やはり、ふっと鼻で笑い、ばさりと黒い着物をはためかせた。

「そうか、そなたが獄炎の魔女か。噂くらいは聞いているな。歴代最強の使徒である《レヴィアナ》を殺害した背信者。中央大陸に攻め入ってきた魔王を撃退するために、万を超す味方を巻き込み虐殺したエルフ。別名―――虐殺の魔女だったか」
「……引き篭もりの竜種にしては博識じゃな」
「噂に聞いてから数百年の月日が流れはしたが、一度は見てみたいと思っていたところだ。この幸運に感謝して―――そして死ね」

 天を突く勢いで膨れ上がった翡翠色の圧倒的な邪気。
 それに対するは、灼熱色に輝く超魔法力。


 
 獄炎の魔女と竜女王。
 二人の戦いが、激しい火花を散らしながら幕を開けた。







少し短いですがアップさせていただきます。
主人公をめぐって キャットファイト 開始。
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