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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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二十二章 七つの人災と生きた天災1








 キョウとラミアールの対談から二日の時が流れる。
 ネールから遥か西に行った場所にある街。そこは酷く閑散としていた。
 普段ならば住人や、旅行者、旅商人などといった人達で溢れかえっているのだが、今はそういった一般人は誰一人として見つけることが出来なかった。
 今この場所にいるのは探求者のみだ。しかも、第九級から上位の者達全てが動員されている。近場にいる者達全てをかき集めて、対セルヴァ用の部隊としてここに滞在していた。
 第十級の探求者達は戦力になるはずもなく、殆どが街の人間の護衛として出払っている。ある意味それが羨ましいと感じている探求者も少なくない。そのおかげで、暫くの間生きながらえることが出来るのだから。

 セルヴァ襲来までの時間も少なく街の外に罠を作ったりはしたのだが、あくまでも気休め程度にしかならないと、誰もが考えていた。この街にいる者達は、既に精神までもがぼろぼろといっても過言ではない。特に第九級の中級になったばかりのひよっ子たちはそれが顕著だった。
 毎日の重圧で、食事も喉に通らない。寝ることも出来ないといった状態が皆続いている。

 それでも彼らが逃げ出さないのは、大きく分けて三つの理由があった。
 一つ目は単純に、ここで逃げ出せば一生臆病者のレッテルが貼られるということだ。命を拾えたとしても探求者をこれ以降続けていくことは決して出来ないだろう。
 二つ目は、もはや後がないと誰もが理解していることだ。ここを抜けられれば後はもう防波堤となる場所はない。工業都市ネールの探求者達もここまで来てしまっているのだ。後は王都まで一直線に破壊されてしまうだろう。ましてや、避難している住民も段々と多くなっている現状、避難民に追いつかれてしまう可能性も高い。そうすれば、あっという間に血の海が出来上がる。
 三つ目は、彼ら探求者を支える存在。偶々別件で西方面に来ていた《七剣》の二人。彼らが恐れずに構えているからこそ、探求者達は本当にぎりぎりのところで自分を保っていることが出来た。

 そんな緊迫感溢れるこの街で、高台に登って西の方角を眺めている二人がいた。
 《七剣》のアルフレッドとラグムシュエナ。天空から降り注ぐ陽射しが、じりじりと肌を焼いてくる暑さにも嫌そうな表情一つせず立っている。

 普段だったならばローブで顔まで隠しているラグムシュエナだったが、今日は顔を露出させていた。
 キョウにじゃれ付いていた時のようにおちゃらけた雰囲気は一切なく、どこか余裕が見えない。一方のアルフレッドもまた同様だ。真剣な表情で、ラグムシュエナと同じ方角に視線を向けていた。

「……どうっすかねぇ、セルヴァは。うちは第一級危険生物見たことがないんで、何とも言えないんっすけど」
「俺も見たことはねーな。第三級の将軍級魔族なら何度かあるんだが」
「あー、最前線に時々出てきてるっすねー、あいつら。毎回アルス姫様がなんとか追い返してるところを見てるっすけど」
「第三級でもアレなんだから、第一級なんか想像もできねーわ。ああ、そういや一度だけ第二級の奴見たことがあったな」
「―――え、まじっすか? それかなりレアっすねー」

 アルフレッドの発言に驚くのはラグムシュエナだ。
 第三級以上の危険生物は生きた天災とも称される。それ故に存在個体数も少ない。第三級危険生物の将軍級魔族や高位巨人種が一番多いとはいえ、それでも危険生物が数多蠢く魔境深くに侵入しなければ出くわすことはない。例えば南の大陸。例えば巨人の山々ジャイアントマウンテン。西大陸の近くの海に漂う巨人の島(ジャイアントランド)。そういった場所でなければ出くわすことはない。第二級危険生物となれば、さらに個体数は少ない。
 竜園に住む高位竜種や、東の大陸の辺境を領土とする不死王種。ラグムシュエナが知る限りそれくらいだ。

「すっげー前なんだけどよ。俺がまだ子供だった時、不死王種が東大陸で暴れまわっていた時期があったんだよ」
「あー、教科書で見たことがある気がするっすねー。確か不死王ノインテーター。通称ノイン。不死王種の中でも最大の被害を巻き起こした疫病の主……って感じだった気がするっすけど」
「ああ、そんなところだ。あの時は本当に酷かったぜ。人狼族、猫耳族、狐耳族にエルフやドワーフ。東大陸に住む部族全てが被害にあってたからすげぇ連合軍が出来たんだよな」
「そうらしいっすねー。甚大な被害をだして何とか東の辺境に追いやったって教科書で見たっす」

 学校に通っていた随分と昔の記憶を掘り出しながら語るラグムシュエナ。狐耳族でありながらまるで人事のように語っているのに眉を顰めるアルフレッドだったが、良く考えればあの頃はまだこの同僚が産まれてもいない頃だ。それは人事のように感じても仕方ないかと納得した。

「そーいや、お前幾つなんだよ?」
「うっわー。アルフ最低っすね。女性に年齢聞くとか無神経にもほどがあるんっすけどー」
「……お前はそんな気にする歳じゃねーだろう、馬鹿か」
「まぁ、そうっすね。うちは今年で三十七歳っすかねー。まだまだぴちぴちっすよー」
「そーなんか。俺は五十六だから、もう四十年近く前の話になんだなー、ノインの野郎の事件は」

 ラグムシュエナの年齢を聞いて、若いなーと時代を感じるアルフレッドだった。
 亜人はエルフを除いて大体が人間の倍生きるとされている。つまりは、人間の年齢に直すとラグナシュエラは大体十八歳前後。アルフレッドは二十八歳前後となるわけだ。

「お前は知らなくても仕方ないけど、あの頃は本当に酷かったんだぜ。ムカツクことに、ノインは死んだ亜人やら獣やら人間やら何でも操れたから兵隊には事欠かない有様だったしな。折角手下を減らしたと思ったら、こっちの戦死者を配下にしやがったり、えげつない奴だったわ」
「まじっすかー。それは面倒そうな敵っすねー」
「で、こっちの連合軍とノインの軍勢の潰しあいだ。死者を操れる以上こっちが無茶苦茶不利なのは分かるだろ? 結果はジリ貧だ」
「ええー? でも教科書には部族連合の手で撤退させたって書いてあったっすよ?」
「あー、あれな。それは真っ赤な嘘なんだわ」

 アルフレッドが、実に気軽に歴史を否定する。
 それに対してラグムシュエナが驚くのは当然だ。何故わざわざそのような偽りの歴史を残しているのか、意味が分からない。それがどんな利益になるというのか。  

「部族連合軍は当時どうしようもないほど追い詰められていた。そんな時だ、一人の魔法使いが現れた。その人は信じられない魔法を使い、一瞬で不死者の軍団を焼き払い、窮地を救ってくれたんだ。今でも思い出せるぜ、天から落ちる神罰の炎が地上で蠢く化け物どもを焼き滅ぼす光景を。獄炎の魔女ディーティニア―――あの人は死者の軍を薙ぎ払った後、ノインの野郎と一騎打ち。あっさりと撃退しちまった。子供心ながらすげーと思った。格好良いと思った」
「ええー、まじっすか。あのちびっこ魔女さん、そんな強かったんすか……いや、でも確かにあの底知れない魔法力ならちょっと納得するかも……」
「その時は、他の不死王種も乱入してきたせいで止めまではさせれなかったんだけどな……あの人のお陰で東の大陸は救われたといっても過言じゃねーよ」
「じゃあ、なんで教科書には正しく載ってないんっすか?」

 ラグムシュエナが当たり前といえば当たり前の問いかけをする。
 それを聞いたアルフレッドは、不機嫌さを露にしてそっぽを向く。

「神聖エレクシル帝国にとっちゃー、ディーティニア殿は神罰対象者だからな。そんな相手が東大陸の窮地を救ったなんて認められなかったんだろう。俺もそのことを知った時は開いた口が塞がらんかったぜ。まー、そういうわけで東大陸の亜人にとっては英雄みたいなもんだ、あの人は。他の大陸と事を構えるわけにもいかねーから、あんまり表にはだせないけどな」
「そういえば、他の大陸と違って獄炎の魔女の悪い噂は東大陸はあまり聞かないっすねー。それにしてもそういった理由があったんっすか、アルフがあの魔女を慕っている理由」
「おう。それで必死こいて探してたんだが……まさか数年ぶりに会えたと思ったら結婚しているなんて……ちくしょぅ」
「あ、あははー」

 ガンガンと手すりに拳を叩き付けて泣いているアルフレッドに、苦笑いを返すラグムシュエナ。どうやらかなり昔から懸想をしていたようで、あまりの漢泣きっぷりに本当のことを話してしまおうかとも考えるが、やはり面白そうなので喉まででかかった真実を噛み潰す。
 しばらく叩きつけていたが、現在警戒中だったことを思い出して必死になって涙を拭う。

「それで、セルヴァとの戦闘方針っすけど……とりあえずうちとアルフで撹乱しつつ、他の探求者で遠距離から援護して貰って時間稼ぎっすねー」
「ああ。もし、倒せるようならそのまま押し込むって方向にするか」



 高台でそんな会話が続いてる最中―――街中では緊張感を隠せない探求者達が一言も喋らず集まっていた。
 間違いなくこれから間もなくこの場所は戦場となる。しかも、彼らが相対するのは第一級危険生物。魔獣王種が一。全ての陸の獣の頂点。伝説の大喰い―――セルヴァ。この場にいる探求者達にとって想像もできない天上の獣だ。
 そんな怪物と戦おうというのだ。幾ら《七剣》が前線に出ると言われていても、恐怖に押し潰されても無理なかろう話である。

 第七級、第八級探求者であったとしてもそれは例外ではない。
 いや、逆にベテランであるからこそ現状の危険さを理解している―――自分達は決して生きては戻れないだろうということもまた。

 そんななか二百名近くの探求者達の中に、二人の小柄な人影があった。
 工業都市ネールから西へ商隊の護衛で向かったはずのニルーニャとメウルーテだ。彼女らは、西の町に到着した途端にセルヴァの情報を知り、第九級探求者ということもあり強制的に徴兵されていた。
 最初は茫然としたものだ。敵は伝説に語られる怪物。サイクロプスなど話にもならない怪物の中の怪物なのだから。
 そしてそのまま、多くの探求者と共にこの町へとやってきた。あくまで時間稼ぎが目的ということが、一抹の安堵を心に落とす。
 二人は体育座りをしながら、隅で肩を寄せ合っている。表情に不安の影が差しているのは気のせいではないだろう。

「……ねぇ、メル。セルヴァって強いのかな」
「うん……多分ね。僕達だと厳しいかもね……」
「で、でも―――《七剣》の二人もいるし、なんとかなるよね?」
「うん、きっと大丈夫。二人とも凄く強そうだし……それに時間稼ぎだけしてればいいって話だしね」
「そ、そうだよね。うん……」

 二人とも言葉に出して、少しでも不安を減らそうとしているのだ。
 何かを喋っていないと押し寄せてくる恐怖に潰されそうになってしまう。だからこそ、彼女達は互いに聞こえるくらいの大きさで会話を続けていた。
 だが、意識せねばやってくる会話の空白。嫌な沈黙が訪れる。

「……なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ」
「わかん、ない……よ」
「ちょっと前までは、ネールで、キョウさん達と一緒に楽しく居れたのに……なんでかなぁ」
「わかん、ないって……」

 そして再び訪れるのは沈黙。
 今度はどちらとも新たに会話を切り出すことはない。
 二人とも肩が震えている。いや、肩だけではない。全身が小刻みに揺れていた。
 死への恐怖。絶望。そして―――根拠なき希望。
 きっと誰かが助けに来てくれる。エレクシルの力を得た使徒と呼ばれる英雄が、伝承に語られるように駆けつけて救ってくれる。そんな願望が捨てきれない。奇跡を願ってしまう弱い心が彼女達の中に存在した。

 そんな弱気になっているのは二人だけではない。
 あちらこちらで似たような光景は見受けられた。高台から眼下の探求者達を見下ろしていたアルフレッドとラグムシュエラは、今の彼らでは戦力にはならないとため息を吐く。いや、戦力になるのは精々が半分以下。しかも、それ以外は戦力になるどころか足手まといにしかならない。本来ならば戦意をあげないといけないのだが、今の二人には戦意をあげる術はなく―――。

 ぞわりっと言い様のない悪寒が全身を包む。
 吐き気を催す邪悪。心の臓を掴まれる重圧。脳髄のかわりに氷柱を突っ込まれたかのような恐怖。
 見える範囲全てを支配下に置く、超越存在が踏み寄ってくる。
 そして響き渡る地震。リズム良く、巨大な何かが大地を踏みしめてきた。

 眼下を見下ろしていた二人は桁外れの威圧を放つ怪物へと視線を上げる。
 遥か西方から、彼らの倒すべき敵である―――陸獣王セルヴァが姿を現した。

 この瞬間、ラグムシュエラの取った行動は迅速であった。本能が彼女の左手を起動させる。眼帯をずらし、左目を開けて前方にいる怪物を睨みつける。
 金色の瞳がセルヴァを捉えた刹那―――。

「アルフレェエエエエエエエエエエエド!! 今すぐ探求者全員を連れて逃げるっす!!」
「―――くそがっ!!」

 高台から勢い良く飛び降りたアルフレッドはドンっと音をたてて地面に着地する。

「ここは、うちが!! 命を賭けて!! 足止めするっす!! あんたは、なんとしても《七剣》全員引き連れて、意地でもこいつを討伐するんっすよ!!」
「―――っ」

 アルフレッドは無言だった。
 本来ならば自分も戦うと言うべきだった。だが、言えなかった。
 一目見ただけでわかる―――絶対的な次元の違い。
 勝ち目があるなしの話ではない。絶望的なまでに、戦闘という行為にすらならないと確信を得た。

「―――ああ、もう。くそっ……なんで、こんな、化け物がっ!? ああ、くそっす!! ありえねーっすよ!? これが―――第一級危険生物っすか!? 第三級とか子供にしか見えねーじゃないっすか!!」

 乱雑な口調で吐き捨てたラグムシュエラは、右手の親指に犬歯をあてる。
 おもいっきり犬歯に当てて、勢い良く引く。鋭い痛みが親指にはしるが、気にしている余裕は微塵もない。
 セルヴァは容赦なくこちらに向かってきているのだから。

 親指から流れる血を、眉毛の上に付けると一直線に下に引いた。
 赤い線が、両目ともに十字を形作る。

「―――始祖返り(メタモルフォーゼ)!!」

 風が吹く。
 周囲を巻き込み、吹き飛ばす突風がラグムシュエラを中心に巻き起こった。
 パチリっと金色のオーラが彼女を包む。真紅の髪は、一瞬で金色に染まる。気がつけば、赤かった右の瞳も金に変化していた。彼女が纏う気配が、一気に膨れ上がり絶大な魔法力が解放される。

 これが彼女の奥の手。
 特異能力(アビリティ)―――始祖返り(メタモルフォーゼ)だ。
 狐耳族としての血を色濃く受け継いだ彼女の能力。身体能力の超強化。第三級危険生物とも時間限定だが渡り合うことが出来る異常な技だ。単純な身体能力という点では、この状態の彼女に勝る《七剣》はいない。

 身体中に漲る力に、歯を噛み締める。
 両足に力を込め、高台からセルヴァの迫ってくる方角へと飛び出した。
 その姿はギリギリまで引き絞られた矢が放たれた光景を連想させる。大地へと飛び降りたラグムシュエナが、小細工無しで突撃する。     
 腰に差してあった剣を走りながら引き抜く。
 キィンっと小気味よい音がした。さらに地面を蹴って加速。

「輝く大地!! 踊る草原!! 激しく蹴散らす翡翠の烈風!! 深き森の深奥、漂う安らかな翠風!! 集いて猛れ!! 我が領域に住まうは、天駆ける千億の射手!!」

 抜いた剣先に翠に輝く魔法力が収縮していく。
 渦巻き、剣に纏わりついていく深緑の魔法力。極限まで凝縮されたそれを剣と共に振り上げ―――。

「―――射手座の千矢(サジタリウス・アロー)!!」

 ラグムシュエナの宣言とともに炸裂した視界を埋め尽くす翠の砲撃が迸る。
 音速で空気を引き裂く乱舞する数十にも及ぶ連段が、間断なくセルヴァに直撃した。 
 弾幕があがり、煙でセルヴァの巨躯が隠される。それに続いて―――。

「輝く大地!! 踊る草原!! 激しく蹴散らす翡翠の烈風!! 深き森の深奥、漂う安らかな翠風!! 集いて猛れ―――」

 弾幕が揺れる最中、一瞬煙の間から見えたセルヴァの眼光にびくりと身を竦ませる。
 だが、詠唱を止める訳にはいかない。ここで中断したら―――間違いなく死ぬ。

「―――我が領域に住まうは、天駆ける千億の射手!! 射手座の千矢(サジタリウス・アロー)!!」

 再度同様の魔法が再現され、数十の砲撃が剣先からセルヴァへと降りかかる。
 しかし、死の予感を証明するように、セルヴァの大口から圧縮されたレーザー砲が同時に放たれた。超高温の白く輝く光の閃光が、ラグムシュエラの放った魔法と接触。軽々とそれら数十の砲撃を消滅させ―――遥か後方の町並を焼き尽くす。
 強烈な光を発し、爆発。目を焼く眩い光が世界を支配した。連続して続く爆撃音。

「―――アルフ!? 生きてるっすか!?」

 反射的に後方へと叫びながら振り返る。
 その行為は、戦闘者としてしてはならない行為だった。戦闘中に―――しかも格上の相手だというのに、相手から目を離すなど、悪手に他ならない。
 ヒュっと風切り音が耳に届く。しまったと思う暇もなくセルヴァの舌が急激に伸び、円を描いてラグムシュエラへと迫ってきた。本能が剣を腹部へと降ろすと同時に、強靭な舌による一撃が彼女に直撃。剣の腹を強かに打ちながらも、ラグムシュエナの肉体を吹き飛ばす。
 放物線を描き高速で弾かれた彼女は、半壊した街跡に激突。激しく転がっていき、ぼろぼろとなった壁にぶつかりようやく止まった。あまりに強い衝撃を受けたため、呼吸が停止する。肺が上手く活動をしてくれない。酸素が足りずに、身体中に鉛がついたかのように重く感じる。

「―――っく、はぁ」

 必死になって周囲を見渡す。
 ほんの一分ほど前までは綺麗だった町並みが、荒れ果てた廃墟と化している。
 彼女の霞む視界の中、ところどころに転がっている探求者の姿があった。逃がす手助けさえ出来なかったか、と自嘲しかできない。これは《七剣》二人の責任だ。幾ら第一級危険生物と相対したことがなかったとはいえ、その危険性をあまりにも甘く見すぎていた。二人がかりならば、多少は対抗できるだろうと甘い考えで戦いを挑んだ結果がこれだ。

 
「あぁ……化け物め、本当に桁違いっす……なんなんすか、こいつ……」

 漸く整ってきた呼吸の途中、呪いの言葉を吐き捨てる。
 力の入らない足を必死に動かし、剣を支えに立ち上がった。良く見れば、剣には皹が入っている。
 どうするどうするどうする、と現状を打開する作戦を練り上げようとするが、一つとして思いつかない。

「―――ぅ、ぁぁあ」
「っ……くっ」

 そんな折に、耳に届く二人の呻き声。
 ラグムシュエナのすぐ横に転がっていた二人の猫耳族。
 運がいいのか悪いのかその猫耳族二人。ニルーニャとメウルーテは―――まだ意識があるようで、痛みに小さい悲鳴をあげている。

「ああ、もう本当についてないっす。いや、自業自得っすね……最初から、皆王都へ避難せておけばよかったっす……ああ、もう馬鹿野郎っすね、うち」

 ラグムシュエナはその場から逃げなかった。
 今更勝ち目などあるはずもない。だが、それでも剣を握る。
 せめて、生き残った探求者を守るのが自分の使命だ。 

 下らないと嗤うなら嗤え。蔑むなら蔑め。
 それでも、最後の一瞬まで足掻いてみせる。

「化け物、この化け物め!! うちの命はくれてやる。その代わりに―――お前の片足くらい、貰っていくぞ!!」

 意識がはっきりとしない、混濁したニルーニャとメウルーテの二人の瞳に映るのは―――最後まで戦う意思を捨てない《七剣》の後姿。自分達と変わらない年齢でありながら、雄々しい背中。
 痛みで呻くことしかできない自分達とは大違いだと感じながらも、彼女達の体は決していうことを聞いてくれなかった。肉体が限界を迎えているわけではなく、心がセルヴァに敗北を認めてしまっている。恐怖に心が負けていた。

 近づいてきたセルヴァの巨体が小山のように映る。
 しかし、ラグムシュエラの心は折れてはいない。皹の入った剣を片手に、残された全力で地を駆けた。
 風に乗り、彼女の出来る最速でセルヴァへと立ち向かう。
 怪物の巨躯へと肉薄し、剣を振るおうとしたが―――やはり側面から薙ぎ払われた蛇の尾が、ラグムシュエナの肉体を上空へと弾き上げた。メキメキっと骨が砕ける音を彼女は聞いた。空中に跳ね上がった状態で、何度か咳き込む。空に散るのは赤い液体。肋骨数本は持っていかれたらしい。左手も力が入らないと思えば、奇妙な方向に曲がっていた。

 跳ね上げられたラグムシュエナは重力に負け、地上へと落下を始める。
 それを見ていたセルヴァは大きく口をあけ、空から落ちてくる獲物に齧り付こうと舌なめずりをした。ぬらぬらと照り輝く唾液が、口元から顎を滴り落ちて地面に落ちる。獅子の顔が愉悦に歪む。額にある第三の目が細まった。

 誰か助けて。あの人を助けて、と声なき声でニルーニャは祈った。
 あの化け物を倒して。誰でもいいからこの地獄を変えて、とメウルーテは願った。

 だが、相手は第一級危険生物。
 生きる天災。彼らに勝る生物は無し。
 人は逃げねばならない。人は関わってはならない。人は戦ってはならない。
 息をひそめ、天災が過ぎるのを待つことが唯一の生き残る術。

 世界は―――非情である。


























 その時、ニルーニャは見た。メウルーテは見た。
 大地を駆け抜ける、一筋の黒雷を。

 残滓しか残らない。領域が異なる神速の世界を。
 セルヴァの知覚を超えた速度で間合いをつめた人影が、手に持った刃を振るう。
 ドゴンっと激しい衝突音がセルヴァの前足からあがった。到底剣と生物が発する音とは思えず、ニルーニャ達は我が耳を疑う。そして、さらに驚くべきことにセルヴァの巨躯がガクリっと揺れて斬り付けられた前足が膝をつく。
 突然の衝撃に上空から落ちてこようとしていたラグムシュエナから、地面へと顔を向けなおした。
 それと同時に、人影は軽く跳躍―――セルヴァの横顔に斬撃を叩き込む。

 ニルーニャとメウルーテが目に追えたのは一撃目の斬閃のみ。
 だが、叩き込まれたのは瞬間五発。響く音さえも一度の衝撃音だけ。

「―――グォォォオオオオオオオオ!!」

 その斬撃を受けたセルヴァが、初めて悲鳴らしい悲鳴をあげて仰け反った。
 痛みを感じているのか、僅かに顔を―――愉悦とはまた違った意味合いで歪めている。

 そしてその人影は空中から落下してきたラグムシュエナをその場で受け止めた。 
 トスンっと衝撃もなく胸に納まった彼女は―――霞む視界の中、自分を助けた男の顔をしっかりと見た。

 ―――ああ、やっぱりまた会えた。

 胸の中でそう呟いたラグムシュエナは、身体中がぼろぼろになりながらも綺麗な笑みを浮かべる。

「―――やっぱり、お兄さんは……うちの、王子様っすね……」
「その軽口が叩けるのならば、まだ安心か」

 ラグムシュエナにそう返すのはキョウ=スメラギだ。
 片手に刀を携えて、前方にいるセルヴァを睨みつけている。その視線に縫い付けられたかのように、怪物の巨躯は動きを止めていた。
 刀の切っ先を向けつつゆっくりと後退しつつ、ニルーニャとメウルーテの二人の元まで歩み寄る。

「……キョウ、さん?」
「な、なんで……ここに?」

 二人が困惑気味の声をあげるのも当然だ。
 まさかの、予想だにしない人物の登場に身体を必死になって起こしつつ問い掛ける。

「ああ。ちょっとセルヴァを斬りにきた」

 そしてその答えは二人を唖然とさせる。  
 あの怪物を前にして。あの巨躯を前にして。あの恐怖を前にして―――誰がそんな台詞を吐けるだろうか。
 この人は一体、と様々な疑問が浮かぶ。

「とりあえず、お主たちさがっておれ。ワシの周囲にいる限り、命の保証だけはするぞ」

 そんな二人の背後にて、小さな魔女が杖を手に声をかけてきた。
 彼女の横には、煤だらけではあるが《七剣》のアルフレッドが立っている。彼もまた、ディーティニアに間一髪のところで命を救われた。それ以外の探求者達も幾人かは助かっていたが、かなりの人数が命を落としてしまってもいた。
 キョウは抱きかかえていたラグムシュエナをアルフレッドに手渡すと、彼らから距離を取るように一歩を踏み出す。つまり―――セルヴァへと距離を詰めてゆく。

 巨大な魔獣の王は、近づいてくるキョウから視線を外さない。
 まるで、人間であるキョウを用心しているかの様子で―――。

「―――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 空気を振動させる遠吠えをあげた。
 ビリビリと大気を揺らすセルヴァの咆哮。キョウへ対する威嚇という意味合いの雄叫びだったが―――威嚇された本人は全く気にせず間合いを詰めていく。
 信じられないモノをみたかのように、セルヴァの第三の目がビクンっと反応する。

 そんな中で、キョウは刀を持っていない自由な手の人差し指でセルヴァの横顔を指差した。それに続いてキョウ自身の頬を指でトントンっと指し示す。
 意味が分からないその様子にセルヴァが再び咆哮をあげようとして―――。

 ピチャリ。

 セルヴァの真下で水音がした。
 ピチャピチャと断続的に聞こえる水滴が落ちる音。
 ズキリっと数百年近く感じていなかった微かな《痛み》という感覚を思い出した怪物は、音の発生源へと目を向ける。
 その先―――地面には緑の血溜まりが出来上がっていた。
 原因は、セルヴァの横顔に刻まれた斬撃の痕。重傷とはいえない、僅かな切り傷だ。
 だが、それがセルヴァが五百年振りとなる流血ということを、この場にいる中でセルヴァ自身だけが知る事実だった。

「陸獣王。俺が人だからといって、甘く見るな、侮るな、見縊るな。俺の刃は―――」

 シャンっと綺麗な音を響かせてキョウは刀を振った。

「―――お前に届く」

 この瞬間―――第一級危険生物。陸獣王。魔の獣の王。大陸喰らい。
 数多の仇名を持つ、幻想大陸最悪の一体。
 生きた天災は―――目の前の七つの人災(人間)を排除すべき()だと認識した。  

 



 






日がかわってしまいましたが、一応更新ということで。遅くなってすみません。
今日の(土曜)の夜は更新するかわかりません。セルヴァ戦が全部終わったら纏めて更新させていただきます。
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