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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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二十一章 七剣3

 
 

「お久しぶりです!! お元気にしていましたか、ディーティニア殿!?」

 びしっと気をつけの体勢を取ったアルフレッドが部屋中に響き渡る大声で挨拶をする。
 その姿を見て何事か、と考えたのがキョウとラギールの二人。
 そして、ラグナシュエラもまた同僚の姿に驚きを隠せなかった。はっきりいってアルフレッドは碌でもない男だ。《七剣》の第六席に選ばれておきながら、エレクシルへの信仰心は零。上司の命令もあまり聞かず、仕事も他の人間に押し付けてばかりいる。そのせいで、第一席のアルストロメリアに鍛錬と称して半殺しにされていることも多々あるが、それでも彼は《七剣》から降格されることはない。一度魔族との戦争が起きれば、最前線で活躍し続ける戦闘者。
 彼に救われた兵士は数知れず。紫電を纏いて、あらゆる敵から民を守る守護者の一人。それが《猟犬》アルフレッドだ。

 アルストロメリアにしか敬意を払わないアルフレッドが、その上司以上に敬っている相手を見て納得がいかない。
 小さい少女だ。身長百三十程度の子供にしか見えない。尖った耳がエルフなのを証明しているが、それでも纏う雰囲気はあくまで普通の魔法使いだ。目の前にいるような、人を外れた人のような異質な気配を発しているわけではない。
 そんな相手に何故こうまで敬意を払うのか疑問は尽きない。

 ―――視てみたら、なんか違うんすかねぇ。

 それは興味本位だった。
 あの同僚であるアルフレッドが敬意を払う相手の底を見てみようという、他愛もない考えであった。
 眼帯をずらし、閉じている左目を開ける。金色の瞳がディーティニアを捉え―――。

 そして、彼女は後悔した。

 金色の瞳に映るのは、圧倒的で、絶対的で、絶望的なまでの―――超魔法力。
 人では為しえない、エルフでも為しえない、この幻想大陸に住まうどんな生物をも超越せんと迸る漆黒のマナを全身から立ち昇らせている。吐き気がする。眩暈がする。意識を手放そうと本能が逃避を決断する。
 なんだ、なんだ、一体この化け物(・・・)はなんなんだ。そんな思考がぐるぐるとループを続けた。
 どこまでも暗く、どこまでも闇く、どこまでも冥く―――これまで戦ってきたどんな生物よりも、闇に近い深淵。
 底が見えない。地獄の底の更に底。人では到達できない異常すぎる深奥。

 やばい、とラグムシュエナは声にならない悲鳴をあげる。
 あまりにも深い。これは戻ってこれなくなる(・・・・・・・・・)

 ずるずるとディーティニアの闇に心が引きずりこまれてゆく。
 二度と目覚めない闇の中。恐るべき世界に誘われて―――。

「―――阿呆。あまり人の()を覗くな」
「っ!?」

 パシンっと額を叩かれた衝撃で、ラグムシュエナはハっと意識を取り戻す。
 気がつけば周囲には変わった様子は見られない。僅か数秒程度の出来事が恐ろしいほどに長く感じていただけだ。
 びっしょりと背に汗をかき、今朝のように手が震えていた。全身に悪寒を感じ、身体が正常に動作しない。心臓が激しく動悸する。顔を真っ青にしたラグムシュエナのずらしていた眼帯をキョウは戻して、左目を封じてやる。
 仕組みや性能はいまいちわかっていないが、彼女の変化はこの左眼が原因だと薄々分かっていたからだ。

「あ、ありがとう……本気で助かったっすよ……」

 息も絶え絶えなラグムシュエナに、気にするなと声をかけたキョウだったが、この少女がディーティニアの中に何を見たのか―――少しだけ気にはなる。だが、今追及することでもないかと判断し、とりあえず背に隠れているディーティニアと、そんな彼女を尊敬の眼差しで見ているアルフレッドをどうするかと視線を順番に送る。

「う、うむ……久しぶりじゃな、アルフレッドよ。息災にしておったか?」
「はい!! ディーティニア殿のお陰で怪我一つ!! 病気一つせずに日々を送っております!!」

 そんなアルフレッドの発言に、頬を引き攣らせるラグムシュエナ。
 怪我一つないとか出任せもいいところである。確かにアルフレッドが戦場で怪我をすることは少ないが―――アルストロメリアにどれだけ怪我を負わされていることか。それを隠して、いや……完璧に記憶から忘却しているのかもしれない。

「それは何より……しかし、随分と腕をあげたようじゃな……」
「何時か再びディーティニア殿と共に戦えることを期待し、目指し!! 日々精進しておりました!!」
「そ、そうか。それは頑張ったのぅ」
「有り難き幸せです!!」

 暑苦しい奴だと考えていたキョウと、彼に抱きついたままのラグムシュエナは奇しくも同じことを考えていた。
 アルフレッドの変わり様に、鳥肌がたってくる始末である。

「……なぁ、一つ聞きたいんだが」
「なんすか、おにーさん? ちなみにうちのスリーサイズは七十四、四十九、七十八っすよ?」
「……いらん個人情報をいきなり暴露するな」

 思わず意外と胸が無いんだなっと突込みを入れそうになったが、流石に女性にそれは失礼だろうと考え喉元で止める。
 ふっと思い返すと亜人は皆、胸が控えめである。そういった種族特性でもあるのか、と疑ったキョウだったが―――生憎とこればかりは知り合いの誰にも聞けない。知り合い皆が女性であることが災いしている。

「―――で、だ。この男……何者だ?」
「《七剣》の第六席。《猟犬》のアルフレッドっすよ」
「そうか……《七剣》はこんな暑苦しいのばかりなのか?」
「いや、アルフも普段はもっとやるきねーオーラなんっすけどね。こんなテンション高い状態初めて見たっす」
「……そうか」

 こそこそと話し合っている二人だったが、傍から見れば超近距離から内緒話をしているようにしか見えない。
 しかし、今この場でそれを気にする余裕がある者は誰もいなかった。

「そ、それでディーティニア殿は、本日はどうしてこのような場所に?」
「うむ……それは、こやつに付き合ってきたのじゃが」
「―――え?」

 ディーティニアに杖で指されて、ようやくアルフレッドはキョウへと視線を向けた。
 いや、視界に入ってはいたが目的の人物ばかりに気を取られていて気づいていなかったという方が正しいかもしれない。そして胡散臭げにアルフレッドの視線が変化していく。
 ディーティニアに対する尊敬の感情とは打って変わって、ぎらぎらとした獰猛な輝きを乗せていた。

「……ディーティニア殿、なんですかコイツ」
「あー、俺は―――」
「こやつは、なんじゃ……そのな、ワシの―――」

 ドフっと後ろに隠れているディーティニアの膝蹴りがキョウの発言を遮るために尻に叩き込まれる。 
 別段痛いというわけでもなくが、彼女のそんな行動の理由がわからず―――後ろを振り返った。
 何を、と訴える前にディーティニアが躊躇うように言葉を発する。

「―――ワシの、お、お、お、夫じゃ」
「……」
「……は?」
「え、まじっすか? お兄さん結婚してるんっすか?」

 沈黙はキョウ。頬を引き攣らせるのはアルフレッド。キョトンっと驚いてラグムシュエナが真顔で問い返す。
 一体何を言い出すんだ―――と、怒鳴ろうとして、頬を僅かに赤く染めたディーティニアが、視線で合図を送ってくる。それで昼の話を思い出した。第六席のアルフレッドと出会ったときは話をあわせるように、と。相当に恥ずかしいのか、ぷるぷると身体を震わせている。

「あ、ああー。その、一応」
「衝撃の事実発覚!! それはちょっとショックっすね……でもうちは二号さんでもばっちこいっす!!」

 ぐっと親指をたててサムズアップまでして、とんでも発言をするラグムシュエナにも頭痛を感じてしまう。
 すると、放心状態だったアルフレッドが復活。キョウの胸倉を掴み上げ、恐ろしい形相で迫ってきた。腹部に抱きついているラグムシュエナに、背後に隠れているディーティニア。掴みかかっているアルフレッドと、かなり意味不明な団子状態となっている。

「お、おぃい!? お前!! お前!! お前!! ディ、ディーティニア殿の仰られたことは本当なのか!? 嘘だよな!? 冗談だよな!?」
「あー」

 あまりの勢いに冗談だと言いたくなるキョウだったが、背後からのプレッシャーが凄まじい。
 ワシの話に合わせると約束したじゃろーと無言の重圧が訴えてきている。あまり嘘はつきたくないキョウだが、世話になってきているディーティニアからの願いとあっては聞き入れるしかない。

「本当、だ。ディーテは俺の妻なんだが」
「お、お前ー!? こ、こ、このロリコン野郎が!! どんだけ身長差があると思ってやがる!! 見かけ犯罪だぞ!? それともあれか小さい娘が好きなのか!? だったらいいこと教えてやる!! ディーティニア殿はこう見えても八百歳を超えているんだぞ!!」
「いや、知ってるが……」
「知ってんのか!? お前どんだけババァ好きなんだよ!?」

 騒ぎ立てるアルフレッドが、胸倉から手を離し一歩後退した状態で驚愕で顔をゆがめている。
 キョウが話を合わせてくれたことに胸を撫で下ろしながら、ディーティニアが隠れていた背後から出ると杖を握り締めながら無い胸を張った。

「そういうわけじゃ、アルフレッドよ。お主の想いには答えられん―――大人しく国に帰るとよい」
「―――」

 ディーティニアの言葉が止めとなって、完全に固まってしまったアルフレッド。犬耳と尻尾まで揺れることを止めている。心臓まで止まってしまったのではないかと疑ったが―――ラグムシュエナがキョウから離れて近づいていく。
 口に手を当てて見ると微かに呼吸が感じられた。辛うじてだが生きてはいるようである。
 ポンっとアレフレッドの肩に手を乗せたラグムシュエナは―――。

「これが本当の負け犬っすね……」
「―――ち、ちくしょぉぉぉぉおおおおお」

 容赦のないラグムシュエナの言葉に、泣きながらアルフレッドが店から飛び出していく。
 可哀相な事をしたかもしれないと少しだけ後悔するキョウだったが、何分彼は恩には恩を返す。そういった意味ではディーティニアからの願いを無碍にはできない。もっとも、最近はディーティニアの方が多大な恩がキョウにあるように見えるが―――当の本人達は全く気づいていなかった。

「いやーなんか修羅場だったような、全くそんな感じもなかったような……じゃぁ、うちはここで退散させてもらうっすよ。お二人さん、うちのアルフが迷惑おかけして申し訳なかったっすね」
「ああ。別段迷惑ってほどでもない。気をつけてな」
「……出来ればこれを機会にワシに関わらぬように言い含めておいてくれ、小娘」
「やー、多分それは望み薄っすよ。あの人の執念半端ないっすから」
「じゃよなー」

 はぁっと肩を落とすディーティニアに対して、ラグムシュエナはけたけたと何が面白いのか分からないが声をあげて笑っていた。

「まーでも、夫婦宣言したのは結構よかったと思うっすけどねぇ。あれはダメージでかかったみたいっす。多分旅の相棒とかだったらまだここでグダグダ絡んでたと予想できるっすから」
「―――よく嘘だとわかったのぅ」
「いやー、普通わかると思うっすよ。二人とも反応が不自然すぎっすから。でも、安心していいっすよ。アルフには言うつもりはないっすからー」

 どうやらラグムシュエナは二人の芝居に気づいていたようで、キョウとディーティニアの演技の拙さを指摘してくる。確かに二人ともが思い返してみれば怪しさ満点の態度だったのは否めない。

「それじゃ、うち達は暫く西の方へ任務で行かなくちゃいけないんで、うまいことアルフから逃げてくださいっすねー」

 フードを被りなおし、ラグムシュエナは逃げ去っていったアルフレッドの後を追いかける。
 全速力というわけでもなく、スキップをしながら去っていく姿は妙に印象的だ。彼女としては、キョウの体臭を嗅ぎまわって機嫌が良いということがあったのだろう。それに、このまま去ったとしてもキョウと再び会える自信が不思議とあった。いや、それは既に確信だ。運命が自分達を引き合わせるという絶対の予感。それ故に、ラグムシュエナはキョウと別れることに抵抗を感じなかったというわけだ。

 台風のような《七剣》の二人が去った後に残されたのは静寂だけ。
 どうしたものかと顔を見合わせたキョウとディーティニアだったが、結局どちらともなく苦笑する。

「とりあえず、一旦戻るか」
「そうじゃなー。その後どうするか考るとしようかのぅ」

 そうして二人はラギールの店を後にした。
 結局この日以降工業都市ネールにてアルフレッド達に会うことはなく、ディーティニアも胸を撫で下ろして生活することができたという。






 














 それから翌日。
 朝早くに隊商の護衛として出発していったニルーニャとメウルーテを見送り、ネールを観光していた二人。
 竜鱗を捌けたのでもうこれ以上ネールにいる理由も無いのだが、折角なので街を見回っているところであった。ニルーニャ達にも滞在しているといってしまったため、このまま挨拶もなしで出発してしまうのも気が憚れるということもある。
 キョウは特に西区を中心に歩き回っていたのだが、その理由は掘り出し物の刀がないか、だ。

 表通りの大きく展開している武器店を見てみるが、キョウが考えていたよりも刀を取り扱っている店舗は少ない。使用する探求者は極少数のため、それは仕方ないと肩を落としながら様々な店を見学して回る。
 確かに質の良い武器を取り扱ってはいるが、その分価格も比例して高額だ。竜鱗を売ったため十分買えるお金は持っているが、他の一般の探求者では手が届かないのでは、と思わせる価格設定である。表通りはやはり一流の探求者―――手持ちに余裕がある者達が利用する場所なのだろう。

 その点ラギール武器店は質は良く、価格もお手ごろ。
 キョウはもし何かあったら今度も利用しようと心に固く誓った。

 やがて太陽も西へと落ちかける夕方の時間帯になってきたため、二人は連れ立って《勇敢なる野兎の館》へと帰宅途中―――探求者組合の前を通りかかった。
 巨大な建物に気づいたディーティニアは、おっと声をあげる。

「そういえばお主。探求者登録はしたのか?」
「いや、まだだな。お前から探求者の話は聞いたが、メリットがよくわからん」
「そうじゃなぁ……金を稼ぐためというのが一番の利点ではあるが、お主は当分大丈夫そうだしのぅ。他には、探求者組合が身元を保証してくれるというくらいか」
「身元保証は結構便利そうだな……ただ、追われる立場になったら逆に面倒になるかもしれん」
「それは言えてるのぅ。何か犯罪を犯したら情報が筒抜けになってしまうという不利な点もある。まぁ、普通は犯罪なぞしないが……お主は何かやらかして追われそうな気もするぞ」
「否定できんのが辛い……」

 建物の前でそんな会話をしているその時、バタンっと扉を開ける音が響く。中から大勢の探求者達が飛び出してきて、慌てながら西の区画へと走り去っていく。横を通り過ぎた彼らの顔には、焦燥や驚愕といった感情がありありと浮かんでいたがその中でも一番大きかったのは―――恐怖だ。
 それに気づいたのはキョウだけではなく、ディーティニアも当然。走り去っていった探求者の背を見送り、首を捻る。

「何か、あったのかのぅ」
「かもしれんな。見た感じ相当切羽詰っている様子だったが……」
「少し覗いて行こうと思うが、構わぬか?」
「ああ。俺も多少は気になったしな」

 二人が建物の中に入ると―――内部は戦争でも起きているのかと勘違いさせるほどの騒ぎだった。
 一度朝早くに来たときとはまるで別。僅か数人程度しかいなかった探求者が、溢れんばかりに大騒ぎしている。受付にいる職員も彼らに負けじと声を張り上げていた。以前見た如何にもお役所仕事的な行動をしていた職員と同じには思えない。
 がなりたてる探求者もいれば、茫然としている探求者もいる。中には床に座り込んでしまっている者もいれば、泣き出している者もいる。混沌とした空間が、二人の目の前には広がっていた。

「……夕方の探求者組合ってこんな様子なのか?」
「いや……これは、有り得ぬ。もっと整然としている場所だったはずじゃがな……」

 その騒ぎように、キョウとディーティニアも目を丸くする。
 騒いでいる探求者がいるのはまだわかるが、泣き出している者がいるのは流石に理解できない。一体何が起きてるのかと、騒いでいる探求者の一人の肩に手を置いて聞こうとするも、それを乱暴に振り払われて終わる。受付の職員を問い詰める方が優先と判断したのか、興奮しすぎているのか。
 これは碌な話を聞けないと、キョウが呆れたその時―――ドンっと床を激しく叩く音が聞こえた。
 喧騒が激しいこの建物の内部で、その音は妙なほどに響き渡り、ピタリとこの場にいた者達は音がした発生源へと視線を送る。彼らの視線の先には、複雑な紋様が刻まれた黒い服を着た女性が杖を両手に持って佇んでいた。三十を越えたあたりの、眼鏡をかけた眼光鋭い女性だ。今の音は彼女の杖が床を叩いた音だったのだ。ピタリと静まり返った部屋中の人間全てを、冷静な視線で見渡す。

「お前ら、何をやっている?」

 平坦な声が館内に響き渡る。
 強く込められている威圧にも似た気配が、この場にいる全ての人間を怯ませた。

「お前達のやるべきことはここで騒ぎ立てることか? 違うだろうが!! こんな場所で文句を言う暇があったら各々に与えられた役割を全うせよ!!」

 有無を言わさない強烈な台詞に、探求者達は何か言いたげな態度をする者もいたが―――そのうちの一人が外に飛び出したのを切欠に、全員が駆け出していく。
 百名を余裕で超える人間の走り出す音が地鳴りのように轟く。
 それでも、即座に立ち直れない者もいるわけで、部屋には幾らかの探求者と、キョウとディーティニアが残される結果となった。動き出さない探求者はもはや見込みがない―――そう判断した女性が踵を返そうとして止まる。彼女が見つめるのは、探求者でも職員でもキョウでもなく、この場に居る中で一番小柄な魔女だった。

「ま、まさか……獄炎の、魔女?」
「久しぶりじゃな、ラミアール。息災にしておったか?」

 冷静沈着を体現しているように見えた女性が、ひぃっと短い悲鳴をあげる。
 ディーティニアの気軽な挨拶に、脅えたように数歩後退した。その光景を、信じられないのはこの場に居る職員達だ。彼らにとって、当組合の支部長であるラミアールは常に取り乱さず、冷静な態度を崩さないと知られていたからだ。

「な、なぜ……こ、こんなところに……」

 一目でわかる脅えを表情に浮かべ、ラミアールは震える唇で質問を紡ぐ。
 ここまで脅えなくてもいいのに、と内心で愚痴りながら隣にいるキョウを杖で指す。

「なに、こやつの探求者登録でもしようかと思うてきたが、何やら騒がしかったようで見物しておったが……なかなかに格好良い姿を見せるではないか。あの頃のお主に見せてやりたいわ」
「……くっ」

 からかう口調のディーティニアに、言い返すでもなく唇を噛み締めるだけの反応しかしない。
 そんな彼女の反応に、やや期待外れだったのか眉を顰める。

「何かあったようじゃな。魔族でも攻め入ってきたか?」
「……もっと、最悪の事態です。ここでは何ですので、奥にご案内します」

 深刻な様子のラミアールの後に続くディーティニアは、この場所に残ろうとするキョウの手を引っ張って無理矢理に連れて行く。そんな姿を見つつも、ラミアールは特に口を挟まなかった。本来ならばキョウには遠慮して貰うように働きかけるのだが、獄炎の魔女の決定に異を唱える勇気は第六級探求者の彼女といえどありはしない。

 二人は二階のとある部屋に通された。
 客室らしく、かなりの広さと豪勢なソファーとテーブルが並べられている。
 床には赤い絨毯が敷きつめられて、何枚かの絵画が壁にかけられていた。

 キョウ達がソファーに腰をおろしたのを確認すると、ラミアールもテーブルを挟んで向かいのソファーに腰掛ける。
 先ほどまでの恐怖は表情から消えてはいたが、緊張は隠せずにカタカタと足が揺れているのがはっきりと見えた。唇が乾いているのか、舌で湿らしゴホンっと咳払いをする。

「今は時間が惜しいですので簡潔に説明させていただきます」
「それはワシとしても助かるが……一体なにがあったのじゃ?」
「―――大陸最西端の王の森より陸獣王セルヴァが、巨人の山々ジャイアントマウンテンを越えて来たのを数日前に確認。そして、それ以降東へ直進してきています。既に三つの町が潰され、それでも奴の歩みは止まることを知りません。このままでは近いうちにこのネールに奴は襲来するでしょう」
「……そうか、あやつが動き出したか」

 ディーティニアはソファーに深くもたれると、遥か西方に視線を送る。
 まさか、とは考えていたがこれほど早くセルヴァが動き出すとは彼女にとっても予想外だ。ペルセフォネの話から、可能性として考慮していたことだが、頭が痛い話である。間違いなく、これは女神(エレクシル)の仕業だろう。そうでなくては、王の森より出ることを禁じられた獣の王の一体が動き出すはずがない。

「その……魔女殿。折り入ってお話が……」
「断る。悪いがワシは力を貸さぬぞ?」
「っ!? し、しかし―――」

 ラミアールの頼み事を予想したディーティニアは、一片の躊躇いなく拒絶する。
 反射的にテーブルを強く叩いて立ち上がったラミアールの続く言葉を、ディーティニアは片手で押し留めた。

他の王位種(・・・・・)ならまだワシもお主の頼みを考慮に入れたじゃろう。だが、セルヴァだけ(・・・・・・)は無理なのよ。あやつとワシは絶対的に相性が悪い。あやつの特異能力(アビリティ)を知らぬわけではあるまい?」
「……ア、アビリティですか? 一体どんな……」

 本当に知らない様子のラミアールに対して、呆れたため息を一つ。

絶対魔法防御(アンチマジック)……如何なる魔法もあやつには効かぬ。ダメージを与えることは不可能じゃ。そう、例えワシであっても」
「そ、そんなまさか……」
「確かにあやつの情報が乗った古文書も数が少ない上に、珍しいから知らぬのも仕方ないか。そういうわけで、ワシでは力に全くなれぬよ」
「……」

 愕然とした様子のラミアールが肩を落とす。
 獄炎の魔女という最凶ともいえる戦力を一瞬でも期待しただけに、ディーティニアの発言は彼女を絶望の底へと叩き落すには十分な威力を秘めていた。
 暫く茫然としていたラミアールだったが何時までも落ち込んでいられないと悟ったのか、首を軽く振って弱気になっている心を揺りおこす。

「……なんだ、お前にも苦手な相手がいたのか?」
「うむ、唯一といっても良い。魔法使い殺しの特異能力(アビリティ)を何故に、あのような怪物に持たせたのか。女神(エレクシル)も、厭らしいことを考える奴じゃ」
武器(・・)はセルヴァには通るんだな?」
「うん? まぁ、それは当然。武器までダメージを与えられなかったら、倒す術なぞあるまい。まぁ、もっとも奴は鋼鉄よりも硬い皮膚に覆われておるので、接近戦においても厄介極まりないとしか言えぬ」
「なんだ、妙に詳しいがセルヴァと戦ったことがあるのか?」

 やけに実感がこもったディーティニアの台詞に、キョウが問い掛けた。
 彼女の言葉には実際に戦ったことなければ分からない重みが込められていたのだから。

ワシ(・・)は戦っておらぬよ。五百年と少々昔の話じゃが、《撃震の魔女》リフィアと《神風の魔女》シルフィーナの二人と使徒の幾人かで戦ったという話を、リフィアから聞かされただけじゃ。散々ぼやいておったぞ、魔法が全く通じなかったと」
「ほー。その時は倒すことが―――できたら、今いるわけないな」
「そうじゃなー。西に追い返すのが精一杯じゃったらしいぞ」

 最悪の情報がポンポンとディーティニアの口から出てきて、ラミアールは再び頭を抱えたくなった。
 幻想大陸に五人しかいない魔女二人と、エレクシルの加護を得た使徒数人がかりでようやく撤退させることに成功させる。そこまでの戦力を集めることは不可能だ。運が悪いことに現在は雨季に入っており、他大陸からの援軍は期待できない。他の魔女も北大陸には滞在していないことは判明している。唯一の希望としては、《七剣》が二人指揮を取ってくれるということだけだ。もしも、彼らがいなかったならば探求者達は諦観してしまっていても不思議ではない。

「それで、だ。ディーテ、いいか(・・・)?」
「ワシとしては反対なんだが……如何にお主といえど、まだ時期尚早だとは思うぞ?」
「なんだ、お前は反対なのか」
「反対はせぬよ。お主が行きたければ行くと良い。ワシは黙ってついていくだけじゃ」
早い(・・)遅い(・・)かの違いだけだろう?」

 キョウが何を言いたいのか理解しているディーティニアはやれやれといった様子で苦笑する。王位種と戦うことをこうも気軽に言ってのける同胞に称賛を禁じえない。。
 きっとこの男は止めても無駄だということを彼女は知っているから、引き止めても仕方ない。
 それにもし仮にキョウが敗北しそうになったとしても、その窮地を救い逃げ出すことくらいは十分可能だという確信を持っているからだ。絶対魔法防御(アンチマジック)のせいで倒すことは不可能でも、逃げ出すことならば問題はない。そんな考えをディーティニアは抱いていた。

「ところで、ラミアールさん。一つお願いがあるのですが」
「な、何かな?」

 長年第一線で活躍してきたラミアールが、ごくりと唾液を飲み込んだ。
 得体の知れない重圧を、目の前の男から感じていた。これまでの経験でただ一度として―――いや、一度だけ感じたことがある気配。目の前の若い男からは、獄炎の魔女に似た気配を感じる。自分如きでは足元にも及ばない、圧倒的な強者の香り。剣を交わせるどころか、向かい合っただけではっきりと理解できた。

「実は俺はこれから幻想大陸を周る予定でして。他大陸で、それなりに便宜を図っていただけるように探求者登録をしていただきたいのです」

 ようするに自分の探求者登録を第十級からではなく、それなりに改竄してから登録してほしいということだ。
 言ってしまえば職権乱用である。キョウに取って優先すべきことは、女神(エレクシル)へと至る道。そのために役に立つものなら何でも使う覚悟はある。
 しかし、それをラミアールが呑む筈もない。清廉潔白な支部長としても、彼女の名前は大陸中に轟いているのだから。
 だが、彼女はすぐに断ることができなかった。何故か、断ることを躊躇ってしまった。
 何故かわからないが、ラミアールは魅入られたようにキョウの言葉を聞いてしまう。まるで悪魔の囁きのように心に入り込んできた。

「―――見返り、は? もしキミの望みを叶えたならば、キミは()を私にくれるんだ?」
「陸獣王セルヴァ―――その命を」

 世迷言だとは言い返せなかった。
 彼女の第六感が、否と答えることを許さない。

 ―――この男ならば、本当にセルヴァを倒せるかもしれない(・・・・・・・・・)

 そんな漠然とした予感を感じる。 
 第一級危険生物。陸獣王セルヴァ。生きた天災。動く暴食の魔。
 それを退けることができるのならば―――何を犠牲にしてでも構わない。

 そして、ラミアールはキョウの提案を受け入れた。
 この時を境に、事態は急変する。

 生きた天災と、七つの人災。
 存在した世界は異なれど、互いに世界に仇名すとまで謳われた災厄同士。
 激突の日は―――近い。 


今夜は@1回更新するかもしれません。
+注意+
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