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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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二十章  七剣2






 キョウとメウルーテは探求者組合の建物から外に出ると《勇敢なる野兎の館》へと帰路につく。
 メウルーテにあれから建物について多少説明を受けたこともあり、二人が考えていたよりも時間が経っていたのか太陽は中天に差し掛かる手前という時間になっていた。
 途中の大通りも来る途中は露天がまばらであったが、今は既に昨日の夜と同じくらいに店が開かれている。
 食べ物や、飲料、服に装飾品、日常雑貨―――等々。
 手当たり次第どんな物でも取り扱っているように見えたが、武器類だけは見つけることが出来なかった。

「なぁ、メウルーテ。武器は露天で取り扱えないのか?」
「ええ、そうですよ。昔一度、犯罪者が露天で売っていた武器を奪って暴れまわったことがあったらしくてそれ以来禁止になったそうです。なので、武器防具関係は街の西の方に密集しています」
「なるほど。昼過ぎにでも西区を見物しに行ってみるとするか」
「僕も予定が空いていたらご案内しますね」
「ああ。空いてたら、で構わないから。自分の予定を優先してくれ」
「はい、わかりました」

 そうこうするうちに、相変わらず迷路のような裏通りを潜り抜け、《勇敢なる野兎の館》に到着した。
 もうすぐ昼になるということもあり、裏通りにもそれなりの人が見受けられる。夜は深酒する探求者が多いため、彼らが動き出す時間もこれくらいが多い。そういった探求者―――中には《勇敢なる野兎の館》に泊まっている輩もいるらしく、メウルーテに声をかけつつ、キョウに鋭い視線を向けてくる者もいた。その殆どが男性の探求者だったため、メウルーテの貞操の心配を本気でし始めるキョウがそこにはいた。

 宿に戻ると、二階に泊まっているというメウルーテと途中で別れ、キョウは三階の部屋へと向かう。
 部屋の中に入ると、キョウの予想通りベッドには幸せそうに寝ているディーティニアの姿があった。全く起きる様子をみせない彼女の頬をペチペチと叩く。

「もう昼だぞ、いい加減目を覚ませ」
「……もうちょっと……寝かせてくれぇ……」

 久々のベッドということもあり、まだ睡眠を取りたいのか布団をかぶる。起きる気は微塵もないようで、はぁっとため息をつく。もう一時間くらいは寝かせておくか、と考えたキョウは自分のベッドの上に座ると座禅を組む。なんだかんだでディーティニアには甘いキョウは無理矢理起こすことは滅多にない。
 幻想大陸に着いてから世話になったということもあるが、彼女の幸せそうな顔を見ていると強制的に起こそうという気が無くなってしまうのだ。 

 座禅を組み心を落ち着かせていると、突如として扉をドンドンと叩かれる音が部屋中に響き渡った。
 殴りつける勢いで何度も叩かれる様子は、破壊して侵入してこようとしているのでは勘ぐってしまうレベルである。

「キョーウさーん!! 居るー? 居るよねー? 開けてよー!!」

 高らかに響くのはニルーニャの声だ。
 メウルーテが部屋に戻ってからまだ十分も経ってはいない。となると、メウルーテが起こしたのではなく既に目が覚めていたと考えた方が無難だ。もし、起こされたばかりでこれだけのテンションで来ているのならばそれはそれで凄い。だが、キョウはニルーニャならそれも有り得る可能性ではないか、と思えてしまう。

「すぐ開けるから、少し待っててくれ」

 これ以上扉を叩かれて、壊されてしまっては敵わないとキョウは一声かけてから扉を開けて外へと顔を出す。
 すると部屋の前の廊下には、ニルーニャとメウルーテの二人が立っていた。

「どうした? 何か用でもあるのか?」
「聞いたよー、メルと朝御飯一緒に食べたって。ずるいずるいー、私も一緒に食べたかったよー」
「たまたま時間があったからな。それなら明日もニルーニャも早起きして食堂に降りてくるといい」
「え? い、いやーそれはちょっと無理かなぁ……なんて」

 キョウの切り返しに、うっとやり込められ最初の勢いをなくす。
 確かに昼近くまで寝ているというニルーニャが、朝御飯を一緒に食べるためだけに起きるというのはなかなかに厳しい話である。探求者として外に出たときのように命や責任がかかっているわけでもない。そうでないのに早起きができるだろうか……と考え込むニルーニャ。その影で、申し訳なさそうに猫耳をペタンと垂らしているメウルーテがいる。

「それで、他に何か用事があるんだろう?」

 まさかメウルーテと一緒に朝食を食べたことを突っ込むためだけにやってきたわけはないだろうと踏んで、本題を聞きだそうと問い掛ける。

「うんっと、昼御飯食べた? 食べてないよね? だったら今から一緒に食べないかなーなんて」
「あー、そうだな……」

 ちらりとベッドで布団に包まっているディーティニアに視線を送るも、そろそろ昼も近いことを窓から差し込んでくる太陽の光で確認。このまま寝かせておくよりも、起こすタイミングかと判断して、ニルーニャの誘いを受け入れることにした。

「ああ、こちらこそ一緒に食べて貰えるなら退屈しなくてすみそうだ。ディーテを起こしたらすぐに食堂にいくから悪いけど少し待っていてくれるか?」
「おお、了解ー。それじゃあ、先に下にいっとくねー!!」
「お騒がせしてすみません」

 元気良く階段へと向かうニルーニャと、ペコペコと頭を下げながら後を追うメウルーテの姿に、苦労しているな……と考えながらも部屋の中へと戻る。
 今度は声をかける前に、掛け布団を掴むと一気にそれを剥がす。突然の行為だったため、ディーティニアは為すすべなく布団を奪い取られてしまうが―――まだベッドの上に丸くなっている彼女の肩を掴んで勢い良く揺らす。
 ガクガクと頭を激しく揺さぶられ、前後に何度も移動している。それを暫く続けていると、流石に限界を迎えたのかディーティニアの眼がうっすらと開いた。

「……なにを、するかー……ワシは、まだ……眠いのじゃー」
「いや、もう昼近いぞ。さっさと起きろ」
「……むぅ」

 これ以上はもう寝られないと判断したのか、ようやくディーティニアは上半身をベッドから起こす。
 ふぁー、と大きな欠伸をするとゴシゴシと目元を拭った。それで漸く眼を完全に覚まし、床に置いてあった荷物から手拭いを取り出す。

「うー、まだ眠いが仕方ないのぅ。ちょっと顔を洗ってくるぞ」
「ああ。それとニルーニャ達が一緒に御飯を食べようと誘ってきたぞ? 食堂で待っているらしい」
「……ワシはまだ起きたばかりなのじゃが。今から御飯を食べるのは少々きついぞ」

 うわっと顔を顰めるディーティニアだったが、彼女は昨日の晩に食べた食事を思い出していた。
 確かに起きたばかりの状態で昨日の量を出されたら、余裕で死ねるかもしれない。

「どうやらあれだけの量が出てくるのは夜だけみたいだから安心しろ。朝食はふつーだったしな」
「そ、そうか……それならばなんとかなるやもしれん。折角のお誘いじゃ、ご相伴に預かるとしよう」

 ほっと安心したディーティニアは、そのまま《勇敢なる野兎の館》の庭にある井戸へと向かう。
 キョウもそれに続き、一階の扉のところでディーティニアが顔を洗い終えるのを待ち、その後連れ立って食堂へと到着。夜ほどではないにしろ、朝よりも混んでいる室内で軽く内部を見渡すと、昨晩と同じテーブルにニルーニャとメウルーテの二人を見つけることが出来た。

「おーい、二人とも。こっちこっちー!!」

 やはり昨晩と同じ様に騒ぎ立てるニルーニャ。
 周囲の視線を集めつつも、テーブルに向かう二人。
 昼のメニューのお勧めを聞き、注文をして暫く―――それほど待たずに料理が届く。
 その料理に各自取り掛かっていると、ニルーニャが口一杯に食べ物を頬張りながらフォークをキョウへと向けてくる。

「ふぉういえふぁ……ふぁしたふぁら、ふぁたしたちでかけるこふぉにふぁってたんふぁー」
「……食べ物を口に入れたまま喋らない」

 ニルーニャが何をいっているのか全くわからないキョウが、行儀が悪いと注意を飛ばす。
 注意されたニルーニャは、口の中で咀嚼を繰り返し、一気に飲み込む。

「やや、ごめんごめん。実は私達明日の朝から依頼で西の街にでかけることになってたんだー。だから、暫く一緒にご飯たべれなさそーなの」
「ああ、それはメウルーテから聞いている。五日間くらいかかるらしいな」
「そうそう。でも特に危険もなさそうな内容だし、割の良い仕事なんだよねー。目的地まで私達でも十分対処できる危険生物しかいないし、私達以外にも護衛の探求者もいるしね」
「良い仕事が見つかって何よりだ。これを機会にお前も早起きして探求者組合に行くようにしたらどうだ?」
「……そ、それはそれ。これはこれ。メルが頑張ってくれてるし……」

 相当に早起きは苦手なようで、キョウに突っ込まれるたびに顔を背けている。
 ディーティニアも似たようなものなので、治らないものは治らないのかもしれない。

「キョウさん達はどれくらい滞在予定なんですか?」
「ん……今のところはどうなんだ?」
「……ふむ。特に滞在日数は決めておらんが……当分はここにいると思うぞ」

 ニルーニャとは異なり、行儀良く食事をしているメウルーテの問い掛けに、キョウがディーティニアに確認を取る。
 すると彼女は口の中の食べ物を飲み込んだ後、すぐに出立するわけでもないという旨を口にした。竜鱗を売り捌かねばならないこともある。幾ら買い手の当てがあるとはいえ、高額な商品のうえに量もそれなり。そう簡単に、全てを売り切れるとは彼女とて考えていない。その間は、ネールに滞在しなければならないのだから、正確な滞在期間は彼女にも答えることはできないというわけだ。

「おおー!! じゃあじゃあ、私達が帰ってきてもまだ滞在してる可能性あり?」
「可能性としてはそっちの方が高いじゃろうな」
「それは良かった良かったー。折角知り合えたのに依頼受けてる間にバイバイだなんて、ちょっと寂しいしさ」

 どこかほっとした様子ニルーニャが食事を再開させる。その横では、メウルーテも小さく安堵のため息を吐いていたのだが、この場で気づいた者はいなかった。
 安心したのか心なしか料理を口に運ぶスピードも速くなったようだ。静かな沈黙が一時の間訪れる。周囲の騒がしい喧騒が、その分だけ響き渡っていた。そんな時、メウルーテが何かを思い出したのか、あっと小さく声をあげる。

「そういえば、ニル。探求者組合の支部で聞いたんだけど、《七剣》の人達がこの街に来てるんだってさ」
「ええー!? 《七剣》!? それ本当なの!?」

 メウルーテがニルーニャに対して何か自慢するように語ったことは、キョウも教えられた例の《七剣》の話題だった。《七剣》が来ていると聞いたニルーニャはテーブルを両手で叩いて驚きながら立ち上がる。
 二人の様子から、ディーティニアからは第一席以外はたいしたことがないと教えられたが、世間一般の評価としては百八十度食い違っているようだ。実際にキョウも第七席のラグムシュエラと会って感じたことは、決して油断できない相手ということだ。第七席でもアレでは、他の上位陣は一体どれほどのモノなのか想像は難しい。

「……ほぅ。《七剣》がのぅ……誰が来ておるのじゃ?」

 珍しくディーティニアが興味をもったのか食事の手を止め、二人の会話に割って入る。
 それに違和感を受ける。何時も通りに見えるが、どこか焦っているようなイメージをキョウは感じたのだ。そんなキョウの訝しげな視線が横顔に突き刺さるが、気づいているのかいないのか、水の入ったコップを手に取ると口に含む。

「ええっと、一人目は第七席《静寂》のラグムシュエナ様です」
「……ラグム、シュエナ? 知らぬ名じゃなぁ」
「あれ、そうですか? 一年位前に《七剣》入りしたばかりの方みたいですので、そのせいかもしれません」
「……一年前なら確かにワシも知らぬはずじゃ。それでもう一人は?」

 二年間の引きこもり生活の弊害が出たようで、ラグムシュエナの名前に首を傾げたディーティニアがメウルーテの説明に納得して頷く。そして、口を潤すためにもう一度コップに口をつけ―――。

「もう一人は第六席の《猟犬》アルフレッド様で―――」
「―――っぶはぁ!?」

 口に含んでいた水を勢い良く噴出した。
 霧状になった水は、容赦なく前方にいたニルーニャ達に降りかかる―――筈だった。
 神速の反応で、すぐ隣に居たキョウがディーティニアがテーブルに置いていた手拭いを掴み、彼女の口から噴き出した水を間一髪のところで防いでいたのだ。それはまさに神技の領域ともいえたが―――こんなどうでもいいことで神対応をしたキョウを褒める人間は特にいないのが悲しい話である。

「―――っは、ごふっ……っけほっ」
「水が気管支に入ったか? 大丈夫か?」

 キョウが心配しながら背中をさする。
 ニルーニャもメウルーテも突然のことに驚いていたが、咽続けるディーティニアに心配そうな表情を向けていた。
 十数秒も咳き込んでいたディーティニアだったが、ようやく落ち着いたのか何度か咳払いをしつつ、手拭いで口元を拭う。

「す、すまぬ……見苦しい所を見せた。もう大丈夫じゃ……」

 あまり大丈夫そうに見えないが、何かを考え込むように俯くディーティニアに声をかけるのは三人とも憚られた。
 そして、食事を終えるとニルーニャとメウルーテは自分達の部屋に戻っていく。メウルーテはキョウを西区に案内したそうであったが、護衛の依頼の出発が明日の朝早くということもあり、急いで準備せねばならない状況だったため、ニルーニャにせっつかれて準備をするために外に出かけていく予定となった。

 二人と別れ、キョウとディーティニアも三階の自室へと戻る。
 食事の後から考え込んでいるディーティニアだったが、部屋に戻ると漸く何かを決意したのか顔をあげてキョウを真っ直ぐと見つめてきた。

「のぅ、キョウ。一つ頼みがある」
「ん……何だ? 無茶なことでなければ何でも聞くが」
「もし、もしも……《七剣》のアルフレッドと鉢合わせたら、ワシの話に合わせてくれぬか?」
「それくらいなら別に構わないが……なんだ、知り合いなのか?」
「う、うむ……。ちと面倒な知り合いじゃよ……うむ、面倒な。そう、凄く面倒な」
「面倒言い過ぎだろう、さすがに可哀相だぞ」

 顔を顰めるディーティニアの様子を見る限り相当に会いたくないと考えているのか、面倒を三連発してくる。そこまで言う相手のアルフレッドに少し興味が出てくるキョウは、運よく遭遇できないかと期待を膨らませていく。

「会わないことを祈っておるが、もし出会ってしまったら話を絶対に合わせて欲しい。絶対にじゃぞ、絶対に!?」
「……あ、ああ」

 ここまでの念の押しように、思わず一歩後退してしまうキョウ。
 一体どんな知り合いなのか本気で気になり始めていく。

「ま、まぁ、あやつのことは置いておいて。そろそろ竜鱗を処分しにいくかのぅ」
「おお。ついに、か。苦労させられたこいつとも遂にお別れか……」
「なんじゃ、寂しいのか?」
「いや、全然」

 軽口を叩きあいながら竜鱗の包まれた風呂敷を担ぐ。
 二人はそのまま《勇敢なる野兎の館》から出ると裏通りを歩いて行く。ディーティニアは明らかに道がわからないので、キョウが先導する形だ。朝に往復したため、ぼんやりとだが道順は把握できている。
 それが功を奏して、特に迷うでもなく大通りへと到着。そこで、キョウは後ろを歩いていたディーティニアへと振り返る。

「それで、コレを捌くツテとやらはどこに?」
「多分まだ店を開いていると思うが……西区の端の方だったとはず……」

 はっきりとしない台詞ではあったが、兎に角二人は大通りを抜け、中央の十字路まで辿り着くと、そこから西の通りを抜けていく。相変わらず人壁とも言える様な大通りを過ぎ、街のはずれの方に近づいていくにつれ人は少なくなっていく。
 腕を組みながら記憶を思い起こそうとしているディーティニアが難しい顔で周囲を見渡している。記憶に合致するところが見つからないのだろうか、顔は難しいままだ。
 そんな時、大通りから外れる横道に彼女は足を踏み入れる。キョウもそれを追って、ゴチャゴチャとした横道を通り過ぎ―――どれだけ歩いたのかわからなくなったころ、漸くディーティニアが足を止めた。
 そこは裏通りの奥にある小汚い店だった。外の壁は薄汚れており、特に目を惹くものはない。かけられている看板には辛うじて《ラギール武器店》と書かれているのが分かった。

「おー、まだあったようじゃな」
「……ここ、か? 外見だけしか見てないから何とも言えんが、竜鱗とは縁遠い店構えにしか見えないが」
「店構えだけならばそうじゃな。だが中に入ってみればお主も理解できよう。さて、行くぞ」

 汚れた扉を開け、店の中に入った二人を出迎えたのは―――汚れた外装とは真逆の、清潔感溢れる店内だった。
 店の中にはテーブルが三個。その上には幾つかの短剣が鞘に入った状態で並べられている。壁にはハルバードや、斧、槍といった武器がかけられていて、壁側には箱に入った剣が数え切れないほど立てかけられている。
 ぱっと見た限り、壁にかけられている武器はどれもが一級品。キョウをして驚かせるに値するレベルの代物であった。梳く少なくともこんな場末の武器屋に置いてある商品とはとても考えられない一品ばかりだ。
 そんな店の奥、カウンターには一人の小柄な男が腰をおろしている。いや、男にしては小柄という言葉でも相応しくない。ディーティニアとほぼ同じくらいの身長だ。子供なのかとも考えられたが、顔には立派な髭が生えている。バンダナのような布で髪を巻いていた。キョウは知らないが彼は《ドワーフ》と呼ばれる亜人である。
 一方そんなドワーフは気づいていないわけではないだろうが、カウンターに置かれている短剣をじっと見つめていて、店内に入ってきたキョウ達に一瞥もくれなかった。

「……なんだ、客か。生憎とうちは一見さんはお断りでね、遠慮してもらえないか」
「やれやれ……生意気なことを言いよるわ、ラギールの小僧め。ワシじゃよ、ワシ」
「―――っ!?」

 ディーティニアの声を聞いた瞬間、ガタンっと座っていた椅子から立ち上がり眼を真ん丸に広げ、ディーティニアの顔を凝視する。暫く黙っていたかと思えば慌てて二人に近寄ってきて、ディーティニアの両手を握り締めた。 

「お、お久しぶりです、魔女様!! お変わりがないようで……」
「うむ、。お主も壮健そうで何より。以前にこの町を訪れて以来となるで、二年ぶりくらいかのぅ」
「はい。それくらいにはなるかと……この二年どちらの方へ?」
「北の地じゃよ。少々派手な魔法の実験をするために、竜園に近き北の地にて過ごしておった」
「そ、それはなんと……」

 呆れたのか驚いたのか、複雑な表情でラギールと呼ばれた男はため息を吐いた。
 魔法の実験と称して竜園に近づく人間など、この魔女以外には絶対にいないだろうと確信を得た感想を抱く。
 そして、隣にいるキョウの方へと怪しむ視線を向けてくる。こいつはなんだ……そんな感情がありありと込められていた。

「こやつは……旅の相棒。名前はキョウ。当分は一緒に幻想大陸を周る予定じゃ」
「っな!? 魔女様が旅をご一緒に!?」

 外まで響く大声があがる。
 ラギールはこれでもかと言わんばかりに口を大きく開けて固まった。

 それも当然の話だ。
 ディーティニアは孤高だ。誰一人として彼女は自分と共にいることを許さない。
 一人で八百年という年月を生き抜いてきた。この幻想大陸の歴史でもっとも古くから存在しているエルフである。
 ある事件が原因で、幻想大陸の人間から恐れられ、恨まれている彼女は誰かと一緒にいることはなかった。また、一緒に居る資格もなかった。彼女の力は、あまりにも強大すぎたが故に―――傍に人を置くことを良しとしない。獅子が蟻とともに旅をするだろうか、できるはずもない。ようするにディーティニアにとって他の人間との関係とはそれほどの差があった。
 そのディーティニアが、はっきりと相棒と言い放つ。まさに青天の霹靂。聞き間違いかとも考えたが、ラギールの耳は確かに、聞き取っていた。

「あ、相棒ですか……」
「うむ。ああ、そうだ。悪いがコレを引き取って貰えぬだろうか?」

 ちょいちょいっと手招きをしてキョウを呼び寄せると、風呂敷を下ろさせラギールに渡す。
 一体何かと思ったラギールが風呂敷をとくと―――固まった。
 ギギギっと油が切れた機械のように、ゆっくりと竜鱗とディーティニアの顔を交互に見比べる。

「こ、これはまさか―――」
「中位竜種の水竜の鱗。保存状態はかなり良いじゃろう?」
「良い、なんて話の問題じゃありません!? 傷一つないじゃないですか!!」

 悲鳴と聞き違えんばかりの声があがる。
 ラギールは風呂敷に包まれていた竜鱗を一つ一つ手にとって、確認していくがどれもが極上の代物だ。
 これを使えばどれだけ品質の良い武器が作れるか、と考えた彼の口元に自然と笑みが浮かぶ。

「それでどうじゃ? 合計十七枚―――引き取っては貰えぬか?」
「こちらからお願いしたいくらいです!! 中位竜種の竜鱗を加工するのは、鍛冶師として憧れですから」
「そ、そうか……う、うむ。それならお主に任せよう」

 夢を語る少年のようにきらきらと眼を輝かせるラギールに、ちょっと引き気味のディーティニアがキョウの背後に隠れるように移動する。 
 しかし、ふっと我に返ったのか、しまったというような顔で両肩を落とす。 


「そ、その魔女様……これだけの竜鱗ですと市場で取引した場合、大白金貨三枚と白金貨一枚程度にはなるかと思いますが。現在こちらで支払える金額としては……大白金貨四十枚が限界でして」

 はっきり言って全く足りない。
 だが、ラギールは値切ろうとして大白金貨四十枚と言っている訳ではないのは一目でわかることだ。
 実際突然訪れてこのような高価な素材を売りつけようとしていながら、大白金貨四十枚も用意できる方が驚くことなのだ。この店は実はこのような裏通りにありながら、探求者の間では有名な店である。品質がとてもよく、価格も他の店より控えめなためお金に悩まされている探求者は殆どが愛用していると言っても良い。中には、貴族や上流階級の騎士達も訪れる場合がある。そんな訳で、裏通りにありながら繁盛しているということもあり、即座に大白金貨四十枚も用意できるというわけだ。
 ディーティニアは、言葉には出さずにどうする、と視線で問うてきた。ワシはお前に従う、と彼女の眼は語っている。

「大白金貨四十枚で構いません」
「……え、いや? あの、しかし……」

 まさか売って貰えるとは考えていなかったラギールが、一体何度目になるかわからないほど驚いて混乱する。

「―――ただし、武器を幾つか頂戴してもよろしいですか?」
「あ、ああ……それくらいでいいのなら」

 どんな条件が加算されるかと思っていたら、まさか武器が欲しいと言われるとは考えていなかったラギールが、本当にいいのかとディーティニアに視線を向けるが―――。

「ワシは構わぬよ。キョウが良いというのならば、反対はせぬ」

 魔女にそう言われてしまえば、納得するしか他にない。
 キョウは店内を見回っていたが、そのうちの一画で足を止めた。長剣とは別に、箱に並べられた―――刀に視線を釘付けとされた。まさか取り扱っているとは思っていなかったキョウは、驚いて刀を一振り手に取る。鞘から抜いてみると、美しい白銀の光を刀身が反射していた。かなりできの良い一品に、称賛のため息が漏れる。

「……これは?」
「ああ、昔に知り合いに頼まれて作った奴だ。あまり需要はないんだが、極稀にだが欲しいってやつが尋ねてくるから作ってるんだが……」
「これを一振り頂いても宜しいですか?」
「おう、それくらいなら別に構わないが……」

 キョウが愛用している刀に比べれば見劣りするが、それでも十分に名刀と称される出来栄えの一刀だ。
 思いもかけない場所で極上の刀に出会えたキョウは、満足そうに腰に差したラギールの刀を撫でている。その間に奥に引っ込んでいたラギールが布袋を片手に戻って来ると、それをカウンターの上に乗せた。布袋を開けると中には白銀の貨幣が入っており、キョウ達の目の前で枚数を数えていくラギールだったが、そこには確かに四十枚の大白金貨が輝いていた。

「なんか凄く申し訳ない気がするが……あんがとよ」
「いえ、こちらこそ。突然訪問してこれだけの即金と刀を頂ければ十分です」
「ああ。その刀で魔女様を護ってやってくれよ」

 差し出されてきたラギールの右手を握り返し、互いに礼を告げているその時―――。

「―――や、なんでこんな裏通りにくるんっすか?」
「俺の情報網によると、あの人が姿を消す前に時々ここに顔を出してたってことなんだよ」

 そんな男女の会話が表から聞こえてきた。女性の声にキョウの耳がピクリと反応する。どこかで聞いた声だと思ったが、今朝方探求者組合で出会ったばかりの相手だと脳が即座に答えを導き出す。 
 一方その会話を聞いた瞬間、ディーティニアの身体がビクっと跳ねる。そわそわと落ち着きのない様子で、どこか隠れることができる場所を探すも、店内にはそのような場所はない。
 仕方ないと判断し、店の奥に逃げ込もうとするも、それは遅すぎて―――。

「こんにちはー。ちょっと聞きたいことがあるんっすけど……お話聞かせてもらってもいいっすかー?」

 ガチャっと扉を開けてきたのはキョウの予想通りの人間だった。
 顔を隠した白ローブ姿のラグムシュエナその人である。入り口で店の内部を窺っていた彼女だったが、中にいる三人を見て一瞬固まるもキョウを見つけて、おおっと声をあげた。

「お兄さん!? うっわー、こんなに早く会えるなんてこれは運命っすかね!?」

 フードを外すと、パァっと満面の笑顔を浮かべ駆け寄ってきて―――そのままの勢いでキョウに抱きついてくる。
 ドゴンっと人間と人間が激突する音が店内に響き渡る。ラグムシュエナの頭突きがキョウの腹部に見事に決まった。避けようと考えたが、もし避けて武器の山に飛び込んだらただではすまないと判断して受け止めたのだが―――そこもラグムシュエナは計算していたのかもしれない。
 腹部への衝撃に軽く咳き込むが、それよりも問題は背中へと両手を回し、がっちりホールドしているラグムシュエナだ。ぽーと頬を赤く染め抱きつきながら、キョウの顔を見上げている。

 左目は眼帯をしているのでわからないが、右目の赤い瞳はきらきらと輝かせていた。
 殺気も敵意も害意も何も感じないため好きにさせているが、何故こんなに好意を向けられているのかいまいち分からないキョウはこんな状態からでも即座に反応できるように意識を集中させておく。

「スーハースーハー、ふぉぉぉおおおお!? めっちゃ良い匂いっすよぉぉぉぉおお!?」

 キョウのそんな心配をよそに、顔を胸に押し付けると鼻息荒く匂いを嗅ぎ始める。
 特に香水などの匂い消しは使用していないので、やや男臭い体臭しかしないのだが、どうやらそれが逆にラグムシュエナにとってはツボだったのだろう。しかし、あまりの様子にキョウの背筋に鳥肌が立つ。正直、あまり関わりたくない類の女性であった。

「おい、馬鹿。おぃい、何やってんだよ、この馬鹿ユエナ。いきなり人に飛び掛って盛ってんじゃねーぞ?」
「うるせーっすよ、アルフレッド。それとなに勝手にうちの名前をユエナって呼んでるんっすか? お兄さんに誤解されちゃうじゃないっすかー。ラグムシュエナって呼びなおして欲しいっす」
「こ、この野郎……って……あれ、まさか?」

 ピキリと額に青筋を浮かべたアルフレッドだったが、視界の端に映ったある人物の姿を見て動きを止める。
 暴走しているラグムシュエナのことは頭から消え去り、目をこれ以上ないほど開いた先には―――キョウの背後に隠れようと移動しているディーティニアの姿があった。

 ごしごしと目をこするアルフレッド。
 そしてもう一度開いてみても、やはりキョウの背後に隠れているディーティニアの姿。
 三角帽子を深くかぶって顔を見えないようにしているが、アルフレッドが見間違うわけがない。
 必死になって探していた目的の人物。ここ二年間は目撃情報も何もなく、それでも諦めることなく探し続けていた女性。

「ディ、ディーティニア殿ーーーーーーーーー!?」

 漸く見つけることができた女性。
 獄炎の魔女。アルフレッドの命の恩人。
 数年ぶりに見つけることが出来た本人を前に、アルフレッドは魂を込めた雄叫びをあげた。 




























「―――戦おうと思うな!! 時間稼ぎに徹しろ!!」

 覇気溢れる老人の怒声が飛ぶ。それに答える数は最初と比べれば、微々たるものだ。
 ここは西の地方から攻め入ってくる危険生物達の防波堤として優秀な探求者達が多くいる街だった(・・)
 しかし、その街は既に半壊―――いや、全壊したといっても過言ではない。

 美麗だった町並みは、脆くも崩れ去り瓦礫の山と化している。
 探求者達を見下ろすのは圧倒的な巨体を誇る陸獣王セルヴァ。これまで彼らが見てきた危険生物など子犬にも等しい怪物だった。セルヴァが尾を振るえば、三つの異なる尻尾が別々の軌跡を描き街を破壊していく。四肢を踏み出せばそれだけで、探求者を踏み潰し、地震を揺り起こす。巨大な口から伸びる伸縮自在の舌が、前方に居るモノ全てを薙ぎ払う。
 大きく開けた口からは、超圧縮されたレーザー砲ともいえる閃光が問答無用で周囲一帯を焼き尽くす。

 探求者達とてただやられているわけではない。
 それぞれの剣を、槍を、斧を、矢を隙をみつけてはセルヴァに叩き付ける。だが、それは全くの無駄に終わった。鉄をも凌駕する鉄壁の皮膚がぶつかり合った瞬間、逆に武器を破壊する。

「―――グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 嗤っていた。セルヴァは蟻のように必死に足掻く人間達を見て嗤っていた。
 自分に傷一つつけることもできない塵芥を見て、嘲笑っていた。

 それを感覚で理解する老人。
 彼はこの街の探求者組合の支部長だ。第六級探求者として長年働き続けてきた彼は、優秀な人物として北大陸でも名の通った戦士だった。
 だからこそ、誰もが信じなかったファルと呼ばれた西からセルヴァ襲来の危機を伝えにきた少女の情報を無碍にはせず、探求者を西へと送りその真偽を確かめようとした。それが事実と知った時、まず彼が起こした行動は、街の住人を東へと避難させることだった。それに護衛として幾人かの探求者をつけ、それ以外の全て者達でセルヴァの足止めを行っているところだ。勝てるとは思っていなかった。しかし、時間稼ぎに徹すれば多少なりとも生きながらえると考えていた彼の予想は―――あまりにも脆く崩れ去った。

 それを責めることは誰にもできない。
 五百年という年月が王位種―――セルヴァの恐ろしさを忘却の彼方へと送ってしまっていた。
 其れはあまりにも圧倒的過ぎた。
 あらゆる武器を弾く鉄壁の防御。あらゆる防御を砕く巨躯から放たれる攻撃。あらゆる軍隊を薙ぎ払う閃光。
 時間稼ぎをしている探求者達は、本当の意味で第一級危険生物という恐怖を知ってしまった。

「―――まだ、だ!!わしたちが戦うことが、避難した住人達の、否!! 北大陸の命運を左右するとしれ!!」

 他の人間を鼓舞する老人の言葉に答えるものはもういない。
 慌てて周囲を見回す彼の視界に映ったのは、既に物言わぬ骸になったかつての仲間達だった。
 百名近くいた探求者達は、時間稼ぎに徹していたにも関わらず、十分もかかることなく全滅したのだ。
 老人は、その事実を受け止め手に握っていた杖を前方に居るセルヴァに向けた。

 今更逃げることなっできるものか。せめて一矢報いてやるという怒りを胸に、大気中のマナを受け入れる。

「紅蓮の天候!! 茜色の空から迸る、赤き火矢!! 前方を穿つは、延々と降り注ぐ炎天の雨!! 焼け!! 燃やせ!! 視界を埋め尽くす炎の渦となって我が敵を蹴散らし給え!!」

 老人の杖に強いマナが収束する。
 彼の最も得意とする火属性の中位魔法―――炎天の雨(フレイムレイン)
 使用するマナの量が多いため、使用できる魔法使いはあまりいないという評価されている。ただし、広範囲に渡って大きな威力を発揮するため多くの者が奥の手としている魔法だ。

 上空から降り注いだ炎の雨がセルヴァに直撃する。
 魔獣は全く防ごうとも避けようともせず、魔法を受け続けた。
 だが―――。

 弾幕が治まった後にその場にはセルヴァが変わらない姿で佇んでいる。まるで、今何かをしたのかと語ってきているような気さえした。
 その光景を見た老人は、古文書に書かれていたある情報を思い出す。

 そんなことは有り得ないと、書き間違いだと考えてきたある事実。
 陸獣王セルヴァの持つ特異能力(アビリティ)。その能力とは―――。






絶対魔法防御(アンチマジック)―――」













 老人の絶望の声が漏れ―――。
















 ぐしゃり。















 老人を踏み潰したセルヴァは進行を開始する。
 躊躇いもなく、全てを喰らい、破壊するために歩き続ける。
 果てしない絶望を止めることができる者はまだこの場にはいなかった。

 ―――絶望はまだ続く。


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