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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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十五章  ペルセフォネ




 コーネル村より西に馬を走らせて暫しの時が流れる。
 出発した時は太陽がまだ中天だったが、気がつけば西の地平線へと沈みつつある時間帯となっていた。
 夕焼けが平原を照らし、まるで真っ赤な海をあるいている錯覚に陥る。

「なぁ、ディーテ。こちらの方角でいいのか?」
「うむ。間違いなくこちらの方角じゃな。お主が村の警備にあたっている間、ワシも無駄に周囲を探索していたわけではないぞ」
「長時間俺が外に出歩けなかったからな。恩にきる」
「おおいに感謝せよ。お主は日ごろからワシに対する敬いがたりぬ」
「感謝は忘れていないんだけどな」

 馬の背で、背筋をピシリと伸ばしたキョウが手綱を引きながら苦笑する。
 彼のすぐ前にて落ちないように後ろに体重を預けているディーティニアも決して本気では言っていないのが分かる穏やかな表情で、口元に笑みを浮かべながら二人して軽口をたたきあう。
 二人の間には緊張感の欠片もない。これから二人が向かう先は、誰一人として好んで近づこうとはしない場所だろう。


 北大陸西部に存在する有数の危険地帯の一つ。
 魔獣王種セルヴァが住むと伝承されている西の果て。北大陸の十分の一を埋め尽くす、王の森。その手前にそびえ立つ巨大な山脈。通称、巨人の山々ジャイアントマウンテン―――ディーティニア曰く、件のサイクロプス達はここから来たのではないか、と予想を立てていた。
 標高数千メートルという恐るべき高さで、王の森と人類が住む東の領域とを分け隔てている巨大な山だ。そこには多くの巨人や危険生物が住み、山の向こう側へと到達できた人間は数えるほどだという。かといって船で西へ回ろうとしても、異常な海流のせいで、大陸へ近づくこともできない。巨人の山々を越えるしか、王の森へと入ることは出来ないのだ。その山のおかげでセルヴァも人類側へと攻め入ってこないと噂されている。しかし、王の森には大量の資源や、古代の遺跡やらが存在すると伝承もあるため、そこを目指す探求者も少なくは無い。もしも踏破できたのならば、歴史に名を残すことも可能なほどの大偉業なのだから。

「それで、その巨人の山々に到着するまでこの調子だとどれくらいかかりそうなんだ?」
「そうじゃのぅ……十日といったところか」
「……少し遠くないか?」
「仕方あるまい。文句を言っても距離は短くならぬぞ」
「―――ハァ」

 馬でさえも十日はかかると言われて、疲れたようなキョウが伸びていた背筋を丸める。
 猫背となって、顎を前に座っているディーティニアの頭に乗せた。

「あー、楽だ」
「……お主は楽かもしれんが、ワシは重いぞ」
「そうかー。まー、馬に乗せてやってるんだからこれくらいはサービスだな」

 反論できないディーティニアは、ぶすっと頬を膨らませて前方の茜色の空に視線を送る。
 キョウ達が現在走っているのは街道ではない。何の整備もされていない平原だ。街道は人類が長年をかけて造り上げた比較的危険生物が近寄りがたい道だ。そのため絶対ではないが、比較的安心して旅を続けることができるのだ。逆に街道を逸れてしまうと危険生物に襲われる可能性が遥かに高まる。
 その危険性を知っていながら二人は平原を敢えて横断していた。一応理由はあるのだが、単純に道程を短縮できるということと、地面に残されている足跡を追っているからだ。
 サイクロプスの体長は六メートル超。そんな巨体が歩いてこれば、多少なりとも痕跡は残る。
 彼らが襲来したのは数日前のことなので少々分かり難くなっているが、追えない事も無い。ディーティニアが村の外へ出ていたのも、こういった痕跡を探すためだったというわけだ。

 パカパカと蹄が土を蹴る音が静かな平原での唯一の音となる。
 本来ならば危険生物が襲ってきそうなものだが、彼らとて命は惜しい。
 よほど切羽詰ってない限り殺されると確信できる相手にわざわざ襲い掛かったりはしないだろう。
 平原もかなり進んだところで、キョウ達が突破した北の森ほどではないにしろ、それなりに大きな森へと行き着いた。その森の手前で空を見上げた。

 太陽は完全にその姿を隠し、夜の闇が訪れる。
 人工的な光はなにもない。自然のみの空間。空には綺麗な星が数え切れないほど瞬いていた。
 このまま夜通し強行軍を続けようとも考えたが、あまり無理をするのも宜しくない。そう判断したキョウは、馬を止める。自分が先に降りると、ディーティニアの両脇に手を入れて持ち上げるようにして地面に降ろす。ミリアーナが笑っていたように本当に親娘に見える光景だった。

「今日はここで夜を明かすとするか。少し薪に使えそうなものを拾ってこよう」
「ではワシは御飯の準備をしておくとしようかのぅ」

 キョウは近くの森へと入っていき、地面に落ちている枯れかけた木の枝を適当に拾っていく。多少火が付き難くても、ディーティニアの魔法があるので、薪としては十分に使用できると考えてだ。
 両手一杯に木々を拾いきると、ディーティニアの元まで戻る。彼女は既に、コーネル村で調達した食料を準備していた。食料といっても、乾物系ばかりだ。新鮮な食料は生憎と旅に出ている以上すぐに悪くなってしまう。
 木の枝に火を付けて貰い、焚き木の周囲で簡素な食事を行う。味はいわずもがなだ。はっきり言って美味しくないというのが、二人の本音だ。北の森での食料はといえば干し肉だが、干し肉といっても中位竜種の肉。尋常ではない味わいの旨みだった。コーネル村ではミリアーナがしっかりとした料理を提供してくれた。
 それらに比べれば、味が一段どころか、四段五段は落ちている。

 肉でも調達しようかと一瞬考え、意識を集中させるも感じられる気配は近場には全くといっていいほどない。
 森の奥まで侵入しなければならないため、仕方なしに諦めることにした。硬い干し肉を噛み千切りながら、水で流し込む。
 そんな食事を終えると、特にすることはない。ディーティニアはキョウの傍によってきて横になる。胡坐をかいているキョウの膝に頭を乗せて、眠りにつく。寝顔を見せるのが恥ずかしいのか大きめの三角帽子を深々とかぶり、一応は見せない様にしていた。
 首が痛くはならんのか……と考えつつもそのままにしておく。
 旅に出た最初はこうではなかったが、多少なりとも慣れてきた最近はキョウの膝枕モドキがディーティニアの就寝の指定位置ともいえた。普通は逆ではなかろうかとも考えていたが、何だかんだで色々と世話になっている身。無碍にはできないということもある。

 焚き木に木の枝をくべながらキョウは夜を明かす。
 別段危険が迫りくれば、二人とも跳ね起きるのだが、なんとなく人が傍にいると深い眠りにつけないという習性が身についてしまっている。懐かしい過去の戦乱の日々を思い出しながら、時間は流れてゆく。

 やがて陽が昇り、朝を迎えると焚き木の後始末をし、馬を跨ぐ。
 ディーティニアは絶対に起きないと確信を得ているので、起こしもせずに脇に抱えて乗った後に、自分の前に座らせる。案の定結構揺れたにもかかわらず目を覚ますことは無かった。

 森の中へと続く道は、木々が圧し折られ無理矢理通ったような後が残されている。
 恐らくはサイクロプスが破壊しながら突っ切ってきたのだろうが、そのおかげで馬でも辛うじて通ることができるのは非常に有り難い話だ。

 といっても、やはり馬に乗っていくのは少々危険が伴う。
 そう判断してキョウは自分だけが馬から下りた。ディーティニアは器用に寝ながら馬に乗っているところを見て、これは本当に凄いと素直に感動した。感動したのも一瞬で、手綱を引きつつ森の中を横断していく。
 途中で危険生物らしき視線を何度か感じたが、敢えて気配を放ち威嚇するとあっさりと逃げ出していった。
 危険が無いのがわかっているかのように寝ているディーティニアとともに、歩いて行くこと数時間。出発は太陽が昇って間もなかった刻限だったが、今はもう既に中天に差し掛かる頃合だった。
 陽光を多少遮ってくれるおかげで、大した暑さも感じずに歩き続けることができたのは僥倖だったかもしれない。
 数時間で森を抜け切った二人は、前方に広がる巨大な山脈に多少面食らったように見上げている。

「……ここが巨人の山々、か?」

 到着するには早すぎる。
 昨日コーネル村を出発したばかりなのだから、明らかにおかしい。そういった意味合いを含んだ問いかけに、ようやく目を覚ましたディーティニアが欠伸をする。

「残念ながらここではないぞ。此処は確か、西の山脈。巨人の山々よりもまだ随分と人類側にある山脈じゃな」
「だが、奴らの痕跡はここを通ってきているようだが……」
「ふむ、随分と回り道をしてきておるようじゃな……少々気になるが」

 手綱を引きながら西の山脈を登って行く。
 幸いというべきか、ここもやはりサイクロプスが通ってきただけあり、馬を引いても十分に通れるだけの道幅があった。
 いや、決してサイクロプスだけではないだろう。恐らくは人間の手によって切り開かれた道でもあるのだ。そうでなくては、所々に整備された後があるのに納得がいかない。そのことをディーティニアに問うと、よく気づいたと言わんばかりに笑みを送ってきた。

「ここは良質の鉱石が採れるからのぅ。王国が管理しておったはずじゃが……人の気配を全く感じぬな」
「ああ、それと妙に嫌な気配が……一つ感じられるな。何だ、こいつは」
「―――当たり、かもしれぬ。サイクロプス達はもしかしたら巨人の山々からではなく、ここから―――」

 ぶつぶつと独り言を呟くディーティニアを、馬から降ろす。
 そして近くの岩に手綱を引っ掛けておく。このまま馬に彼女を乗せて歩いて行くのは危険だと判断したためだ。

 ―――何か(・・)がまずい。

 心にひたひたと寄ってくる不安を振り払い、用心をしながら山を登って行く。
 ディーティニアの言うとおり、人の気配は一人たりとも感じ取ることは出来ない。それとは別に、こちらに何の躊躇いも無く敵意をぶつけてくる、人外らしき気配は数えるのも難しいほど感じ取ることができた。
 それらの多くはキョウ達にとってなんら問題のない相手だ。
 恐らくはサイクロプス級が大多数。それを上回る気配も多数。
 そして―――そんな中で、圧倒的な格の異なる気配が、一つ。 
 キョウ達がやってきたことに気づいていながら、全く隠そうともせずにこちらを威嚇してきている。

「……いや、誘っているのか」
「なかなかにふてぶてしい奴よ。ワシらを相手に恐れを持たぬか」

 のぼる途中には敵からの襲撃はなかった。
 どうやら戦力の分散をせずに、一箇所―――頂上付近で決着をつけようということだろう。
 キョウの気配察知に引っかかる限りの気配は全てが、山の上から感じられているのだから。

 二人は急ぐでもなく、ゆっくりというわけでもなく、マイペースで山道を進んでいく。
 数十分程度は登っただろうか。道が整備されていたために随分と楽に山頂まで辿り着くことができた。発せられる濃密な敵意を潜り抜け、ついにキョウとディーティニアは山頂へと到着する。
 そこは巨大な広場だった。とても山の上とは思えない、平坦で広大な土地。ただし、それらの広場を覆っている柵はない。うっかりするとそのまま山頂から落下死するだろう。

 周囲の様子をそんな気軽な様子で窺っていたキョウに、ディーティニは呆れたようにため息を一つ。

「お主は空気が読めるのか読めぬのか、どちらかわからぬ男じゃなぁ」
「読めるように努力は欠かしていないつもりだ。まぁ、アレをあまり直視したくないという理由もあったがな」

 やれやれと、キョウが顎で差したその先には―――信じがたい巨人の群れが存在した。
 サイクロプスは勿論、グレゴリも数匹姿を現している。それいがいにも、サイクロプスとは異なる肌の色。赤黒く、サイクロプスよりも更に体長が二メートルはでかい巨人。それ以外は似通っているが、狂暴そうに単眼で睨み付けてくる様は、相手に恐怖を問答無用で叩き込んでいく。第六級危険生物―――中位巨人種ギガス。単体でも街一つを容易く滅ぼすことができる怪物だ。それが十体近くは、前方からキョウ達に立ち塞がっている。
 サイクロプス、グレゴリ、ギガス。合計で五十近い巨人の群れ―――普通の探求者ならば、抵抗することも忘れて生を諦める。間違いなく国家が探求者と協力して動くに値する脅威だった。

 そしてそんな巨人達の群れの奥―――そこに、それ(・・)は悠然と佇んでいた。

 巨大な体躯を持つ巨人達の中で、それ(・・)はもっとも小柄である。
 身長にして、丁度キョウと同じくらいだろうか。若干、それ(・・)の方が高いかもしれない。
 それ(・・)が纏うのは紅の鎧。体全身を覆い、血で鎧を染めたと言われれば納得してしまいそうな禍々しさを宿している。鎧のところどころから鋭い巨人の牙をイメージさせる刃が突き出していた。その横には地面に突き刺してある巨大な両刃の剣。成人男性の身長よりもさらに大きい。きらりと不吉な光を反射していた。
 巨人達よりも遥かに低いそれ(・・)が、この場の王なのだと証明するかのように、サイクロプス達はキョウとディーティニアから隠すように立ち塞がった。
 そんな時、それ(・・)は片手をあげる。それに渋々といった様子で巨人達は僅かに横に移動した。

 ガシャリっと一歩足を踏み出してきた。金属の鎧が重なり合い、音をたてる。
 それ(・・)は、頭に被っている異様の兜に両手を添え、外す。

 露になったのは巨人とともにいるのが明らかにおかしいと思える美女だった。
 やや銀色に近い長い金髪を後ろで括ってる。綺麗に整った眉に、やや勝気そうに吊り上った目元。髪の色とは若干異なる、純粋な金色の瞳。真一文字に閉じられた口。桃色の唇。端正な顔立ちの、思わず見惚れるほどの女性である。

 ただし―――彼女が放つ、異常な殺意を除けば、だが。

「―――貴殿が、我が配下を降したというヒトの子か」

 凛っと透き通る声が広いこの場の隅々まで響き渡った。見つめてくる視線は、常人ならば逃げ出すことはおろか、その場で意識を失わせるほどの重圧を秘めている。
 その言葉を向けられたキョウは少しの間驚いたように、目を見開いていた。それは相手の威圧に屈していたわけではなく、巨人の主達が人間に近い女性だとは思っていなかったためである。
 彼女が放つ気配は勿論、人のモノではなく巨人種に近いのは掴めているのだが、目の前にして余りの違いに少々面食らうのも当然のことだ。

「ん……ああ。一応はそうかな」
「そうか。確かに貴殿ほどの腕前ならば、我が配下では相手にもならぬのも道理。話に聞いたときは耳を疑ったが……貴殿を目の前にすれば納得もできよう」

 横に突き刺してあった巨剣の柄を握ると―――それを片手(・・)で軽々と抜き、キョウへと突きつける。

「聞かせて欲しい。貴殿は、我の―――()と為り得るか?」
「―――はっ。その言葉そっくりそのまま問い返させてもらおうか。お前こそ―――俺の()と為り得るか?」

 嬉しさを堪えきれないキョウが、口元に笑みを浮かべた。
 その挑発に、無表情だった女性も相好を崩す。 

 女性が身に纏う覇気が増大していく。目に見える形で膨れ上がっていく、黒い覇気。
 ここまでの怪物がいたことに驚きを隠せないディーティニアの耳に聞こえるのは甲高い耳鳴りのような奇妙な音だ。そして音を発しながら渦巻くのは黒い戦気。地獄の餓鬼を連想させる禍々しい戦気が、徐々に周囲に広がっていき、山の頂上を支配し始める。
 際限を知らず膨れ上がっていく覇気が、山頂のみならず空を覆っていく錯覚を感じた。

「……気をつけるのだぞ、キョウ。あやつは、お主が戦ってきた危険生物とは、異なる。本物の戦士(・・)じゃ。油断したら、お主といえど喰われかねんぞ」
「ご忠告痛み入る。だが、油断(そんなもの)は最初からありはしない」
「……そうか、ならばワシに言うことは何もない。露払いはワシに任せてお主は、あやつとの戦いに集中するとよい」

 杖を構え、ディーティニアは若干緊張した面持ちで女性の動きを見逃さないようにしている。

「活目して見よ。アレこそが生きた天災の領域に足を踏み入れた存在―――第三級危険生物、高位巨人種じゃ」

 ズンっと人間大の肉体を持つ高位巨人種が足を踏み出しただけで、サイクロプスが動いたのではないかと勘違いしそうな地響きを立てる。巨剣を携え、女性は狂暴な光を瞳に宿らせながら、口を大きく開いた。

「―――我は高位巨人種ティターンが一柱!! 名は《ペルセフォネ》!! 貴殿の力見せてもらうぞ!!」

 ただの名乗りが、物理的な衝撃を生み出したかのように、周囲のあらゆる生物を圧倒する。
 彼女の周りの巨人種も例外ではなく、恐れを抱き身を縮込ませた。例外は二人だけ―――キョウとディーティニアのみが一切の揺らぎ無くその場に佇む。
 その衝撃波は、この場にいるモノの動きを奪う。肉体を縛り、心を押し潰す。

 だが―――。

 さぁっと砂塵が舞い散った。
 一瞬、キョウの身が沈む。流れるような動作。とんっと軽い音を置き去りに、瞬きするよりもなお速く―――神速の挙動で剣士の姿は駆け抜ける。
 ペルセフォネの威圧も意味を為さず。彼女との距離を、ただ真っ直ぐに詰めていく。
 その動きについていけたのは極僅か。辛うじて反応できたギガスのうち二体が、握り締めた豪腕を叩き付けてくる。
 人間ならば例え合金製の鎧を着ていても一撃でゴミ屑と化す、巨人の一撃をかいくぐり、抜刀した刀を二度振るう。ギガスの腕が二本宙に舞い、それらが地に落ちるよりも速く―――ギガスが激痛の咆哮をあげるよりも速く、キョウの身体は既に巨人の群れを通り抜け、ペルセフォネの懐深くに踏み入っていた。

「―――見事!!」

 ペルセフォネの喜びと驚愕が入り混じった怒声。
 それと同時に横薙ぎに切り払われた巨剣。背筋を襲う悪寒にキョウはぶるりと身体を震わせる。
 巨剣がキョウを切り払おうとしたその時、刀を相手の巨剣に合わせた。刀ごと断ち切ろうとしたペルセフォネを嘲笑うかのように、力の流れが操作される。気がついたときには斜め上へと巨剣は流され、何もない空中を薙いでいた。

 馬鹿なっと叫び声をあげる間もなく、キョウはさらに一歩踏み込む。
 底冷えする冷たい剣閃が、音もたてずに下から半円を描くように切り上げられた。先ほどまでとは異なる何処を見ているかわからない虚ろ瞳。高位巨人種であるペルセフォネでさえも、身体中をかけぬける悪寒を抑えるので精一杯だった。この男は本当に人間なのか―――目まぐるしく思考を埋め尽くす疑問。
 高位巨人種としてのプライドか、戦士としての本能か、それらが彼女に生への道を導き出す。

 腕の筋肉がメシリっと音をあげる。空中に流された巨剣を力だけで無理矢理方向を変えた。
 声にならない雄叫びをあげ、僅かな躊躇もなく振り下ろされる。唐竹に一直線。踏み込んでいたキョウの脳天へと振り下ろされた。巨剣は彼を斬ることなく、大地に叩きつけられる。切っ先が激しい音を鳴らし、地盤を斬り砕く。
 咄嗟に身体を開き、かろうじて回避に成功したキョウだったが、ミリ単位で横を降りていった死の剣風が身体を打ち付ける。だが、キョウは逡巡なく刀を振るった。ペルセフォネは慌てて柄から片手を離し、分厚い紅の籠手で眼前を遮る。すぐ目の前を駆け巡った剣閃を寸でのところで受け止めることに成功。
 息をつく間もなく、刀に全体重を捧げ押し倒そうと試みる。力勝負ではペルセフォネに圧倒的な軍配があがるも、体勢が悪い。このままでは転ばされると踏んだ彼女が、たたらをふみながら後方へと逃げ延びる。

 体勢を整えようとするペルセフォネより速く、キョウの肉体は躍動した。
 間合いを詰めたキョウが刀を足元へと滑らせる。狙いは足。機動力を奪う角度で斬り放たれた。体勢が悪いながら、巨剣を片手で振り回す。物騒な轟音を響かせながら、キョウへと襲い掛かる。ピタリと攻撃の手を休め、今度はキョウが後ろへと飛び退いた。

 ふぅっと息をつくのはペルセフォネだ。
 よく見てみれば、巨人種最高の鍛冶師が拵えた、魔法の障壁を張り巡らした霊白銀(ミスリル)の鎧―――その籠手に切り傷が作られていた。何の変哲もない、ただの刀でそんな真似ができるとは、恐ろしいほどの剣の冴え。
 ぶるりと戦いへ対する喜びで、身体中に震えが走る。

 そんな時、キョウの背後でゆらりと揺れる巨大な影。
 配下であるギガスやサイクロプスが主を守ろうと、襲い掛かってきていた。
 邪魔をするな―――そう叫ぼうとしたペルセフォネの喉が凍る。
 何故ならば、叫ぼうとしたその瞬間、得体の知れない威圧感が増大したからだ。目の前に強敵(キョウ)がいるというのに反射的に視線をそちらに向けようとしてしまった。
 それに対してキョウは、その方角へと視線を向けようともしていない。この気配の持ち主を誰か知っていたからだ。


「―――キョウの邪魔をするならば潰すぞ、小僧ども?」



 コーネル村の時の探求者達に送るよりもさらに冷徹な言葉が降り注ぐ。
 冷徹な言葉とは逆に、迸るのは焼け付くさんばかりの苛烈な大魔法力。
 獄炎の魔女は、杖に灼熱を纏わせ巨人種達に睨みをきかせる。

 サイクロプスもグレゴリも、果てはギガスさえも―――ピタリと動きを止めてしまった。
 絶大な破壊者の降臨に、巨人種達は茫然とその場に佇む。だが、彼らは各々の拳を静かに握り締めた。
 豆粒のような小さなエルフが、自分達の主の障害となることを認識したからだ。

 彼らにとってペルセフォネは守るべき主。尊敬すべき主。忠誠を誓うべき主。
 言葉も発しない、暴力のみを行使する彼らではあるが、本能刻み込まれた上位種へ対する心意気だけは本物だった。

「ギィィギャアアアアアアアアアア!!」
「ゴォォォォォオオオオオオオオオ!!」
「キュアァアアアアアアアアアアア!!」

 合計数十体にも及ぶ巨体が山頂を蹂躙する。
 一切の迷いも無く、ディーティニアを殲滅しようと全力全速で襲い掛かった。
 その衝撃によって山が揺れる。地震と間違えるような地響きをたてながら、一直線に迫っていく。
 これだけの巨体の怪物が、これだけの数の怪物が、視界を埋め尽くす恐怖。正気を失ってしまいそうな圧迫感。
 それをディーティニアは―――。

「ふんっ、小童どもが。無駄に吠えおるわ」

 鼻で笑い、杖を掲げた。

 炎の壁(フレイムウォール)と囁いた瞬間、突撃する軍勢の前に炎の障壁が展開された。
 触れた瞬間、ジュワリっと肉の焼ける音がする。襲ってくる激痛。もしも彼らがそれに怖れずに炎の障壁を突破していたならば、まだ戦い(・・)にはなっていただろう。だが、彼らはその痛みに怯んだ。熱による火傷と痛みと視界を埋め尽くす炎の壁によって、彼らの心に一瞬だけとはいえ恐怖を呼び戻した。

 そして、ディーティニアにはそれだけで十分だったのだ。

「―――踊れ、狂え。導くは焼き尽くす白き聖炎。我望むは滅亡。混濁する欲望の渦。天より降り注ぐ宙の牙。地より這い出でる大地の爪。天地併せて森羅万象を水泡へと帰す混沌と化せ」

 杖の先端を地面に叩きつける。
 そこから炎の線が山頂を駆け抜けた。直系にして百メートルにも及ぶ紅き六芒星が山頂の地面に浮かび上がる。
 その六芒星の中に入っている巨人達が何か恐ろしい物を見たかのように、周囲を見渡す。

超重の超炎(グラビティ・フレア)

 六芒星が真紅の光を発する。形作っていた線から光が上空へと立ち昇る。
 その瞬間―――六芒星の中にいた数十体もの巨人達が例外なく地面に膝をつく。いや、それだけでは止まらない。
 次には両手をつき、やがて身体を投げ出すように地面へと倒れこんだ。それでもまだ止まらない。ベキベキと骨が砕ける音が響き渡る。腕が妙な方向へと曲がる。足が地面にめり込んでいく。顔が激痛で歪んでいった。
 それぞれの巨体が無理矢理天から押さえつけられるように、大地へ肉体を埋め込ませていく。

 この魔法の正体は重力支配。六芒星の中にいる生物に襲い掛かるのは普段の数十倍の重力。
 逃げることは絶対不可能なディーティニアの奥の手の一つ。複数属性(・・・・)による王位魔法。

 重圧により悲鳴もあげることができない巨人達。
 そんな彼らは激痛に襲われる中、確かに見た。
 天から降り注ぐ―――炎の裁きを。

 上空へと立ち昇っていた光が今になって漸く、大地へと降り注いだ。
 圧倒的な大火力による獄炎の雨が、重力によって身動き一つ取れなくなっていた巨人種全てを焼き殺した。
 炎が治まった後に残されたのは―――燃え尽きなかった僅かな骨のみ。
 誰一人として巨人種は生き残ることができなかった。これだけの大虐殺をおこなった獄炎の魔女は、荒廃した山頂を見て―――。

「まぁ、こんなものじゃな」

 何の感情も込めずに、そう言い捨てた。

 横目でその光景を見ていたペルセフォネの目が大きく見開き―――やがて、配下の死を悼むように細められる。
 見た限り激昂はしておらず、先ほどまでと同じ精神状態だった。

「―――すまぬ、待たせたか?」
「気にするな、俺としても不意をついて勝っても意味は無い」
「……感謝しよう、ヒトの子よ」

 礼と同時にペルセフォネの足が踏み出された。地面に穴をあける勢いで紅の鎧姿の巨躯が疾駆する。
 たっぷりと遠心力を乗せた上段からの切り落とし。岩をもバターのように撫で切る一撃がキョウの頭上へと叩き落されるも、やはり僅かな移動のみで見切って避ける。対峙するだけで恐怖を滲ませるペルセフォネの容赦のない攻撃を、ここまでぎりぎりでかわすキョウへ称賛を禁じえない。
 今度はお返しとばかりにキョウが一歩踏み込んでくる。踏み込みの足で地面に斬り込まれている巨剣を押さえつけ、刀を横一線。決まるかと思われた次の刹那、キョウの身体が跳ね飛ばされる。巨人種の筋力を甘く見たキョウの失策だ。人一人の体重くらい容易く弾き飛ばすことが可能である。
 上空へと飛ばされたキョウの視界が上下逆になるなかで、ペルセフォネが空に向かって巨剣を放った。キョウが落ちてくるタイミングで、その空間に斬線をなぞらせる。空気を引き裂きながら横に流れる音速の一撃。迫りくる死を見つめるなか、空中で体勢を建て直し―――ピタリとその剣に上に舞い降りた。

 唖然。
 その言葉が今のペルセフォネの表情にもっとも相応しいだろう。
 彼女が持つ剣の重さに変化は無い。まるで羽毛のように重さを感じないのだ。そんな異常の事態に、つうっと珠の汗がしたたりおちる。強引に巨剣を薙ぎ払い、そこからキョウを落とそうとするが、それより僅かばかり速く飛び降りていた。
 キョウは地面に着地すると同時に、地面を踏み込む。身体全体で叩き付けるような突きを見舞う。
 躊躇い無く喉元へと迫ってきた剣先を籠手の甲の部分で滑らせるようにして弾く。ふっと短い呼吸を残してペルセフォネが吠える。近距離からの咆哮にビクリと身を竦ませるが、それは一瞬だった。しかし、ペルセフォネにとってそれだけで十分。片手で薙いでくる巨剣が斜め下から切り上げられる。足を両断する勢いだった剣は、キョウを捉えることはできない。僅かに跳躍した両足の下を通り過ぎて終わる。

 飛び上がった状態からの一太刀が弧月を描いた。
 頭を叩き割る斬線を、籠手に包まれた拳が弾き返す。
 刀と籠手がぶつかりあい、金属音を奏で上げた。音が鳴り、火花が散じるより早く―――キョウの刀は冷たい剣閃を描きながら叩き込まれ続ける。呼吸を止めたペルセフォネが、全てを紙一重のところで、籠手による防御を成功させていた。

 一閃。二閃。三閃。四閃。

 刃の軌跡が両者の眼前にて繰り広げられた。

 互いに呼吸を止めた無酸素運動による超近距離の殺し合い。
 一秒を十数に分割した一瞬でさえも、注意をそらせば余裕で死ぬ。
 剣鬼(キョウ)高位巨人種(ペルセフォネ)が演じているのは、そんな死闘。
 美しくも残酷な、互いの死でしか決着がつかない殺戮劇だ。

 これまで以上の速度の剣撃。
 ペルセフォネでも僅かにしか追えない閃光のような刀の一撃。
 しかし、それさえもやはり紙一重のところで籠手による防御が成功する。
 だが、パキィと耳障りな金属音が響き渡った。

 世界最高峰といっても良い、霊白銀(ミスリル)の鉄壁を誇る籠手に皹が入る。
 こんなことが有り得るのか、と内心で何度目になるかわからない悲鳴をあげた。驚きを隠せないまま、目を剥いて後方へと逃げ出した。それを逃すようなキョウではなく、彼女を追うように身を前方へと押しやった。

「―――はっははははははははは!! 素晴らしい!! まさかヒトの子がこれほどまでとは!! この半月は一体なんだというのだ!! 我が生き抜いてきた遠き年月からしてみれば、瞬きする程度の僅かな時で!! 我を凌駕する怪物が!! まさか二体(・・)も現れようとは!!」

 押され続けているペルセフォネは、それでも愉快そうに笑っていた。
 後方へ逃げた彼女は―――ギラリと金色の瞳を輝かせる。ぞわりっと背筋を這う悪寒。吐き気を催す重圧。言い知れぬ圧迫感。底知れぬ邪気。
 第六感がキョウの肉体を、ペルセフォネから遠ざける行動を取らせる。遠く離れたキョウは油断無く、口角を吊り上げている高位巨人種の一挙手一投足を見逃さぬように意識を集中させた。

 佇む紅き鎧姿。長身の肉体から目を離せない。ペルセフォネの視線から、口元。彼女の肉体が奏でる鼓動。薄く聞こえる呼吸音。悠然と佇むその姿。ごくりと知らず知らずのうちに溜まっていた唾液を飲み込んだ。
 纏っていた覇気が、静かにペルセフォネの内におさまっていく。戦意もなにもない、彼女の姿は戦いを諦めたのかと勘違いしそうになる静かさだった。
 だが、それは違うと―――感じているのは他の誰でもない、キョウ=スメラギその人だ。
 嫌な予感が収まらない。鼓動が普段よりも速く波打っている。頬が引き攣ったように痙攣する。

 そして―――圧縮されていたペルセフォネの気配が破裂した。
 離れているキョウが吹き飛ばされそうになるほどの大魔法力。触れただけで眩暈を起こしそうになる圧壊の気配。
 今まで溜まっていた唾がいつのまにか乾き、からからと喉がひりついている。

「改めて始めようか。我こそが、貴殿らヒトの子から《天災》とまで言われし、超越存在。最底辺ではあるが―――その力の片鱗。お見せしよう!!」

 天を穿つ勢いで膨れ上がった黒い柱。バチバチと音をたてて放たれるのは、破壊の雷撃。
 巨剣に黒雷を纏わせた、ペルセフォネがこれまでを遥かに超えた速度で、空中に身を躍らせた。
 到底届かぬ場所からの縦一閃。感じるのはディーティニアと戦った時に感じたのと同じ死の香り。
 涅槃へと送られる葬送曲に聞こえる剣風が、振り下ろされた巨剣から迸った。

 大地を駆け抜ける黒ずんだ三日月の衝撃刃。電撃を纏わせ、直線状の存在を蹴散らし突き進む。
 第六感を信じたキョウは、ペルセフォネが剣を振り下ろすよりも一歩速くこの場から飛び退いていたことが、彼の命を救う結果となった。大幅に横に逃げていたキョウの横を通り過ぎ、地面を削る音をあげながら山頂を抉りつつ、天空へと駆け上がっていく。そのまま天に浮かぶ雲を穿ち、散らしていった。

 驚愕を隠せないキョウではあるが、驚いていて勝利を掴むことが出切るならば何時までもやっている。
 二発目を放たせる前に、キョウはペルセフォネとの間合いを詰めるために、疾走した。

 その姿を見たペルセフォネは、歓喜に歪んだ笑顔を浮かべる。
 これほどの超破壊撃を見ながら戸惑いも恐れもせずに前に出る―――言うは易し、行うは難し。

「はっはははははは!! すばら、しい!! 貴殿は何だ!? 本当にヒトの子なのか!? いや、名前は何だ!? 貴殿の名前を教えてくれ!!」
「キョウ=スメラギ。呼ぶのならばキョウと呼べ!!」
「―――キョウ、か。キョウ!! キョウ!! キョウか!! はっははははははははははは!! なぁ、キョウ!! 貴殿は分かってくれるか!? この我の気持ちが!! 我の願いを叶えてくれる貴殿が現れた気持ちが!! あのような、畜生風情に敗北を喫し、無様に生き延びた我が求め続けた存在が現れてくれた今のこの喜びが!!」

 両手で握り締める巨剣が悲鳴をあげていた。
 柄がメシメシと音をあげ、それでも己の主であるペルセフォネに尽くすように耐えている。

「なぁ、見せてくれ!! 武の可能性を!! 貴殿ら、ヒトの子の可能性を!! 我が歩んできた長きに渡る戦士の道が!! 決して無駄ではなかったと貴殿が証明させてくれ!!」

 ペルセフォネが悲鳴と聞き間違えんばかりの咆哮をあげる。
 迫ってくるキョウを迎撃するために、彼女もまた地面を蹴りつけた。

 その動き、これまでの比ではない。神風と勘違いしそうなほどの疾風迅雷。
 紅の鎧を響かせて、ペルセフォネの超神速の一撃が、空中から地面を叩き割った。剣先が地面を抉ったその瞬間、地割れを起こし、真っ二つに割れていく。あまりの非常識さに、笑みが零れた。
 圧倒的な大破壊力を秘めた剣撃は、地面を抉っただけでは済まず、爆発を起こしたかのように砂利と土を跳ね上げていく。しかし、その剣が捕らえたのはキョウの服の端切れのみだ。
 ばさりと服をはためかせ、天から舞い降りたキョウの一撃が容赦なく首を刎ねようと牙を剥く。
 そこから返す刀で片腕を断ち切ろうと斜め斬り上げが脇へと目指す。次いで、胴体を両断する袈裟斬り。

 僅かな迷いも怖れも躊躇いもなく連撃が叩き込まれる。
 矢継ぎ早に繰り出されるのは、速く、重く、鋭い、キョウの放てる最高の剣閃。
 呼吸を止めて、心を凪のように平静においた、超連撃の嵐。
 それらが、容赦なく薙ぎ払われ、突き出され、振り下ろされ、振り上げられる。

 大魔法力を解放し、肉体強化までしたペルセフォネでさえも、捌くのが精一杯という隙のない刃の軍勢。
 目の前で奏でられるのは死をイメージさせる、冷たい刀の葬送曲だ。

 必死に防御し続けるペルセフォネが、ほんの一手を間違えた。
 それは刹那の一瞬だ。瞬きする間もない瞬間だ。
 だが、それだけでキョウにとっては十分すぎた。

 懐深くに踏み入ったキョウの薙ぎ払い。
 横一閃に放たれたそれを、防ぎきれずに、紅き鎧へと叩き込まれた。
 ギィンっと金属同士が噛み合う音。想像以上に硬い鎧に阻まれ、必殺とはならない。
 そこで短く一息。両腕に力を込め、全身のバネを利用。四肢を躍動させ、無理矢理に刀を振り切った。
 鎧もあいまってかなりの重量であるにもかかわらず、大きく弾き飛ばされたペルセフォネが地面に叩きつけられる。ごろごろと転がっていき、それでも立ち上がった。

 ズキリと痛む腹部を見てみれば、見事なまでに断ち切られていた。斬られた場所から滲む青黒い血。痛むが動けなくなるほどの怪我ではない。
 伝説の域にまで達するであろう鎧を斬られた事に怒りは無い。ただ、称賛だけがあった。

 追撃を仕掛けてくるかと思えば、キョウはペルセフォネを弾き飛ばした位置から動いてはいない。
 いや、彼の肩からも血が流れている。弾き飛ばされる瞬間、ペルセフォネもまた無理矢理に剣を振るっていた。計算ではなく、我武者羅に放った一撃だったからこそ届いたのかもしれない。
 キョウにとっては正確で精密な攻撃のほうがかわしやすいからだ。咄嗟に放たれた予想がつかない攻撃ほど、その場でかわしにくいものはない。

 痛む腹部を我慢して、巨剣を天に掲げる。
 激痛がはしるが、それよりも今は不思議な幸福感が全身を包んでいた。ただのヒトの子が、取るに足らない塵芥に等しいヒトの子が―――ここまでの領域に登って来ている事に、素直に凄いと感じていた。

「―――次で決着をつけよう。我が放つは魂を込めた最大最高の一撃だ。逃げてもいい、受けてもいい。だが―――我を満足させてくれ」 
「……ああ、そうか。ならば俺もそれに答えよう」

 ペルセフォネの台詞に頷くと、鞘に刀をおさめる。
 だらりと両手をさげ、無形の位といわれる構えを取った。
 武器も向けないその姿―――しかし、ペルセフォネは何も言わない。

 好敵手と認めたキョウ=スメラギが言ったのだ。
 自分に答えると。ならば、それを信じよう。己の全力を込めた一撃でこの戦いに幕を降ろそう。

 残された魔法力を全て巨剣に込める。
 余力を残す真似はしない。全身に残されているあらゆる魔法力も、気力も、体力も―――この一撃へ。
 巨剣から溢れる、先ほどを遥かに超える重圧。バチバチと迸る黒雷が、幾重にも幾十にも剣を取り巻いていた。
 触れるだけで黒炭と化す。超高温超高圧の、紫電雷光。それはまさに、ディーティニアが放つ王位魔法にも勝るとも劣らない―――超越存在を証明するに足る一撃だ。

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ペルセフォネ生涯最高となる一歩。
 大地を踏み割り、地震を呼び起こす衝撃が山頂に響き渡った。
 世界の理までも捻じ曲げる、超越存在の域に達する高位巨人種。その中でも名を馳せる《ティターン》の一柱。
 戦女神とも称されるペルセフォネの狂いに狂った魔雷の閃撃。
 山頂の大地を粉微塵に粉砕していく、滅殺の波動。爆発が連鎖し、爆撃がキョウへと向かい迫っていく。

「―――ああ、見事だ」

 恍惚とキョウは囁いた。
 それはこの爆撃音が支配する空間では誰の耳にも届かぬ小さな声だった。
 だが、ペルセフォネは確かに聞いた。

 キョウ=スメラギが自分を褒め称える言葉を。

「―――お前を斬るぞ(・・・・・・)

 ピシリっとペルセフォネが支配していたこの空間が凍結する。
 それは幻覚だ。それは錯覚だ。
 だが、そうとしか思えない異常で異様な空気がこの世界を満たしていく。
 魂までも痺れさせ、心の臓まで甘く凍えさせる。

 それは―――女神(エレクシル)にも血を流させたキョウの深淵。

 連鎖して崩壊を続ける黒雷の嵐へとその身を躍らせる。
 肉体強化していたペルセフォネよりも尚速く―――人の限界を超えた動きで、疾風となった。
 足が地面を蹴りつけるたびに、硬いはずの地面が抉れとぶ。

 鞘から解き放たれた刀が、解放の喜びに満ち溢れる雄叫びをあげた。
 その抜刀はあまりにも速く―――それ故にただの閃光にしか見えない。
 空間を渡る刃はただ綺麗で、美しくて、流麗で。
 激しく爆撃と衝撃と剣が入り乱れるこの世界で、ただただ魅入られた。

 世界を別つ光の剣閃。
 キョウが放つ一太刀は、その名に相応しく。

 爆撃と刃が重なり合ったその瞬間―――。












 黒雷の嵐が、斬り裂かれた(・・・・・・)
 音も残さず。衝撃も残さず。気配も残さず。

 そこにあったのは、黒雷とペルセフォネ(・・・・・・)を斬ったという事実だけ。

 右腹部から左肩までを斜め一直線に、線がはしる。
 自分の最大最高の一撃を乗り越えられた理解した瞬間、くっと楽し気な笑みを浮かべ―――それを合図に斬られた線から青黒い血が勢いよく溢れ出しはじめた。
 霊白銀(ミスリル)の鎧も意味を為さず、まるで豆腐のように容易く切り裂かれている様は、ディーティニアをして驚かせるに値する。

 切り裂かれた自分の傷に手を這わせ、べっとりと付着した血を見て、今度は天を見上げた。

「……見事、見事だ。我が好敵手―――キョウ=スメラギ。貴殿は、確かに……我が全身全霊を、超えて見せた」

 ペルセフォネは、ずしゃっと一歩後退する。  

「最後の最後で―――満足がいった。我が歩んできた戦士の道に……間違いはなかった」

 ぼたぼたと地面を大量の血液がぬらしていく。瞬く間に血の海ができあがった。

「……のぅ、お主。一つ聞きたいが、何故お主ほどの高位巨人種がここ(・・)にいる? 本来お主ならば巨人の山々ジャイアントマウンテンを拠点としているのではないか?」

 多量の出血で、意識が危うくなっているペルセフォネに、離れていたディーティニアが気になっていたことを問い掛ける。 それにふっと口元を緩めて、さらに一歩後退する。

「簡単な、話だ……半月ほど前に、巨人の山々ジャイアントアウンテンは、壊滅したのだ。たった一体の、怪物の手でな……」
「一体、じゃと!?」

 信じられないのか、ディーティニアの言葉は荒く、目を見開く。

「決して、西の森から出ることの無かった……陸獣王セルヴァ……理由は分からないが、奴が動き出した……我の力は到底、及ばず……僅かな同胞を連れ、逃げ出すだけで、精一杯だった」

 自分に対する嘲笑染みた言葉。ゴポリと大量の血を吐き出す。それが地面をさらに濡らしていく。鉄臭い匂いが、キョウ達の元まで届く。

「ああ、惨めだった……武を求め、極めようとしていた、我の力は、奴の前では……ゴミのようなものだった……だからこそ、貴殿には……感謝している。武で、我を超えて見せた貴殿には……何度礼を言えばよいか……」

 ベチャリと再び大量の吐血をする。歩いてきた地面もまるで血の河だ。
 ゆっくりと後退していくペルセフォネの後ろにはもはや地面はなく、眼下に見えるのは広大な森。数百メートル以上の高さの崖だ。彼女の踵にあたった小石が反響を残し、崖の下に転がり落ちていく。

「皆……逝った。我も、もはや生に未練は、ない……最後に最高のひと時を過ごすことができた。きっと、我は―――幸福だったのだろう」

 傷口に当てていた手を下げ、血に塗れているが綺麗な笑顔を浮かべたペルセフォネは―――。

「―――さらばだ、キョウ。貴殿の未来を、祈っているぞ―――」

 地面を蹴りつけたペルセフォネは、宙へと身体を投げ出し―――その姿を消していった。

 後に残ったのは静寂だけだ。風が吹き、砂埃を舞い起こす。
 暫く二人ともが黙ったままでいたが、キョウは刀を鞘におさめると、何やら難しい顔をしているディーティニアの肩に手を置いた。

「あまり難しいことを考えないほうがいい。背が伸びなくなるぞ?」
「……もう伸びぬわ。むしろ今更伸びたほうが怖い」
「それもそうか。まぁ、八百年ぶりの成長期がくるかもしれん」
「来るわけなかろう……しかし、セルヴァか。まさかあやつが動き出すとは……俄かには信じられん」
「高位巨人種が手も足もでない、か。どれほどのモノか想像できんな。まぁ、今は難しいことを考えても仕方ない。後回しにしたほうが無難じゃないか?」

 難しい表情を消さないディーティニアとは異なり、キョウはどこか満足した様子で肩をぐるぐると回す。
 最近欲求不満だっただけに、ペルセフォネとの戦いは十分に満足いくものであった。まさか奥の手を使わされる羽目になるとは考えていなかったが、第三級危険生物でこれならば、()は一体どれほどのものなのか、期待が止まらない。

「……まぁ、今回はお主の言うとおりか。セルヴァの情報が確定するまで注意して動くとするかのぅ」

 ふっと苦笑すると、ディーティニアも眉を顰めていた表情を緩めた。
 杖で頭をかきながら、キョウに微笑むその姿は―――どこか身体相応に見えた可憐な笑みだった。

「とりあえず、当初の目的通り南に向かうとしよう。そこでなら探求者組合で情報も集まりやすいはずじゃ」
「工業都市ネールだったな。念のため気持ち速めに行こう」

 そうして二人は西の山脈から工業都市ネールに向かうのであった。
 第三級危険生物。高位巨人種―――ペルセフォネを倒すという偉業を誰にも知られることは無く。
 二人の行く末がどうなっていくのか。それはまだ神のみぞ知る。







  

 







 




 それから暫しの時が流れ―――。
 西の山脈を襲撃してきた巨人種達から逃れていた鉱山夫達の報告により、コーネル村を襲撃した危険生物と同一と判断した国軍は、探求者及び騎士団を西の山脈に派遣。
 だが、彼らが西の山脈で見たのは、地形が変化しているほどの大激闘の跡地。
 茫然とそれを見ていた彼らは、その地を調査するも、見つかったのは数体の巨人種の骨のみ。

 全てが謎で幕を閉じた事件となったが―――これをやった原因となる人物に心当たりがあったのは僅か数名。
 ギルド《コーネル》。彼らはキョウとディーティニアの二人を予想していたが、そのようなあやふやな情報を騎士団に報告するわけにもいかず、迷宮入りとなった。

 これから暫く後、ミリアーナは探求者としての道を歩き始める。
 異例の速度で階級をあげていく彼女は、北大陸でも有数の探求者となるまでさして時間はかからなかった。
 そしていつしか彼女は、長年愛用していた剣からこう呼ばれることになる。

 《竜剣》のミリアーナ、と。


とりあえず北大陸編 コーネル村の章 完結です。
ここまではまだ導入部ということもあり、説明も多く書いていてつらい時期ではありましたが、なんとかかき終えることができました。

一応最後までのプロットは出来ているので後は書くだけ(一番大変ですが)
キョウやディーティニアの最後も是非書きたいので、頑張りたいと思います。
+注意+
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