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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

二部 北大陸編

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十一章  コーネル村2










「……」
「……」

 気まずい雰囲気が部屋中を満たしている。 
 元々人付き合いが七つの人災のみという異常な交友関係であるキョウは、普通の人間との会話の話題を咄嗟には思いつかない。彼らならばどんな話をしても、話には食いついて来る。全く関係ない話で切り返されることも多々あったが、数少ない知り合いだった。

 一方ミリスの方も話し上手と言うわけでもない。むしろ話し下手といってもいいかもしれない。ましてや相手はサイクロプス三体を瞬く間に斬り殺した剣士。機嫌を損ねればどうなるかわからない、と勘違いしてもおかしくはない。
 そのためミリスもまた、何を話せばいいのかわからずパニック状態に陥っていた。 

 場を持たせるために、キョウがゴホンと咳払いをするとそれにビクっと可哀相なくらい反応をする。
 誰か早く戻ってきてくれと、サイクロプスなどよりも余程手強い相手を前にして、キョウは表情を変えないまま心の中では助けを求めていた。

 その時パタパタと足音が近づいてくるのを鋭敏なキョウの耳が聞き取る。
 これぞ天の助けと思わず、神に感謝しようとしたが、神が誰か(エレクシル)を思い出して踏みとどまった。

「あ、キョウさん。ディーテさんは先にお風呂に案内させてもらいました。いきなりお相手出来ず申し訳ないです」
「いや、こちらこそ無理を言ったあいつの頼みを聞いてもらって助かった」

 ディーティニアが突然お風呂に入りに行った理由を作った大原因である当の本人はしれっとした顔で感謝を述べる。
 キョウのお礼の言葉を受けて、照れたようにはにかんだミリアーナ。恥ずかしそうに俯いた彼女は、そそくさとキョウの対面となる椅子に座った。

「あ、あの……失礼だとは思うんですが、色々とお聞きしても宜しいですか?」

 座って即座にミリアーナが質問を投げかけてくる。キラキラと眼を輝かせて尋ねてくるその姿に、ノーと言うのは気が引けたキョウは、構わないと短く返事をした。
 キョウの返答にパァっと笑顔を浮かべたミリアーナが何を聞こうかと頭を捻る。キョウとミリスの二人だけの時の重い空気が嘘だったかのように、霧散した。まるで真っ暗闇の中に松明がともされたかのような光明を感じる。
 何を質問されるかと、相手の質問内容を考えるキョウだったが、部屋の空気が軽くなったことに胸を撫で下ろしながらミリアーナの考えが纏まるまで待つ。
 暫くして、考えが纏まったのか口ごもりながら口を開いた。

「えっと……あの、私はこの村から殆ど出たことないからだと思うんですけど、キョウさんの名前を聞いたことがないんです、すみません。サイクロプスを一人で倒してしまわれるなんて、凄い腕ですし。一体、何級の探求者なんですか?」

 探求者、と呼ばれる職業がある。
 彼らは簡単に言ってしまえば何でも屋だ。幻想大陸全域に広がっている組織で、探求者組合に依頼された仕事をそれぞれの責任を持って完遂し、報酬を得る。仕事の内容としては、危険生物の討伐や、薬草の収集、護衛や、荷物の運搬など、本当に何でもある。彼らとて仕事とはいえ、自分達の身の丈にあった仕事を選びたいというのが当然であり、そのための区分けとして階級が定められている。
 危険生物が第一級から第十級までランクによって区別されているのと同様に、探求者もまた第一級から第十級までにわけられるのだ。といっても、第八級の探求者が、第八級の危険生物を倒すことができるか……といえば、そうではない。

 基本的に探求者同士五人でチームを組み、それで一匹(・・)の危険生物に対抗できるのが目安とされている。つまりは、第七級の探求者が五人がかりでようやく、第七級危険生物であるサイクロプス一体と渡り合えるということだ。勿論、これは目安であり、一人で対抗できる優れた戦闘技術を持つ者もいるが、そんな者は極僅か。

 階級を詳しく説明するならば、第十級を初心者探求者と呼ぶ。第九級ともなれば、初心者を抜け中級への道を歩んでいる所だ。だが、探求者の死亡総数の半数がここで無理をしてしまい命を落としている。
 第八級に上がれたものは既に中級探求者として十二分に功績を残しているといっても過言ではない。第七級ともなれば、ベテラン。上級者。そういった単語が相応しい者達だ。探求者でも名を馳せ、大陸でも名前が通るといってもいいだろう。多くの者が様々な二つ名を授けられ、国からも声をかけられるほどだ。

 第六級からは別格。数えるほどしかいないほどの探求者だ。その殆どは、探求者組合の特別な任務で動くことが多い。探求者の中でも長年第一線で働き続ける者達だ。

 第五級の探求者はそれこそ、幻想大陸全てをあわせても両手の数でたりるほどだ。その域は英雄。勇者。そう呼ばれる偉業を成し遂げた数少ない生きる伝説。

 第四級以上は、はっきり言って名誉階級である。現在生きている人間(・・)にはこれ以上の探求者は存在していない。第三級、第二級も同様だ。
 第一級という、前人未到の伝承にしか語られない階級。それは八百年という長きに渡る幻想大陸の歴史の中で、たった一人(・・)にしか与えられていない。もはや誰もが忘れ―――誰もが覚えている忌み嫌われし、称号だった。 




 ミリアーナはちらちらとキョウの顔色を伺いながら、彼の返答を待つ。
 彼女の言葉は真実半分、嘘半分が混じっていた。確かに彼女はこの村から出たことは殆ど無い。しかし、兄であるカラムートからよく手紙が送られてきてはいる。故郷であるこの村を飛び出して僅か七年で第七探求者となった天才。北大陸ではその名を知らぬ者はいないほどの人間だ。
 最初は苦労していたようだが、今では多くの仲間を率いるリーダーとなっているという。ギルドと呼ばれる、リーダーを中心として組織されるパーティー。ギルド【コーネル】―――今では北大陸を代表するギルドの一つに数えられている。 

 そんな兄は妹のために様々な情報を手紙にしたためて送ってくれるが、その情報の中には有名な探求者の名前もよく出てきていた。しかし、未だ嘗てキョウ=スメラギという名前の探求者を聞いたこともない。旅をしている以上、探求者として活動していたほうがメリットは多い。
 サイクロプスを単騎で撃破可能な探求者が無名ということはまずありえないはずだ。そんな探求者がいれば、間違いなく話題にあがる―――というレベルではない。そんな探求者がいればその人間の情報は幻想大陸を駆け回っているはずだ。となれば、可能性としては偽名を名乗っているということが一番最初に考え付くのだが―――不思議とミリアーナはそれはないと考えていた。

「ああ……期待させて申し訳ないが、俺は探求者ではない。ディーテはそういえば名前だけは加入しているとか言ってたが……あいつ何級なんだろうか」
「え? 探求者組合に登録していないんですか?」
「そうだな。生憎と北の森を抜け出てきたばかりだから、登録もなにもない」
「き、北の森!? あんな危険な場所に何をしに行ってたんですか!?」

 ガタンと椅子から勢いよく立ち上がった拍子に、そのまま椅子は後ろに倒れる。
 倒れた椅子を慌てて元の位置に戻すのはミリスだ。ミリアーナは倒れたことにも気づいていないのか、眼を丸くさせて驚いていた。

「あー、実は俺は外界(アナザー)から飛ばされてきたばかりなんだ。気がついたら、北の森をさらに北に抜けた海岸にいてな。そこを抜けてきて、ここにいるわけだ」
「ええー!? キョウさんって、外界からの送り人なんですか!? うっわー、初めて見ました!! そういえば、珍しい名前だなって思ってたんです」

 キョウの説明を聞き、一体何度目になるのかわからないが、ミリアーナが口までも大きく開いて声をあげた。
 このあたりの情報は話しても問題ないとディーティニアからのお墨付きが出ている。外界(アナザー)から飛ばされてきたからといって別に差別はされないとのことだ。逆に苦労しているな、と情けをかけてもらえることの方が多いとか。
 ミリアーナもまた、ディーティニアの言葉通り、どちらかといえば好意的な反応のようだ。多少は疑うかと、キョウは考えていたのだが、微塵もそんな様子は見られない。なんて素直な娘なんだ、と一瞬呆気にとられてしまった。キョウとしては好都合とはいえ、将来が少し心配になってくる素直さだ。

 勿論、ミリアーナとて本来ならばここまで純粋に相手を信用はしない。だが、何故か自分の目の前にいるキョウの言葉を疑う気にはなれなかった、命を助けられたということもあるが、昔に亡くなった父を連想させる雰囲気を醸し出しているからかも知れない。 
 ちなみに、隣にいるミリスの視線には若干疑う色が見受けられたのだが、それは当たり前と言えば当たり前ではある。

「そういえば、幻想大陸には俺のような名前の人間はいないと聞いたな。いるとすれば間違いなく送り人だとか」
「はい、多分そうだと思います。あ、でもお兄ちゃんは送り人の方々に結構会ってるみたいですよ。都会の方に行ったら、キョウさんと同郷の人もいるかもしれないですね!!」

 ミリアーナにとって良かれと思って発言したのだろうが、それは実に勘弁願いたいことだった。
 キョウにとって同郷の人間に会うということは、かなりの確率で七つの人災とばれるということだ。別にばれたとしても自分が行った過去の所業のせいなのだから受け入れるが、動きにくくなるのだけは非常に厄介である。
 一応念のため人の多い場所では、少しでいいから顔を隠したほうがいいのかもしれないという考えが頭をよぎった。

「あー、それは良いことを教えて貰えた。街に出たときには注意して探してみるとするよ」
「はい、お役に立ててよかったです」

 満面の笑顔が痛い。
 殆どが社交辞令で返したキョウに、疑いを一片も持たないミリアーナの返答はなかなかにきつかった。

「あ、でもよく無事で北の森から抜けてこれましたね? あそこは第十級から第八級の危険生物がうじゃうじゃしてるって話をきいていたんですけ―――って、今更な話ですね」

 北の森の脅威を思い出したミリアーナが心配気にしていたが、キョウの力量を思い出し、自分で自分の言葉を訂正する。
 第七級危険生物のサイクロプスを軽々と打倒できる剣士なのだから、それよりもランクが低い生物しかいない北の森を抜けることくらい容易いことだ。しかし、森にうろつく怪物はどうにかできたとしても、よくあの広大な森を抜けてこられたなぁ、と感心しているミリアーナの思考が顔に出ているのがわかり、キョウはその説明のために以前から考えていたディーテとの出会いを口に出す。  

「北の森でたまたまディーテに拾われたおかげで、なんとかここまで辿り着くことができたんだ。俺一人だけだったら恐らくはまだ森の中を徘徊していただろうな」 
「それは……凄い偶然ですね。あんな広い森の中で、ディーテさんと出会えるなんて」
()様が巡り合わせてくれたのかも知れないな」
「あはっ、そうかもしれませんね」

 キョウの自嘲染みた台詞に、当然ミリアーナもミリスも気がつくはずもない。いや、ミリスだけは僅かに眉を動かしていた。相手を注意して観察しているからこそ、キョウのほんの些細な発言の違和感に気づいたのかもしれない。もっとも、気づいたからと言って、何をするわけでもないのだが。

「でもでも、でしたら是非探求者組合に登録するべきだと思います。キョウさんほどの方ならどのギルドにも引っ張りだこになりますよ、絶対に」
「確かに生活していくためには、何かしら働かねばいけないしなぁ。現実的に俺のできることといったらそれくらいか」
「そんなに心配しなくてもキョウさんならすぐに有名になれるはずです」
「街についたら登録にはいくとするよ」
「はい。あ、もし困ったことがあったらギルド【コーネル】に頼ってみてください。一応私の兄がギルド長をやっているので。私からの紹介だって言えば便宜を図ってくれると思います。一応北大陸では五本の指に入るって言われているんです」
「有難う。何かあった時は、伺わせて貰うから」
「はい!!」

 ミリアーナとの会話に若干だが、疲れを感じるキョウは、内心でため息を吐く。
 全くといっていいほどキョウに対して負の感情を抱いておらず、ぽんぽんと話題をだしてくれるため話しやすい。良い事尽くめではあるが、ここまで好印象を与えたつもりはない。確かに命を救ったが、これほどまでに笑顔を向けられても、慣れていないキョウとしては何気に相手をするのが、疲れるというのが本音だ。
 あまり口数が多くなると、どこかでボロが出るのではないかという心配もある。

 他の村人の家に泊めて貰ったほうが良かったかと考え始めた丁度その時、ガシャンっと家のどこかで音がした。
 どうやらドアを強く開けすぎてどこかにぶつかった音なのだろうと予測したキョウの耳に、だだだっと誰かが家の中を走ってくる音が大きくなっていく。
 その誰かはここに、キョウとミリアーナとミリスがいる以上、完全に予想がつくのだが―――。

「キョオオオオオオオオオオオ!!」

 三人がいる部屋のなかに飛び込んできたのは、やはりというべきかディーティニアその人である。
 普段から外さない三角帽子をかぶっていないのが新鮮に感じられた。しっかりと乾かしていないのか、水気を帯びた銀の髪がしっとりと濡れている。肌に張り付いている銀髪がやけに生々しい。服は普段から来ているゆったりとした白い服。杖をもっていないのは、帽子と一緒に置いてあるのだろうか。水風呂だとミリアーナが言っていたが、本人が叫んでいた通り、自分の魔法で温めたのだろう。頬は火照ったように赤く色づいている。

「あがったか、さっぱりできたか?」

 キョウの質問にディーティニアは答えようとせず、部屋を駆け抜ける。
 小さな身体の目標は、キョウただ一人。
 助走をつけた体当たりが座っているキョウへと叩き込まれる。咄嗟に両足に力を入れて、腹筋に力をいれたためダメージもなく、椅子から倒れることもなかった。衝撃が腹を突き抜け、何度か咳き込む。 

「な、なにをす―――」
「ほら!! もう一度匂いを嗅ぐのじゃ!! ワシは汗臭くなかろう!?」

 抗議しようとしたキョウを遮りディーティニアが力いっぱいアピールをしてくる。
 そこまで気にしていたのかと、少しだけ先ほどの発言を申し訳なく思った。あくまでも少しだけだが。あれは森の中を散々迷った意趣返しのつもりであり、実際にディーティニアは気にするほど匂ったわけでもない。

「どれどれ」

 不安そうにキョウの腹部にほぼ抱きついた形のディーティニアが見上げてくるが、そんな彼女の濡れた髪に顔を埋める。
 変な匂いは全くせずに、女性特有の甘い香りが鼻をくすぐった。本人が叫んでいた通り、ほのかに良い香りがするというのは冗談ではなかったようだ。

「ああ、確かにお前は良い香りがするな」
「う、うむ。そ、そうじゃろう、そうじゃろう」

 まさか直球で言われるとは思っていなかったディーティニアが、焦ったように頷く。
 あれだけ汗臭いと言われた後だ。手の平を返したような発言ではあるが、ディーティニアとて褒められて悪い気はしない。
 そんな二人の姿を茫然としつつも―――少しだけ呆れたように見ているミリアーナとミリス。傍から見たら恋人同士がいちゃついているようにも見えるのだが、不思議とそんな印象を持たない。強いて言うのならば、仲の良い友人同士のじゃれ合いだろうか。いや、そんなもの(・・)ではない。もっと深い何かで繋がっているような違和感を感じた。だが恋人同士に見えないのはキョウとディーティニアの二人ともが、甘い雰囲気を微塵も匂わせていないのが原因なのかもしれない。

「それで、だ」
「な、なんじゃ?」
「いい加減離れてくれ。俺まで濡れる」
「―――おお、すまぬすまぬ。ああ、そうだ。お主もついでに風呂に入ってくればいい。今ならまだ暖かいぞ?」
「あー」

 どうするかと迷ったキョウが天井を見上げる。
 一方、そんな提案をしたディーティニアの頬が先程よりも桃色に染まっているのは、風呂からあがってすぐのために頬が火照っているのか、それとも別の理由があるのか。それは当の本人にしかわからないことだ。

 ちらっとミリアーナを見ると、無言で頷く。
 どうやら入ってきてくださいということだろう。正直な話、キョウとて久々に身体を洗い流したいという気持ちがある。
 家の主達より先に入浴してしまうのもどうかと思ったが、彼女達から許しが出たのなら甘えさせてもらおうと、席からたちあがった。

「では、俺もお先させていただこうか」
「はい、ごゆっくりしてきてください。あ、手拭いとかは置いてあるものを使っていただければ大丈夫ですので」
「有難う、助かる」

 ミリアーナに見送られ部屋から風呂場に向かおうとして、足を止める。
 あまり大きくない家とはいえ、風呂場がどこにあるのか聞くのを忘れていたのだ。幾つかの部屋があるが、そこを無断で開けて目的地を探すのも常識的に考えて悪い。
 さて、どうしようかと一瞬立ち止まったキョウの後ろから、とことことディーティニアがついてきていた。

「そこじゃ、そこ。一番奥の扉をあけたところが風呂場じゃよ」
「ん、おお。助かったぞ、ディーテ」
「ふふん、できる女は違うのじゃよ」

 手をあげて礼とすると、ディーティニアに教えられた扉を開く。むわっとした心地よい熱気と湿気を帯びた空気を感じた。 入ってすぐに一畳ほどの大きさの脱衣所。その奥には木でできた浴槽が見える。張ってある水―――いや、ディーティニアの魔法で熱せられたお湯が湯気をたてていた。
 久々のお風呂に心を弾ませながら服を脱ぐ。一応丁寧に畳むと、籠に入れた。

 湯船の傍に置いてある桶でかけ湯をして、一応温度を確かめる。熱すぎず冷たすぎず。丁度良いお湯加減なことを確認。
 ディーティニアが住んでいた北の森を抜けた場所にある家。そこの風呂に比べれば随分と小さい。あそこは百八十を超えるキョウでも足を伸ばすことができたが、ここの湯船は足を曲げなければならない。ディーティニアにとっては十分な広さであっただろうが、キョウにとってはそうはいかない。もっとも、湯船に浸かれるだけで満足できるのだから、贅沢はいってられない。
 ふぅっと幸福に満ちた息を吐く。あまりの気持ちよさに相好を崩しそうになるが、誰にも見られてはいないが我慢する。
 湯の熱さで身体の芯まで暖まってきたため、油断すれば意識が飛びそうになっていた。このままこの場で眠ったらどれだけ心地よいのだろうか、と自問自答するも流石にそういうわけにもいかない。

 何時までも浸かっていたい誘惑を振り切ったその時、再び廊下を走る音がキョウの耳に届いた。
 何事かと思えば、風呂場の扉が容赦なく開かれる。そこに立っていたのはディーティニアだ。いや、むしろディーティニア以外がこのような暴挙にでるはずもない。ミリアーナやミリスがしたら、それはそれで驚きを通り越す。

「おー、どうした? 一緒に入りにきたか?」
「阿呆め。どうしようもない時以外、一緒にいはいるわけなかろう。帽子と杖を取りにきたのじゃよ」

 どうしようもなくなった時は一緒に入るのか、と疑問を感じつつキョウは脱衣所の隅に視線を向けた。そこには彼女が愛用している杖とそれにひっかけるような形で三角帽子があるのがわかった。今まで髪を拭いていたのか、乾いた髪の上からぶかぶかの帽子をかぶり、杖を片手で持つ。
 普段通りのディーティニアに戻ると脱衣所から出て行こうとして、一旦足を止めた。

「お主、気づいて(・・・・)おるか?」
「ん、ああ。気づいてる(・・・・)
「ならば良い。風呂に入るのも早めに切り上げるのじゃぞ」
「ああ、もうあがるつもりだ」
「はやいな!? 鴉の行水か、お主」
「人の好みだろう、そこらへんは」

 ザバンっと湯船から立ち上がったキョウに驚き、慌てて扉を閉めて立ち去っていくディーティニア。
 何枚か置かれてあった手拭いで身体を拭いている最中に、この家に近づいてくる気配を感じた。特に敵意を放っているわけでもなく、どちらかというと近づくことを怖れている雰囲気を掴み取れる。どこかで感じた気配だなと考えるも、すぐに村の代表者を名乗った男の者だと気がついた。

 面倒なことにならなければいいが、と考えながらキョウは心なし急いで着替えをすると、ディーティニア達が待つ部屋へと戻って行った。 

  





 
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