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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

五部 中央大陸編

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九十七章 幻獣王と暴虐の悪鬼



 どれだけの傷を負ったとしても死ぬことはなかった限りなく不死に近い渇望の悪魔が、一瞬にして絶命した。その事実を目の当たりにしながら、ファティエルはそれを信じることは出来なかった。
 ゴシゴシと自身の目を擦りながら、何度も目を瞬かせる。同様の行動を幾度か繰り返し、ザリチュが復活しないことを確認し、ようやくその事実を理解することが出来た。キョウがザリチュを倒すのにかかった時間よりも、ファティエルの行為のほうが数倍も時を必要としたのだから皮肉な話である。

「な、なななななななななななな……」
「……どうかしましたか、ファティエル様?」

 もはや言葉にならないファティエルの下へと、何時の間にか戻ってきていたアルストロメリアが声をかける。よく見れば、ザリチュの死亡とともに、展開されていた土壁は消滅していた。あれだけ険しかった永久凍土の表情から険が取れており、未だ戦場ということもあり油断はないが、纏う雰囲気が若干柔らかくなっている。

「どうかしましたか、じゃないだろ……アルストロメリア!? なんだ、ありゃ!? なんなんだ、ありゃ!? 何が起きた!? 何が起きたんだ一体!?」
「キョウ殿の手によって、魔王ザリチュは倒された。言葉で表すならそういうことです」
「いや、そりゃわかってるんだけどよぉ……幻でも見てるんじゃないか、オレ様は」
「私も同じ光景を見ましたので、ファティエル様の頭がおかしくなったというわけではないかと」
「頭ってなんかひどいな、おい。ああ、でも今なら何でも許せる気分だぜ、オレ様は」

 はぁ……と深い吐息を漏らした女皇は、念のために自身の頬を抓ってみる。抓った痛みはありながら、見ている景色は変わらない。夢や幻ではないことをしっかりと確信した。あの魔王を瞬殺するなど、考えたこともないし、まさか実際に起きるとは思っていなかった。奇跡を望んではいたが、これは奇跡などという言葉すら生温い。

「てか、なんなんだよ、ありゃぁ。魔王を一蹴だなんて、人間が出来る芸当じゃないだろ」
「確かに、私も驚きました。彼の力を過小評価しすぎていたようです。私では到底及ばない力量……私もまだまだですね」
「ん? ていうか、キョウ? それがあの男の名前なのか? なんだお前の知り合いなのか?」
「はい。東大陸での不死王の進撃の際にお世話に。ノインテーターを倒したのは彼ですよ」
「―――まじか!? あの、不死王を、か。そりゃ、魔王を打ち倒すんだから、そんくらいいけるか」
「ついでにセルヴァも倒してますよ」

 ついでで済ますことが出来ないアルストロメリアの台詞に、ファティエルが目を見開く。
 ノインテーターだけでも驚きだというのに、更にくわえて陸獣王を倒すなど、彼女の頭はパンク寸前である。驚きを通り越したファティエルだったが、ようやく脳が凄まじい情報を処理することが出来たのか、何度目になるかわからない溜息を漏らす。

「なるほどな……アールマティがあんだけ誇る訳だ。むしろ、随分と控えめな表現だったぜ。自信満々に、人類歴史上最強とでもいっとけばいいのによ」
「それが誇張表現でもないのが、怖ろしいですね」
「……そういえば、アルストロメリア」
「はい。何でしょうか?」

 遠いキョウから視線を切ると、残りの三体の魔王と相対している三人の人物へと目線を向ける。

「魔眼の王と戦っているのはディーティニアだ。あいつの実力は分かってる。だけど、残りの二人は大丈夫なのか?」 

 かつて死闘を繰り広げた魔眼の王と獄炎の魔女。
 二人による甚大な被害については嫌と言うほど聞かされている。その二人が再びこの中央大陸で火蓋を切ることになったのは、運命の悪戯とでも言うしかない。

 問題は、パズズとヤクシャの二体と戦おうとしている女性と幼女だ。
 遠目にだが幼女の方は狐耳族だとわかったが、女性の方は不明である。翼がはえている人類など、ファティエルの蓄えている知識を思い返しても心当たりが見つからない。一体何者なのか、と疑問が思い浮かぶ。

 それに狐耳族の幼女の方が問題としてはさらに大きい。見掛けの年齢的に、ファティエルよりも遥かに下にも見える。獣人族としては、外見と年齢がかみ合わないことが多いのだが、それを加味しても幼女の姿は不安をかきたててくる。それに狐耳族の中でも名が知れている人物は確かにかなりの人数がいるが、魔王と戦えるようなレベルの人物はいなかったはずだ。むしろ、そんな人物がいればとっくの昔に七剣入りをしている。

「そうですね。はっきり言ってわかりません」
「ちょっ……大丈夫なのか!?」

 アルストロメリアの返事にファティエルが目を剥いて食って掛かる。
 折角の流れが変わってしまうのではないか、一瞬そんな考えが頭に浮かぶ。慌てるファティエルに対して、アルストロメリアは微塵も取り乱さずに言葉を続ける。

「私が知っているのはキョウ殿とディーティニア殿だけです。残念ですが、あちらの二人のことは存じ上げません。ですが……」

 全く不安を見せず堂々としているアルストロメリアの姿に、ファティエルの心に再び迫ってきた影が吹き飛ばされていく。

「キョウ殿が手助けされない。つまりはあの二人は魔王と相対しても問題がない、と全幅の信頼を寄せているのでしょう」
「……そうか。そういうもんか。てか、なんじゃ、ありゃ!?」

 アルストロメリアの台詞に納得しかけた女皇の視線の先にて、翼のはえた女性が容赦なくパズズを力任せに殴り倒している。キョウがザリチュを倒した時と同様に、とても信じられない光景が続いている。
 圧倒的だ。まるで大人と子供が喧嘩をしているかのように、圧倒的な差があった。決して埋めることが出来ない隔絶たる溝がそこにはあった。肉弾戦で魔王を子ども扱いするなど、理解の範疇を超えている。

 だが、パズズもまた魔王。必死の抵抗が功を奏し、女性を空高くから地面へと勢いよく投げ飛ばした。普通ならばそれだけで激突死しそうなものだが、魔王には容赦はなかった。連続して放たれる魔王の閃光が、地上を破壊し続ける。その衝撃が遠く離れたファティエル達のもとまで届いてきた。

 これは間違いなく死んだ。
 思わずそう思ったファティエルだったが―――地を響かせる轟音に心の臓を掴まれたと勘違いする圧力が突如として迸った。その原因は、魔王パズズではない。発生源はパズズの下、砂埃が広がっている地上だ。まさか、と目を細め女性が落ちた先をじっと見つめる。


 ―――秒をおかずして砂埃が吹き飛び現れるのは、翠色の鱗に覆われたあまりにも巨大すぎる竜。


「ななななななななななななななななな―――」

 再び言葉にならない、文字の羅列を口に出しながら思考が停止するファティエルに対してアルストロメリアもまた目を大きく見開いていた。
 そして彼女たちの視線の先にて、直撃すれば大陸さえ沈められるのではないかと思わせる翠閃が解き放たれ、魔王パズズを飲み込み消滅させた。





 ▼






 ヒュッ、と空気を裂く音を響かせて、ヤクシャの巨体が手品のように姿を消した。ナインテールの動体視力をも超越した速度に、思考が一瞬停止する。単純な速度では自分が勝ると予想していた彼女を置き去りに、悪鬼のそれは幻獣王を上回っていた。
 それでも彼女は獣の頂点。思考の停止を凌駕する獣の本能が警告を発し、その場から飛び下がった。するとナインテールが今の今までいたそこに、轟音を轟かせながら悪鬼が降り立っていた。立ち昇る粉塵と踏み砕いた大地を掻き分けて、ヤクシャの吶喊は止まらない。

 唇を噛み締めて、躍りかかってくる悪鬼の肉体を凝視する。
 視覚に全ての神経を集中させて、如何なる些細な動作も先読みしようと試みる。身体能力が馬鹿げて高いということがここまで厄介だとは知らなかった。正々堂々と真正面からやりあうのは選択を間違えたと今更ながらに後悔が押し寄せる。

 ナインテールの予想をさらに上回る魔王の力。西大陸で戦った同胞、空の女王にて魔の頂点。空獣王エアロと比べても、一枚どころか二枚も三枚も上手な化け物に、反射的に舌打ちをする。

 全神経を集中させた為か、ヤクシャの動きがかすかにだが読める。
 小細工なしに、正面から巨体らしからぬ雷光にも見間違える速度で間合いを殺し、ナインテールの小さな身体を轢き潰そうとしてきた。数十トン、或いは数百トンにもなる衝撃の塊そのものが迫ってくる様はただただ圧巻。まともに受ければ彼女とて下手をしなくても潰される。

 間一髪でその巨体から横に逃れると、その勢いを逃さないまま背後から彼の背骨目掛けて蹴りつけた。ヤクシャ自身の突進力にナインテールの蹴撃が加えられ、面白いようにその巨体が蹴り飛んだ。
 激しく地面に激突し、土を抉り転がって行った悪鬼だったが、一息つかぬ間に即座に立ち上がり方向転換。衝撃で飛んだ土礫が地面に落ちるよりも早く、ヤクシャの笑みを湛える貌が既にナインテールの間合いへと立ち入っていた。

 悪鬼の右腕がナインテールの肩を掴んだ。
 肩から伝わってくるのは膨大過ぎる握力であり、それはこのまま彼女を握りつぶすことも可能となるほどのものであった。ギシリっと骨が軋み、肉が潰れ、腕が引き千切られる―――寸前、発動させた妖炎がヤクシャの顔を焼き焦がす。
 燃え盛る蒼い炎を通して、悪鬼と幻獣王の視線があった。ぞっとするほどの戦意を滲ませるヤクシャに、反射的に渾身の蹴りを掴んでいる手に見舞い、その場から大きく距離を取る。

 ヤクシャに纏わりついていた炎はすぐに消え去り、蹴りつけられた右腕をぷらぷらと揺らしながら悪鬼は相変わらず楽しそうに笑っていた。


「いいぜっ。ナインテェェェェェーーール!! この俺と真正面からぶち当たれる奴なんざ、そうはいねぇ!! 完璧だ、楽しいぜ!! さっきの影使いと比べるのも難しいくらいに最高だっ!!」

 感謝と感動の雄叫びが鼓膜を震わせる。
 嘘偽りのない感謝の念が空気に溶け、 爆発するのはむき出しの岩盤。地面を蹴りつけたヤクシャの影響により大穴を穿ち、それと同時にして再び迫り来る悪鬼の肉体。

 当初の想定では、ナインテールとヤクシャの戦闘能力は五分であった。
 力はヤクシャが勝り、速度はナインテールが勝る。それがひっくり返された。力も速度も悪鬼が上回る。ならばその戦力差を覆すのは技術。しかしながら、両者ともが超越存在。技術など磨いたこともない。彼ら彼女らは存在するだけで最強なのだ。そんなものを鍛える必要などなかった。

 一直線に飛んできたヤクシャの右拳。それを防ぐのはナインテールの左腕。
 腕はおろか身体全てを破壊しようと暴れまわる衝撃を受け流す(・・・・)。布を殴りつけたかのような拳の軽さを感じつつ、ヤクシャの拳が地面を殴り穿った。キョウと出会い、彼の技に興味を示した彼女が教えてもらった技術。それがナインテールの命を寸でのところで救った。

 巻き起こる砂塵、そして悪鬼がこれまで受けたことがない類の感触に驚くのも束の間、隙だらけの彼の頬を打ち抜くナインテールの小さな左拳。返す刀の右拳が逆の頬を殴りつけ、流れる動作で放たれる右足がヤクシャの顎を蹴り上げた。

 彼女の小柄な肉体とは比例しない威力の三連撃に、ヤクシャがたたらを踏みながら後退する。ぺっと唾を吐き出せば、多量の血が唾液に混じっていた。口内を切った、などという話ではなく顎を蹴り砕かれた。恐るべき豪腕に、それでも悪鬼は笑みを絶やすことはない。

「いいぜ。何度も言うが、最高だ。本当に本当に楽しくてしかたねぇ」

 砕かれた顎を摩りながら、ヤクシャは言葉を紡いでいく。

「だがよ、互いに様子見はここまでにしようや。俺は本気のテメェとやりあいてぇんだ」
「……」

 ヤクシャの言葉にナインテールは沈黙を返す。

「わかってんだよ、テメェの力はこんなもんじゃねぇってな。俺は全力のテメェと本気で戦いたいんだ」

 ちりっと全身の肌を撫でる予感。
 それは―――かつて女神から逃げていた時に感じた類のモノ。
 その予感を吹き飛ばすようにぶるりっと身震いを一つ。

「相手と同じ土俵でやりあう。それは俺が()と認めるに値した相手にだけ向ける一種の尊敬だ。だからこそ、あの影使いの奴とも人間形態(・・・・)でやりあった。テメェとはそれ以上にやりあえる。だからこそ、互いに全力でいこうや」

 もっとも全力でやっても勝利がどちらに転ぶかわからなかった、と内心で思ったヤクシャへ、返ってきたのは深い溜息であった。

「……あんまり剣士殿の前で本当の姿を見せたくないんだよねぇ。可愛くないしさぁ」

 否定的な言葉を口に出しながら、彼女の肉体から立ち昇っていくのは膨大な圧力。
 前にしているヤクシャを後退させるほどの尋常ではない獣のプレッシャー。

「でもねぇ、あんたは厄介な敵だ。僕が殺さないと剣士殿にとって間違いなく最悪の障害となるのは分かりきってる。だから……」

 ―――あんたを殺すよ。

 無言の殺意が周囲に響いた。
 超獣変化(メタモルフォーゼ)。それがナインテールの本来の力を発揮させる言霊。
 メシメシと音を鳴らして筋肉と骨格が変形していく。ヤクシャの前にて産まれ出る魔獣の頂点。全長数十メートルの巨大な狐がヤクシャを睥睨するようにして降臨した。
 その重圧を受けながら、見下ろされているヤクシャは大いに笑った。ナインテールが自分の想像通り、想像以上の化け物であったことに。 

「いくぜっ!! いくぜっ!! これが俺の正真正銘の全力だっ!! 生涯初となる十割の力!! 全身全霊の俺を受け止めてくれよ!!」

 鬼神覚醒(アスラ)
 狂乱のうちに発せられた咆哮が天にまで響き渡る。
 ヤクシャをまだ人に近い姿にとどめていた枷を振り払い、悪鬼は遂に全てを解き放った。

 ヤクシャはかつて幻想大陸が創生された際に、人と高位巨人種の間に産み落とされたという過去がある。
 巨人種としての闘争本能。肉体。そして人間としての成長性。それらが究極的にまで噛み合わさった結果がヤクシャだ。つまりは、彼の本来の肉体とは、人間と言うよりも巨人種そのものである。

 大地が突如現れたあまりの重みに悲鳴をあげた。地面が放射状に罅割れていく。
 巨大な狐となったナインテールの眼前にて、彼女にも負けない巨躯となったヤクシャが戦意を漲らせて立ち塞がっていた。十メートル近かったパズズよりもさらに巨大。下手をしなくてもその倍はある巨人の出現に誰も彼もが驚きを隠せなかった。それはナインテールもまた同様で、獣王形態となった彼女の表情を詠むのは難しいが、驚愕を隠せていないのがはっきりと理解できる。

 しかしその驚愕は、この領域での死闘において致命的な隙となった。

 疾駆したヤクシャの右腕がナインテールの首を掴み、食い込む。喉の圧迫感に、一瞬意識が遠くなるものの、それをこらえて腕を振りほどこうと首を激しく振った。だが、その時には既にヤクシャの逆の拳が彼女の顔面を強かに殴りつけ吹き飛ばす。いや、首を掴まれているせいで吹き飛ぶことも出来ずに、巨体をのけぞらすだけで精一杯であった。

 死角からの尾の一撃を振り払うと、悪鬼の足が暴風をたててナインテールの足を払う。払うなんて生易しい威力ではなく、破壊することを目的としたかのような足払いだ。宙に浮いた巨大な狐を掴むと、渾身の力でその肉体を地面へと叩きつける。彼方にまで届く大地震と衝撃が響き渡り視界全てを覆う土ぼこり。

 叩きつけられたナインテールへと向けて、巨鬼の貫き手が追撃として放たれる。
 ぞぶんっとバターのように地面を貫いた手の感触と同時に発生した背中からの殺意。ぐるりっと力を乗せた裏拳が襲いかかろうとしていたナインテールの横っ面を激しく打ち据えた。牙が折れ、顎が砕ける感触に満足を抱くことなく、地面を転がっていく幻獣王の姿を追っ手駆ける。

 迫り来る悪鬼へと向け、口を大きく開いた狐の姿を見ながらも、その突進は止まることはない。
 口蓋から噴出したのは膨大な熱量を誇る蒼白い熱閃。その熱閃を暴悪暴水(ヤシャ)によって生み出された水壁で相殺し、宙へと跳躍し真上から襲撃する。

 目標であるナインテールへと着地する寸前、彼女の九本の巨大な尾が悪鬼を叩き落とす。体勢を崩した彼へと突撃し、彼女の巨躯を生かした体当たりがまともに直撃した。果てしない重量の一撃をまともに受けた悪鬼の身体が弧を描いて吹き飛ばされ轟音を響かせて地面へと墜落する。

 これは人の形態に戻ったときに痣になってるな、と頬の鈍い痛みに表情を険しくしながらナインテールは四肢に力を入れた。
 危険だ。やはりこの悪鬼は危険だ。魔王という枠組みを既に超えた領域に至っている。下手をしなくても、かつての邪神級。七十二の邪神の下位とは十分に渡り合えるのではないか、と思わせるほどの力を持っている。

 ミチっと何かが音をたてた。
 呼吸を必死に戻そうとしているナインテールの鋭敏な聴覚がその音を拾う。何の音か、と考える暇もなく―――彼女の肉体がその場から弾き飛ばされた。宙から見えるのは先程までナインテールがいた場所に突如現れたヤクシャの姿。そして聞こえる衝撃音。音が遅れてやってくるほどの速度での一撃を叩き込まれたのだと判断できた。

 そして、再度聞こえるミチミチっという音。
 悪鬼が両脚に力を入れているのがわかる。この音は、彼が全身の筋肉と言う筋肉を稼動させた音なのだと遅ればせながら理解する。

 溜めている。まだ溜めている。溜め続けている。
 ひたすらに鳴り響く圧縮され続ける力の音に背筋が凍った。そして、それの解放は間もなくやってくる。
 空気と衝撃と筋肉が弾けると、ヤクシャの巨躯が空を駆け、宙に飛ばされていたナインテールの背に何の容赦もない一撃を見舞った。
 骨が砕けへしゃげる音が空に響く。ごばっと彼女の口から吐き出される多量の血液。そらに追加として両手を組み、おもいっきり振り上げると―――振り下ろす。隙だらけの腹部へと叩き込まれた打撃に、再度となる地面への激突を味合わされた。肋骨が砕け、内臓も破裂した感触を手に、ヤクシャは地面へと転がっている巨大な狐の首へと手をかけた。

 ミシミシと不吉な音が周囲を満たす。
 呼吸が出来ない。視界が霞む。循環する血液がたりていない。
 死ぬ。このままでは死ぬ。反撃の一手をうたねば、このままでは間違いなく死ぬ。

 それを理解していながらもナインテールは動けない。
 ここから打てる手があるのか? 本当にあるのか? 疑問だけが頭に浮かぶ。 
 しかし、もはや手遅れで―――ここが自分の死に場所なのだと薄っすらと理解した。
 この結果は自分の甘さ。自分の実力不足。
 だから、すまない。ごめんね。剣士殿―――キョウ。





 ―――僕はここまでだ。








 バキっと鳴り響いた骨が砕ける音。
 ビクンっとナインテールの身体が一際強く波打った。やがて力が抜けていき、弛緩する。
 それを確認したヤクシャが締め付けていた両手をゆっくりと離す。

 そして、乱れた呼吸を整えるように何度も深呼吸を繰り返した。
 ぶるぶると手が震えている。ナインテールを殺したことへ対しての震えではない。これは戦いだ。自分も殺されかねない相手との互角の死闘であった。そこに文句を言われる筋合いはないはずだ。

 ならば何故、このような状態なのか。
 単純に、疲労が頂点に達したからである。如何にヤクシャといえど、アールマティとの戦いからの流れでナインテールは無茶が過ぎた。しかも今度の争いは初めてとも言える全力解放。身体が悲鳴をあげるのは当然だ。むしろよくぞここまで持った、とヤクシャは己を褒め称えた。

「感謝するぜ、ナインテール。テメェとの戦いは最高だった」

 宿敵の墓前に花を添えるように、悪鬼は語る。

「後は、あいつとか。キョウ、とか言ったな。あいつとの闘争も楽しませてくれそうだ」

 ズシンっと巨人が地響きを立てて歩みを始める。
 目標はキョウ=スメラギ。新たな戦いに対して胸を期待で膨らませながら、ヤクシャはナインテールへと背を向けた。


 暴虐の悪鬼ヤクシャと幻獣王ナインテール。 
 二体の超越存在による頂上決戦はここにて閉幕。
 結果はヤクシャの辛勝であった―――。
























「がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 狂える獣の咆哮が鼓膜を打ち震わせる。
 超弩級の高周波が空気を振動させ、ヤクシャの足をとめた。

 突然の咆哮に慌てて悪鬼は振り返ろうとして、感じる激痛。
 先程のお返しと言わんばかりに、ナインテールが彼の首へと噛み付いていた。突き刺さっている牙が、さらに奥へと潜り込んでいく。ふぅふぅっと激しい息遣い妖狐を後ろ目にしつつ、痛みに耐えながら彼女の頭に手を於いて力を入れる。

「……テ、テメェ……首の骨を折ったってのに……」
「なめるんじゃ、ないよぉ……たかが首の骨が折れた(・・・・・・・)くらいで、僕が死ぬとでも、おもった、のか?」
「―――くそがぁ。テメェの回復力も、半端ねぇな」

 ミシミシっとナインテールの頭蓋骨を握りつぶそうと力を込めるヤクシャだったが、彼女は噛み付く力を弱めるようなまねはしなかった。逆にさらに深くへと牙を潜り込ませていく。
 このままではまずいっと判断したヤクシャが握りつぶすのは諦めて、ナインテールの顔面をいきおいよく殴りつける。体勢が悪く、力が完全には乗らないがそれでも威力は絶大だ。連続して叩き込まれる痛みに耐えるナインテールに、業を煮やし彼女の肉体を掴むと思い切り引き剥がした。

 ぶちぶちと牙が肉が裂く痛みと音に耐えたヤクシャが、彼女の横っ面に全力の右拳を見舞った。直撃したナインテールが血反吐を撒き散らしながら転がっていき―――即座に体勢を整える。
 追い詰められた獣の殺意にヤクシャの足が止まる。止められた。止めざるを得なかった。

「……やっぱりさぁ。行かせられない、よねぇ。あんただけはさぁ……危険すぎるよ」

 淡々と語るナインテールだが、踏み込めない。
 彼女が放つ重圧は最初よりも随分とか細いものになっている。
 それでも、戦意だけは揺るがない。殺意だけはさらに増大していく。傷だらけのその姿に、息を呑む。その姿は何と表現すればいいのか。すくなくともヤクシャには思いつかない。思い浮かばなかった。

 だが、人がそれを見たならばこう表現しただろう。
 愛しい者のために命をかける女の姿であった、と。


 この世でもっとも怖ろしいのは―――愛に狂った女である。




「かっ……ハッハッハははははははははははははぁぁぁぁああああああ!!」


 感じた怖気を振り払い、悪鬼は全力となる力を解き放ち、ナインテールへと襲い掛かる。
 そしてその怖気から逃れるように、暴悪暴水(ヤシャ)による牽制を行った。巨大な水礫による十数個もの弾丸が一直線にナインテールへと目指して飛んだ。

 その弾丸を避けた際の行動を予測して、如何なる場合にも対応できるように速度を緩めた。

 そして―――ナインテールは彼の予測を全て上回る。
 その場から超加速。暴悪暴水(ヤシャ)による弾丸を真正面から潜り抜ける。無論、全てを避けられるわけではない、幾つかの水弾に身を抉られながらもその突進の速度は緩まない。

 馬鹿な、と驚愕の声をあげようとしたヤクシャへと巨大な口を開けて襲い掛かり彼の肉体へと噛み付いたグシャっと響く肉を貫き、骨を砕く音。
 だが、これでは先程の繰り返しとなる。それがわかっているのかヤクシャも同様の行動を取ろうとして―――身を焦がす大炎の熱に頬を引き攣らせた。

「ナ、イン……テェェェェエエエエエエル!!」
「これで、終わりだよ。焼き滅べ……大火神殺し(アメノオハバリ)!!」

 瞬時に膨れ上がる超々々高熱の蒼炎が、ナインテールの尾から至近距離にて発射された。
 合計九つの炎閃が、それぞれヤクシャの肉体を焼き焦がし、消滅させていく。全てを呑み込む終焉の妖炎は、美しくも鮮やかで―――ヤクシャは己を焼いていく炎を見ながらも笑みを浮かべた。

「……くはっ……くそが。見事だぜ、ナイン、テール。テメェの……完全勝利だ、馬鹿野郎」

 口調とは裏腹に、嬉しそうに楽しそうに笑っているヤクシャの姿は―――やがて蒼炎に包まれて消え失せた。シンっと静寂が訪れて一分、ようやくナインテールは地面へと倒れ伏す。疲労困憊といった様子の彼女は、消滅したヤクシャを思い浮かべながら、首を振った。

「最後の、最後で……小細工にはしらなかったら……あんたの勝ちだったよ、間違いなくね……化け物すぎだよぉ、あんた」

 真正面からの闘争をこのんだヤクシャが最後に放った能力による牽制。
 それをせずに正面からこられていたら自分は勝てなかった。本心からそう思ったナインテールは、ゆっくりと目を閉じた。今は眠りたい―――ただそれだけであった。

 ナインテールは思い違いをしていたが、その牽制をさせたのは、彼女の殺意だ。
 故にこの戦の勝敗もまた偶然ではなく、必然。
 それに気づくことなく、ナインテールは深い眠りにつくのであった。




 暴虐の悪鬼ヤクシャと幻獣王ナインテール。
 二体の超越存在による頂上決戦は、これにて閉幕。
 結果は―――ナインテールの辛勝であった。



 
ナインテールは超越存在としてよいところを見せれたのが不死王のところだけのような気もします。
他は女神に殺されかけたりイグニードに拉致られたり。てんぺすとさんとの落差が酷い気がするのは気のせいです。
+注意+
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