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幻想大陸 作者:しるうぃっしゅ

五部 中央大陸編

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九十二章 アールマティ2


 野生の獣でさえもまだ可愛らしく思える狂暴な破壊衝動に身を任せ、暴虐の悪鬼はその名に相応しき勢いそのままで、アールマティへと躍りかかった。
 振り下ろされた右の拳。優れた技術でも、特異能力(アビリティ)でもなく、純粋なまでの身体能力。人間では有り得ない、魔族でも比較にならない突出し過ぎた速度は、アールマティの知覚範囲を打ち破り、彼女の隙を突くことに成功した。

 気づけたのは偶然であり、または必然でもあった。
 もしもアールマティがサイレンスという名の怪物を知らなければ、戦闘前にヤクシャという名の魔王を見ていなければ、この一撃で決着がついていただろう。

 あらゆる存在を後方へと置き去りにする馬鹿げた運動能力を見慣れていたが故に、ヤクシャならばこれくらいならやってのけるという直感が働いていたのかもしれない。

 丸太のような太い腕から発せられた破壊の塊そのものが、地面を激しく打ち据えた。
 鼓膜を強かに震えさせる打撃音と衝撃が、地面を殴りつけたヤクシャの拳から波状に広がっていく。衝撃によって吹き飛ばされたアルストロメリアやリフィアが慌てて体勢を整えて周囲を見渡せば、地面を抉り、貫通し、穿ったその結果―――出来上がった巨大なクレーターの深部にて、暴虐の悪鬼は地に拳を着弾させた姿で彫像のように固まっていた。
 その体勢のまま動きを見せないこと十秒近く、ギギっと頭をあげて背後を振り返る。彼の顔にははっきりと見て取れる歓喜の念が浮かび上がっていた。

 ヤクシャの視線の先。クレーターの外側。
 そこに間一髪のところで退避に成功していたアールマティが、額に浮かんでいた冷や汗を手の甲で拭う。久方ぶりに感じた死の予感。何かが一つでも間違えていれば、自分は間違いなく死んでいた冷たい事実に、ふぅっと震える息を漏らした。

「くっ……はははははははっ!! いいな、テメェ。想像通り……いや、想像以上じゃねぇか!!」

 身体中から喜びを発散させながら、ヤクシャは猛け吼える。
 彼の予想は自分の攻撃が避けられるところまで。あろうことか、アールマティはギリギリのところで、攻撃を避けながらも、置き土産にヤクシャの脇腹に一撃を入れていた。それを指してヤクシャは、彼女のことを想像以上と称したのだ。

「……最悪だ。腹が立つくらいに、嫌な相手」

 ティターニアを僅か一睨みで戦意喪失させたヤクシャの圧力を帯びた眼光を一身に浴びながら、アールマティは眉を顰める。今回のヤクシャが放つ波動は、ティターニアと鳳凰丸の時のような遊びではない。あの時のような戯れではなく、暴虐の悪鬼の本来の重圧だ。彼の周囲はゆらゆらと蜃気楼の如く揺れ、歪曲さえ視認できるほどのものである。大気を水面と勘違いさせるレベルでの震動が巻き起こされていた。それほどの負荷を受けながら、アールマティは別のことを考えていた。

 それは―――勝ち目があるか否か。
 ヤクシャの動きは言ってしまえば単調である。純粋な身体能力だけで勝負してくる獣。
 普通ならば、アールマティにとってはカモな相手だ。そのような敵はこれまで幾らでも屠ってきたし、手玉にしてきた。だが、これは駄目だ(・・・・・・)。先程の隙ともいえない間隙を突いた一撃で、伝わってきたのは、巨大な何かが無理矢理人の姿を取っているだけ―――そんな外見と感覚の不一致。
 皮一枚も貫くことが出来なかった人の理を超えた肉体の頑強さ。鉄壁の防御といえば、七つの人災のガルガチュアと同じだが、あちらの絶対防御は特異能力(アビリティ)によるもので、まだ突破できる可能性がある。その点、こちらの魔王はただ肉体が頑強。単純極まりないが、それだけにその壁を超えることが難しい。

「―――あれこれ考えてる暇があるのかよぉぉぉお!!」

 僅か一蹴りで地面から飛翔したヤクシャが、アールマティ目掛けて襲い来る。
 豪腕一閃。触れただけで弾け跳ぶ凶悪な鬼の力任せの横薙ぎは空を切るだけに終わった。肉をひしゃぐ感触がなかったことに不満を感じることなく、気配を辿って顔を上げる。流れる動作で、軽く跳躍し右手に持った短剣を振るう。
 ヤクシャの視界に煌く銀閃。横一文字に二閃された短剣が、悪鬼の顔を同じ軌道で二度薙いだ。しなやかなアールマティの肢体が、置き土産に身体を蹴りつけて距離を取る。

「おもしれぇぇぇっ!! 最高っじゃねぇか!!」

 一瞬遅れて響き渡るヤクシャの怒号。
 眼球を二度切ったはずが、アールマティの手には分厚い鋼に刃を通したかのような痺れが残されていた。
 眼すら弱点ではないのか、と内心で吐き捨てるアールマティは、悪鬼の攻撃を必死にかわしながらも視界の端でファティエル達の姿を捉える。彼女を見捨てて逃げていいのか迷っているのか、その行動は鈍い。
 はっきりいって邪魔となる彼女たちへ手を軽く振って、先に行けと合図を送る。残念ながら殿を努める事になったが、自分以外にはこれは出来ないだろうと割り切ることにした。それに自分一人ならば、この戦場からも逃げられる可能性は高い。

 彼女の覚悟が伝わったのか、ファティエル達はこの場からの撤退を試みようと踵を返した。
 されど、それを遮るように聞こえたのは、空気を切り裂く翼の大音。
 空に浮かぶのは、異形の魔王。パズズが獅子の瞳に侮蔑を載せて空から人類を見下ろしていた。

「別に逃がしてもいいんだがのう。折角じゃ、わしと遊ぼうではないか」

 楽しそうに、嬉しそうに、無邪気に嗤うパズズの姿にこの場にいる全ての人間の背筋に冷たい汗が流れていった。考える間もなく、パズズに向かって足を踏み出したのはアルストロメリアとリフィアであり、彼女達は即座に戦闘体勢へと移行する。如何なる状況にも対応すべきために、集中力を高める二人の姿にパズズは、くふっと笑みを浮かべた。多くの人間を守ろうとする彼女たちの行動は美しい。誇り高いその行動が潰えたときのアルストロメリアとリフィアの姿を思い浮かべるだけで愉悦に浸れる。

「さぁ、見せてもらおうか。人類最高戦力の力と言うものを」

 明らかに見下しているパズズの姿を遠目に、アールマティは舌打ちする。
 これでは折角自分がヤクシャを足止めしている意味がない。二人でパズズを抑えることは可能かもしれないが、まだ魔王は二体いる。デッドエンドアイとザリチュがどう動くかもわからない。いや、そんな甘い考えをしてる場合ではないだろう。最悪の状況を考えて行動を決定しなくては、対応が後手に回ってしまう。

「……仕方ない。やるしかない、ね」

 一撃でも当たれば即死する悪鬼の攻勢をたくみに回避しながら、アールマティはヤクシャから大きく距離を取った。軽快に逃げ回っていた強敵の行動に、一瞬の疑念が浮かび上がる。その一瞬がアールマティには必要で、その一秒にも満たない時間で十分であった。

「―――絶影の超越者(オーバード)

 それが切っ掛け。それが言霊。それが力の解放のキーワード。
 パチリっと眩い暗黒が煌いた。アールマティの影が大きく、際限なく広がっていく。大地を空を、黒い影が浸食していき、見渡す限りを漆黒に染め上げた。突然の理解を超えた事態に、誰も彼もが呆然と周囲の黒い何かを見つめている。初めて見る状況ゆえに、人類側の皆が驚きで固まっていた。それはアルストロメリアですらも例外ではない。

 そして魔王達もまた同様だ。ヤクシャはこの状態に驚きを隠せないのか人類と同じく黒く染まった周囲を見渡している。デッドエンドアイは、特に反応もなくヤクシャとアールマティの二人を黙って見つめている。ザリチュとパズズも愕然と、周囲を一変させたアールマティと黒い影を交互に凝視していたが―――その二体の魔王の姿に違和感を抱いた。
 人類側の者達は突然の異常事態に固まっているだけだが、ザリチュとパズズの二体は違う。重ねて言うことになるが、影とアール(・・・・・)マティ(・・・)の両方を交互に見ているのだ。この状態を作り出したのは、アールマティだと気づいているかのような様子を見せている。確かに、影を操る彼女が一番の原因だと予想は出来るかもしれないが、ただの人間がこのような現象を引き起こすことができるのか、という話である。

「馬鹿、な……特異能力(アビリティ)の、究極解放(アンリミテッド)じゃと。人間がその領域に足を踏み入れるなど、あり、得ぬ」
「……人間が? 不可能だ。出来るはずがない。そんな真似が出来たのは、邪神でも上位レベルの存在だけだったんだぞ」

 アールマティが引き起こした現象を信じたくないのか信じられないのか、言葉では否定するものの、遥か昔の記憶が、それを肯定する。この現象は間違いなくアールマティが引き起こしているのだと。

「おい、なんだこりゃ? 知ってるのかよ、爺さん?」
「……」
「おい、聞こえてんのか? それとも耳も聞こえないほどに耄碌したのかよ、爺」

 暴言も耳に入らないほどに愕然としているパズズを問い詰めようと、そちらに意識を向けた刹那―――。
 両足で地を踏み締めて、大地に感じる全ての重さを拳に載せて、アールマティ=デゲーデンハイドの影を纏わせた一撃がヤクシャの腹部を殴りつけた。瞬間、重たい地響きが辺りを揺らす。

「な、んだ、そりゃっ!?」

 腹部に拳の跡を付けられたヤクシャの巨躯が、弾き飛ばされる。
 超大型の獣にでも弾き飛ばされたかのように宙をとび、地面に激突。盛大な土煙を上げて、大地に大の字となったヤクシャが吐血した。
 これほどの衝撃を受けたことは生涯なかった。産まれてはじめての絶大な威力の攻撃を受け、混乱の極みに達した彼ではあったが、それでも混乱よりも本能が勝る。

 即座に立ち上がり、迫り来る影使いへと拳を打ち下ろすが、それは容易く避けられ背後へと回られた。振り向きざまの一撃を加えようとするが、両足の動きを何かに阻害される。漆黒に染まっている地面から這い出た黒い手がヤクシャの足首を掴んで離さない。

 力任せに引き千切ろうとするも、それよりはやく背後からのアールマティの蹴撃が決まった。
 背骨を叩き折る勢いの威力に圧倒的な魔力と筋肉で覆われていた肉体の内臓にまで衝撃が届き、内圧によって胃の中に入っていた内容物が口から大量に吐き出される。その吐瀉物には赤い血が混じっていることから、内臓のどこかを傷めたのだと推測できた。

 あろうことか自分の土俵である近接戦でここまでダメージを負う事になろうとは、そんな思いに囚われて咄嗟の判断が次々と遅れていく。
 その遅れが招いた隙に、死角となっていた眼下からの影を纏った掌底がヤクシャの顎を打ち抜いた。顔が跳ね上がり、顎が砕けたと同時に噛みあわせていた歯がパキィっと悲鳴をあげている。同時に激しい脳震盪をおこした巨体が、ぐらりっと身体を揺らす。

 ズンっと響き渡る影の大地へとの踏み込みとともに、影使いの拳がヤクシャの心臓を凄まじい勢いで殴りつけた。そこからの迸る黒い影、黒閃となった衝撃が、悪鬼の肉体を貫きながら彼方へと吹き飛ばす。ごろごろと転がりながら倒れ伏した彼からじわじわとあふれ出していく鮮血。胸にあいた大穴からとめどなく流れ出ていっている。
 止めとばかりに転がっているヤクシャへと手を向ける。瞬時に生み出されるのは黒い短剣。合計三十三個の影の刃が、黒い尾を引きながら目標目掛けて殺到した。それら全てが悪鬼を貫き、抉り、短剣の山となった光景を見て、ようやく一息をつくアールマティ。
 呼吸が激しく乱れ、動悸が激しい。考えていたよりも、自分の消耗が激しいことを確認し、残りの魔王の気配を素早く察知する。相手はまだ三体もいるのだ。休んでいる暇はない。

「……特異能力(アビリティ)とは世界より与えられた能力。その最終系……究極解放(アンリミテッド)とは能力の全てを引き出す妙技。自分の願う通りの世界へと周囲一帯を変化させる。即ち、空間支配とでもいうべきか」

 アルストロメリア達などもはや眼中になくなったのか、パズズが厳しい眼光でアールマティを見下ろしていた。そこに油断など微塵もない。自分と同格以上の存在であるという警戒のみがあった。

「この空間にいる以上、まともにやってそやつに勝つことは不可能じゃ。文字通り、この空間はそやつの支配下にある。単純な身体能力の差もなんのその……とは知っていたが、まさか魔王と人間の差をひっくりかえすことができるとは考えてもおらんかった」
「……ああ。まさかこの時代にこの領域にまで届く存在がいるとは。女神(・・)だけと思っていたが、ふざけた人間だ」
「厄介極まる人間じゃな。わしらとて戦えば煮え湯を飲まされる結果になろう」
「……腹立たしいが賛同せざるを得ない、か」

 先程までの驚愕は既になく、淡々と語り合う宙のパズズと地のザリチュ。
 口では勝てないと宣言しているようなものだが、彼らに敗北へ対する恐怖はない。
 それを不可思議に思いながらも、アールマティは残った魔王を始末するために動き出す。

まともにやって(・・・・・・・)は勝てん(・・・・)。さて、お主はどうする?」

 誰に何を言っている、と疑念は一瞬。バキンと何かが砕け散る音が聞こえた。
 短剣の山が崩れ去っていく。ヤクシャに突き刺さっていたはずの短剣が周囲に砕け散りながら霧散していった。身体中にあいた傷はみるみるうちに塞がっていく。それはまるでザリチュの超再生を見ているかのようであった。

「はっ、はははははっ!! 決まってんだろう。正面から、まともにやってやらぁ。おもしれぇ……本当におもしれぇぞ。やっぱりテメェは最高だっ!!」

 アールマティの猛攻を全て受けきりながらも、それでもなお楽しそうに笑ってヤクシャは立ち上がる。
 暴虐の悪鬼―――その力は未だ底知れず。


  









 


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