「おれ、転勤決まったよ」
彼氏が突然発した言葉。
あたしは当然のことながら、状況がイマイチ飲み込めない。
「なんで?」
なんでって…頭わるい。
「会社の決まりだからなぁ」
彼氏はそんな頭の悪い発言に対して冷静にコメントしてくる。
――転勤か。転勤ってことは、引越し?
「どこに?」
あたしはようやく一番聞きたかったことが分かった。
彼氏はサラリ。
「広島」
原爆ドームか。
って、そうじゃない。
広島って。
ここは埼玉。
「広島までどのくらいかかるの…??」
「こっからだと5時間くらいだな。」
5時間!?
遠……
そこまで言い終えると、彼氏はテレビをつける。
チャンネルをコロコロ…お笑い番組でピタリ。
ちょっと、お笑いなんて見る状況?
転勤だよ?
何か他に言うことないわけ?
あたしの心の叫びは届かず、ケタケタ笑う彼氏。
……腹立つなぁ。
付き合って10年。ずーっと一緒にいる。
最初から半同棲みたいな生活だったから、もう夫婦みたいな感じ。
――でも、結婚はしてない。
お互いの両親も知ってるし、実家に帰る時もいっしょ。
親から「早く結婚しなさいよ!」ってガミガミ言われる。
彼氏は昔から結婚願望が無かった。
友達が結婚しても、
「馬鹿だなあ…早まったな」
と言う。
でも案の定、その友達はすぐに離婚。この人はエスパーかと思う。
「結婚する気あるの〜?」
昔よく聞いた。
「おれは、今は誰とも結婚する気は無い」
それでいつも終わり。あんまり聞き過ぎると、
「そういう風に聞いた方が結婚が遅くなるって知ってる?」
…なんか偉そう。
いつもそう。
昔からそう。
あたしの気持ちなんて全然汲み取ってくれない。
超自己中、典型的なB型。
彼氏の友達曰く、
「アイツ超変わってるから!麻美ちゃん早く別れた方がいいよ〜?」
なんだそりゃ。
変わってる…確かに変わってる。
自分の意見は曲げない頑固者だし。自己主張激しいし。
一度怒るとなかなか機嫌直らないし。
テンション高い時は一人でも高いし。
一番ムカつくのが、ケンカして家を飛び出した時追いかけてこないこと。
夜中だろうとなんだろうと、絶対追いかけてこない。
勢いで飛び出すケースが多いから、その後途方に暮れる。
「……ファミレスのドリンクバーで時間潰そう。」
携帯を握り締めたまま行くけど一向に着信もメールもなし!
あームカつく、思い出しただけでもムカついてくる。
全然優しくない。ホントサイテーな男だわ。
何で10年も続いたと思ってるの?
あたしの心が広いからよ、分かってるの?
わずかに視界に入る彼氏は、平然とチャンネルをコロコロ。
――あーもうッ
この10年はなんだったんだろうなぁ…。
あたし、この人とこのまま付き合って幸せなのかな?
すごい不安。
あたしだって結婚適齢期だし。
あんたなんかとっくに適齢期迎えてるし。
友達は皆結婚した。アユミも、ユキも、ミチルも、メグミも、サヤカもetc。
「麻美が一番結婚早いでしょ〜!」
ナイ、ナイ。
あんた達あたしの彼氏に会った事あるでしょー!
友達からも結婚について彼氏にそれとなく聞いてもらった事があるけど答えはいっしょ。
彼氏はあたしから友達に頼んだことを多分読んでる。
それに、あたしに直接伝わる関係の人間には口が裂けても本心は言わない。
そんな人よ。分かってるよ10年も一緒にいれば。
でも、皆結婚するし、置いてきぼりだし。これが俗に言う“負け犬”世代…?
いやいや、まだでしょう。
こんな所で負けてらんないし!
…でもね。
あたしはあなたの事が一番好きなんです。
別れたくないの。
それも読んでるところがムカつくけど…。
さりげない優しさをあたしは知ってるの。
風邪引いた時に大好物の刺身買って来てくれたりとか。
誕生日の時にわざわざ銀座まで行ってケーキ何十個も買って来てくれたりとか。
タバコ嫌いだけどイライラした時は許してくれる。
お腹痛い時にさすってくれたり、肩揉んでくれたり。
あたしが仕事で疲れてる時は起こさないでくれたり。
寝相が悪くても何も言わない。
友達と遊びに行くのを快く了承してくれる。
あたしのワガママ聞いてくれる。
行きたいところに連れて行ってくれる。
一番好きなんです。
チラ、と彼氏を見る。
「マジ陣内おもしれぇ〜!」
あーーーあたしがバカだったッ!!!
何マジメに考えてるわけアホらしい!
離れて上手く行かなくなったらそれまででしょこんな男!
新しい恋の準備してあんたなんかオサラバよッ!
ガタン!と乱暴に引き出しを開ける。
あたしの精神安定剤、タバコちゃん。あなたしか救ってくれる人はいません。
マイルドセブン1ミリメンソール。オヤジタバコだと非難轟々だけど関係なし。
彼氏が嫌いだから1ミリに下げたけどもう関係ない。
明日からまたマルボロメンソールにしようか…ヤニクラしそうだ。
愛しのマイセンちゃんを手に持つ――やけに軽い。
まさか…
恐る恐るふたを開けると…
中身はカラ。
――あぁ。
あなたまでもあたしを見捨てるのね……………オーバーか。
でも何か入ってる?
あたしは葉っぱが散らないように掌の上で箱を逆さにする。
茶色い葉っぱにまみれて、その物体はコロンとあたしの掌に落ちた。
これわ?
ダイヤがキラキラした指輪。
あたしが欲しがってたヤツ。
「絶対婚約指輪はこれね♪」
「結婚しないけどな。」
ってあんたが冷たく突き放した時に。
と、セロハンテープで張り付いた殴り書きのメモ――
“タバコ止めたら結婚してやるよ”
あたしは瞬時に彼氏を振り向く。
あたしを見てニヤニヤ厭らしい笑みを浮かべてる。
……ムカつくのですぐに背を向ける。
なによ偉そうに。
誰があんたの為にタバコ止めると思ってるの?
あたしはあんたに利用されるために生まれてきたんじゃない。
あたしはもっと優しい、素直な、カッコいい、強いて言うなら坂口憲二似の男と結婚するのよ。
あたしがいつまでも待ってると思ったら大間違いだっつぅの。
「お前って器用だよな〜」
彼氏が立ち上がって言う。
「目からも汗流せんだもんなぁ」
…ムカつく。
けど、大好き。
彼氏の体温を背中に感じながら思う。
あたしはきっと、こいつに一生敵わない。
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