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雨が止んだら一緒に踊ろう
 
《Dream Like Relity.》

 ――え? それから僕はどうしたかって?
 ええと……ごめんね。僕、その日のことはほとんど覚えてなくてさ。確か家に帰ろうとしてたはずなんだけど、いつの間にか病院に居たし……あんまり思い出せないんだ。
 そう、ずっとこうなんだ。入院してから、なんだか心がふわふわしていて……一体何処までが夢で、何処から現実なのか、よく分からないんだ。
 ああ、でも大丈夫。この前ね、お医者さんが言ってたんだ。すぐによくなるよって……うん、だから心配しなくても大丈夫だよ。学校も、休みっぱなしじゃ駄目だしね。
 チャイムの音とか、結構聞こえるんだ。ほら、ここって、丁度学校の裏手にあるからさ。
 ――ああ、アユミ先輩のこと? 足を怪我をしちゃって入院してるよ。今はまだ寝てるんじゃないかな……ううん、違う病棟だよ。
 そう、これからお見舞いに行くんだ――。



 




《In The Rain.》

 こんにちは、先生。今日も酷い雨ですね。……あはは、ホント、気が滅入っちゃいますね。
 でも大丈夫ですよ、明日からは晴れの日が続くって、天気予報で言ってましたから。――ええ、桜もそろそろ見納めですね。全部散っちゃう前に、お花見したいなぁ。
 ……僕ですか? 僕は今からアユミ先輩のお見舞いに……まだ寝てますか。やっぱり。
 あ、先生、アユミ先輩の具合はどうですか? ――ああ、良かった。もう歩けるんですね。良かった、本当に…………え? そりゃあ心配しますよ、大切な人なんですから。
 そうだ、先生。
 アユミ先輩、いつになったら、また喋れるようになりますか?―― 








《Boy Meets Girl.》

 気儘で、自由で、だけどどこか気品を漂わせているアユミ先輩のことを、僕はいつも猫みたいだなと思って見ていた。
 今時珍しい、長くて綺麗な黒髪が、黒猫を連想させたのかもしれない。
 あるいは、美術室の前にあるベンチでうたた寝をしていた彼女を見て、塀の上で昼寝をする猫を思い出したのかも知れない。
 猫は人じゃなくて場所に懐くのだと、誰かが言っていたような気がする。それはあながち間違いじゃないと思う。
 そのベンチは、先輩のお気に入りの場所だった。
 昼休みになると、そこでお弁当を食べる。雨の日以外は、大抵座っていた。一人の時もあれば、友達と一緒の時もあった。
 そして、そのベンチが見える美術室の隅の席。そこが僕のお気に入りの場所となった。
 
 最初は、見ているだけで良かった。
 先輩を見かけた日は嬉しくて、見かけない日はなんだか物足りない気持ちになった。
 ずっとあの人のことを見ていたいと思っているうちに、いつしか僕のスケッチブックには、先輩の絵が増えていった。
 きっと喋ることも無いだろう。僕は見ているだけ、あの人は僕のことを知らない。それはきっと、ずっと変わらない。だから、せめて絵くらいは。

 そう思っていたから、あの日はとても嬉しかった。
 
「ねえ、それのモデルって、もしかして私?」 
 先輩に、初めて声を掛けられた日。
 窓の向こう側から、食べ終わった弁当箱を片手に話しかけてきた先輩。
 勝手に絵を描いていたことを咎められると思っていたのに、先輩はそんなこと、一言も言わなかった。それどころか、僕の絵を褒めてくれたのだ。
「きみ、絵、上手だね。他には無いの?」
 そう言って、微笑んでくれた。きっとあの瞬間、僕は先輩に恋をした。 








《Six Months Ago.》

 可愛くて優しいアユミ先輩は、異性の友達が多い所為か、同性から妬まれることがよくあった。
 それは他学年の女子でも同じことのようで、一つ下の僕でさえ、先輩の陰口を耳にすることが多々あった。
 どれもありきたりな噂ばかりで、内容はいつも似たような話ばかり。男に色目を使ってるだの、二股を掛けているだの、新米教師をたぶらかしただの。
 どうして女子という生き物は、そんな下らない話をしたがるんだろう。それが本当だという証拠も無い癖に。
 先輩が、そんな根も葉もない噂など気にしてないように装っていながら、本当はとても傷ついていたことを僕は知っている。

「恵多くんはさ、私が二股してるって噂とか、信じてたりする?」
「まさか。信じてる訳ないじゃないですか」
「本当に?」
「本当です」
「……ありがとう」

 少しだけ涙ぐみながら、あの日のように微笑む先輩を見て、僕は一世一代の勇気を振り絞り、ずっと言いたかったことを先輩に伝えた。
「僕、アユミ先輩のことが好きです」
 返事はもらえなくてもいい。最悪の返事でもいい。ただ、伝えたかった。
 先輩は驚いた顔をして、だけどすぐに笑顔で、真っ赤になって黙り込んだ僕に返事をした。
「私も、恵多くんのこと、好きだよ」
 今なら、死んでもいいや。本気でそう思った。








《Three Months Ago.》

「あ、黒猫」
 先輩が見つめるその先を、僕も同じようにして見る。
 そこには、綺麗な毛並みの黒猫がトコトコと横断歩道を渡っているところだった。
 周りの雑踏など気にもせず、自分のペースで歩く猫を見て、僕は思わず吹き出す。
「どうかした? いきなり笑っちゃって」
「や、なんだかあの猫、先輩みたいだなぁって思って」
「えー? 黒猫が?」
 不吉の象徴にされる黒猫に似てると言われて、あからさまに拗ねてみせる先輩を見て、また笑ってしまう。
「いえ、そうじゃなくて……僕、初めて先輩を見かけ時、猫みたいな人だなぁって思ったんですよ」
「へー……今は?」
「秘密です」

 恋人同士になっても、僕の『先輩呼び』や敬語はそのままで、今までと殆ど変わらない毎日だった。
 変わったことと言えば、放課後は一緒に帰るようになったこと、手を繋ぐようになったこと、お揃いの指輪をするようになったこと。
 だけどそれはとても居心地のいい日々で、僕は幸せに満ち足りていた。毎日が楽しくて仕方がなかった。
 一緒にお弁当を食べて、放課後は二人で寄り道をして。休みの日には、先輩が見たいといった映画を見る。
 ずっとこんな日々が続くのだと思っていた。 
 否、続くはずだった。
 僕があの日、あんな所に居なければ。








《One Months Ago.》

 放課後、いつもの待ち合わせ場所に来ない先輩が心配になって、迎えに行った二年生の教室。
 先輩は誰か知らない男とキスをしていて、少しだけ開いたドアの隙間から僕はそれを見た。
 信じられないその光景に唖然としていると、先輩と男が楽しそうに喋り出す。

「こんなことしてて、彼氏が怒らない?」 
「彼氏なんて居ないよー」
「一年の子は?」
「ああ、あの子は友達」
「お揃いの指輪してるのに?」
「これ? 違うよ、これはあっちが勝手に真似してるだけ」

 フタマタヲ シテイル。
 どうして僕という生き物は、その噂を信じなかったのだろう。それが嘘だという証拠も無い癖に。
 
 僕はそこから走って逃げ出して、何処に行けばいいのか分からなくて、でもとにかく走った。ただひたすらに走った。
 何か叫んでいたかも知れない。泣いたのかもしれない。どうやって帰ったのかも分からないけど、いつの間にか家に着いていた。
 訳も分からず、僕は何か固くて冷たい物をカバンに入れて、携帯を取り出す。
 フォルダの一番上に登録してある番号を押して、三回目のコールであの人の声。
「もしもし、先輩。いま何処にいますか? ああ、ちょうど良かった。渡したい物があるんです。学校の裏手にある、桜の木のところまで来てくれませんか?」
 声は、いつもどおりだった。頭で考える前に、口がぺらぺらと言葉を吐きだしていた。
 身体は勝手に動いていた。誰かが僕を操っているようだった。自分が今から何をしようとしているか、まるで分からなかった。



 気が付いたときには、辺りはすっかり真っ暗で。
 僕の足元には、先輩が倒れていた。 



 あれ? どうして先輩は倒れてるんだろう。
 どうして、こんなに血がたくさん出ているんだろう。ああ、きっとこれ、血なんかじゃないんだ。だってこんなに血が出ていたら、痛がるはずだもの。
 ねえ、アユミ先輩、起きてください。こんなところで寝てたら風邪をひいちゃいますよ。
 ……それにしても、先輩、ずいぶんと小さくなってません? そういえば、足が見当たりませんね。
 一体どこに忘れてきたんですか? ああ、こんなところにあった。

 あれ? 先輩、もしかして、死んでるんですか?
 ああ、やっぱり。

 だって、首が……――。
 







《Dreamlike Reality.》

 ――え? それから僕はどうしたかって? 
 ええと……ごめんね。僕、その日のことはほとんど覚えていなくてさ。確か家に帰ろうとしてたはずなんだけど、いつの間にか病院に居たし……。
 一体何処までが夢で、何処から現実なのか、よく分からないんだ。








《"Dreamlike reality" or "Dream like reality".》

 ――あ、アユミ先輩。こんなところに居たんですか。僕はてっきり病室で寝てるものだと……。
 いくら歩けるようになったからって、包帯はまだ取れてないんですからあまり遠くへは行かないようにしてくださいね。 
 そうだ……ねえ、アユミ先輩。雨が止んだら、桜を見に行きませんか? 病院の裏手にある、あの桜の木。とっても綺麗なんです。
 足はまだ痛みますか? 痛いなら、遠慮せずに言ってくださいね。僕が運んであげますから。

 ……先輩、まだ喋れませんか?
 大丈夫、焦らずに、ゆっくり治していきましょう。僕もちゃんと毎日お薬を飲んでるんです。ここの人達はみんな優しいから、きっとすぐによくなりますよ。
 だから、ねえ、先輩。喋れるようになったら、一番に、僕のことを好きだと言ってくださいね。
 あの時みたいに。



 僕がそう言うと、アユミ先輩は「みゃあ」と尻尾を揺らしながら、可愛らしく鳴いた。








いつだって僕は、覚めることの無い夢の中で貴女に話しかけている。








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夏ホラー2008〜百物語〜
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