セオの部屋を後にしたルキトは落ち込んだ足取りで教室にやって来た。ただでさえ覇気のない歩調が、今では更に無力感を帯びている。
「で、どうだった? 蝙蝠先生の反応は?」
自分の席に座ると早速後ろの席のリュウヤが声をかけて来た。『ウスイ』と『エムロ』という苗字の並び故にルキトとリュウヤの座席は廊下側の列の先頭付近に前後隣り合って並んでいる。
「別にどうにも……」
体を半分ほど後ろに向けてルキトは答える。冴えない顔。
「どうにもって……マジかよ。あの先生なら食いつくと思ったんだけどな」
「いや、完全に無関心というよりは……なんか俺のことを試しているようだった」
「は? どういうことだよ?」
「クレーターを残したものがブレシスだとしたら俺はどうするか、訊いてきたんだよ。行動の先にビジョンが浮かんでいなければその行動は無意味だ、とか言いながら」
「はは~ん、なるほどねぇ」
納得したリュウヤは頭の後ろで手を組んで椅子をやじろべえのように揺らす。
「いかにも蝙蝠先生が言いそうなことだな。あの人はいっつも理屈とか理論とかを重要視するもんな。んで、きちんとビジョンを立てることができれば協力してやってもいいとか言ってきたんだろ?」
ルキトは悔しそうに頷く。
セオとは今年の初春に――つまり高校入学時より少し前に知り合ったばかりなのだが、彼がどのような性質の人間かは今になって大体把握することができていた。
セオは――優しい人間ではない。
リュウヤの言う通り常に理屈と理論を重んじ、無意味かつ理に適っていない物事に対しては例え他者からの頼み事であったとしても徹底的に無関心を貫く。正当な理由がない限り一筋縄では動こうとせず、妥協や同情などで簡単に人に手を貸したりはしないのだ。
更にセオの厳しいところは、絶対に自分から相手に答えを教えないことだ。
今回ルキトに質問を提示したときのように、セオは人が抱える問題や疑問に対して一切答えを示さない。相手が自分の力で答えを見つけ出すまでヒントすら与えることなく、完全に高見の見物を決め込む。
意地が悪くて食えない男、それが時任世生という人間。
「それで、実際どうするんだ?」
ルキトが頭の中でセオの印象を軽く見直し終えたのと重なってリュウヤが尋ねてきた。
「なにが?」
「犯人がブレシスだった場合、どうするんだよ」
「……分からない」
リュウヤは軽く息を吐き、
「ま、やっぱそうなるわな」
割と淡泊な様子でルキトに同調した。
「あの先生からの謎かけだ、そう簡単に答えが見つかるわけねーよ。もしくはオレに明確な目的があればいいんだろうけど、知っての通りオレは単純な好奇心だけに突き動かされる人間なんでね。蝙蝠先生を納得させられるような返答は残念ながらできないな」
ルキトは横目で恨めしそうにリュウヤを睨む。
「……なんか俺だけ損しているような気がする」
「な、何を言っているのかな、るっきー?」
慌てて苦笑するリュウヤを見て、ルキトは確信する。
リュウヤの魂胆――それは便乗だ。ルキトにセオを言いくるめさせ、自分はまんまとクレーターの調査に同行しようとしている。
滅多に周囲の物事に対して関心を向けないルキトとは対照的に、リュウヤは異常なほどに好奇心旺盛だ。面白そうなことがあると何かにつけて首を突っ込みたがる趣向を持っており、しかもあくまで自分は傍観者として事の顛末を見物する立場に立とうとする。
「まぁまぁ、お前だってクレーターの正体が何なのか気になってるんだろ? そのクレーターを調べるためには先生を説得して秘密道具を手に入れる必要があるし、そのためには理由と目的を先生に提示しなきゃならない。生憎オレには理由も目的もないけど、お前の中には何となくありそうなんだろ? だったらこの成り行きは仕方のないことさ」
開き直ってもっともらしく語るリュウヤ。釈然としないが、間違ってはいない。
事実としてルキトはクレーターのことに関心を抱いており、調査を進めるにはセオの『道具』が必要になってくる。そして、セオに協力を申し込むためにはルキトの胸中にあるモヤモヤとした動機を形にするしかない。
「ブレシスだったらどうするか、か……」
無意識の内に漏れたルキトの呟きを、リュウヤがすかさず拾う。
「あ、お前の中でもクレーターを残した犯人はブレシスだって決定したのか?」
「リュウヤが先にそう言ったんだろ?」
「そうだけどよ。お前がオレの勘を素直に真に受けるなんて珍しいなって思ってさ」
「……それだけじゃない。ブレシスの仕業である可能性が最初からゼロなら、セオはあんな質問はしてこない。それに――」
ルキトは自分の白い手を見つめ、ぽつりと言う。
「何となく予感がしてきたんだ……俺もブレシスだから」
リュウヤは愉快そうに笑う。
「ハハッ、だったらオレの勘よりも当たる確率は高いかもな」
――それからチャイムの音が鳴り響き、セオが教室にやってくるのと共に朝のホームルームが始まった。
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